ノッキングマスターの弟子のアカデミア   作:のんびり者

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 サブタイトルを考えるのむじ〜




嬉しさと虚しさ

 第一回戦が終わり、決勝トーナメントはさらに熱を増していた。

 

 そして。

 

「続いては第二回戦!!」

 

 プレゼント・マイクの声が競技場を震わせる。

 

「針山瞬選手!!」

 

 観客席から大きな歓声が上がる。

 

 続いて反対側の入場口から、一人の少年が姿を現した。

 

「対するはァァァ!!」

 

「飯田天哉ァァァ!!」

 

 飯田は眼鏡を押し上げる。

 

 その表情は真剣そのものだった。

 

 二人が競技場の中央へ歩いていく。

 

「針山くん」

 

「うん」

 

「上鳴くんとの戦いは見させてもらった」

 

「そう」

 

「君がどれほど強いのかも理解している」

 

 飯田は両手を握る。

 

「だからこそ、俺は全力で挑む!」

 

 瞬は飯田を見つめる。

 

 脚部から響く低いエンジン音。

 

「……速そうだね」

 

「もちろんだ!」

 

 飯田が力強く答える。

 

「俺の個性は、この脚があってこそ成り立つ!」

 

 瞬は少し笑った。

 

「じゃあ、追いついてみせる」

 

「望むところだ!」

 

 二人が構える。

 

 ミッドナイトが両者を確認する。

 

「それでは──」

 

 腕が上がる。

 

「スタート!!」

 

 瞬が地面を蹴った。

 

 ズンッ!! 

 

 巨体が一気に前へ飛び出す。

 

 しかし。

 

「行くぞッ!」

 

 飯田も同時に加速した。

 

 ゴォン!! 

 

 エンジン音を響かせながら、瞬の横を一瞬で駆け抜ける。

 

「──!」

 

 瞬が振り返る。

 

 もう数十メートル先に飯田がいる。

 

「速い」

 

 思わず声が漏れた。

 

 瞬も追う。

 

 しかし。

 

 縮まらない。

 

 飯田は直線を高速で駆け抜け、瞬との距離を維持している。

 

「針山くん!」

 

 飯田が走りながら振り返る。

 

「どうした!?」

 

「全然追いつかない!」

 

「当然だ!」

 

 飯田は真っ直ぐ前を向く。

 

「速度では負けるつもりはない!」

 

 その言葉通りだった。

 

 瞬が速度を上げる。

 

 飯田もさらに速度を上げる。

 

 差は一定。

 

 瞬は飯田の背中を見ながら、目を細めた。

 

(速い)

 

 飯田の脚の動き。

 

 踏み込むタイミング。

 

 身体の傾き。

 

 方向転換。

 

 全てを観察する。

 

 ノッキングのために培われた視線は、相手の身体の構造だけを見るものではない。

 

 相手がどう動くのか。

 

 どこへ力を込めるのか。

 

 次に何をするのか。

 

 それすらも瞬は見えていた。

 

「……」

 

 飯田が右へ進路を変える。

 

 瞬も右へ。

 

 飯田が左へ。

 

 瞬も左へ。

 

「何っ!?」

 

 飯田が驚く。

 

 確実に距離が縮まっている。

 

「私の進路を読んでいるのか!?」

 

 瞬は答えない。

 

 ただ追う。

 

 飯田はさらに速度を上げる。

 

 それでも。

 

 少しずつ。

 

 少しずつ。

 

 瞬が迫ってくる。

 

 観客席が沸き上がる。

 

「針山が追いついてきたぞ!」

 

「飯田のスピードに食らいついてる!」

 

「すげぇ!」

 

 飯田は歯を食いしばる。

 

(速さでは、まだ私が上だ)

 

(しかし、このままでは追いつかれる!)

