ノッキングマスターの弟子のアカデミア   作:のんびり者

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 今回は試作で投稿します




第15話

 

 職場体験初日。

 

 瞬は、山の一角に建てられたヒーロー事務所──『ノッキング』の前に立っていた。

 

 もっとも。

 

 そこは今まで暮らしていた家から、それほど離れていない。

 

「……ここが、ヒーロー事務所『ノッキング』か」

 

「そうじゃ」

 

 隣に立つ次郎が腕を組む。

 

「で?」

 

「ん?」

 

「今日は何するんだ?」

 

 次郎は一切迷わず答えた。

 

「ヴィランの制圧じゃ」

 

「…………」

 

 瞬は数秒、黙り込んだ。

 

「職場体験だよな?」

 

「そうじゃ」

 

「普通、もっとこう……ヒーローの仕事を見学したり、パトロールしたりするんじゃないのか?」

 

「そんなもん後じゃ」

 

 次郎は平然と言い放つ。

 

「まずは現場を覚えろ」

 

「現場?」

 

「ヴィランが出たら止める」

 

「事件が起きたら人を助ける」

 

「逃げる奴がおれば追う」

 

「警察が来たら引き渡す」

 

 次郎は瞬を見る。

 

「やって慣れろ」

 

「……なるほど」

 

 瞬は少しだけ笑った。

 

「ジジイらしいや」

 

「何がじゃ」

 

「いや、なんでもない」

 

 こうして。

 

 針山瞬の職場体験は始まった。

 

 ────────

 

 最初の活動場所は、次郎の山の周辺だった。

 

 山に入り込んだ密猟者。

 

 違法な取引を行おうとするヴィラン。

 

 山を隠れ場所として利用していた者たち。

 

 次郎が長年暮らしてきた場所だけあって、周辺の状況を次郎は誰よりも把握していた。

 

「瞬」

 

「うん」

 

「あそこじゃ」

 

 次郎が視線を向ける。

 

 瞬も同じ方向を見る。

 

「……三人」

 

「行ってこい」

 

「了解!」

 

 瞬が駆け出す。

 

 ヴィランたちが瞬に気づく。

 

「なんだテメェ──」

 

 瞬は一気に距離を詰める。

 

 相手の動きを見極め、ノッキングを使って動きを封じる。

 

「一人目!」

 

 続いて二人目。

 

 そして三人目。

 

 短い時間で制圧する。

 

「よし!」

 

「まだじゃ」

 

「え?」

 

 次郎が指差す。

 

「向こうにもおる」

 

「マジかよ!」

 

 瞬は再び走り出した。

 

 その後も、山の中を駆け回る。

 

 制圧。

 

 拘束。

 

 警察への引き渡し。

 

 そして次の現場。

 

 それを何度も繰り返した。

 

 しかし──。

 

 それは山だけでは終わらなかった。

 

 ────────

 

 昼を過ぎると、次郎は山を下りた。

 

「次は市街地じゃ」

 

「市街地?」

 

「うむ」

 

 山の周辺だけが『ノッキング』の活動範囲ではない。

 

 次郎が正式なヒーローとなったことで、周辺地域からも通報や要請が入っていた。

 

 市街地へ到着すると、そこには山とは違う光景が広がっていた。

 

 人。

 

 車。

 

 建物。

 

 店。

 

 そして、その中に潜むヴィラン。

 

「市街地では山と同じように動くな」

 

 次郎が言う。

 

「周りをよく見ろ」

 

「人がおる」

 

「建物がある」

 

「逃げ道も多い」

 

「力任せにやれば、周りが巻き込まれる」

 

 瞬は頷いた。

 

「分かった」

 

「なら、行ってこい」

 

「了解!」

 

 瞬は街を駆ける。

 

 路地裏に潜んでいたヴィランを発見。

 

 逃走しようとしたところを追跡。

 

 市民を安全な場所へ誘導しながら距離を詰める。

 

「そこまでだ!」

 

 ヴィランが振り返る。

 

 瞬は相手の動きを見切った。

 

 そして、一瞬の隙を突いてノッキングを叩き込む。

 

「確保!」

 

 警察へ引き渡す。

 

 終われば次の現場へ。

 

 今度は商店街。

 

