TCG能力《創世札典》を手に入れた俺、一日一マナから現代社会を攻略する~治療、未来予知、若返り。マナが足りないので山を買います~   作:パラレル・ゲーマー

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第32話 官僚に見せる証拠は小竜が一番安全らしい

 平日の夜。

 会社での業務を終え、マンションに帰宅した啓介は、スーツのネクタイを緩めながらリビングのソファに腰を下ろした。

 

 少し離れた場所では、アカネが先日も寝床代わりに使っていた啓介の古いパーカーの上で、身体を小さく丸めていた。

 

 啓介がスマートフォンの画面を開くと、大学時代のTCG部のOBグループLINEとは別の、相馬からの個別メッセージが入っていた。

 

『藤堂から返事きた』

 

 続いて、藤堂とのやり取りのスクリーンショット画像が送られてきた。

 

 藤堂:『懐かしいな。三人揃って飲むなんて何年ぶりだ?』

 藤堂:『来週の水曜なら、仕事終わりで時間が取れる』

 

 啓介は、画面を見ながら少しだけ肩透かしを食らったような気分になった。

「……なんか、本当にただの普通の飲み会の予定調整になったな」

 すぐに三崎からも、グループ通話のチャットに短い返信が届いた。

『だから、最初はそれでいいんだ』

 

 週末の夜。

 啓介のマンションのリビングに、啓介、三崎、相馬の三人が再び集まっていた。

 ローテーブルの上には、啓介のノートが開かれている。

 

 今回の議題は一つ。

『《藤堂亮介・再接触手順》』

 

 相馬が、コンビニで買ってきた缶ビールを開けながら言った。

「お前ら、ただの大学の先輩と飯食うだけなのに、いちいち手順書(プロトコル)作ってんの?」

 啓介が真顔で返す。

「お前が言うな。政府や厚労省側にこの魔法を繋ぐかもしれない、一番重要なキーマンだぞ。適当にやって失敗したらどうすんだ」

 三崎も頷く。

「むしろ、作っとけ。アドリブで変なこと喋ってボロを出すよりマシだ」

「……はい」

 相馬も苦笑しながら従った。三人とも、根本的なところは似た者同士のシステム的思考回路を持っていた。

 

 三人がテーブルを囲んで真剣な顔で話し合っている間。

 ソファの上で丸くなっていたアカネが、目を覚まして小さく伸びをした。

 パタパタ、と軽く羽ばたき、啓介のすぐ近くのテーブルの端へと着地する。

 前脚を揃え、翼を畳んで。

 ちょこん、と座った。

 

 三人はもう、その光景に完全に慣れきっていた。

 極秘の作戦会議のすぐ横に、赤銅色のファンタジーな竜が座って話を聞いているという異常な状況に、誰も突っ込まない。

 

「あぎゃ」

 アカネが小さく鳴いたが、啓介は顎の下を少し撫でてやっただけで、すぐに本題に戻った。

 

「第一議題。『最初の食事で何をするか』だ」

 啓介がノートの項目を指差した。

「まず大前提として確認する。……来週の藤堂との飯の席では、魔法の話は一切しない」

「しない」三崎が即答した。

「俺も賛成」相馬も頷いた。

 

 ここだけは、明確にしておかなければならない。

 最初の食事の目的は、藤堂を「テスト」したり「試す」ことではない。

 普通に再会する。そして、ごく自然な昔話や近況報告の会話の中で、いくつか重要な事実を見極めるのだ。

 

 今、厚労省のどんな部署で仕事をしているのか。

 行政官として、どの程度の立ち位置(裁量)にいるのか。

 五年前のOB会で会った時から、人柄や価値観が大きく変わってしまっていないか。

 仕事上の「秘密」や「責任」に対する姿勢はどうか。

 そして何より、啓介たち三人との『友人としての関係性』が、今でも成立するかどうか。

 

 相馬が、少しだけ意地悪な提案をした。

「例えばさ。『実は友達が、現代医学じゃ説明できない怪しい治療法を見つけたんだけど、これって政府のどこに相談すればいいと思う?』とか、カマをかけて聞けば早くないか?」

 

「やめろ」三崎が即座に却下した。

 啓介も眉をひそめる。

「それ、ほぼ探りを入れる試験問題じゃん」

 

