TCG能力《創世札典》を手に入れた俺、一日一マナから現代社会を攻略する~治療、未来予知、若返り。マナが足りないので山を買います~ 作:パラレル・ゲーマー
平日の夕方。
会社を出て、駅のホームで電車を待っていた啓介のスマートフォンが短く震えた。
藤堂からのLINEだった。
文面は、極めて簡潔だ。
『通った』
『貸付手続き、最終確定』
『今週土曜、正式に現地引き渡し』
啓介は、スマートフォンの画面を見つめたまま、ホームの端で足を止めた。
「……通ったのか」
前回の視察から、数週間が経過していた。
その間、啓介はただ待っていたわけではない。彼も本業の合間に、送られてくる膨大な書類の確認と署名に追われていたのだ。
国側の内部手続き、貸付の法的条件の整理、管理費の国側負担の枠組み、修繕負担の切り分け、将来的な原状回復の範囲、委託管理業者の選定と契約、使用する区画の決定、そして電気・水道等の最低限のライフラインの復旧準備。
相馬が気にしていた「大規模修繕や原状回復を個人に押し付けられないか」という経営的なリスクも、藤堂と久世の調整により、契約条件の中で整理されていた。
そして、今週の土曜日。
その日が、正式な『貸付開始日』兼『現地引き渡し』となる。
土曜日の朝。
啓介は車に乗り込んだ。助手席には相馬が乗っている。
前回のように「候補地を視察に行く」のではない。
今日から、あそこは正式に『門倉啓介が使用し、管理する場所』になるのだ。
アカネは今回もマンションで留守番だ。
今のところ、あの廃校へ連れて行く必要もない。啓介自身の管理拠点として運用を始めるだけなら、わざわざ目撃される可能性を増やす理由もなかった。
車が、廃校の校門前に到着した。
そこには、前回案内してくれた国の財産管理担当職員と、藤堂がすでに待っていた。
職員が、分厚い書類の束と、ジャラジャラと音を立てる鍵の束を啓介に差し出した。
「門倉様。本日付で、貸付契約に基づく対象物件の使用、および管理が開始されます」
「はい」
啓介は、それを受け取った。
校門、玄関、旧職員室、校長室、使用する教室、用具倉庫。
必要な箇所だけをまとめたキーホルダーだけでも、かなりの量だ。
相馬が横から覗き込んだ。
「……なんか、鍵多くないか?」
「学校一個分だからな」
さらに、管理資料も正式に引き継がれた。
紙のファイルと、USBメモリに入ったデータ。
敷地図、建物図面、使用区画と保全区域の明確な色分け、委託業者の緊急連絡先、今後の点検予定カレンダー。
啓介が、それらを手にして呟く。
「……急に、本当に施設の管理者っぽくなってきたな」
相馬が即座に突っ込む。
「急にじゃない。お前は今日、この瞬間から正真正銘の管理者なんだよ」
その言葉通り、啓介の『肩書き』が現実のものとなった。
啓介は、校門の鍵を受け取った後。
無意識のうちに、少しだけ《創世札典》からの『システム通知』の気配を待ってしまった。
だが。
何も起こらない。
「……まあ、そうだよな」
「何が?」相馬が聞く。
「まだ?」藤堂も、啓介の意図に気づいて聞いた。
「いや」啓介は首を振った。「まだ鍵と書類を受け取っただけだからな。これだけで土地カードになるとは思ってない」
単なる名義や契約書だけで、実態のない土地を増やせないことは、すでに分かっている。
必要なのは、正当な権利を持ったうえで、その土地を本当に利用し、管理することだ。
玄関の鍵を開け、校舎の中へ入る。
今日までに、啓介が『利用予定』としている一階の区画だけは、最低限すぐに使える状態へと整備されていた。
大掃除が入り、埃は払われている。
スイッチを押せば電気が点く。蛇口をひねれば水道が出る。必要な箇所の鍵も問題なく開閉できる。ネット回線はまだだが、それは後からでいい。
二階の雨漏りが懸念される区画へ続く階段は、安全のために閉鎖されている。体育館も当面は保全管理のみだ。
啓介がバケツと雑巾を持って、一階を端から掃除するところから始める必要はなかった。
必要な引き渡し事項を一通り説明すると、財産管理担当の職員は最後に緊急連絡先を確認し、
「何かありましたら、こちらの担当窓口へご連絡ください」
と頭を下げて帰っていった。
旧校舎に残ったのは、啓介、相馬、藤堂の三人だ。
三人は、旧職員室へと入った。
前回見た時とは、少し様子が違う。
乱雑だった机は整理され、不要な古い備品やゴミはすべて片付けられている。まだ使えるスチール製の棚と机だけが、綺麗に残されていた。
啓介は、持参した荷物を机の上に置いた。