 その次は住宅街。

 

 さらに別の地区。

 

 瞬は次郎とともに市街地を駆け回った。

 

「そっちに逃げたぞ!」

 

「任せろ!」

 

 逃げるヴィランを追う。

 

「一般人がいる!」

 

「ならそっちは俺がやる!」

 

 市民を避難させる。

 

「ジジイ、こいつ頼む!」

 

「任せろ!」

 

 次郎がヴィランを制圧する。

 

「警察を呼んでくれ!」

 

「了解!」

 

 戦って終わりではない。

 

 助ける。

 

 守る。

 

 制圧する。

 

 そして、確実に事件を終わらせる。

 

 それを繰り返す。

 

 ────────

 

 山。

 

 市街地。

 

 その周辺地域。

 

 瞬は次郎とともに、何度も現場へ出た。

 

 そして──。

 

「……あれ?」

 

 瞬が周囲を見渡す。

 

「今日は通報ないな」

 

「そうじゃな」

 

「ヴィラン、減った?」

 

「減ったどころか──」

 

 次郎は腕を組む。

 

「この辺りは、あらかた片付いた」

 

「……マジか」

 

 瞬は少しだけ驚いた。

 

 これまで何度も現場に出た。

 

 そのたびにヴィランを制圧し、警察へ引き渡した。

 

 山だけではない。

 

 周辺の市街地にも足を運び、活動を続けてきた。

 

 その結果。

 

『ノッキング』の活動地域では、目立ったヴィランの活動がほとんどなくなっていた。

 

「じゃあ……」

 

 瞬が次郎を見る。

 

「次はどうする?」

 

 次郎は遠くを見る。

 

「場所を変える」

 

「場所を?」

 

「うむ」

 

「ここより先は、ワシらの管轄じゃない」

 

「なら──」

 

 次郎が歩き出す。

 

「市外へ行くぞ」

 

 瞬はその背中を追う。

 

「どこへ?」

 

「保須市じゃ」

 

「……保須市」

 

 その名前を聞いた瞬は、少しだけ目を細めた。

 

 今までとは違う場所。

 

 知らない街。

 

 知らないヴィラン。

 

 知らない事件。

 

 そして──。

 

 そこには、これまでの職場体験とはまったく違う出来事が待っていた。

 

「よし!」

 

 瞬は拳を握る。

 

「行こうぜ、ジジイ!」

 

「おう」

 

 二人は並んで歩き出した。

 

 こうして。

 

『ノッキング』最初の本格的な活動地域は一区切りを迎え──

 

 次なる舞台、保須市へと向かうことになった。

 

 ────────

 

 保須市。

 

 山を出てしばらく経った頃。

 

 瞬と次郎は、人通りの多い市街地へと入っていた。

 

「……ここが保須市か」

 

「そうじゃ」

 

 次郎は周囲を見渡す。

 

「ただし、ここから先はワシらの管轄外じゃ」

 

「じゃあ、勝手に活動したらまずいんじゃないか?」

 

「だから言うとる」

 

 次郎は懐から一枚の紙を取り出した。

 

「今回の遠征は、ワシの独断じゃ」

 

「…………」

 

 瞬が嫌な予感を覚える。

 

「責任は全部ワシが請け負う」

 

「ただし──」

 

 次郎は瞬を見る。

 

「出来る限り、見つからんように」

 

「ジジイ」

 

「なんじゃ」

 

「あんたマジか……」

 

「大マジじゃ」

 

「ヒーローになったばっかりだよな!?」

 

「だからこそ、経験を積ませとる」

 

「そういう問題なのか……?」

 

 瞬は頭を抱える。

 

 しかし、すぐに顔を上げた。

 

「まあ……やることは変わらないか」

 

「そういうことじゃ」

 

 二人は保須市の街へと入っていった。

 

 それからしばらく。

 

「そこまでだ!」

 

 路地裏を走っていたヴィランの前に、瞬が回り込む。

 

「なっ!?」

 

「逃げられると思った?」

 

 瞬は相手の動きを見極め、一気に距離を詰めた。

 

 そして──。

 

「ノッキング!」

 

 相手の動きを封じる。

 

「よし!」

 

 瞬は拘束したヴィランを担ぎ上げる。

 

