TCG能力《創世札典》を手に入れた俺、一日一マナから現代社会を攻略する~治療、未来予知、若返り。マナが足りないので山を買います~   作:パラレル・ゲーマー

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第44話 政府が用意した土地を比べたら最初の候補が廃校になったらしい

 平日の夜。

 啓介は仕事からマンションへ帰宅し、簡単な夕食を済ませてから自室のPCを開いた。

 リビングのソファでは、アカネがいつものように啓介の古いパーカーの周辺で丸くなって寝ている。

 

 PCのメールボックスを開くと、厚労省の藤堂から、少し重めの添付ファイルが付いたメールが届いていた。

 

『例の国有地貸付の、一次候補リストだ』

 

 先日、藤堂からLINEで「小規模山林」「旧公共施設」「平坦未利用地」という三つの見出しだけが送られてきていたが、今回はその正式な詳細版だった。

 

 啓介は、添付された三つのPDFファイルと、エクセルで作られた比較表を開いた。

「……仕事が早いな、さすが官僚」

 

 資料は、単なる不動産屋のパンフレットや、競売物件のリストのようなものではなかった。

『門倉啓介という一個人が、現実的に継続して管理主体になれるか』という、システムの要求とこれまで判明している条件を踏まえた上で、政府側(久世たち)が本気でスクリーニングした資料だった。

 

 啓介は、一人で決めるわけにはいかないと思い、相馬と三崎をオンラインのグループ通話に呼び出した。藤堂も参加している。久世は今回は不在だ。具体的な候補地の詳細を詰めるだけなら、藤堂がいれば十分だ。

 

 通話が繋がるなり、相馬が言った。

「で、国からタダで土地を貰える話のリストか?」

 藤堂が即座に訂正する。

「貸付だ。勝手に所有権に移転させるな」

「いや、三十年間タダで貸してくれるなら、体感的にはほぼ貰うようなもんだろ」

「行政の人間がいる前で、そういう不適切な言い方をするな」

 

 相馬と藤堂の軽いやり取りを聞きながら、啓介は資料の最初のページ、『候補選定の一次条件』を読み上げた。

 

【候補地・共通条件】

 ・国有地、または政府側で比較的速やかに貸付手続きを検討できる土地。

 ・現行制度上、三十年程度の長期貸付を検討可能なもの。

 ・既存の公的利用計画(道路建設など)と重大な競合がないこと。

 ・現在利用している一般市民を追い出して確保する必要がないこと。

 ・土地の境界が比較的明確であること。

 ・東京から、門倉本人が現実的に車で往復可能な距離であること(移動時間等も考慮)。

 ・すでにカード化されている『青梅山林』とは、現実上、明確に別個の土地であること。

 ・車両でのアクセスが容易であること。

 ・必要に応じて、清掃や保守の委託管理業者を確保可能な地域であること。

 ・災害危険性(土砂災害警戒区域等)が過度に高くないこと。

 ・継続管理の内容(用途)を具体化しやすいこと。

 

「魔法のためだからといって、今普通に使われている公園や学校を強制的に空けさせて差し出す、みたいな無茶苦茶なことはしないわけだ」啓介が言った。

「当たり前だ」藤堂が答える。「あくまで未利用、あるいは低利用の普通財産などの中から、条件に合うものを抽出した」

 

 啓介は、最初のPDFを開いた。

「まず、候補A。……小規模山林」

 

 青梅とは全く別の地域にある、小規模な山林。

 面積は、今の青梅の山と同程度か、少し大きいくらい。東京からのアクセスは車で一時間半程度。林道、または公道から進入可能。急斜面は少なく、建物は一切ない。電気・水道も通っていない。周辺は同じような森林。主な管理作業は、年数回の草刈りと、危険な倒木の点検程度。

 

 啓介が言った。

「これ、俺としては一番分かりやすいな」

 すでに青梅の山林で、一通りの管理経験がある。危険木の処理、排水の確認、管理通路の整備、草刈り、境界の巡回。どのような作業が必要で、どんな業者に頼めばいいか、ある程度は想像がつく。

 

 相馬が同意した。「じゃあ、一番経験あるこれでいいじゃん」

 

 しかし、啓介は少し考えてから首を横に振った。

「いや。これ自体は、かなり有力だと思う。むしろ三つの中じゃ、一番管理を始める姿を想像しやすい」

 

