豚神といえばだ。
原作でもやり合った相手で、どんなもんかと興味をもって探しに行ったことがある。
めちゃくちゃに太っていて、鈍重そうだが意外とスピードもある。
崩壊した地下から自力で抜け出せるし、ぷりぷりプリズナーやタンクトップマスターにも劣らぬパワータイプでもあるのだろう。
エビル天然水の水鉄砲を身に受けても平然としてるし、ダメージを受けても戦闘を継続できるという意味でのタフネスも兼ねそろえている。
他者を体内に入れての保護、体力をフブキの超能力を介して分け与えることで他者を回復させる・・・などなど。戦闘能力一辺倒でないこともうかがえる。
攻撃手段が捕食という奇抜な手段なせいでキワモノに見えるが、実はS級のなかでも『ヒーロー』として特にバランスのいい存在なのではないだろうか。
当時はまだ何人ものS級と戦うとは思っていなかったので、確実に戦うであろう豚神の戦力偵察に行ったんだよな。
まあ、結局強さとかはよくわからなかったんだけど。
キングの偵察に行って、サイタマとキングとゲームをした数日後のことだ。
ギョロギョロや周辺の人々への聞き込みによると、この辺りの飲食店でよく目撃されるらしい。
俺が戦うことになるだろう男だ。
詳しく知っておいて損はあるまい。
詳細のわからない、仄めかされただけの奥の手の存在も気になるしな。
その辺の屋台で食べ物を買い食いしながら一帯をうろちょろしながら豚神の姿を探すも、すぐには見つからなかった。
まあS級ヒーローとなれば多忙だろうし、仕方ないだろう。
時間はあるからゆっくり探そう。
一息つこうと周囲を見渡すと、ラーメン屋の窓ガラスにデカデカと書いてある貼り紙が目に入った。
「『ラーメン十杯分の爆盛りラーメンを完食出来たら料金無料』・・・?」
これはやるしかないな。
「たのもー」
俺は早速ラーメン屋の暖簾をくぐった。
「らっしゃい!ご注文は!?」
「この爆盛りラーメンチャレンジお願いしまーす」
「えっと・・・嬢ちゃん食べれるの?このメニュー、君の体の大きさくらいの器にラーメンがなみなみと注がれる感じだよ?」
「食べれる。俺めっちゃ大食いだから」
場合によっちゃ一つの都市丸ごと腹の中に納められるぞ。レベル『竜』なんでな。
「そっか・・・食べられなかったら10杯分の料金払ってもらわなきゃなんだけど、大丈夫かい?」
「お金は持ってるよ」
俺が万札をひらひらさせて答えると、店主のおっさんは仕方ない、というようにぶつぶつ呟きながら厨房に入った。
「豚神さんとか、超相撲の人たちくらいしか完食出来ないってのに・・・」
ほう、やはり豚神はこの店に来るのか。
じゃあ、飯食いながらここに張ってみるか・・・。
「いっちょお待ちィ!」
やってきたのは、確かにデカ盛りと称するしかない代物だった。通常の器の三倍はありそうな横幅に、それ以上の高さを持つ器。
それに溢れそうなくらいに麺と汁が注がれている。
どう考えてもその辺の人間の胃の容量を超えている。普通の体格の人間の胴より器がでけぇもん。
けど、俺は自分の数倍の体格の怪人だろうと丸呑みにできる生粋の大食い怪人。
この程度なら午後三時のおやつにもならないな。
「うまそう。いただきまーす」
こぼれないように慎重に器を持ち上げると、口を大きく開けてそのままラーメンを流し込む。
ラーメンならズゾゾっと吸いたいが、俺の口は吸うのにあんま向いてないからなぁ。
麺にチャーシュー、メンマにネギ。次々と口に流し込まれるそれを堪能する。
やっぱラーメンは美味いぜ。
怪人になってから食う機会がなかったが、この前キングの家でコーラとポテチを食ってからこういうの食いたかったんだよな。
ほぼ飲み物のようにラーメンを食べる俺に周囲がドン引きしながら注目しているが、気にせず完食する。
「おいしかった。アレ・・・でもこれじゃ全然足りないな・・・」
「エ!?足りない!?」
「これ・・・あと10杯くらい貰える?」
引きつったような顔で俺の注文を受けた店主は、すごすごと厨房に入り、今度は自棄になったのかさっきよりもっと山盛りに盛り付けられたラーメンを10杯出してきた。
一杯目。一飲み。
「エ!?」
二杯目。これも余裕。
「ちょ・・・」
そのまま三杯目、四杯目、五杯目と続き、十杯目まで完食した。
「うっそ・・・」
いやーそこそこ満足感のある間食って感じだな。
でももうちょい食いたいな・・・。
「まだ出せるか?」
「まだ!?いや・・・これ以上はちょっと・・・店の利益が・・・」
店主があたふたしていると、そこに新たな客が入ってきた。
「やってるかい?大将」
「ん?」
「おお!豚神さん!」
まさかエンカウントできるとは運がいいな。
S級ヒーロー『豚神』・・・!
