サブタイトルを考えるのむじ〜
第一回戦が終わり、決勝トーナメントはさらに熱を増していた。
そして。
「続いては第二回戦!!」
プレゼント・マイクの声が競技場を震わせる。
「針山瞬選手!!」
観客席から大きな歓声が上がる。
続いて反対側の入場口から、一人の少年が姿を現した。
「対するはァァァ!!」
「飯田天哉ァァァ!!」
飯田は眼鏡を押し上げる。
その表情は真剣そのものだった。
二人が競技場の中央へ歩いていく。
「針山くん」
「うん」
「上鳴くんとの戦いは見させてもらった」
「そう」
「君がどれほど強いのかも理解している」
飯田は両手を握る。
「だからこそ、俺は全力で挑む!」
瞬は飯田を見つめる。
脚部から響く低いエンジン音。
「……速そうだね」
「もちろんだ!」
飯田が力強く答える。
「俺の個性は、この脚があってこそ成り立つ!」
瞬は少し笑った。
「じゃあ、追いついてみせる」
「望むところだ!」
二人が構える。
ミッドナイトが両者を確認する。
「それでは──」
腕が上がる。
「スタート!!」
瞬が地面を蹴った。
ズンッ!!
巨体が一気に前へ飛び出す。
しかし。
「行くぞッ!」
飯田も同時に加速した。
ゴォン!!
エンジン音を響かせながら、瞬の横を一瞬で駆け抜ける。
「──!」
瞬が振り返る。
もう数十メートル先に飯田がいる。
「速い」
思わず声が漏れた。
瞬も追う。
しかし。
縮まらない。
飯田は直線を高速で駆け抜け、瞬との距離を維持している。
「針山くん!」
飯田が走りながら振り返る。
「どうした!?」
「全然追いつかない!」
「当然だ!」
飯田は真っ直ぐ前を向く。
「速度では負けるつもりはない!」
その言葉通りだった。
瞬が速度を上げる。
飯田もさらに速度を上げる。
差は一定。
瞬は飯田の背中を見ながら、目を細めた。
(速い)
飯田の脚の動き。
踏み込むタイミング。
身体の傾き。
方向転換。
全てを観察する。
ノッキングのために培われた視線は、相手の身体の構造だけを見るものではない。
相手がどう動くのか。
どこへ力を込めるのか。
次に何をするのか。
それすらも瞬は見えていた。
「……」
飯田が右へ進路を変える。
瞬も右へ。
飯田が左へ。
瞬も左へ。
「何っ!?」
飯田が驚く。
確実に距離が縮まっている。
「私の進路を読んでいるのか!?」
瞬は答えない。
ただ追う。
飯田はさらに速度を上げる。
それでも。
少しずつ。
少しずつ。
瞬が迫ってくる。
観客席が沸き上がる。
「針山が追いついてきたぞ!」
「飯田のスピードに食らいついてる!」
「すげぇ!」
飯田は歯を食いしばる。
(速さでは、まだ私が上だ)
(しかし、このままでは追いつかれる!)
飯田が進路を変える。
瞬が先回りする。
飯田が再び方向を変える。
瞬も追従する。
そして。
ついに。
瞬の手が飯田の背中へ伸びた。
「──!」
飯田が咄嗟に身体を捻る。
指先が制服を掠める。
「危ない!」
飯田は大きく距離を取った。
瞬は追撃しない。
ただ、飯田を見る。
「もうちょっとだった」
「……」
飯田の額から汗が落ちる。
通常の速度では。
もう限界が近い。
このまま続ければ、いずれ捕まる。
ならば。
飯田は一度、深く息を吸った。
脚部のエンジンが唸る。
ゴォォォォ……。
瞬が顔を上げる。
「……?」
飯田の脚から、これまでとは明らかに違う音が響いている。
飯田は拳を握る。
「針山くん」
「うん?」
「ここからは──」
飯田の身体が前傾する。
「俺の切り札だ!!」
エンジン音が一気に跳ね上がる。
ゴォォォォォォォォッ!!
