TCG能力《創世札典》を手に入れた俺、一日一マナから現代社会を攻略する~治療、未来予知、若返り。マナが足りないので山を買います~   作:パラレル・ゲーマー

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第61話 時間停止が使えるようになったので誰もいない倉庫で六秒だけ止めてみる

 月曜日の夜。

 啓介はマンションの自室で、《創世札典》のバインダーを開いていた。

 

 新しく作った魔力源の遺物《守庫の鍵》が正式に稼働したことで、現在の日次マナは『11』体制となっている。

 境界マナの不足も解消された。

 

 啓介の視線は、ずっと手の届かなかった強力なカードに釘付けになっていた。

 《時間停止》。

 コスト:知識2、境界3、任意1。

 計6マナ。

 

「……今なら、払える」

 昨夜のグループLINEでのやり取りを思い出す。

 相馬は無責任に「撃とう」と煽り、三崎と藤堂は「撃つな」と即座に止めた。

 

 そして今日、三崎から医療および安全管理の観点として、明確な指示が飛んできた。

『もしどうしても撃つというのなら、事前に最低限の検証計画書を作って出せ』

 

 啓介は、デスクでノートを開きながらため息をついた。

「……自分の持ってる魔法を一発試し撃ちするだけなのに、検証計画書(プロトコル)の提出が要るのかよ……」

 仕事で設計書を書かされているのと変わらない。

 だが、三崎の言うことももっともだった。

「この世界の時間を止める魔法を撃とうとしている奴が、準備もなしに雑に動くな」と。

 

 啓介は、ペンを取った。

 まず、場所選びだ。

 

 マンションの自室。当然、却下だ。

 壁一枚隔てた隣や上下の部屋に住民がいる。半径10mの球形の効果範囲の中に、他人が入ってしまう可能性が高すぎる。

 第一の国有地である《静かな旧校舎》。これも却下。

 敷地が広くても、常駐の警備員がおり、保管庫の担当職員がいつ出入りするか分からない。

 青梅の山。論外だ。

 人間はいなくても、鳥や虫、土の中の小動物など、無数の『生命体』が存在している。《時間停止》のカードには「生命体への強い干渉で効果が終了する」という制約がある。それ以前に、自分以外の生物が停止した空間に取り残された時、何が起こるか全く検証されていない。

 

 そこで白羽の矢が立ったのが、先日借りたばかりの第三の国有地、《眠れる資材倉庫》だった。

 

 広く、平坦にアスファルトで舗装された巨大な荷捌き場。

 建物の中も空っぽ。外周は高いフェンスに囲まれ、出入り口はゲートと監視カメラで管理されている。啓介に正式な管理権があり、一時的に人を排除しやすい。

 

「……なんか、ここ」

 啓介はノートに書き込みながら呟いた。

「俺の『魔法実験場』として、都合良すぎないか?」

 

 後でその話を藤堂にしたところ、「勝手に用途を増やすな。今回は一時的な検証利用として許可するだけだ」と釘を刺された。

 

 そして、もう一つ。明確に決めたことがあった。

 

 出かける前の土曜日の朝。

 啓介が準備をしていると、アカネがトテトテ歩いてきて、啓介の顔を見上げた。

「あぎゃ?」

 だが、啓介はいつものお出かけ用キャリーケースを出さなかった。

 

「今日は、お前は絶対連れて行かない。留守番だ」

「あぎゃ……」

 アカネが理解したかは不明だが、短く鳴いて、しばらく啓介の足元に留まっていた。

 

 理由は単純だった。

 生物が時間停止の範囲に巻き込まれた時、呼吸や血流などの生理現象にどういう影響が出るのか、医学的にも物理学的にも全く不明だからだ。

 三崎からも、「小さい小竜だから巻き込んでも安全だろう、という安易な結論には絶対にならないからな」と念を押されていた。「分かってる」と啓介も答えていた。

 

 土曜日。

 《眠れる資材倉庫》(旧資材保管施設)。

 

 参加者は、啓介、三崎、相馬、藤堂の四人のみ。必要最小限だ。

 さらに、施設管理側の政府担当者には、「今日はこの時間帯、この荷捌き場の区画へは人間を入れないでくれ」と事前連絡を済ませてある。

 ゲートは施錠。予定外の工事業者も来ない。

 

 啓介たちは、広大な舗装スペースの中央に立った。

 

