雄英体育祭当日。
雲一つない青空の下。
雄英高校の競技場には、朝早くから凄まじい数の人々が詰めかけていた。
観客席はすでに満席。
家族連れ。
報道関係者。
ヒーロー志望の子どもたち。
そして全国各地から集まったプロヒーローたち。
万を超える観客が、今か今かと開幕を待ちわびている。
「すごい人……」
通路を歩きながら、麗日がおもわず声を漏らした。
「テレビで見てたけど、実際に来ると全然違うね」
「毎年これだけ集まるんだから、雄英体育祭って本当にすごいよな」
切島も興奮を隠せない。
その横で、上鳴は観客席を見渡して青ざめていた。
「なぁ……」
「俺、急に緊張してきた……」
「今さら?」
芦戸が笑う。
「さっきまであんなに騒いでたじゃん」
「だって万だぞ!?」
「足震えるって!」
そんなやり取りを聞きながら、瞬はゆっくりと観客席を見上げた。
「……」
言葉が出ない。
視界いっぱいに広がる人、人、人。
山で暮らしてきた瞬にとって、これほど多くの人間を一度に見るのは初めてだった。
「すごい……」
思わず小さく呟く。
「町一つ分くらいいる」
「いや、もっといると思うぞ」
瀬呂が苦笑する。
「これ全部観客だからな」
「全部?」
瞬が目を丸くする。
「みんな体育祭を見に来たの?」
「ああ」
緑谷が頷く。
「雄英体育祭は、日本中が注目する大会だから」
「プロヒーローもたくさん見に来てる」
「へぇ……」
瞬は感心したように頷いた。
「そんな大会に出られるなんて、すごいことなんだね」
「今さら実感したのかよ!」
上鳴が思わず笑う。
教室では何度か話を聞いていたものの、実際の光景を目の当たりにしてようやく理解したらしい。
その素直さに、クラスメイトたちから自然と笑みがこぼれた。
一方その頃。
競技場上階。
プロヒーロー専用観覧席では、各事務所のヒーローたちが資料へ目を通していた。
「今年も逸材が多いな」
「一年A組は特に粒揃いだ」
「推薦組の轟焦凍」
「爆豪勝己」
「緑谷出久」
資料をめくる音が響く。
そして、一人のヒーローが一枚のプロフィールで手を止めた。
「……針山瞬」
その名前に、近くのヒーローが反応する。
「ああ」
「USJ襲撃事件の」
「無個性の少年か」
「報告書は読んだ」
「相澤を救出し、正体不明の巨大ヴィランを単独で戦闘不能にしたらしい」
「高校一年生が、か」
半信半疑の声が漏れる。
「しかも無個性」
「本当なら信じ難い」
別のヒーローが腕を組む。
「だからこそ、この体育祭で見極める」
「噂だけでは判断できん」
「実力を見るには十分な舞台だ」
視線は自然と競技場入口へ向けられる。
その先には、これから入場する未来のヒーローたちが待っていた。
やがて、場内アナウンスが響き渡る。
『まもなく、雄英体育祭の開会式を開始します』
『選手の皆さんは入場してください』
その放送を合図に、生徒たちが歩き始める。
先頭を歩くヒーロー科。
その列の中には、針山瞬の姿もあった。
歓声が徐々に大きくなる。
まるで地鳴りのような拍手と声援が競技場全体を揺らした。
初めて浴びる、大歓声。
瞬は少しだけ驚いたように目を丸くする。
「……すごい」
しかし、その表情に恐れはなかった。
あるのは純粋な高揚だけ。
こうして、全国が注目する雄英体育祭が、ついに幕を開けた。
────────
ヒーロー科を先頭に、普通科、サポート科、経営科。
全学科・全学年の生徒たちが続々と競技場へ入場する。
観客席からは割れんばかりの歓声が響き渡った。
「おおおおおっ!!」
「始まるぞ!」
「今年はどんな奴がいる!?」
無数の視線がフィールドへ注がれる。
その熱気に包まれながら、一年A組は整列した。
「すごい歓声だね」
瞬は周囲を見渡しながら、小さく笑う。
「ちょっと耳がびっくりしてる」
「ははっ」
切島が笑う。
「そのうち慣れるって!」
「慣れるかな」
「慣れる慣れる!」
そんなやり取りをしていると、会場全体へ軽快な音楽が流れ始めた。
「YEAH──ッ!!」
テンションの高い声が競技場中へ響く。
実況席へスポットライトが当たる。
「今年もやって来たぜぇぇぇぇぇ!!」
「青春と情熱と個性が激突する一大イベント!!」
「雄英体育祭の実況は、この俺ぇぇぇ!!」
「プレゼント・マイクが担当するぜぇぇぇぇ!!」
ドォォォン!!