 実験のために、わざと管理不可能な断崖絶壁などを選ぶつもりはない。

 青梅での経験をかなり流用できるという意味では、この山林は堅い候補だ。それに、資料を見れば必要になる管理内容もある程度想像できる。逆に言えば、現地を見なければ何も判断できない未知の部分は、他の候補より少ない。

 

「……これ選んだら、俺の休日のタスクが『青梅の山が二個になる』って問題はあるけどな」

 三崎が通話越しに言った。

「お前が休日に、関東の山を二つハシゴして回ることになるな」

「嫌な言い方するなよ」

 

 山林は分かりやすい。そして、管理の肉体的負担も分かりやすく重い。

 啓介は、候補Aを「有力候補」として残した。

 

「じゃあ次。あえて候補Cを見てみるか」

 啓介は三番目のPDFを開いた。

「平坦な未利用地」

 

 元々資材置場として使われていた土地。数千平方メートル未満。大部分が舗装、あるいは平坦な草地。接道は良好で車で直接入れる。建物はほぼなく、周囲にはフェンスが張られている。周辺の住宅地からは少し離れている。

 管理内容は、定期的な草刈りと、フェンスの破損点検、排水溝の確認が中心になる。

 

 相馬が言った。「これが一番楽そうじゃない?」

 啓介もそう思った。

 山じゃない。倒木のリスクもない。急斜面の崩落もない。管理の肉体的・時間的負担だけを考えれば、圧倒的にこれが一番軽い。

 

 だが、資料を読んでいるうちに、啓介は致命的な問題にぶつかった。

「……でもさ。この平らな空き地を借りて、俺は一体『何に使う』んだ?」

 

 土地カードは、書類上の賃貸契約を結んだだけでは発生しない。システムの回答にもあった通り、『継続的な利用・管理実態』が絶対に不可欠だ。

 ただ月に一回、業者が草刈りしたのを確認して「よし」と言うだけで、それは『啓介が継続して意味を持って使っている土地』と言えるのか?

 システムがそれを認めるかどうかは、まだ分からない。

 

 相馬が提案する。「資材置場にするとか?」

「青梅の山で使うDIYの資材を、わざわざ一時間かけて別の土地に置きに行くのか? 意味ねえな」

「確かに」

 

 啓介は理解した。

「管理がしやすいだけじゃ駄目なんだ。ちゃんと『俺がそこを使う現実的な理由(用途)』もセットで必要なんだよな」

 候補Cは、維持は楽だが、現時点で無理なく設定できる用途が弱かった。

 これも保留とした。

 

「最後。候補B」

 啓介は、二つ目のPDFを開いた。

 そこには、写真が数枚添付されていた。

 

 相馬が、写真を見て声を上げた。

「……これ、学校か?」

 藤堂が補足する。

「正確には、旧市立小学校の跡地だ。数年前に統廃合で廃校になった後、別の公共事業用地として国が取得した。ただ、その計画自体が中止になって、現在は国が普通財産として保有している」

 資料には、取得経緯や現在の管理部署についても記載されていた。

 

 東京から、高速を使って車で一時間前後から一時間半以内。

 現在は、国による恒常的な利用計画は入っていない。

 敷地には、二階(あるいは三階)建ての鉄筋コンクリートの校舎。体育館。校庭。倉庫。周囲を囲むフェンス。駐車可能なスペース。それらがすべて、そのまま残っている。

 

 ここで、候補地たちの『見た目の印象』が一気に変わった。

 

 啓介は、画面の写真を見て即座に言った。

「いやいやいや」

 相馬が聞く。「何?」

「これ、俺が管理するの、青梅の山より絶対に大変だろ!」

 

 写真を見るだけでも分かる。

 二階建ての校舎。窓ガラスが何十枚もある。屋根。雨樋。配管。電気設備。体育館。広大な外壁。校庭の草地。樹木。

 これらすべてが、『啓介が管理主体となる敷地』の中に含まれる可能性があるのだ。

 

 相馬も、改めて写真を見て唸った。「……確かに」

 三崎が冷やかすように言った。

「お前が休日に、三十六歳にして廃校舎の屋上で雨漏り箇所を点検して回る姿が目に浮かぶな」

「屋上は業者に見てもらうよ。俺を高所作業員にするな」

 

 藤堂が訂正を入れた。

「いいか。誰も『お前が全部自分で修理しろ』とは言っていない」

 政府側の案では、施設の維持に関わる業務委託費(建物の保守業者、草刈り業者、消防設備の点検など)を国が負担する枠組みも検討可能だ。

 啓介に求められるのは、あくまで『管理計画を把握し、業者から報告を受け、修繕の判断を下し、全体の使用方針を決め、定期的に自分の目で現地を確認し、必要なら指示を出す』という、管理主体(オーナー側)としての役割だ。

