TCG能力《創世札典》を手に入れた俺、一日一マナから現代社会を攻略する~治療、未来予知、若返り。マナが足りないので山を買います~   作:パラレル・ゲーマー

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第52話 小竜を廃校へ連れて行ったら次の土地まで用意されていたらしい

 土曜日の朝。

 青梅の山林を巡回し、アカネが野良猫とフェンス越しに不思議な追いかけっこをした日から、数日が経過していた。

 

 啓介は、マンションの玄関で外出の準備を整えていた。

 だが、今日向かうのは青梅の《名もなき雑木地》ではない。先日、国から三十年貸付の枠組みで正式に借り受け、新たな土地カード《静かな旧校舎》としてシステムに登録された、あの廃校だ。

 

 同行者は、相馬、三崎、藤堂。

 医療側で実際のカード運用を担当する桐生は、本日は病院での勤務があるため不在。行政側の元締めである久世も別件で来ていない。

 本日は、旧校舎で進んでいる設備と運用面の確認が主目的だ。

 

 啓介が、部屋の隅からいつものお出かけ用キャリーケースを引っ張り出してくると、ソファで休んでいたアカネがトテトテと近寄ってきた。

 

 先日の外出は山だった。

 今日も、キャリーの扉を開けると、アカネはためらうことなく中へと入り込み、器用にぐるりと回って座り込んだ。

 

 啓介は、ケースの扉を閉めながら声をかけた。

「いいか。今日は山じゃないぞ」

「あぎゃ」

 

 アカネは、不思議そうに首を傾げた。

「……まあ、お前には言っても分からんよな」

 

 今回、アカネは旧校舎への初訪問となる。

 旧校舎そのものはすでに正式に啓介の管理拠点として稼働し始めているが、引き渡し直後は業者の出入りも多く、工事区画も整理の途中だった。

 

 その後、施設の入退館方法、工事区画と使用区画の分離、警備体制、そして啓介たちが実際に使用する一階部分の整備が進められた。

 

 今日は危険な工事区画へ立ち入らせなければ、アカネを同行させても問題ない。

 藤堂にも事前に話を通してある。

 

 啓介は車を走らせ、指定された旧校舎の駐車場で相馬と三崎と合流した。

 

 ここへ来るのは、二人とも初めてではない。

 外部カードの試験も、癌治療カードの価格について話し合った会議も、この旧校舎で行っている。

 

 だが、車を降りた相馬が正門の方を見て、すぐに眉を上げた。

 

「……あれ、前に来た時はなかったよな?」

 三崎も、同じ方向を見る。

「警備詰所か?」

 

 正門のすぐ横。

 以前は空いていた場所に、真新しい小さなプレハブの警備詰所が設置されている。

 

 中には制服を着た警備会社の人間が常駐しており、門の周辺には複数の監視カメラが追加されていた。

 詰所の窓口には、入館管理用のタブレット端末も置かれている。

 

 啓介は、目を丸くして藤堂を見た。

「……なんか、一気に警備員とか増えました?」

 藤堂が淡々と答える。

「ああ。カードの保管区画の準備を本格的に始めたからな」

 

 正門に近づくと、詰所から出てきた警備員が丁寧な動作で一礼した。

「お疲れ様です。門倉様ですね」

「はい」

 

 本人確認が行われる。

 啓介、相馬、三崎、藤堂。それぞれが身分証を提示し、警備員の手元にある入館予定リストと照合される。

 

 そして。

 警備員の視線が、啓介の手にあるキャリーケースへ向けられた。

 

 啓介は、少しだけ様子を窺う。

 

 だが、警備員の表情は全く変わらなかった。

 手元のタブレットを確認し、極めて事務的な口調で言う。

 

「同行対象の『アカネ』も登録されています。どうぞお通りください」

 

 啓介は、拍子抜けして藤堂を見た。

「……登録されてるの?」

「されてる」

 

 敷地内へ入りながら、啓介が小声で確認する。

「どういう登録なんですか、それ。ドラゴンって書いてあるんですか?」

 

 藤堂が説明した。

 警備会社側に共有されているのは、勤務に必要な最低限の情報だけだ。

 

