TCG能力《創世札典》を手に入れた俺、一日一マナから現代社会を攻略する~治療、未来予知、若返り。マナが足りないので山を買います~   作:パラレル・ゲーマー

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第37話 政府に魔法を相談したら最初に希望を聞かれたらしい

 数日後。

 平日の夜。

 指定された場所は、啓介のマンションでも、霞が関のいかにもな会議室でもなく、都内のごく普通の外部の貸し会議室(小さな打ち合わせスペース)だった。

 スパイ映画のように窓がない地下室や、電波を遮断された部屋というわけではない。

 普通の会議机、普通のパイプ椅子、ホワイトボード。そしてテーブルの中央に置かれた数本のペットボトルの水。ただそれだけの空間だ。

 

 会議室には、啓介、三崎、相馬、そして厚労省の藤堂の四人が先に集まっていた。

 今日、藤堂が設定した「政府側の最初の正式な相談相手」がここへ来る。

 久世隆文(くぜ・たかふみ)。

 それが、今日会う人物の名前だ。

 

 啓介が、ペットボトルの水を一口飲んでから聞いた。

「それで、相談先って結局どういう人なんだ?」

 藤堂が、腕を組んだまま淡々と答えた。

「俺より、だいぶ上の人だ」

 相馬が呆れたように突っ込んだ。

「雑だな。もっと経歴とかないのか」

「役職だけ聞いて、勝手にお前らが過剰に期待したり萎縮したりしても困るからな。今は『久世さん』でいい」

 三崎が確認する。

「医者か? 厚労省なら医系技官か何かか?」

「違う」

 

 三人は、少し意外そうな顔をした。

「医療の話なのに、医者じゃないのか?」啓介が聞く。

 藤堂は首を振った。

「本当に医療の細かい話(安全性の評価基準とか、制度上の治験の進め方)を詰める段階になれば、当然、専門の医者や研究者は絶対に必要になる」

 藤堂は、三人の顔を順番に見た。

「でも。今、お前らが一番困ってるのは、『癌の治し方を医学的に評価・証明する方法』じゃないだろ」

 

 啓介が首を傾げた。「じゃあ何だ?」

「『そんな意味不明な超常の力を持っている個人が、突然政府に相談してきた時。政府という巨大な組織が、それを最初にどう受け取るか』だよ」

 

 これは、非常に重要な行政側のリアルだった。

 どんなに凄い技術でも、「受付窓口」を間違えれば、握りつぶされるか、危険視されて排除されるか、パニックを起こして強硬手段に出られる。

 必要なのは、医学の知識でも、魔法の知識でもない。「既存の制度のどこへ入れるべきか全く分からない案件を、とりあえず『分からないまま』でも政府の中へ安全に入れることができる人物」。

 だから、藤堂は久世を選んだのだ。

 

 啓介が、もう一つ重要な確認をした。

「……久世さんには、今の時点で『どこまで』話してるんだ?」

 藤堂は、即答した。

「ほとんど話してない」

 

 前回の約束通りだった。

 藤堂が事前に久世に伝えた内容は、以下の通り。

『既存の医学・技術では説明が困難な現象を、個人が保有している』

『人体へ直接作用する能力が存在し、すでに限定的な成功実績がある』

『今のところ、犯罪利用、事故、緊急事態などではない』

『本人たちは将来的な社会利用を検討しているが、制度上どこへどう相談すべきか全く分からず、困っている』

 

 ここまでだ。

 アカネの詳細。カードのシステム。マナの存在。《約束された当選番号》や《秘密の切除》。癌治療カードの具体的な試算。相馬征一の個人情報。啓介の個人資産や、青梅の山林の存在。

 それらは一切、まだ話していない。

 

 相馬が、少し不安そうに言った。

「それで、わざわざ時間作って会ってくれるって?」

「会う」

「……信じてるのか?」

 藤堂は、少しだけ首を傾げた。

「お前ら、そこ聞くの?」

「そりゃ聞くだろ。大の大人が魔法なんて……」

 

 藤堂の言葉が、相馬を遮った。

「俺が『直接自分の目で見た』と報告してるんだぞ。お前らじゃない、この俺がだ」

 さらに続ける。「しかも、現役の医師である三崎の医療記録(客観的データ)も存在する」

 

