TCG能力《創世札典》を手に入れた俺、一日一マナから現代社会を攻略する~治療、未来予知、若返り。マナが足りないので山を買います~   作:パラレル・ゲーマー

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第53話 癌を切らずに消せるカードの値段を計算したら三百万円になったらしい

 土曜日の午後。

 場所は、新しく借り受けた廃校、《静かな旧校舎》の旧職員室。

 現在、啓介の管理拠点として正式に稼働しているその部屋に、六人の男たちが再び集まっていた。

 

 啓介、相馬、三崎。

 医療側の桐生。行政側の久世と藤堂。

 以前、価格と制度について話し合った時と同じ顔ぶれだ。

 

 アカネはマンションで留守番をしている。

 

 ただ、以前と一つだけ違う点があった。

 相馬がホワイトボードの前に立った時点で、彼の手元のノートPCからプロジェクターで映し出されているExcelの画面には、すでに具体的な数字を入れるための表が完成していたのだ。

 

 啓介が、半ば恐る恐る聞いた。

「……今日は、本当に数字が出るんだよな?」

 相馬が即答する。

「出す」

「また、一円も決まらないまま『前提を決めたから終わり』ってことにはならない?」

「今日は決める」

 

 相馬の迷いのない声に、啓介は少しだけ姿勢を正した。

 

 相馬が、画面のExcelシートを指し示した。

 

 《癌治療一件・仮コスト構造》

 

 大項目は三つに分かれている。

 

 A:カード供給対価

 B:医療提供費用

 C:長期追跡費用

 

「まず最初に、大前提を確認しておくぞ」

 相馬が全員を見渡した。

「これから具体的な金額を出す。でも、それは患者が病院の会計窓口で、そのまま払う金額じゃない」

 

 啓介が確認する。

「じゃあ、何の値段?」

「お前が供給する、魔法カード一枚の供給対価だ」

 

 ここで、桐生が医療側から用意した資料を机の上へ配った。

 

「こちらは、カードそのものとは別に、医療機関側で必要になる工程です」

 

 現在検証している早期胃癌一件について、カードの使用前後に必要となる医療行為が並んでいる。

 

 事前診察。

 内視鏡検査。

 生検。

 病理診断。

 必要な画像検査。

 カード使用直前の状態確認。

 使用時の医療スタッフ。

 使用直後の内視鏡確認。

 再生検。

 そして、その後の定期的な追跡。

 

 桐生が言った。

 

「これらは、治療手段の一部が魔法へ置き換わっても消えません」

 

 啓介が頷く。

「病変そのものは魔法で消せても、それが本当に癌なのかを調べる部分は普通の医療なんですよね」

「むしろ、そこが曖昧ならカードは使えません」

 

 《局所悪性腫瘍の除去》には、【病理診断指定】【位置指定】という条件がある。

 

 癌かどうか分からない。

 場所も正確に特定できていない。

 

 そんな状態で、「とりあえず使ってみる」という運用はできない。

 

「胃が痛いから魔法を一枚、ではありません」

 桐生が言った。

「癌であると診断する。病変の位置を特定する。転移所見などを確認する。適応を判断する。そこまでが医療です」

 

 相馬が画面を切り替えた。

 

「じゃあ次。この癌カード一枚の価値を、何と比較するか」

 

 啓介が答える。

「癌治療の費用?」

「広すぎる」

 

 相馬が即座に切った。

 

「今の魔法で実際に確認できているのは、単発の早期胃癌。それも、標準治療として内視鏡的切除が可能な患者だけだ」

 

 つまり比較する相手は、末期癌に対する最後の治療手段ではない。

 

 もし魔法がなければ、通常通り標準治療を受ける患者。

 

 その患者がカードを使った時に、何が変わるのか。

 

 相馬が桐生を見る。

 

 桐生が説明を引き継いだ。

 

「現行のカードでは、病変を内視鏡で物理的に切除しません。焼灼して取り除くわけでもありません」

 

 これまでの二例。

 

 使用直後。

 指定した病変は内視鏡上で確認できなくなった。

 

 明らかな出血はない。

 焼灼痕もない。

 物理的な切除創もない。

 

 さらにカードの効果上、腫瘍によって直接損傷・置換されていた局所組織については、可能な範囲で現在年齢相当の健康な状態へ修復される。

 

 相馬が、ホワイトボードへ大きく書いた。

 

『切らない』

 