会場が一気に盛り上がる。
「うおおおお!!」
「プレゼント・マイクだ!」
その歓声へ手を振りながら、プレゼント・マイクは勢いよく叫んだ。
「そしてルール説明担当は!」
「この人だぁぁぁ!!」
フィールド中央へ、一人の女性ヒーローが歩み出る。
紫を基調としたコスチューム。
妖艶な雰囲気を纏う女性。
「R指定ヒーロー」
「ミッドナイト!!」
再び歓声が上がる。
ミッドナイトはマイクを受け取り、優雅に微笑んだ。
「みなさん、お待たせしました」
「今年もルールは例年通り」
「競技ごとに順位を競い、勝ち残った者だけが次へ進みます」
「最後まで立っていた者が優勝です」
簡潔な説明。
しかし、それだけで十分だった。
誰もが理解している。
この舞台が、自分たちの未来を左右することを。
ミッドナイトが一歩下がる。
プレゼント・マイクが再び叫ぶ。
「それじゃあ続いて!」
「毎年恒例!」
「選手宣誓だァァァァ!!」
大型モニターへ一つの名前が映し出される。
一年A組 爆豪勝己
「またアイツか」
上鳴が苦笑する。
「大丈夫かな……」
麗日が少し不安そうに呟く。
その視線の先。
爆豪はゆっくりと前へ歩き出した。
観客席からもざわめきが起こる。
「推薦じゃない一年生か」
「入試トップだった爆豪勝己だな」
「どんな宣誓をする?」
爆豪は宣誓台へ立つ。
マイクを握る。
一瞬だけ静寂が訪れた。
そして。
「宣誓」
低く響く声。
「俺たちは」
観客全員が耳を傾ける。
「正々堂々と……」
一拍置く。
その瞬間。
「──優勝するのは、俺です」
静寂。
そして。
「…………」
会場中が凍り付いた。
「…………は?」
誰かが思わず声を漏らす。
次の瞬間。
「おおおおい!!」
「宣誓になってねぇ!!」
「何言ってんだアイツ!!」
観客席が一斉にどよめいた。
「ガハハハハ!」
プレゼント・マイクは腹を抱えて笑っている。
「相変わらず挑発的だぜぇぇぇ!!」
ミッドナイトも思わず苦笑した。
フィールドでは。
切島が頭を抱える。
「やっぱり言いやがった!」
上鳴もため息をつく。
「通常運転だな……」
瞬は爆豪を見つめ、小さく笑う。
「すごい自信だね」
緑谷も苦笑しながら頷いた。
「うん」
「でも、かっちゃんらしいよ」
その一言で、A組から自然と笑いが漏れる。
一方。
宣誓台を降りた爆豪は、不敵な笑みを浮かべていた。
「文句あるなら」
「俺を倒してみろ」
その挑発は、会場中の闘志へ火を点けるには十分だった。
轟は静かに爆豪を見る。
(好きに言えばいい)
(最後に勝つのは俺だ)
緑谷も拳を握る。
(負けない)
(今回は絶対に)
そして瞬もまた、小さく拳を握った。
(みんな、本気なんだ)
(なら俺も)
(全力でぶつかろう)
こうして。
雄英体育祭は、爆豪勝己の宣誓と共に、本当の意味で幕を開けた。
────────
爆豪の強烈な選手宣誓で熱気に包まれた競技場。
プレゼント・マイクはさらに会場を煽るように叫ぶ。
「さぁさぁさぁぁぁ!!」
「開会式も終わったところで、早速いこうじゃねぇかぁぁぁ!!」
観客席から歓声が上がる。
「第一種目の発表だァァァ!!」
ドンッ!!
