TCG能力《創世札典》を手に入れた俺、一日一マナから現代社会を攻略する~治療、未来予知、若返り。マナが足りないので山を買います~   作:パラレル・ゲーマー

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第42話 一日七マナしかないと話したら政府が土地を用意することになったらしい

 平日の夜。

 前回と同じ、国立系高度医療機関の外部から目立たない小会議室。

 ただし今日は、患者の森川邦夫はいない。純粋な打ち合わせのための集合だった。

 

 参加者は、啓介、三崎、相馬。

 そして政府側の久世と藤堂。医療側専門家の桐生慎一。

 六人の男たちが、長机を囲んで座っていた。

 

 啓介が入室して席に着くと、先に資料を読んでいた桐生と目が合った。

 前回、この部屋で初めて会った時、桐生は開口一番に「私は皆さんの話を信じていません」と言い放った。

 今日は違う。

 

「門倉さん。先日はどうも」

「こちらこそ」

 啓介は席に座りながら、少しだけ冗談交じりに聞いた。

「……あの後、俺の持ってたバインダー見て『本物ですね』って言ったの、後悔してません?」

 

 桐生は手元の資料から顔を上げ、即答した。

「していません」

 そして、医者特有の冷徹なトーンで付け加えた。

「ただし。私が認めたのは『説明不能な現象が起きた』という事実だけです。『絶対に安全です』『癌が完全に治りました』『他の癌にもすぐ使えます』などとは、一言も言っていませんよ」

 

 三崎が隣で深く頷いた。

「そこは、俺と全く同じ見解です」

 相馬が苦笑しながら突っ込む。

「この医者二人、ほんと揃いも揃って容赦ねえな」

 部屋に、軽い笑いが起きた。

 

 まずは、医療側の報告から始まった。

 桐生がモニターに資料を出す。

「森川さんの現状です」

 一例目の癌治療から、短期的な追加の経過確認ができる程度の日数が経っていた。

 

「日常生活に大きな問題はなし。明白な急性有害事象(副作用)も確認されていません。治療部位に新たな異常所見もなし。必要な医学的追跡は、予定通り継続中です」

 

 ただし、桐生は続けた。

「まだ、極めて短期間の経過観察に過ぎません」

 桐生は明言した。

 一例目で異常が見つからなかったからといって、すぐに治療対象を大量に増やせる段階ではない。

 

 本日の最大の議題は、『次の症例へ進むための準備を始められるか』だった。

 

「現時点で、直ちにこの検証プロジェクトを中止しなければならないような医学的所見はありません」

 桐生が結論を述べた。

 啓介が少し身を乗り出した。「じゃあ、二人目を?」

「『今日すぐ二人目を治しましょう』ではありません」

 三崎が引き取る。「次の候補を『探し始める』ってことだな」

 

 桐生がホワイトボードの前に立ち、条件を書き出した。

 いきなり、全身転移した末期癌の患者を探したりはしない。癌の種類(癌種)を広げることもしない。

「一例目と同程度に、効果の判定(評価)がしやすい症例に絞ります」

 

 当面の条件。

 病理診断済み。単一病変。早期胃癌。転移所見なし。病変位置が明確であること。標準治療が存在し、もし魔法が失敗してもすぐに標準治療へ戻せる状態であること。

 本人が、これが未知の介入であることを理解できること。長期の追跡調査へ協力できること。

 

「まずは、この条件に合う候補者のリストを作成します。その中から、医学的な検証価値と安全性の両方を見て、我々医療側で絞り込みます」

 

 久世が、政府側の人間として静かに確認した。

「我々行政側から、『この重要人物を治してくれ』と患者を指定することは?」

「現段階では、絶対に避けてください。医学的なノイズになります」

「分かりました」

 久世はあっさりと引き下がった。誰を治療対象にするかは、まず医療側が医学的条件から判断する。

 

