TCG能力《創世札典》を手に入れた俺、一日一マナから現代社会を攻略する~治療、未来予知、若返り。マナが足りないので山を買います~ 作:パラレル・ゲーマー
土曜日の朝。
啓介はマンションのリビングでコーヒーを飲みながら、タブレット端末を開いていた。
旧農業試験施設の管理用フォルダに、委託している業者から最初の『維持管理報告書』がPDFで届いていた。
内容は、極めて地味だ。
・試験圃場周辺の草刈り完了。
・作業道沿いの繁茂部分(雑草・低木)の処理。
・外周フェンス沿いの草木の整理。
・敷地内排水路の目視確認(詰まりなし)。
・ゲート、および門扉に異常なし。
・管理棟周辺の簡易清掃。
・閉鎖中の旧温室には立ち入らず、外周から異常がないことのみ確認。
・その他、危険箇所に新しい異常なし。
添付されている写真のサムネイルをスクロールして確認する。
前回、視察に行った時には膝下ほどまでボウボウに伸びていた雑草が、綺麗に短く刈り揃えられていた。
啓介は、コーヒーを一口飲んで呟いた。
「……おお。本当に、俺が休日に鎌持って草刈りしなくて済んだ」
マナを増やすために土地を増やしても、啓介自身が毎週そこで肉体労働をする必要はない。
少なくとも、最初に想定していた管理方法は機能しているようだった。
啓介が、現地確認のために行く準備を始め、いつもの管理用バッグを取り出した。
すると、ソファで丸くなっていたアカネが、啓介がキャリーケースを引っ張り出してくるよりも前に、トテトテと足元へ寄ってきた。
啓介が休日の外出準備を始めたことに反応したのか、それ以外の理由なのかは分からない。
「今日は山じゃないぞ」
啓介が声をかけると、アカネは首を傾げた。
「あぎゃ」
「この前行った、風で飛ぶ葉っぱを追いかけてたところだ」
アカネに通じたかどうかは分からない。でも、啓介がキャリーケースの扉を開けると、自分から素直に中へ入ってくれた。
車を走らせ、現地へ到着した。
錆びたゲートを開け、車を敷地内へ進める。
啓介は、車を降りて周囲を見渡し、最初に感じた。
「……おお」
前回とは、明らかに景色が違っていた。
建物そのものは何も変わっていない。低い管理棟、ガラスの一部が抜けた旧温室、そして平坦な試験圃場。
でも、その表面を覆っていた草だけが綺麗に刈られていることで、視界が一気に開けていた。
特に、試験圃場の区画が見えやすくなっている。
雑草がなくなったことで、かつてここが畑として幾つものブロックに区画管理されていたという人工的な名残が、前回よりもはっきりと見て取れた。
建物や設備が新しくなったわけではない。必要な維持管理が行われ、敷地が見通しやすくなっただけだ。
啓介は、キャリーケースを閉じたまま、まず一人で周囲を確認した。
作業員が残っていないか。業者の車両や重機が置きっ放しになっていないか。事前の指示通り、物理的な草刈りだけで処理されているか。閉鎖区画のガラスが新しく割れ落ちていないか。周囲のフェンスに不審者や第三者の侵入痕はないか。
報告書の内容と、現地の状態を自分の目で照らし合わせながら歩く。
ゲート、フェンス、管理棟、作業道、排水路、旧温室の外周。
一通り巡って、タブレットのチェックリストを埋めていく。これが、啓介本人の管理者としての仕事だった。
歩きながら、啓介は呟いた。
「……なるほどな。俺が自分で鎌を持って草を刈る必要はないけど、何もしなくていいわけでもないんだ」
業者が草を刈る。
でも、誰に頼むか。どこを触っていいか。どこが立入禁止の閉鎖区画か。上がってきた報告が正しいか確認する。異常があればどうするか判断する。
その部分は、管理者である啓介が引き受ける。
安全確認がすべて終了した。
啓介は、車の助手席に戻り、キャリーケースの扉を開けた。
「よし。出ていいぞ」
「あぎゃ!」
アカネは勢いよくケースから出て、土の地面へと降り立った。
そして、トテトテと歩き出した。
草が低く刈られたことで、掌サイズのアカネの足元を遮るものはかなり減っている。
アカネは、広大な試験圃場の端の土の上を、タッタッタッと小走りで駆け抜けた。
少し走っては、小さくポンッと飛び上がり。
着地して、また走る。
