疲れたぜ……!!
雨足が随分と強くなり始めた頃、斉木と天沢の戦いは、斉木の圧勝に終わった。
自信満々に斉木に向かっていった天沢だったが、斉木にパンチ1発与えただけ。
それも斉木が正当防衛かなんかを成立させるためにわざと喰らったやつ。
その後、天沢は斉木曰くパンチ5発と蹴り1発を食らってノックダウンさせられていた。
気絶したことで腕時計が鳴っていたが、大量出血をしたとか骨折したとかではないからか1回だけ鳴って終わった。
「斉木ってほんとに強いんだね……」
前々から規格外だとは思ってたけど……私が敵うはずがないと思っていた天沢に技術もクソもないシンプルなパワーで勝っていた。
多分、体術ってやつ?
そっちは天沢の方が明らかに上だったと思うってか、斉木には使う必要もなかったんだろうけど。
普通に天沢のパンチをノーガードで受けた時は正気を疑ったけど、天沢が「いったっ!? なんなの鉄!?」と言ってたから体の出来がそもそも違うのかも。
『幻滅したか?』
「何それ。嫌いになったかって言いたいの?」
むしろ逆だわバカ。
別に強い男が好きとかそんなこと言う気はないけど、あんな状況で助けに来られたら誰でもときめくでしょ。
『容赦なく女の子を殴り飛ばしたり、蹴ったりしたら引かないか?』
「あんたも言ってたけど、天沢も私に同じことしたんだし、気にしないわよそんなの」
斉木は天沢に反撃する前に『人の顔を蹴るってことは蹴られたり、殴られる覚悟があるってことでいいんだよな?』って忠告してたし、斉木への攻撃をやめなかった天沢も悪い。
とりあえず、雨に濡れて風邪を引かれるのも困るので斉木は天沢の足を引きずって木陰へと行く。
「てかどうしてここに来たわけ?」
GPSサーチを使えば私の場所は分かるかもしれないけど、綾小路くんと七瀬の近くにいるからってトラブルに巻き込まれてるとは思わないはず。
『親切な1年生が教えてくれた』
「1年生?」
そういえば八神が私のことをAクラスの高橋、Cクラスの椿、宇都宮、Dクラスの宝泉にバラしたって言ってたな。
この4人のうち八神の計画を話したのが椿と宇都宮って言ってたから、そのどっちかかな。
あいつも信用されてないってわけね。
「ちなみにそれって女?」
『男だが』
じゃあ宇都宮か。
一応、今度会ったらお礼を言っといてやるか。
口止めも兼ねて。
「それにしても遅かったんじゃない?」
『これでも急いで来た方だ』
遅くなかったのは分かってる。
これは私のわがまま。
もうちょっと早く来てくれたら痛い思いもしなかったかもしれない。
ただ、それはそれでまた斉木に頼りっぱなしという気がして嫌だけど。
でも、結局助けてもらってしまった。
「高円寺くんには?」
『試験中に身体能力で1度だけ勝負する代わりに離脱させてもらった』
「……そんなのでいいんだ」
『あっちが提案してきたからな』
「そうなんだ」
高円寺くんって斉木のことは認めてるっていうか、好敵手みたいに考えてるのかな。
他のみんなのことは眼中にないのに斉木のことは特別視してるっぽいしね。
ま、それがどうしてかなのかはさっきハッキリと分かったわけなんだけど。
「……あのさ、本当に助けてくれたことには感謝するんだけど」
『けど?』
「……もうちょっとスマートにできなかった?」
私は10分前まで斉木が天沢に言っていた言葉やらやったことを思い出す。
天沢のプライドとかメスガキマインドをへし折るためなんだろうけど、やりすぎだったと思う。
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余裕たっぷりの天沢に、 斉木は肩を竦めて右手のひらを上に向けて指先をクイッと曲げ、相手を挑発した。
『時間がないんだ。やるならさっさとやろう』
「後悔しても知りませんよぉ? せぇんぱぁい」