 

 飯田が進路を変える。

 

 瞬が先回りする。

 

 飯田が再び方向を変える。

 

 瞬も追従する。

 

 そして。

 

 ついに。

 

 瞬の手が飯田の背中へ伸びた。

 

「──!」

 

 飯田が咄嗟に身体を捻る。

 

 指先が制服を掠める。

 

「危ない!」

 

 飯田は大きく距離を取った。

 

 瞬は追撃しない。

 

 ただ、飯田を見る。

 

「もうちょっとだった」

 

「……」

 

 飯田の額から汗が落ちる。

 

 通常の速度では。

 

 もう限界が近い。

 

 このまま続ければ、いずれ捕まる。

 

 ならば。

 

 飯田は一度、深く息を吸った。

 

 脚部のエンジンが唸る。

 

 ゴォォォォ……。

 

 瞬が顔を上げる。

 

「……?」

 

 飯田の脚から、これまでとは明らかに違う音が響いている。

 

 飯田は拳を握る。

 

「針山くん」

 

「うん?」

 

「ここからは──」

 

 飯田の身体が前傾する。

 

「俺の切り札だ!!」

 

 エンジン音が一気に跳ね上がる。

 

 ゴォォォォォォォォッ!! 

 

 観客席がどよめいた。

 

 飯田の脚が、これまでとは比較にならないほどの出力を生み出していく。

 

 瞬の目が大きく開く。

 

「……!」

 

 次の瞬間。

 

 飯田の姿が消えた。

 

「──ッ!!」

 

 爆発的な加速。

 

 まるで身体そのものが砲弾になったかのように、飯田が一気に瞬へ迫る。

 

 瞬は反射的に身構えた。

 

 そして。

 

「レシプロバースト!!」

 

 飯田の全力の一撃が。

 

 瞬へ向かって放たれようとしていた。

 

 ────────

 

 第十一話

 

 第二幕「限界速度」

 

 ゴォォォォォォォォッ!! 

 

 飯田の脚部から、凄まじいエンジン音が響き渡る。

 

 次の瞬間。

 

 視界から飯田の姿が消えた。

 

「──!」

 

 瞬の目が大きく見開かれる。

 

 速い。

 

 今までとは、まるで違う。

 

 空気を切り裂くような速度で飯田が迫る。

 

「これが……俺の切り札だ!!」

 

 飯田の拳が握られる。

 

 だが。

 

 狙いは拳ではない。

 

 踏み込んだ右脚。

 

 それが瞬の身体へ向かって振り抜かれる。

 

「喰らえ!!」

 

 ドゴォォォォン!! 

 

 強烈な蹴撃が瞬の腹部へ叩き込まれた。

 

「ぐっ……!」

 

 瞬の巨体が大きく吹き飛ぶ。

 

 ドン!! 

 

 地面を転がり、砂煙が舞い上がる。

 

「針山!!」

 

 観客席から驚きの声が上がった。

 

 これまで、ほとんど攻撃を受けることのなかった瞬が。

 

 明確に吹き飛ばされた。

 

「やった!」

 

 飯田が叫ぶ。

 

 しかし、その表情に余裕はない。

 

 レシプロバーストは強力だ。

 

 その代わり。

 

 長時間維持することはできない。

 

 約十秒。

 

 それを過ぎればエンジンは止まり、身体は一時的に動かなくなる。

 

 だからこそ。

 

 この短い時間で決める。

 

「針山くん!」

 

 飯田が再び地面を蹴る。

 

「この十秒で、俺は君を場外へ出す!!」

 

 ゴォッ!! 

 

 瞬へ向かって突進する。

 

 砂煙の向こう。

 

 その巨大な影がゆっくりと立ち上がった。

 

「……痛かった」

 

 瞬が腹部を押さえる。

 

 体操服には蹴撃の跡が残っている。

 

 それでも。

 

 倒れてはいない。

 

「……すごいね」

 

 瞬が飯田を見る。

 

 その目に恐怖はない。

 

 むしろ。

 

 興味が宿っていた。

 

「もう一回、来て」

 

「なっ……!」

 

 飯田の目が見開かれる。

 

 瞬は構える。

 

「今度はちゃんと見てみたい」

 

 飯田は歯を食いしばった。

 

「ならば!!」

 

 再び加速する。

 

 ゴォォォッ!! 