『施設内同行許可個体』。

 名称:アカネ。

 特徴:赤銅色、掌サイズ、翼あり。

 条件:門倉啓介の管理下にある。門倉同伴時に限り、指定された施設内区画への同行を許可。

 禁止事項:警備員側から捕獲、接触を試みないこと。写真および動画撮影禁止。外部への情報開示禁止。

 対応:単独での移動や異常行動を確認した場合は、門倉または施設責任者へ連絡。

 

 それだけだ。

 

 《創世札典》。

 マナ。

 召喚カード。

 アカネが魔法によって生まれた存在であること。

 

 そこまでは伝えられていない。

 

 啓介が感心したように言った。

「……小さいドラゴンみたいな生き物が来ても慌てないように、先に説明してあるんですね」

 藤堂が返す。

「何も説明しないで、勤務中にいきなりアカネが廊下を飛んできたら、そっちの方が事故になるだろ」

 相馬も頷く。

「俺が警備員で、勤務初日に廃校の廊下をドラゴンが飛んできたら、まず無線入れるわ」

 

 一行は、校舎の中へ入った。

 

 かつての昇降口。

 現在は関係者用の出入口として利用されている。

 

 外からの視線が届かない位置まで入ったところで、藤堂が周囲を確認して頷いた。

 

「ここならいいぞ」

 

 啓介は、キャリーケースを床に置き、扉を開けた。

「出ていいぞ」

 

 アカネが、ケースからトテトテと歩み出た。

 

 青梅の腐葉土でも、マンションの床でもない。

 

 硬い床。

 真っ直ぐに伸びた長い廊下。

 等間隔に並ぶ窓。

 色褪せた掲示板。

 教室の引き戸。

 高い天井。

 

 アカネは一度足を止め、金色の瞳で周囲を見回した。

 

 数歩歩く。

 

 ポンッと飛び上がる。

 

 すぐ近くの窓枠へ着地した。

 

 相馬が、その姿を見て呟く。

「……学校の廊下にドラゴンがいると、本当に絵面がおかしいな」

 三崎が返す。

「癌を消す魔法カードを作ってる連中が今さら言うことか?」

 

 一行が廊下を歩いていると、奥から巡回中の警備員が一人やってきた。

 

 警備員は立ち止まり、一礼する。

「お疲れさまです」

 啓介も頭を下げる。

「お疲れさまです」

 

 啓介の足元を歩いていたアカネが、見知らぬ制服の人間を見て鳴いた。

 

「あぎゃ」

 

 警備員は一瞬だけアカネを見る。

 

 それだけだった。

 

 スマートフォンを出すこともない。

 近づいて触ろうとすることもない。

 

 そのまま啓介たちとすれ違い、巡回を続けていった。

 

 啓介が振り返る。

「……本当に、普通に対応してるな」

 藤堂が言う。

「そのための事前説明だ」

 

 一行は、啓介の管理事務室として使われている旧職員室へ入った。

 

 室内は、前に会議で使った時よりも少し整っていた。

 ただし、高級な秘密基地になったわけではない。

 

 普通の事務室だ。

 

 スチール製のデスク。

 オフィスチェア。

 鍵付きの書類キャビネット。

 壁には鍵の管理箱。

 デスクの上には通信機器と管理用PC。

 一部の監視カメラを確認するためのモニター。

 

 ホワイトボードには、業者の工事予定が書かれていた。

 

 相馬が部屋を見回した。

「完全に職場になったな」

 啓介がため息をつく。

「休日に通う勤務先が増えただけだよ」

 

 相馬が、啓介の使うデスクを見て笑う。

「おい、これ見ろよ」

 

 デスクの端に、小さなアクリルプレート。

 

『門倉管理』

 

「名札まであるぞ、門倉管理人」

「やめろ。本業の会社以外にも自分の固定デスクがあるって、結構嫌なんだからな」

 

 三崎が笑った。

 

 啓介は持参した水皿を床の隅へ置き、ボトルの水を少し注ぐ。

 

 アカネは水皿を一度見た後、部屋の隅へ歩いていった。

 今日は初めて来たばかりだ。ここで過ごすための設備を増やす必要があるかどうかは、まだ分からない。

 

 デスク上の監視モニターには、現在使っている区画の映像が並んでいた。

 玄関。一階廊下。建物外周の一部。

 

 相馬が椅子に腰掛け、藤堂へ聞いた。

「で。今日わざわざ俺らまで呼んだのって、この職員室の模様替えを見るためか?」

 藤堂が答える。

「半分はな」

 