 藤堂は、官僚としての視点を語った。

「久世さんが最初に考えるのは、『藤堂がドラゴンを見たと言っている。あいつ、ついに激務で頭がおかしくなったのか?』じゃない」

「『そういう報告が、部下から正式に上がってきたなら。まずはどういう枠組みで扱うべきか』だ」

 これが、政府(組織)の温度感だった。

 

 予定時刻ぴったり。

 ドアがコンコン、と二回ノックされた。

 藤堂がスッと立ち上がる。

 

 ドアが開き、一人の初老の男性が入ってきた。

 久世隆文。藤堂から事前に聞いていた五十二歳という年齢の通り、三人より一回り以上年上に見える男だった。

 普通の、少し仕立ての良いスーツ。手には仕事用の鞄が一つだけ。部下を何十人も引き連れてきたり、分厚い資料を抱え込んできたりはしていなかった。

 

「久世さん。こちらです」

 藤堂が促し、簡単な紹介が行われた。

 

「初めまして。久世です」

 普通に名刺交換が行われた。啓介も自分のシステム会社の名刺を出した。

(……魔法の相談で、普通に名刺交換から始まるんだな)

 啓介は内心で少しだけおかしく思った。この異常なまでの『日常感(仕事感)』が、かえって彼らを安心させていた。

 

 全員が席に着く。

 久世は、鞄からノートやパソコンを出そうとはしなかった。

 

 久世の第一声。

 非常に穏やかで、声を荒らげるようなことのない、落ち着いた声だった。

 

「本日は、お時間をいただいてありがとうございます」

 そして、久世は三人の目を見て言った。

「まず最初に、政府側の人間として、一つだけお伝えしておきたいことがあります」

 

 啓介、三崎、相馬の三人は、無意識に身構えた。

(報告義務か? 法律の話か? 監視体制の通告か?)

 

 久世は、静かに頭を下げた。

「……こちらへご相談いただいたことに、心からお礼を申し上げます」

 

 啓介は、完全に予想外の言葉に、思わず声を出した。

「……お礼、ですか?」

 

 久世は顔を上げ、頷いた。

「はい。藤堂君から事前に聞いた範囲だけでも……もしそれが事実なら、将来的に社会への影響が計り知れないほど大きくなる可能性がある案件だと推測します」

「そして皆さんは、何らかの大きな問題や事故が起きてからではなく。その『前』の段階で、自ら我々に相談してくださった」

 久世は、はっきりと言った。

「こちらとしては、その一点だけでも、非常にありがたいのです」

 

 これが、国家側から見た『最初の本音』だった。

 

 久世が続ける。

「何年も秘密裏に運用された後で、取り返しのつかない事故や、大きな事件になってから初めて我々がその存在を知るより……ずっといい」

 それだけだった。

「だから、今すぐすべてを届け出る義務があります」と脅迫することもない。「隠していたのは違法だ」と糾弾することもない。法的分類すら、まだ確定していないのだから。

 

 啓介は、少しだけ拍子抜けしていた。

「政府」という言葉から、勝手に『没収、監視、命令、調査』といった強権的なものをどこかで警戒していた。

 もちろん、藤堂を信用しているからここへ来た。でも、最初の言葉が「ありがとうございます」だとは、全く想像していなかったのだ。

 

 相馬が、少しだけ前のめりになって聞いた。

「久世さんは……藤堂から聞いた話を、その、信じてるんですか?」

 久世は、穏やかに首を横に振った。

「『信じる』という言い方は、少し違いますね」

 

 久世の考え方は、極めて論理的だった。

「藤堂君が、自分自身の目で確認した事実として報告している。そして、医師である三崎さんの専門的な記録も存在する」

「なら、まずは『そういう未解明の事象が、実際に存在する可能性が十分に高い案件』として、フラットに扱えばいいだけです」

 そして、こう言い切った。

「それが『魔法』という言葉で呼ばれるものかどうか、私が個人的に信じるかどうかは……今のところ、仕事には全く関係ありません」

 

 啓介には、その割り切り方が妙に腑に落ちた。

 啓介は、少し驚き、そしてすぐに深い納得を覚えた。

「……そういうものなんですか」

「ええ。名前や分類なんて、一番後から付ければいいので」

 

