この超常社会Live2Dのイケメンアバターより『疲れ切った23歳男の地声を持つロリ美少女』の方が需要あるのバグ以外の何物でもないでしょ 作:九咲
## 1. 超常社会の冷酷な現実
ガガガと安物の換気扇がけたたましい音を立てる。
築25年、家賃4万円オートロックなし。神野区の片隅に佇むボロアパートの一室が俺――割内駆(わりない かける)の「ヒーロー事務所」のすべてだった。
「はぁ……。今日もパトロールの成果は迷子の猫1匹の保護。歩合給は数千円。……これ来月の家賃払ったら俺の主食が100円コンビニのもやしだけになるな」
俺のヒーロー名は『ナビゲート』。
プロヒーローになって3年目。個性は『ウィンドウ』。視界に半透明のネット画面を出し超高速で情報検索やデータ処理ができる……という戦闘力1ミリ未満の完全に事務用・サポート用の個性だ。
この世界は「超常社会」だ。人口の約8割が何らかの超常能力「個性」を持つ。
テレビをつければナンバーワンヒーローのオールマイトがビルを破壊するヴィランを拳一つでブッ飛ばしネットを開けば十代の若き天才たちが爆発や氷結を操って華々しく活躍している。
そんな「エンタメの刺激が強すぎる世界」においてただ画面を出してカタカタ検索するだけの23歳男のヒーローなど誰も見向きもしない。
当然ヒーロー活動だけでは食っていけなかった。
だから俺は前世の知識を活かしてネット配信業――「バーチャルYouTuber(VTuber)」に手を出したのだ。実は転生者なのである。ネームドのキャラクターに転生出来たら良かったのだが。それゆえ前世の知識もあるのだ。
最初は前世のセオリー通り「Live2Dで動く王道のイケメンアバター」を作ってデビューした。情報処理の個性があるからフェイストラッキングや配信環境の構築なんてお手の物だった。
だが結果は惨敗。同時視聴者数は驚異の「3人」。
理由は簡単だった。この世界には個性の影響で生まれつき髪や目が発光するリアルな美形や狐耳や狼の姿をした「本物の異形型」がその辺を普通に歩いている。画面の中の「作り物のイケメン」なんて誰も興味を持たなかったのだ。
絶望した俺は、半ばヤケクソになって、一つの禁忌(バグ)に手を染めた。
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## 2. 深夜23時のバグ
「――はい、おつナビー。……ふふ今夜も画面のナビちゃんは最高にカワイイでしょ?」
深夜23時。ボロアパートの片隅で俺は配信用マイクに向かって声を吹き込んでいた。
画面の中で愛らしく首を傾げウインクを飛ばしているのは俺が自作したLive2Dモデル『ナビちゃん』。白髪に、ピコピコと動くケモ耳。大きな瞳が特徴の最高にロリでキュートなバーチャル美少女だ。
しかし、その可憐なガワから流れる音声は――。
「でも、中身は23歳のしがない社会人男性だからね。騙されちゃダメだよ新規のリスナー(※吐息混じりの、深く甘い、脳の髄までとろけるような超絶低音イケボ)」
そう。ボイチェンは一切使っていない。俺の生身の「無駄に色気のある低音イケボ」だ。
この世界でボイチェンを使って声まで偽装すると『音声偽装の個性持ちヴィラン』として警察のサイバー班に一発でマークされるため地声でやるしかなかった。
美少女の見た目から流れる疲れ切った成人男性の極上イケボ。
前世なら「バ美肉おじさん」として一部のニッチ層にしかウケないはずのこのギャップがなぜかストレスの塊のようなこの超常社会の若者たちに狂ったように刺さってしまった。
『ギャップで脳がバグるwwwww』
『声帯に深夜ラジオの神が住んでる』
『見た目ロリなのに、たまにリアルな生活苦の愚痴(もやしの値段とか)が出るの生々しくて好き』
コメント欄が爆速で流れていく。
今や同時視聴者数は5万人超え。俺の個性の画面には、1万円の「赤スパ(高額投げ銭)」が次々とポップアップしていた。
「あ、スパチャありがとう。
『ナビちゃん、今日も夜勤のパトロールお疲れ様です。最近、治安が悪くて不安なので、実践的な防犯対策を教えてください』……うん、いいよ。じゃあ今夜は、【路地裏で複数のヴィランに絡まれた時の、100%生き残るための泥臭い護身術】について解説しよっか」
俺はLive2Dのナビちゃんを愛らしく微笑ませながら声のトーンを一段と深くセクシーに落とした。
「いいかい、子猫ちゃんたち(リスナー)。ヒーローの真似事をして戦おうなんて絶対に思っちゃダメだよ?