 

 瞬の正面へ。

 

 飯田の脚が迫る。

 

 瞬は避けた。

 

 ギリギリ。

 

 鼻先を飯田の脚が通過する。

 

「なに!?」

 

 飯田が驚く。

 

 瞬は身体を捻りながら、その脚の動きを目で追った。

 

(速い)

 

(でも──)

 

 見える。

 

 飯田の身体。

 

 踏み込む瞬間。

 

 重心。

 

 脚を振り抜く角度。

 

 そして。

 

 次にどこへ向かうのか。

 

 瞬の目が、それを一つずつ捉えていく。

 

「そこ」

 

 瞬が踏み込んだ。

 

 飯田は急旋回する。

 

 しかし。

 

 瞬の手が飯田の肩を掠めた。

 

「くっ!」

 

 飯田は距離を取る。

 

 残り時間は少ない。

 

 レシプロバーストの出力は圧倒的。

 

 だが、その速度を維持するほど、エンジンへの負荷も増えていく。

 

「まだだ!」

 

 飯田は再び加速する。

 

 右。

 

 左。

 

 正面。

 

 高速で瞬の周囲を駆け回る。

 

 観客席からは飯田の姿が残像のように見えていた。

 

「速すぎる!」

 

「針山、追えてるのか!?」

 

 しかし。

 

 瞬は動かない。

 

 ただ目だけで飯田を追っている。

 

「……」

 

 飯田が一気に距離を詰めた。

 

「今だ!!」

 

 瞬へ向けて蹴りを放つ。

 

 だが。

 

 瞬の身体が僅かに沈む。

 

 蹴りが頭上を通過する。

 

「なっ──!」

 

 飯田の目が見開かれる。

 

 その瞬間。

 

 瞬の手が伸びた。

 

「捕まえた」

 

 指先が飯田の腕へ触れる。

 

「ノッキング──」

 

「まだだ!!」

 

 飯田は無理やり身体を捻る。

 

 瞬の指が僅かに外れる。

 

 そのまま距離を取る。

 

 だが。

 

 明らかに呼吸が荒くなっていた。

 

 脚部のエンジン音も変化している。

 

「……っ」

 

 残り時間。

 

 あと僅か。

 

(ここで決める!)

 

 飯田は最後の力を振り絞る。

 

「針山くん!!」

 

 最後の突進。

 

 今までで最も速い。

 

 一直線。

 

 場外へ押し出すための一撃。

 

 瞬は構える。

 

 そして。

 

 飯田が目の前へ迫った瞬間。

 

 瞬は横へ身体をずらした。

 

「な──」

 

 飯田の身体が通り過ぎる。

 

 瞬はその背後へ回り込む。

 

 肩へ手を添える。

 

「ノッキング」

 

 コツ。

 

 飯田の身体が止まった。

 

「──ッ!」

 

 完全に動けない。

 

 その瞬間。

 

 ゴォォォ……。

 

 飯田の脚部から響いていたエンジン音が。

 

 途切れた。

 

「……」

 

 飯田の身体から力が抜ける。

 

「エンスト……」

 

 飯田は悔しそうに呟いた。

 

 瞬は飯田を倒さないように支える。

 

「大丈夫?」

 

「……ああ」

 

 飯田は悔しそうに瞬を見る。

 

「完敗だ」

 

 瞬は首を横に振る。

 

「俺も危なかったよ」

 

「君は……」

 

 飯田が少し驚いたように瞬を見る。

 

「本当に強いな」

 

 瞬は笑う。

 

「飯田くんもね」

 

 ノッキングを解除する。

 

 飯田はゆっくりと立ち上がる。

 

 その脚はまだ動かない。

 

 それでも。

 

 飯田は胸を張った。

 

「次は、もっと速くなる」

 

「うん」

 

 瞬は頷く。

 

「楽しみにしてる」

 

 やがて。

 

 プレゼント・マイクの声が競技場へ響き渡った。

 

「勝者ァァァ!!」

 

「針山瞬!!」

 

 歓声が爆発する。

 

 瞬は観客席を見上げる。

 

 そして。

 

 先ほど蹴られた腹部へ手を当てた。

 

「……」

 

 痛みはまだ残っている。

 

 それなのに。

 

 不思議と嫌ではなかった。

 

 強い相手と全力でぶつかった。

 

 その感覚が。

 

