TCG能力《創世札典》を手に入れた俺、一日一マナから現代社会を攻略する~治療、未来予知、若返り。マナが足りないので山を買います~ 作:パラレル・ゲーマー
土曜日の午前。
啓介は車を走らせ、国から借り受けた《静かな旧校舎》へと向かっていた。
今回は、青梅の山林を巡回した時のような泥臭い作業着ではなく、ごく普通のカジュアルな服装だ。
そして助手席には、いつものキャリーケースはない。アカネはマンションで留守番である。
今日この廃校で行われるのは、新たに完成した『外部カード保管区画』の初回正式運用と、それに伴うカードの製造と保管だった。
また、今回は相馬も三崎も来ていない。
カードの価格や医療側の運用方針は、すでに決まっている。医学的な適応判断も、病院側にいる桐生が済ませていた。
今日は、必要な人間だけで手順を回す。
旧校舎の正門に到着する。
車を停めると、警備詰所から制服姿の警備員が出てきた。
「おはようございます。門倉様ですね」
「はい、おはようございます」
啓介は、手慣れた動作でダッシュボードから身分証を取り出し、提示した。
警備員がタブレット端末と照合し、確認を済ませる。
「入館確認いたしました。お通りください」
啓介は、ゆっくりと車を敷地内へ進めながら、誰もいない助手席へ向かって独り言のように呟いた。
「……俺が管理してる土地のはずなのに、俺自身が一番自由に出入りできない気がするな」
別に不満があるわけではない。
むしろ、今日からここへ実物の外部カードを置く以上、このくらいでちょうどいい。
車を停め、旧職員室へ向かう。
そこには、藤堂と、今日から保管業務を担当する政府側の職員が二名、すでに待っていた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
藤堂が短く応じた。
「完成したぞ」
啓介は首を傾げる。
「何がですか?」
「保管庫だ」
藤堂に案内され、四人は一階の廊下を奥へ進んだ。
以前来た時には、養生シートが張られ、作業員の工具の音が響いていた区画だ。
今日はもう、養生も工具もない。
藤堂が立ち止まった部屋の前に、真新しい扉が設置されていた。
啓介は、その扉を見て少しだけ拍子抜けした。
「……なんか、思ったより普通ですね」
藤堂が振り返る。
「何を期待してたんだ?」
「銀行の地下金庫みたいな、ダイヤルが何個もついた分厚いやつとか」
「カード一枚を保管するために地下を掘る気か」
見た目だけなら、少し頑丈な企業のサーバールームか資料室に近い。
だが、扉は防盗・防火を前提とした強化仕様。
壁も補強済み。
廊下には監視カメラ。
扉の横には入退室管理端末。
火災検知設備と非常電源も用意されている。
「じゃあ、入るぞ」
藤堂に促され、啓介は扉の前へ進んだ。
先日、啓介のスマートフォンにも入館証用の認証が設定され、生体認証も登録されている。
今日から、啓介自身も保管区画の認可者だ。
啓介は端末へ顔を向け、スマートフォンをかざした。
ピッ。
認証成功。
そのままドアノブを引いた。
開かない。
啓介はもう一度引いた。
やはり動かない。
「……開かないんですけど。エラーですか?」
藤堂がため息をつく。
「一人じゃ開かないようにしてある」
保管区画への入室には、認可された二名の確認が必要だった。
啓介が顔をしかめる。
「俺が、そのカードを作る本人なのにですか?」
「お前一人でいつでも開けられたら、二人確認にした意味がないだろ」
「……それはそうですけど」
藤堂が保管担当職員へ視線を向ける。
「次」
「はい」
職員が端末へ顔を向け、ICカードをかざした。
ピッ。
ガチャン。
重いラッチが外れる音がした。
「よし、開いた」
啓介がドアノブへ手を伸ばそうとしたところで、藤堂がポケットから物理鍵を取り出した。