「つまり、これから決める金額の大部分は、『癌だから高い』って話じゃない」

 

 啓介が聞く。

「じゃあ?」

 

「病変を物理的に切除しなくて済む。その価値だ」

 

 切除に伴う身体的侵襲。

 出血や穿孔などの処置に伴うリスク。

 切除部位そのものの傷。

 処置後の回復。

 入院や経過観察にかかる負担。

 

 魔法によって、それらの一部を大きく減らせる可能性がある。

 

 だが、桐生はそこで言葉を挟んだ。

 

「ただし、誤解はしないでください。ESDは確立された標準治療です」

 

 啓介が桐生を見る。

 

「魔法があるから、既存治療が危険で時代遅れになった、という話ではありません」

 

 そして、魔法側にも欠点がある。

 

 その一つが、切除した病変そのものが残らないことだった。

 

「ESDなら、切除した病変全体を病理標本として確認できます。深達度や広がりなどを、治療後に改めて詳しく評価できます」

「でも魔法だと?」

「病変そのものが消えてしまいます。事前の生検や画像、使用後の再生検はできますが、『切り取った病変全体』を後から調べることはできません」

 

 桐生は続けた。

 

「患者さんの短期的な身体負担という点では、魔法側に非常に大きな利点がある。ただ、医学的な情報まで含めて、何もかも既存治療の上位互換とはまだ言えません」

 

 三崎も頷いた。

「長期再発のデータも、まだ二例しかないしな」

 

 相馬がExcelへ視線を戻した。

 

『低侵襲化価値』

 

 啓介が、その項目を見て聞いた。

「……それ、正確に金額へ変換できるの?」

「できない」

 

 相馬はあっさり認めた。

 

「だから市場が勝手につける価格じゃなく、今の運用条件で俺たちが置く暫定価格なんだよ」

 

 そして、次の項目。

 

 供給側のコスト。

 

 《局所悪性腫瘍の除去》を外部カードとして固定化する場合。

 

 生命3。

 知識2。

 境界1。

 任意1。

 

 合計7マナ。

 

 現在、啓介が一日に使える総量は8マナ。

 

 癌カードを一枚作れば、その日に残るのは物資1だけ。

 

 啓介が、少し嫌そうな顔をした。

 

「……数字と色を並べられると、やっぱ重いな」

 

「そこをゼロ円扱いする気はない」

 

 さらに、現在は一日に外部固定化できるカード自体が一枚。

 

 癌カードを作った日は、別の外部カードを作れない。

 

 一方で、価格を高くしたからといって、今日から供給量を二倍、三倍へ増やせるわけでもない。

 

 相馬が言った。

 

「だから、『超希少だから一億』みたいな値段の付け方もしない」

 

 啓介が聞く。

「じゃあ、いくら?」

 

 相馬が少し笑う。

 

「その前に、お前はいくらだと思う?」

 

 啓介は、今度は真面目に考えた。

 

 病変を切除しなくて済む価値。

 七マナ。

 一日の外部固定化枠。

 ただし、普通の標準治療も存在する。

 

「……五百万?」

 

 相馬が頷く。

「近い」

「じゃあ四百万?」

「刻むなよ」

 

 三崎が少し笑った。

 

 相馬がキーボードを叩いた。

 

 Excelの空欄へ数字が入る。

 

 《局所悪性腫瘍の除去》

 

 現行適応条件における外部カード供給対価。

 

『3,000,000円/枚』

 

「三百万円だ」

 

 啓介は、画面をじっと見た。

 

「……三百万」

 

 三崎が資料を見る。

「まあ、その辺だろうな」

 

 桐生も、すぐには反論しなかった。

 久世と藤堂も手元の資料を確認している。

 

 啓介が首を傾げた。

 

「でも、やっぱ高くないか?」

「何が?」

「普通にESDで治療できる患者なんだろ? 日本なら保険診療もあるし。それに対して三百万って、患者から見たら――」

 

 相馬が大きく息を吐いた。

 

「だから患者に三百万円でカードを売るんじゃないって、前に説明しただろ」

「あ」

 

 相馬が額を押さえる。

 

「忘れるなよ」

 

 今回決めた三百万円は、患者への販売価格ではない。

 

 カード供給側に対して支払われる、一枚あたりの供給対価だ。

 

 現在の検証段階では、その供給費用については公的な検証予算から負担する方向で調整する。

 患者が受ける診察や検査、追跡などの医療については、既存の医療制度の中で別に扱う。

 