 少しだけ胸に残っていた。

 

 まだ、瞬自身はその感情の名前を知らない。

 

 ただ。

 

 もっと強い相手と戦ってみたい。

 

 そんな小さな衝動が。

 

 確かに芽生え始めていた。

 

 ────────

 

 競技場。

 

 準決勝。

 

 観客席から、これまで以上の歓声が降り注いでいた。

 

「さあ来たァァァ!!」

 

「準決勝第一試合!!」

 

「針山瞬!!」

 

「VS!!」

 

「轟焦凍ォォォ!!」

 

 巨大な競技場の中央。

 

 二人の少年が向かい合っていた。

 

 瞬はいつもの雄英高校体操服。

 

 対する轟も同じく体操服姿。

 

 しかし。

 

 その表情には、明らかな違いがあった。

 

 瞬は静かに構えている。

 

 けれど。

 

 その瞳には、これまでとは違う光が宿っていた。

 

 飯田との戦い。

 

 あの速度。

 

 あの蹴撃。

 

 限界まで追い込まれた身体。

 

 そして。

 

 そこから勝利を掴んだ感覚。

 

 まだ身体の奥に残っている。

 

「……轟くん」

 

「ああ」

 

「やろう」

 

 瞬が笑う。

 

 轟はその顔を見る。

 

「……」

 

 先ほどまで戦っていた緑谷の姿が脳裏をよぎる。

 

 自分の左側。

 

 炎。

 

 父親。

 

 幼い頃から押し付けられてきたもの。

 

 使いたくない。

 

 使えば、親父の思い通りになる。

 

 だが。

 

 緑谷は言った。

 

 自分の力だと。

 

 自分がどうするかを決めろと。

 

「……」

 

 轟は自分の左手を見る。

 

 まだ。

 

 答えが出ていない。

 

 それでも。

 

 目の前には対戦相手がいる。

 

 戦わなければならない。

 

「針山」

 

「うん?」

 

「……お前は」

 

 轟は一瞬言葉を止めた。

 

「俺の左側をどう思う」

 

 突然の問い。

 

 瞬は少し首を傾げる。

 

「左?」

 

「ああ」

 

「……炎?」

 

 轟が目を細める。

 

「そうだ」

 

 瞬は少し考える。

 

「強いと思う」

 

「……」

 

「轟くんの個性でしょ?」

 

「……そうだ」

 

 轟は視線を落とす。

 

 瞬はそんな轟の内側にあるものへ気づかない。

 

 今の瞬の意識は。

 

 ただ目の前の相手へ向いていた。

 

「それに」

 

 瞬が拳を握る。

 

「飯田くんとは違う強さだから」

 

「……」

 

「どんな戦いになるのか、楽しみだ」

 

 轟の目が僅かに動く。

 

 楽しみ。

 

 その言葉が、今の自分には理解できなかった。

 

 緑谷との戦いで、何かが揺らいだ。

 

 だが。

 

 まだ整理できていない。

 

 そのまま戦う。

 

「……分かった」

 

 轟が構える。

 

 ミッドナイトが二人の間へ入る。

 

「準備はいい?」

 

 瞬が頷く。

 

 轟も構える。

 

 そして。

 

「スタート!!」

 

 瞬が地面を蹴った。

 

 ドンッ!! 

 

 一直線。

 

 轟との距離を一気に詰める。

 

「──!」

 

 轟が右手を前へ出した。

 

 ゴォォォォォッ!! 

 

 巨大な氷が地面を走る。

 

 瞬の足元へ迫る。

 

「来た!」

 

 瞬が跳ぶ。

 

 氷柱が目の前を突き抜ける。

 

 さらに轟が腕を振る。

 

 ゴゴゴゴゴゴ!! 

 

 次々と氷が競技場を覆っていく。

 

 瞬は走る。

 

 避ける。

 

 飛ぶ。

 

 砕く。

 

 氷柱を拳で破壊する。

 

「……」

 

 轟は無言。

 

 右手から次々と氷を生み出す。

 

 しかし。

 

 瞬は止まらない。

 

 ドゴン!! 

 

 氷を砕く。

 

 バキン!! 