 ここで、啓介のシステムエンジニアとしての感覚と、久世の行政官としての感覚が完璧に噛み合った。

 未知の現象(ブラックボックス)がある。

 入力(マナ)があり、出力(治療)がある。再現性がある。制約がある。実績のログがある。

 まずはそれを見る。それが「魔法」なのか「超能力」なのか「新科学」なのかなんていうタイトル決め(仕様定義)は、後回しでいいのだ。

 

(……この人、話が早い)

 啓介は内心でそう評価した。

 

 少しの質疑応答の後、久世が姿勢を正して言った。

「もう一つ、先に申し上げておきます。……今日の段階で、政府から門倉さんに『何かを要求する』つもりはありません」

 

 三人は、再び少し驚いた。

 

 久世は、三人が警戒しているであろう点を先回りして整理した。

「能力を今すぐ使って見せてくださいとも、逆に使用を停止してくださいとも、現時点では言いません」

「すべての情報や所有物を、今すぐ開示・提出してくださいと求めるつもりもありません」

「ただし、誤解のないように。今申し上げているのは、あくまで私がこの案件を最初に受け取る立場としての判断です。政府全体が今後も同じ判断をする、と約束しているわけではありません」

 

 三人にとっては大きな安心材料だった。同時に、それを無条件の『政府としての確約』と受け取ってはいけないことも分かった。

 久世個人の判断と、今後関係者が増えた時の組織としての判断は別だ。そのうえで、久世が今ここで要求を出さない理由も明確だった。

 

「……まだ、何も分かっていないからです」

 久世は静かに言った。

「何ができて、何ができないのか。どういうリスクがあるのか。我々も、まだ何も分かっていない。……分かっていない段階で、国家が大きな要求や制限だけを先に出す方が、はるかに危険です」

 

 さらに、久世は藤堂からの事前報告で、啓介たちの現状を正確に把握していた。

 ・現在、外部への新規治療は自主的に停止している。

 ・第一例目の経過観察を最優先としている。

 ・新規の重大な治療カード(癌など)は、体制が整うまで作成しないと決めている。

 ・情報の無闇な拡散もしておらず、犯罪利用もない。

 ・今すぐ対応しなければならない緊急性もない。

 

「現状、ご自身たちで極めて慎重な運用をされている。だから、少なくとも私は、今ここでその運用を乱す理由はないと考えています」

 だから、今すぐ政府が無理やり横からハンドルを握って、急ブレーキを踏む必要も理由もないのだ。

 

 三崎が確認した。

「癌治療の可能性についても、聞いてますか?」

「はい。『理論上の可能性を示す試算はあるが、まだカード自体を作成していないし、使う予定もない』というところまで聞いています」

 完璧だった。藤堂が、啓介たちの意図を正確に、過不足なく伝えていた。

 

「ですから、それについて今日、私が『作ってください』とも『絶対作るな』とも決めるつもりはありません」

 ここが重要だった。国家の方向性を、一人の官僚がその場の独断で勝手に決めるようなことはしない。

 

 久世は、そこで初めて少しだけ前に身を乗り出した。

「それで」

 少しの間。

「門倉さんは、今後、これを『どうしたい』と考えているんですか?」

 

 今日一番の、核心の質問だった。

 

 啓介は、予想していなかった角度からの質問に言葉に詰まった。

「……え?」

 

 久世が言葉を補足する。

「魔法で『何ができますか』ではありません。我々政府に『何をしてほしいか』でもありません」

「まず、あなた自身が『どうしたいのか』を知りたい」

 

 啓介は困惑した。

 魔法の仕様について聞かれるなら、いくらでも準備していた。マナの計算、カードの制限、治療の条件。全部ロジカルに説明できる。

 でも。「あなた自身は、どうしたい?」という個人の意思や感情に関わる質問は、全く準備していなかった。

 

 三崎も、相馬も、一切口を挟まなかった。

 ここは、啓介の能力であり、啓介の人生だ。啓介本人が答えるしかない。

 

 啓介は、少し考え込んだ。

「……そうですね」

 一度、「相馬とは、将来的に事業として成立する可能性も考えてます」と、ビジネス的な回答を言いかけたが、すぐにやめた。

「でも、事業化して大儲けすることが一番の目的、ってわけじゃないです」

 

 じゃあ、名声か? 権力か?