最初から大層な機材を持ち込んだわけではない。ノートPC、管理用のノート、青梅山林の管理資料のコピー、土地関係のファイル、簡易な工具箱、文房具。
相馬も、段ボール箱を一個運んできて床に置いた。
「なんか、本当にうちの事務所の支社っぽくなってきたな」
「事務所っていうか、管理拠点な」啓介が訂正する。
そして、啓介は実際にこの場所を使い始めた。
ノートPCを机に置き、コンセントに電源ケーブルを接続する。
PCを起動する。
旧職員室の棚に、『土地管理』とテプラで貼られたファイルを立てかける。
青梅山林の記録も、ここで参照できるように一部を整理して置いた。
そして、手元のノートに新しいページを開き。
『《旧学校・管理開始記録》』
と、見出しを書き込んだ。
鍵を受け取っただけだった状態から。
具体的な用途を持ち、実際に使い始めた状態へと変わった。
啓介は、ノートに使用区画の正式な管理方針を書き込んでいく。
これは、誰かから言われて書くのではない。啓介自身が、管理者として決定するのだ。
『当面の管理方針』
・旧職員室 → 管理・記録事務。
・旧校長室 → 会議・打ち合わせ用。
・一階普通教室A → 工具・資材保管庫。
・一階普通教室B → 安全な作業・検証スペース。
・それ以外(二階以上・体育館等) → 実利用しない。委託業者による定期的な保全管理のみ。
「よし」
この判断を、自らの手で管理記録へ残す。
どこを何のために使い、どこを使わないのか。それを決めるのも、管理主体である啓介の仕事だった。
さらに、最初の『管理指示』も一本だけ、業者宛てに出した。
大げさなものではない。担当業者からの事前報告書への回答だ。
『二階の雨漏り区画について。当面実利用の予定はないため、利用可能状態までの全面改修工事は不要です。ただし、被害が階下に広がらないための、必要最低限の保全処置は継続してください』
業者側から、『承知しました』と返信が来る。
これだけだ。
だが、状況を把握したうえで、自分が方針を決め、必要な対応を指示した。
藤堂が、旧職員室の入り口で腕を組んで聞いてきた。
「門倉。これで、お前としては『今日からここを正式に使っているし、管理している』と言える状態になったか?」
啓介は、室内を見渡した。
PC。書類。工具。
自分で決めた管理方針。業者への判断指示。
手の中にある鍵。国との正式な使用権。
「……言えると思う」啓介が答えた。
相馬がニヤリとした。「じゃあ、いってみるか」
二人の視線が、啓介の手元に集まった。
啓介は、右手を空中に翳し、《創世札典》のバインダーを呼び出した。
青梅で初めて土地カードを作った時とは違い、今回は藤堂も相馬も、その物理的なバインダーをすぐそばで見守っている。
啓介は、システムに対して明確に宣言した。
「システム。確認する」
「この旧学校の敷地と建物について、俺は本日から三十年間の、正当な使用権と管理権を持っている」
「管理主体は俺だ。実作業の一部は外部へ委託するが、管理方針と必要な判断は俺自身が行う」
「そして、今日から実際に、管理・記録・資材保管・作業拠点として利用を開始した」
啓介は一拍置いて、最も重要な問いを発した。
「……既存の土地カードとは別の、『独立した土地』として、カード化できるか?」
啓介の視界に、回答が表示された。
『可能』
啓介は小さく息を吐いた。
続く表示を読み、そのまま二人へ伝える。
「正当な使用権と管理権を確認。実際の利用と管理開始も確認した、だってさ」
さらに、その下へ新しい一文が現れた。
『既存の土地カードとは、異なる独立した土地として認識されます』
「……既存の土地とは別の、独立した土地として認識するって」
相馬が、興奮気味に呟いた。
「……マジで、新しい土地カードにできるのか」
藤堂は、相馬よりも冷静だったが、その声には確かな驚きがあった。
「本当に、国からの貸付でも通ったのか」
啓介の視界に、さらに補足が表示される。
『所有権の有無のみを、土地カード成立の絶対条件とはしません』
「所有権そのものは絶対条件じゃない、ってさ」
啓介が読み上げた。
これは、《借宿》ですでに確認されていたルールとも一致している。
続いて。
『現況、および主たる用途を指定してください』
「現況と主用途を指定しろ、だって」
啓介は、すでに決めていた答えを返した。
「現況は、使用を終了した旧学校施設」
「主用途は、《創世札典》に関係する管理・記録・資材保管・安全な作業を行うための管理拠点」
さらに付け加える。
「使用しない区域は、保全管理だけを行う」
将来どうなるかではなく。
今、この場所を何のために使っているのか。