 

 さらに砕く。

 

 そのまま轟へ迫っていく。

 

「速い……」

 

 轟が呟く。

 

 瞬は笑っていた。

 

「もっと来て!」

 

 轟の眉が僅かに動く。

 

 さらに巨大な氷壁を作る。

 

 ドォォォン!! 

 

 瞬の前に分厚い壁が立ちはだかる。

 

 瞬は拳を引く。

 

「ふっ!」

 

 ドゴォン!! 

 

 氷壁に巨大な亀裂が走る。

 

 二発目。

 

 バキィィィン!! 

 

 氷壁が崩れた。

 

 その向こう。

 

 轟の姿が見える。

 

 瞬が踏み込む。

 

「捕まえた!」

 

 轟は反射的に右手を前へ出した。

 

 ゴォォォォッ!! 

 

 氷が瞬の足元を覆う。

 

「──!」

 

 両脚が凍り付く。

 

 だが。

 

 瞬は止まらない。

 

 腰を落とす。

 

「よっと!」

 

 バキィィィン!! 

 

 自ら氷を砕く。

 

 そのまま轟へ向かって走る。

 

 轟は後退する。

 

「……」

 

 瞬が迫る。

 

 あと数メートル。

 

 轟は拳を握った。

 

 左手。

 

 炎。

 

 使えば。

 

 緑谷が言った。

 

 自分の力だ。

 

 だが。

 

 それでも。

 

「……俺は」

 

 轟の左手から。

 

 小さな炎が揺らめいた。

 

 瞬は気づく。

 

「……?」

 

 轟の左側。

 

 炎が。

 

 出ている。

 

 ほんの一瞬。

 

 轟は迷った。

 

 その迷いを。

 

 瞬は。

 

 ただの隙だと思った。

 

「今だ!」

 

 瞬が一気に踏み込む。

 

 轟の目が見開かれる。

 

 右手が動く。

 

 左手も。

 

 ほぼ同時に。

 

 氷と炎が。

 

 轟の身体から噴き出した。

 

 轟焦凍の中で。

 

 何かが決まった。

 

 そして。

 

 準決勝の戦いは。

 

 ここから大きく動き始める。

 

 ────────

 

 轟の左手から。

 

 一瞬だけ炎が揺らめいた。

 

 その瞬間。

 

 瞬の表情が変わった。

 

「……!」

 

 あの炎。

 

 緑谷との戦いで見せたものと同じだ。

 

 巨大な氷を溶かし。

 

 轟自身の身体を温め。

 

 そして──

 

 緑谷の全力を真正面から受け止めた、あの熱。

 

 瞬は思い出していた。

 

 轟焦凍。

 

 こいつは、まだ何かを隠している。

 

 そう思った。

 

 そして。

 

 嬉しくなった。

 

「……そうか」

 

 瞬の口元がゆっくりと吊り上がる。

 

「やっぱり、まだあるんだ」

 

 轟が構える。

 

 右手から氷。

 

 左手から炎。

 

 両方を使う構え。

 

 それを見た瞬の胸が高鳴った。

 

「轟」

 

「……」

 

「最高だな」

 

 瞬が拳を握る。

 

 身体を低くする。

 

 これまでとは違う。

 

 明らかに違う。

 

 その姿を見た観客席がざわめいた。

 

「針山の構えが変わった?」

 

「何だ、あれ……」

 

 緑谷も息を呑む。

 

「あの構え……」

 

 以前、瞬が見せた技。

 

 その名を。

 

 緑谷は知っていた。

 

「ビッグバン……」

 

 瞬の全身へ力が集まる。

 

 脚。

 

 腰。

 

 背中。

 

 肩。

 

 腕。

 

 全てを連動させる。

 

 腕は黒く染まりどれ程圧縮されているかが分かる。

 

 そして。

 

 瞬は笑った。

 

「楽しいなァァァ!!!」

 

 轟へ向かって叫ぶ。

 

「轟ィィィ!!!」

 

 ドンッ!! 