 藤堂を騙して、架空の事例で反応を見るような真似はしない。

 先日三人で作った『情報開示基準』の根本は、「誠実な信頼関係」だ。相手が信用できるか判断するために、自分たちから相手に不誠実な嘘やテストを仕掛けるのは、完全に本末転倒だった。

 普通に話す。普通に聞く。その結果だけで判断する。

 

「今の部署や役職くらい、ネットで名前検索すれば公表されてる範囲で分かるんじゃないか?」

 啓介の言葉に、相馬が答える。

「公表されてる人事異動のリストくらいは見てもいいだろうけど」

「それ以上はやめとけ」三崎が止めた。「下手に裏から国家公務員の個人情報を探ってるみたいな痕跡を残すのはマズい。本人に普通に『今何やってるんですか』って聞けば済む話だ」

 

 ノートに、最初の再会での『絶対非開示事項』が書き連ねられた。

 《創世札典》のシステム。マナの存在。カード。アカネ。《古傷の修復》。相馬征一の治療。癌治療の理論試算。《一年若く》。《明日のログ》。青梅山林の魔法的意味。

 

 相馬がリストを見て笑った。

「つまり、本当にただの、三十代後半の男たちの泥臭い同窓会じゃん」

「そうだよ」と三崎。

「そのための再会だからな」啓介が締めくくった。

 

「次。第二議題。『藤堂が信用できると判断したらどうするか』だ」

 

 ここからが、今回の会議の本当の本題だった。

 三人が一度藤堂と食事をする。その後、帰宅してから三人だけで、藤堂の評価を擦り合わせる。

 全員が一致して「彼に開示してもいい」という結論になった場合。

 

 もう一度、藤堂へ連絡を取る。

 今度はごまかさない。「仕事ではなく、個人的にかなり重大な相談がある」「外では絶対に話せない内容なので、改めて時間を取ってほしい」と、正面から真面目に伝える。

 相手がそれを了承した場合のみ、正式開示へ進む。

 

「……で、どこで話す?」

 相馬が問題提起した。

「ホテルの個室とかか?」

 三崎が首を振った。

「録音のリスクや、従業員や他の客の人の出入りを考えると、外の個室は嫌だな」

「じゃあ、相馬の会社(相馬産業)の社長室は?」

 啓介が提案したが、今度は相馬が即座に否定した。

「駄目だ。うちの会社には防犯カメラも入退室の電子ログもある。社員にも『社長が休日に変な連中と密談してる』って見られるリスクがある」

 

 三人が腕を組み、沈黙して考え込んだ。

 そして、三人の視線が、自然と一点に集まった。

 今いる、啓介のリビングだ。

 

「……ここか?」

 啓介が確認するように言うと、三崎が頷いた。

「ここが一番マシだな」

 

 理由はいくつもある。

 外部の人間(従業員など)の出入りが全くない。

 啓介の私生活圏であるため、怪しい設備を事前に移動させたり隠したりする必要がない。

 《創世札典》の物理的なバインダーやカードを出しても、外の通りから見られるリスクが低い。

 三崎が持参する医療記録の書類も、少なくて済む。

 

 そして何より。

「ここには、普段からアカネがいる」

 啓介がそう言いかけた時。

 

 相馬が、ハッとしたように声を上げた。

「……あ」

「何?」啓介が相馬を見る。

 相馬は、テーブルの端でちょこんとお座りしているアカネを、ビシッと指差した。

 

「こいつじゃね?」

「何が?」

「藤堂を、俺たちの話が妄想じゃないって一発で説得するための『最強の証拠』だよ」

 

 アカネは、自分を指差されたことに気づき、首をコテンと傾げた。

「あぎゃ?」

 

 三崎は、アカネを見つめ、啓介の顔を見、相馬の顔を見た。

 もう一度、アカネの金色の瞳を見つめ返す。

 

「…………確かに」

 三崎が、深く納得したように呟いた。

 啓介はまだピンときていない。「え?」

 

 なぜ、アカネなのか。

 相馬が、身を乗り出して説明した。

「俺の時のことを思い出せよ、門倉」

 先日、相馬が初めてこのマンションを訪れ、魔法の秘密を打ち明けられた時のことだ。

 

 最初に相馬の認識を完全にひっくり返したのは、

 複雑なカードの理論でも、マナという概念の説明でも、三崎自身の膝が治ったという話でもなかった。

 目の前に、掌サイズの「竜」というファンタジーの生き物が、現実に存在していたことだった。

 