 候補患者の話が一通り終わった後。

 桐生が、ホワイトボードのペンを置き、啓介の方を真っ直ぐに見た。

 

「ただ。次のリストを作る前に、確認しておきたいことがあります」

「はい」

「……仮に、完璧な条件を満たす候補患者を『十人』見つけてきたとしても」

 

 桐生は、一拍置いて言った。

「治せるのは、一日に一人、なんですよね?」

 

 桐生の問いに、啓介は迷わなかった。

 

「今のままなら、そうです」啓介が答えた。

 久世が、手元のメモに視線を落としながら言った。

「そこを今日、少し詳しく教えていただきたいと思っています」

 

 一日に一人という上限を考えるには、まずマナそのものを説明する必要がある。

 

 初回相談の時点では、久世に「マナ」や「青梅山林」の詳細までは共有していなかった。

 だが、実際に癌治療が成立したことで、状況は変わった。

 今後、これを何らかの形で社会利用する仕組みを作るのであれば、マナの供給上限を避けては通れない。

『なぜ、一日に一人しか治せないのか』を行政側が正確に把握していなければ、制度設計のしようがないのだ。

 

「分かりました。じゃあ、マナのシステムの話から説明します」

 啓介は、《創世札典》を呼び出しながら説明を始めた。

 

 まず、マナには五つの属性(色)があること。生命、知識、物資、熱量、境界。

 次に、現在の供給源。

 ただし、桐生に対して、必要以上にアカネの詳細や個人的な能力の裏側まで開示することはしない。

「任意に変換できるマナが2。生命が1。知識が1。物資が1。生命または物資が1。境界が1。……合計で、一日7マナです」

 

 久世が聞いた。「そのマナは、具体的にどうやって発生しているんですか?」

 

 啓介は、具体的なマナ源について今回の議論に必要な範囲だけを説明した。三崎、相馬、藤堂にとっては既知の内容が多いが、久世にとっては初めて聞く情報も含まれている。

 

「植物を核にしたアイテムから一つ」

「俺自身の知的活動(勉強や記録)を維持条件にしたアイテムから一つ」

「工具を核にしたアイテムから一つ」

「境界を維持している特定の施設から一つ」

 

 最後に、土地から一つ。

「俺が所有して、管理している『山林』から一つ」

 

 久世が、そこでピタリと反応して止まった。

「……山林?」

「はい。青梅に、小さい山を持っています」

 

 横で聞いていた藤堂が、少し驚いたように言った。

「そこまで話すのか?」

「今日、必要だろ」

 相馬がニヤリと笑って付け足した。「ちなみに、三十八万円で買った山な」

 久世の、常に冷静だった行政官の顔が、少しだけ崩れた。

「……三十八万円?」

「はい」

 

 啓介が、土地のマナ化について説明した。

 その山林の土地を買った。実際に現地へ通って利用している。管理している。危険木の伐採を業者に手配した。管理通路を作った。設備を維持している。監視カメラで巡回と遠隔確認を行っている。

 そういった『現実の管理実態』を積み上げた結果、

 システムによって《名もなき雑木地》として土地カード化され、

 一日に、『生命』または『物資』のマナを1単位、生み出すようになった。

 

 久世が、顎に手を当てて思考を巡らせた。

「つまり……。ただの『土地』そのものが、一日に1単位の魔法資源(マナ)を生むマナ源になり得る、ということですか?」

「正確には」啓介は厳密に訂正した。「システム上で土地として認識されて、しかも『所有者による正当な管理実態が継続・維持されていれば』、です」

 買っただけで放置している土地からは、マナは出ない。

 

 部屋に、少しの沈黙が落ちた。

 

 久世が、極めて行政官らしい、本質的な質問を投げかけた。

「では」

「はい」

「門倉さんが管理する『土地』を増やせば。……一日のマナの供給量も、増える可能性がある?」

 

