作品変更したけど皆きずいてくれるかな
春風が校門を吹き抜ける。
雄英高校。
日本最高峰のヒーロー育成機関。
その巨大な校舎を見上げ、針山瞬は肩に掛けた鞄を担ぎ直した。
「……でっけぇな」
山で育った瞬にとって、これほど巨大な建物はそうそう見たことがない。
人も多い。
入学式ということもあり、新入生たちは期待と緊張を胸に校舎へ向かっていた。
瞬もその流れに身を任せ、一年A組の教室へ入る。
教室には既に何人もの生徒が集まっていた。
派手な金髪の少年。
長身で眼鏡を掛けた真面目そうな少年。
左右で髪色の違う無表情な少年。
机に座って談笑する女子生徒たち。
瞬は教室を一通り見回すと、
「よろしく」
近くの席の生徒へ笑顔で声を掛けた。
「……あ、よろしく」
「よろしくね!」
返事は様々だったが、それだけで十分だった。
(良かった。みんな普通に話してくれる)
内心でほっとしながら、自分の席へ腰を下ろす。
その時だった。
ガラリ、と教室の扉が開く。
視線が一斉に向く。
入ってきたのは──
寝袋。
「……え?」
寝袋が教卓の前まで転がってくると、中から長髪で無精髭の男がもぞもぞと這い出た。
眠そうな赤い目。
覇気のない声。
「静かに」
教室が静まり返る。
「担任の相澤消太だ」
それだけだった。
拍手も歓声もない。
「……えっと、入学式は」
誰かが恐る恐る尋ねる。
相澤は欠伸を一つして答えた。
「そんなもん後回しだ」
教室がざわつく。
「ヒーローって仕事は待ってくれない」
「時間は有限だ」
「合理的にいこう」
そう言って袋から体を出すと、一着の体操服を掲げた。
「五分で着替えてグラウンド集合」
「今日やるのは個性把握テストだ」
「「「えぇぇぇぇぇぇっ!?」」」
一斉に悲鳴が上がる。
「入学式は!?」
「オリエンテーションは!?」
「まだ自己紹介も!」
相澤は全く気にしない。
「雄英は自由」
「教師も自由」
「以上」
それだけ言うと踵を返す。
「遅れた奴は減点」
扉が閉まる。
教室は静まり返った。
数秒後。
「マジかよ!」
「初日から!?」
「雄英ってこんなの!?」
一気に騒がしくなる。
その中で瞬は苦笑した。
「思ってた学校生活と全然違うな」
「でも……」
少しだけ口元が緩む。
「なんか楽しそうだ」
その一言に近くの生徒たちも思わず笑った。
「確かに!」
「もう腹括るしかないね!」
「急ごう!」
生徒たちは慌てて更衣室へ走り出す。
瞬も最後尾から歩き始める。
(ジジイならこう言うだろうな)
『文句言う暇があんなら動け』
思い出した瞬は、小さく笑った。
「はいはい、行きますか」
こうして針山瞬の雄英での日常が、本格的に幕を開けるのだった。
────────
更衣室で体操着に着替えた一同は、雄英高校のグラウンドへと集まっていた。
広大なフィールドに吹く風は心地よい。
だが、生徒たちの間にはどこか張り詰めた空気が流れていた。
相澤消太はポケットに手を入れたまま、生徒たちを見回す。
「……揃ったな」
短くそう言うと、足元に置かれていた箱から一つのボールを取り出した。
「中学で体力測定はやったな」
誰もが頷く。
「今日は個性を使って、その記録を測る」
「これが雄英最初の授業──個性把握テストだ」
ざわめきが広がる。
「先生!」
麗日がおずおずと手を挙げる。
「入学式は……?」
「オリエンテーションとか……」
相澤は表情一つ変えない。
「そんなものより、お前たちの実力を見る方が先だ」
「ヒーローは現場で待ってくれない」
「だから、俺も待たない」
その言葉に、生徒たちは思わず姿勢を正した。
相澤は爆豪へ視線を向ける。
「爆豪」
「中学最後のボール投げは六十七メートル」
「今回は個性を使え」
「当然だ」
爆豪はニヤリと笑い、ボールを握る。
腕を大きく振りかぶった次の瞬間。
ドォン!!