ヴィランに囲まれたら、まずプライドを完全に捨てて、大音量の防犯ブザーを3個同時に鳴らすんだ。そして相手の中で一番体格の小さい奴の膝を、全力で蹴り抜く。できた隙間から、這いつくばってでも大通りへ逃げるんだよ……?(※耳元で囁くようなウィスパーボイス)」
『防犯講座の解像度がプロヒーローすぎる』
『金的と目潰しを可愛いロリのガワで推奨するなwww』
『でも声が良すぎて、内容がすんなり頭に入ってくるの悔しい』
コメント欄が大盛り上がりする中、画面に一際派手なエフェクトが走った。
【¥20,000(赤スパ)】
【大爆破神(仮)】:てめぇの言う通り、今日下校中に絡んできた不良の膝を爆破して防犯ブザー鳴らして逃げたら警察にめちゃくちゃ褒められたわクソが!! もっと実践的な目潰しの角度教えろやクソイケボ!!
「(……出たな、アカウント名『大爆破神(仮)』さん。文面が物凄くバイオレンスだし、最近ニュースでよく見る雄英高校の某爆破少年に口癖がそっくりなんだけど気のせいだよね? 気のせいだと言ってくれ)」
俺は冷や汗を流しながら、 Live2Dのナビちゃんに可愛いキツネサインを作らせた。
「えー、大爆破神(仮)さん、2万円もありがとう。家賃が半分浮くよ。でも、一般の学生さんは膝を爆破しちゃダメだからね? 警察にお世話になっちゃうからね。
……あ、ちょっと待って。さらに赤スパ」
【¥50,000(赤スパ)】
【SHOTO】:これ聴くとよく眠れる。親父の小言より100倍いい。あと、ナビちゃんのおすすめの蕎麦屋教えて。
「直球すぎるだろ!!! 隠す気ゼロかよ(※轟くん)!!!
っていうか俺の声雄英のトップエリートの睡眠用BGMにされてるの!? 嬉しいけど、これ一応防犯講座だからね!? あと実家にセラピー代として請求したいくらいだよ!!」
はぁ……と、画面の向こうのLive2Dが震えるほどのセクシーなた吐息を漏らす。
この世界の若者、特に未来のヒーローたちの卵は、過酷な訓練とストレスで情緒がバグり散らかしている。そのため、この「可愛いガワ」と「極上の癒やしイケボ」、そして「ガチで生き残るための泥臭い防犯知識」のチャージが、最高のオアシスになってしまっているようだった。
「これ以上喋ると(君たちの消灯時間が遅くなって担任に)怒られそう今夜はここまで。
……よし、じゃあ治安維持(コンビニ弁当の買い出し)に行ってくるね。おつナビー。みんな、良い夢を」
プチッ、と配信の切断ボタンを押した。
静まり返った家賃4万のアパート。
俺は椅子にもたれかかり天井を見上げた。画面には今夜の配信だけで稼ぎ出した「ヒーローの月収の数倍の額」のアナリティクスが表示されている。
「……まぁ、底辺ヒーローだけどさ。画面の向こうの何万人かの防犯意識を高めて治安を維持できてるなら……これも一つの立派なヒーロー活動だよな」
俺はそう自分に言い聞かせヨレヨレのジャージを羽織って深夜の街へと歩き出すのだった。
これが超常社会の片隅で起きている誰も知らないバーチャルヒーローの第一歩。
しかしこの時俺はまだ知らなかった。
バキバキに充血した目をした相澤消太先生から「……おい割内、ちょっと面を貸せ。うちの生徒の睡眠時間を削っている元凶が同業者のバ美肉だと知った俺の気持ちが分かるか?」とガチのトーンでこのボロアパートの凸喰らうハメになることを――。