 まず、時間停止の中心位置(発動位置)を決める。

 アスファルトの真ん中に、マーキング用のテープでバツ印をつけて『中心点』を作る。

 そこから、巻尺を使って正確に半径10mを測り、チョークで大きな円形のマーキングを描く。

 さらに、安全のための境界線として、半径12m、15mの線も引いておく。

 

 三崎、相馬、藤堂の三人は、その『15m以上離れた安全圏』から観察することになった。

 中心点に立つのは、啓介ただ一人だ。

 

 相馬が、遠くから少し楽しそうに声を張った。

「なんか、白線引いてると急に小学校の体育祭みたいだな」

 啓介が叫び返す。

「体育祭のプログラムに、時間止める競技はねえよ!」

「無駄口叩いてないで、手を動かせ」藤堂が指示を飛ばす。

 

 10mの円の内側(ただし啓介の中心からは数mほど離した位置)に、いくつかの『実験機材』が配置された。

 

 A:デジタル時計(ネット接続なし。秒表示あり)。外側の15mラインにも比較用として同型機を一台置く。

 B:機械式のアナログストップウォッチ。これも内側と外側に一台ずつ。

 C:小型の扇風機。バッテリー駆動で、一定の速度で首を振らずに回し続ける。

 D:水滴落下装置。ペットボトルの底に小さな穴を開け、一定間隔でポタ、ポタと水滴が下の容器に落ちるようにしたもの。

 E:ボールとレール。緩い傾斜をつけたレールの上を、発動の直前にボールが転がるよう、遠隔操作で固定具を解除できる装置を取り付ける。

 F:LED点滅装置。一定周期でチカチカと点滅を繰り返す。

 G:デジタルビデオカメラ。停止範囲の内側に一台。15m以上離れた外側にも、内側全体を映すように一台。

 

 相馬がノリノリで提案してきた。

「おい、もっと色々置こうぜ。ドローン飛ばしておくとかさ」

 三崎が冷たく却下する。

「初回だぞ。余計なものを増やすな」

「じゃあラジコン車走らせる」

「要らん」

「振り子くらい置いても……」

「それは時計と役割が完全に被る」

 

 啓介が呆れた。

「お前、完全に夏休みの自由研究楽しんでる小学生だろ」

「当たり前だろ。世界で初めての『時間停止の自由研究』とか、小学生の時の俺に見せてやりたいわ」

 

 三崎が、医療側の責任者として試験範囲を厳格に絞り込んだ。

「いいか。今回の初回の目的は、ただ『本当に止まること』だけを確認することだ」

 啓介に念を押す。

「停止中に、止まっている物体に絶対に『触るな』よ」

「分かってる」

 相馬が口を挟む。

「ボールくらい触っても――」

「触るな」

「軽いぞ?」

「初回で変数を増やすなと言っている」

 相馬は渋々黙った。

 

 発動の直前。

 三崎が啓介の元へ来て、事前チェックを行った。

 血圧。脈拍。酸素飽和度。瞳孔の反応。簡単な平衡感覚テスト。意識状態。頭痛やめまい、吐き気がないことの問診。

 基準値がすべて記録される。

 

「なんか、普通の健康診断みたいだな」

「時間停止後に、明確に比較するためだ。脈拍や意識状態に異常が出ないか、発動前の状態を知っておく必要がある」

 

 その時、相馬が少し離れた場所から、ふと気になったように言った。

「そういやさ」

 全員が相馬を見た。

「周りの時間が本当に止まったら。……啓介の周りの『空気(酸素)』の動きも、止まるんじゃね?」

 

 沈黙が落ちた。

 

 啓介の顔が、少しだけ引きつった。

「……」

 三崎が、啓介を睨んだ。

「お前、今気づいたのか?」

「……いや。カードのコスト計算ばっかりしてて、そこまでの物理学的な影響までは正直考えてなかった……」

 

 初回は、たったの6秒だ。

 

 啓介が安全策を提案した。

「発動の直前に大きく息を吸って。……停止している六秒間は、完全に息を止めることにする」

 歩き回らない。中心位置から一歩も動かない。

 

 停止中に行う動作も、事前に明確に決めた。

 ・発動の瞬間(0秒目):息を止める。

 ・1秒目:周囲の状況(機材)を見る。

 ・2秒目:右手をゆっくりと上げる。

 ・3秒目:首を左へ向ける。

 ・4秒目:首を右へ向ける。

 ・5秒目:右手を下ろす。

 ・6秒目:そのままの姿勢で、解除を待つ。

 

 一歩も動かない。何にも触らない。息も吸わない。

 これなら、周囲の空気が止まっているかどうかの検証は、ひとまず後回しにできる。

 