以前は膝下ほどの草に身体が隠れる場面もあったが、今回は遠くからでもアカネの姿を追いやすい。
啓介は、少し離れた安全な場所から、その様子を見ていた。
刈られたばかりの短い草の上を、小さな虫が飛んでいる。
アカネが、それに反応してパッと顔を上げた。
啓介は虫の方へ視線を向けたが、アカネはそのまま別の方向へトテトテと歩いていった。
古い畑の区画の境界線として残っている、少しだけ小高い土の縁。
アカネは、そこへやってくると。
翼を使って小さく飛べば一瞬で越えられる高さなのに、なぜか短い前脚と後脚を使って、よいしょ、よいしょと歩いて登り、不器用に縁を乗り越えていった。
啓介が呆れて声をかける。
「飛べるだろ、お前」
「あぎゃ」
アカネが振り返って鳴いたが、なぜ歩いて越えたのか、その意味は不明だ。
その時、ヒュッと少し強い風が吹いた。
敷地の隅に落ちていた乾いた枯れ葉が、カサカサと音を立てて地面を転がっていく。
アカネの動きが、ピタッと止まった。
そして、即座に反応した。
タタタッ! と小走りで追いかけ、短い前脚で「えいっ」とその枯れ葉を上から押さえ込んだ。
啓介は笑った。
「……結局、前回と同じことやるんだな、お前」
アカネが、落ち葉から離れ、今度はトテトテと旧温室の方へと向かって歩き始めた。
啓介は、即座に声を張った。
「アカネ、待て」
アカネが、ピタリと足を止めた。
その場から動かず、啓介の方を振り返る。
啓介は歩み寄り、アカネの前にしゃがんだ。
「あっちの建物の周りは、まだガラスの破片が落ちてるかもしれないから、駄目だ。こっちで遊べ」
アカネの進行方向を、安全な管理棟側へと向かせる。
別に、大事件が起きたわけではない。
管理地だからこそ、人間だけでなく、アカネにも安全のための立入禁止区域がある。旧校舎の二階と同じだ。
啓介は、今日のアカネの行動範囲を決めた。
・草刈りと安全確認が済んだ試験圃場の一部。
・管理棟の前。
・舗装された作業道。
これだけだ。旧温室、排水設備周辺、フェンス外周の茂みなどは、啓介と一緒の時以外は立ち入らせない。
将来、ここにアカネ専用の巨大な遊び場を作るわけではない。あくまで、今日この時間の安全管理だ。
啓介は、管理棟の前の古いコンクリートの段差に腰掛けた。
アカネを視界の中に入れつつ、タブレットを開いて、業者の報告書と現地の写真をもう一度比較する。
「……ここ、写真だと綺麗に見えるけど、実際はもう少し根元から刈ってもらった方がいいか?」
少し考える。
「いや、そこまでやる必要はないか」
何でもかんでも、ゴルフ場や公園のようにピカピカにする必要はないのだ。荒廃を防ぎ、安全に管理できればそれでいい。
一通りの仕事を終え、周囲に誰も他人がいないことを確認してから。
啓介は、《創世札典》のバインダーを呼び出した。
ページを開き、カードのテキストを確認する。
《眠れる試験圃場》。
土地・旧農業試験施設・借用地。
【日次起動】生命マナ1点を得る。
変化なし。
啓介は、無言でバインダーを閉じた。
「まあ、そりゃそうだよな」
旧校舎でも、設備を一つ追加した程度で土地カードの性能がすぐ変わることはなかった。
啓介は一人で軽く笑った。
「草刈りを一回やっただけでマナが増える仕様だったら、俺、マナ欲しさに全国の土地の草を毎週刈って回る仕事に転職しなきゃならなくなるからな……」
アカネは、そんな啓介の呟きとは関係なく、短い草の上を転がっていた。
昼。
啓介は、管理棟の前の日陰で、持参したコンビニのおにぎりを頬張った。
アカネには、タッパーに入れてきた加熱済みの鶏肉を、ごく小さな一片だけ与える。
アカネは自分の分を食べ終えると、啓介が食べているおにぎりの方へ顔を近づけてきた。
「こっちは人間の食べ物だから駄目」
「あぎゃ」
啓介が代わりに木製リングを転がしてやると、アカネはそちらを追いかけていった。
穏やかな昼休みが続く。
その時、スマートフォンが震えた。
藤堂からのメッセージだった。
『二件目、初回の管理確認はどうだ』
啓介が返信する。
『今現地です。特に問題なし。業者の作業も報告通りでした』
藤堂。
『所要時間は?』
啓介は、時計を見た。