カチリ。
啓介が顔を引きつらせる。
「……まだ鍵あるんですか?」
「電子系統が死んだ時のためだ」
「念入りだなあ……」
ようやく扉が開いた。
四人は保管庫の中へ入る。
中は空調が効いていた。
そして。
「……広いな」
壁沿いには、金属製の個別保管キャビネットが並んでいる。
中央には記録用端末を置く小さなデスク。
啓介は、室内を見回した。
「中身、完全にゼロだけど」
本当に何も入っていない。
藤堂が一番手前のキャビネットを指した。
「今日、そこに一枚目が入る」
小さな引き出し。
識別プレート。
『A-01』
啓介は、これから作るカードの大きさを思い浮かべた。
「……今日、この部屋の何割くらい使います?」
藤堂が真顔で答える。
「体積なら、ほぼゼロだな」
「三百万円のカード一枚のために?」
「将来一枚で終わる前提の設備じゃない」
四人は保管室を出て、旧職員室へ戻った。
ここからが啓介の仕事だ。
デスクへ座り、《創世札典》を呼び出す。
藤堂が、病院側の状況を確認する。
「桐生先生のところで、第三症例の適応確認は終わっている」
条件は、これまでと同じ。
病理診断済み。
単発の早期胃癌。
病変位置は明確。
転移所見なし。
標準治療としてESDが可能。
患者本人への説明と同意も済んでいる。
啓介が確認する。
「前と同じ条件ですね」
「意図的にな」
まだ対象を広げる段階ではない。
同じ条件で症例を積む。
啓介はバインダーを開き、現在のマナを確認した。
任意2。
生命1。
知識2。
物資1。
生命または物資1。
境界1。
合計8。
これから作る《局所悪性腫瘍の除去》の外部カード。
生命3。
知識2。
境界1。
外部固定化に任意1。
合計7。
生命は、《生命樹の苗床》から1。
《名もなき雑木地》から生命1。
任意1を生命へ。
知識2は、《思索の計数盤》と《静かな旧校舎》。
境界1は、《アカネの守り巣》。
残った任意1を外部固定化へ回す。
使用後に残るのは、《小さな工房箱》の物資1だけ。
啓介はバインダーを見ながら呟いた。
「……本当に七マナ綺麗に持っていかれるな」
「だから気軽に量産するなと言ってる」
啓介は、小さく息を整えた。
「《局所悪性腫瘍の除去》を、他者使用可能な実体カードとして外部固定化」
生命の緑。
知識の青。
境界の紫。
三色の光がページから立ち上がり、啓介の手のひらへ集まった。
数秒後。
一枚の物理カードが残る。
外部固定化カードを作ること自体は、もう初めてではない。
《衣服の身だしなみ》を使った基礎試験も、二例目の癌治療用カードも経験している。
だが。
正式な保管台帳へ登録し、保管・搬送の手順に乗せるカードとしては、これが最初だった。
啓介は手元のカードを見つめる。
「……こうやって見ると、本当に普通のカードなんだけどな」
藤堂が、小さな透明の硬質ケースをデスクへ置いた。
啓介が見る。
ケース外側のラベルには、すでに管理情報を記入する欄が作られていた。
カード本体には、何も貼らない。
管理番号もバーコードも、すべてケース側で管理する。
啓介がカードをケースへ入れた。
パチン。
蓋を閉じる。
藤堂が、ケースの合わせ目へ改ざん確認用の封緘シールを貼った。
担当職員二名が番号を確認する。
「管理番号、C-0001」
「C-0001、確認」
ラベルが完成する。
【管理番号:C-0001】
【種別:医療用外部固定化カード】
【供給対価:3,000,000円】
【状態:未使用】
啓介はラベルを見て、顔を引きつらせた。
「カードには値段書いてないのに、ケースには思いっきり三百万円って書いてある……」
藤堂が答える。
「管理上必要だからな」
職員が電子記録へ入力していく。
・製造日時
・製造者:門倉啓介
・カード種別:《局所悪性腫瘍の除去》