「有名になりたいわけでもないです。大発見をしてノーベル賞が欲しい研究者になりたいわけでもないし、政府で働きたいわけでもない」

「世界を平和に変えたい、とか……そういう壮大なのもないです」

 

 相馬が隣で少しだけ笑った。

(お前らしいな)

 

 啓介は、自分の内側にある一番素直な感情を探り、それを言葉にした。

「……助けられる人がいるなら、助けたいです」

 

 久世は、すぐには返事をしなかった。ジッと啓介の言葉の続きを待っている。

 

 啓介は、自分の言葉を少しだけ修正した。

「……いや。人助けがしたい、とか、そういう風に言うと、なんかヒーローみたいで大げさなんですけど」

 

 それが、啓介の等身大の本音だった。

「俺が何もしなかったら、ずっと治らない人がいて。でも、俺が能力を使えば、治せるかもしれなくて。……それで、俺の生活が壊れない『できる範囲』のことなら……」

「まあ、やった方がいいんじゃないかな、とは思います」

 

 久世は、少し考えてから、小さく頷いた。

「……なるほど」

「『自分がこの力でできるだけ多くの人を救うのが、選ばれた私の使命だ』という感じではない」

「……はい」

「困っている人が目の前にいて、自分に無理なくできる手段があるなら、わざわざ見捨ててやらない理由もない。……そのくらいの感覚ですか?」

 啓介は深く頷いた。

「それが、一番近いです」

 

 久世は、「分かりました」とだけ言った。

「素晴らしい覚悟ですね!」とか「立派です!」と大げさに褒め称えることはしない。ただ、啓介のスタンスを正確に理解し、インプットしただけだ。それが啓介には心地よかった。

 

 三崎が少し横から口を挟んだ。

「本人は、昔からそんな感じです。何でもかんでも背負い込むタイプじゃないですが、目の前のバグ(問題)を放置できない質(たち)なんで」

「何だよそれ」

「褒めてない」

 

 久世が、これからの方向性を示した。

「門倉さんのその希望を前提にすると。……我々政府側が今後考えるべき問題も、少し整理できます」

 

 久世の整理は、非常に明快だった。

 啓介の希望:『できる範囲で、助けられる人を助けたい』。

 そのために、現実として障害になるもの。

 

 1.誰を治すか(マナの供給上限による選別問題)。

 2.誰が治療適応を判断するか(医療としての専門性)。

 3.事故が起きた場合(責任の所在と対応)。

 4.情報が広まった場合(安全の確保と社会的混乱の防止)。

 5.お金を取る場合(契約、事業としての枠組み)。

 6.長期追跡(既存の医療体制との連携)。

 

 久世が言った。

「これを全部、門倉さん一人に『好きに決めてください』と丸投げして背負わせるわけにはいかないでしょう」

 啓介は即答した。

「……それは絶対に嫌ですね」

 久世が少し笑う。「でしょうね」

 

「ですから」久世が結論を述べる。

「今後、門倉さんが本当に医療利用を続けていきたいのであれば。その希望を実行しても、門倉さん一人に患者選定の重圧や、社会的な責任が集中して潰れてしまわないような『仕組み(システム)』を一緒に考える」

「もし政府が関与するとすれば、まずそこです」

 

 これが、今回の政策的結論だった。

「政府に全部の権利を渡して管理下に入れ」ではない。

 

 相馬が確認する。

「つまり、国が患者の優先順位を選ぶってことですか?」

「まだそんなことは言っていません」久世は即答した。

「政府が全部やるのが正解なのか。既存の大学病院などの医療機関へ接続する仕組みを作るのか。研究的な特区の枠組みを先に作るのか。全く別の方法があるのか。……それは、これから考える話です」

 制度を今すぐ決め打ちしない。これがプロの行政官だった。

 

 久世は、話題を変えた。

「もう一つは、医療とは別の『国家安全』についての話です」

「この能力が今後どこまで広がるか、私たちには分からない」

「広がる?」啓介が聞く。「能力のバリエーションが増えるとかですか?」

「それも含めて」

 

 久世は、今日最初で最後となる『政府側からのお願い』を口にした。

「今後。今までとは全く質の違う、大きな変化が能力に起きた時には。また藤堂君か、私たちに相談していただきたい」

 

