書くことね〜
USJに静寂が訪れる。
つい先ほどまで響き渡っていた衝撃音が嘘のように止み、砂煙だけがゆっくりと舞っていた。
その中心で。
紫色の巨体は完全に地面へ沈み込み、指一本動かない。
目の前には、肩で静かに息をする針山瞬。
「……終わった」
小さく呟いたその声は、戦場の静寂へ溶けていく。
その光景を見ていたヴィランたちは誰も動けなかった。
「お、おい……」
「あの化け物が……」
「やられた……?」
信じられない。
そんな表情だった。
彼らにとって絶対の切り札だった巨体のヴィラン。
それが高校一年生と思われる少年に倒されたのだ。
動揺が走るのも当然だった。
瞬はその視線を気にすることなく、ゆっくりと相澤の元へ歩み寄る。
「先生」
相澤は血まみれの顔を上げた。
「……無事か」
「俺は大丈夫です」
そう言って膝をつく。
「動けますか?」
「……まだ死んじゃいない」
その返事に、瞬は安堵の笑みを浮かべた。
「良かった」
その一言に、相澤は小さく息を漏らす。
(こいつ……)
(自分がどれだけ無茶をしたか分かってないな)
目の前の少年は、あの怪物を相手に勝利したというのに、まるで山で熊でも追い払ってきたかのような顔をしていた。
その時だった。
「……逃げろ!!」
誰かの叫び声が響く。
巨体のヴィランが倒されたことで戦意を失ったヴィランたちが、一斉に出口へ向かって走り始める。
「もう無理だ!」
「プロが来るぞ!」
「退け!」
統率は完全に崩壊していた。
その瞬間。
USJ入口付近から、力強い声が響き渡る。
「私が来た!!」
ドォンッ!!
入口のシャッターが吹き飛び、一人の男が勢いよく飛び込んでくる。
筋骨隆々の肉体。
鋭い眼光。
そして、圧倒的な存在感。
そう、オールマイトだ
「大丈夫か、相澤先生!」
その後ろからも次々とプロヒーローたちがUSJへ雪崩れ込む。
「ヴィランを制圧しろ!」
「生徒を保護!」
「負傷者を優先!」
一瞬で戦場の空気が変わった。
今度はヴィランたちが追われる側になる。
「くそっ!」
「囲まれた!」
逃げ惑うヴィランたちは、駆けつけたプロヒーローたちによって次々と拘束されていく。
その様子を見届けた瞬は、ようやく肩の力を抜いた。
「これで……終わりかな」
その言葉に答えるように、遠くでパトカーのサイレンが鳴り響く。
USJ襲撃事件は、ようやく終息へ向かい始めていた。
────────
USJに、ようやく静寂が戻り始めていた。
ヴィランたちは次々と拘束され、負傷者の救助も 始まっている。
その中で、血塗れの相澤消太の傍らには針山瞬が 立っていた。
そこへ、雄英高校の救護ロボットが高速で駆け寄 ってくる。
白い装甲に包まれた医療支援ロボット。
複数のアームを展開しながら、即座に相澤の状態 をスキャンする。
『生命反応確認』
『重傷。直ちに搬送を開始します』
機械音声と共に担架が展開され、ロボットたちは 慣れた動きで相澤の身体を固定していく。
相澤は薄く目を開けた。
「悪いな」
「先生」
瞬はしゃがみ込み、小さく笑う。
「もう大丈夫です」
「みんな無事です」
その言葉を聞いた相澤は、小さく息を吐いた。
「そうか」
それだけ言うと、安心したように静かに目を閉じ る。
救護ロボットは担架を持ち上げ、そのまま搬送を 開始した。
その様子を見送る瞬の肩へ、大きな手が置かれ る。
「針山少年」
振り返るとそこにはオールマイトが立っていた。
戦闘の余韻を残したまま、それでも穏やかな笑み を浮かべている。
「よく頑張った」
「ありがとうございます」
「だが」
オールマイトは真剣な眼差しで瞬を見る。
「君も負傷している」
「救護を受けたまえ」
瞬は自分の腕を見る。
擦り傷。
打撲。
服はところどころ裂けている。
それでも本人は不思議そうに首を傾げた。
「これくらいなら大丈夫です」
「山ではもっと酷かったですし」
「比較対象がおかしい!」
思わずオールマイトが声を上げる。
近くにいたプロヒーローたちから思わず笑いが漏 れた。
しかし、その笑いも長くは続かない。
オールマイトは真面目な表情へ戻る。
「ヒーローは自分の身体も守らなければならない」
「君一人の身体ではない」
「仲間がいる」
「未来がある」
「だから治療を受けるんだ」
瞬は数秒考えたあと、小さく笑った。
「分かりました」
「ちゃんと診てもらいます」