「いいか。いきなり言葉だけで『俺、魔法使えます。現代医学じゃ無理な治療もできます』って言われたら、俺だって藤堂だって、まず最初にお前らの頭がおかしくなった可能性を考える」

「普通はそうだな」三崎が同意した。

「じゃあ証拠だって言って、お前が火の玉を出したり空を飛んでる動画を見せられても、『よく出来たCG動画だな。生成AIか?』って疑う」

「そうだな」

「三崎が『これが奇跡の治療の医療記録です』ってMRIの画像を見せても、素人の俺や藤堂には、その画像が本当に本人のものか、改ざんされてないかどうかなんて詳細な判断はつかない」

「……まあな」

 

 相馬は、テーブルの端のアカネを指差した。

「でも。目の前に、これ(竜)がいた」

 

 アカネは、金色の澄んだ瞳で、自分を指差して熱弁を振るう相馬をじっと見つめていた。

「あぎゃ」

 

「これだよ」

 相馬が力強く言った。

 

 啓介のノートに、『第一証拠候補:アカネ』という項目が追加された。

 相馬は指を折りながら、強みを整理していった。

 

「まず、映像じゃない。目の前に物理的に実在してる」

 CGでも編集でもない。その場で視線を向け、呼吸し、歩き、気が向けば飛ぶ。

「しかも、患者の個人情報を最初から出さなくていい」

 三崎が頷いた。「そこは大きい。征一さんの治療記録を、いきなり第三者へ見せずに済む」

「危険な実演もいらない」

 誰かを傷つける必要も、治して見せる必要も、《創世札典》のカードを発動してマナを消費する必要もない。

「何より、再現実験じゃない」

 相馬はアカネを見る。「こいつが、ここに普通にいる。それだけだ」

 アカネは金色の瞳で相馬を見返した。

「あぎゃ」

 三崎が小さく息を吐く。「……証拠としては、確かに強いな」

 啓介も、そこは否定できなかった。

 

 完璧だった。

 

 しかし。

 啓介は、ノートの文字を見つめながら、少しだけ顔をしかめた。

「……でもさ」

「何?」相馬が聞く。

「アカネを、俺たちの都合で『証拠』扱いするの、なんか嫌だな」

 

 それは、ここ最近の啓介の心境の変化だった。

 寝床の件や、おやつの件。

 アカネは、ただの『魔法の能力で作った便利な道具(珍しいもの)』ではないのだ。

 

 この部屋で生活している。山に自分の家がある。好みの味がある。自分で寝床の布を選ぶ。自分で外へ行って、雨が降れば帰ってくる。

 だから。啓介にとってアカネは、「政府関係者を納得させるための、便利な見世物(展示物)」にしたくなかった。

 

 相馬が、あっさりと否定した。

「別に、こいつにサーカスの芸をさせろなんて言ってないぞ」

「え?」

「アカネに、何かを無理やり証明させる必要はないだろ」

 三崎も頷いた。

「そうだな。ただ、普段通りそこにいてもらえばいい」

 

「空を飛べ」「鳴け」「肩に乗れ」。そんな命令は一切出さない。

 藤堂に無理やり触らせたりもしない。写真撮影も、最初からは絶対に許可しない。

 

 ただ、同じ部屋の空間に、当たり前のように存在している。

 それだけでいいのだ。

 

「俺も、それで十分にひっくり返されたからな」相馬が笑った。

 啓介は納得した。

「……じゃあ、説得役ってわけじゃないな」

「超常の『存在証明』だな」と三崎。

「存在してるだけで一番強い証拠って、すごい話だな」と相馬。

「だからこそ、何かさせる必要はないんだろ」啓介が返した。

 

「あぎゃ」

 アカネは自分の話が終わったとでも思ったのか、テーブルの端で小さく首を傾げた。

 相馬が笑う。「まあ、本人は何も分かってなさそうだけど」

「それでいいんだよ」

 

 啓介が、根本的な懸念を口にした。

「そもそも。藤堂が来た時に、アカネがリビングに出てきたくなかったらどうする?」

「え?」

「藤堂は、アカネにとって完全に知らない人間だぞ。お前らにはもう慣れてるけど」

「あ……」

「もし藤堂が来た日、アカネが別室の段ボールハウスやケージの奥で寝ていて、出てきたくないなら。俺は、無理に引っ張り出して連れてきたりしないからな」

 

