TCG能力《創世札典》を手に入れた俺、一日一マナから現代社会を攻略する~治療、未来予知、若返り。マナが足りないので山を買います~ 作:パラレル・ゲーマー
平日の夕方。
啓介は、オフィスのデスクでシステムのエラーログと格闘しながら、時計の針をチラリと確認した。
なんとか定時より少し遅れた程度の時間で、今日の業務のキリをつける。
パソコンをシャットダウンし、カバンを手にして足早に会社を出た。
今日の夜の予定は、「大学時代のTCG部の先輩・藤堂亮介と、五年ぶりに飯を食う」というものだ。
ただの飲み会だ。
だが、その飲み会が、魔法、癌治療の可能性、そして『国家(政府)への接続』という、とてつもなく大層な話へと繋がる可能性を秘めている。
啓介は、地下鉄のホームへ向かいながら、一人で苦笑した。
「……なんか、世界の秘密に関わるような大ごとの第一歩なのに、やることが『昔の先輩と居酒屋で飲むだけ』って、落差がすごいな」
スパイ映画のように、雨の降る薄暗い地下駐車場でアタッシュケースを交換するわけではない。現実の極秘交渉なんて、案外こんな地味なものなのだろう。
啓介は、一度マンションへ帰ってスーツから着替えることにした。
ドアを開けると、リビングでアカネが待っていた。
啓介がクローゼットから少し綺麗めの私服を出し、慌ただしく着替えを始めると。
アカネは、ソファの上から啓介の動きを不思議そうに見つめていた。前脚を揃え、翼を畳んで、ちょこんと座っている。
帰宅したはずの啓介が、またすぐに出かける準備をしている。その普段と違う動きを、金色の目でじっと追っていた。
啓介は、着替え終わってからアカネに向かって言った。
「今日はお前は留守番な」
「あぎゃ?」
「そのうち、お前にも会ってもらうかもしれないけど。今日はまだ駄目だ」
当然、アカネは言葉の意味など分かっていない。
啓介が玄関へ向かおうとすると、アカネがトテトテと一歩だけついてきた。
啓介はしゃがみ込み、人差し指を立てた。
「いや、今日は本当に留守番だ」
今回は、キャリーケースに入れて外へ連れ出したりはしない。マンション内での通常の留守番だ。
啓介は手早く必要な安全確認を行った。
水皿の水は十分か。室温は適正か。戸締まり。監視用の室内カメラの稼働。
問題なし。
「行ってくる」
「あぎゃ」
アカネの短い見送りを受けて、啓介は再びマンションを出た。
待ち合わせの場所は、都内の少し落ち着いた和食店だった。
完全紹介制の高級料亭のような、スパイの密談に使うような大袈裟な場所ではない。
先日、相馬が「個室を取るか?」と提案してきたが、三崎が「今日は秘密の話(魔法の話)は一切しないんだから、他人に聞かれても問題ない普通の席でいいだろ」と却下し、テーブル席になった。
もちろん、大声で騒ぐ学生が多いようなうるさすぎるチェーン店は避けている。
先に、啓介、三崎、相馬の三人が店に到着し、テーブル席についていた。
まだ藤堂は来ていない。
ビールとお通しだけが並んだテーブルで、三人の中に、妙にそわそわとした緊張感が漂っていた。
相馬が、自分のビールのグラスを見つめながら言った。
「……何で俺ら、ただの同窓会の飲み会でこんなに緊張してんの?」
三崎が呆れた顔をする。
「お前が『相談がある』なんていう、意味深で妙な誘い方をするからだろ」
「それはお前らも了承したじゃないか」
啓介も苦笑した。
「まあ、『相談がある』ってもう事前に言っちゃってるからな。絶対に向こうも何か構えてるだろ」
約束の時間、ほぼぴったり。
店の入り口から、一人の男が歩いてきた。
藤堂亮介。三十七歳。
当然だが、大学時代よりも少し歳を取っている。
着ているスーツは決して派手ではないが、仕立てが良く体に馴染んでいる。顔には、官僚特有の激務からくるであろう疲労の色が微かに滲んでいた。
だが。