 啓介が眉をひそめた。

「……半分?」

 

「ついてこい」

 

 藤堂に案内され、一行は一階の廊下をさらに奥へ進んだ。

 

 部屋ごとにプレートが掛けられている。

 

『使用中』

『立入制限区画』

 

 そして。

 

『工事中』

 

 元は資料室か教材準備室だったらしい、比較的小さな部屋。

 その前で藤堂が足を止めた。

 

 部屋の前には養生シートが敷かれ、奥には工事資材が積まれている。

 作業員が数名入り、電動工具の音が響いていた。

 

 啓介は、すぐに声をかけた。

 

「アカネ、待て」

 

 足元を歩いていたアカネが、その場で止まった。

 前脚を揃え、翼を畳んでちょこんと座る。

 

 近くにいた警備員が少し驚いたように言った。

「……本当に、言葉で止まるんですね」

 啓介が答える。

「止まる時は、止まりますよ」

 相馬が突っ込む。

「信用ねえな」

「生き物相手に『絶対に制御できる』って言い切る人間の方が、よっぽど信用できないだろ」

 

 藤堂が、工事中の部屋を指した。

 

「ここを、外部固定化カードの一時保管区画として改修する予定だ」

 

 啓介が驚く。

「もう工事始めてるんですか?」

「始めてる」

 

 藤堂は続けた。

 

「先日、実際に癌治療カードを一枚作って、お前から俺が受け取り、桐生先生のところまで運んだだろ」

 

 あの時は、啓介がカードを作る。

 藤堂が受け取る。

 そのまま医療機関へ運び、桐生へ引き渡す。

 

 それで済んだ。

 

「一例だけなら、あれで回る。だが、前日に作ったカードを数日保管したり、複数の用途のカードを別々に管理したりするようになれば、毎回俺がケースを抱えて直接運ぶだけでは回らない」

 

 啓介が聞く。

「でも、今現在、この部屋の中にカードは一枚でもあるんですか?」

「ない」

「ゼロ?」

「ゼロだ」

 

 相馬が笑った。

「こんだけ厳重な保管庫作って、中身ゼロかよ」

 藤堂は真顔で答える。

「中身が増えてから慌てて作るよりいい」

 

 保管室に設置するのは、魔法の設備ではない。

 

 強化扉。

 厳密な入退室記録。

 個人認証。

 監視カメラ。

 防火設備。

 非常電源。

 個別の保管キャビネット。

 受領番号。

 搬入と搬出の記録。

 

 藤堂が言う。

「必要なら、入室そのものを二人確認にすることも考えている」

 

 三崎が質問した。

「カードの保存状態については? 温度や湿度で劣化する可能性は?」

 

 啓介は首を振る。

「システムから、そういう保存条件は聞いてないな」

 

 藤堂が補足する。

「だから一般的な重要文書や精密品を置くのに問題のない空調にはする。ただし、魔法だから特殊な低温設備が必要だとか、そういう前提では作っていない」

 

 相馬が聞く。

「カードを長期間備蓄できること自体は、確認済みなんだよな?」

「ああ。外部固定化したカードは、使うまで備蓄できる」

 

 つまり必要なのは、魔法を維持する設備ではない。

 

 盗難を防ぐ。

 勝手に使わせない。

 どこにあるか管理する。

 誰が触ったか残す。

 いつ、どこへ搬出したか残す。

 

 現実側の管理だ。

 

 外部カードには、使用者を固定する仕組みがない。

 

 所持した人間が、カード名と使用の宣言をすれば発動できる。

 

 相馬が工事中の部屋を見る。

「診断済みの癌病変を除去できる使い切りカードを、誰でも使える状態の現物で置くんだもんな」

 藤堂が答える。

「だからこそ、保管の手順を先に作る」

 

 啓介が正門の方を思い出して聞いた。

「警備員は、この部屋に何を置くか知ってるんですか?」

「知らない」

 

 藤堂は即答した。

 

 警備会社側が知っているのは、

 

『国が指定した重要保管物を置く可能性がある。許可者以外を入れるな』

 

 そこまでだ。

 

 癌治療。

 魔法。

 カードの効果。

 

 それらは知らない。

 

