TCG能力《創世札典》を手に入れた俺、一日一マナから現代社会を攻略する~治療、未来予知、若返り。マナが足りないので山を買います~ 作:パラレル・ゲーマー
日曜日の昼。
《静かな旧校舎》の管理事務室として稼働している旧職員室に、啓介、三崎、相馬、そして藤堂の四人が集まっていた。
昨日、啓介が二つ目の国有地である『旧農業試験施設』を正式に管理下に収め、《眠れる試験圃場》という土地カードがシステムに登録された。
そして昨夜の深夜零時。その新しい土地カードが初起動し、啓介の一日のマナ供給量は、正式に「9」へと増えていた。
今日は、国家の命運を左右する重い会議でもなければ、医療の極秘検証でもない。
「マナの総量が9まで増えたから、ここで一回、今の魔法の使い道(ポートフォリオ)をちゃんと整理しておこう」
という、実務が半分、ただの興味が半分という緩い集まりだった。
(アカネも、今日は一緒に連れてきていた。部屋の隅で、持参した木製リングを前脚でコロコロと転がして遊んでいる)。
相馬が、ホワイトボードの前に立って大きく数字を書いた。
「ついに、九マナか」
三崎が、少し感慨深げに言う。
「俺が初めてお前の能力を見せられた時でも、三マナだったよな。それがもう九か」
啓介は苦笑した。
「まあ、総量の数字だけを見ればな」
藤堂が、その言い方に少しだけ引っかかった。
「数字だけ? どういうことだ」
啓介が、ホワイトボードに現在のマナの正確な内訳を書き込んだ。
【現在の日次マナ】
・任意:2
・生命:2
・知識:2
・物資:1
・生命 または 物資:1
・境界:1
合計:9
啓介が説明する。
「単純に9マナあるからといって、『9マナ以下のコストの魔法なら何でも好きに撃てる』ってわけじゃないんです。……前から言ってる『色拘束』の問題があるから」
藤堂も、このシステムの厄介さはすでに理解している。
以前、「国家予算の総額が百兆円あっても、使途が限定された特定財源の枠が足りなければ、好きな事業には使えないのと同じだ」と理解を示した通りだ。
相馬が、本題に入った。
「じゃあ、この9マナの構成で。今、実際に何がどこまでできるんだ?」
ここから、既存カードの棚卸し(レビュー)が始まった。
まずは、現在の最大の実用品であり、最もコストの重いカード。
《局所悪性腫瘍の除去》。(癌カード)。
通常発動に、生命3、知識2、境界1。
外部の医療者でも使えるようにする『外部固定化』のオプションで、任意1が追加される。
合計、7マナ。
今の9マナ構成なら、こう支払う。
・生命3枠 = 《生命樹の苗床》1 + 《名もなき雑木地》1 + 《眠れる試験圃場》1。
・知識2枠 = 《思索の計数盤》1 + 《静かな旧校舎》1。
・境界1枠 = 《アカネの守り巣》1。
・外部固定化(任意)1枠 = 任意1。
これで7マナだ。
この支払いを終えて、啓介の手元に残るマナは。
『任意1』と、『物資1』。
相馬が、改めて確認した。
「つまり。七マナも食う癌カードを外部用に一枚作った日にも……お前の手元には、まだ二マナ分の余裕が残るってことだな?」
「そう」
「しかも、一個はどんな色にでも変換できる『任意マナ』」
「そういうこと」
昨日、啓介自身も気づいた。以前なら癌カードを一枚作った日は物資1しか残らなかったが、今なら別の魔法へ回せる余地がある。
次に、《一年若く》(若返り)。
生命3、知識1、境界1。合計5マナ。
総量だけなら、9マナからはかなり余裕を持って支払える。
相馬が言った。「じゃあ、若返りもどんどん――」
「禁止だ」
三崎が即答で切り捨てた。
「俺はまだ何も言ってないぞ!」
「三回目の累積使用なら、禁止だ」
二回目の使用後の追跡調査中なのだから、三回目は絶対に使わせない。マナが増えたことと、医学的な安全性の制約は、全く別の次元の話だ。
次。《古傷の修復》。
生命2、知識1。合計3マナ。
「これなら、今なら呼吸するように簡単に払えるな」と啓介。
だが、相馬の親父(征一)についても、三ヶ月までの長期追跡はまだ続いている。
「マナに余裕ができたからって、新しい古傷の患者を片っ端から集めてきて試す段階じゃないな」
「その認識でいい」三崎が頷いた。
そこで話題は、次のカードへ移った。