その実態を、そのままシステムへ渡した。
バインダーの上に、啓介だけが見える表示が出る。
『必要マナ:0』
「必要マナ、ゼロ」
相馬が笑った。「またタダかよ」
啓介が返す。「魔法的にはな」
藤堂が釘を刺す。「三十年間の国有財産の貸付と、維持管理費用の枠組みを、タダ扱いするなよ」
「分かってますって」
バインダーのページに、光が集まる。
そして、新しい一枚のカードの候補が、ゆっくりと出現した。
カードそのものは、相馬と藤堂にも見えている。
啓介は、そのカードのテキストを読み上げた。
《静かな旧校舎》
属性:土地・旧学校・管理拠点・借用地
カードのイラストには、人気のない校庭と、横長のコンクリートの校舎、そして閉じられた体育館が描かれている。
だが、完全な廃墟ではない。
一階の旧職員室の窓だけ、ほんのりと明るい室内灯が点っている。
ついさっき、啓介自身が明かりを点け、使い始めた部屋だった。
啓介は、続くカード効果を確認する。
【日次起動】知識マナ1点を得る。
【権利連動】対象地に対する正当な使用・管理権限を失った場合、このカードは消滅する。
【実地管理】管理意思および実質的な管理実態が長期間失われた場合、日次起動を停止する。
【次回日次更新より有効】
青梅の《名もなき雑木地》と、基本的な土地としての構造はよく似ている。
変わった固有効果はついていない。
啓介は、効果の一行目を見て目を丸くした。
「……知識?」
相馬が覗き込む。「何が?」
「日次起動が、知識1だ」
「やっぱ元々が学校だったからか?」
「分からない」
啓介はシステムに質問した。
「元学校だったから、知識マナになったのか?」
回答は、啓介の視界だけに現れた。
『単一の要因による判定ではありません』
『対象地の履歴、現在の用途、利用実態、管理方針、および使用者による意味付け等を総合して評価しています』
啓介は、その内容を二人へ読み上げた。
「元学校だから、だけじゃないらしい。履歴、今の用途、利用実態、管理方針、俺がどういう場所として使ってるか。その辺を総合評価してるって」
「じゃあ、同じ廃校でも使い方が違えば、別の色になる可能性もあるってことか?」相馬が聞く。
「たぶん。少なくとも『学校だから絶対に知識』ってほど単純じゃないな」
「……でも、これ」
啓介は、カードを見つめながら、少しだけ声のトーンを上げた。
「かなり使いやすいぞ」
相馬が首を傾げる。「一マナ増えただけだろ?」
「色が大事なんだよ」
知識マナは、かなり使い勝手が良かった。
現在、啓介が毎日確実に手に入る固定の知識マナは、《思索の計数盤》からの1点だけだった。
これが、《静かな旧校舎》で知識1点が追加されることで、固定知識が2になる。
啓介は、頭の中で即座に《局所悪性腫瘍の除去》のコストを再計算した。
生命3、知識2、境界1。合計6。
以前は、この知識2を捻出するために、《思索の計数盤》の1点に加えて、貴重な任意マナを1点、知識として使わなければならなかった。
今後は違う。
《思索の計数盤》1 + 《静かな旧校舎》1 = 知識2。
これで、知識マナが固定枠だけで綺麗に賄える。
つまり、使い勝手のいい任意マナを1点、別の用途へ残せるのだ。
次回の日次更新後の配色。
任意2、生命1、知識2、物資1、生命または物資1、境界1。
合計8。
これで、啓介自身が《局所悪性腫瘍の除去》の6マナを使っても。
生命3を生命1、生命または物資1、任意1。
知識2を固定知識2。
境界1を固定境界1。
そう支払えば、最後に任意1と物資1の、計2マナが残る。
以前より、明確に余裕ができる。
さらに、他者使用カードとして外部化した場合。
通常の癌治療6マナに、外部化のための任意1を加えて、合計7マナ。
生命3に生命1、生命または物資1、任意1。
知識2に固定知識2。
境界1に固定境界1。
そして、外部化にもう一つの任意1。
それでも、物資1だけは残る。
以前懸念していた、「外部癌カードを一枚作ったら、その日のマナが完全に尽きる」という状態からは、一歩だけ抜け出せる。
相馬が、啓介の説明を聞いて納得した。
「なるほどな。前よりだいぶ余裕が出たな」
「一枚作ったら、ほぼ空なのは変わらないけどな」
しかも、外部化カードには一日一枚という現在の上限もある。
対象指定、保管、盗難対策、使用記録、患者選定といった運用上の問題も残ったままだ。
患者を選ぶのは医療側を含めた正式な手順で行うべきことで、マナが増えたからといって、啓介が勝手に治療を始める話ではない。
だが、藤堂の方は、魔法のマナ計算とは別のところに目を向けていた。