 相馬が言う。

「中身を知らなくても守れるのか」

 藤堂が返す。

「銀行の警備員が、金庫の中にある全財産の内訳を知る必要はないだろ」

 

 三崎が、工事区画を見ながら確認する。

 

「カードを使う場所は、これまで通り病院だよな?」

「ああ」と啓介。

 

「ここに患者さんを連れてきて治療するようなことはなしだぞ」

 藤堂も頷く。

「その予定はない。診断も使用も使用後の確認も、設備と人員の揃った医療機関でやる。ここはカードの製造、一時保管、管理と、それに必要な事務を行う場所だ」

 

 相馬が上を指した。

「上の階は?」

「閉鎖中だ」

 

 漏水や老朽化が進んでいる区画には、必要な保全工事だけ入れている。

 当面、使用予定はない。

 

「体育館は?」

「保存優先。積極的な利用はなし」

 

 建物が大きいからといって、全部使う必要はない。

 

 一通り確認した後。

 

 啓介は《創世札典》を呼び出し、《静かな旧校舎》のカードを確認した。

 

 《静かな旧校舎》

 土地・旧学校・管理拠点・借用地。

【日次起動】知識1。

 

 変化なし。

 

 相馬が聞く。

「どうだ? あんな保管庫まで作ってるのに、変化なし?」

「今のところはな」

「土地カードって、案外簡単には変わらないんだな」

「山でもそうだっただろ」

 

 見学もほぼ終わりに近づいた。

 

 アカネは長い廊下をトテトテと歩き、時々低く飛んでは窓枠に止まっている。

 

 階段の前を通った時。

 アカネが、上へ続く階段をトトトッと登ろうとした。

 

「アカネ、待て」

 

 二段目でピタッと止まる。

 

 振り返る。

 

「そっちは駄目」

 

 啓介が手を伸ばすと、アカネは階段から降りてきた。

 

 一行は、安全確認が済んでいる一階の普通教室へ入った。

 

 以前、相馬が《衣服の身だしなみ》の外部カードを使った部屋だ。

 

 アカネは窓枠へ飛び乗り、ガラス越しに校庭を眺めている。

 

 啓介が、その背中を見ながら言った。

「お前には、やっぱり山の方が面白そうだな」

「あぎゃ」

 

 アカネは校庭を見たまま鳴いた。

 

 相馬が、教室の中を見回す。

「しかし、本当に拠点になってきたな」

 三崎も頷いた。

「最初は、マナ供給源を増やすための土地候補だったのにな」

 啓介が苦笑する。

「俺も、知識マナが一日一個増えるくらいの話だと思ってたよ」

 

 今は。

 

 管理事務室がある。

 警備員がいる。

 カードの保管区画まで工事中。

 

 相馬が言った。

「これ、二件目、三件目って土地が増えたら、お前の管理する仕事も増えるんだよな」

 啓介は顔をしかめた。

「……それ、今言わないでくれるか」

 

 藤堂が、タブレットを取り出した。

 

「そこで、今日の後半だ」

 

 啓介が嫌そうな顔をする。

「……まだ後半あるんですか」

 相馬も笑う。

「俺も嫌な予感しかしないぞ」

 

 藤堂が画面を見せた。

 

「政府側で洗い出していた候補群から、旧校舎とは性質の違う土地を一つ、改めて絞り込んだ」

「一件だけですか?」

「ああ」

 

 画面に表示された見出し。

 

『旧農業試験施設』

 

 概要が表示されている。

 

 国有地。

 以前は、農作物の品種試験、苗の育成、土壌比較、栽培試験などに使われていた施設。

 

 現在は別の大規模施設へ機能が統合され、使用停止となっている。

 

 敷地には、小さな管理棟、旧温室、区画された試験圃場、給排水設備の一部、周囲のフェンス、作業用道路が残っている。

 

「なぜ、ここが次の候補なんですか?」

 

 啓介が聞いた。

 

 藤堂が答える。

 

「旧校舎と性質が違うからだ」

 

 山林。

 マンション。

 旧校舎。

 

 そこへ、また似たような建物中心の土地を追加するより、用途も管理実態も異なる候補を見る。

 

 加えて、管理可能性も事前に確認されている。

 

 広すぎない。

 業者による草刈りや維持作業を入れやすい。

 道路アクセスがある。

 啓介が定期的に訪問できる。

 境界が明確。

 権利関係も整理されている。

 