 久世が補足した。

 

「少なくとも現在の段階で、『魔法を受けたいなら患者本人が三百万円を用意してください』という制度にはしません」

 

 啓介が、今度は自分の方を指差した。

 

「じゃあ、カード一枚作るたびに、俺へ三百万?」

「それも違う」

 

 相馬が即答した。

 

「三百万円はカード供給側全体の対価だ。その中で、お前本人への対価と、実際に必要になる費用は分けて経理する」

 

 警備。

 保管。

 輸送。

 事務。

 施設管理。

 そして、啓介自身が供給能力を維持することへの対価。

 

「カード一枚三百万って決まったから、お前の給料も一枚三百万、にはならない」

 

 啓介が聞く。

 

「じゃあ、俺の取り分はいくら?」

 

「そこは別に決める」

 

「また決まらないのかよ」

 

「今日はカードの値段を決める会議だ」

 

 今回は、ちゃんと一つの数字が決まっている。

 

 三百万円。

 

 久世が資料に視線を落としたまま言った。

 

「この価格を、現在の検証フェーズにおける暫定的なカード供給対価として扱う方向で進めます」

 

 桐生が続けた。

 

「ただし、価格を理由に患者の適応判断を変えることはしません」

 

 啓介が聞く。

 

「患者負担じゃないなら、希望者が一気に増えないですか?」

 

「希望しただけでは使いません」

 桐生が答える。

 

「まだ長期安全性も十分ではない。他の癌種でも検証していない。標準治療との長期比較もない。現状は、医療側が条件を満たした患者の中から、慎重に検証を進める段階です」

 

 相馬が赤いペンを持った。

 

「門倉。これだけは忘れるなよ」

 

 ホワイトボードへ書く。

 

『300万円 ≠ 癌患者の命の値段』

 

 その下。

 

 青いペン。

 

『300万円 = 現行条件でのカード供給対価』

 

 さらに横へ、現在の前提を書く。

 

 単一原発病変。

 病理診断済み。

 位置明確。

 転移対象外。

 現在実証済みの範囲。

 標準治療へ戻れる患者。

 

 啓介が、その文字を見ながら少し考えた。

 

「……じゃあさ」

 

「何だ?」

 

「もし将来、今のカードじゃ対象にできない癌まで消せるようになったら?」

 

 部屋の空気が、少し変わった。

 

 桐生が答える。

 

「例えば転移癌。多発癌。広範囲へ浸潤している癌。外科的に切除不能と判断される癌。標準治療で根治困難な癌。あるいは、治療のために大きな臓器切除が必要になる癌」

 

 桐生は一度言葉を切った。

 

「もし、それらを魔法だけで安全に除去できるカードが成立したなら、今とは医療上の価値が全く違います」

 

 啓介が相馬を見る。

 

「それも三百万?」

 

「あり得ない」

 

 即答だった。

 

「同じ価格表に載せるな」

 

 相馬はホワイトボードの『切らない』という文字を指した。

 

「今は、普通の標準治療でも十分に治せる患者が、病変を切除しなくて済むことに大きな価値がある」

 

 そして、別の場所を指す。

 

「でも、普通の医療では取り除けない癌を魔法だけが取り除けるなら、比較対象そのものが変わる」

 

 低侵襲な治療手段。

 

 それと。

 

 他に代替手段がない治療手段。

 

 同じ価格にはできない。

 

「そうなったら、三百万からゼロが一個増えるとか、二個増えるとか。そういう話になる可能性だってある」

 

 啓介が思わず聞く。

 

「三千万とか。一億とか?」

 

「あり得る」

 

 相馬は頷いた。

 

「でも、それを今決めるな」

 

 久世も言った。

 

「対象疾患が変われば、公的負担の考え方も、患者選定の仕組みも変わります。今存在しないカードの価格を先に決めても意味がありません」

 

 三崎が啓介を見る。

 

「そもそも、そのカードまだ作れてないだろ」

「……ですよね」

 

 相馬がExcelへ注記を追加した。

 

【適用範囲限定価格】

 

 本価格は、現時点で短期的な有効性を確認している《局所悪性腫瘍の除去》を、現在と同等の条件を満たす局所単発早期胃癌へ供給する場合に限る。

 

 さらに。

 

【対象癌種、病期、必要マナ、代替治療の有無、供給能力に変化が生じた場合は再算定する】

 

 価格については、これで決まった。

 

 相馬が続ける。

 