《明日の一幕》(未来予知)。
知識1。
以前は、啓介が持っている『固定の知識マナ源』が一つしかなかったため、一日分の知識を丸ごと予知に消費するのは、他の魔法との兼ね合いでそれなりに重い決断だった。
だが今は、旧校舎が知識マナを生むため、固定知識が2ある。しかも任意も2ある。
相馬が言う。「じゃあ、あの予言のSNSアカウントも、前より気軽に回しやすくなってるのか」
「マナの支払いだけならな」啓介が答える。
ただし、《明日のログ》には「観測による干渉」の問題が残っている。予言を見る人間が増えれば、その投稿自体が未来へ影響する可能性がある。
ここで、相馬がTCGプレイヤーらしいことを思い出した。
「そういえば、お前。……昔、一つだけとんでもないカード見つけてなかったか?」
啓介が少し考える。「どれのことだ?」
「ほら、時間を止めるやつ」
「あー、あれか」
《時間停止》。
発動コストは、知識2、境界3、任意1。
合計6マナだ。
相馬が言った。「お前、今九マナあるじゃん。六マナのカードなら撃てるだろ?」
啓介が首を横に振った。
「だから、マナの総量の問題じゃないって言ってるだろ。色を見ろ」
啓介がホワイトボードの『境界:1』という部分を赤ペンで囲った。
「俺が今、確定で出せる境界マナは、あの山にある《アカネの守り巣》からの『1』しかないんだよ」
任意マナ2つを、両方とも境界マナに変換したとしても、境界3。
そうすると、カードの条件にある『追加の任意1』を別途支払うことができなくなる。
逆に、任意を一つ残せば、境界は2までしか届かない。
「つまり。俺の総マナは9まで増えたのに……6マナのカードである《時間停止》は、色拘束のせいでまだ一回も撃てないんだよ」
相馬が天を仰いだ。
「……めっちゃくちゃTCGだな、それ」
「本当にTCGなんだよ」
手札もマナも大量にあるのに、指定された『森』のカードがないから呪文が唱えられない。全く同じもどかしさだった。
ホワイトボードを見ながら、啓介が言った。
「だから、今俺のデッキで一番薄くて足りない色は、『境界』なんだよな」
知識は2ある。生命系は最大3。物資もある。任意も回せる。境界だけが、固定で1つしかないのだ。
三崎が言う。
「なら、次に国から借りる土地が『境界』のマナを出す土地だったら、一番バランスが良さそうだな」
啓介はため息をついた。
「だから、農業試験場の時にも言っただろ。土地の見た目や希望だけでマナの色は決まらないんだよ。『ここは境界が出そうだから借りよう!』なんて都合のいいことはできない」
ここで、相馬が少しだけ声のトーンを変えて、本題へと切り込んだ。
「ところでさ」
「何?」
「お前。総マナが九マナまで増えたのに。……最近ずっと、既存のカード(癌、若返り、古傷)ばっかり使ってないか?」
啓介は、ハッとして言葉に詰まった。
確かに。
能力を手に入れたばかりの初期の頃は、少しでもマナに空きが出れば、バインダーの空白ページを開いて「こんなことはできるか?」「これならどうだ?」と、好奇心に任せて新しいカードを無数に試作(シミュレーション)していた。
だが最近は、癌治療、土地の追加、外部カードの検証、管理制度の構築など、目の前の『現実の運用』に追われすぎていて、必要なカードしか作っていなかった。
三崎が思い出すように言った。
「最初の頃は、お前、休日の暇さえあれば、使えもしない魔法の値段(マナ)ばっかり調べてたよな」
「……そういえば、そうだったな」啓介も認めた。
藤堂が口を挟む。
「新しいカードを『試算(シミュレーション)』するだけなら、マナは一滴も消費しないんだろう?」
「使いません」
「なら、一回やっておけばいい。いざという時の選択肢は多いに越したことはないからな」
ということで、即席の『新カード考案会議』が始まった。
啓介が机の上に《創世札典》のバインダーを開く。
相馬が楽しそうに言った。
「じゃあ、一人一個な」
三崎が呆れる。「何でゲームのアイデア出しみたいになってるんだ」
「こういうのは、ルールを決めた方が早いだろ。……で、まずは医者からだ」
藤堂までが「悪くない」という顔をして腕を組んだ。
三崎が、少し考えてから口を開いた。
「俺から一つ。……『診断』の魔法だ」
