ノッキングマスターの弟子のアカデミア   作:のんびり者

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 戦闘訓練編を忘れていたので投稿します。


止まらぬ猛獣

 個性把握テストから数日。

 

 一年A組の教室には、朝の穏やかな時間が流れていた。

 

「いやぁ、昨日は筋肉痛がヤバかったぜ」

 

 切島が肩を回しながら笑う。

 

「俺なんて腕がまだ上がらねぇよ……」

 

 上鳴も情けない声を漏らした。

 

 その様子を見て、芦戸が笑い出す。

 

「情けなーい!」

 

 教室のあちこちで笑い声が上がる。

 

 その一方で、瞬は窓際の席から校庭を眺めていた。

 

(雄英にも少し慣れてきたな)

 

 最初は広すぎる校舎に戸惑っていたが、数日も過ごせば少しずつ勝手が分かってくる。

 

「おはよう、針山くん」

 

 緑谷が声を掛ける。

 

「おはよう」

 

「昨日の筋トレ、平気だった?」

 

「うん」

 

 瞬は笑いながら答えた。

 

「いつも山でやってたことより楽だった」

 

「……やっぱり基準がおかしいよ」

 

 緑谷は苦笑するしかなかった。

 

 そんな何気ない会話をしていると、教室の扉が勢いよく開く。

 

「私が普通にドアからやって来たァ!!」

 

 聞き覚えのある豪快な声が教室中へ響き渡った。

 

「今日は!」

 

「私が授業を担当する!!」

 

 教室が一気に沸き立つ。

 

「オールマイト!」

 

「本物だ!」

 

「すげぇ!」

 

 教卓の前へ立ったオールマイトは、生徒たちを見渡しながら大きく頷いた。

 

「諸君!」

 

「ヒーローに必要なものは何だと思う?」

 

 突然の問い掛けに、生徒たちは顔を見合わせる。

 

「個性!」

 

 芦戸が元気よく答える。

 

「判断力です!」

 

 飯田が真っ直ぐ手を挙げる。

 

「人を助ける心……とか?」

 

 麗日が恥ずかしそうに答えた。

 

「どれも正解!」

 

 オールマイトは満足そうに笑った。

 

「だが、それだけではヒーローは務まらない!」

 

 その表情が少しだけ真剣になる。

 

「敵と戦う力」

 

「そして、状況に応じて仲間と連携する判断力」

 

「それらを実践で学ぶため──」

 

 オールマイトは大きく腕を広げた。

 

「今日の授業は!」

 

「屋内戦闘訓練だ!!」

 

 教室中が歓声に包まれる。

 

「やった!」

 

「ついに実戦!」

 

「楽しみ!」

 

 瞬も静かに目を輝かせた。

 

(屋内で戦う訓練か)

 

(山とは勝手が違いそうだな)

 

「さらに今日は!」

 

 オールマイトが指を立てる。

 

「諸君がデザインしたヒーローコスチュームを初めて着用してもらう!」

 

 その一言で、教室の熱気はさらに高まった。

 

「待ってました!」

 

「やっと着られる!」

 

「テンション上がる!」

 

 オールマイトは笑顔のまま、更衣室の方を指差す。

 

「さあ、着替えて演習場へ!」

 

「未来のヒーローらしい姿を見せてくれ!」

 

「「「はい!!」」」

 

 A組の生徒たちは勢いよく立ち上がり、更衣室へ向かって駆け出した。

 

 ────────

 

 更衣室を出たA組の生徒たちは、それぞれ戦闘服へと身を包み、再びグラウンドへ集まっていた。

 

 色鮮やかなコスチュームが並ぶ中、一人だけ異質な姿がある。

 

 ラフな黒いタンクトップ。

 

 動きやすさを重視した黒いズボン。

 

 そして──裸足。

 

 鍛え抜かれた身体には余計な装飾は一切ない。

 

 無駄を削ぎ落とした、ただ戦うためだけの装いだった。

 