 相馬が画面を覗き込む。

 

「農業試験場なら、いかにも生命マナ出そうじゃないか?」

 

 啓介が即座に止めた。

「そういう決めつけやめろって」

「何で?」

「学校だって『学校だから知識』じゃないって言われただろ。土地の履歴とか、今の用途とか、管理とか、全部合わせて決まるんだよ」

 

 三崎が聞く。

「じゃあ、畑の跡でも生命じゃない可能性は普通にある?」

「ある。知識かもしれないし、物資かもしれない。そもそもこっちで指定できない」

 

 啓介は画面を見ながら聞いた。

「で。これはまた次回、見に行くんですか?」

 

 藤堂が答える。

「いや」

 

 啓介の顔が嫌そうに歪む。

 

「ここから車で行ける。今日見る」

 

 相馬が声を上げた。

「おい、そんなの今日の予定に入ってたか?」

「今日は午後まで空けてあると事前に聞いている」

「政府こわっ」

 

 啓介が窓際のアカネを見る。

「……アカネも?」

「同行可能だ。現地責任者にも話してある」

「また?」

「まただ」

 

 現地側へ伝えてある内容も、旧校舎と同じ程度だ。

 

 小型の特殊な動物が同行すること。

 撮影禁止。

 接触を試みないこと。

 門倉啓介の管理下にあること。

 

 それ以上は伝えていない。

 

 一行は、旧校舎を出発した。

 

 正門の警備員へ挨拶する。

 

「お疲れさまでした」

「お疲れさまです。お気をつけて」

 

 啓介がアカネの入ったキャリーケースを持っていても、警備員は特に反応しない。

 

 啓介の車には、相馬が同乗した。

 藤堂と三崎は別の車だ。

 

 車内で、相馬が言う。

 

「三十八万円の山、マンション、廃校。それで次が農業試験場か。……その次は何だろうな。港とか?」

「だから、順調に増やす前提で話すなよ」

 

 啓介は道路を走りながらため息をついた。

 

「この前、『俺、このまま会社員のまま続けられるのか』って話したばっかりだろ」

「そうなんだよな」

「で、今からまた新しい土地見に行くんだぞ」

「そうなんだよな」

 

 相馬が笑う。

 

「笑い事じゃねえよ」

 

 現地へ到着した。

 

 錆びた鉄の門。

 文字の薄れた古い看板。

 

 敷地には雑草が伸びているが、完全な廃墟というほどではない。

 最低限の管理は続けられている。

 

 担当職員が門を開けて待っていた。

 

 車を降りた啓介は、敷地を見渡した。

 

「……旧校舎とは、全然違うな」

 

 大きなコンクリート校舎が建っている旧校舎とは違い、視界が大きく開けている。

 

 低い平屋の管理棟。

 広がる平坦な土地。

 区画ごとに残された、かつての畝の跡。

 古い温室。

 地表を這う給水配管。

 

 見渡す限り、土だ。

 

「……本当に、今度は畑だな」

 

 アカネは、まだキャリーケースの中にいる。

 

 啓介たちは、まず人間だけで周辺を確認した。

 

 フェンス。

 老朽設備。

 残置物。

 旧温室。

 割れたガラス。

 錆びた農機具類。

 

 藤堂が説明する。

 

「専門業者による事前調査は済んでいる。危険な薬品は撤去済み。農薬庫も空だ。大型農機も残っていない」

 

 そして、旧温室の一角を指した。

 

「あの区画は立入禁止だ。ガラスの落下リスクが残っている。今日は安全確認済みの場所だけ見る」

 

 安全な管理棟前まで移動したところで、啓介はキャリーを置いた。

 

「出ていいぞ」

 

「あぎゃ」

 

 アカネが外へ出る。

 

 短い草。

 土。

 低い建物。

 遠くに並ぶ古い温室。

 

 青梅の山とも、旧校舎とも違う場所だ。

 

 アカネは地面をトテトテと歩き、小さく飛び、古いコンクリート製の苗床の縁へ止まった。

 

 相馬が、その姿を見て言った。

「こいつ、本当にどこ連れてっても普通に動くな」

 三崎が返す。

「まだ外に出て五分だぞ。適応したかどうか判断するのは早い」

 

 人間側の見学が始まった。

 