 

 地面が砕ける。

 

 瞬が突進する。

 

 その速度は、これまでとは比較にならない。

 

 巨大な身体が一瞬で距離を詰める。

 

「──!」

 

 轟が目を見開く。

 

 瞬の拳が振り抜かれる。

 

「ビッッッッッッッグバン!!」

 

 ドォォォォォォォォン!! 

 

 凄まじい衝撃が競技場を震わせた。

 

 爆発のような衝撃波。

 

 地面が抉れ。

 

 砂煙が一気に巻き上がる。

 

「うおおおおおお!!」

 

「何だ今の!?」

 

「すげぇ!!」

 

 だが。

 

 轟は。

 

 その直前。

 

 ドドドドドドドッ!! 

 

 巨大な氷壁が瞬と轟の間へ何重にも形成される。

 

 ビッグバンの衝撃が氷壁を次々と砕いていく。

 

 バキィィィン!! 

 

 ガシャァァン!! 

 

 ドゴォォォン!! 

 

 だが。

 

 そして最後の一枚を割り。

 

 轟の身体が後方へ吹き飛ばされる。

 

「……っ!」

 

 ドン!! 

 

 轟の足が競技場の外へ着く。

 

 その瞬間。

 

「轟焦凍、場外!!」

 

 プレゼント・マイクの声が響き渡った。

 

「勝者ァァァ!!」

 

「針山瞬!!」

 

 歓声。

 

 歓声。

 

 歓声。

 

 観客席が大きく揺れる。

 

「うおおおおおお!!」

 

「針山が勝った!!」

 

「決勝進出だ!!」

 

 しかし。

 

 瞬は。

 

 動かなかった。

 

「……」

 

 拳を下ろす。

 

 視線の先には。

 

 場外へ出た轟。

 

 その姿。

 

 瞬の表情から笑みが消えていた。

 

「……終わった?」

 

 呟く。

 

 自分でも理解できない。

 

 勝った。

 

 確かに勝った。

 

 決勝へ進める。

 

 なのに。

 

「……何で?」

 

 胸の奥が。

 

 空っぽだった。

 

 瞬は轟を見る。

 

「轟」

 

「……なんだ」

 

「もう……終わり?」

 

 轟は答えない。

 

 瞬は拳を握る。

 

「俺は……」

 

 言葉が続かない。

 

 もっと戦うと思っていた。

 

 もっとぶつかり合うと思っていた。

 

 あの炎を使った轟と。

 

 真正面から。

 

 全力で。

 

 なのに。

 

 終わってしまった。

 

 たった一撃。

 

 たった一度の攻防で。

 

「……」

 

 瞬は自分の拳を見る。

 

 ビッグバンを放った拳。

 

 その拳は確かに強かった。

 

 けれど。

 

 今は。

 

 何も感じない。

 

「……勝ったのに」

 

 その言葉が。

 

 ぽつりと零れた。

 

 轟が瞬を見る。

 

「針山」

 

「……」

 

「お前は」

 

 轟が少しだけ目を伏せる。

 

「俺が本気で戦っていないと思っているのか」

 

「……違う」

 

 瞬は首を振る。

 

「そうじゃない」

 

 しばらく黙る。

 

「ただ……」

 

 瞬は言葉を探す。

 

「もっとやれると思ってた」

 

 轟は何も言わない。

 

 瞬はそこで初めて。

 

 気づいた。

 

 自分が望んでいたのは。

 

 ただ勝つことではなかった。

 

 相手を倒すことでもない。

 

 もっと強い相手と。

 

 自分も。

 

 相手も。

 

 持っているものを全部出して。

 

 真正面からぶつかること。

 

 その先にあるものを。

 

 知りたかった。

 

「……そっか」

 

 瞬が小さく呟く。

 

「勝てば嬉しいってわけじゃないんだ」

 

 これまで。

 

 勝つことは結果だった。

 

 強い相手に勝てば嬉しい。

 

 それで十分だった。

 

 でも。

 

 飯田との戦いで。

 

 初めて全力の速度を感じた。

 

 その直後。

 

 轟との戦いで。

 

 もっと大きなものを期待してしまった。

 

 だからこそ。

 

 今の勝利が。

 

 酷く虚しく感じる。

 

 瞬は顔を上げる。

 

 轟を見る。

 

「轟」

 