歩き方、背筋の伸び方、そして人を観察するような少し鋭い目つきは、五年前に最後に会った時から全く変わっていなかった。
藤堂は、三人の顔を見渡してテーブルに着いた。
第一声。
「久しぶりだな」
三人が一斉に頭を下げる。
「お久しぶりです」
藤堂は、おしぼりで手を拭きながら、啓介、三崎、相馬の顔を順番に、ゆっくりと見た。
そして。
「……で」
いきなり、低い声で言った。
「お前ら、何やらかした?」
「早っ」
三人が思わず声を揃えた。
藤堂は、当然のように最初から疑っていた。
「いいか。門倉、三崎、相馬。社会人になって忙しいお前らが、三人揃って、わざわざ五年ぶりに俺を飯へ呼ぶ」
藤堂は箸を割りながら続けた。
「しかも、相馬がLINEで『相談がある』と前振りをしてくる。……これで、お前らが何のトラブルも抱えてないと思う方が、どうかしてるだろ」
相馬が天を仰いだ。
「正論すぎる」
啓介が慌てて否定する。
「いや、まだ何もやらかしてませんって」
藤堂の目が、キラリと光った。
「……『まだ』?」
「言葉の綾です!」
藤堂は、探るような少し怪しい目で三人を見たが、そこでふっと息を吐いて肩の力を抜いた。
「まあいい」
藤堂は自分のグラスにビールを注いだ。
「とりあえず、飯にしよう」
相馬が意外そうな顔をした。
「聞かないんですか? 相談の内容」
藤堂はビールを一口飲み、淡々と答えた。
「相談する側が、まだ腹を決めて話す気になってないのに。無理に聞き出してどうするんだ」
その一言に。
三人は、一瞬だけ視線を交わした。
……昔と、全く変わっていない。
そこからは、本当に「普通の同窓会」だった。
大学卒業後の進路。最近の仕事の状況。結婚しているか、していないか。
それらを、必要以上に深掘りすることなく、互いに軽く近況報告として交換し合う。
話題は自然と、昔話へと移っていった。
TCG部時代の思い出。当時の大会。徹夜でやったデッキ調整。
「門倉、お前は昔から、誰も使わないようなロマン枠の弱いカードを、無理やりコンボに組み込もうとしてたな」
「あれはロマンじゃなくて、環境の隙を突くメタだったんですよ」
「三崎は理屈っぽくて、ルールブックの重箱の隅をつつくような嫌らしいデッキばかりだった」
「盤面を完全にコントロールするのが好きだっただけです」
「相馬はあれだ。『で、そのカード、何枚手札に入るの? 勝率は?』って、ドローソースと安定性ばっかり気にしてた」
「カードゲームは確率のゲームですからね。事故ったら終わりです」
そして、藤堂の思い出。
啓介が笑いながら言った。
「藤堂さん、あの『三時間正座事件』、覚えてます?」
藤堂が怪訝な顔をした。
「何をだ」
「学園祭の部内大会の前日に、俺たちが出した会場の申請書類の不備を藤堂さんが見つけて、俺ら全員、部室で三時間正座させられて説教されたやつですよ」
相馬がウンウンと頷く。
「あれは地獄でしたね」
藤堂が眉をひそめた。
「おい。俺は三時間も説教してないぞ」
三崎が冷静に訂正した。
「二時間半くらいですね」
「そんなにしたか?」
「「「した(しました)」」」
三人の声が見事に揃い、テーブルに笑いが起きた。
藤堂は少し呆れたように言った。
「でも、あれはお前らが悪いんだぞ。『どうせ学内の身内イベントだから、申請なんて適当で大丈夫でしょ』とか甘いこと言ってたからな」
「若気の至りでした」と啓介。
「いいか。会場が使えなくなったら、大会の企画そのものが全部飛ぶんだぞ。事前手続(ルール)を軽視する奴は、必ず後で足元をすくわれる」
相馬が、しみじみと言った。
「変わってないなぁ、藤堂さん」
「何がだ」
「いや、別に」
和やかな空気の中、話題は現在の仕事の話へと自然にスライドしていった。
藤堂が相馬に聞いた。
「で。お前ら、今は何やってんの? 相馬、お前は親父さんの跡を継いで社長になったんだろ?」