爆炎が轟き、その反動でボールは空高く打ち上げられた。
相澤がスマートフォンを見る。
「七百五メートル」
「おおっ!」
「すげぇ!」
歓声が上がる。
だが相澤は無反応だった。
「個性を伸ばすことも実力の内だ」
「そして──」
スマートフォンをしまう。
「今回のテスト」
「総合最下位の者は──」
一拍。
「除籍処分とする」
静寂。
「「「えぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」」」
教室中が騒然となる。
「そんな!」
「初日ですよ!?」
「横暴すぎませんか!?」
相澤はため息をついた。
「ここは雄英だ」
「遊びに来たなら帰れ」
「結果を出せない者に居場所はない」
その一言だけで、生徒たちの顔つきが変わった。
笑顔は消え、誰もが真剣になる。
瞬も小さく息を吐いた。
(なるほど……)
(これが雄英か)
恐怖はなかった。
むしろ、自分がどこまで通用するのか試せることに胸が躍る。
「最初はボール投げ」
相澤が再びボールを手にする。
「針山」
「はい」
瞬は前へ出た。
相澤は瞬を一瞥する。
「入試実技一位だったな」
「そうみたいですね」
「投げろ」
「了解です」
瞬はボールを軽く握る。
数回転がして感触を確かめると、静かに腰を落とした。
筋肉が収縮する。
全身の力が右腕へ集まる。
「──ふっ」
無駄な叫びはない。
腕が振り抜かれた瞬間。
バァン!!
空気が破裂するような音が響いた。
ボールは一直線に飛び、防護ネットへ激突する。
グラウンド全体がわずかに揺れた。
「……」
「……」
「……え?」
相澤が画面を見る。
「千六百九十三メートル」
誰も言葉が出ない。
「千……?」
「一キロどころじゃないぞ……」
「個性を使ってないよね……?」
八百万が思わず呟く。
轟も無言のまま瞬を見つめていた。
爆豪は舌打ちする。
「チッ……」
瞬は頭をかいた。
「あー……ネットなかったら、もうちょっと飛んだかな?」
「十分だろ!!」
上鳴のツッコミに、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。
その後もテストは続く。
五十メートル走。
立ち幅跳び。
反復横跳び。
握力。
長座体前屈。
どの種目でも瞬は安定して高い記録を叩き出していく。
爆発的な個性はない。
空を飛ぶこともできない。
炎も氷も操れない。
それでも鍛え上げられた肉体だけで、個性持ちに食らいついていく姿に、生徒たちの見る目は少しずつ変わり始めていた。
「人間あそこまで鍛えられるのか……」
切島が感心したように呟く。
「努力だけでここまで来たってことだよな」
緑谷も目を輝かせながら瞬を見つめる。
一方で、爆豪だけは終始険しい表情を崩さない。
「気に食わねぇ……」
その視線は、誰よりも強く針山瞬へ向けられていた。
そして、個性把握テストは、いよいよ後半戦へと入っていく。
────────
春の日差しは少しずつ傾き始めていた。
グラウンドでは、個性把握テストも終盤を迎えている。
最後の種目を終えた生徒たちは、それぞれ肩で息をしながら結果を待っていた。
「いやぁ……思ったより疲れた」
上鳴が芝生へ大の字になる。
「まだ始業初日なんだけどなぁ……」
「これが雄英なんでしょうね」
八百万は額の汗をハンカチで拭いながら静かに息を整える。
一方、瞬は軽く腕や肩を回していた。
「うーん、体はまだ動くな」
その様子に切島が苦笑する。
「針山、お前だけ感覚おかしいって」
「そうか?」
「そうだよ!」
周囲から笑いが漏れる。
「そう言えば針山は無個性なのか?」
切島の何気ない問いに緊張が走る。
「そうだよ、俺は無個性だよ」