 三崎が言った。

「まず、生きて帰ってこい」

「たった六秒なんだけどな」啓介が苦笑する。

「六秒だからといって、未知の事象に対する安全管理を雑にしていい理由にはならない」

 

 さらに緊急時のルールも定めた。

 もし発動した瞬間に、強烈な痛み、呼吸困難、視覚異常、意識障害などの異常が起きた場合。

 カードには任意解除の方法が記載されていないため、余計な行動を一切せず、六秒間の終了を待つことにした。

 

 そして、もう一つ重要なこと。

「今日は、一回しか試せないからな」

 

 現在、啓介の総マナは11。

 《時間停止》のコストは、知識2、境界3、任意1の、計6マナ。

 

 実際の支払いはこうなる。

 ・知識2 = 固定知識マナ2を消費。

 ・境界3 = 固定境界マナ2を消費。さらに任意マナ1を境界に変換して消費。

 ・任意1 = 残った最後の任意マナ1を消費。

 

 これで、ちょうど6マナだ。

 残りは、生命2、物資2、生命または物資1の、計5マナ。

 総量は5残っているが、知識と境界と任意をすべて使い切ってしまうため、同じ日に『二発目』の《時間停止》は絶対に撃てないのだ。

 

「一発勝負か」相馬が言う。

「だから、こうやって準備に時間をかけてるんだよ」

 

 すべての準備が整った。

 外側のカメラの録画開始。内側のカメラの録画開始。

 時計の同期確認。ストップウォッチの開始。

 扇風機のスイッチを入れる。LEDを点滅させる。水滴の落下を開始する。

 最後に、相馬が傾斜レールの頂上にボールをセットし、遠隔操作用の固定具で留めた。

 

「全員、下がれ」藤堂の指示で、三人は15m線の外側へと退避した。

 

 静かになった。

 舗装された広い荷捌き場の中央。

 啓介が一人、ぽつんと立っている。

 周囲の半径10m以内には、啓介以外の人間や目に見える動物はいない。

 

 啓介は、大きく、深く息を吸い込んだ。

 そして、呼吸を止める。

 右手を空中に翳し、《創世札典》のバインダーを開いた。

 《時間停止》。

 

 マナの支払いを指定する。

 知識2。境界2。任意から境界へ1。残りの任意を1。

 すべて指定。

 

 システムからの無機質な表示。

『支払い条件を満たしました』

 

 これまで、一マナしかなかった時から何度も一覧の中で見てきた、あの《時間停止》。

 初めて。

 本当に、使用可能状態になった。

 

 啓介が外側の三人へ合図を送る。

 相馬がリモコンを操作し、レールの固定具を解除した。

 ボールが、緩い傾斜をゆっくりと転がり始める。

 

 啓介は、心の中で呟いた。

(……《時間停止》)

 発動。

 

 世界が、止まった。

 

 派手な爆発の音も、光の柱が天を貫くような演出もなかった。

 啓介の主観としての最初の感覚は。

『音が、突然消え去った』。

 

 数メートル先に置かれた扇風機。

 モーターの低い駆動音が消え、回転していた羽根が、空中でブレたような角度のまま完全にピタリと固定されている。

 チカチカと点滅していたLED。

 点灯した瞬間の眩しい状態のまま、一切明滅せずに固まっている。

 

 そして、水滴。

 これが一番、視覚的に異様だった。

 ペットボトルから落ちる途中だった一滴の水が。

 空中に、不自然に浮いているのだ。

 重力に従って落ちることもなく、空中で形を崩して飛沫になることもなく。ただそこにある。

 

 啓介は、心の中で叫んだ。

(……マジか)

 だが、声には出さない。息も止めたままだ。

 

 傾斜を転がっていたボール。

 坂の途中で、完全に停止している。宙には浮いていない。ただ、転がる運動エネルギーを完全に無視して、ピタリと止まっている。

 デジタル時計の秒表示は変わらない。機械式ストップウォッチの針も動かない。

 

 啓介は、予定されていた動作を始めた。

(1秒目:周囲確認)。

(2秒目)。右手を、ゆっくりと上げる。

 普通に動く。指も動く。身体に抵抗感はない。痛みもない。めまいもない。

(3秒目)。首を左へ向ける。

(4秒目)。首を右へ向ける。正常だ。

(5秒目)。右手を下ろす。

(6秒目)。そのままの姿勢で、待つ。

 