「ええ、なりました」
「大丈夫か?」
「五年ぶりの先輩の第一声がそれですか」
藤堂が笑う。
次に、啓介の方を見た。
「門倉は、システム会社だったな」
「はい。ずっと同じところでSEやってます」
「三崎は?」
「俺は、健診センターと、いくつか病院を掛け持ちしてる雇われ医者です」
そして、啓介が一番聞きたかった質問を、極めて自然なトーンで投げかけた。
「藤堂さんは、今も厚生労働省ですよね?」
「いるよ」
「今、どの辺りの部署にいるんですか?」
ここで初めて、藤堂本人の口から現在の正確な立ち位置を聞くことができた。
藤堂の現在の仕事。
それは、ドラマに出てくるような『国家の巨大な医療プロジェクトをたった一人で裏で操る、超エリート黒幕部署』などといった、都合の良すぎるものではなかった。
現在の藤堂の役職は、医療政策や、医療提供体制の維持・調整に関わる部署の、課長補佐相当。
「俺が直接、どこの病院の運営方針を決めるとか、そういう現場を見る仕事じゃない。あくまで『制度側の調整』が中心だ」
具体的には。
医療提供体制の大きな枠組み作り。関係する各種の医療団体(医師会等)との事前の意見調整。新しい制度改正に伴う、膨大で泥臭い実務作業。そして、省内や他の省庁の関係部署との間で、話を通すための根回しと調整。
一つの特定の医療分野(例えば癌の最新治療など)の、最高レベルの専門家というわけではない。
しかし。
『もし国に新しい話(制度)を持ち込むなら、どの部署の、誰に、どういう順番で、どういう形で話を持っていけばいいか(あるいは潰されるか)』を考える、『行政の配線図を引く能力』は、間違いなく今の彼に備わっている。
まさに、啓介たち三人が今一番必要としている『役割(ピース)』だった。
啓介は、顔色を変えずに相馬をチラリと見た。
(……当たり、じゃん)
相馬も、小さく瞬きを返した。(ああ)
三崎は、黙ってウーロン茶を飲んでいる。
誰も、内心の興奮を顔には出さなかった。
啓介は、話題を少し深掘りしてみた。
「その行政の仕事って、楽しいですか?」
藤堂は、焼き鳥を串から外しながら、淡々と答えた。
「楽しいかどうかで、官僚なんかやってないよ」
でも、と藤堂は付け加えた。嫌々やっているわけでもないという顔だった。
「いいか。国が作る『制度』ってのはな。ちゃんと正常に動いてる時は、国民は誰も気にしないし、感謝もされない」
「でも、少しでも止まったり、エラーを起こしたりした時だけ、全員から全力で怒られる。……そういう仕事だよ」
啓介は、SEとして、その言葉に妙なほど深く共感してしまった。
「……それ、システム屋(インフラエンジニア)も全く同じですね」
藤堂が小さく笑った。
「だろうな」
ここで、啓介と藤堂の間に、職種は違えど『裏方としてシステムを支える人間』としての、小さな共感が生まれた。
藤堂の、現在の仕事に対する『価値観』の確認が続く。
「どんなに理屈として正しくて美しい制度を作っても。結局、現場(病院や自治体)が回らなかったら、何の意味もないからな」
藤堂の言葉に、医者である三崎が少し反応した。
「……それは、現場の人間としてもありがたい考え方ですね。現場のマンパワーを完全に無視した、上からの理想論だけの制度変更は本当に困りますから」
藤堂は自嘲気味に笑った。
「だから、現場の医者や関係者に嫌われながら、泥臭く話を聞いて回るのが俺の仕事だよ」
「嫌われてる自覚、あるんですか?」三崎が聞いた。
「あるよ」
四人で軽く笑い合った。
次に、相馬が、経営者の視点から極めて自然な仕事の話題として切り込んだ。
「官僚って、守秘義務とか、情報の管理がめちゃくちゃ大変そうですね」
ここまでは自然な仕事の話だった。三人とも、露骨な「秘密を守れますか?」という試験を仕掛けるつもりはなかった。