「あります」啓介が答えた。

 相馬が即座に反応する。「俺もそこは最初に考えた」

 三崎が呆れた。「お前ら二人は、システムやビジネスの『効率化(スケールアップ)』のことばかり真っ先に考えるよな」

 藤堂が冷静に言う。「でも、今回はその効率化をしないと話が始まらないだろ」

 

 久世が、手元の資料をパタンと閉じた。

 そして、部屋の空気を完全に変える一言を放った。

 

「土地なら、国も持っています」

 

 啓介の心臓が、ドクンと跳ねた。

「…………ああ」

 相馬が、興奮を抑えきれない声で言った。

「……そうなるのか」

 

 国家という巨大な組織の強みが、ここで思いがけない形を取った。

 軍隊でも、国家予算でも、国立病院の設備でもない。

 ただ純粋に、国が圧倒的な規模で所有している『土地(国有地)』だった。

 

 一番最初に、全員の頭に同じ「悪いアイデア」が浮かんだ。

 相馬が、机へ身を乗り出した。

「じゃあさ」

 三崎がひどく嫌そうな顔をした。「お前、絶対ろくでもないこと言う顔してるぞ」

「例えばさ、一つのデカい国有地があるとするだろ。それを、書類上で百区画に細かく分割(分筆)して、その百個の区画を全部、門倉へ貸し付けたとしたら?」

 

 相馬はニヤリと笑った。

「一日、百マナ増えるんじゃないか?」

 

 啓介が、思わず天井を見た。

「……俺も、それは今一瞬思った」

 藤堂が頭を抱えた。「やめろお前ら。国の土地をそんな脱税みたいなセコいスキームで使おうとするな」

 

 だが、久世はむしろ真面目だった。

「システムに確認できるなら、確認しましょう」

 これが、久世の優れたところだ。「そんなズルは常識的に考えて駄目だろう」と人間の推測だけで判断しない。分からないなら、直接システム(ルール)に聞く。

 

 啓介が、《創世札典》を呼び出した。

 桐生の視線が、空中に現れた物理的なバインダーへ一瞬だけ止まった。だが、前回のような驚きは見せなかった。

 

 啓介が、システムに問いかける。

「システム。一つのまとまった土地を、登記や契約上の形式だけで複数区画に分割し、それぞれ別個の使用権を俺に設定した場合。それらを、それぞれ独立した複数の土地カードとして扱えるか?」

 

 空中のバインダーに、文字が浮かび上がる。

『否定』

 

 相馬がずっこけた。「即答かよ」

「ですよね」

 さらに、詳細な説明が表示される。

『現実上、一体として存在し、連続した用途または管理実態を有する土地は、形式上の権利区分(分筆)のみを理由として、複数の土地カードには分割されません』

 

 これで、百筆に分けて百マナを生む案は即座に消えた。

 形式だけの分割では、システムは別の土地として認めない。

 

「じゃあ、物理的に場所を離したらどうだ?」藤堂が聞いた。

「聞いてみる」

 

 啓介が質問を変える。

「互いに離れた場所にあり、それぞれが現実上、独立して利用・管理されている複数の土地について。俺が正当な使用権と管理権を持った場合。それぞれ独立した別の土地カードとして認識されるか?」

 

 すぐに返答が出た。

『場合によりますが、おおよそ異なる独立した土地として認識されます』

 

 相馬が膝を打った。「おお!」

 三崎が目を細める。「急に『おおよそ』とか言って、曖昧な表現になったな」

「こういう時のシステム、大体ろくな仕様の数値を教えてくれないんだよな……」

 

 啓介は、当然の疑問をぶつけた。

「既存のカード化された土地(青梅山林)から、物理的に何キロメートル以上離れていれば、独立した土地として判定される?」

 

 返答は、

『固定された距離の数値による判定ではありません』

 続けて、補足が表示される。

『位置関係、物理的連続性、利用実態、管理実態、土地としての独立性その他の条件を、総合して判定します』

 