「うむ!」
オールマイトは満足そうに頷く。
すぐに救護ロボットが瞬の元へやって来た。
『負傷確認』
『軽傷。応急処置を開始します』
ロボットアームが素早く消毒と包帯を巻いていく。
「うわ」
「すごい」
瞬は興味深そうにロボットの動きを眺める。
『処置完了』
『異常なし』
「ありがとう」
瞬が笑って礼を言うと、救護ロボットは電子音を 鳴らし、次の負傷者の元へ走っていった。
その光景を見届けたオールマイトは、小さく空を 見上げる。
(相澤先生を守り)
(仲間を守り)
(あの怪物を一人で止めた)
(無個性だからこそ、ここまで辿り着いた)
(やはり)
(彼は本物のヒーローだ)
その時だった。
「瞬!」
聞き慣れた声が響く。
振り返ると、緑谷、麗日、飯田、切島、上鳴、蛙 吹たちA組の仲間が駆け寄ってくる。
「大丈夫!?」
「怪我してねぇか!?」
「すげぇぞお前!」
切島が思い切り肩を叩く。
「痛っ」
「悪い悪い!」
周囲から笑い声が上がる。
蛙吹は静かに瞬の前へ立った。
「助けてくれてありがとう」
真っ直ぐな瞳だった。
瞬は少し照れくさそうに頭を掻く。
「間に合って良かった」
それだけだった。
だが、その一言だけで十分だった。
「うん」
「本当にありがとう」
その様子を見ていたクラスメイトたちも自然と笑 顔になる。
誰一人欠けることなく、生きてここにいる。
それだけで十分だった。
USJ襲撃事件。
それは一年A組にとって初めて経験した、本物の戦場だった。
◇
USJの外れ。
誰にも気付かれることなく、一つの黒い霧が静か に揺らめいていた。
そして、その中へ。
腹を押さえながら、蹴り飛ばされた"手だらけのヴ イランがゆっくりと姿を現す。
「くそ」
荒い息を吐きながら、忌々しそうにUSJを睨み付 ける。
「あのガキ」
「次は」
憎悪だけを残し、黒い霧は静かに閉じていった。
この敗北は終わりではない。
新たな因縁の始まりに過ぎなかった。
────────
USJでは、事件後の検証作業が進められていた。
拘束されたヴィランたちは次々と警察へ引き渡され、負傷者の搬送もほぼ終わりを迎えている。
張り詰めていた空気も、少しずつ落ち着きを取り戻し始めていた。
その中で、一年A組の生徒たちは一か所へ集められていた。
誰一人欠けることなく。
全員が生きて、ここにいる。
それだけで十分だった。
「全員、よく無事でいてくれた」
低く、それでいて力強い声が響く。
オールマイトだった。
先ほどまで戦場を駆け回っていたとは思えないほど真っ直ぐな姿勢で、生徒たち一人一人を見渡している。
「諸君」
「本来ならば、君たちはまだ学生だ」
「本物のヴィランと命を懸けて戦うことなど、決して経験するはずではなかった」
生徒たちは静かに耳を傾ける。
「だが今日」
「君たちは逃げなかった」
「仲間を守るために戦い、生き抜いた」
その言葉には、心からの誇りが込められていた。
「教師として、私は君たちを誇りに思う」
その一言だけで、張り詰めていた緊張が少しだけほどける。
麗日は安堵したように笑い、切島は拳を握り締めた。
飯田は背筋を正し、緑谷は静かに目を潤ませる。
オールマイトは続けた。
「そして──」
その視線が、一人の少年へ向く。
針山瞬。
包帯を巻いたまま、皆と同じように立っている。
「針山少年」
「はい」
「君の行動は、多くの命を救った」
周囲が静まり返る。
「負傷した教師を救い」
「仲間を守り」
「君の勇気は、間違いなくヒーローそのものだった」
瞬は困ったように笑う。
「俺一人じゃありません」
「みんな頑張ってました」
「先生たちも来てくれましたし」
即座にそう返す姿に、生徒たちは思わず顔を見合わせる。
(やっぱり針山くんらしい)
(褒められても全部みんなのおかげって言うんだ)
オールマイトも小さく笑った。
「そういうところも含めて、だ」
「真のヒーローとは、自分の功績を誇る者ではない」
「誰かを救えたことを喜べる者だ」
瞬は少し照れくさそうに頬を掻いた。
「そういうものなんですか?」
「ああ」
オールマイトは力強く頷く。
「だからこそ、私は君を称賛する」
その言葉に、瞬は静かに頭を下げた。
「ありがとうございます」
その様子を見ていた切島が、小さく笑う。
「やっぱすげぇな、お前」
「俺ももっと鍛えねぇと」
上鳴も腕を組む。
