TCG能力《創世札典》を手に入れた俺、一日一マナから現代社会を攻略する~治療、未来予知、若返り。マナが足りないので山を買います~ 作:パラレル・ゲーマー
平日の夜。
啓介は会社での残業を終え、マンションの自室に帰宅した。
ソファの上では、アカネがいつものように啓介の古いパーカーの上で丸くなって寝息を立てていた。
啓介が簡単な夕食を済ませ、シャワーを浴びて一息ついた頃。
スマートフォンのLINEの通知音が鳴った。
藤堂からだった。
『旧農業試験施設の貸付条件が、まとまった』
啓介は、画面を見て少しだけ目を丸くした。
「……なんか、早くないですか?」
すぐに返信が来る。
『先日お前が現地確認まで済ませている。国の権利関係も、事前にすべて整理済みだ。細かい条件を詰めるだけなら、無駄に長引かせる理由がない』
確かにその通りだった。
今回は、旧校舎の時のように、条件に合う国有地そのものを探すところから始めたわけではない。
行政側が、すでに『国の権利関係が整理されている』『業者委託が容易』『アクセスが良好』『境界が明確』という条件で絞り込んだ候補地の中から提示してきた物件だ。
現地確認まで終わっている以上、残っているのは具体的な貸付条件の調整だった。
啓介のタブレット端末に、PDFの資料が送られてきた。
分厚い行政文書の全文とは別に、啓介が確認すべき主要部分をまとめた資料も添付されている。
【基本条件】
・貸付期間:三十年間。
・貸付料:無償。
・土地・施設の所有権:国。
・使用・管理権:契約期間中は門倉側に帰属。
・用途:事前合意した管理・検証用途に限る。第三者への無断転貸は禁止。
・大規模な施設改造、および既存建築物の解体等を行う場合は、国側との事前協議を必須とする。
・日常的な草刈り、清掃、フェンス確認等の維持管理作業は、外部業者への委託を可とする。
・使用しない危険区画の一部は、立入禁止の閉鎖状態を維持すること。
・老朽化した建築物の大規模修繕については、必要に応じて国側と別途協議する。
・門倉は、契約に基づく実態ある管理を継続する。
基本的な枠組みは、第一の国有地である旧校舎の時と近い。
ただし、学校と農業試験施設では建物も設備も違うため、細部まで同一ではない。
啓介は、タブレットの画面を見つめて呟いた。
「……本当に、三十年なんだな」
『旧校舎の時と同じだ』
藤堂からメッセージが入る。
啓介は返信した。
『俺、六十六歳までここ管理するんですか?』
『契約が満了まで継続すれば、そうなるな』
啓介は顔を引きつらせた。
自分が今三十六歳であることを、こういう数字で再確認させられるのは妙な気分だった。
その時。
ソファから起き出してきたアカネが、机の上へ飛び乗った。
そのままタブレットの画面へ前脚を乗せようとする。
「おっと。そこは踏むな」
啓介はタブレットをサッと避けた。
「あぎゃ?」
「三十年契約の確認中だからな。お前に閉じられると困る」
アカネは意味が分からないという顔で首を傾げ、今度はタブレットの横に伏せた。
翌日の夜。
啓介は相馬に資料を共有し、短いオンライン通話で確認を頼んだ。
相馬は一通り資料へ目を通し、画面の向こうで腕を組んだ。
「ざっと見たけど、変な条件はないな」
「俺も一通り読んだけど、特に引っかかるところはなかった」
「ただし、門倉。『国の土地を三十年間タダで借りられる』ってところだけ見て、得した気分にはなるなよ。土地を管理する以上、責任もコストもついてくる」
「ああ。それは分かってる」
相馬は資料をスクロールした。
「草刈りも清掃も設備点検も、必要に応じて業者へ出せる。ここは大事だな」
「俺もそこは確認した」
「もし、あの試験圃場全部の草刈りから、排水路の掃除まで、お前が休日に一人でやる契約だったら、俺が全力でサインを止めてる」
「俺も自分で止めるよ。そんなの本業と両立できない」
相馬が笑った。