観客席がどよめいた。
飯田の脚が、これまでとは比較にならないほどの出力を生み出していく。
瞬の目が大きく開く。
「……!」
次の瞬間。
飯田の姿が消えた。
「──ッ!!」
爆発的な加速。
まるで身体そのものが砲弾になったかのように、飯田が一気に瞬へ迫る。
瞬は反射的に身構えた。
そして。
「レシプロバースト!!」
飯田の全力の一撃が。
瞬へ向かって放たれようとしていた。
────────
第十一話
第二幕「限界速度」
ゴォォォォォォォォッ!!
飯田の脚部から、凄まじいエンジン音が響き渡る。
次の瞬間。
視界から飯田の姿が消えた。
「──!」
瞬の目が大きく見開かれる。
速い。
今までとは、まるで違う。
空気を切り裂くような速度で飯田が迫る。
「これが……俺の切り札だ!!」
飯田の拳が握られる。
だが。
狙いは拳ではない。
踏み込んだ右脚。
それが瞬の身体へ向かって振り抜かれる。
「喰らえ!!」
ドゴォォォォン!!
強烈な蹴撃が瞬の腹部へ叩き込まれた。
「ぐっ……!」
瞬の巨体が大きく吹き飛ぶ。
ドン!!
地面を転がり、砂煙が舞い上がる。
「針山!!」
観客席から驚きの声が上がった。
これまで、ほとんど攻撃を受けることのなかった瞬が。
明確に吹き飛ばされた。
「やった!」
飯田が叫ぶ。
しかし、その表情に余裕はない。
レシプロバーストは強力だ。
その代わり。
長時間維持することはできない。
約十秒。
それを過ぎればエンジンは止まり、身体は一時的に動かなくなる。
だからこそ。
この短い時間で決める。
「針山くん!」
飯田が再び地面を蹴る。
「この十秒で、俺は君を場外へ出す!!」
ゴォッ!!
瞬へ向かって突進する。
砂煙の向こう。
その巨大な影がゆっくりと立ち上がった。
「……痛かった」
瞬が腹部を押さえる。
体操服には蹴撃の跡が残っている。
それでも。
倒れてはいない。
「……すごいね」
瞬が飯田を見る。
その目に恐怖はない。
むしろ。
興味が宿っていた。
「もう一回、来て」
「なっ……!」
飯田の目が見開かれる。
瞬は構える。
「今度はちゃんと見てみたい」
飯田は歯を食いしばった。
「ならば!!」
再び加速する。
ゴォォォッ!!
瞬の正面へ。
飯田の脚が迫る。
瞬は避けた。
ギリギリ。
鼻先を飯田の脚が通過する。
「なに!?」
飯田が驚く。
瞬は身体を捻りながら、その脚の動きを目で追った。
(速い)
(でも──)
見える。
飯田の身体。
踏み込む瞬間。
重心。
脚を振り抜く角度。
そして。
次にどこへ向かうのか。
瞬の目が、それを一つずつ捉えていく。
「そこ」
瞬が踏み込んだ。
飯田は急旋回する。
しかし。
瞬の手が飯田の肩を掠めた。
「くっ!」
飯田は距離を取る。
残り時間は少ない。
レシプロバーストの出力は圧倒的。
だが、その速度を維持するほど、エンジンへの負荷も増えていく。
「まだだ!」
飯田は再び加速する。
右。
左。
正面。
高速で瞬の周囲を駆け回る。
観客席からは飯田の姿が残像のように見えていた。
「速すぎる!」
「針山、追えてるのか!?」
しかし。
瞬は動かない。
ただ目だけで飯田を追っている。
「……」
飯田が一気に距離を詰めた。
「今だ!!」
瞬へ向けて蹴りを放つ。
だが。
瞬の身体が僅かに沈む。
蹴りが頭上を通過する。
「なっ──!」
飯田の目が見開かれる。
その瞬間。
瞬の手が伸びた。
「捕まえた」
指先が飯田の腕へ触れる。
「ノッキング──」
「まだだ!!」
飯田は無理やり身体を捻る。
瞬の指が僅かに外れる。
そのまま距離を取る。
だが。
明らかに呼吸が荒くなっていた。
脚部のエンジン音も変化している。
「……っ」
残り時間。
あと僅か。
(ここで決める!)
