この超常社会Live2Dのイケメンアバターより『疲れ切った23歳男の地声を持つロリ美少女』の方が需要あるのバグ以外の何物でもないでしょ 作:九咲
「(……モデレーター制限、なし。全コメント解放。日本中の、いや、世界中の不安をすべてこの画面(ウィンドウ)で受け止める。……いくぞ)」
最新機材が並ぶタワマンの一室。画面に映る『ナビちゃん(白髪ケモ耳ロリ美少女)』は、今日はいつものあざとい笑顔を完全に捨て、冷徹でしかしどこか燃え上がるような強い瞳で座っていた。
ピコン、と配信開始のシグナルが入った瞬間、サーバーが悲鳴を上げた。
同時視聴者数は瞬く間に100万人を突破。コメント欄は、いつもの推し活やおふざけが1ミリもない怒号と絶哀の地獄絵図と化していた。
『街がめちゃくちゃになった。ヒーローは何をしてたんだ』
『エンデヴァーの息子がヴィランってマジかよ。何を信じればいいんだ』
『ヒーローなんて、結局自分たちの名誉のために戦ってただけじゃないか』
「(……ああ。言いたいことは分かる。みんな怖くて、裏切られて、どうしようもないんだ)」
俺はマイクを引き寄せた。
いつもなら女性を狂わせるために使うそのセクシーな重低音を、今夜は「全人類の背骨を叩き起こすための地を這うような烈火の男声」に変えて、スピーカーの向こう側へと叩き込んだ。
『――おつナビー。……いや、挨拶は不要だね。国家公認Vヒーローのナビゲイトこと、割内駆だ(※極限まで低く、一切の誤魔化しのない、10割ガチのプロヒーローの地声ボイス)』
一瞬でチャット欄の罵詈雑言がピタッと止まる。その圧倒的な声の覇気に画面の向こうの何百万人が息を呑んだ
。
『みんな、言いたい放題だね。ヒーローの敗北だ、偽物だ、社会の終わりだって、絶望の言葉で画面を埋め尽くして。……うん、いいよ。全部吐き出しなよ。
実際、街は壊された。俺たちの仲間もたくさん傷つき、命を落とした。ナンバーワンの家庭の闇が暴露されて、みんながヒーローを見限る気持ちもプロの俺が一番よく分かっている。
……でもさ。画面の前のみんな』
俺は(Live2Dのフェイストラッキングを限界まで連動させ)カメラを、つまり画面の向こうの全視聴者を真っ直ぐに睨みつけた。
『――ヒーローへの文句を並べ立てて絶望してれば明日、ヴィランが襲ってきたときに君たちの命は助かるのかい?』
静寂。コメント欄のスクロールが止まる。
『助からないよね。
オールマイトが引退し、エンデヴァーの信頼が揺らぎ、プロヒーローたちが次々と引退届を出している。それが今の、この世界の「最悪の現実」だ。
これからの世界、ヒーローはすぐには助けに来られない。誰も君たちを、お姫様抱っこで安全な場所まで運んではくれないんだよ。
だったら、どうする? ヒーローを罵りながら路地裏で震えてヴィランに殺されるのを待つかい?
……そんなわけねぇだろ。法を、社会を俺たちの命を舐めるなよ』
俺は深く、重く、そして最高に男らしいため息を吐き、デスクをドン、と叩いた。
『――ヒーロー社会が崩壊したなら、今ここから、俺たち一般市民の手で「新しい防犯の時代」を始めればいい。
ヒーローを信じられないなら、信じなくていい! 代わりに、俺が1年間教え続けてきた「君自身の、泥臭く絶対に生き残るための境界線(技術)」を信じろ!!』
個性の画面を100枚展開し、避難所のシステムへ防犯データを一斉送信する。
『明日からすぐやれ。
ヴィランが来たらプライドを捨てて防犯ブザーを鳴らせ。一番体格の小さい奴の膝を蹴り抜いて、できた隙間から這いつくばってでも逃げろ。SNSの怪しい勧誘には絶対に触れるな。
ヒーローが倒れたなら、市民が自力で「4分42秒」逃げ延びる強さを持つんだよ!!
前線で戦って傷ついた生徒たち(A組のメンツ)や、今も病院で泥水を飲んでいるヒーローたちを責めるのは、お前らが無傷で生き残って、この最悪な世界を生き延びた後にしろ!!
……分かったかい、画面の前の、俺の大切な子猫ちゃんたち(※ここで、限界まで優しい、骨の髄までとろける重低音ウィスパーに戻る)』
コメント欄が、涙と、そして「怒り」ではない「生きる覚悟」の弾幕で真っ赤に染まった。
『重力ゼロ子(※お茶子):……先生。ありがとうございます。ウチら、絶対に負けません……(青スパ:1,000円)』
『インジニウムに憧れる男(※飯田):割内先生!! 仰る通りだ!! ヒーローが非難の的になろうとも、我々の成すべきことは市民と共に生き抜くことだ!!(青スパ:1,000円)』
『大爆破神(仮)(※爆豪):……あぁん!? 誰が倒れたってんだクソ教師!! 病院のベッドの上からでもてめぇのクソイケボは五月蝿ぇんだよ!! 誰が負けるかよブチ殺すぞヴィラン共がァ!!!(怒りの10万円赤スパ)』
「(……爆豪くん。重傷で目覚めたばっかりのはずなのに 、病院のWi-Fiから怒りの10万スパチャ投げてくるの、お前マジで最高のヘビーリスナーだよ……。生きててくれて、本当によかった……っ!)」
俺は涙が出そうになるのを必死に抑え、 Live2Dのナビちゃんに、力強いキツネサインを作らせた。
『うん。……みんな、生きててくれてありがとう。
外の世界は地獄(極々、地獄)かもしれない でも、電子の海の防犯壁は、俺と、公安の法律ヤクザ(盾ちゃん)で死守するから。
避難所のみんな、今夜は鍵を3重に締めて、大人しくベッドに入るんだよ。僕の声を聴きながら、明日を生き抜くための力を蓄えるんだ。
……よし、じゃあ治安維持(復興防犯データの更新)に行ってきます。おつナビー。……みんな、絶対に、絶対に生きて、また画面の前で会おうね(吐息)』
プチッ、と配信の切断ボタンを押した。
タワマンの広いリビング。
俺は椅子にもたれかかり、天井を見上げた。スマホには、病院のベッドから相澤先生が送ってきたと思われる、短いつぶやきのようなメッセージが届いていた。
『……割内。お前がバーチャルの皮を被って、あのクソイケボで吠えてくれたおかげで、今夜、日本の壊れかけた心が1枚繋ぎ止まった。……合理的で、最高のヒーロー活動だ。ありがとう』
「……へへ。相澤先輩にそんなこと言われたら、もやし生活に戻っても配信やめられないじゃんか」
社会の信頼がゼロになり、ここからデクの孤独な逃亡(黒デク編)へと向かう暗黒の時代。
しかし、ネットの海には「市民に逃げる強さを説き続ける、1億人の情緒の防壁」が確かに存在していた。バーチャルヒーロー・ナビゲイトの本当の戦いは、この地獄の底から、再び幕を上げるのだった。