「そういうことだ。お前がやるのは管理だ。全部の現場作業を自分でやることじゃない」
啓介には、システム会社での本業がある。
管理する土地が増えるたびに、自分で草を刈り、自分でフェンスを直し、自分で排水設備まで点検していたら、いずれ時間が足りなくなる。
専門業者に任せられる作業は任せる。
その結果を確認し、必要な判断を下す。
現地へ行く必要がある時には、自分で足を運ぶ。
「土地が増えても、この形ならまだ回せそうだな」
啓介が言うと、相馬も頷いた。
「少なくとも、土地一個増えるたびに休日が一日ずつ消えるような設計じゃない。それならいい」
数日後。
土曜日。
場所は、《静かな旧校舎》の管理事務室。
すでに魔法関連の実務拠点として使われているこの部屋で、正式な契約手続きが行われることになった。
出席者は、啓介、藤堂、そして行政側の実務担当者が数名。
相馬や三崎は来ていない。
土地の貸付契約のたびに、全員が集まる必要はなかった。
契約書の主要部分が、最終確認として読み上げられる。
資料も事前に確認済みだ。
啓介は最後まで内容を確かめ、書類へ署名し、実印を押した。
行政側も必要な処理を済ませる。
藤堂が書類を確認した。
「よし。これで、貸付契約は正式に発効した」
啓介は小さく頷いた。
これで、旧農業試験施設を使用し、管理する法的な権限を正式に得た。
ただし、今日の予定はここで終わりではない。
契約手続きを終えた啓介たちは、そのまま車で旧農業試験施設へ向かった。
アカネも、いつものキャリーケースに入って同行している。
二度目の、旧農業試験施設。
錆びの浮いたゲート。
低い平屋の管理棟。
一部に損傷の残る旧温室。
区画整理された試験圃場の跡。
トラクターが走っていた作業道。
前に一度見て回っているため、今回は施設そのものの説明を受ける必要はなかった。
違うのは、啓介の立場だ。
前に来た時は、候補地を見に来た見学者だった。
今日は違う。
藤堂から、管理棟やゲートの鍵。
既存施設の管理書類。
緊急連絡先。
今後利用する予定の業者に関する資料。
それらを正式に引き継ぐ。
二人で敷地内を回り、ゲート、フェンス、管理棟、閉鎖されている温室、給排水設備などに、前回から大きな異常がないことを確認していく。
途中。
啓介は安全を確認してからキャリーケースを開けた。
アカネが外へ出て、土の地面をトテトテと歩き始める。
少し走り。
ぱたぱたと低く飛び。
また地面へ降りる。
風が吹いた。
乾いた枯れ葉が一枚、作業道の上をコロコロと転がっていく。
アカネがそれを見つけた。
トテトテと追いかけ。
前脚で、ぱしっ、と押さえる。
啓介はその姿を見て、少し笑った。
「……お前、それ、前に来た時もやってたな」
「あぎゃ」
アカネは前脚の下の枯れ葉を鼻先でつついた。
一通りの確認を終え、管理棟の前へ戻る。
藤堂が手元の資料を確認した。
「契約発効済み。鍵の引き渡し完了。現地状態の確認も完了」
そして、啓介を見た。
「本日から、ここは正式に門倉啓介の管理地として扱う」
啓介は、小さく息を吐いた。
青梅の《名もなき雑木地》。
第一の国有地、《静かな旧校舎》。
そして、今日。
二つ目の国有地が、自分の管理下に加わった。
啓介は周囲を確認した。
近くにいるのは藤堂だけ。
右手を空中へ翳し、《創世札典》を呼び出した。
前にここへ来た時。
啓介には、この土地を使う権利も、管理する権利もなかった。
だから、土地カードとして確定させることもしなかった。
今は違う。
バインダーを開く。
土地カードのページに、新しい候補が浮かび上がった。
《眠れる試験圃場》
土地・旧農業試験施設・借用地
【日次起動】
生命マナ1点を得る。
【権利連動】
対象地に対する正当な使用・管理権限を失った場合、このカードは消滅する。
【実地管理】
対象地を管理する意思および実態が長期間失われた場合、日次起動を停止する。
