乾いた号砲が、雄英高校中へ高らかに響き渡る。
パンッ!!
「スタァァァァァト!!」
プレゼント・マイクの絶叫と同時に、四十二人の一年生が一斉に地面を蹴った。
ドドドドドドッ!!
競技場が震えるほどの足音。
観客席から歓声が降り注ぐ。
「始まったぞ!」
「体育祭最初の勝負だ!」
「行けぇぇぇ!!」
先頭では爆豪勝己が爆破を連続で起こし、一気に飛び出す。
「邪魔だァ!!」
轟焦凍も無駄のないフォームで加速する。
飯田天哉はふくらはぎのエンジンを唸らせ、一気に前へ躍り出た。
緑谷や切島たちも必死に食らいついていく。
一方。
瞬は焦ることなく一定の速度で走っていた。
(みんな速いな)
初めて見る雄英生たちの走り。
それぞれの個性を活かした加速。
思わず感心してしまう。
「でも」
口元に小さく笑みが浮かぶ。
「負けるつもりはない」
脚へ力を込める。
ズンッ!!
体操服越しにも分かるほど鍛え抜かれた脚が地面を蹴り、瞬の身体が一気に加速した。
「速っ!」
隣を走っていた普通科の男子生徒が目を見開く。
まるで風が横を通り過ぎたようだった。
しかし、その勢いも長くは続かない。
コース最初の難関。
スタジアム出口。
幅の狭い巨大ゲートへ、生徒たちが一斉に殺到した。
「押すな!」
「前が詰まってる!」
「うわっ!」
先頭集団が出口で完全に渋滞する。
後ろから押され、転倒する者まで現れ始めた。
「くっ!」
飯田が足を止める。
爆豪も舌打ちする。
「邪魔なんだよ!」
前へ出たい。
だが、人の壁が行く手を塞ぐ。
押しても進まない。
その様子を見た瞬は足を止めた。
(……なるほど)
押し合っても意味はない。
人が多い場所へ飛び込めば、自分も止まるだけ。
瞬は素早く周囲を見渡す。
前。
横。
足元。
人の流れ。
ほんの僅かな隙間。
(あそこだ)
瞬は人混みの左端へ進路を変えた。
「え?」
「そっち行くのか?」
誰かが驚く。
次の瞬間。
瞬は身体を半歩ひねり、人と人の肩が離れる一瞬の隙間へ滑り込んだ。
ぶつからない。
押さない。
止まらない。
流れるような足運びで、一人、また一人と人混みを抜けていく。
「なっ!」
「今どこ行った!?」
気付けば、瞬は混雑の最前列近くまで到達していた。
その動きを、モニター越しに見ていた相澤が小さく呟く。
「力任せじゃない」
「状況を見て、一番効率のいい道を選んだか」
オールマイトも腕を組みながら頷く。
「障害物競走は速さだけではない」
「状況判断も重要だ」
「針山少年は、それを理解しているようだ」
その頃。
ようやく出口が目前まで迫る。
しかし、その先で待っていた光景に、生徒たちが一斉に息を呑んだ。
「な……」
「うそだろ……」
「おいおい……!」
巨大なゲートの向こう。
そこには、入試試験でも猛威を振るった巨大ロボットが何体も待ち構えていた。
鋼鉄の巨体が、ゆっくりとこちらへ向き直る。
ギギギギギ……
プレゼント・マイクの声が響く。
「さぁ来たァァァ!!」
「第一関門!」
「雄英名物・ヴィランロボ軍団だァァァ!!」
四十二人の視線が、一斉に鋼鉄の巨人たちへ向けられた。
────────
スタジアム出口を抜けた瞬間。
百五十名を超える一年生たちの目の前に、鋼鉄の巨人たちが立ちはだかった。
ギギギギギ……
鈍い駆動音を響かせながら、巨大なヴィランロボがゆっくりと身体を動かす。
その数は一体ではない。
コースいっぱいを埋め尽くすように何体ものロボットが配置され、生徒たちの行く手を阻んでいた。
「うわっ!」
「こんなのどうやって抜けるんだ!?」
「で、でかすぎる!」
普通科やサポート科の生徒たちが思わず足を止める。
先頭集団ですら一瞬だけ動きが鈍った。
実況席からプレゼント・マイクが叫ぶ。
「来たぜ第一関門!!」
「雄英名物・ヴィランロボだァァァ!!」
「さぁ一年生諸君! どう突破する!?」
観客席からどよめきが起こる。
その時だった。
「どけ」
低い声。
轟焦凍が静かに一歩前へ出る。
右足を踏み込んだ。
「凍れ」
──ゴォォォォォォォォッ!!
轟を中心に、圧倒的な冷気が一気に解き放たれる。
大地が白く染まる。
床を這う氷は瞬く間にロボットの足元へ到達し、そのまま機体全体を飲み込んでいく。
バキバキバキバキッ!!