 啓介は、自分の主観の時間(秒数)で数えていた。

 ただし、それが正確な6秒間だったかどうかは、後で計測しなければ分からない。

 

 そして。

 停止終了。

 

 突然。

 周囲の「音」が、ドッと一斉に押し寄せてきた。

 ブゥゥン、と扇風機のモーター音が鳴る。

 ピッ、ピッ、とLEDが点滅を再開する。

 ポチャッ。空中に浮いていた水滴が、下の容器へと落ちる。

 ボールが、再び坂を転がり始める。

 時計の秒数表示が、再び進み出す。

 

 15m線の外側から、相馬が口をポカンと開けてこちらを見ていた。

「……」

 三崎が叫ぶ。

「門倉!」

 三崎が真っ先に、啓介の元へ駆け寄ってきた。藤堂も続く。

 

「動くな。気分は?」三崎が即座にチェックを始める。

「普通だ」啓介は大きく息を吐き出して答えた。

「頭痛は?」

「なし」

「吐き気は?」

「なし」

「めまい、視覚異常は?」

「なしだ。全部正常」

 

 一通りの問診に答えてから。

 啓介は、自分の手を見て、ゆっくりと言った。

 

「……止まったぞ」

 

 相馬が、興奮を隠しきれない声で聞いた。

「マジで?」

「ああ。マジで」

「時間が?」

「時間が、完全に止まった」

 

 相馬が、めちゃくちゃに笑い出した。

「すげえ!! お前、三十六歳にして、ついに世界の時間止めたのかよ!!」

 

 三崎が、冷たく相馬の興奮を止めた。

「喜ぶのは、機材のデータを全部確認してからだ」

「医者って本当に夢がねえな」

「『人間が時間停止という未知の物理現象を体験した直後』だから、厳しく言ってるんだ」

 

 直後の医療検査が再開された。

 血圧、心拍、酸素飽和度、瞳孔、握力の簡易確認、指鼻試験、立位、歩行テスト。短期記憶の確認。

 すべて、大きな異常はなし。

 三崎は、その結果を記録したが、一回の試験だけで安全性まで判断することはしなかった。

 

 次に、時計の比較だ。

 10mの内側に置かれたデジタル時計と、15mの外側に置かれた時計。

 発動前は、完全に同期していた。

 だが、終了後。

 

 内側の時計だけが、外側の時計に比べて『約6秒遅れている』。

 外側は、普通に現実の時間を刻み続けている。

 

 相馬が声を漏らした。「うわ……」

 啓介も驚いた。「本当に、この範囲の空間から、六秒間だけ時間を盗み取ったみたいになってるな」

 

 機械式ストップウォッチも同様だった。

 内側は、約6秒少ない時間を示して止めてある。外側は、発動から終了までの経過時間通りに動いている。

 これで、『単なる啓介の脳の知覚が六秒間だけ異常に加速した(主観時間が延びた)だけ』という仮説の可能性は、ほぼ消えた。

 

 次に、カメラの録画データを確認する。

 内側に置かれたカメラ。

 発動直前。

 次の瞬間。発動終了後。

 カメラの機械そのものが『時間停止』の影響を受けて記録を止めていたため、その6秒間の映像データは存在しなかった。動画上では、ほぼ連続した場面(少しだけ飛んだような映像)に見える。

 しかし、外部側の基準時刻と比較すると、やはり約6秒の差が生じている。

 

 そして。一番面白い結果が出たのは。

 15mの外側から、内側全体を映していたカメラだった。

 

 このカメラは、10mの範囲外にあるため、時間は普通に流れている。

 その映像を、四人でタブレットで確認する。

 

 時間停止の開始の瞬間。

 映像の中の、10m圏内のすべてのもの。扇風機、落ちる水滴、転がるボール、点滅するLED。

 それらが、ピタリと一斉に『完全停止』した。

 

 しかし。

 映像の中央に立つ啓介だけが、その静止した空間の中で、一人だけ普通に動いているのだ。

 右手を上げる。

 首を左へ。

 首を右へ。

 右手を下ろす。

 約六秒。

 そして、周囲のすべてのものが、一斉に動き(再開し)始めた。

 

 映像を見終わった四人は、しばらく無言だった。

 

 相馬が、ポツリと言った。

「……これ、映像として見ると、めちゃくちゃヤバくないか?」

 藤堂が即座に釘を刺す。

「絶対に外に出すなよ。最高機密だぞ」

「分かってるって」

 三崎が冷静に言う。

「消す必要はない。現象の証拠として、厳重に暗号化して保管だ」

「当然だ」

 