 藤堂と現地担当者の案内で、

 

 敷地境界。

 管理棟。

 温室の外観。

 試験圃場。

 給水設備。

 作業道。

 

 順番に確認していく。

 

 啓介が見ているのは、土地カードになりそうかどうかだけではない。

 

 ここを本当に管理する場合、どれだけの負担になるかだ。

 

 草刈り面積。

 温室の保全。

 排水。

 フェンス。

 建物。

 雑草。

 業者を入れる頻度。

 自分自身がここへ来る頻度。

 

 啓介が、広い圃場跡を見て顔を引きつらせた。

 

「……これ、青梅の山より草刈りする面積、多くないですか?」

 藤堂が答える。

「平地だから、機械施工はしやすい」

「俺が休日にトラクター乗るんじゃないですよね?」

「作業は業者へ委託できる」

 

 啓介が念を押す。

「俺は?」

「管理方針を把握する。必要な判断をする。作業結果を確認する。必要に応じて現地も見る」

 

「……なら、まだ何とか」

 

 相馬が聞く。

「学校と比べて、管理しやすそうか?」

 

 啓介は腕を組んだ。

 

「建物が少ないから、雨漏りとかの建物側のトラブルは少なそう。でも土地そのものが広い。草と土の管理はこっちの方が多いな。一長一短」

 

 一通り敷地を見たところで、啓介が藤堂へ確認した。

 

「今日見たからって、これで即『借ります』じゃないですよね」

「当然だ」

 

 今日は候補地として現地を見ただけ。

 

 啓介には、まだこの土地の使用権も管理権もない。

 

「……鍵を見せられただけで、システムに聞いても意味ないんですよね」

 藤堂が頷く。

「だから今日は見るだけだ」

 

 自宅から遠すぎない。

 業者は入りやすい。

 旧校舎とは性質が違う。

 境界も明確。

 

 候補として残すには、悪くない。

 

 見学の途中。

 

 古い温室の外側を、乾いた葉が風に吹かれてコロコロと転がっていった。

 

 アカネが音に反応する。

 

 トテトテと近づき。

 

 短い前脚で、チョン。

 

 葉が少し跳ねる。

 

 啓介は、その様子を見て言った。

 

「今日は、遊んでくれる相手はいないぞ」

 

「あぎゃ?」

 

 アカネは、葉っぱから顔を上げて首を傾げた。

 

 見学を終え、藤堂が次の手順を説明した。

 

「門倉がこの土地を候補として残していいなら、法務と施設管理側で貸付条件案の整理に入る」

 

 旧校舎と同じ三十年貸付の枠組みを使えるか。

 管理費の扱い。

 工事や維持作業の分担。

 啓介にどの範囲まで管理責任を持たせるか。

 

 そこからだ。

 

 啓介が聞く。

「……これの手続きが進んだら、すぐ三件目の候補地も持ってくるんですか?」

 

 藤堂は首を横に振った。

 

「すぐには持ってこない」

 

 そして続ける。

 

「まず、もしこの二件目が本当にお前の管理下へ加わった場合、お前自身の管理負担がどこまで増えるかを見る」

 

 啓介は、明らかにほっとした。

 

「……良かった」

 

 相馬が笑う。

「七件全部、一気に押し付けられると思ってた?」

「……ちょっとだけな」

 

 本日の結論。

 

【旧校舎】

 ・管理拠点として稼働継続。

 ・警備体制の運用開始。

 ・外部カード保管区画を改修中。

 ・アカネの同行可能区画を確認。

 ・《静かな旧校舎》に変化なし。

 

【次候補地】

 ・旧農業試験施設。

 ・現地確認済み。

 ・候補として継続。

 ・国側で貸付条件の整理開始。

 ・契約未実施。

 ・土地カード未成立。

 

 帰路の車内。

 

 助手席のキャリーケースの中で、アカネは丸くなって休んでいる。

 

 啓介は、運転しながら今日一日を思い返した。

 

 旧校舎。

 農業試験施設。

 

 一日で二つの土地を見て回った。

 

 青梅の山を三十八万円で買った頃。

 

 最初はただ、自分のマナを一つ増やせるか確かめたくて、山を買った。

 

 それが今。

 

 国が廃校を貸し。

 警備員を置き。

 カード保管室まで工事し。

 