飯田は最後の力を振り絞る。
「針山くん!!」
最後の突進。
今までで最も速い。
一直線。
場外へ押し出すための一撃。
瞬は構える。
そして。
飯田が目の前へ迫った瞬間。
瞬は横へ身体をずらした。
「な──」
飯田の身体が通り過ぎる。
瞬はその背後へ回り込む。
肩へ手を添える。
「ノッキング」
コツ。
飯田の身体が止まった。
「──ッ!」
完全に動けない。
その瞬間。
ゴォォォ……。
飯田の脚部から響いていたエンジン音が。
途切れた。
「……」
飯田の身体から力が抜ける。
「エンスト……」
飯田は悔しそうに呟いた。
瞬は飯田を倒さないように支える。
「大丈夫?」
「……ああ」
飯田は悔しそうに瞬を見る。
「完敗だ」
瞬は首を横に振る。
「俺も危なかったよ」
「君は……」
飯田が少し驚いたように瞬を見る。
「本当に強いな」
瞬は笑う。
「飯田くんもね」
ノッキングを解除する。
飯田はゆっくりと立ち上がる。
その脚はまだ動かない。
それでも。
飯田は胸を張った。
「次は、もっと速くなる」
「うん」
瞬は頷く。
「楽しみにしてる」
やがて。
プレゼント・マイクの声が競技場へ響き渡った。
「勝者ァァァ!!」
「針山瞬!!」
歓声が爆発する。
瞬は観客席を見上げる。
そして。
先ほど蹴られた腹部へ手を当てた。
「……」
痛みはまだ残っている。
それなのに。
不思議と嫌ではなかった。
強い相手と全力でぶつかった。
その感覚が。
少しだけ胸に残っていた。
まだ、瞬自身はその感情の名前を知らない。
ただ。
もっと強い相手と戦ってみたい。
そんな小さな衝動が。
確かに芽生え始めていた。
────────
競技場。
準決勝。
観客席から、これまで以上の歓声が降り注いでいた。
「さあ来たァァァ!!」
「準決勝第一試合!!」
「針山瞬!!」
「VS!!」
「轟焦凍ォォォ!!」
巨大な競技場の中央。
二人の少年が向かい合っていた。
瞬はいつもの雄英高校体操服。
対する轟も同じく体操服姿。
しかし。
その表情には、明らかな違いがあった。
瞬は静かに構えている。
けれど。
その瞳には、これまでとは違う光が宿っていた。
飯田との戦い。
あの速度。
あの蹴撃。
限界まで追い込まれた身体。
そして。
そこから勝利を掴んだ感覚。
まだ身体の奥に残っている。
「……轟くん」
「ああ」
「やろう」
瞬が笑う。
轟はその顔を見る。
「……」
先ほどまで戦っていた緑谷の姿が脳裏をよぎる。
自分の左側。
炎。
父親。
幼い頃から押し付けられてきたもの。
使いたくない。
使えば、親父の思い通りになる。
だが。
緑谷は言った。
自分の力だと。
自分がどうするかを決めろと。
「……」
轟は自分の左手を見る。
まだ。
答えが出ていない。
それでも。
目の前には対戦相手がいる。
戦わなければならない。
「針山」
「うん?」
「……お前は」
轟は一瞬言葉を止めた。
「俺の左側をどう思う」
突然の問い。
瞬は少し首を傾げる。
「左?」
「ああ」
「……炎?」
轟が目を細める。
「そうだ」
瞬は少し考える。
「強いと思う」
「……」
「轟くんの個性でしょ?」
「……そうだ」
轟は視線を落とす。
瞬はそんな轟の内側にあるものへ気づかない。
今の瞬の意識は。
ただ目の前の相手へ向いていた。
「それに」
瞬が拳を握る。
「飯田くんとは違う強さだから」
「……」
「どんな戦いになるのか、楽しみだ」
轟の目が僅かに動く。
楽しみ。
その言葉が、今の自分には理解できなかった。
緑谷との戦いで、何かが揺らいだ。
だが。
まだ整理できていない。
そのまま戦う。
「……分かった」
轟が構える。
ミッドナイトが二人の間へ入る。
「準備はいい?」
瞬が頷く。
轟も構える。
そして。
「スタート!!」
瞬が地面を蹴った。
ドンッ!!