 具体的な「〇〇キロ以上」という数値は出なかった。

 相馬が言う。「つまり、一キロなら駄目で、一キロと一メートル離れていればOK、みたいな明確な閾値(ボーダーライン)はないってことか」

「ないな」

 久世がまとめた。

「逆に言えば、候補地を実際にシステムに提示して、個別で確認してみる必要があるということですね」

「そうなります」

 

 ここで、久世が政府側としての現実的な案を提示した。

「所有権そのものを、国から門倉さんへ移す(売却や譲渡する)必要はありますか?」

 啓介が答える前に、相馬が言った。

「そういえば、お前が一番最初に作った土地カードって、お前が住んでる『賃貸マンションの一室』だったよな?」

 つまり、所有権がなくても、正当な利用権(賃貸契約など)があれば土地カードになり得るのだ。

 

「でしたら」久世が言う。「所有権を移すより、国からの『貸付(賃貸)』の形式の方が、行政手続きとしてははるかに扱いやすい」

 

 久世が提示したのは、

『三十年間の国有地の無償貸付』だった。

 

 この場では、法務的な細かい特例措置の詳細を長々と説明することはしなかった。

「法的な形式や名目は、担当に確認させます。ただ、検討案としては、三十年程度の長期貸付を前提に制度設計することは可能です」

「三十年……」啓介が絶句する。

 相馬が肩を叩いた。「お前、六十六歳まで山の管理すんの?」

「急にリアルで嫌な数字出すなよ」

 少し笑いが起きた。

 

 啓介は、システムに最終確認を行った。

「システム。国から三十年間、土地を無償で借りる。契約上、俺に正当な使用権と管理権が設定される。その土地について、俺自身が管理主体となり、必要な草刈りや清掃などの『管理作業の一部』を、俺が費用を出して外部の業者へ委託する。この条件なら、土地カード化は可能か?」

 

 システムが回答する。

『現時点では、問題ありません』

『ただし、使用者本人に【実質的な管理実態】が存在することを要します』

 

 啓介が追求する。

「管理実態って、具体的にはどこまでやればいい?」

 

 システムは、管理実態に含まれる要素を例示した。

『管理方針の把握、必要な判断、管理結果の確認、適切な対応、および【継続的な現地確認等】を含みます』

『なお、作業そのものを第三者へ委託することは妨げません』

 

 これで、政府の職員や清掃業者へ草刈りなどの実作業を委託すること自体は問題ないと分かった。

 

 相馬が、一番厄介な部分に気づいた。

「継続的な現地確認って、具体的にどのくらいの頻度だ?」

 啓介もそこが一番気になっていた。「年一回行けばいいのか?」

 

 システムへ、具体的な頻度を質問する。

 回答。

『固定された期間による判定ではありません』

 

 やはり、具体的な数字は出なかった。

「出たよ」三崎が呆れた。

「だと思ったよ」啓介もため息をついた。

 

 土地の状態、用途、問題発生の状況に応じて、必要な管理頻度は変わる。

 つまり、「一律で月に一回」「年に一回行けばセーフ」という単純な仕様ではないのだ。完全に放置して、「契約上は俺のもんだし、年一回でいいって言ったじゃん」という言い訳は通用しない。

 

 久世が、冷静に指摘した。

「そうなると、国がいくらでも土地を用意できたとしても……門倉さんが実際に足を運んで管理できる『土地の数』には、物理的・実務上の上限があるということですね」

「はい」啓介は認めた。「俺が自分の目で管理できなくなって放置したら、その土地のカードは消滅して終わりです」

 土地をいくらでも増やせない理由も、ここではっきりした。

 

 久世がもう一つ確認した。

「その管理に関わる費用(業者への委託費など)を、国側で負担した場合はどうなりますか?」

 啓介がシステムに確認する。

 システムとしては、誰が金を出しているかは本質ではない。あくまで『本人が管理の責任主体であるか』が問われる。

『費用負担者の違いは、土地カードの成立条件を単独では決定しません』

 