 さらに次の土地まで探している。

 

 だが、啓介本人は。

 

 月曜日になれば、またいつものシステム会社へ出勤する。

 

「……なんか、俺の周囲の規模だけが、どんどんおかしくなってるな」

 

 キャリーケースの中から。

 

「あぎゃ……」

 

 寝言のような声が返ってきた。

 

 夜。

 

 マンションへ帰宅した啓介は、ノートに今日のまとめを書き込んだ。

 

【旧校舎】

 外部カード保管区画:整備中。

 警備運用:開始。

 管理機能:継続。

 

【第二土地候補】

 旧農業試験施設。

 現地確認済み。

 貸付条件:国側で整理開始。

 管理可能性:要評価継続。

 

 そして、その下。

 

『土地カード:まだ増えていない』

 

 啓介は、その文字を見て少しだけ笑った。

 

「まあ、そう簡単には増えないよな」

 

 ソファの上では、アカネがいつもの古いパーカーの上で、気持ちよさそうに寝息を立てている。

 

 スマートフォンの画面が光った。

 

 藤堂からのメッセージ。

 

『次候補の貸付条件整理に入ります』

 

 啓介は、ノートを閉じた。

 

「……マナは増えてないけど、俺の仕事は確実に増えてるけどな」

 




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総合評価:1748/評価:8.48/連載:16話/更新日時:2026年06月15日(月) 17:23 小説情報

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アメリカ西海岸で働く三十代半ばのシステムエンジニア、工藤創一。▼十数年前に日本から渡米し、それなりに充実した生活を送っていた彼のもとへ、ある夜、謎の銀色のキューブが届く。▼それは未知の惑星《テラ・ノヴァ》へ繋がるゲートと、採掘・製錬・発電・自動化・兵器開発を可能にする《惑星開発キット》だった。▼鉄、石炭、銅、石油――地球では国家を揺るがすほどの資源が眠る異星…


総合評価:4395/評価:8.82/連載:25話/更新日時:2026年09月16日(水) 16:38 小説情報

真祖吸血鬼、まだ存在しないアメリカに寄生する 〜合法的な血液供給のため、建国前から国家運用保守を始めました〜(作者:パラレル・ゲーマー)(オリジナル歴史/冒険・バトル)

アメリカ建国250年おめでとうございます記念小説です。▼欧州の吸血鬼貴族ヴァレンシュタイン家に転生したルカは、始祖の血を濃く継ぐ「真祖の中の真祖」だった。▼霧化、影操作、自己再生、記憶読取、そして前世の記録から現代の物品や情報を引き寄せる力。▼無法なまでのチートを持って生まれたルカだったが、両親の価値観は最悪だった。人間牧場、血統管理、血の風呂。現代日本人の…


総合評価:1181/評価:6.23/連載:39話/更新日時:2026年08月10日(月) 16:18 小説情報

暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜(作者:パラレル・ゲーマー)(オリジナル歴史/戦記)

現代日本で死んだ主人公が転生した先は、江戸幕府を開いた徳川家。▼身分ガチャは大当たり――かと思いきや、幼名は国松。▼のちに兄・徳川家光と対立し、「暴君」と呼ばれて破滅するはずの徳川忠長だった。▼将軍の座など絶対にいらない。▼生き残るためには、兄・竹千代を全力で支え、「敵」ではなく「便利で忠実な弟」になるしかない。▼そう決意した国松が最初に始めたのは、天下の根…


総合評価:2172/評価:7.24/連載:142話/更新日時:2026年09月03日(木) 17:34 小説情報

未来の崩壊世界に転生したら、職業くじでハンターを引いたので旧文明を漁る(作者:パラレル・ゲーマー)(オリジナルSF/冒険・バトル)

前世では二十一世紀日本の普通のサラリーマンだった相馬悠真。▼気がつけば、文明崩壊後の未来地球に転生していた。▼東京とニューヨークがゲートでつながり、世界中の空間と時間が壊れた世界。それでも悠真は、日本系コロニーの中で十五年間、案外平和に暮らしていた。▼だが十五歳になった年、職業くじで最悪の札を引く。▼《ハンター》。▼防壁の外へ出て、旧文明の廃墟から物資を回収…


総合評価:1498/評価:8.56/連載:14話/更新日時:2026年09月21日(月) 00:05 小説情報


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