 

 啓介がため息をつく。

「……なんか、俺、本業のシステム会社の仕事に加えて、ビルの施設管理担当(ファシリティマネージャー)みたいになってないか?」

「お前、SEから学校の用務員兼管理人にもジョブチェンジするの?」と相馬。

「してない」

 

 だが、資料を詳しく読み進めると、この旧学校(廃校)には、他の二つにはない『大きな利点』がいくつもあることに啓介は気づいた。

 

 まず、山林と違って『境界が非常に明確』だ。

 フェンスで囲われ、校門があり、公図上の敷地がはっきりしている。長年「一つの学校」として地域に存在し使われてきたという歴史がある。

 少なくとも現実の土地としては、独立した一つの敷地として非常に分かりやすい。

 

 さらに。

 接道は良好。大型車でも入れる。当然、駐車可能な場所もある。

 電気の引き込み設備が残っている。上下水道の配管も既設。ただし、廃校後も現在そのまま使用可能な状態なのかは、まだ確認されていない。

 雨が降っても、建物が使用可能なら屋内で作業ができる。

 管理業者の車両も、簡単に入れる。

 

 啓介はハッとした。

「……あれ?」

 

 最初は、管理対象の建物が多すぎて面倒に見えた。

 でも、よく考えれば。

 青梅の山林では、啓介はこれらを『全部ゼロから自分で作った』のだ。

 道を作り、作業拠点を作り、雨水タンクを置き、監視カメラ用の独立電源をソーラーで組み、保管用のボックスを買った。

 しかし、この学校なら。その『管理のためのインフラ』の多くが、最初から揃っているか、既存設備を点検して使える状態へ戻せる可能性があるのだ。

 

 相馬が言った。

「思ったより、悪くないんじゃないか?」

 啓介も頷く。

「いや、むしろ……山林とはかなり違う条件の土地として、確認する価値は高そうだな」

 

 啓介は、手元のメモ用紙に、三つの候補の簡単な比較表を手書きで作った。

 

【山林】

 管理負担:中~高

 既存の経験:高

 用途:作りやすい

 既存設備:少ない

 アクセス:中

 土地としての独立性:高そう(実績あり)

 

【未利用平地】

 管理負担:低

 既存の経験:中

 用途:現時点では弱い

 既存設備:少ない

 アクセス:高

 土地としての独立性:要確認

 

【旧学校(廃校)】

 管理負担:中~高(建物の状態による)

 既存の経験:低

 用途:作りやすそう

 既存設備:非常に多い

 アクセス:高

 土地としての独立性:現実上、かなり明確

 

 ただし、この表のどこにも『土地カード化可能性:〇×』といった断定は書かない。システムがどう判定するかは、実際に契約して管理実態を作らなければ分からないからだ。

 

 ここで、最大の焦点である『用途』について考える。

 もしこの旧学校を借りたとして、啓介は何に使うのか?

 

 単に「魔法の土地カードを一枚増やすために、無理やり廃校を借りました」という理由だけでは、実際の継続利用として弱い。

 啓介自身の、現実的な用途が必要なのだ。

 

 案として。

『《創世札典》関連の、安全な作業・記録・物品管理拠点』というのが、最も自然だ。

 現在、啓介の魔法関連の資産や作業環境は、「自宅マンション」と「青梅山林」の二箇所に散らばっている。

 今後、政府と何らかの連携をしていくなら。

 普通の工具、山林管理用の資材、大量の書類や記録の保管場所、危険ではない魔法の実験器材を置くスペース、三崎や相馬、藤堂たちと集まって会議をする場所。将来的には、他者使用カードの保管設備について検討する場所になる可能性もある。

 ただし、まだ保管方法すら決まっていないカードを置く前提で施設を作るつもりはない。それは別の話だ。

 

 相馬は、経営者としての視点からこの旧学校をかなり気に入っていた。

「いいじゃん、これ。校長室を会議室にできるだろ。教室は倉庫になるし、体育館や理科室を作業場にもできる。駐車場も広い」

 啓介が突っ込む。

「勝手にうちの本社移転計画みたいなの始めるなよ」

「本社じゃねえよ」

 三崎が釘を刺す。

「間違っても、怪しい診療所にはするなよ」

「誰もそんなこと言ってないだろ」

 