藤堂はビールを飲み干した。
「まあな。でも……『何でもかんでも、情報を一人で抱え込んで隠すこと』が、正しい守秘じゃないからな」
三人は、黙って聞いている。
「必要な相手(関係部署や有識者)には、適切なタイミングで必要な情報を共有しないと、国としての仕事は一歩も前に進まない。逆に、必要のない相手に『俺、こんなすごい情報知ってるぜ』って承認欲求だけでベラベラ喋るのは、論外のバカだ。情報ってのは、誰にどこまで渡すか、そのコントロールが全てだ」
啓介、三崎、相馬の三人は、内心で小さくガッツポーズをした。
(かなり欲しい答えだ)
だが、もちろんその場で「合格です!」と叫ぶような真似はしない。
だが、相馬はそこで、もう一歩踏み込んでしまった。
「じゃあ、例えば俺が社長として、先輩である藤堂さんに『うちの会社に有利になるように、国の制度の情報をこっそり教えてくださいよ』って、個人的な相談を持ってきたらどうします?」
藤堂は、相馬を真っ直ぐに見た。
「内容による」
「内容?」
「もしそれが、法律や制度の解釈として、俺が公務員として『仕事(職務)の範囲で答えられる一般論』なら、教えてやる。でも……」
藤堂の目が、少し鋭くなった。
「俺の立場(役職)を悪用して、『相馬産業という特定の企業だけを、不当に有利にするような裏工作』を頼んでくるなら。……お前が後輩だろうが、俺は一切話を聞かないし、断る」
相馬は、少し肩をすくめた。
「……ですよね」
藤堂が怪訝な顔をした。
「何で、答え合わせが済んだみたいな顔してるんだよ」
「いや、その……確認です」
藤堂は、そこでピタリと箸を置いた。
そして、啓介、三崎、相馬の三人の顔を、ゆっくりと、ジロリと見回した。
「……お前ら」
三人がビクッとした。「はい」
「さっきから、俺のこと『面接』してないか?」
「「「…………」」」
三人の中に、重い沈黙が落ちた。
相馬が、慌てて取り繕った。
「し、してないですよ」
藤堂は冷ややかに言った。
「今の間の取り方で、完全に嘘だと分かったぞ」
啓介は観念して、頭を下げた。
「……すみません」
事前に三人で「相手を試すような探り方はしない」と決めていた。それなのに、今の相馬の質問は、どう見ても藤堂の反応を見るためのテストだった。
相馬も観念して頭を下げた。
「……すみません。今の質問は、完全に俺が藤堂さんを試しました」
「だよな」
「三人で、そういう探り方はやめようって決めてたんですけど。実際に会ったら、ついやりました」
藤堂は、深いため息をついた。
「決めてたのにやったのか。お前ら、何のために事前会議したんだよ」
「……返す言葉もありません」
三崎が真顔で言った。
「今後は、必要なことは普通に聞きます」
藤堂は三崎を睨んだ。「最初からそうしろ。聞きたいなら、回りくどく探るな」
食事が中盤に差し掛かった頃。
藤堂が、グラスを置いて言った。
「で」
来る。三人は背筋を伸ばした。
「お前らの持ってる、その『相談』って、何だ?」
三人は、事前の予定通りに動いた。
啓介が代表して答える。
「相談があること自体は、本当です」
「うん」
「ただ……。今日、この居酒屋の席で、その『中身』を話すつもりはありません」
藤堂は、持とうとしていたグラスの横で手を止めた。
相馬も三崎も、一切の余計な口を挟まず、啓介に任せている。
藤堂は、怒鳴ったり、「せっかく来たのにふざけるな」と怒ったりはしなかった。
ただ、静かに聞いた。
「……理由は?」
啓介は、真っ直ぐに藤堂の目を見て言った。
「藤堂さんの今の立場(厚労省の役人であること)を確認してから、本当に話すべき内容かどうかを判断したかったからです」
「それと」啓介は言葉を継いだ。「この相談は……一度話してしまったら、もう『俺たちだけの個人的な秘密』には、絶対に戻せなくなる可能性があるからです」