店の入り口をギリギリくぐれる位の巨躯を持つ、人間として認めていいか怪しいレベルの大男である。
俺の卓に積み上げられた器を見て、豚神は感心したような顔になった。
「おお、君もよく食べるんだね。大将、僕も同じ量注文していいかな?お金は払うよ」
「もちろん!少々お待ちを!」
「お金払うのか?なんでだ?」
チャレンジに成功したら無料で食えるってのに、お金を払うと言う豚神に俺は疑問を持った。
俺の疑問に対し、豚神は答える。
「この店は僕の行きつけでね。僕が来た時にすぐに満足できる量を出せるよう、大将が用意してくれてるんだよ。朝早くに起きてたくさんのラーメンをね。だから、感謝の気持ちとして、かな」
「ふーん。たくさん頼んだのにすぐ出てきたのは、そういう事情があったのか」
10杯分のラーメン10杯は、単純計算100人前。その量があっさり出てきたことには疑問を覚えたが、その理由を聞き納得する。
俺はもう怪人だからそういう気遣いとかをしようって気にはならないが、元人間として、豚神が出来たやつだということはよくわかるな。
「僕はヒーローやっててお給金も貰ってるけど、それは市民の人たちが納めてくれた税金から支払われてるからね。こうして返していかなくちゃ」
「それはヒーローとして働いた対価だからいいんじゃないのか?S級ヒーローともなれば、誰にもできる仕事じゃないだろ」
「そうかも知れないけど、僕がやりたいからいいんだよ」
「そう・・・」
そんな感じで俺と豚神が話していると、ラーメンが大量に運ばれてくる。
「ヘイお待ち!」
「ありがとう。・・・ねぇ君、まだ食べたりないって顔してるね。大将、彼女の分の代金も払うから、あと何杯か彼女にもくれるかい?」
「豚神さん・・・!もちろん!」
店主におかわりを断られた俺が豚神のラーメンを羨ましそうに見ていると(目はないけど)、豚神が俺の分の代金も払ってくれると言う。
豚神・・・なんていい奴だ。前世含めて出会った人間の中でトップの人間性だ。
店の利益が何とかなって、笑顔で注文を引き受けた店主。
それを横目に見ながら、俺は豚神に聞いた。
「いいのか?」
「いいよ。どうせなら、作る人も食べる人も、皆笑顔でいてほしいし」
その後俺と豚神は、味の感想やヒーローについての話をしながらラーメンを味わった。
誰かと一緒に飯を食う。
それ自体が久しぶりの感覚だったが、豚神の人柄も相まって楽しい食事になったと思う。
怪人になってからそういう感覚は薄れてきていると思っていたが、まだまだ人間ぽいこともできるじゃないか。
豚神の強さとかそういったことはわからなかったが、なんとなく気の抜けた俺はそのまま帰った。
そういった経緯があるから、豚神と戦うことはあまり乗り気ではなかった、ハズなんだがなぁ。
互角を演じて、適当に地上戦まで時間を潰せればそれでよかったんだが。
怪人協会のとある薄暗い通路にて。
血と唾液まみれになりながらゼェゼェと息を切らし、四肢を地についてこちらを睨みつける豚神。
それを見て俺の中に湧き上がった感情は、罪悪感や寂しさではなく・・・ただ目の前の獲物を食らいたいという純粋な食欲だった。
怪人としての本能を理性で押さえつけながら、怪人と人類の相容れなさを感じて俺は何とも言えぬ気持ちになったのだ。
・・・・・・・・・・
S級10位ヒーロー『豚神』は、生まれた時から特異体質であった。
どんなものでも消化できる優れた胃袋に、強い体。
食べたものをすぐに脂肪に変換できる体質も相まって、周囲は彼を奇怪な目で見ていたが・・・怪人が発生するようになり、彼がヒーローとして活躍するようになってから、その目は羨望や感謝へと変わっていった。
ありのままの自分が、やりたいことをやって人に受け入れられ感謝される。
豚神にとって、ヒーローとはそんな居場所であり、とても大切なものだった。
故に彼は、ヒーローという職業にかなり誠実に向き合っていた。
今回もそうだ。
攫われた子供の救出。市民の安全を脅かす怪人達の討伐。