 三崎が頷いた。

「それでいい」

 相馬が苦笑する。

「一番重要な証拠担当なのに、『本日の出演は本人の気分により拒否されました』がありなのかよ」

「ここは、アカネの家でもあるんだから当然だろ」

 

 三人が真面目な顔で話し合っている横で。

 自分の名前(アカネ)という単語が何度も聞こえたからか、アカネが不意に立ち上がった。

 トテトテ、とテーブルの上を歩き、啓介の胸のあたりまでやってくる。

 啓介の腹の辺りに、短い前脚をチョンと乗せた。

 

 啓介が、何気なく手を差し出す。

 アカネは、その手のひらの上にヒョイと乗り、そのまま腕を伝って啓介の肩へと登っていった。

 そして、定位置である肩の上で。

 前脚を揃え、翼を畳んで。

 ちょこん、と座った。

 

 相馬が、その流れるような一連の動きを見て、感嘆の息を漏らした。

「……強い」

「何が?」

「お前らのその日常感の『説得力』だよ。それ見せられたら、誰も反論できねえわ」

「だから、証拠品みたいに言うなって」

 

 相馬が一つだけ確認した。

「でも、もし藤堂が『それ、精巧な作り物のロボットじゃないの?』って疑ってきたら、一回くらい部屋の中を飛ばして見せた方が早くないか?」

 啓介は首を横に振った。

「わざわざ『証明するため』には飛ばさない」

 三崎も同意する。「その場で呼吸して、普通に動いている時点で、かなり十分だろ」

 

 もしアカネ本人が、自分の意思で自然にソファから啓介へ飛んだり、机から床へ移ったりしたなら、それは止めない。

 でも、「相手を信じさせるため」という人間の都合だけで、飛行命令は絶対に出さない。

 

「第三議題。『アカネを見せた次に、何を見せる(話す)か』だ」

 アカネを見せたからといって、藤堂がそれ以外のすべての話を即座に信じて受け入れるわけではない。そこから先の「情報の出し方の順番(ロードマップ)」が重要になる。

 

 啓介は、ノートに『正式開示の段階設計』をまとめた。

 

【第0段階:秘密保持と職務義務の確認】

 藤堂をマンションへ招いた後、いきなりアカネを見せて説明を始めたりはしない。

 まず最初に、必ずこう伝える。

『これから話す内容は、お前の厚労省での仕事(行政)に関係する可能性がある』

『ただし現段階では、政府の職員として正式に相談するのではなく、昔から知る「個人的な友人」として意見を聞きたい』

『すべてを聞いた後で、もし「これは職務上、上司や組織に報告せざるを得ない」という内容があるなら、それも正直に先に言ってほしい』

 

 これは、非常に重要なプロセスだった。

 藤堂は国家公務員だ。単なる「絶対に誰にも言わないって約束してね」という子供の指切りげんまんでは、彼の社会的な立場や責任とコンフリクト(衝突)を起こす可能性がある。

 だから、藤堂本人が『職務上の報告義務と、友人としての秘密保持の関係を、自分の頭で判断する余地』を、一番最初に与えるのだ。

 これこそが、行政との接続役(プロ)を招き入れる意味だった。

 

 同時に、啓介たち三人も覚悟を決めなければならない。

『藤堂へ開示した瞬間。この魔法は、完全な俺たちだけの私的な秘密のままではいられない(いずれ国家の知るところになる)可能性がある』

 

【第1段階:アカネの提示】

 情報は最小限。

 啓介が「まず、これを見てほしい」と言って、アカネの存在を示すだけ。

 説明も「俺の能力によって生まれた存在だ」のみ。

 この時点では、アカネの全仕様、召喚コスト、青梅の《アカネの守り巣》や山の存在については、一切教えない。

 

【第2段階:《創世札典》本体の提示】

 藤堂が「何だこれは」と混乱から立ち直った後。

 物理的なバインダーとカードを顕現させ、第三者にも見える部分だけを見せる。

 ただし、カード一覧(手札)のすべては見せない。

 見せるのは《古傷の修復》程度だ。《約束された当選番号》《秘密の切除》《一年若く》といった劇薬カードは、奥に隠しておく。

 