「ジジイ!」

 

「おう」

 

 二人はそのまま移動した。

 

 向かった先は──警察署。

 

「またか……」

 

 警察官が、連れてこられたヴィランを見て目を丸くする。

 

「置いときます!」

 

「いや、置いときますじゃなくて……」

 

 瞬は気にせず次郎を見る。

 

「次!」

 

「おう」

 

 二人は再び街へ戻っていった。

 

 そして、また一人。

 

 また一人。

 

 瞬がヴィランを制圧し、次郎が必要に応じて援護する。

 

 制圧したヴィランは警察署へ。

 

 そして、また街へ。

 

 それを繰り返していく。

 

「ジジイ!」

 

「なんじゃ」

 

「この街、結構ヴィラン多くない?」

 

「だから来たんじゃろうが」

 

「そりゃそうだけどさ!」

 

 瞬は走りながら笑った。

 

 保須市でも、やることは変わらない。

 

 ヴィランを見つける。

 

 制圧する。

 

 警察へ引き渡す。

 

 そして次へ向かう。

 

 ただ──。

 

 ここは、今まで活動してきた場所とは違う。

 

 街の規模も。

 

 人の数も。

 

 ヴィランの数も。

 

 すべてが違っていた。

 

 しばらくして。

 

 瞬は次郎の隣を歩いていた。

 

「……ふぅ」

 

「疲れたか?」

 

「全然」

 

「そうか」

 

「むしろ、まだ動けるぞ」

 

「なら問題ないの」

 

 次郎は前を向いたまま歩く。

 

 その時だった。

 

 ──ピコン。

 

「ん?」

 

 瞬のポケットから電子音が鳴った。

 

 スマートフォンを取り出す。

 

「……?」

 

 画面には、一件の通知。

 

 位置情報。

 

 瞬は眉をひそめた。

 

「誰からだ?」

 

 表示された場所を確認する。

 

 数秒。

 

 瞬の表情が変わった。

 

 何かを考えるように、画面を見つめる。

 

「…………」

 

 そして、顔を上げた。

 

「ジジイ」

 

「なんじゃ」

 

「ちょっと離れる!」

 

 次郎は瞬を見る。

 

「……わかった」

 

 ほんの一瞬だけ、次郎の表情が真剣になる。

 

「気をつけろよ」

 

「うん!」

 

 瞬はスマートフォンを握り直す。

 

 そして──。

 

 位置情報の示す場所へ向かって走り出した。

 

「…………」

 

 次郎は遠ざかっていく瞬の背中を見送る。

 

「妙なことに首を突っ込まんといいがの」

 

 一方。

 

 瞬は街中を駆け抜けていた。

 

 向かう先は、位置情報が示した場所。

 

 一体そこに何があるのか。

 

 瞬自身にも、まだ分からない。

 

 ただ一つ。

 

 この位置情報が、彼を保須市で起きる新たな事件へと導いていることだけは確かだった。

 

 ────────

 

 ハッ、ハッ、ハッ――。

 

 瞬は荒い息を吐きながら、スマートフォンに表示された位置情報を頼りに、保須市の街中を駆け抜けていた。

 

「クソ……都会は似たような建物ばっかりで、分かりづれぇ……!」

 

 保須市に来たばかりの瞬には、この街の地形など把握できていない。

 

 右を見てもビル。

 

 左を見てもビル。

 

 曲がり角を一つ間違えれば、自分がどこから来たのかすら分からなくなりそうだった。

 

「……どこだ……?」

 

 スマートフォンに表示される目的地までの距離。

 

 だが、地図上では近づいているはずなのに、目的の場所が見えてこない。

 

 瞬の脳裏に、嫌な考えがよぎった。

 

 ――もし、これがSOSの信号だったら。

 

 ――もし、誰かが助けを求めているのだとしたら。

 

 ――もし、自分が間に合わなかったら。

 

「…………」

 

 瞬は唇を噛みしめる。

 

「急がないと……」

 

 その瞬間だった。

 

「クフフフ、大変そうね、瞬」

 

「――っ!」

 

 いつの間にか。

 

 瞬のすぐ隣に、クーちゃんが立っていた。

 

「クーちゃんか。今はおしゃべりしてる暇はないんだ」

 