「なんだ」

 

「また戦おう」

 

 轟は少し驚いた。

 

「……ああ」

 

 短い返事。

 

 だが。

 

 その言葉に嘘はなかった。

 

 瞬はようやく少しだけ笑った。

 

「その時は」

 

 拳を握る。

 

「ちゃんと全部見せてよ」

 

 轟は答えない。

 

 ただ。

 

 自分の左手を見る。

 

 そこにはまだ。

 

 小さな炎が残っていた。

 

 そして瞬は。

 

 競技場の中央へ視線を戻した。

 

 決勝戦。

 

 相手は。

 

 爆豪勝己。

 

 胸の奥で。

 

 何かが。

 

 また少しだけ動き始めていた。

 

 この日。

 

 針山瞬は一つのことを知った。

 

 ──勝利には。

 

 嬉しい勝利だけではない。

 

 勝ったはずなのに。

 

 何も残らない。

 

 そんな。

 

 虚しい勝利もある。






 読んでくれてサンガツ!

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僕のヒーローアカデミア A Little Extra(作者:ジョン堂)(原作:僕のヒーローアカデミア)

 日本に生きるごく普通の一般人だった男は、唐突に【個性】が存在する世界へ転生する。▼ 原作に登場するキャラ達、事件の数々、襲い来る敵、物語の中心『雄英高校』での試練……。▼ 転生主人公が、薄い原作知識とチート【個性】をもって、どうあがいていくか……。▼ これは、そんなよくある話――▼※注意※▼ 拙作・愚作・凡作・駄作、ご注意されたし。▼ 何卒寛容な心をもって…


総合評価:611/評価:7.18/連載:26話/更新日時:2026年08月09日(日) 17:30 小説情報

キングカズマinヒロアカ(作者:うさぎ)(原作:僕のヒーローアカデミア)

 キングカズマがヒロアカの世界で、世界一位のヒーローになる為のお話です。▼主人公はミルコの遠い親戚とします。▼万助とミルコの設定だけオリジナルで後は原作通りに作ります▼誤字脱字を直したら字表現をよくする為にAIを使用しています。▼


総合評価:869/評価:7.74/連載:13話/更新日時:2026年06月12日(金) 07:42 小説情報

ヒロアカ世界の烈火に八竜率いた柳が個性として宿った話(作者:琴銀河)(原作:僕のヒーローアカデミア)

炎を操る少年・花菱烈火の個性には、▼八体の炎龍――“八竜”が宿っている。▼その中で、烈火の前に姿を現すのは、▼小さな炎龍の少女・柳。▼忍者に憧れ、静かに鍛錬を積んできた烈火は、▼柳と共にヒーローを目指し、雄英高校の門を叩く。▼炎龍と少年。▼八竜の力と、烈火の戦い方。▼これは、▼“炎龍を従える忍者少年”が歩む、もう一つの雄英譚。


総合評価:338/評価:6.9/連載:13話/更新日時:2026年07月16日(木) 22:30 小説情報

個性、海賊。ヒーロー向きじゃないって?これ以上ない英雄の個性だろ!(作者:紡縁永遠)(原作:僕のヒーローアカデミア)

事の始まりは中国、軽慶市。『発光する赤児が産まれた』というニュースだった。▼ 以降各地で「超常」は発見され、いつしか「超常」は「日常」に、「架空(ゆめ)」は「現実」となった。世界総人口の約八割が何らかの「特異体質」である現在、個性を悪用する敵(ヴィラン)により混乱渦巻く世の中で、かつて誰もが空想し憧れた一つの職業が、脚光を浴びていた。そう、「ヒーロー」と呼ば…


総合評価:675/評価:5.92/連載:6話/更新日時:2026年07月15日(水) 00:00 小説情報

ヒロアカ世界に転生した者が千手を背負い過ごしていく。(作者:名も無き住人)(原作:僕のヒーローアカデミア)

葉隠透と波動ねじれの幼馴染のオリ主が千手の個性を持ち転生したヒーローアカデミアの世界を気ままに過ごしていく。


総合評価:317/評価:4.45/連載:34話/更新日時:2026年06月20日(土) 06:00 小説情報


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