藤堂の表情から、酒の席の緩い空気が完全に消え去った。
これが、ただの仕事の愚痴や、金貸してくれというような「遊びの相談」ではないと、はっきりと認識したのだ。
藤堂は、内容を無理に聞き出そうとはしなかった。
それが、この男の最も優れた点だった。
代わりに、藤堂は『行政官としてのリスクの切り分け』の質問をした。
「……俺がそれを聞いた時点で。俺が国家公務員として、『職務上、何かしなきゃいけなくなる(上へ報告する、あるいは通報する義務が生じる)可能性』がある話か?」
啓介は嘘をつかずに答えた。
「あります」
藤堂の目が鋭くなった。
「犯罪か?」
三人が、首を横に振った。
「違います」
「今現在、誰かが命の危険に遭っているか?」
三崎が答えた。
「少なくとも、今この瞬間に救助や警察への通報が必要な状況ではありません」
「公衆衛生上、今すぐ国として対応が必要なパンデミックや感染症か?」
「違います」
「児童虐待とか、反社会的な組織のテロ計画か?」
「違います」
藤堂は、それを聞いて、小さく息を吐いた。
それから、ふと思い出したように啓介を見た。
「じゃあ最初の『まだ何もやらかしてない』ってのは、本当に言葉の綾だったんだな?」
啓介が目を見開いた。「そこ、まだ覚えてたんですか」
「引っかかる言葉は覚えてる」
「今後も、違法なことをやる予定はありません」
「ならいい。緊急性もない。犯罪の進行中でもない。お前らは、自分たちの頭で整理してから話したいと言っている」
藤堂は焼き鳥の串を手にした。
「じゃあ、今日は聞かない。こんな誰に聞かれるか分からない居酒屋で、酒を飲みながら無理に聞き出す理由がない」
失言を流さず覚えていたことまで含めて、いかにも藤堂らしい判断だった。
「ただし」
藤堂が、鋭い視線を三人に向けた。
三人が、思わず身構える。
「次に俺にその話をする時は。……俺にも『選ばせろ』」
「俺にも選ばせろ?」
藤堂ははっきりと言った。
「『絶対に秘密にしてくれ。これを聞いたら後戻りできないからな』って、逃げ道のない状態で、いきなり全部の秘密を俺の頭にぶちまけるのは困る」
三人は、ハッとした。
それは、啓介たちが事前に会議で懸念していたことと、全く同じだった。
「具体的な話の『中身』を聞く前に。……まず、それが何の分野の問題なのか、概要(インデックス)だけを俺に提示しろ」
藤堂は続ける。
「その概要を聞いた上で。俺がそれを『お前らの個人的な友人として聞ける範囲の話』なのか。それとも『厚労省の役人として、職務として扱わなければならない話』なのか。……そこを、俺自身に先に判断・整理させろ」
啓介、三崎、相馬の三人は。
内心で、完全に意見が一致していた。
(……この人で、間違いない)
相馬が、思わず「ふっ」と吹き出しそうになるのを必死に堪えた。
藤堂が怪訝な顔をする。「何だ」
「いや」
「何だよ」
「……藤堂さん、昔と全く変わってないなと思って」
藤堂は呆れた。
「こんな回りくどい相談の持ちかけ方をしてくるお前らの方が、よっぽど変わってないだろ」
藤堂の方から、次の接触のための条件が提示された。
① 酒はなし。
「俺の仕事に関係する可能性がある重大な話なら、酒を飲みながら聞きたくない」
② 場所の指定。
「絶対に、他人に話を聞かれない密室を用意しろ」
③ 最初に概要だけを提示すること。
「いきなり核心を話すな。まず、何の分野の、どういう問題かだけを言え」
④ 職務との衝突時のストップ権限。
「俺が概要を聞いて、『ここから先の具体的な内容は、俺の立場では個人的な相談としては聞けない(国へ報告義務が生じる)』と判断したら、そこで説明を止めろ」
⑤ 記録の禁止。
「勝手に録音や録画はしないこと」
相馬が即座に答えた。
「録音しないのは、こっちも同じ条件です」