「ええ、そうね」

 

 クーちゃんは楽しそうに微笑む。

 

「だから――手伝ってあげましょうか?」

 

「……え?」

 

 瞬の足が、ピタリと止まった。

 

「手伝うって……どうやって?」

 

「加速してあげる」

 

「加速?」

 

「そう。二倍速でも、三倍速でも」

 

「…………出来るの?」

 

「出来るわ」

 

 クーちゃんはそう答えた。

 

 そして、少しだけ声の調子を落とす。

 

「ただし――瞬には、とても大きな負荷がかかるわ」

 

「…………」

 

 一瞬の沈黙。

 

 けれど、瞬の答えは決まっていた。

 

「構わない。やろう」

 

「!」

 

 クーちゃんの目が細くなる。

 

 そして――

 

「クフフフ……クフフフフフフ」

 

 どこか嬉しそうに笑った。

 

「だから、貴方が好きなのよ」

 

「?」

 

 瞬が首を傾げる。

 

 しかし、クーちゃんはそれ以上説明しなかった。

 

 代わりに、瞬へ一つの言葉を教える。

 

「それじゃあ瞬。これから教える言葉を言って」

 

「言葉?」

 

「ええ。それが、加速するためのトリガー」

 

 瞬はクーちゃんの言葉を聞き、何度か頭の中で反芻する。

 

「……分かった」

 

「それじゃあ――頑張ってね、瞬」

 

「ああ。ありがとう、クーちゃん」

 

 クーちゃんが微笑む。

 

 瞬は前を向いた。

 

 そして――言葉を紡ぐ。

 

「――アクセラレート・ダブル」

 

 瞬の身体が、一瞬だけ沈む。

 

 次の瞬間。

 

 ――ドンッ!!

 

「――っ!」

 

 景色が一気に流れ始めた。

 

 先ほどまで数十メートル先にあった建物が、瞬く間に後方へ消えていく。

 

「グッ……!」

 

 全身に凄まじい負荷がかかる。

 

 呼吸が乱れ、筋肉が悲鳴を上げる。

 

「これは……!」

 

 それでも瞬は止まらない。

 

「確かに……負荷がスゲェ……!」

 

 歯を食いしばる。

 

 それでも、その顔には笑みが浮かんでいた。

 

「だけど――!」

 

 さらに地面を蹴る。

 

「これなら、速くたどり着ける!」

 

 瞬はただ一直線に、スマートフォンへ表示された位置情報へ向かって駆けていく。

 

 ――間に合え。

 

 ――まだ、間に合う。

 

 その願いだけを胸に抱いて。

 

 瞬の姿は、保須市の街並みの向こうへと消えていった。

 

 ーーーーーーーー

 

 ハッ、ハッ、ハッ――。

 

 瞬は荒い息を吐きながら、スマートフォンに表示された位置情報を頼りに走り続けていた。

 

 そして――。

 

「着いた! ここだ!」

 

 瞬が飛び込んだのは、人気のない路地裏だった。

 

 だが。

 

「…………!」

 

 瞬の足が止まる。

 

 そこに広がっていた光景を見た瞬の表情が、一瞬で変わった。

 

 地面には、血を流して倒れている飯田。

 

 その近くには、同じく負傷したプロヒーロー。

 

 そして――。

 

「緑谷! 轟!」

 

 二人が、傷ついた飯田とプロヒーローを庇うように立っていた。

 

 その正面には、一人の男。

 

 手にはナイフ。

 

 全身から凄まじい殺気を放っている。

 

 ――ヒーロー殺し、ステイン。

 

 ステインの刃が、今まさに緑谷と轟へ向けられていた。

 

「…………」

 

 瞬の頭に血が上る。

 

 大事な友達が傷つけられている。

 

 それだけじゃない。

 

 目の前で、別の友達まで傷つけられようとしている。

 

「俺の友達に……」

 

 瞬の拳が、強く握り締められる。

 

「何してんだゴラァァァァァ!!!」

 

 ドンッ!!