【第3段階:医療効果の提示】

 ここで、相馬が言った。

「親父(征一)の治療前後の医療記録を見せれば、一発で信じるだろ」

 三崎がピシャリと止めた。

「駄目だ。勝手に見せるな」

「あ」

「親父さんは、治療そのものと、俺たち三人に対する秘密保持には同意している。しかし、自分の医療データを『新しい第三者である藤堂』へ開示する同意は、まだ取っていない。そこを絶対に混同するな」

 

 啓介が言った。

「じゃあ、三崎の右膝の記録は?」

「俺自身の記録なら、俺の権限で許可できる。まずは俺のデータだけだ」

 必要があれば、後日改めて征一に「政府側の相談役候補に、個人情報を匿名化した上で治療データを見せていいか」と別途確認を取る。この医療倫理の慎重さは、絶対に崩さない。

 

【第4段階:なぜ行政(藤堂)が必要なのか】

 魔法がある。人体治療ができる。だが、一日のマナ供給量が決定的に少ない。

 さらに、現在のマナ基盤でも「癌治療」まで理論上成立する可能性があること。

 ただし、正式なカードはまだ作っていないし、患者にも一切使っていないという『一線は越えていない事実』を明確にする。

 

 その上で、藤堂に聞く。

「もしこれを、将来的に社会の表側で扱うとしたら。……俺たちは、どこから先に相談するべきだと思う?」

 

 つまり、「藤堂、お前を俺たちの政府との専属仲介役として即採用するからよろしく」ではない。

 最初に求めるのは、あくまで『行政のプロとしての客観的な助言』なのだ。

 

 相馬が、経営者として重要な指摘をした。

「いいか。俺たちは、藤堂に『政府に話を通してくれ』ってお願いするんじゃないぞ」

 三崎が頷く。

「まず聞くんだ。『この能力を政府や医療制度に接続するなら、そもそもどういう問題(ハレーション)が起きると思うか』をな」

 啓介も同意した。

「それを藤堂から聞いた上で。……俺たちが『本当に政府へ話すかどうか』を、最終的に決める」

 

 これなら、藤堂一人に「国家と俺たちの板挟みになれ」と過剰な責任を押し付けることにはならない。

 

「じゃあ、当日藤堂が聞いてきそうな質問を想定しておこうぜ」

 相馬が言い出した。

 三崎が呆れる。「企業の採用面接じゃねえぞ」

「でも、絶対にあいつなら聞いてくるぞ」

 相馬は、大学時代の藤堂の口癖を真似て言った。

「『それ、誰の許可取ってやるつもり?』ってな」

 

 三人の中に、嫌な沈黙が落ちた。

「……絶対に言いそうだな」

 

 《想定質問①:「今まで、誰に使った?」》

 回答:啓介本人(《健全なる肉体》)、三崎、征一。それ以上の外部の人間への治療は、まだ一切していない。ここは正直に答える。

 

 《想定質問②:「誰がこのことを知っている?」》

 回答:啓介、三崎、相馬の三人。征一は治療能力の限定的な情報だけ。

 ここでは、「情報を知る範囲を、人ごとに明確に分けて管理している」と事実だけを説明する。藤堂がそれをどう評価するかは、本人に任せる。

 

 《想定質問③:「違法じゃないのか?」》

 三人は、顔を見合わせた。

「……分からん」と相馬。

「分からないな」と三崎。

「藤堂に一番聞きたいのが、そこなんだよな」と啓介。

 正直に、「現行の法律や制度上、これがどういう扱いになるのか全く分からないから、相談したい」と伝えるのがベストだ。

 

 《想定質問④:「政府に、何をしてほしいんだ?」》

 これが一番難しかった。

「……俺たちを、権力から守ってほしい?」啓介が言う。

「雑すぎる」と三崎。

「優先順位(誰を治すか)のルールを決めてほしい?」と相馬。

「それも、責任の丸投げだ」と三崎。

 

 三人で詰め始めたところで、相馬がふと手を止めた。

「……待て。これ、藤堂一人に何時間タダ働きさせるつもりだ?」

 啓介が固まる。「……あ」

 三崎も眉をひそめた。「友達だからって、専門家としての仕事まで無制限に押し付けるのは違うな」

 最初に頼むのは一つだけだ。『この件は、まず誰に相談すべき種類の問題なのか。入口だけ教えてほしい』。

 そこから先も継続して力を借りるなら、藤堂本人の意思、国家公務員として可能な範囲、必要なら正式な依頼や報酬の形まで、改めて考える。

 