「つまり」啓介が言う。「費用を国が出して、作業を業者がやっても。俺が管理主体として報告を受け、判断を下し、必要に応じて自分の足で現地確認に行っていれば、成立し得ます」

 

 久世が、わずかに頷いた。

「それなら、制度設計は十分に可能です」

 話は、国家が得意とする予算と制度の設計へ入っていった。

 

 藤堂が、現実的な数の話をした。

「とりあえず、土地を一つ増やしてマナを一つ追加できる理屈は分かった。……じゃあ、二つは?」

「理屈の条件を全部満たせば、いけるはずです」

「七つは?」

 

 啓介は、言葉を止めた。

 相馬が聞く。「なんで急に七なんだよ」

「今、門倉のマナの総量が七だからだよ。もう一組、全く同じセットを作れたら、計算が一番分かりやすいだろ」

 

 現在、7マナ。

 もし、追加で7つの土地がすべて独立した土地として成立し、それぞれ1点規模のマナを生み出せば。

 最大で『14マナ体制』になる。配色まで噛み合えば、一日に二回の癌治療さえ視野に入る。それだけでも影響は極めて大きい。

 

 だが、啓介は冷静に釘を刺した。

「七か所国から借りたからって、自動的にポンと七マナ増えるわけじゃないです」

 各土地がシステムに独立した土地として認識されるか。実際にカード化の条件(管理実態)を満たせるか。長期間維持できるか。

 そして何より、「その土地が、何の属性(色)のマナを出すか」は、全部別問題なのだ。

 

 久世が言った。

「ですから。七つ『確実に増やす』と今決めるのではなく。まずは七つ『候補地を用意する』。そこから始めましょう」

 

 桐生が、医療側から質問した。

「先ほどの癌の治療に、生命三、知識二、境界一が必要なら。……生命のマナを出す土地ばかりを、七つ集中的に選べばいいのではないですか?」

 

「そこも、そんなに都合よくはいかないんです」

 啓介はシステムに確認した結果を説明した。

 土地がどの色のマナを出すかは、事前の指定はできない。その土地そのものの性質、利用方法、継続した管理内容、そこで成立している役割、啓介との意味付けなどで変化する。

「事前に『この土地は生命の土地にしてください』と発注して成立させることはできません」

 

 久世が頷いた。

「では、候補地は、あえて性質(ロケーションや地形)を散らした方がいいですね。森林ばかり七つではなく、違う性格の土地を選ぶ理由ができました」

 

 土地の話が一段落したところで。

 桐生が、癌カードの資料を見直しながら、別の疑問を口にした。

 

「もう一点、確認していいですか」

「はい」

「仮に、国から土地を借りてマナが倍に増えたとしても。……実際にその魔法の治療(発動)をするのは、門倉さん本人ですよね?」

「今までは、そうです」

「……『門倉さんにしか使えない』と、システムに確認したんですか?」

 

 啓介は、沈黙した。

 三崎が啓介を見る。相馬も見る。

「……してない」

 

 確認していなかったのは、単に今まで必要がなかったからだった。

 

 啓介は、システムに問いかけた。

「システム。俺が設計した術式を、《創世札典》を持たない第三者でも使用できる『実物(アイテム)のカード』として、この世界に作ることはできるか?」

 

 回答が、バインダーに浮かび上がった。

『可能です』

 

 会議室の全員が、息を呑んで沈黙した。

 相馬が呟く。「……できるのかよ」

「俺も、今初めて知った」

 

 システムが条件を提示した。

『通常の発動必要マナに加えて、【不特定マナ1点】を追加で支払うことで、他者使用可能な実体カードとして外部へ固定化(具現化)できます』

 

 《局所悪性腫瘍の除去》を外部化する場合は、

 生命3、知識2、境界1。これに加えて、不特定1。

 合計7マナになる。

 