傍目から見たらそうは映らないが、彼は彼なりに・・・否、一般的な目線から見ても類を見ないレベルで真剣に、そして責任感を持ってこの作戦に臨んでいた。
出会った怪人達を残さず食べる。
中にはレベル『鬼』に匹敵するものもいたが、豚神の食欲の前にはただのエサでしかなかった。
そんな戦闘スタイルを気味悪く思う者がいることも知っていたが、豚神は気にしなかった。
これが自分に出来ることなのだから、と。
ただ。
いかに真剣に取り組んでいたとて、彼は負けなしのS級ヒーロー。
今日の相手について、侮りを完全に無くすことは不可能だった。
いつも通りの戦い方、いつも通りの勝ち方。
そのつもりだったといえばその通りだろう。
しかし、今日の相手はいつもの相手とは違ったのだった。
もう何度目になるか。
集団で襲ってきた怪人達の攻撃をその贅肉で弾きながら、一匹ずつ捕まえて食べていく。
最後の一匹をむんずと掴んだところで、ズシン、ズシンと巨体が迫るような音が聞こえる。
「あ!ハグキ様ぁ!助けてくだせぇ!コイツ・・・人間のくせに皆食っちまいやがったぁ!」
豚神は手を止める。
その名は聞いたことがあった。
童帝が要警戒対象として名を挙げていた、『竜』の幹部。
S級ヒーローとして長く戦ってきた豚神だが、『竜』の相手は初めてだった。
「お前が豚神だな~?」
現れたのは、豚神の倍はありそうな巨体に、白い身体と短い手足を持った怪人だった。
顔には目も鼻も耳もなく、ただ歯茎を覗かせる巨大な口のみが存在する。
一見すると間抜けにも見える造形だが、いざ近くで見るとその巨体も相まっていささか不気味に見えた。
ハグキが聞くのにも答えず豚神は地を蹴り、その巨体に見合わぬスピードでハグキに迫る。
先手必勝。
相手が何であろうと、噛んで飲み込み消化する。
これこそが豚神にできることだからだ。
だが。
対するハグキは、迫ってくる豚神が丸ごと入るかのようにさらに巨大化し、大口を開けて待ち構えた。
豚神は、その大穴に、その口の中の暗黒に、間違いなく背筋が凍るような“死”を見た。
豚神は急停止すると、手に持っていた怪人を全力で投げつける。
ハグキはそれが口の中に入ると口をガチンッと閉じ、そのままゴックンと飲み込んだ。
「あぎゃァァーーー・・・」
投げられ悲鳴を上げた怪人の声は、ジュッと言う音と共に聞こえなくなる。
まさに一瞬。豚神にも出来るか怪しい消化速度だった。
しかしハグキが口を閉じたことで隙ができる。
その隙をついて豚神はハグキに掴み掛かり、ハグキの腹に噛み付いた。
が。
(硬い・・・!)
豚神の強靭な顎は、今までどんな怪人も噛み砕いてきたはずだった。
故に、これは豚神にとって久しぶりの感覚だ。
まだ小さな子供だった頃にしか味わったことのない、肉が噛み切れないという感覚。
ハグキの肉体は、少なくとも『鬼』レベルを砕ける程度の咬合力では傷をつけることすら困難なのだった。
豚神がその硬さに驚愕したのも束の間、彼の視界からハグキは消え、豚神は全身に強い衝撃を受けた。
「がはっ!」
豚神がハグキに殴られ吹き飛ばされたのだと気づいたのは、自身の体が壁を何枚も突き抜け叩きつけられた後。
優れた動体視力を持つ豚神でも、反応すらできなかった。
格が違う。
何とか起き上がった豚神は、冷や汗を流してのしのしと近づいてくるハグキを見る。
嫌な予感がした豚神がとっさに飛びのくと、突如としてハグキの噛みつき攻撃が豚神の居た場所を襲い、数十メートルの範囲がゴリっと抉られたように消失した。
一瞬飲み込んだ岩石で腹が膨れたハグキだったが、何かが溶ける音と共に一瞬で元通りになる。
(飲み込んだ大量の岩石を即消化・・・僕なんてまだまだ小食だな・・・)
たった数回の攻防で、豚神には分かった。
捕食能力、パワー、スピード、タフネス。
全てが自分より上で、勝ち目がない、と。
(けど・・・)
豚神は覚悟を決める。
(僕はコイツの戦い方をよくわかってる。コイツは僕がここで止めないと、きっと他のS級達にとっても大きな障壁になる・・・!)