あっけらかんと瞬は口にする。
「やっぱそうなんだな。個性使わねぇなと思ってたけど」
「使う個性が無いんだよね」
「じゃあその身体は鍛えただけなのか?」
「そうだよ、飯食って山で過ごして寝たら全員こうなるよ」
「いや、ならねぇよ!」
そのやり取りにより張り詰めていた空気も、少しだけ和らいでいた。
その時だった。
「……集まれ」
相澤の低い声が響く。
生徒たちは自然と整列する。
相澤はスマートフォンを操作すると、背後の大型モニターへランキングを映し出した。
「これが今回の総合順位だ」
全員の視線が一斉にモニターへ向く。
総合順位
1位 針山 瞬
2位 八百万 百
3位 轟 焦凍
4位 爆豪 勝己
5位 飯田 天哉
「一位……針山!?」
「やっぱりか!」
「無個性で一位ってどういうことだよ……!」
教室以上のざわめきが起こる。
切島は豪快に笑った。
「すげぇじゃねぇか!」
「ありがと」
瞬は照れくさそうに頭を掻く。
八百万も微笑みながら拍手を送る。
「おめでとうございます」
「八百万も二位じゃん」
「まだまだ未熟ですわ」
そう言いながらも、その表情はどこか嬉しそうだった。
轟は瞬を静かに見つめる。
(無個性……か)
(あれだけの身体能力を積み上げるのに、どれだけ鍛えた)
その瞳には、純粋な興味が宿っていた。
一方。
「……チッ」
爆豪だけは舌打ちを一つ。
悔しさを隠そうともせず、拳を握り締める。
その空気を断ち切るように、瞬が手を挙げた。
「先生」
「なんだ」
「最下位は除籍じゃなかったんですか?」
その一言で、クラス全員がはっとする。
「あ」
「そうだった!」
「誰が最下位なんだ?」
全員の視線が相澤へ集まる。
相澤は眠たそうな目のまま答えた。
「……あれは嘘だ」
「合理的虚偽」
「「「…………は?」」」
数秒の静寂。
次の瞬間。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
グラウンド中に絶叫が響いた。
「嘘だったの!?」
「心臓止まるかと思いました!」
「最低ですよ先生!」
上鳴や芦戸たちが一斉に抗議する。
相澤はまるで意に介さない。
「プレッシャーの中でも力を出せるかを見る」
「それも評価対象だ」
その言葉に、生徒たちは文句を言いながらも納得せざるを得なかった。
瞬は苦笑しながら肩をすくめる。
「ヒーローって大変だなぁ」
「今さら実感したの?」
緑谷が苦笑する。
「ちょっとだけ」
瞬が笑うと、周囲もつられて笑みを浮かべた。
「今日はここまでだ」
相澤は服のポケットへ手を入れる。
「教科書や今後の予定表は教室に置いてある」
「確認しておけ」
「解散」
そう言うと、相澤は振り返ることなく校舎へ歩いていった。
「帰るぞー!」
「腹減ったー!」
緊張から解放された生徒たちは、一斉に校舎へ向かって歩き始める。
その中で、何人もの視線が自然と瞬へ向けられていた。
無個性。
それでいて総合一位。
受験実技一位。
そして、誰よりも自然体。
彼が何者なのか。
その疑問は、一年A組全員の胸に生まれていた。
その答えは──もうすぐ教室で明らかになる。
────────
教室へ戻る頃には、窓から差し込む夕日が教室を橙色に染めていた。
体操着のまま自席へ座る者。
飲み物を一気に飲み干す者。
疲れ果てて机へ突っ伏す者。
それぞれが今日一日の濃さを噛み締めていた。
そんな中、一番最初に立ち上がったのは切島鋭児郎だった。
「なぁ、針山!」
「ん?」
「ちょっと話いいか?」
瞬は振り返り、笑顔で頷く。
「もちろん」
そのやり取りを見ていた上鳴がすぐさま椅子を引きずってくる。
「俺も聞きたい!」
「俺も!」
「あたしも!」