啓介が顔をしかめる。「また医療系かよ」
「当たり前だ」三崎が真顔で返す。
「人間の不治の病を消し去る超常的な『治療魔法』が存在しているのに、病気を見つけるための『診断魔法』がほとんどない状態の方が、医学的には異常でおかしいだろ」
啓介は、《創世札典》へ視線を落とした。
三崎の最初の要求。
「『対象一人の身体に現在存在する、すべての病気や異常箇所を、網羅的に調べる』」
啓介がシステムに試算させる。
結果は、当然だが「エラー(超高コスト)」だった。
「駄目だな。重すぎる」
人体全体。まだ発症していない未知の疾患。無症状の微小な炎症。悪性腫瘍。過去の感染症の痕跡。遺伝的なリスク。構造異常。
それらを『すべて』見るというのは、対象範囲が広大すぎて、神の所業に近くなる。
三崎は、医者らしく条件を鋭く絞り込んで(要件定義して)いった。
「なら、対象は一人。調べるのは『医療者が事前に指定した、一つの臓器のみ』。検出するのは『指定した種類の病変(例えば腫瘍など)』のみ」
そして、最も重要な制限。
「魔法で『これは胃癌です』と確定診断まではさせない。異常な細胞の集まりがある『位置(候補)』を、マーキングして示すだけ。病名の最終判断は、魔法に勝手に決めさせず、人間(医師)がやる」
啓介が、その絞り込んだ条件をシステムに入力した。
仮カード例:《指定臓器の異常検出》
システムが試算を弾き出す。
「……いけそうだ」啓介が言った。
コストは、生命1+知識1、あるいは詳細度を上げても生命1+知識2程度に収まる計算になった。
啓介は、その試算結果を三崎へ見せた。
三崎は、満足そうに頷いた。
「いいな。これがあれば、内視鏡で見落とすような微小な病変でも、魔法のサポートで見つけられる可能性がある」
だが、三崎はすぐに釘を刺した。
「ただし。これを本当に人体へ検証として使うなら、俺一人の判断では決めない。桐生先生たち専門家を交えて、もう一度厳密に設計する」
「だな」啓介も同意した。
医療系の魔法を、素人だけで勝手に量産して振り回すようなことはしない。この案は「有力候補」として保留された。
次は、相馬の番だ。
「じゃあ俺」
相馬の口からは、絶対に金になりそうな生臭い話が出た。
「工場の機械で、『壊れてる場所』をピンポイントで教えてくれるカード」
三崎が呆れる。「分かりやすいな、経営者」
「当たり前だろ」相馬が胸を張る。「治す必要すらないんだよ。複雑な機械の『ここが悪い』って原因箇所だけが一瞬で分かれば、あとは人間の技術者が修理できる。これだけでも産業革命レベルの価値がある」
啓介は、バインダーを開いたまま条件を整理した。
啓介が試算する。
最初の要求。『接触している機械一台について、現在の主な故障原因を特定する』。
対象を絞る。非生物。一台のみ。現在発生中の物理的・電気的な機能不良に限る。(設計上の欠陥を直すとか、「もっと性能を上げたい」という願望は対象外)。
仮カード例:《故障箇所の特定》
術式・知識・物資。
試算コスト:知識1+物資1。
相馬が手を叩いた。
「二マナ! めちゃくちゃ安い! これなら普通に毎日でも使えるな!」
「でもお前」啓介が現実を指摘する。「お前の親父の相馬産業の工場でこれ使うってことは、他の従業員の前で魔法を使うってことだぞ。秘匿の問題があるだろ」
「だから、今日は今すぐ使えとは言ってないだろ。将来、こっそり夜中に工場で試す余地を残しておくんだよ」
これも、有力な候補として保存された。
「次。藤堂さんの番」相馬が振る。
藤堂が顔をしかめた。「何で俺までやらなきゃならんのだ」
「さっき、一人一個ってルール決めたんで」
藤堂は、少し腕を組んで考えた後。
ホワイトボードに書かれた、啓介の四つの土地カードのリストを見た。
《借宿》《名もなき雑木地》《静かな旧校舎》《眠れる試験圃場》。
藤堂が言った。
「なら、これだ。……『土地を移動』できないのか?」
啓介が首を傾げた。「……移動?」
藤堂は、ホワイトボードの土地一覧へ視線を戻した。
「今は、お前の土地は全部、東京から車で往復できる範囲にあるから、管理に問題はない」
「はい」
「だが。三件、四件、五件と増やしていくフェーズに入った時。……候補地が、ずっと都合よく東京近郊の県に見つかるとは限らない」