 啓介自身が、その映像をもう一度再生して見た。

 外部カメラの視点。すべてが停止した世界の中、自分だけが普通に動いている映像。

「……自分が体験したことだけど。客観的に第三者視点で見ると、なんかすごく気持ち悪いな」

 

 10mの範囲外の設備は、一切止まっていなかった。

 少なくとも「施設全体」や「世界中すべての時間」が停止したわけではない。局所的な効果だ。

 

 啓介は、ホワイトボードに今回の確認結果を書き込んだ。

 

【確認事項】

 ・発動:成功。

 ・継続時間:主観および客観時計上で、約6秒。

 ・影響:内部設備(物体)は完全停止。外部設備は継続。

 ・行動:使用者(啓介)のみ、停止空間内で行動可能。

 ・健康:発動後の即時の身体的・精神的異常はなし。

 ・コスト:6マナの正常消費を確認。

 

【未確認事項】

 ・生物への影響。

 ・停止している軽量物・重量物への接触時の挙動。

 ・10mの境界線の厳密な挙動。

 ・停止領域の外へ出ようとした場合の挙動。

 ・発動中の電子機器等の操作。

 ・発動中の音声(外へ届くか)。

 ・長期的健康影響。

 

 相馬が、ワクワクした顔で言った。

「よし。じゃあ次は、あの止まってるボールに触ってみようぜ」

 三崎がピシャリと言った。

「今日はこれで終わりだ」

「えっ、早くない?」

「一発しか撃てないんだから当たり前だろ」

「あ、そっか」

 

 啓介がため息をつく。

「マナの問題以前に、今日取ったデータをもっと詳細に分析してからじゃないと、次のテストなんかできないよ」

 

 藤堂も終了を宣言した。

「今日取った動画や医療データを整理して、それから次の検証項目を詰める。解散だ」

 

 相馬が残念そうに言う。

「せっかく時間停止できるようになったのに、一回だけかよ」

 啓介も、少し損した気分で言った。

「俺だって、貴重なマナを六マナも全ツッパして……ただ六秒間、突っ立ってただけだからな」

 相馬が笑う。

「お前、世界の時間止めておいて、やったことが『右手上げただけ』って」

「安全試験なんだから仕方ねえだろ!」

 

 片付けを終え、帰る前。

 啓介は、もぬけの殻になった広い荷捌き場を振り返った。

 

 少し前まで。

 《時間停止》は、ただバインダーのカード一覧の奥底にあるだけの、コストが高すぎて払えない『ただの夢』だった。

 だが今は違う。

 一度、現実世界で発動させ、その力を確認した。

 

 啓介は、ただ短く一言だけ呟いた。

「……本当に、使えたな」

 

 夜。

 マンションへ帰宅した。

 玄関を開けると、アカネがいつものように歩いてきた。

「あぎゃ」

「ただいま」

 

 啓介は、しゃがみ込んでアカネの頭を軽く撫でながら思った。

 今日、生物を一切巻き込まずに済んで良かった。未知の現象に、この小さな竜を付き合わせるわけにはいかない。

「お前で時間停止を試そうなんて絶対思わないから、安心しろ」

「あぎゃ?」

 アカネは首を傾げた。

 

 啓介は、デスクでノートを開き、本日の検証記録をまとめた。

 

 《時間停止》初回使用

 ・発動成功。

 ・範囲中心:旧資材保管施設・荷捌き場。

 ・時間:約6秒。

 ・使用者:門倉啓介のみ例外として行動可能。

 ・生命体:使用者以外の人間・動物は確認範囲内になし。直接干渉なし。

 ・即時副作用:確認されず。

 ・外部カメラ:使用者のみ行動継続を確認。

 ・内部時計:約6秒の遅延。

 

 次回の候補として、いくつかの項目を書き出す。

 ・軽量物への接触。

 ・持ち物(服のポケットの中身等)の扱い。

 ・停止領域の境界の確認。

 ・発動中の通信テスト。

 ・再使用時の再現性。

 だが、まだ具体的な日程は決めない。

 

 啓介は、ノートの文字を見つめて苦笑した。

「時間を止められるようになったのに」

 ペンを置く。

「最初にやったことが、『六秒間、何にも触らずに息を止めて立ってるだけ』か……」

 

 ソファの上から、アカネが「あぎゃ」と短く鳴いた。

 啓介はバインダーを閉じた。

 

「まあ、調子に乗って事故るよりは、よっぽどいいか」




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