「お、おい針山……」

 

 最初に声を上げたのは上鳴だった。

 

「靴は?」

 

「履いてないけど」

 

「いや、それは見れば分かる!」

 

 思わずツッコミが飛ぶ。

 

 切島も腕を組みながら苦笑した。

 

「ガラスとか踏んだら危ねぇだろ」

 

 瞬は足元を見下ろし、軽く地面を踏み鳴らす。

 

「大丈夫」

 

「このくらいじゃ怪我しないから」

 

「いやいやいや!」

 

「普通するって!」

 

 芦戸が思わず叫ぶ。

 

 峰田も青ざめた顔で足元を見る。

 

「災害現場とか釘とか鉄骨とかあるんだぞ!?」

 

「平気だよ」

 

 瞬は何でもないことのように笑った。

 

「ジジイに散々鍛えられたから」

 

「鍛えたら足ってそんな強くなるのか……?」

 

 瀬呂が呆然と呟く。

 

 その横で緑谷はノートへ猛烈な勢いで書き込み始めていた。

 

(靴を履かない理由……)

 

(足裏の感覚を最大限活かすため?)

 

(いや、それだけじゃない)

 

(以前見せてもらったノッキング……)

 

(手だけじゃなく足でも打ち込めるなら、接地感覚を失わない方が有利なのかもしれない)

 

「なるほど……!」

 

「なるほどじゃねぇ!」

 

 上鳴のツッコミで周囲から笑いが起こる。

 

 そんなやり取りを見ていたオールマイトが、満足そうに頷いた。

 

「少年たち!」

 

「ヒーローコスチュームとは、自分の能力を最大限発揮するためのもの!」

 

「派手さだけではない!」

 

「針山少年のように、自分の戦い方へ徹底して合わせることも立派な選択だ!」

 

 その言葉に、生徒たちは改めて瞬の姿を見る。

 

 確かに派手ではない。

 

 しかし、その身体そのものが既に武器だった。

 

 広い肩幅。

 

 鍛え抜かれた胸板。

 

 隆起した腕と脚の筋肉。

 

 身長一九五センチの体躯から放たれる圧倒的な存在感。

 

 余計な装備など必要ないと、全身が物語っていた。

 

 オールマイトは全員を見渡しながら笑みを浮かべる。

 

「さて!」

 

「本日の戦闘訓練だが、本来なら二人一組でチームを組んでもらう!」

 

「しかし今回は針山少年が加わったことで二十一名!」

 

「人数が奇数になってしまった!」

 

 生徒たちが「確かに」と頷く。

 

 オールマイトは瞬へ視線を向けた。

 

「そこで針山少年!」

 

「君には単独行動で訓練へ参加してもらう!」

 

「一人ですか?」

 

「うむ!」

 

「その方が人数の都合も良いし、私も君の実力をじっくり見てみたい!」

 

 瞬は少しだけ考えた後、いつものように笑った。

 

「分かりました」

 

「一人でも大丈夫です」

 

「よろしい!」

 

 オールマイトが力強く頷く。

 

「それではこれより──」

 

「戦闘訓練を開始する!!」

 

 その宣言と共に、A組最初の屋内戦闘訓練が幕を開けた。

 

 ────────

 

 瞬が建物に入ってから数秒で建物全体へ轟焦凍の氷が広がった。

 

 ゴゴゴゴゴ……!! 

 

 床。

 

 壁。

 

 天井。

 

 通路という通路が一瞬で白銀に染まり、分厚い氷が迷路のように建物全体を支配する。

 

 モニター室ではオールマイトが思わず声を上げた。

 

「おおっ!! 轟少年らしい大胆な作戦だ!」

 

 相澤は腕を組んだまま静かに画面を見る。

 

「動きを封じるには悪くない」

 

 建物の一角。

 

 瞬の足元まで氷が一気に押し寄せる。

 

 ガキンッ!! 