藤堂は頷いた。
「ならいい」
これで、「次」のステップがほぼ確定した。
啓介が言った。
「じゃあ……次に改めて、ちゃんと時間を取ってもらっていいですか?」
藤堂は渋い顔をした。
「内容も知らないのに、安請け合いで『いいよ』とは言えない」
「ですよね」
「でも」藤堂は言った。「その『概要』を、俺がお前らから聞くところまでは、付き合ってやる」
これくらいが、今の関係性のリアルだった。
藤堂はまだ、完全にチームに加入したわけではない。絶対の味方になってくれると約束したわけでもない。
でも。
確実に、「政府への正式開示の入り口」の扉は開いたのだ。
その後。
食事の後半は、完全に重い空気が消え、普通の飲み会へと戻った。
「で、真面目な話は終わりだ」
藤堂がビールを飲んで言った。
「門倉。お前、まだあのカードゲームやってんの?」
啓介は少しだけ言葉に詰まった。
「……最近は、あんまりやってないです」
相馬が横からニヤリとして口を挟んだ。
「いや、こいつ今、ある意味『全く別のカードゲーム』みたいなことやってますよ」
「おい」啓介が焦る。
「何?」藤堂が首を傾げる。
テーブルの下で、三崎が相馬のすねを思い切り蹴り飛ばした。
「痛っ!!」
相馬が小さく悲鳴を上げる。
藤堂が少し怪しい顔をしたが、それ以上深く追及してくることはなかった。
そこからは、大学時代のデッキ談義だ。
藤堂が昔使っていた、安定感ゼロのコンボデッキの話。
大事な大会の決勝トーナメントで、見事に事故って自滅した話。
相馬が楽しそうに蒸し返す。
「あの時、藤堂さん、土地カード二枚で完全に動き止まってましたよね」
「お前ら、十年以上前のプレミ(プレイングミス)と事故を、いつまで言うんだよ」
完全に、昔のTCG仲間の空気が戻っていた。
会食が終了し、店の外へ出た。
藤堂が、三人に言った。
「今日は楽しかった。……で、その『相談』の件は、お前らが話せる状態(腹が決まった状態)になったら、連絡してくれ」
「はい」啓介が答える。
藤堂は最後に念を押した。
「ただし。俺が聞いたからといって、お前らの役に立つかどうかは、全く保証しないからな」
相馬が笑って返す。
「それでも、十分です」
「今日は、ありがとうございました」三崎が頭を下げた。
藤堂は手を軽く上げて、駅の方へと去っていった。
三人だけが残された。
藤堂が見えなくなってから、三人はゆっくりと歩き出した。
相馬が、ポツリと聞いた。
「……で、どうする?」
三崎が、少し考えてから答えた。
「俺は、開示のプロセスを次へ進めていいと思う」
役割も、人柄も、情報の扱い方も、今日直接話して確認できた。だが、実際に会ったからこそ分かったこともあった。
【新しく分かったこと】
藤堂は、三人が想像していた以上に忙しそうだった。顔には仕事の疲労が薄く残り、それでも時間を作ってここまで来てくれていた。
【負担】
適任だからといって、今後の行政対応や制度整理を何でも藤堂一人へ背負わせていいわけではない。
【情報管理】
『何でも一人で抱え込むことが守秘ではない』という考え方は、三人だけで秘密を抱えてきた今の体制に足りない視点でもあった。
【残る問題】
藤堂は国家公務員だ。具体的な内容を話した後、完全に『三人だけの秘密』へ戻せなくなる可能性は、最後まで残る。
相馬が言った。
「俺も賛成。ただし、藤堂さんを『便利な四人目』にするのはなしだな」
三崎も頷いた。「同感だ。入口の助言を頼むのと、この件を全部背負わせるのは別だ」
「友達だから、で専門家としての仕事まで押し付けたら、俺たちが一番嫌ってたやり方になる」
二人の視線が、最後に啓介へ向けられた。
啓介は少し考え、それから頷いた。
「俺も、藤堂さんには次の段階まで話していいと思う。ただし、関わり方は藤堂さん本人にも選んでもらう」
そして、もう一つ。