必要マナ。
0。
啓介は、カードの内容を一通り確認した。
そして。
「《眠れる試験圃場》、定着」
カードが、土地のページへ静かに収まった。
目の前の農業試験施設そのものには、何の変化もない。
温室が直るわけでもない。
土から突然作物が芽吹くわけでもない。
システム上、この場所と啓介との関係が正式に結びついただけだ。
視界へ表示が流れる。
『土地カードの定着が完了しました』
『次回の日次更新より起動可能です』
啓介は表示を見た。
「……明日の午前零時から、か」
「何がだ?」
藤堂が聞く。
「この土地からマナが出るのは、次の日次更新からです」
「前の山林と同じか」
「同じですね」
啓介はもう一度、カードへ目を落とした。
「……生命、か」
藤堂もカードの内容そのものは見えないが、啓介の言葉から察した。
「生命だったか」
「はい。……生命でしたね」
前にこの場所を見に来た時。
相馬が言っていた。
『農業試験場なら、いかにも生命のマナが出そうな土地じゃないか?』
その時、啓介はそんな単純な話ではないと止めた。
結果だけ見れば、相馬の予想通りだった。
「……後で相馬に報告したら、絶対に『ほら見ろ』って言われるな」
「目に浮かぶな」
啓介は苦笑した。
もっとも、これだけで農業施設なら必ず生命マナになると決めつけるつもりはない。
この土地では、生命1になった。
今分かるのは、それだけだ。
啓介は《創世札典》のページをめくった。
現在の日次マナは8。
今日の分については何も変わっていない。
新しい土地カードが起動するのは、次の午前零時からだ。
だが、明日からの構成なら確認できる。
《借宿》:任意1。
《五彩の魔石》:任意1。
《生命樹の苗床》:生命1。
《思索の計数盤》:知識1。
《小さな工房箱》:物資1。
《名もなき雑木地》:生命1または物資1。
《アカネの守り巣》:境界1。
《静かな旧校舎》:知識1。
そして。
《眠れる試験圃場》:生命1。
次回更新後。
任意2。
生命2。
知識2。
物資1。
生命または物資1。
境界1。
合計、9マナ。
啓介は、その構成をしばらく眺めた。
そして、現在もっとも重い外部カードへ目を移す。
《局所悪性腫瘍の除去》。
生命3。
知識2。
境界1。
通常で6マナ。
外部固定化する場合は、さらに任意1。
合計7マナ。
今までは生命3を揃えるために、《生命樹の苗床》から生命1、《名もなき雑木地》から生命1、そして任意マナを生命へ1。
そこへ外部固定化の任意1を加えるため、一日に二つある任意マナを両方使っていた。
残るのは物資1。
明日からは違う。
生命3を、《生命樹の苗床》《名もなき雑木地》《眠れる試験圃場》だけで揃えられる。
知識2。
境界1。
外部固定化に任意1。
七マナ。
そこまで組んで。
啓介が小さく声を漏らした。
「……あ」
藤堂が顔を向けた。
「どうした」
「明日からなら、癌カードを一枚作った日にも、任意マナが一個残る」
今までなら消えていた自由枠が、一つ残る。
さらに物資1も残る。
啓介は、もう一度支払いの組み合わせを確認した。
間違いない。
「土地一個で、結構変わるな……」
夕方。
マンションへ戻った啓介は、相馬と藤堂を交えたグループ通話を繋いでいた。
土地カードの結果を伝える。
相馬の反応は予想通りだった。
「ほら見ろ! 俺の言った通り、生命だっただろ!」
「だから違うって。今回の農業試験施設が生命だっただけだ。農業施設なら全部生命になるって決まったわけじゃない」
「結果は生命だった」
「そこだけ拾うなよ」
相馬が笑った。
「まあいい。それより、たった一マナ増えるだけでも結構変わるんだな」
「色がちょうど生命だったからな。明日からは癌カードを外部固定化しても、任意1と物資1が残る」
「じゃあ、この調子でもっと土地増やせよ」
「軽く言うな。管理するのは俺なんだからな」