 軽いやり取りが交わされるが、相馬の「既存の建物がある=用途を作りやすい」という視点は極めて有用だった。

 

 だが啓介は、逆に「その建物をどこまで管理しなければならないのか」という点が気になっていた。

「でもさ。藤堂さん。この敷地を『土地』として国から借りた場合。その上に建ってる校舎も、俺の管理対象(責任)になるんだよな?」

 藤堂が答える。

「契約の内容次第だが。少なくとも、敷地内にある国側の所有建物を『完全に放置して朽ち果てていい』という契約にはならないだろうな。適切な維持管理の義務は発生する」

 

 啓介は考えた。

「じゃあ、システムの土地カード側が、その上の『校舎の管理状態』までをどの程度見てくるかは……実際に権利を設定して管理を始めてみないと、分からないか」

 これも、新しい検証事項になる。

 

 話し合いの結果。

「まず、見るだけなら『旧学校』だな」

 三人の意見が一致した。

 

 三件を比較して、いきなり「これを契約します」と決めるわけではない。

 最初に『現地確認(視察)に行く土地』を決めるのだ。

 

 藤堂が確認する。「旧学校から見るか?」

「うん」啓介は頷いた。

 

 山林は、青梅の経験と資料から管理内容をかなり想像できる。平地も、写真と地図から確認できる部分が多い。

 でも、旧学校は違う。

 写真を見ただけでは、実際の管理負担がどれくらい重いのか、あるいは既存設備によってどれだけ軽くなるのかは判断しにくい。

 校舎の老朽化の具合。雨漏りはないか。敷地の境界フェンスの状況。周囲の住宅との距離。駐車のしやすさ。電気や水道の設備は復旧可能か。校庭の草の伸び具合。建物を本当に作業拠点として使えるか。

 

 現場を見なければ、何も始まらないのだ。

 

 視察のメンバーを決める。

 ここは、必要最小限に絞る。ただの土地の下見だ。

 啓介、藤堂、そして経営視点を持つ相馬。この三人で十分だ。久世も不要。

 

 三崎が聞いた。「俺、いるか?」

 啓介と相馬が同時に答えた。「いらない」

 三崎は少し笑った。「だよな」

 必要のない専門家を無闇に連れ回さないという、情報共有とリソース管理の原則がここでも守られている。

 

 そして、アカネも。

 基本的には連れて行かない方がいいと判断した。

 まだ政府側の候補地であり、土地としての安全確認(危険な薬品の残りや、ガラスの破片、野生動物の有無など)も終わっていない。周辺の状況(目撃リスク)も不明だ。

 今回は、マンションで大人しく留守番だ。

 

 視察の日は、次の土曜日に決まった。

 藤堂が、政府側で現地の立ち入り許可と鍵を手配してくれることになった。

 

 まだ契約前なのだ。

 現地へ入っただけでは、当然何も起きない。

 ただ「見るだけ」だ。啓介にはまだ、その土地に対する正当な使用権も管理権も、一ミリも存在していないのだから。

 

 土曜日の朝。

 指定されたインターチェンジの近くの合流地点。

 政府の黒塗りの公用車……などではなく、啓介自身の普通の車で向かうことになった。相馬も助手席に乗っている。

 

 駅で藤堂を拾い、車を走らせる。

 現地を管理している財産担当部署には、『長期貸付の可否を検討するための現況確認』として正式に話が通されている。藤堂が勝手にどこかの倉庫から鍵を持ち出してきたわけではない。

 藤堂が、後部座席から詳細な資料を前へ渡した。

「いいか。今日はあくまで『視察』だけだからな」

 啓介がハンドルを握りながら答える。「分かってるよ」

「その場でテンション上がって、勝手に変なDIYの設備とか作り始めるなよ」

「俺を何だと思ってるんだ」

 相馬が横から茶化す。「お前、三十八万円の山を買ったその日に、いきなり現地で防犯カメラの設置計画とか評価始めてた男だろ」

「……」啓介は反論できなかった。

 

 高速道路を走る。

 啓介は、出発時間と、各ポイントを通過する時間を正確にメモしていた。

 これも重要なデータだ。

 

 東京の自宅マンションから、何分かかるか。

 インターチェンジを降りてから、現地まで何分か。

 駐車場までスムーズに入れるか。

 これ自体が、『啓介が定期的に通って管理可能か』を評価するための、極めて重要な確認なのだ。

 