 まだ、藤堂に制度設計や患者選定まで丸ごと背負わせる段階ではないのだ。

 

 《想定質問⑤:「なぜ、俺(藤堂)なんだ?」》

 ここは、藤堂本人にまっすぐに伝えられるようにする。

「お前が厚労省の官僚だから、という理由だけじゃない。大学時代、お前はルールの穴や許認可の手続き、対外折衝に誰よりも強かった。必要な時は、仲間の暴走でも『やめろ』と止めることができる人間だった」

 

 相馬が言った。

「『政府の人間』だから信用するんじゃない」

 三崎が引き継ぐ。

「俺たちが『信用している人間』が、たまたま政府側にいるだけだ」

 この違いは、藤堂を説得する上でかなり大事なポイントになるはずだ。

 

 三人が、難しい想定問答を延々と続けている間。

 アカネは、さすがにその長い話し合いには興味がないらしい。

 

 啓介の肩から降りると、ソファの上へ移動した。

 そして、先日も使っていた古いパーカーの上で身体を小さく丸める。

 数分後。

 スヤスヤと寝息を立て始めた。

 

 相馬が、想定問答の途中でアカネを指差した。

「……おい。俺たちの第一証拠、寝たぞ」

 啓介は笑った。「寝かせとけ」

 三崎が真面目な顔で言う。「重要参考人に、一時休憩が入りました」

「参考人でもねえよ」

 

 相馬が、寝ているアカネを見ながら確認した。

「正式開示をここでやるなら、アカネの移動はゼロで済むな」

「それも、この部屋を選ぶ理由だな」と啓介。

 三崎も頷いた。「知らない場所へ連れていくより、本人も落ち着くだろう」

 

 アカネを『説得の道具』として外の個室や会議室へ運ぶ必要はない。

 藤堂の方を、アカネの生活圏であるこの部屋へ招けばいい。

 そうすれば、移動中に誰かへ目撃される危険も増やさずに済む。

 

「外でキャリーケースから出す必要もないしな」啓介が言う。

「移動事故もない」と三崎。

 相馬も頷いた。「アカネにとっても、ここならいつもの場所だ」

 三人の意見は一致した。

 正式開示の場所をマンションにする理由が、また一つ増えた。

 

 藤堂を、アカネの生活圏であるこの部屋へ招く。それなら、アカネ自身の普段の暮らしをほとんど変えずに済む。

 

 啓介が言う。「知らない人が来ても、アカネが距離を取りたければ取れる」

 三崎が頷く。「近づきたければ近づけばいい。別室へ行きたければ、それも止めない」

 相馬も納得した。「全部、本人に選ばせられるわけか」

 

 初対面の藤堂を警戒したなら、自分の意思で距離を取れる。

 啓介のそばへ来たいなら、勝手に飛んで来られる。

 すべてはアカネ自身が自分で選べるのだ。

 学んだ『相手の生活環境を、人間側の都合で無理にいじらない』という教訓が、ここでもしっかりと生きていた。

 

 啓介は、ノートの最後に書き加えた。

 

 《藤堂への開示時・アカネ対応ルール》

 ① アカネを証明のために外へ連れ出さない。藤堂をマンションへ招く。

 ② アカネへ、証明のための特別な行動(芸)を要求しない。

 ③ 飛行、着地、鳴き声などは、本人の自然行動のみに任せる。

 ④ アカネが藤堂へ近づかなくても、全く問題なし。

 ⑤ もし藤堂から触ろうとした場合、必ず事前に啓介へ確認してもらう。

 ⑥ 写真・動画の撮影は、勝手にさせない。

 ⑦ アカネが明確に嫌がる、警戒して落ち着かない場合は、開示プロセスを中断し、アカネが別室へ退避できるようにする。

 

「アカネ、待て」という合図を、展示のための静止ポーズとして使うような真似もしない。

 

 相馬が、そのノートのルールを見て言った。

「……ここまで決めて、結局アカネがやることは何もないんだな」

「普段通りいるだけ」と啓介。

 三崎も頷く。「それで十分だ」

 相馬はソファの方を見る。「存在してるだけで仕事が終わるの、強すぎるだろ」

「仕事じゃないって」

 

 その時。

 ソファの上で丸くなっていたアカネが、不意に薄く目を開けた。

 金色の瞳を開け、ソファからヒョコッと顔を上げる。

 

「あぎゃ」

 