 例えば。

 ・現在の一日一人(数人)というレベルから、桁違いの人数へ一度に作用可能になった時。

 ・局所的ではなく、広域の環境に影響を及ぼすようになった時。

 ・電気や通信など、社会インフラへ重大な影響を与える能力が出た時。

 ・現在の医療用途をはるかに超えるような、国家の安全保障に関わる重大な能力。

 

 具体的なカードの提示は要求しない。

 ただ、「連絡経路だけは、切らないでいただきたい」と。

 

 啓介は、少し考えたが、むしろそれは好都合だった。

「それは、こっちとしてもありがたいです。何か変な能力が出ちゃった時に、また『誰に相談すればいいか』を毎回ゼロから探さなくて済むので」

 完全に、保守運用を考えるシステムエンジニアの思考だった。

 

 藤堂が呆れたように言う。

「お前、政府をシステムの障害受付窓口みたいに言うな」

「でも、似たようなもんじゃないですか?」

 久世が少し笑った。

「最初の入り口という意味では、あまり間違ってはいません」

 

 相馬が、商売について確認した。

「将来的に事業化(会社として運営)する場合は?」

「それも、現段階では止めません」久世は答えた。

「ただし、現時点で政府がその事業を認可したわけでも、合法性を保証したわけでもありません」

「止めない=合法認定」ではない。

 

「そこは、必要な法務や税務の専門家を入れて整理してください。ただ一つだけ。……政府との相談が続いていることを理由に、『政府のお墨付き(公認)をもらった治療です』として営業することだけはやめてください」

 相馬は即答した。

「もちろんです」経営者として、そこは当然のラインだった。

 

 三崎が、医療面について確認する。

「現在、俺たちは新しい外部対象への《古傷の修復》を自主的に停止しています。政府としては?」

「今の段階で、私から『再開してください』とも『停止を続けてください』とも言いません」

「ただし、皆さん自身が『安全性の確認が不十分である』という理由で止めているのであれば、その皆さんの医学的な判断を覆すような材料を、私はまだ何も持っていません」

 

 非常に的確な回答だった。

 つまり、「政府が許可したから再開していいよ」というお墨付きにはならない。自分たちの責任で判断しろということだ。

「それで十分です」と三崎。

 

 最後に、啓介が少し迷ってから聞いた。

「……癌については?」

「まだカードを作っていないんですよね?」

「はい」

「では今は、『そういう可能性が将来ある』という情報としてお預かりします」

 久世は言った。

「その重大なカードを作るべきかどうかを、今日の私一人が、この場で判断する話ではありません」

 

 情報管理について。

「この話、これから政府内の誰まで広がるんですか?」啓介が不安そうに聞く。

「今のところ、藤堂君と私までです。ただし、私一人を信用すれば成立する形にするつもりもありません」

「私は異動もしますし、いずれ退職もします。担当者が替わっても不用意に情報が広がらない扱いを作る必要があります。その上で、必要になった場合は、可能な限り『何のために、誰へ共有するか』を先に皆さんへお伝えします」

 

「絶対に秘密にします、とは言いません」久世は言った。「『必要のない相手には広げない』。そして『必要な相手へ広げる時には、目的と範囲をできるだけ明確にする』ということです」

 藤堂が以前口にした守秘の考え方とも、よく似ていた。

 

 啓介は少し安心した。同時に、久世本人を信用できそうだという感覚と、政府という組織全体へ白紙委任していいかどうかは別問題だ、とも思った。人は異動するし、担当も変わる。

 

 そして、会議の終盤。

 久世は、最後まで「アカネ(竜)」を見せろとは要求しなかった。

 啓介の方が逆に気になって、聞いてしまった。

「……アカネ、見なくていいんですか?」

 

 久世は首を横に振った。

「藤堂君がすでに見て、確認していますから」

「今、私がこの場でわざわざそれを見る必要(業務上の意味)はありますか?」

 啓介は考えた。「……ないですね」

「なら、今日は見ません」

 

 啓介はそこで初めて、久世が「見ない」と判断したことの意味に気づいた。見る権限があるかではなく、今見る必要があるかで決めているのだ。

 藤堂が横で「だからこの人にしたんだよ」という顔をしていたが、あえて口には出さなかった。

 