一直線。
轟との距離を一気に詰める。
「──!」
轟が右手を前へ出した。
ゴォォォォォッ!!
巨大な氷が地面を走る。
瞬の足元へ迫る。
「来た!」
瞬が跳ぶ。
氷柱が目の前を突き抜ける。
さらに轟が腕を振る。
ゴゴゴゴゴゴ!!
次々と氷が競技場を覆っていく。
瞬は走る。
避ける。
飛ぶ。
砕く。
氷柱を拳で破壊する。
「……」
轟は無言。
右手から次々と氷を生み出す。
しかし。
瞬は止まらない。
ドゴン!!
氷を砕く。
バキン!!
さらに砕く。
そのまま轟へ迫っていく。
「速い……」
轟が呟く。
瞬は笑っていた。
「もっと来て!」
轟の眉が僅かに動く。
さらに巨大な氷壁を作る。
ドォォォン!!
瞬の前に分厚い壁が立ちはだかる。
瞬は拳を引く。
「ふっ!」
ドゴォン!!
氷壁に巨大な亀裂が走る。
二発目。
バキィィィン!!
氷壁が崩れた。
その向こう。
轟の姿が見える。
瞬が踏み込む。
「捕まえた!」
轟は反射的に右手を前へ出した。
ゴォォォォッ!!
氷が瞬の足元を覆う。
「──!」
両脚が凍り付く。
だが。
瞬は止まらない。
腰を落とす。
「よっと!」
バキィィィン!!
自ら氷を砕く。
そのまま轟へ向かって走る。
轟は後退する。
「……」
瞬が迫る。
あと数メートル。
轟は拳を握った。
左手。
炎。
使えば。
緑谷が言った。
自分の力だ。
だが。
それでも。
「……俺は」
轟の左手から。
小さな炎が揺らめいた。
瞬は気づく。
「……?」
轟の左側。
炎が。
出ている。
ほんの一瞬。
轟は迷った。
その迷いを。
瞬は。
ただの隙だと思った。
「今だ!」
瞬が一気に踏み込む。
轟の目が見開かれる。
右手が動く。
左手も。
ほぼ同時に。
氷と炎が。
轟の身体から噴き出した。
轟焦凍の中で。
何かが決まった。
そして。
準決勝の戦いは。
ここから大きく動き始める。
────────
轟の左手から。
一瞬だけ炎が揺らめいた。
その瞬間。
瞬の表情が変わった。
「……!」
あの炎。
緑谷との戦いで見せたものと同じだ。
巨大な氷を溶かし。
轟自身の身体を温め。
そして──
緑谷の全力を真正面から受け止めた、あの熱。
瞬は思い出していた。
轟焦凍。
こいつは、まだ何かを隠している。
そう思った。
そして。
嬉しくなった。
「……そうか」
瞬の口元がゆっくりと吊り上がる。
「やっぱり、まだあるんだ」
轟が構える。
右手から氷。
左手から炎。
両方を使う構え。
それを見た瞬の胸が高鳴った。
「轟」
「……」
「最高だな」
瞬が拳を握る。
身体を低くする。
これまでとは違う。
明らかに違う。
その姿を見た観客席がざわめいた。
「針山の構えが変わった?」
「何だ、あれ……」
緑谷も息を呑む。
「あの構え……」
以前、瞬が見せた技。
その名を。
緑谷は知っていた。
「ビッグバン……」
瞬の全身へ力が集まる。
脚。
腰。
背中。
肩。
腕。
全てを連動させる。
腕は黒く染まりどれ程圧縮されているかが分かる。
そして。
瞬は笑った。
「楽しいなァァァ!!!」
轟へ向かって叫ぶ。
「轟ィィィ!!!」
ドンッ!!