巨大なロボットが一瞬で氷漬けになった。
さらに勢いは止まらない。
その後方のロボット。
さらに奥のロボットまで。
巨大な氷塊がコース全体を覆い尽くした。
会場が静まり返る。
「……え?」
「全部……」
「凍らせた……?」
次の瞬間、観客席が爆発する。
「すげぇぇぇぇ!!」
「なんて規模だ!」
「一年生だぞ!?」
プレゼント・マイクも思わず叫んだ。
「とんでもねぇぇぇ!!」
「A組・轟焦凍!!」
「第一関門をまとめて突破ァァァ!!」
轟はそのまま氷の上を滑るように走り抜けていく。
後続の生徒たちも我に返った。
「今だ!」
「氷の上なら行ける!」
「急げ!」
一斉に氷の道へ雪崩れ込む。
その中で爆豪だけは舌打ちした。
「チッ……!」
爆破で宙へ飛び上がり、氷ごとロボットを飛び越えていく。
「勝手に道作ってんじゃねぇ!」
飯田もエンジンを全開にし、一直線に駆け抜ける。
緑谷も必死に後を追う。
一方。
少し後方を走っていた瞬は、その光景を静かに見つめていた。
「すごいな……」
思わず感嘆の声が漏れる。
「あんなに広い範囲を一瞬で」
山では見たこともない景色だった。
自然を相手に鍛えてきた瞬にとって、人がこれほどの現象を生み出すことは純粋な驚きだった。
だが、感心しているだけでは終わらない。
「行こう」
瞬は氷の道へ足を踏み出す。
凍った路面は非常に滑りやすい。
転倒する生徒が次々と現れる。
「うわぁっ!」
「滑る!」
「立てない!」
しかし瞬は違った。
一歩。
また一歩。
足裏全体で氷を捉え、重心を絶妙に操りながら滑ることなく走り抜けていく。
鍛え抜かれた体幹。
山道や濡れた岩場で培われた足運び。
その全てが、この氷上でも生きていた。
「……すごい」
偶然近くを走っていた八百万が、その姿に目を見張る。
「あの足運び……」
「まるで最初から氷の上を走り慣れているようですわ」
瞬はそのまま速度を落とさず、凍り付いたロボットの間を縫うように駆け抜ける。
その視線は、すでに次の関門を見据えていた。
────────
轟焦凍と爆豪勝己。
二人は既に大きく先行し、巨大な綱渡りゾーンの先へと姿を消していた。
観客席からも歓声が上がる。
「トップは轟と爆豪だ!」
「速ぇ!」
「もうあんな先まで!」
だが、その少し後方。
第二集団では熾烈な争いが繰り広げられていた。
巨大ロボ地帯を突破した生徒たちが、互いに順位を奪い合っている。
「前を開けろ!」
「負けるか!」
「押すなって!」
砂煙が舞い、何人もの生徒が駆け抜ける。
その中を、一人だけ一定の速度で走り続ける少年がいた。
針山瞬。
雄英高校の体操服姿のまま、無駄な力を使わず前だけを見据えて走っている。
(まだ飛ばす必要はない)
(ゴールは遠い)
(体力は最後まで残しておく)
山で鍛えられた経験が、自然と身体を動かしていた。
そんな瞬の前へ、一人の生徒が立ちはだかる。
「ここから先は行かせない!」
普通科の生徒だった。
障害物の鉄骨を利用し、通路を塞ぐ。
「悪いけど!」
瞬は速度を落とさない。
目前まで迫る。
「えっ!?」
次の瞬間。
タンッ。
鉄骨へ片足を掛ける。
その反動だけで身体が大きく宙へ舞った。
「うわっ!」
普通科の生徒の頭上を軽々と飛び越える。
着地。
そのまま一切減速せず走り抜けた。
「すげぇ……!」
「今の跳躍力か!」
観客席からどよめきが起こる。
瞬は振り返らない。
順位だけを静かに上げていく。
その頃。
先頭集団では轟と爆豪が激しい首位争いを続けていた。
二人の背中は既に遥か遠く。
瞬の視界には映らない。
代わりに目の前へ現れたのは、さらに数人の生徒だった。
「針山だ!」
「抜かれる!」
一人が横から体当たりを仕掛ける。
瞬は半歩だけ身体を開く。
相手は空振りし、そのまま勢い余って転びそうになる。
瞬は咄嗟に腕を掴んだ。
「危ない」
「え?」
体勢を立て直した相手は呆然とする。
「ありがと……」
「怪我しないようにね」
それだけ言うと、瞬は再び走り出した。
順位を争う最中でも、人を見捨てない。
その姿に、観客席から自然と拍手が起こる。
「今の見たか?」
「自分も走ってるのに助けたぞ!」
「ヒーローらしいな……」
実況席でも、プレゼント・マイクが興奮していた。
「ヘイヘイヘイ!!
針山少年、順位争いの真っ最中でも他の生徒を助けたァ!!