「でも今回みたいに、現場作業は外へ出せるんだろ?」
「まあ、それはそうだけど」
啓介は、通話画面の藤堂へ話を振った。
「そういえば、三件目についてですけど」
「何だ」
「前に、二件目を実際に管理してみて、俺の負担を見てからって言ってましたよね」
「ああ。方針は変えていない」
藤堂は即答した。
「明日にでも三件目をお前へ押しつけるつもりはない。まず、この土地の管理を一度回す」
最初の業者を入れる。
管理記録を作る。
必要な巡回を行う。
異常が出た場合の連絡経路も実際に動かしてみる。
「それで、お前の負担が想定の範囲内に収まっていると確認できれば、次へ進む」
啓介が少し考える。
「……思ってたより早そうですね」
「半年も一年も眺め続ける必要はない。確認したいのは、管理地が一つ増えたことで、お前の生活が破綻しないかどうかだ」
相馬が横から口を挟む。
「毎週、お前自身が草刈りに行ってたらアウト」
「行かないよ」
「業者へ出して、報告を確認して、必要な時だけ現場へ行くなら?」
藤堂が答えた。
「今のところ、その運用を想定している」
第一の国有地だった旧校舎では、国側にも前例がなかった。
借用した国有地でも土地カードになるのか。
どの程度の期間の使用権が必要なのか。
管理をどこまで啓介本人が行う必要があるのか。
国側と啓介側で、どの作業を分担するのか。
一つずつ確認しながら形を作った。
今回は、その枠組みを基礎にできた。
土地の種類が変わったため個別調整は必要だったが、最初からすべてを作り直す必要はなかった。
藤堂が言う。
「三件目についても、行政内部で候補の整理だけは進める」
「もうですか?」
「お前へ提示する前の作業まで止める理由はない」
「国側、完全にマナ増産する気になってますよね?」
「今さら何を言っている」
相馬が吹き出した。
「そりゃそうだろ。一日一個、永久に資源が増える土地があるんだから」
「永久かどうかは分からないし、ちゃんと管理しないと止まるけどな」
「だったら管理すればいい」
「簡単に言うなあ……」
夜。
アカネは、いつもの古いパーカーの中へ潜り込んで寝ている。
啓介はデスクでノートを開いた。
【第二国有地】
旧農業試験施設。
三十年間無償貸付契約:成立。
管理権引継ぎ:完了。
土地カード:《眠れる試験圃場》。
【日次起動】生命1。
次回日次更新より起動。
啓介は、その下へ書き足した。
【次回更新後】
一日使用可能マナ:9。
そして。
その日の午前零時。
スマートフォンの時計が日付を跨いだ。
昨日まで残っていたマナが消え、新しい一日分のマナが供給される。
啓介は《創世札典》を開いた。
土地のページ。
《眠れる試験圃場》が、初めて起動可能になっている。
《借宿》:任意1。
《五彩の魔石》:任意1。
《生命樹の苗床》:生命1。
《思索の計数盤》:知識1。
《小さな工房箱》:物資1。
《名もなき雑木地》:生命または物資1。
《アカネの守り巣》:境界1。
《静かな旧校舎》:知識1。
《眠れる試験圃場》:生命1。
合計。
9マナ。
啓介は、ノートの記録を書き換えた。
『一日使用可能マナ:9』
あの日、一マナから始まった。
今では、九マナ。
スマートフォンの画面が光った。
こんな時間なので何事かと思って確認すると、藤堂からのメッセージだった。
『第三候補地の、内部での選定作業を再開した』
啓介は、その短い文章を見て小さく息を吐いた。
「……もう探し始めてるじゃないですか」
ソファの方を見る。
通知音で起きたのか、古いパーカーの隙間からアカネが顔を出した。
「あぎゃ?」
「いや、お前に言っても仕方ないけどさ」
啓介は苦笑して。
ノートに書かれた『9』の数字を、もう一度見た。
「……次は、十、か」
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