相馬が「ああ」と気づいた声を上げた。
「土地を増やせば増やすほど、お前が『移動』に使う時間的なコストも比例して増えるんだ。土地での草刈りの作業そのものは業者に外注できても、『お前自身が定期的に現地へ行く』という物理的な移動時間だけは、絶対に外注できない」
藤堂が啓介を真っ直ぐに見た。
「お前の魔法は、境界や空間も扱えるんだろ?」
「扱えます」
「だったら、自分の土地から、自分の別の土地へ。……瞬間的に移動できないのか?」
啓介は、少しだけ動きを止めた。
かつてTCGプレイヤーだった頃の思考が、一気に加速する。
(……自分の土地から、土地へ)。
対象を「無関係な世界中のどこか」にするのではない。
すでに《創世札典》とシステム的に強く関連付けられ、マナのパスが繋がっている「土地カード」同士の間だけの移動。
「……それなら」
啓介は呟いた。
「普通の何でもありのテレポート魔法より、システム的な条件(制限)を極限まで狭められるかもしれない」
啓介はバインダーに向かい、まずは雑に要求を投げた。
『俺が好きな場所から、好きな場所へ瞬間移動する』
試算。
当然、とんでもない超高コスト(エラー)が返ってきた。
「そりゃそうだ」相馬が言う。
「じゃあ、限界まで条件を絞るぞ」啓介が宣言した。
一個ずつ、システムに制約を追加していく。
・条件1:出発地は、『自分の有効な土地カードの境界内部』だけに限る。公道、会社、駅、普通の病院などからの発動は不可。
・条件2:到着先も、『自分の有効な土地カードの境界内部』だけに限る。「どこでもドア」ではない。
・条件3:到着地点は、各土地カードにつき『事前登録された一点のみ』とする。土地の中ならどこへでも自由に出られるわけではない。一度自らの足で現地へ行き、安全を確認した場所を「アンカー」として登録する必要がある。
・条件4:使用者は、啓介本人のみ。他人が外部カードとして使うことは不可。
・条件5:同行者なし。他人と手を繋いで一緒に運ぶなどは不可。
・条件6:大量輸送不可。着ている衣服、スマートフォン、財布、鍵、ノートPCなど、普段持ち歩く『通常の日常携行品』程度の質量に限定。家具、建築資材、工具箱を何箱も、台車、車載物の転送は不可。
ここで、啓介は当然の疑問を聞いた。
「システム。……アカネは、一緒に転送できるのか?」
回答。
『同行対象外です』
啓介が食い下がる。「俺の肩に乗せても駄目か?」
『他の生命体を、携行品(荷物)として扱うことはできません』
相馬が笑った。「そこはきっちり弾かれるんだな」
「じゃあ、キャリーケースの中に入れた状態でも?」
『対象外です』
部屋の隅では、アカネ本人がそんな話になっているとは露知らず、一人で木製リングを転がして「あぎゃ」と遊んでいる。
三崎が冷たく言った。
「本人の知らないところで、ペットを荷物扱いして検証するな」
三崎が、安全面から口を挟んだ。
「もし到着地点に、たまたま業者の人間が立ってたらどうなる? 人間と人間が空間的に融合して大惨事になるぞ」
「確かに」
啓介は即座に条件を追加した。
【安全到着条件】登録された到着地点、およびその周囲に、安全に出現できるだけの『十分な物理的空間』が確保されていない場合、発動は不可とする。
壁の中。人の中。荷物で塞がれている。そういった場合は魔法自体が不発となり、飛ばない。マナも消費されない。これで転送事故を完全に防ぐ。
「よし。これで削りきった」
啓介が、システムに最終試算を出させた。
結果が、バインダーに浮かび上がる。
《領地渡り》
術式・境界
必要マナ:境界1・任意1
合計、2マナ。
一瞬、部屋が静まり返った。
啓介が、自分の目線を疑うように呟いた。
「……二マナ?」
相馬が聞く。「それ、安いの?」
「空間を越えるワープ(転移)魔法として考えたら、破格どころの騒ぎじゃないくらい安い」
藤堂が眉をひそめた。「なぜそこまでコストが下がったんだ?」
啓介がシステムへ理由を問い合わせた。
「距離は、コストに全く入っていないのか?」
システムの回答の趣旨はこうだった。