 相馬が笑った。

 相馬が笑った。「……今のは返事したように見えたな」

「偶然だ」

「だろうな」

 

 来週の水曜日。

 仕事終わりに、藤堂と四人で食事をすることが確定した。

 アカネは、その間マンションで留守番する。

 

 普通の食事。普通の昔話。普通の近況報告。相談したいことがある事実までは、もう隠さない。

 ただし、魔法の中身そのものは、この最初の食事ではまだ開示しない。

 

 啓介が、少しだけ不安そうに口を開いた。

「でもさ」

「何?」と三崎。

「藤堂のやつ……俺ら三人が揃って飯に誘った時点で、何か裏があるって気づかないか?」

 相馬が沈黙した。三崎も沈黙した。

 

 全員の脳裏に、大学時代の鋭く勘の良い藤堂の顔が浮かんだ。

「……まあ、気づいてるだろうな」相馬が言った。

「だよな」啓介が同意する。

「だからって、当日に焦って全部話すなよ。聞かれた時の答えだけは決めておこう」三崎が釘を刺した。

 

 タイミングよく、相馬のスマートフォンがブルッと震えた。

 藤堂からの追加のメッセージだった。

 

『しかし珍しいな。お前ら三人が揃ってわざわざ俺を誘うなんて』

『何か、面倒事の相談でもあるのか?』

 

 三人の動きが、ピタリと停止した。

「…………」啓介。

「…………」相馬。

「…………」三崎。

「あぎゃ?」アカネ。

 

 相馬が、スマートフォンの画面を見つめたまま固まった。

「……何て返す?」

「嘘はつくな」三崎が言った。

「でも、ここで魔法のことは言えないだろ」と啓介。

 

 少し考えてから、相馬がフリック入力で返信を打った。

『今度会った時に、少し相談したいことはある。でも、まずは普通に飯食おうぜ』

 

 三崎が頷いた。「それでいい」

 啓介も安堵した。「正直でいいな。変に誤魔化して、後で『あの時嘘ついただろ』って信用を落とす方がマズい」

 送信。

 

 少しして、藤堂から即座に返信が来た。

『了解』

『じゃあ、飯の時に聞く』

『内容によっては、俺の立場上答えられないこともあるから、そのつもりで』

 

 三人は、顔を見合わせた。

「……待て。こいつ、飯の時に相談内容を聞く気じゃん」啓介が画面を指差した。

「俺たち、魔法はまだ話さないって決めたよな?」「決めた」「じゃあ何て答える?」三人が再び黙り込む。

 結局、『相談があること自体は本当。ただ、内容はこの場ではまだ開示できない。正式に相談できる段階になったら改めて話したい』と正直に伝える方針に決めた。

 

 会議が終了し、相馬と三崎が帰る準備を始めた。

 啓介は、テーブルに残ったノートをもう一度見た。

 

 一番上に書かれた文字。

『《藤堂への正式開示・第一証拠候補》:アカネ』

 

 啓介は、それを見てから、ソファの上のアカネを見た。

 アカネは、古いパーカーの上で、前脚を揃え、翼を畳んでちょこんと座り、金色の瞳でこちらを見つめ返している。

 

 啓介は、小さな声で言った。

「……お前、もしかしたら近いうちに、厚生労働省で働いてる人に会うかもしれないぞ」

「あぎゃ」

「絶対、分かってないよな」

「あぎゃ」

 

 玄関から、靴を履いた相馬が声をかけてきた。

「営業部長! 今度のプレゼン、頼んだぞ!」

「あぎゃ!」アカネが元気よく鳴いた。

「だから勝手に役職つけるなって!」啓介が玄関へ向かって怒鳴った。

 

 ドアが閉まり、部屋に静寂が戻った。

 

 啓介はノートの『第一証拠候補:アカネ』の文字の横に、一行だけ追記した。

『※ただし、何か特別なことをさせる必要はない。いつも通りで十分』

 

 ソファの方を見ると、アカネは古いパーカーの上で静かに目を細めていた。

 

 啓介は、その小さな背中を見つめながら呟いた。

「……まあ、お前はお前のままで、それでいいか」

 アカネは短い尻尾を身体の脇へ寄せ、そのままゆっくりと目を閉じた。

 

 政府へ持っていく話は、準備するほど増えていく。

 けれど、アカネにさせることだけは、一つも増えなかった。




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