自宅からの移動時間を除けば、啓介本人がここでやった実務は、一時間から二時間程度だ。
自分で草は刈っていない。排水路も掘っていない。温室も直していない。
やったのは、書類の確認と、安全の巡回と、少しの判断だけ。
啓介は返信を打った。
『これなら、本業のシステム会社の仕事と両立できそうです』
藤堂から、すぐに着信があった。電話だ。
「門倉。今、確認した」
「はい」
「業者手配、実作業、報告、お前による現地確認、そして必要な判断。……これで、この土地の管理サイクルが一周した」
「そうですね」
「ひとまず、二件目に土地を増やしたことで、お前の管理能力が即座に破綻するような状態ではなさそうだな」
啓介は苦笑した。
「まあ、まだ二件目ですからね」
「だから。……次へ進める」
啓介の動きが止まった。
「……次?」
「行政内部で進めていた、第三候補地の選定。……一件まで絞った」
啓介は目を丸くした。
「早くないですか?」
「言っただろ。前例がすでに二件ある。ゼロから制度の枠組みを作る必要がない分、審査と手続きは圧倒的に早くなる」
「そういうことですか……」
啓介は、少し複雑な気持ちで電話を切った。
「……もう、次か」
現在のマナは9。
次の土地が通れば、いよいよ10マナが見えてくる。
しかも、今のマナ構成では境界が固定1しかない。
コスト6の《時間停止》にはまだ届かず、《領地渡り》にも境界を使う。
次の土地が何を生むかは、実際に成立してみるまで分からない。
それでも、新しい土地が加わればマナ構成そのものがまた変わる可能性がある。
啓介がふと視線を落とすと。
アカネが、刈られたばかりの草の上、建物の日陰になっている場所で、完全に丸くなっていた。
「お前、そこで寝るのか」
「あぎゃ……」
アカネは、片目だけ薄く開けて鳴いた。
今日は短い草の上をかなり走り回っている。
啓介は急かさず、そのままタブレットで本日の管理報告の最後を入力することにした。
【旧農業試験施設/初回定期管理】
・委託作業:完了。
・草刈り:問題なし。
・フェンス:異常なし。
・管理棟:異常なし。
・旧温室:閉鎖状態を維持。
・給排水:重大な異常なし。
・追加対応:現時点では特になし。
・次回:業者からの報告ベースで確認。必要時に現地巡回。
そして、自分のための運用メモとして最後に一行だけ書き加える。
『※異常がなければ、毎週の現地訪問は不要と判断』
啓介は、タブレットを閉じて息を吐いた。
今日、自分がやったこと。
車でここへ来た。敷地を歩いて確認した。報告書をチェックした。アカネと遊んだ。昼飯を食べた。
それで、休日の管理巡回は無事に終了した。
「……これなら、もう一個くらい土地が増えても、普通に大丈夫そうだな」
啓介は、自分からそんなことを口走ってしまった。
そして直後に。
「いや、俺は何を余裕ぶったこと言ってんだ」
と、一人で首を振った。
「よし。アカネ、帰るぞ」
啓介が声をかけると、寝ていたアカネが顔を上げた。
だが、すぐにはキャリーケースの方へ行こうとせず、もう少しだけ草の上でモゾモゾとしている。
啓介がもう一度、少しだけ強めに言った。
「帰るぞ」
アカネは少し間を置いてからトテトテと歩き出し、キャリーケースの中へ自発的に入っていった。
帰りの車内。
助手席のキャリーケースの中で、アカネは再び静かに寝息を立て始めた。
啓介は、赤信号で車を停めた。
スマートフォンの画面が光り、藤堂からのメッセージが表示されている。
『第三候補地の資料をPDFで送った。来週までに確認しておけ』
啓介は、その通知を見てため息をついた。
「……本当にもう来たよ」
マンションへ帰宅した。
キャリーケースから出たアカネは、いつものように古いパーカーの上へと潜り込んでいった。
今日、草刈り後の広い土地を走り回った後も、帰宅するといつもの場所へ戻っている。
啓介は、ソファに座り、藤堂から送られてきた資料の表紙を開いた。
『第三国有地候補 旧資材保管施設』
啓介は、その見出しの文字をじっと見つめた。
「……十マナ目、か」
横からは、アカネの静かな寝息だけが聞こえていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!