 啓介は、その数字を見た瞬間に別の問題へ気づいた。

 

「……待て。これ一枚作ったら、今の俺だと、その日の七マナ全部なくなるぞ」

 三崎が眉を寄せた。「全部か?」

「全部。危険判定も《日々の修繕》も、その日は使えない」

 

「それで、このカードを使えるのは誰だ?」

『使用者を限定しません』

 誰でも使える。久世の顔が、少しだけ険しくなった。

 

「他人へ渡したり、その相手がさらに別の人間へ渡したりできる?」

『可能です』

 再譲渡も可能で、使用時に啓介の許可を取り直す必要もない。

 

「使用者に、《創世札典》のUIは見える?」

『表示されません。ただのカードに見えます』

 

「どうやって発動する?」

『対象のカードを物理的に所持し、カードの名称と使用の意思を宣言してください』

 例えば、カードを持って「《局所悪性腫瘍の除去》、使用!」と発声すれば発動する。

 

「使用する時に、追加のマナは必要か?」

『不要です。固定化時にすべて支払い済みです』

 

「一回使った後は?」

『消費され、消滅します』

 

「保存して、後日使うことは?」

『可能です』

 

 さらに、別の上限もあった。

 

 相馬が興奮して言った。

「じゃあ、もし土地を借りて十四マナになったら。癌カード(7マナ)を、一日二枚作って備蓄できるのか?」

 啓介も「普通に計算すれば、七足す七だから……」と考えた。

 

 だが、システムは冷徹だった。

『否定』

『現在の外部固定化(他者使用カードの作成)の上限:【一日一枚】まで』

 

 相馬が露骨に肩を落とした。

「また別の上限かよ」

 一日に《創世札典》から外の世界へ固定化できる他者使用カードは、現時点では一枚だけ。

 マナが14あっても二枚目は作れない。ただし、一枚を7マナで作った後に残る7マナは、啓介自身が使う通常の魔法へ回せる。

 

『なお、当該上限は、使用者のマナ運用上限の拡大に応じて、将来再評価されます』

「何マナまでいったら、その一枚制限が解除されるんだ?」

『非公開です』

 久世が確認した。「つまり、土地でマナ運用上限を広げること自体が、この一枚制限の再評価にも繋がる可能性がある?」

 

「可能性はあります。ただ、何マナが閾値なのかは分かりません」啓介が答えた。

「でも、一日一枚でも……医療としては劇的な意味がありますよ」

「はい」

 現在は、啓介本人が病院へ行き、患者を確認し、その場で発動しなければならない。

 他者使用カードなら、事情が変わる。

 月曜日に啓介がカードを一枚製造し、病院へ渡す。火曜日にまた作って渡す。

 そして、水曜日に医学的条件が整った患者に対して、桐生たち医療スタッフ側『だけ』で、カードを使用して治療ができるのだ。

 

 魔法の製造日と、治療日を完全に分離できる。さらに、備蓄が可能。

「患者の体調や手術室の空きに合わせて、最適な治療日を決められる」と桐生。

「門倉の仕事の予定にも、左右されなくなるな」と三崎。

「それ、経営と運用面では結構でかいぞ」と相馬。

 

 啓介は、少し考えてから言った。

「それでも平日に一枚ずつ作って備蓄できれば……いや、今の七マナ全部を毎日使うのは、さすがに無理か」

 

「それ以前に、まだ作らないでください」

 久世が、即答でピシャリと止めた。

 啓介は苦笑した。「……でしょうね」

 

 理由は明白だった。「誰でも使える」からだ。

 そのカード一枚が、そのまま癌を消し去る奇跡の現物(超高額資産)になるのだ。

 

「もし、盗まれたら?」久世が指摘する。「拾った人間でも使えます。第三者へ高額で転売することも可能です。……これは、『門倉さんが自分の意思で魔法を使う』のとは、全く別次元の恐ろしい管理問題になります」