 

 両脚が膝まで完全に凍り付いた。

 

「……なるほど」

 

 瞬は足元を見る。

 

「これが轟くんの個性か」

 

 感心したように呟く。

 

 だが。

 

 焦る様子はまるでない。

 

 軽く息を吸い。

 

 腰を落とす。

 

「よっと」

 

 バキィィィィン!! 

 

 たった一歩。

 

 それだけで脚へまとわり付いていた氷が粉々に砕け散った。

 

 さらにもう一歩。

 

 ドゴン!! 

 

 床の氷まで踏み砕きながら前進する。

 

 氷が止めるどころか、歩く度に道が出来ていく。

 

 モニター室。

 

「「「えぇぇぇぇぇ!?」」」

 

 クラス中から驚きの声が上がる。

 

「壊した!?」

 

「轟の氷を!?」

 

「足で!?」

 

 切島は思わず笑った。

 

「やっぱ人間じゃねぇって!」

 

 緑谷は必死にノートを書いている。

 

「筋力だけじゃない……」

 

「足裏の筋肉、体幹、踏み込み……」

 

「全部がおかしい……」

 

 轟は猛獣が直進してくる音を聞いていた。

 

「……来る」

 

 ズシン。

 

 ズシン。

 

 ズシン。

 

 氷を砕く音が近付いてくる。

 

 迷いがない。

 

 一直線。

 

 まるで獲物の場所が分かっているようだった。

 

 その瞬間。

 

 角から瞬が姿を現す。

 

「見つけた」

 

「……」

 

 轟は何も言わない。

 

 右足を前へ出した。

 

 ゴォォォォ!! 

 

 巨大な氷柱が瞬を飲み込む。

 

 だが。

 

 ドゴォン!! 

 

 氷柱が内側から吹き飛んだ。

 

 瞬は勢いを一切殺さない。

 

「ッ!」

 

 轟は次々と氷を放つ。

 

 壁。

 

 槍。

 

 柱。

 

 巨大な氷塊。

 

 しかし。

 

 バキン!! 

 

 ドゴン!!

 

 ガシャァァン!! 

 

 瞬は止まらない。

 

 拳で砕き。

 

 肩で割り。

 

 蹴りで吹き飛ばす。

 

 一直線。

 

 ただ一直線。

 

 轟との距離だけが縮まっていく。

 

(速い……!)

 

 轟はさらに氷を展開する。

 

 それでも。

 

 もう遅かった。

 

 一瞬。

 

 瞬の姿が視界から消える。

 

「──!」

 

 真横。

 

 いつの間にか隣へ立っていた。

 

 轟が反応するより早く。

 

 コツ。

 

 首筋へ指先が触れる。

 

「ノッキング」

 

 轟の身体が完全に停止した。

 

「……」

 

 声も出ない。

 

 身体が動かない。

 

 瞳だけが瞬を見つめていた。

 

「ごめん」

 

「少し寝てて」

 

 轟はゆっくりと床へ倒れる。

 

 モニター室が静まり返る。

 

「轟が……」

 

「一撃……」

 

「嘘だろ……」

 

「これがノッキング……」

 

 誰も言葉を失っていた。

 

 轟焦凍の身体がゆっくりと前へ倒れる。

 

 ドサリ。

 

 戦闘不能。

 

 それを確認すると、視線だけを前へ向けた。

 

「あと一人」

 

 敵チームの核──爆弾。

 

 そして、その守護役。

 

 八百万百。

 

 瞬は廊下を駆け出した。

 

 轟との戦闘音を聞いていたのか、建物の奥では既に八百万が動き始めていた。

 

「轟さんが敗れましたの……?」

 

 通信機から返事はない。

 

 静寂だけが続く。

 

(針山さんは正面から轟さんを突破した)

 

(ならば接近戦は危険)

 

(距離を保ちながら迎え撃ちます)

 

 八百万は深呼吸すると、自身の個性を発動した。

 

 胸元から次々と創造される装備。

 

 鋼線。

 

 閃光弾。

 

 捕獲ネット。

 