 

 瞬は加速を維持したまま、ステインへ一直線に突っ込んでいく。

 

「また邪魔者か……」

 

 ステインは瞬を見据えた。

 

「本当に今日は、邪魔がよく入る」

 

 ステインの手からナイフが放たれる。

 

「瞬!」

 

 轟が叫んだ。

 

「こいつはヒーロー殺しだ! 血を舐めて動きを止めるナイフに当たるな!」

 

 その言葉は、瞬にも聞こえていた。

 

 それでも――。

 

 避けない。

 

 止まらない。

 

「瞬くん!?」

 

 緑谷が叫ぶ。

 

 ナイフが瞬へ迫る。

 

 そのまま腹部へ――。

 

 ――ガキンッ!!

 

 金属音が路地裏に響き渡った。

 

「……なっ!?」

 

 ナイフが弾き飛ばされる。

 

 瞬の身体には、傷一つない。

 

 ステインの目が見開かれた。

 

 あり得ない。

 

 その一瞬の動揺を――瞬は見逃さない。

 

「オラァァァァァ!!!」

 

 加速した瞬の身体が、一瞬でステインとの距離を詰める。

 

 そして――。

 

 ドゴォッ!!

 

「ゴプッッッ!!」

 

 瞬の蹴りが、ステインの横腹へ叩き込まれた。

 

 ステインの身体がくの字に折れる。

 

「ぐ――ッ!?」

 

 そのまま吹き飛ばされ、ビルの壁へ激突。

 

 さらに反対側の壁へ。

 

 そしてまた別の壁へ。

 

 まるでゴム毬のように、ビルとビルの間を跳ねていく。

 

「…………」

 

 緑谷も轟も、言葉を失っていた。

 

 瞬はすぐさま二人の元へ駆け寄る。

 

「緑谷! 轟!」

 

「瞬……」

 

「大丈夫か!?」

 

「ああ、俺は大丈夫だ」

 

 轟が答える。

 

 緑谷も頷く。

 

「僕も……大丈夫。でも……」

 

 緑谷が後ろを見る。

 

 そこには負傷した飯田とプロヒーローがいる。

 

 瞬も二人の姿を確認する。

 

「飯田……!」

 

「……針山……」

 

「待ってろ。今すぐ助ける!」

 

 瞬がそう言った――その時。

 

 ――ザッ。

 

 路地の奥から、瓦礫を踏みしめる音が聞こえた。

 

 全員が振り向く。

 

 そこには――。

 

 ゆっくりと立ち上がるステインの姿があった。

 

 そしてステインは、瞬を見つめる。

 

「……貴様」

 

 その目には、先ほどまでとは違う色が宿っていた。

 

「何者だ?」

 

 ーーーーーーーー

 

 瞬は、ステインを睨みつけたまま、ゆっくりと息を吐いた。

 

 そして――アクセラレートを解除する。

 

「……ふぅ」

 

 身体にかかっていた負荷が消え、瞬はすぐさま飯田とプロヒーローの元へ向かった。

 

「まずはこっちだ」

 

「針山……?」

 

「動くな、飯田」

 

 瞬は飯田の身体へ手を当てる。

 

「――ダメージ・ノッキング」

 

 トン。

 

 瞬の指が、傷の周囲を正確に打ち抜く。

 

 これは瞬が身につけた技術の一つ。

 

 ダメージ・ノッキング。

 

 身体に蓄積したダメージをノッキングし、怪我の進行や悪化を一時的に止める技術。

 

 治療ではない。

 

 あくまで――これ以上悪化させないための応急処置だ。

 

「これで、しばらくは大丈夫だ」

 

「……助かる」

 

「次!」

 

 瞬はすぐさまプロヒーローにも同じ処置を施した。

 

「よし……これで二人とも持つ」

 

 そして――振り返る。

 

 そこには、未だ立っているヒーロー殺し。

 

 瞬は真っ直ぐにステインを見据えた。

 

「俺は瞬!」

 

 一歩、前へ。

 

「針山瞬!」

 

 さらに一歩。

 

「お前を捕まえる男だ!」

 

「面白い」

 

 ステインが口元を歪める。

 

「やってみろ、偽物め」

 

 瞬は轟と緑谷を見る。

 

「轟と緑谷は飯田達を頼む」

 

「一人でやる気が!?」

 

「無謀だよ、瞬くん!」

 

「お前達も出血している」

 

 瞬は二人の傷を見る。

 

「このままだと、ヒーロー殺しの個性の餌食だ」

 

「……!」

 

 轟と緑谷が息を呑む。

 

「お喋りが過ぎるんじゃないか?」

 

 ステインが動いた。

 

 瞬との距離を一瞬で詰め、ナイフを振り抜く。

 

 ――ガキンッ!!