 

 藤堂が聞いた。

「もしなくしたら、GPSみたいに位置を探せるか?」

 啓介がシステムに確認する。

『外部固定化したカードのおおよその位置を把握できます』

 ただし、遠隔で回収できるとも、遠隔で発動を停止(ロック)できるとも言わなかった。

 

「おおよそって、ピンポイントか?」と相馬。

「そこまで正確じゃない。大体のエリアが分かる程度」

 久世が言う。「それなら、盗難防止やストッパーにはなりませんね」

「はい」

 位置が分かっても、犯人がその場で「《局所悪性腫瘍の除去》、使用!」と叫べば、使われて消費されてしまう。非常に重いリスクだ。

 

 三崎が、さらに別の問題を指摘した。

「今の癌カードには、『対象本人が同意していること』自体は発動条件に入れてないよな?」

 

「うん。同意はカードの条件じゃなく、人間側で必ず取る運用にしてる」

 

 三崎は、外部カードを指した。

「お前が使う間はそれでいい。でも外へ出したカードは、拾った誰かでも使える。そいつが同じ運用ルールを守る保証はない」

 盗難や不正使用は、単なる資産管理だけではなく、同意を無視した人体への使用にも直結する。

 

 桐生も、別の角度から問題を出した。

「それ以前に、私がそのカードを使うとして。治すべき癌の『場所(病変)』は、どうやって指定するんですか?」

 啓介は、言葉に詰まった。

 啓介本人が発動する時は、UIを通じて病変を正確に指定できる。

 しかし、外部使用者である桐生には、そのUIがない。

 患者名、病変名、部位、診療情報、接触、内視鏡画像。どれを使って対象を固定するのか。

 

「この患者の、この癌」という認識だけで正確に指定できるのかも、まだ分からない。

 三崎が言った。

「同意の担保も、病変指定も、確認しないまま絶対に見切り発車するなよ」

「作らないって」

 外部カードを実際に生産する前に、確認しなければならない条件が一気に増えた。

 

 一通り危険性を確認したところで。

 相馬が、経営者としての顔で聞いた。

「で。……その癌カード、一枚いくらにする?」

 

 全員が相馬を見た。

「いや、考えるの絶対必要だろ!」

 相馬の言い分は正しい。

 作った瞬間、それは価値のある流通可能な現物資産になるのだ。しかも、癌をほぼ瞬時に除去できる可能性がある。

 

 無料にするのか?

 一万円か? 百万円か? 一千万円か?

 既存の保険適用を目指すのか? 完全に自由診療か?

 啓介への対価は? 病院の検査費用は? 厳重な金庫での保管費は? 事故が起きた時の損害賠償責任の分担は?

 

 久世が、静かに言った。

「今日は決めません」

 相馬が肩をすくめる。「でしょうね」

 価格と事業設計については、相馬を中心に別途詰めることになった。

 

 会議の終盤。

 久世が、最後にホワイトボードを使って、今日の「やること/やらないこと」を整理した。

 

【医療側】

 やる:森川の長期追跡の継続。次の検証候補患者リストの作成。

 やらない:当面は一例目と類似条件中心とし、対象癌種の拡大はまだしない。

 

【土地側】

 調査開始。政府側が、青梅山林とは明確に離れている、独立して管理可能、小規模、啓介本人が定期管理可能、性質の異なる土地を候補として探す。

 七か所程度を第一候補群として用意する。(※「7マナ確定」の約束ではない)。

 契約:30年間の無償貸付案を法務側で検討。管理費は政府負担可能な形を検討するが、啓介本人が管理主体となる。

 

【他者使用カード】

 現時点では製造しない。

 先に、対象指定方法、同意の担保、保管、持ち出しルール、紛失・盗難対策、使用記録、使用責任、患者選定、価格、医療側の運用手続きを整理する。

 