今日の藤堂は、無理に内容を聞き出さなかっただけではない。
「自分にも、これを聞くかどうか選ばせろ」と、自分の責任の範囲を明確に主張した。
その要求によって、三人が前回作った開示手順には、新しい一段階が必要になった。
啓介が足を止めた。
「……待って。アカネの前に、『概要』だ」
三人の中で、そこで初めて完全に話が繋がった。
アカネを見せた瞬間、藤堂はもう『何も知らなかった状態』には戻れない。
だから、超常の実物を見せる前に、藤堂が『ここから先を聞くかどうか』判断できるだけの情報を、言葉だけで渡さなければならない。
藤堂亮介を『正式開示の対象候補』とする判断は、三人一致で成立した。
相馬が聞いた。
「じゃあ次は、門倉んちでいいとして。概要、何て言う?」
「医療の話、だけじゃ足りないよな」と三崎。
「未知の技術……も違う。技術なのかすら分からない」と啓介。
相馬が唸る。「超常現象って言ったら、その時点で半分答え言ってないか?」
三人は、今日最後の宿題が一番難しいことに気づいた。
夜。
啓介は自分のマンションへ帰り、玄関の扉を開けた。
リビングにいたアカネが、物音に気づいて顔を上げた。
「あぎゃ!」
「ただいま」
アカネが、トテトテと啓介の足元へ近寄ってくる。
啓介はジャケットを脱ぎながら、アカネに報告した。
「藤堂さんって人に会ってきた。多分、次はここに来る」
「あぎゃ」
「でも、お前を見てもらう前に、もう一個やることが増えた」
藤堂自身に、『ここから先を聞いていいか』選んでもらうための概要を作らなければならない。
「お前のことを見せるのは、その後だな」
「あぎゃ?」
ちょうどその時、三人のグループLINEが動いた。
帰り道で出た『概要をどう言うか』という宿題を、三人ともそのまま持ち帰っていた。
再び集まって会議をするほどでもない。まずは文章だけ、三人で削っていく。
相馬:『医療に関係する、説明不能な現象。だけじゃ怪しい健康商法みたいだな』
三崎:『人体へ作用することと、既に限定的な治療実績があることは必要だと思う』
啓介:『でも魔法、カード、マナ、アカネ、癌の試算までは出さない』
相馬:『藤堂さんが先へ進むか判断するための情報だけ、か』
何度か文章を削った末、暫定案がまとまった。
『現行の医学や既存技術では説明できず、現行制度上の位置づけも分からない現象を、個人が保有しています』
『その現象には人体へ作用する能力があり、限定的な治療実績もあります。現在進行中の犯罪や緊急事態ではありません』
『ただ、今後これを医療へ利用するなら、公的制度との接続が避けられない可能性があります』
ここまでなら、まだ《創世札典》の正体も、アカネも、癌治療の試算も明かしていない。
それでも、藤堂が『何の分野の、どういう問題か』を判断する材料にはなる。
三人は、この文章を次回の最初に口頭で伝える方針で一致した。
その後、相馬が藤堂へ次回の相談についてメッセージを送った。
『今日はありがとうございました。次回、約束通りまず概要だけ説明します』
藤堂からの返信は短かった。『了解。そこで俺が先を聞くか判断する』
啓介は、スマートフォンの画面を見た。
そのすぐ横で。
アカネが、前脚を揃え、翼を畳んでちょこんと座り、啓介を見上げている。
啓介は言った。
「……お前の出番の前に、一段増えたぞ」
「あぎゃ?」
「藤堂さんに、まず聞くかどうか選んでもらうんだってさ。だから、お前はまだ何もしなくていい」
アカネは、金色の目をパチパチと瞬かせた。
そして、国家との接続という重い緊張感など微塵も感じさせない様子で。
クルリと背を向けると、ソファの上に置いてある啓介の古いパーカーの方へと、トテトテと歩いていった。
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