なんて余裕だ!」
隣で腕を組むミッドナイトが微笑む。
「余裕というより、あの子にとってはそれが当たり前なのよ」
モニターを見つめる相澤も、小さく息を吐いた。
(あいつらしい)
(勝つことより、人を優先する)
(それでも順位を落とさないんだから厄介だ)
一方、瞬は前方を見据える。
その先には、競技の次なる難関が待ち受けていた。
「次は……」
巨大な影が視界へ映る。
障害物競走は、まだ終わらない。
むしろ、本当の勝負はここからだった。
────────
障害物競走、最終エリア。
地雷原。
無数に埋められた地雷が、選手たちの行く手を阻んでいた。
先頭集団では爆豪勝己と轟焦凍が互いを睨みながら駆け抜けている。
「どけやァ!!」
爆豪が爆破で地雷を吹き飛ばしながら進む。
轟も氷で足場を作り、一気に駆け抜ける。
そのすぐ後方。
針山瞬は地雷原へ足を踏み入れた。
普通なら慎重になる場所。
しかし。
「ここが最後か」
瞬は速度を落とさない。
いや──。
さらに加速した。
ドンッ!!
一歩目。
足元の地雷が爆発する。
轟音。
炎。
土煙。
それでも瞬の足は止まらない。
爆風を真正面から受けながら、そのまま前へ突き進む。
「えっ!?」
観客席から悲鳴が上がる。
「踏んだぞ!?」
「地雷だ!!」
「危ない!!」
しかし。
煙の中から飛び出してきたのは、何事もなかったように走り続ける瞬の姿だった。
体操服は煤で黒く汚れている。
だが、その脚は止まらない。
「その程度じゃ……止まれない」
ドォン!!
ドォン!!
ドォン!!
一歩踏み出すたびに地雷が爆発する。
爆炎が身体を包み。
衝撃波が吹き荒れる。
それでも瞬は真っ直ぐ前だけを見る。
まるで爆発など存在しないかのように。
「う、嘘だろ……」
プレゼント・マイクが絶句する。
「地雷を全部踏み抜いてるぞ!!」
ミッドナイトも目を見開く。
「普通なら吹き飛ばされて終わりなのに……」
観客席からどよめきが広がる。
「なんだあの子……」
「本当に高校一年生か?」
「化け物じゃないか……」
瞬は爆炎の中を一直線に突き進む。
そして。
視界の先に二つの背中が映る。
轟焦凍。
爆豪勝己。
(追いついた)
さらに踏み込む。
ドォォォン!!
また一つ地雷が爆発する。
その爆風を押し切りながら、一気に二人との差を詰めていく。
「チッ!」
爆豪が横目で気付く。
「なんで追いついて来やがる!!」
轟も僅かに視線を向ける。
(爆発を受けながら……)
(まだ加速している)
三人が横一線に並ぶ。
ゴールゲートまで残り僅か。
会場全体が総立ちになる。
「来たァァァァ!!」
「トップ争い!!」
「爆豪!」
「轟!」
「針山!!」
三人が最後の直線へ飛び込む。
しかし。
そのさらに前方。
誰も予想していなかった場所から、一つの影が滑るように現れた。
大量の地雷を回収し、それを巨大な即席ソリへと変えて。
緑谷出久が爆風を利用し、一気に三人の前へ飛び出した。
「行けぇぇぇぇぇぇ!!」
ドォォォォォン!!
最後の爆風。
その勢いのまま、緑谷の身体がゴールラインを駆け抜ける。
『一位!! 緑谷出久ァァァァァ!!』
会場が大歓声に包まれる。
「やったぁぁぁ!!」
「緑谷だ!!」
「逆転した!!」
その直後。
爆豪と瞬がほぼ同時にゴールへ飛び込む。
一瞬だけ並ぶ二人。
ほんの僅か。
つま先半分。
その差で──。
『二位!! 針山瞬!!』
『三位!! 爆豪勝己!!』
「なにィィィィ!!?」
爆豪の叫びが競技場へ響き渡る。
さらに僅か遅れて轟がゴール。
『四位!! 轟焦凍!!』
実況席ではプレゼント・マイクが興奮のあまり叫び続けていた。
「とんでもない結末だァァァ!!」
「緑谷少年が奇策で一位を奪取!!」
「そして地雷原を真正面から走り抜けた針山少年が二位!!」
「爆豪少年、轟少年も続いてゴールだァ!!」
瞬は軽く息を整えながら、ゴールラインの向こうで止まる。
煤だらけの体操服。
土埃にまみれた髪。
それでも表情は穏やかだった。
「緑谷」
前方で息を切らす緑谷へ歩み寄る。
「一位、おめでとう」
緑谷は驚いたように振り返り、照れ笑いを浮かべた。
「ありがとう、針山くん」
「最後、本当にギリギリだった」
「すごい作戦だったよ」
瞬は素直に笑う。
「俺じゃ思い付かなかった」
そのやり取りを少し離れた場所から見ていたオールマイトは、小さく頷いた。
(順位に拘るだけではない)
(仲間の勝利を素直に称えられる)
(やはり彼もまた、ヒーローの資質を持っている)
体育祭第一種目・障害物競走。
その幕は、誰も予想しなかった結末と共に閉じた。
読んでくれてサンガツ!