「いやぁ、刺激が強すぎるって」
「俺も頑張ろ」
轟は瞬を見つめながら静かに呟く。
「……次は負けない」
短い言葉だった。
だが、その瞳には確かな闘志が宿っていた。
八百万も優雅に微笑む。
「私も、もっと強くならなければいけませんわ」
緑谷はノートを握り締めながら瞬を見る。
(針山くんは、個性がない)
(それでも誰より前へ出て、誰より多くの人を助けた)
(僕も……あんなヒーローになりたい)
その想いは、静かに胸へ刻まれていく。
その時だった。
「そろそろ学校へ戻るぞ」
相澤の代わりに教師の一人が声を掛ける。
「事情聴取や報告もある」
「今日はまだ終わりじゃない」
「「「はい!」」」
生徒たちは一斉に返事をした。
バスへ向かって歩き出すA組。
その背中を、夕日が静かに照らしていた。
戦いは終わった。
しかし、この事件は彼ら全員の心へ、決して消えることのない傷跡と、そして大きな成長を刻んだ。
まだ誰も知らない。
今日という一日が、未来を揺るがす大きな戦いの始まりだったことを。
────────
夕暮れの空が赤く染まり始める頃。
一年A組を乗せた雄英高校のバスは、USJを静かに後にした。
行きとは違う。
車内にあった賑やかな笑い声はなく、誰もが窓の外を見つめていた。
本物のヴィラン。
本物の恐怖。
そして、命懸けの戦い。
ほんの数時間前まで「ヒーローになる」という夢だったものが、現実として目の前へ突き付けられたのだ。
静寂の中、不意に切島が口を開いた。
「……悔しいな」
誰も返事をしない。
「俺さ」
「最初はすげぇヒーローになるって意気込んでた」
「でも今日、実際に戦ってみて分かった」
拳を強く握る。
「俺、まだ全然弱ぇ」
その言葉に、上鳴も小さく笑う。
「俺も」
「正直、怖かった」
「逃げたいって思った」
瀬呂も肩を竦める。
「俺なんか何も出来なかったし」
少しずつ、本音が零れ始める。
麗日は窓の外を見つめたまま呟く。
「怖かった」
「でも……」
「みんながいたから頑張れた」
飯田は真っ直ぐ前を向く。
「今日の出来事を決して忘れてはいけない」
「我々はまだ未熟だ」
「だからこそ、これからもっと成長しなければならない」
その言葉に、多くの生徒が静かに頷いた。
その時だった。
「そういえばさ」
上鳴が前の席から身を乗り出す。
「針山」
「ん?」
「お前、あの化け物倒した後も普通に瓦礫運んでたよな」
「疲れてなかったのか?」
瞬は首を傾げる。
「疲れてたよ」
「でも助けを待ってる人がいたから」
「それだけ」
あまりにも自然な答えだった。
切島が思わず笑う。
「やっぱ敵わねぇな」
「そういう考え方がもうヒーローだわ」
芦戸も笑顔で頷く。
「うん!」
「瞬ってさ、誰かを助けることが当たり前なんだよね」
瞬は照れくさそうに頭を掻いた。
「そんなことないよ」
「山でジジイに散々言われてたんだ」
「困ってる人がいたら助けろって」
「それをやってるだけ」
緑谷はその言葉を静かに胸へ刻んでいた。
(強いから助けるんじゃない)
(助けたいから強くなった)
(針山くんは……)
(本当にすごい)
その時。
運転席の前へ立っていたオールマイトが振り返る。
「諸君」
車内の視線が集まる。
「今日は本当によく頑張った」
「しかし」
その表情が少しだけ厳しくなる。
「今日のような事件は、これから先も起こるかもしれない」
誰も言葉を発さない。
「だからこそ」
「もっと強くなれ」
「もっと賢くなれ」
「もっと人を守れるヒーローになれ」
その言葉は、一人一人の胸へ深く刻まれていく。
「私も諸君を導く」
「だから共に進もう」
「最高のヒーローを目指して!」
「「「はい!!」」」
力強い返事がバスへ響き渡る。
その声を聞きながら、オールマイトは静かに微笑んだ。
(この子たちなら大丈夫だ)
(きっと、未来を託せる)
その中でも、自然と視線は針山瞬へ向かう。
窓の外を眺めるその横顔は、戦いを終えたばかりとは思えないほど穏やかだった。
しかし、その小さな背中には、誰かを守るという揺るぎない覚悟が宿っている。
こうしてUSJ襲撃事件は幕を閉じた。
だが、この日一年A組が得たものは、戦いの経験だけではない。
命の重さ。
仲間の大切さ。
そして、本物のヒーローとは何か。
その答えを、それぞれが胸に抱きながら、雄英高校への帰路につくのだった。
読んでくれてサンガツ!