 スタングレネード。

 

 鉄球。

 

 さらに廊下には撒菱やワイヤーまで設置していく。

 

「真正面から戦って勝てる相手ではありません」

 

「ならば近付かせなければいい」

 

 爆弾のある部屋は、あっという間に要塞と化した。

 

 一方。

 

 瞬は迷うことなく最短距離を進んでいた。

 

 廊下の途中。

 

 ワイヤー。

 

 瞬はしゃがみ込むこともなく、そのまま足先で軽く払う。

 

 パチン。

 

 張られていた鋼線が弾け飛ぶ。

 

 その直後。

 

 足元から捕獲ネット。

 

 瞬は床を蹴る。

 

 ネットが閉じるより速く、その上を飛び越えていた。

 

 さらに。

 

 閃光弾。

 

 パンッ!! 

 

 眩い光が建物を包む。

 

 だが。

 

 瞬は目を閉じたまま走り続ける。

 

「感覚で分かる」

 

 着地。

 

 次の瞬間には再び加速。

 

 撒菱。

 

 ガラス片。

 

 鉄骨。

 

 災害現場を想定した障害物。

 

 その全てを裸足で踏み抜きながら駆け抜ける。

 

 皮膚は裂けない。

 

 血も流れない。

 

 鍛え抜かれた両足は、それら全てを意にも介していなかった。

 

 モニター室。

 

「す、すげぇ……」

 

 峰田が口を開ける。

 

「裸足だぞ……」

 

「痛くねぇのかよ……」

 

 切島も思わず息を呑む。

 

「いや……痛いとかそういう話じゃねぇ……」

 

 オールマイトも腕を組みながら静かに見つめる。

 

(あの身体は既に常人の域を超えている)

 

(鍛錬だけで、ここまで到達するとは……)

 

 その時。

 

 爆弾の部屋の扉が開いた。

 

 八百万がすぐさま構える。

 

「来ましたわね」

 

 盾。

 

 長槍。

 

 拘束具。

 

 瞬時に創造される。

 

 しかし。

 

 瞬は止まらない。

 

 真正面から一直線。

 

「速っ……!」

 

 八百万が槍を突き出す。

 

 瞬は首をわずかに傾けて回避。

 

 盾で殴る。

 

 身体を半歩ずらして空振り。

 

 拘束ワイヤー。

 

 空中で一回転し、その隙間を抜ける。

 

 まるで全て見えているかのような動きだった。

 

(読まれている……!?)

 

 八百万の額へ汗が伝う。

 

 次々と武器を創造する。

 

 トンファー。

 

 スタンガン。

 

 催涙弾。

 

 煙幕。

 

 だが。

 

 一つも当たらない。

 

 瞬は最短距離だけを走る。

 

 無駄な動きが一切ない。

 

 そして。

 

 気付けば。

 

「え……?」

 

 目の前に立っていた。

 

 八百万の瞳が大きく見開かれる。

 

 速い。

 

 速すぎる。

 

 創造する暇すら与えられない。

 

 瞬は優しく笑った。

 

「ごめん」

 

 コツ。

 

 人差し指が肩へ触れる。

 

「──ノッキング」

 

 八百万の身体から力が抜ける。

 

 そのまま静かに床へ膝をついた。

 

「……完敗、ですわ」

 

 爆弾の横へ歩いた瞬は、そのまま起爆装置へ手を添える。

 

 ピッ。

 

 電子音が鳴る。

 

『試合終了!!』

 

 その瞬間。

 

 モニター室では歓声が上がった。

 

「一人で勝っちまった!」

 

「すげぇ!!」

 

「轟くんと八百万さん相手に……」

 

 緑谷はノートへ夢中で書き込んでいた。

 

「戦闘経験……状況判断……人体知識……」

 

「個性が無いからこそ、全部を極限まで鍛えてる……」

 

 爆豪は腕を組み、静かに瞬を睨む。

 

「……チッ」

 