 

 しかし。

 

 ナイフは瞬の身体に届かない。

 

「ナイフ程度で俺を傷つけられないと思え、ヒーロー殺し」

 

 瞬は一歩も退かない。

 

「安心しろ」

 

 そして緑谷たちへ告げる。

 

「俺とヒーロー殺しは相性がいい。緑谷たちは守りに集中してくれ」

 

「瞬……」

 

「任せるぞ」

 

 瞬はステインへ向き直る。

 

「来い!」

 

 ――ドンッ!!

 

 瞬が猛進する。

 

 拳。

 

 蹴り。

 

 連続する打撃がステインへ襲いかかる。

 

「ッ!」

 

 しかし――。

 

 ステインは避ける。

 

 拳を紙一重でかわし、蹴りを身体を捻って回避する。

 

 そして反撃。

 

 狙うのは拳でも胴体でもない。

 

 ――目。

 

 ――首。

 

 ――動脈。

 

 傷つけば動きを止められる場所だけを正確に狙ってくる。

 

「……!」

 

 瞬もそれを理解し、紙一重で避け続ける。

 

 互いに決定打を与えられない。

 

 攻撃。

 

 回避。

 

 反撃。

 

 回避。

 

 その攻防が何度も繰り返される。

 

「千日手だな」

 

 瞬が言う。

 

「そうだな」

 

 ステインも答える。

 

「それも――次で最後だ」

 

「ほう?」

 

 ステインの目が細くなる。

 

「面白い。やってみろ」

 

 瞬とステイン。

 

 二人が同時に地面を蹴った。

 

 ステインがナイフを構え、瞬へ襲いかかる。

 

 そして瞬は――。

 

 拳を突き出した。

 

 ステインの顔へ。

 

「――!」

 

 ステインは拳の軌道を確認すると、顔を横へ傾けた。

 

 紙一重。

 

 拳を避ける。

 

 ――そう思った瞬間。

 

「アクセラレート・ダブル!」

 

 瞬の身体が――加速した。

 

「な――!?」

 

 ステインの目が見開かれる。

 

 ギリギリで避けようとしたこと。

 

 それこそが――命取りだった。

 

 拳の速度が、突然跳ね上がる。

 

「――オラァッ!!」

 

 ドゴォッ!!

 

 瞬の拳が、ステインの顔面を捉えた。

 

「ッ……!」

 

 ステインの身体が吹き飛ぶ。

 

 そのまま地面を転がり――。

 

 ――ドサッ。

 

 動かなくなった。

 

「……気絶したか」

 

 瞬はすぐに駆け寄る。

 

 そして、意識を失ったステインの身体へ手を添えた。

 

「ノッキング」

 

 トン。

 

 身体の動きを封じる。

 

 さらに数か所へ正確にノッキングを施し、完全に抵抗できない状態へ持ち込む。

 

「これで……捕縛完了だ」

 

 瞬は立ち上がった。

 

 そこには、ようやく静寂が戻り始めていた。

 

 ヒーロー殺し――ステイン。

 

 その凶行は、この場で一人の無個性の少年によって止められた。





 
 瞬に能力付与は元の構想にありましたが読者の皆様は無能力の瞬が見たいんじゃないかと考えていました。どう感じたがぜひコメントお願いします

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炎を操る少年・花菱烈火の個性には、▼八体の炎龍――“八竜”が宿っている。▼その中で、烈火の前に姿を現すのは、▼小さな炎龍の少女・柳。▼忍者に憧れ、静かに鍛錬を積んできた烈火は、▼柳と共にヒーローを目指し、雄英高校の門を叩く。▼炎龍と少年。▼八竜の力と、烈火の戦い方。▼これは、▼“炎龍を従える忍者少年”が歩む、もう一つの雄英譚。


総合評価:382/評価:7/連載:13話/更新日時:2026年07月16日(木) 22:30 小説情報


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