あっという間に瞬の机の周りへクラスメイトが集まり、小さな人だかりができあがった。
「……人気者やね」
麗日が笑う。
「いや、たぶん珍しいだけだと思う」
瞬は苦笑しながら頭を掻いた。
最初に質問したのは切島だった。
「さっき言ってたけど、本当に無個性なんだよな?」
「うん」
「じゃあさ、あの身体能力全部鍛えた結果なのか?」
「そう」
瞬は迷うことなく答える。
「ジジイに鍛えられた」
「ジジイ?」
「育ての親」
その一言だけで、瞬の表情が少し柔らかくなる。
切島も何となく察したのか、それ以上は踏み込まなかった。
代わりに上鳴が勢いよく身を乗り出す。
「山って何やったらあんな風になるんだよ!」
「走って」
「うん」
「岩運んで」
「うん」
「滝に打たれて」
「うん」
「熊と追いかけっこして」
「…………」
教室が静まり返る。
「え?」
「熊?」
「うん」
「熊」
「食われないの?」
「食われる前に逃げる」
「そこじゃねぇよ!!」
教室中が爆笑に包まれた。
峰田は震えながら呟く。
「雄英より山の方が怖ぇ……」
笑いが落ち着いたところで、今度は緑谷がノートを取り出した。
「針山くん」
「さっき気になったことがあるんだけど」
「何?」
「テスト中に先生へ『ノッキング』って言ってたよね?」
その単語が出た瞬間、教室の空気が少し変わる。
「ノッキング?」
「技の名前?」
「必殺技てきな?」
様々な声が飛ぶ。
瞬は「ああ」と頷いた。
「俺が一番得意な技術かな」
「個性じゃないよ」
「技術」
「技術?」
飯田が眼鏡を押し上げる。
「人を止める技術なんて存在するんですか?」
「存在するよ」
瞬は自分の人差し指を見つめる。
「筋肉、神経、関節」
「相手の動きを見て、一番効果的な場所へ衝撃を与える」
「そうすると、一時的に動きが止まる」
「それをノッキングって呼ぶんだ」
教室は静まり返った。
誰もが理解できないという顔をしている。
葉隠が首を傾げる。
「でも、それって実際にできるの?」
「できる」
あまりにも自然な返答だった。
切島は目を輝かせる。
「だったら俺で試してくれ!」
「本当に止まるか見てぇ!」
「えぇ?」
瞬は少し困ったように笑う。
「じゃあ、本当に軽くだけね」
「おう!」
切島は胸を張る。
瞬は立ち上がると、切島の前へ歩いていく。
「力抜いて」
「了解」
瞬は右手をゆっくりと伸ばし、切島の肩へ人差し指を添えた。
教室中が固唾を呑んで見守る。
「──ノッキング」
コツ。
木を軽く叩いたような、小さな音。
その瞬間。
切島の身体がぴたりと止まった。
「……え?」
腕が動かない。
脚も動かない。
首だけがわずかに動き、目を丸くする。
「う、動けねぇ!」
「ええぇぇぇぇ!?」
「止まった!」
「本当に!?」
教室中が騒然となる。
爆豪ですら眉をひそめた。
(技術……だと?)
轟も興味深そうに見つめる。
八百万は驚きを隠せない。
「個性ではなく……純粋な技術だけで……」
数秒後。
瞬はもう一度肩へ軽く触れた。
「解除」
切島の身体が元へ戻る。
「ぷはぁ!」
思わず大きく息を吐く切島。
「すっげぇ!!」
「全然力が入らなかった!」
「身体が俺の言うこと聞かなかったぞ!」
「成功して良かった」
瞬は安心したように笑う。
「加減間違えたら危ないからね」
その一言に、教室は再び静まり返る。
加減を間違えたら危ない。
つまり。
今のは本当に手加減だった。
誰もがその事実に気付く。
相澤が言っていた言葉が頭をよぎる。
"無個性で総合一位。"
その理由が、ほんの少しだけ理解できた気がした。
針山瞬。
その名はまだ、誰も知らない。
だが一年A組の生徒たちは、この日確信した。
"この少年は、常識では測れない。"
読んでくれてサンガツ