 藤堂が言った。

「今日は、現地を見るだけじゃなく、その『往復の移動の肉体的・時間的負担』もしっかり評価してくれよ」

 啓介は頷く。

「分かってる。いくら土地の条件や設備が良くても、片道三時間も四時間もかかる場所なら、俺には絶対に管理しきれないからな」

 政府側も、『管理実態』を維持するには、単に土地を用意するだけでは足りないという点を候補地選びに反映し始めている。

 

 現地へ近づく。

 高速を降り、住宅街を抜け、少し郊外へ。

 古い集落のような景色が広がる。だが、道路は最後までしっかりと舗装されており、二車線の道が続いている。最後の数百メートルも、啓介の普通の車で全く問題なくすれ違いができる広さだった。

 

 青梅の、あの鬱蒼とした山林への細い進入路とは大違いだ。

 

 啓介は、少し感動したように言った。

「……なんか、車がそのまま普通に目の前まで入れるだけで、感動するな」

 相馬が呆れた。

「お前、どんだけあの不便な山に毒されてるんだよ」

 

 カーブを曲がる。

 目の前に、古いフェンスが現れた。

 長く閉じられたままの、少し錆びついた校門。

 

 その向こうに。

 広々とした校庭。古いが立派な体育館。

 そして、二階(あるいは三階)建ての、横に長いコンクリートの校舎がそびえ立っていた。

 

 校庭の雑草は膝の高さまで伸びているが、完全に自然に還ったような廃墟というわけではない。窓ガラスも大部分が割れずに残っている。

 国側で、不法侵入や不法投棄の防止、危険箇所の確認といった最低限の維持管理は続けられていた。

 

 車を校門の前に停め、啓介は無言でそれを見上げた。

「…………」

 相馬が隣で呟く。

「……学校、だな」

 後部座席から藤堂が言う。

「だから、資料の最初から『旧学校』だって書いてあっただろ」

 

 啓介の第一印象。

『想像していたより、デカい』。

 

 青梅の山林とは、全く違う方向性のデカさだった。

 敷地全体を視線でなぞる。

 校舎。体育館。校庭。用具倉庫。植栽。グラウンドのフェンス。外周の側溝。屋根の雨樋。敷地内の電柱。

 

 啓介のシステムエンジニアとしての脳内で、勝手に『保守・管理項目リスト』が増殖していく。

 校舎外壁のクラック確認。屋根の防水点検。雨漏り調査。窓ガラスの破損チェック。排水経路の清掃。広大な校庭の雑草処理。樹木の剪定手配。フェンスの倒壊チェック。電気・水道設備の死活確認。

 

 啓介は、顔を引きつらせた。

「……ちょっと待って」

 相馬が聞く。「何?」

「俺がやらなきゃいけない管理項目、あの青梅の山より圧倒的に多くないか?」

 相馬は、改めて巨大な校舎を見上げた。

「…………まあ、多いかもな」

 

 藤堂が、鞄から鍵の束を取り出した。

 ガチャ。

 少し硬い金属音を立てて、長く閉じられていた校門の南京錠が開けられる。

 門が、重い音を立てて開いた。

 

「文句を言うなら、まず中を見てから判断しろ」

 

 三人で、校庭の中へと足を踏み入れた。

 啓介はまず、校庭と建物を外から見て回るつもりだった。校舎内部までどこまで確認するかは、建物の安全状態と藤堂の説明を聞いてから決めればいい。

 

 啓介は、少しだけ伸びた草が生える校庭のド真ん中に立ち、ぐるりと周囲を見渡した。

 

 まだ、ここは自分の土地ではない。

 土地カードも発生していない。マナも一ミリも増えていない。

 ただの、国が提示した候補地の一つに過ぎない。

 

 でも。

 会議室では、ただの候補だった。

 数日前には、スマートフォンの中のPDFの見出しだった。

 そして今、その『現物』が目の前にある。

 

 啓介は、コンクリートの校舎を見上げて、隣の二人に言った。

「……これ、俺が本当に、国から三十年借りる可能性あるんだよな?」

 藤堂が淡々と答える。

「お前がここを選んで、システムと国の条件が全部通ればな」

 相馬がニヤリと笑った。

「おめでとう。お前、六十六歳までこの学校の管理人だな」

 啓介は顔をしかめた。

「だから、その嫌なリアリティのある数字の出し方やめろって」

 

 二つ目の土地カードの候補。

 それは、山でも、森でも、空き地でもなく。

 使われなくなった、ただの巨大な一つの学校だった。

 




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