『本術式は、白紙の任意空間への転移ではありません。使用者とすでに継続的に関連づけられている、二つの土地の境界線を一時的に接続するだけの処理です。出発地・到着地ともに、すでに有効な土地カードとしてシステムに登録されているため、目的地の空間探索・座標の指定・権利の判定といった魔法的演算負担が、大幅に省略・限定されます』
つまり。
土地カードそのものが、最初から完璧な『転移のアンカー(座標)』として機能しているのだ。
「だから、ここまで安いのか……」啓介は感心した。
相馬が、距離について深掘りした。
「じゃあ、青梅の山から、この旧校舎へ飛んでも二マナか?」
「そうみたいだな」
「ここ(旧校舎)から、あの農業試験場へ飛んでも?」
「二マナだ」
「じゃあさ。もし門倉が、北海道の原野に土地を持ったら?」
啓介がシステムへ確認する。
地理的距離そのものは、主要な追加コストの要因にはならない。条件を満たした有効な土地カード同士であれば、同額で転移可能だという。
「……北海道からでも、二マナ?」相馬が唖然とする。
「今の仕様のままならな」
藤堂が、少しだけ黙った。
相馬が、さらに先走って聞いた。
「海外は?」
啓介が呆れる。「気が早いよ。聞くなよ」
でも、一応聞いた。
「仮に、俺が海外に正当な条件を満たした有効な土地カードを作れた場合は?」
システムからの回答。
『条件を満たし、システムに登録された領域であれば対象可能です』
啓介は表示を見て言った。「まあ、実際に海外の土地で試したわけじゃないけどな」
藤堂が、低く唸るように言った。
「……これ。もしお前の管理する土地が、全国に散らばって増えていったら。前提が完全に覆るぞ」
だが。
「じゃあ、早く作れよ。便利だろ」と相馬が言った直後。
啓介は、今の状況でのコストを口にした。
「あのさ。これ、作る(カード化する)のはタダだけど、実際に使うたびに二マナ払うんだぞ」
「安いだろ?」
「片道、な」
相馬が「……あ」と声を漏らした。
「行って、帰ってくるなら。往復で四マナだ」
現在、啓介の総マナは9。
もし癌カードの外部固定化で7マナを使えば、残りは2マナ。
同日に、癌カードの製造と、この土地の往復(4マナ)を両方こなすことは、数学的に不可能だ。
しかも。
「今俺が持ってる土地。青梅、旧校舎、農業試験場。……これ、全部普通に車で一時間ちょっとで移動できる距離だろ」
啓介は肩をすくめた。
「今この状況で。旧校舎から農業試験場へ見回りに行くだけのために、貴重なマナを往復四マナも消費して飛ぶか?」
相馬が即答した。
「絶対にやめろ。車で行け」
三崎も頷いた。「俺もそう思う。マナの無駄遣いだ」
藤堂も言う。「異論なしだ」
部屋に笑いが起きた。
さらに、日常の用途として考えても微妙だった。
自宅のマンション(《借宿》)から、この旧校舎へ飛ぶ。片道2マナ。帰宅に2マナ。
毎日の通勤の代わりにこれを使えば、毎日4マナが消えていく。
「普通に電車代かガソリン代払った方が、圧倒的に安いな」啓介が言う。
相馬が真顔で突っ込む。
「癌カード一枚の供給対価が三百万円になってるんだぞ。そんなマナを通勤に燃やすなよ」
「ああ、そうだった……」
実際に患者から直接三百万をふんだくるわけではないが、その「供給対価の重さ」を知っている相馬からすれば、4マナを通勤の足代として燃やすなど、あり得ない無駄遣いだった。
「今は、いらん」藤堂が結論を出した。
「ですよね」
「だが。……そのカードの設計データは、絶対に消すなよ」
啓介は、ホワイトボードの《領地渡り》へ視線を戻した。
今は、東京近郊の車で行ける範囲にしか土地がない。
だが。これが東北、北海道、九州、あるいは離島へと広がっていったら。
飛行機や新幹線で片道数時間かかる移動が。たった『2マナ』で済むのだ。
海外に土地カードができれば、その価値はさらに何十倍にも跳ね上がる。
「今は車で済む。だが、お前の管理地が十件、二十件と全国に増えた時。……このカードの価値は、全く違うものになる」と藤堂。
相馬も同意する。
「飛行機で半日かけて移動する代わりに、二マナ払うだけなら、俺でも普通に払うな」
三崎も医療の観点から言う。
「医療関係でも、お前がどうしても一刻も早く遠方の施設(土地)へ移動して対応しなければならない緊急事態が起きたら、使い道はある」
啓介は頷き、《領地渡り》の設計を正式に確定した。実際に使用するのは保留する。