・管理番号:C-0001
・予定使用先:指定医療機関
・予定使用日:月曜日
・保管場所:旧校舎・A-01
・状態:【保管待ち】
啓介は画面を見ながら呟いた。
「……俺、魔法使いっていうより工場の製造担当みたいになってない?」
藤堂が即答した。
「お前は製造担当だろ」
「そこは、ちょっとくらい否定してほしかったんですけど」
啓介は記録画面を見ていて気づいた。
「あれ? 患者さんの名前は入ってないんですね」
表示されているのは、使用予定先と予定日まで。
藤堂が答える。
「保管と搬送をする人間に、患者の氏名や病歴は必要ない」
「なるほど」
カードを使う患者の医療情報は、医療側で管理する。
保管側は、指定されたカードを指定された医療機関へ正しく届ければいい。
「よし。保管庫へ移すぞ」
四人は再び廊下へ出た。
先ほどと同じ。
二人認証。
電子ロック解除。
物理鍵。
扉が開く。
四人で中へ入る。
監視カメラが記録している。
ケースを持つのは啓介。
藤堂がA-01を開けた。
啓介は、封緘されたケースを小さな引き出しへ置く。
引き出しを閉める。
施錠。
担当職員がタブレットへ入力する。
『状態:【保管中】へ変更』
啓介は、空になった自分の手を見る。
「……終わり?」
「終わりだ」
「これだけ認証して鍵開けてカメラに記録されて、やったことカード一枚を棚に入れただけですよ」
「そうだ」
啓介は保管庫を見回した。
並ぶキャビネット。
ほぼ全部空。
A-01だけに、小さなケースが一つ。
「……写真で見たら、すごいシュールだろうな」
藤堂が即座に言う。
「撮るなよ」
「あ、はい」
担当職員が、現在庫の画面を表示する。
【現在の保管中在庫:1】
啓介が、その数字を見る。
「……一」
「一だ」
「本当に、この一枚のためにここまで?」
「一枚目を机の引き出しで管理する組織が、在庫百枚になった途端にまともな管理を始められると思うか?」
啓介は少し黙った。
それから、もう一つ聞く。
「これって、三百万円だからここまで厳重なんですか?」
藤堂は首を横に振った。
「それだけじゃない」
A-01を指す。
「仮にあのカードの価格が十万円でも、同じ程度の管理は必要だ」
「何でです?」
「現金三百万円なら、盗まれても最悪、同額を補填すれば帳簿上は戻せる」
藤堂は続ける。
「でも、あのカードを今日なくしたら、お前は代わりをもう一枚作れない」
啓介の表情が変わった。
「外部固定化枠をもう使ってるから……」
「ああ」
月曜日に予定されている患者への提供も、その時点で一件飛ぶ。
啓介はA-01を見る。
「……なるほど。それなら、三百万円の現金より面倒ですね」
「そういうことだ」
保管作業を終え、四人は退出した。
扉が閉じる。
施錠。
旧職員室へ戻った啓介は、《創世札典》で外部カードのおおよその位置を確認した。
反応は旧校舎の敷地内。
それだけだ。
「旧校舎にあることまでは分かる」
藤堂が頷く。
「細かい位置はこっちの管理記録で追う」
啓介はバインダーを閉じた。
その日の夜。
マンションへ帰宅。
アカネは、啓介を見ると「あぎゃ」と鳴き、その後いつもの古いパーカーへ戻って丸くなった。
啓介は、藤堂から送られてきた管理記録をスマートフォンで見る。
『管理番号:C-0001』
『状態:保管中』
啓介は、ソファへ背中を預けた。
「……俺の魔法が、初めて『在庫』になったな」
日曜日。
啓介は普通に休日を過ごした。
旧校舎のA-01には、C-0001が保管されたままだった。
そして。
月曜日の朝。
旧校舎の保管区画。
啓介も藤堂もいない。
認可された担当職員が二名、保管庫の前へ立つ。
二人の認証。
電子ロック解除。
物理鍵。
A-01を開ける。
ケースを取り出す。
封緘シールに異常なし。