 久世が、全体をまとめた。

「今日分かったことは、非常に大きいですね」

 啓介が聞く。「癌のカードが作れることより、ですか?」

「それとは、種類の違う大きさです」

 癌を一人治す奇跡だけではなく、奇跡を供給する『仕組み(インフラ)』そのものを増やせる可能性が見えてきた。

 

 久世が言った。

「これまで我々は、これを門倉さん個人の能力として考えていました」

「ですが。土地で供給量を増やし、カードとして外部へ切り出せるのであれば」

 久世は少し間を置いた。

「将来的には、『門倉さんが何人治せるか』ではなく、『この国家の仕組み(システム)で何人治せるか』を考えるフェーズに入る必要があります」

 

 久世の言葉に、誰もすぐには反論しなかった。

 

 だが、啓介が現実へと引き戻す一言を放った。

「……でもさ。もし土地が七か所増えたら」

 啓介は全員を見た。

「俺、休日に七か所の土地を回って管理するんですよね?」

 

 部屋が、沈黙した。

 藤堂が、ボソリと言った。「……そうなるな」

 相馬が真顔で聞く。「門倉、お前今のシステム会社の仕事辞める?」

「絶対に嫌だよ。何で俺が魔法のためにキャリア捨てなきゃならないんだよ」

 三崎が呆れる。「お前、そこかよ」

 少しだけ笑いが起きた。

 

 話が国家規模まで膨らんでも、最後に残るのは極めて現実的な問題だった。

 国が土地を用意してくれる。でも、魔法を維持するための泥臭い本人の管理義務は消えないのだ。

 

 会議が終了し、久世が鞄を閉じた。

「ではまず、こちらで候補地を探します」

「いくつかくらいですか?」

「七か所」

「本当に七なんですね」

 久世は淡々と答える。

「現在の供給量と全く同じ数だけ増やせる可能性があるかを検証するには、一番分かりやすいでしょう」

 ただし、と付け加えた。

「七か所すべてを、一度に契約するとは言っていません」

 まず候補を出す。現地を見る。システムに判定させる。啓介が管理可能か確認する。それから契約へ進む。

 

 夜。

 マンション。

 アカネはいつものように、古いパーカーの上で丸くなって寝ている。

 

 啓介はノートを開き、今日の会議結果をまとめた。

【医療】次症例候補リスト作成。

【魔法外部化】通常コスト+不特定1。一日一枚。他者使用・譲渡・備蓄可能。位置概算可能。運用未確定のため製造保留。

【土地】分割水増し不可。独立土地は複数カード化可能性あり。30年貸付でも条件上問題なし。本人の管理実態必須。業務委託可。定期現地確認必要(具体頻度非公開)。

【政府】候補地七か所を選定。

 

 啓介は、ノートの最後に一文を書いた。

『マナ基盤拡張候補:最大+7』

 

 そこでペンが止まる。

 少し考えて、その下に追記した。

『追加管理対象(草刈り等の出張):最大七か所』

 

 二つの行を見比べる。

「……やっぱり、増えるのは魔法の力(マナ)だけじゃないんだよな」

「あぎゃ?」

 啓介がアカネを見た。

「お前の住んでるあの山一個でも、草刈りやら設備のメンテで結構大変なんだぞ」

 

 アカネは当然、そんな苦労は知らない。古いパーカーの袖口を鼻先でツンツンと押しているだけだ。

 

 啓介はノートへ視線を戻した。

 現在、7マナ。

 もしこれが全部成立すれば、倍の14。

 そして初めて、一日七マナでは同時に扱えなかった複数の治療や、さらに高コストの新しい術式が、現実的な検討対象に入ってくる。

 

 もっとも、現時点では何一つ増えていない。

 土地は、まだ国から一つも借りていない。

 カードも、まだ外部用に一枚も作っていない。

 候補患者も、まだ一人も選ばれていない。

 

 今日、実際に増えたのは、

 果てしない可能性と、これからやるべき仕事の山だけだった。

 




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