 その舌打ちには、これまでとは違う感情が混じっていた。

 

 悔しさ。

 

 そして、認めざるを得ない実力への苛立ち。

 

 一方、オールマイトはモニター越しに瞬を見つめ、小さく笑みを浮かべる。

 

(無個性)

 

(だからこそ、ここまで努力した)

 

(この少年は、力に頼るのではない)

 

(積み重ねた鍛錬で、力そのものを作り上げたのだ)

 

 その評価は、誰よりも重かった。

 

 瞬は倒れた轟と八百万へ歩み寄る。

 

 そして二人のノッキングを解除した。

 

「お疲れ様」

 

 轟はゆっくりと立ち上がる。

 

「……強かった」

 

 短い言葉だった。

 

 だが、それは轟なりの最大級の賛辞だった。

 

 八百万も優雅に一礼する。

 

「完敗です」

 

「ですが、とても勉強になりました」

 

 瞬は照れくさそうに頭を掻いた。

 

「俺も楽しかった」

 

 三人は互いに笑みを交わす。

 

 こうして戦闘訓練は幕を閉じた。

 

 しかし、この日一年A組全員の胸に刻まれたものは、一つだった。

 

 無個性だから弱い。

 

 そんな常識は、針山瞬という少年の前では、何の意味も持たないのだと。

 

 ────────

 

 戦闘訓練を終えた生徒たちは、演習場からモニター室へ戻ってきた。

 

 先ほどまでの賑やかな空気とは違う。

 

 誰もが、一人で二人を相手取り勝利した針山瞬を意識していた。

 

 オールマイトは教壇の前へ立ち、大きく腕を組む。

 

「では、今回の戦闘訓練を振り返ろう!」

 

 モニターへ先ほどの映像が映し出される。

 

 最初に映ったのは、轟が建物全体を氷で埋め尽くした場面だった。

 

「まずは轟少年!」

 

 オールマイトが映像を指差す。

 

「建物全体を制圧し、敵の行動範囲を奪うという判断は非常に良かった!」

 

 轟は静かに頷く。

 

「ありがとうございます」

 

「だが」

 

 オールマイトの表情が少し引き締まる。

 

「広範囲攻撃は味方の行動まで制限する危険性がある!」

 

 八百万が小さく頭を下げた。

 

「はい。私も事前に氷対策をしていなければ動けませんでした」

 

「その通り!」

 

 オールマイトは満足そうに頷く。

 

「ヒーローは敵だけではなく、味方も守らねばならない!」

 

「その視点を忘れないように!」

 

「はい!」

 

 二人は素直に返事をした。

 

 続いて映像は、瞬が氷を砕きながら進む場面へ切り替わる。

 

 バキィィィン!! 

 

 巨大な氷が粉々に砕け散る映像を見て、教室が再びざわつく。

 

「何回見ても意味分かんねぇ……」

 

 上鳴が呆れたように呟く。

 

「足で砕くか普通……」

 

「いや、普通じゃないから」

 

 芦戸が笑う。

 

 オールマイトも苦笑しながら瞬を見る。

 

「針山少年!」

 

「はい」

 

「君は敵を見つけてから一直線だった!」

 

「迷いも無駄もない!」

 

「非常に優秀な判断だった!」

 

 瞬は少し照れくさそうに頭を掻く。

 

「ありがとうございます」

 

「しかし!」

 

 オールマイトは人差し指を立てる。

 

「真正面から突破できたのは、君の能力があったからだ!」

 

「一般的なヒーローなら危険な判断にもなり得る!」

 

「状況によって柔軟に考えることも忘れないように!」

 

「分かりました」

 

 素直に頷く瞬。

 

 その様子を見て、オールマイトは満足そうに笑った。

 

 次に映像は、八百万との戦闘。

 

 創造された武器や罠を全て回避し、最短距離で制圧した場面だった。

 

「八百万少女!」

 

「はい!」

 

「非常に良い判断だった!」

 

「真正面で勝てないと判断し、罠と地形を利用した!」

 