ケース破損なし。
管理番号一致。
「C-0001、確認」
「確認」
担当者が搬出処理を行う。
行政側の管理システム上で表示が変わった。
『状態:保管中 → 【搬送中】』
ケースは、さらに施錠できる搬送用ケースへ収納される。
指定された担当者が受領。
そのまま医療機関へ向かった。
その頃、啓介はいつものシステム会社にいた。
午前九時前。
スマートフォンが短く震える。
『C-0001、旧校舎より搬出完了』
啓介は画面を見る。
「おお……本当に、俺がいなくても出ていったな」
そしてスマートフォンを伏せ、目の前の仕事へ戻った。
午前十時半過ぎ。
指定医療機関。
搬送担当者が、桐生のいる医療チームへケースを持ち込んだ。
管理番号。
C-0001。
封緘異常なし。
桐生が受領確認を行い、電子署名する。
行政側の管理システム上で状態が変わる。
『状態:搬送中 → 【医療機関受領】』
処置室。
第三症例となる患者の状態確認と、病変位置の再確認はすでに済んでいた。
桐生が封緘を開ける。
透明ケースからカードを取り出す。
《局所悪性腫瘍の除去》。
桐生はカードを保持し、落ち着いた声で言った。
「《局所悪性腫瘍の除去》、使用」
魔法が発動する。
生命の緑。
知識の青。
境界の紫。
三色の光が患者へ流れ込む。
数秒。
桐生の手にあったカードが、光の粒子となって消えた。
直後の内視鏡確認。
指定病変は見えない。
明らかな出血なし。
急性の異常所見なし。
サポートに入っていた医療担当者が、空になった透明ケースを確認する。
驚くことなく、タブレットへ入力した。
「対象物消費。使用済み、確認しました」
処置室には、C-0001のラベルが残る空のケースだけが残った。
病院側から、行政の管理システムへ使用報告が送られる。
『管理番号:C-0001』
『状態:【使用済み/消費】』
C-0001そのものの管理履歴は、そのまま保存される。
製造日時。
保管日時。
搬出。
搬送。
病院受領。
使用。
すべて記録に残る。
現在庫からだけ、C-0001が外れる。
旧校舎の管理端末。
【現在の保管中在庫:0】
夕方。
啓介のスマートフォンへ、藤堂から報告が届いた。
『C-0001、使用完了。短期的な内視鏡所見はこれまでと同様。保管・搬送手順上の異常なし』
啓介は帰宅途中、その文面を見る。
返信。
『……もう保管庫の在庫ゼロ?』
少しして返ってくる。
『ゼロだ』
『あんな厳重な保管庫作って、一枚だけ入れて、二日後にはまた空っぽじゃん』
藤堂から返事。
『それが、正常運用だ』
啓介は、その短い文章を見て少し笑った。
しばらくして、相馬からもメッセージが来た。
『初在庫、もう売れた?』
啓介。
『売ってない。医療資源として使った』
『三百万円相当が二日で消費か。回転率いいな』
『だから商売の言い方するな』
夜。
マンションのリビング。
アカネは、いつもの古いパーカーの上で眠っていた。
啓介はノートを開く。
《外部カード正式保管運用・初回》
・製造:成功。
・保管:成功。
・搬出:成功。
・病院受領:成功。
・使用:成功。
・紛失:なし。
・盗難:なし。
・封緘異常:なし。
・管理履歴:保存。
啓介は、最後に一行加えた。
『現在庫:0枚』
「……在庫ゼロ、か」
アカネの頭を軽く撫でる。
「三百万円のカード、あの立派な保管庫に二日しかいなかったぞ」
「あぎゃ?」
寝ぼけた声。
啓介は少し笑った。
「まあ、飾るために作ったんじゃない。使うためなんだから、それで正しいんだけどな」
ノートへ視線を戻す。
『現在庫:0枚』
「……正常運用なんだけど、やっぱり何か、もったいなく見えるな」
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