 最後に、次までの宿題だけを簡単に整理した。

 久世側は、次に誰へ、何の目的で情報を共有する必要があるのかを整理する。医療や法務の専門家を増やすとしても、その必要性から先に詰める。

 啓介たちは、相馬征一の追跡を続け、現在の自主停止を維持する。癌カードはまだ作らない。能力に大きな変化があれば藤堂へ連絡する。

 

「全カードリストの開示は求めないんですか?」と啓介。

「今、必要のない能力まで知る必要はないでしょう」と久世。

 啓介は心の中で(《約束された当選番号》、セーフ……)と少しだけ安堵したが、当然口には出さなかった。

 

 一時間半程度の会談が終了した。

 派手なことは何も起きなかった。魔法の実演もなく、カードも一枚たりとも発動していない。

 

 久世が帰る前、名刺を置いて言った。

「何かあれば、まず藤堂君へ連絡してください。緊急でなければ、いきなり私へ直接連絡する必要はありません」

 きちんと窓口を藤堂に一本化した。

 

「分かりました」啓介が受け取る。

 

 久世が、ドアノブに手をかけてから、少し立ち止まった。

「……門倉さん」

「はい」

「先ほど、できる範囲で人を助けたい、というお話でしたが」

 啓介は少し構えた。

 

 久世は、静かに言った。

「助けられない人が出ることまで、一人で背負わないでください」

 

 啓介は、言葉に詰まった。

 マナは有限だ。一日七。将来増えても、絶対に限界がある。

 癌が治せるようになっても。全員を救うことは絶対に無理なのだ。

 

「そのために、我々が『仕組み』を一緒に考えるんですから」

 久世は、そう言い残して去っていった。

 

 久世が退室した後。

 部屋に少しの沈黙が流れた。

 

 相馬が言った。「……思ってたより、何も要求されなかったな」

 三崎が返す。「まだ要求できるような段階じゃないって、あの人が自分で分かってるんだろ」

 藤堂が息を吐く。「そういう人だから呼んだ。ただ、次に関わる人間まで全員同じ考え方だとは限らない」

 

 啓介は呟いた。

「最初に、『お前は何ができるんだ』って魔法の限界を聞かれると思ってた」

 藤堂が言った。

「俺も、久世さんに一番最初に聞かれたぞ。『それで、その門倉さんという人は何がしたいんだ?』ってな。俺は答えられなかった。だから今日、本人の口から聞いたんだ」

 

 啓介は少し不安になった。「……俺、あんな普通の答えで良かったのかな」

 相馬が笑う。「いいんじゃない?」

 三崎も言う。「むしろお前が『全人類を救うためにこの力を使います』とか言い出したら、俺が全力で止めてた」

「言わないよ、そんなこと」

 

 夜。

 マンションのリビング。

 啓介がドアを開けると、アカネがいつものようにソファの上から顔を上げた。

「あぎゃ!」

「ただいま」

 

 啓介は上着を脱ぎ、いつもの部屋へ戻ってきた実感と一緒に、ようやく肩の力を抜いた。

 啓介はノートを開き、今日の記録をまとめた。

 

 《政府相談・第一回》

【政府側】

 ・自主相談への謝意。

 ・現段階で能力使用/停止等の要求なし。

 ・事実関係と本人希望を先に確認。

 ・大幅な能力変化時の再相談を希望。

 ・情報共有は必要性に応じて限定。

【啓介側】

 ・可能な範囲で、助けられる人を助けたい。

 ・名声・研究・国家利用が主目的ではない。

 ・事業化は手段候補であり目的ではない。

 

 啓介は、自分が書いた文章を見て少し恥ずかしくなった。

「……こうして文字にすると、なんかものすごく立派で意識の高い人みたいだな」

「あぎゃ?」

 啓介は、その文章の下に一行付け足した。

 

『正確には、できるならやった方がいい、くらい』

 

 啓介は頷いた。

「うん。こっちだな」

 

 政府へ魔法を相談したら。

 能力の一覧も、治療可能な人数の上限も、国家への協力意思も、最初には聞かれなかった。

 

 最初に聞かれたのは、たった一つ。

「あなたは、どうしたいですか?」

 そして啓介の答えも、結局それほど大げさなものではなかった。

 

 できるなら、やった方がいい。

 ただ、それだけだった。




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