「これは実戦でも非常に重要だ!」

 

「ありがとうございます!」

 

 八百万は嬉しそうに微笑む。

 

「だが」

 

 オールマイトは映像を止めた。

 

「敵を知ろうとし過ぎた」

 

「針山少年がどの程度の速度で動くか」

 

「どんな技術を使うか」

 

「それを想定し切れていなかった」

 

 八百万は静かに頷く。

 

「……はい」

 

「経験不足ですわ」

 

「それで良い!」

 

 オールマイトは豪快に笑う。

 

「失敗するための授業なのだからな!」

 

 教室の空気が少し和らいだ。

 

 その時だった。

 

「先生」

 

 緑谷がおずおずと手を挙げる。

 

「何だね、緑谷少年!」

 

「針山くんの……ノッキングなんですけど」

 

「人体への知識がないと使えませんよね」

 

「もしプロヒーローになったら、敵を殺さず制圧できる可能性が高いと思います」

 

 教室が静まり返る。

 

 オールマイトは一度だけ瞬を見つめ、静かに頷いた。

 

「その通りだ」

 

「針山少年の技術は極めて特殊だ」

 

「だからこそ」

 

 全員を見渡す。

 

「真似をしてはいけない」

 

「彼には彼だけの積み重ねがある」

 

「皆には皆だけのヒーロー像がある」

 

「他人を真似するのではなく、自分だけの強みを磨きなさい」

 

「「「はい!!」」」

 

 教室中へ力強い返事が響いた。

 

 チャイムが鳴る。

 

 キーンコーンカーンコーン──。

 

「今日はここまで!」

 

「解散!」

 

 オールマイトが笑顔で教室を後にする。

 

 生徒たちも一斉に立ち上がった。

 

「針山!」

 

 切島が勢いよく駆け寄る。

 

「次は俺とも本気でやってくれ!」

 

「いいよ」

 

 瞬は笑って頷く。

 

「でも怪我しないようにね」

 

「おう!」

 

 その横では上鳴が肩を落としていた。

 

「俺、一瞬で負けそう……」

 

「頑張ればいいじゃない」

 

 芦戸が笑う。

 

 八百万も瞬の前へ歩み寄り、深く一礼した。

 

「針山さん」

 

「本日はありがとうございました」

 

「こちらこそ」

 

「また戦おう」

 

「ええ」

 

 轟も短く言葉を残す。

 

「次は負けない」

 

「楽しみにしてる」

 

 互いに小さく笑う。

 

 少し離れた場所では、爆豪が腕を組んだままその様子を見つめていた。

 

「……チッ」

 

 短い舌打ち。

 

 だが、その目には以前のような侮りはなかった。

 

 あるのは、追い越すべき相手を見る鋭い闘志だけだった。

 

 そして緑谷はノートを閉じ、小さく呟く。

 

「針山くん……」

 

「本当にすごいな」

 

 その言葉に、瞬は少し照れくさそうに笑う。

 

「まだまだだよ」

 

「ジジイには、一回も勝てたことないし」

 

「「「…………え?」」」

 

 教室が一瞬静まり返る。

 

「勝てたことない?」

 

「今ので?」

 

「冗談だろ……」

 

 誰もが信じられないという表情を浮かべる。

 

 しかし瞬だけは、本当に当たり前のことのように笑っていた。

 

「うん」

 

「ジジイ、めちゃくちゃ強いから」

 

 その何気ない一言が、一年A組全員の好奇心をさらに刺激する。

 

 "針山瞬を育てた師匠とは、一体何者なのか。"

 

 その答えを知る者は、まだ誰もいなかった。

 

 こうして、A組最初の戦闘訓練は幕を閉じる。

 

 それぞれが自分の課題を見つけ、それぞれが新たな目標を胸に刻んだ一日。

 

 そして数日後──。

 

 彼らは、本物の悪意と対峙することになる。





 おいは恥ずかしか、切腹しもす!!!
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