《領地渡り》
術式・境界
必要マナ:境界1・任意1
効果:使用者が現在存在する有効な土地カードに対応する領域から、別の有効な土地カードに対応する領域へ転移する。
タグ:【土地間限定】【登録到着点】【使用者限定】【携行制限】【単独移動】
啓介は、ホワイトボードの端に『保留リスト』として書き込んだ。
《領地渡り》 2マナ。
現状:使用保留。
再評価条件:遠隔地の管理地取得時、土地数増加時、緊急移動需要発生時。
相馬が、そのリストを見て言った。
「なんか、カードゲームでいうところの、『今の環境だとサイドボード(予備枠)にも入らないカード』みたいだな」
「今の環境だとゴミだけど、将来の環境変化で突然化けて必須級になるタイプのカードだな」
「そっちか」
他の新カード案も整理された。
・《指定臓器の異常検出》系 → 医療専門家を入れて再設計(保留)。
・《故障箇所の特定》 → 相馬産業で将来検証(保留)。
・《領地渡り》 → 正式設計完了。使用保留。
三崎が呆れたように言った。
「一回の会議で、一気にカードの案が増えすぎじゃないか?」
「でも、正式に確定して名前がついたのは、まだ《領地渡り》の一枚だけだぞ」と啓介。
ここで、啓介も一つだけ、TCGプレイヤーとしての「無茶な要望」をシステムに投げたくなった。
全員の案があまりにも実務的すぎたからだ。
「じゃあ、最後に俺からも一つ案を出していいか?」
相馬が聞く。「何だ?」
「今日使わなかった余ったマナを、明日の分に持ち越す(貯金する)魔法」
三人が、無言になった。
「…………」
これができれば、一日というマナの限界の根本が壊れる。
啓介は《マナ繰越(貯蓄)》という概念で試算を投げた。
『今日未使用のマナをシステム内に保存し、翌日以降に追加のコストとして使用する』
システムからの回答は、冷酷だった。
とんでもない超高コスト(エラー)。
あるいは、『1マナを一日保存しておくために、維持コストとして2マナ以上を継続して要求される』という、完全な赤字設定。
啓介は肩を落とした。
「意味ないじゃん、これ」
「当たり前だろ」と藤堂。
相馬も残念そうだ。「なんだよ。一ヶ月くらい使わずに貯め込んでおいて、一気に癌カード十枚連続で作るとか考えてたのに」
三崎が呆れる。「国よりお前らの発想の方がよっぽど怖いよ」
啓介は、《マナ繰越(貯蓄)》の案を保留にした。
夕方。
会議が終了した。
ホワイトボードには、現在の総マナ「9」。三つの新カード候補。
そして、大きく赤字でこう書かれている。
『次のボトルネック:【境界マナ】』
藤堂が、資料を鞄にしまいながら言った。
「第三候補地の色は、事前には選べないんだったな?」
「はい、選べません」啓介が答える。
「なら、我々は条件通りに、お前が管理可能な土地を探すだけだ。もし都合よく境界マナが出る土地だったら、運が良かったと思え」
「それでお願いします」
皆が帰る準備をしている時。
アカネが、ホワイトボードの下に転がっていた赤色のホワイトボードマーカーを前脚で転がして遊んでいた。
啓介がしゃがみ込む。
「おいアカネ。それはお前の木製リングじゃないぞ」
「あぎゃ」
啓介はマーカーを取り上げ、代わりに持参していた木製リングを床に置いた。
アカネは、そちらを鼻先で転がして満足そうにトテトテと部屋の隅へ持っていった。
啓介は木製リングを追うアカネを見てから、帰り支度を続けた。
帰宅後。
啓介はマンションのソファで、バインダーのページを開いた。
今日追加された、新しい術式。
《領地渡り》。2マナ。
今は、まだ使わない。
旧校舎へ行くなら、車。農業試験施設へ行くのも、車。青梅の山にも、車。
ガソリン代と少しの時間を払った方が、マナを温存できて圧倒的に効率がいい。
でも。
いつか。土地がもっと増えたら。日本のずっと遠くまで、自分の管理地が広がっていったら。
このたった一枚のカードが、啓介の土地管理の形そのものを、根本からひっくり返すかもしれない。
啓介は、カードの光のページをそっと閉じた。
「……まあ、今はまだ、車でいいか」
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!