「門倉」
「はい」
藤堂は、真剣な顔で言った。
「……これ。国が用意して貸した土地で、本当にマナが増えるんだよな?」
部屋が、一瞬静かになった。
そう。青梅の山林は、啓介が自分で買った私有地だ。
だが今回は違う。国が保有していた資産を、制度として三十年間貸し付けた。
その結果、本当にシステムから独立した土地として認められ、新しい土地カードが生まれた。
「次の日次更新からだけどな」啓介が答える。
藤堂が頷いた。
「でも、成立したこと自体は変わらない。『土地を提供すれば、マナの供給を拡張できる可能性がある』という話が、実例になった」
相馬も、その意味の大きさに気づいた。
「……政策と制度で、魔法の供給基盤を増やせるってことを、一件だけでも実証したわけか」
啓介は慎重に答えた。
「あくまで一例だけどな」
一件成功したからといって、どんな土地でも成功するとは限らない。
土地ごとの色も、事前には分からない。
そして何より、管理し続けられなければ意味がない。
それでも。
国家が用意した土地による、マナ基盤拡張の成功例が一つできた。
その意味は大きかった。
相馬が、当然のように言った。
「じゃあ、あと六つだな」
啓介が即座に止める。「待て」
藤堂もハモる。「待て」
相馬が顔をしかめた。「お前らまたかよ」
まずは、この旧校舎の管理を安定させるのが先だ。
いきなり複数の土地を一度に追加して、啓介自身が管理できなくなっては本末転倒だ。
ただし、政府側が次の候補を探しておくことまで止める理由はない。
啓介は、バインダーの画面を確認した。
「これで確定する」
《静かな旧校舎》が、正式にバインダーのページに収まった。
《借宿》《名もなき雑木地》に続く、三枚目の土地カード。
そして、青梅に続いて新たに確保した、二つ目の独立した管理地だった。
「これで今すぐ八マナになるのか?」相馬が聞く。
啓介は首を振る。
「いや、カードに【次回日次更新より有効】ってある。今日の残マナは増えない。明日の午前零時の更新待ちだ」
「ゲームみたいだな」
「最初からずっとそうだ」
夕方。
啓介はマンションへ帰宅した。
玄関を開けると、アカネがトテトテと出迎えてくれた。
「あぎゃ」
「ただいま」
啓介は、今日は少しだけ機嫌が良かった。
「おい、アカネ。増えたぞ」
「あぎゃ?」
「明日からだけどな」
アカネには、当然何のことか分からない。首を傾げてから、また古いパーカーの上へ戻っていった。
夜、二十三時五十九分。
啓介は、リビングのソファに座り、バインダーを開いていた。
現在の日次マナ欄。まだ「7」のままだ。
《静かな旧校舎》のカードには、『次回日次更新待機』の表示が出ている。
別に、派手なエフェクトが起こる大イベントではない。
でも、能力を得た最初期、毎日たった一マナを使って検証していた男が。
ついに、「8」という数字に届く瞬間なのだ。
午前零時。
日付が変わった。
啓介の視界に表示されているマナ欄が更新された。
【日次マナ供給】
任意2。生命1。知識2。物資1。生命または物資1。境界1。
合計:8。
啓介は、その数字をじっと見つめた。
「……来たな」
知識が、最初から「2」並んでいる。
カード一覧を見る。《思索の計数盤》の知識1と、《静かな旧校舎》の知識1。
「固定知識、二つか……」
啓介は、TCGプレイヤーとしての純粋な満足感を味わった。
啓介は、ノートを開いた。
今日の記録を書き込む。
《日次供給量》
7 → 8。
《追加土地による供給拡張》
成功例:1。
啓介は、その下に一行書き足した。
『国有地貸付によるマナ源拡張:実証』
ペンが少し止まる。
「残り六件」と書こうかと思ったが、やめた。
「書いたら、俺のタスクのノルマみたいになって嫌だからな」
少し考えてから、啓介は苦笑した。
「……まあ、書かなくても向こうはもう探してるんだけど」
アカネが、パーカーの上から「あぎゃ?」と鳴いた。
「お前には関係ない話だ」
啓介は、最後にもう一度バインダーの数字を見た。
三十八万円で買った山が、一日七マナの世界を作った。
だが、今回の一マナは、それとは少し違う。
土地を探したのは政府だ。
三十年貸付の枠組みを整えたのも政府だ。
維持管理費を支える仕組みを作ったのも政府。
そして、その土地を実際に使い、管理するのは啓介。
そのすべてが一つの仕組みとして噛み合って。
《創世札典》の一日は、七マナから八マナへと増えたのだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!