地面が砕ける。
瞬が突進する。
その速度は、これまでとは比較にならない。
巨大な身体が一瞬で距離を詰める。
「──!」
轟が目を見開く。
瞬の拳が振り抜かれる。
「ビッッッッッッッグバン!!」
ドォォォォォォォォン!!
凄まじい衝撃が競技場を震わせた。
爆発のような衝撃波。
地面が抉れ。
砂煙が一気に巻き上がる。
「うおおおおおお!!」
「何だ今の!?」
「すげぇ!!」
だが。
轟は。
その直前。
ドドドドドドドッ!!
巨大な氷壁が瞬と轟の間へ何重にも形成される。
ビッグバンの衝撃が氷壁を次々と砕いていく。
バキィィィン!!
ガシャァァン!!
ドゴォォォン!!
だが。
そして最後の一枚を割り。
轟の身体が後方へ吹き飛ばされる。
「……っ!」
ドン!!
轟の足が競技場の外へ着く。
その瞬間。
「轟焦凍、場外!!」
プレゼント・マイクの声が響き渡った。
「勝者ァァァ!!」
「針山瞬!!」
歓声。
歓声。
歓声。
観客席が大きく揺れる。
「うおおおおおお!!」
「針山が勝った!!」
「決勝進出だ!!」
しかし。
瞬は。
動かなかった。
「……」
拳を下ろす。
視線の先には。
場外へ出た轟。
その姿。
瞬の表情から笑みが消えていた。
「……終わった?」
呟く。
自分でも理解できない。
勝った。
確かに勝った。
決勝へ進める。
なのに。
「……何で?」
胸の奥が。
空っぽだった。
瞬は轟を見る。
「轟」
「……なんだ」
「もう……終わり?」
轟は答えない。
瞬は拳を握る。
「俺は……」
言葉が続かない。
もっと戦うと思っていた。
もっとぶつかり合うと思っていた。
あの炎を使った轟と。
真正面から。
全力で。
なのに。
終わってしまった。
たった一撃。
たった一度の攻防で。
「……」
瞬は自分の拳を見る。
ビッグバンを放った拳。
その拳は確かに強かった。
けれど。
今は。
何も感じない。
「……勝ったのに」
その言葉が。
ぽつりと零れた。
轟が瞬を見る。
「針山」
「……」
「お前は」
轟が少しだけ目を伏せる。
「俺が本気で戦っていないと思っているのか」
「……違う」
瞬は首を振る。
「そうじゃない」
しばらく黙る。
「ただ……」
瞬は言葉を探す。
「もっとやれると思ってた」
轟は何も言わない。
瞬はそこで初めて。
気づいた。
自分が望んでいたのは。
ただ勝つことではなかった。
相手を倒すことでもない。
もっと強い相手と。
自分も。
相手も。
持っているものを全部出して。
真正面からぶつかること。
その先にあるものを。
知りたかった。
「……そっか」
瞬が小さく呟く。
「勝てば嬉しいってわけじゃないんだ」
これまで。
勝つことは結果だった。
強い相手に勝てば嬉しい。
それで十分だった。
でも。
飯田との戦いで。
初めて全力の速度を感じた。
その直後。
轟との戦いで。
もっと大きなものを期待してしまった。
だからこそ。
今の勝利が。
酷く虚しく感じる。
瞬は顔を上げる。
轟を見る。
「轟」
「なんだ」
「また戦おう」
轟は少し驚いた。
「……ああ」
短い返事。
だが。
その言葉に嘘はなかった。
瞬はようやく少しだけ笑った。
「その時は」
拳を握る。
「ちゃんと全部見せてよ」
轟は答えない。
ただ。
自分の左手を見る。
そこにはまだ。
小さな炎が残っていた。
そして瞬は。
競技場の中央へ視線を戻した。
決勝戦。
相手は。
爆豪勝己。
胸の奥で。
何かが。
また少しだけ動き始めていた。
この日。
針山瞬は一つのことを知った。
──勝利には。
嬉しい勝利だけではない。
勝ったはずなのに。
何も残らない。
そんな。
虚しい勝利もある。
読んでくれてサンガツ!