シルバーファングが倒せなかったのなら、他のS級にとっても簡単に行く相手ではないのは確かだった。
逃げても、他の誰かが相手をすることになる可能性があるし、そもそも逃げられる可能性も低いだろう。
豚神は少し迷ったが、童帝から貰った通信機に手を伸ばすと救難信号を発した。
本来の目的であるワガンマの救出は成功したが、アトミック侍から新たな要救助者・・・子供の存在が伝えられたばかり。
捜索の目を減らすのは得策ではなかったが、このまま戦い続けても豚神が殺されるだろうことも明白だった。
ならば、応援が来るまで持ちこたえて、やってきた者と二人でハグキを倒すのが得策だろう。
やることは決まった。時間稼ぎをしつつ、ハグキの弱点を探っていくこと。
(僕より大食いな存在が、この短期間で二人も現れるなんてね・・・。僕なんて井の中の蛙だったってことか)
少し前にラーメン屋で出会った大食いの少女を思い出す。食べた量自体はそこまでだったが、豚神は直感的に、その少女が自分より大食いであることを察していた。
(コイツをここで止められなければ、きっと町の皆も食べられてしまう。そうはさせない・・・!)
豚神は歯を食いしばると、再びハグキに向かって掴みかかった。
それから豚神は、ボロボロになりながらも不屈の精神で戦い続けた。
何度吹っ飛ばされても、何度体を叩きつけられても立ち上がり立ち向かう。
一撃で致命傷になるだろうハグキの噛みつきは、豚神であるからこそわかる予兆があった。
たびたび行われる噛みつき攻撃は確実に避けつつ、自分は噛みついて少しでもダメージを与えようと画策する。
それは本来の実力差からすると、奇跡のような時間稼ぎであった。
例えそれがハグキ側の手加減によって成り立っているものだとしても、他に同じことが出来るものなどそうはいないだろう。
だが、ついにその瞬間が訪れた。
血を流し、視界が薄れる豚神。
その隙を突かれ、ハグキの噛みつきを避けられなかったのだ。
予想と反して一瞬で嚙み千切られるようなことはなかったが、ハグキの顎に体を挟まれ、その歯が体に食い込む。
「くっ・・・(しまった!奥の手を使う暇も・・・!)」
徐々に閉じられようとする顎門に、豚神が死を覚悟した瞬間───
「超合金バズーカ!!」
「おえッ!?」
尋常ではない衝撃と共に、豚神の体は宙に投げだされた。
「超合金ミサイル!!」
「へぶあッ!?」
背後から尋常ではない衝撃を受けたたらを踏んだハグキは、さらに強烈な蹴りを受け、豚神を飛び越えて吹っ飛ぶ。
壁や床を突き抜け、見えなくなるほど遠くまで吹っ飛んだハグキを目にし・・・豚神が振り返った先居たのは。
「大丈夫か豚神!だから戦闘前にドカ食いはやめろと言っただろう」
S級11位ヒーロー『超合金クロビカリ』であった。
豚神からの救難信号を受け駆け付けたのだ。
「クロビカリ・・・助かったよ、ありがとう」
「ああ!豚神はここで休んでいてくれ。あとは俺に任せろ!にしてもあの怪人・・・俺の蹴りで粉々にならないなんて、頑丈だな!」
豚神は感謝をすると、超合金クロビカリに情報を伝えようと口を開く。
「あれが童帝の言ってたハグキだよ。身体能力もそうだけど、噛む力は尋常じゃない。君も気を付けてくれ」
「あれがシルバーファングが倒せなかったという・・・大丈夫だ!シルバーファングと戦って傷一つつかなかったのは俺も同じだ!」
豚神と超合金クロビカリが見つめる先で、ズゴゴッという轟音と共に階層が崩落し、瓦礫がまるで排水口に流れ込む水のようにある一点に飲み込まれていく。
全ての瓦礫が無くなった時、その広場のようになった空間にいたのは蹴りを受けた背から血を流すハグキだった。
自分の体積の数十倍以上の物質を飲み込み、膨れ上がった体を超速消化によってギュルルッと元に戻すと、背中の傷口が一瞬蠢いたかと思えば即座に再生する。
「不意打ちで調子乗るなよ」
「再生するのか・・・!ますます楽しみだ!この超合金クロビカリの全力をぶつけられる相手であってくれ!」
超合金クロビカリはハグキと同じ場所に降り立つと、構えを取る。
対するハグキも、ガチンガチンと歯を鳴らし、全力で相手に攻撃する態勢を取った。
両者の筋肉が極限まで隆起し、その張りが臨界点に達したとき。
弾け飛ぶようにその体は相手に向かって突き進みぶつかり───
そして世界から音が消えた。
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