「あと、値段が決まったからって、明日から毎日癌カードを作るわけじゃないからな」

 

「分かってるよ」

 

 現状はまだ検証段階。

 

 医療向けへ何枚の外部固定化枠を回すかは、候補症例、追跡結果、医療側の受け入れ状況を見ながら個別に判断する。

 

 毎日連続で癌カードを作るような運用にはしない。

 

 啓介が少し考える。

 

「じゃあ、年間何枚っていうのもまだ決めない?」

「ああ」

「ノルマも?」

「作らない」

 

 相馬が答えた。

 

「必要な患者がいて、医療側が使うと判断して、お前の供給枠にも余裕がある。その時に作る」

 

 啓介は頷いた。

 

 これなら、毎朝起きるたびに「今日も癌カード一枚」という生活にはならない。

 

 久世が、今日決まった内容を確認する。

 

 《局所悪性腫瘍の除去》

 

 現行適応条件での外部カード供給対価。

 

 三百万円。

 

 患者への直接販売なし。

 医療費は別。

 現在の検証段階では、カード供給費は公的な検証費用から負担する方向。

 価格は適用範囲と供給能力が変われば再算定。

 

 全員から、大きな異論は出なかった。

 

 啓介が、改めて画面を見る。

 

「……じゃあ、本当に三百万なんだな」

 

 一枚の魔法カードに、初めて具体的な社会的価格が付いた。

 

 啓介が、ふと思いついて聞く。

 

「カードに値札のシール貼るの?」

 

 相馬が即答した。

 

「貼らねえよ」

 

 三崎が笑った。

 

 だが、金額が決まったことで、旧校舎で工事中の保管区画にも具体的な会計上の意味が生まれる。

 

 一枚紛失する。

 

 それは三百万円相当の供給資源を失うだけではない。

 

 その日に使った七マナ。

 その日の外部固定化枠。

 そして、本来医療へ回るはずだった一枚。

 

 それらも同時に失う。

 

 相馬が最後に念を押した。

 

「三百万は、市場価格じゃないぞ」

 

 オークションに出せば、もっと高い金を出す人間はいるかもしれない。

 

 でも、

 

『一番高く払う人間へ売る』

 

 という値段ではない。

 

 現在の医療運用の中で、継続してカードを供給するために設定した暫定価格だ。

 

 会議が終了した。

 

 久世、藤堂、桐生、三崎が先に帰る。

 

 旧職員室には、啓介と相馬だけが残った。

 

 啓介は、机の上の資料を見ながら呟く。

 

「三百万、か……」

 

 相馬が椅子へ座り直した。

 

「まだ高いと思う?」

 

 啓介は少し考えた。

 

「最初は高いと思った。でも」

 

「でも?」

 

「病変を切り取らなくて済むって考えると……正直、俺には値段の感覚がもう分からない」

 

 相馬が頷いた。

 

「それでいい」

 

 PCを閉じる。

 

「いいか、門倉。価格ってのは、『魔法がどれだけ派手か』につけるもんじゃない」

 

 啓介が相馬を見る。

 

「代わりに、何をしなくて済むようになるか。そこに金が付くんだよ」

 

 夜。

 

 マンションへ帰宅した。

 

 玄関を開けると、アカネが「あぎゃ」と出迎えてくれた。

 

 啓介はリビングのソファへ座り、ノートを開いた。

 

 《癌治療カード価格》

 

 ・三百万円/枚。

 

 その下。

 

『現在実証済みの早期胃癌条件に限る』

 

 さらに。

 

『現行カードで対象外となる癌については別途算定。現時点では対応カードそのものが未成立』

 

 啓介は、ペンを持ったまま少し考えた。

 

 転移癌。

 手術不能癌。

 大きな臓器切除が必要になる癌。

 

 もし、それらまで安全に取り除けるカードを作れたら。

 

 三千万。

 一億。

 

 あるいは、それ以上。

 

 啓介は、そこでペンを止めた。

 

「……まだ作れてもないカードの値段考えても、しょうがないか」

 

 その時。

 

 アカネがトテトテと近づいてきた。

 

 啓介の膝へ前脚をかけ、そのまま開いたノートへ乗ろうとする。

 

「おい。三百万円の文字の上に乗るな」

 

「あぎゃ?」

 

 アカネは、不思議そうに首を傾げた。

 

 啓介は、小さく笑った。

 

「……いや、お前には一円も関係ない話だよな」

 




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