巨大モニターが光を放つ。
全生徒の視線が一斉に集まった。
画面が切り替わる。
そして、大きく表示された文字は──
『第一種目 障害物競走』
「おぉぉぉ!!」
会場が一気に沸き立つ。
「障害物競走か!」
「最初から派手だな!」
「今年はどんなコースだ!?」
プレゼント・マイクが両手を広げる。
「そう!!」
「雄英名物、超ド級障害物競走!!」
「コース全長、およそ四キロ!!」
「校内を丸ごと使った、何でもありのサバイバルレースだぁぁぁ!!」
大型モニターにはコース全体の映像が映し出される。
スタジアムを飛び出し、校内を巡る長大なルート。
その光景を見た一年生たちは、それぞれ表情を引き締めた。
「四キロ……」
麗日が小さく息を呑む。
「長いね……」
「最初から体力勝負にもなりそうだな」
飯田が真剣な表情で頷く。
切島は豪快に笑った。
「面白ぇ!」
「走るだけなら負ける気しねぇ!」
「いや、障害物競走だから走るだけじゃ済まないだろ」
上鳴が冷静にツッコミを入れる。
その横で、瞬はモニターを見上げていた。
「障害物競走……」
山での生活を思い出す。
倒木を飛び越え。
崖を登り。
川を渡り。
獣道を駆け抜ける毎日。
自然が相手だったあの日々。
思わず笑みが浮かぶ。
「なんだか楽しそう」
その言葉に、緑谷が少し驚いた。
「針山くん、緊張してないの?」
「してるよ」
瞬は素直に頷く。
「でも、それ以上に楽しみ」
「初めて見ることばかりだから」
その笑顔はどこまでも自然だった。
無理に気負う様子はない。
ただ純粋に、この舞台を楽しもうとしている。
そんな瞬を見て、緑谷も自然と笑みを浮かべた。
「僕も」
「全力でいく」
「うん」
「頑張ろう」
二人は軽く拳を合わせる。
一方、少し離れた場所。
轟焦凍は静かに瞬を見つめていた。
(障害物競走)
(どんな障害でも、あいつは止まらないだろう)
戦闘訓練で見た姿が脳裏をよぎる。
氷を砕きながら一直線に迫ってきた、あの圧倒的な突破力。
(だが)
(勝つ)
その決意は揺るがない。
さらにその後方では、爆豪がニヤリと笑う。
「関係ねぇ」
「誰が相手でも、先頭を走る」
闘志をむき出しにする爆豪。
静かに燃える轟。
拳を握る緑谷。
そして穏やかに笑う瞬。
それぞれ異なる想いを胸に、スタート地点へ向かって歩き始める。
プレゼント・マイクの声が競技場中へ響き渡った。
「さぁ一年生諸君!!」
「準備はいいかァァァ!!」
「第一種目!」
「障害物競走!!」
「まもなくスタートだァァァ!!」
全国が注目する雄英体育祭。
その最初の戦いが、今まさに始まろうとしていた。
────────
スタート地点。
1年生全員がスタートラインへ並ぶ。
最前列には推薦入学組。
その後方へ、入試成績順に生徒たちが続いていく。
観客席からは絶え間ない歓声が降り注いでいた。
「始まるぞ!」
「一年生の実力が見られる!」
「今年は面白そうだ!」
実況席ではプレゼント・マイクがテンション全開で叫ぶ。
「さぁさぁさぁぁぁ!!」
「スタートラインに集まった未来のヒーローたち!」
「ここから始まるのは、栄光への第一歩!!」
「突破できるのは、ほんの一握りだァァァ!!」
フィールドでは、生徒たちが静かに前を見据えていた。
緑谷は深く息を吸う。
(まずは落ち着いて)
(焦らず前へ)
轟は両足へゆっくりと力を込める。
(最短で突破する)
爆豪は肩を鳴らしながら笑った。
「全員、置いてく」
切島は拳を握る。
「燃えてきたぁ!」
その隣で、瞬はスタートゲートの向こうを見つめていた。
巨大なゲート。
その先には、まだ見えないコース。
「どんな障害があるんだろう」
興味の方が勝っている。
その様子を見た上鳴が苦笑した。
「針山、お前さ」
「普通もっと緊張しない?」
「してるよ?」
瞬は笑って答える。
「でも楽しみだから」
「……やっぱ大物だわ」
上鳴は肩を落とした。
その時。
ブザーが鳴る。
『選手、位置についてください』
場内アナウンスが響く。
全員が腰を落とし空気が張り詰める。
観客席も静まり返る。
誰もが、その瞬間を待っていた。
プレゼント・マイクがマイクを高く掲げる。
「Are you ready!?」
会場全体が歓声で応える。
「イエェェェェェェェッ!!」
「それじゃあ行くぜぇぇぇ!!」
一拍。
二拍。
そして──
パンッ!!
乾いた号砲が競技場へ響き渡った。
「スタァァァァト!!」
次の瞬間。
ドンッ!!
全員が一斉に地面を蹴る。
爆豪が爆破で一気に加速する。
「どけェ!!」
轟も迷うことなく前へ飛び出す。
飯田はエンジンを吹かし、猛烈な勢いで駆け抜ける。
切島、緑谷、麗日たちも負けじと走り出した。
その中で。
瞬だけは一歩遅れて走り始める。
「……」
慌てる様子はない。
前方を走る生徒たちの動きを静かに見つめていた。
(まずは、どんな障害が来るのか見よう)
焦って飛び出す必要はない。
状況を見極める。
それもまた、山で身につけた生き方だった。
やがて先頭集団が第一関門へ突入する。
瞬も少しずつ速度を上げていく。
その巨体からは想像もできないほど軽やかな足運び。
足が地面をしっかりと捉え、一歩ごとに着実に加速していく。
観客席の一角。
プロヒーローたちが、その姿へ視線を向けていた。
「……あれが針山瞬か」
「USJで怪物を倒したという」
「なるほど」
「走り方に無駄がない」
誰もが、その一挙手一投足を見逃すまいと目を凝らす。
そして、瞬は静かに笑みを浮かべた。
「さあ」
「行こう」
こうして雄英体育祭最初の競技──障害物競走が、本格的に幕を開けた。