構えることなく棒立ちの斉木が言うと、天沢は獰猛な笑みを浮かべる。
これから学年どころか校内トップの成績を持つ男を屈服させることができる。
そういう顔だった。
天沢は地面を蹴って斉木の方へと走り出すと、渾身の右ストレートを繰り出した。
避けることも受け止めることもしなかった斉木の右頬に天沢の拳が突き刺さるも、殴ったはずの天沢が悲鳴をあげた。
「いったっ!? なんなの鉄!?」
拳を引き、2メートルほど距離を取ると天沢は僅かに赤くなった右手を見ながらそんな言葉を漏らす。
対する斉木は何事もなかったかのように口を開く。
『人の顔を蹴るってことは、顔を蹴られたり、殴られる覚悟があるってことでいいんだよな?』
「はぁ? 何の話?」
『さっき櫛田さんの顔を蹴ろうとしてただろ』
「それが何? 彼女の顔を傷つけるな〜ってキザなセリフでも吐く気?」
「は? 彼女じゃないんだけど」という言葉を飲み込んで斉木がどう返すのかを黙って見守る。
『君の言葉は聞き飽きた。さっさと捻り潰してみろ』
いや言うほど話してないだろ……てか、私のためじゃないのかよ。
いや? 別に? そんなに? 期待してなかったけどね?
「上等じゃん!」
やれるもんならやってみろと天沢は再び斉木に向かっていったかと思ったら遥か後方へと吹っ飛ばされていた。
「はぁ?」
私がいきなり吹き飛んだ天沢に驚いていると、それは吹き飛ばされた天沢も同じだった。
「いっ、たぁ……うっ……! なん、で……?」
起き上がった天沢の鼻にはアザのようなものが出来ていて、斉木に殴られたのか蹴られたのかは……私には全く見えなかったけど、何かされたのは明白だった。
その証拠にアザ以外にも鼻血が滴っていた。
『鼻血が出てるぞみっともない。さっさと拭けよ』
なんかこれもどっかで見たことあるセリフだな……と訝しむも、何かされた方の天沢はそれどころじゃない。
斉木を睨みながら何が起きたのかを整理するためか、言われた通りにジャージの裾で鼻血を拭き取る。
『この僕のパンチを3発喰らって鼻血だけとは大したものだ』
「パンチ3発……? なんのこと……?」
パンチ3発?
斉木が殴ったようには見えなかったけど……?
狼狽える天沢に斉木は再び指先をクイクイと動かしてみせる。
『今度はお前にも見えるように、ゆっっっっくりやってやるよ』
「ざけんな!!」
斉木の挑発に乗り、天沢は地面を蹴って馬鹿の一つ覚えみたいに斉木へと飛びかかる。
すると、斉木はゆっくりと言いながらも傍から見てても全くわからないスピードで天沢に何かしたようで、天沢の顔から破裂音みたいなのが2回鳴ると、斉木が足を蹴り上げたのが見えてそれが天沢の顎に直撃して、天沢の身体はまた後ろへと放物線を描いて吹き飛ぶ。
最後の蹴りで気絶したのか天沢は事切れると腕時計から警告アラートが鳴る。
「な、なに? もしかして死んだの?」
『殺してはいない。懲らしめはしたが』
全然上手くないんだけど……。
てか、普通に10分にも満たない一方的な戦いだったと思い直す。
「女の子を助けるやつのセリフとやり方にしては最悪。普通にヤバいしイカれてる」
『酷い言いようだ』
やれやれと言わんばかりに斉木は両手を広げる。
そんな斉木に私は抱き着いた。
「でも、まぁ、良かったんじゃない? 斉木にしては……その、ありがと……」
顔を見られたくないから抱き着いたけど、思い返すと今の状況も十分恥ずかしい。
ただ、こうしていると安心できるし、左腕とか身体の痛み、なんならここまでの疲れも抜けた気がする。
パッと離れて背を向けると、深呼吸していつもの櫛田桔梗に戻る準備をする。
それが終わるのを斉木は待ってくれていたのか、一息つくと斉木が口を開いた。
『それで、綾小路は?』
「多分、もうちょっと奥じゃないかな? あ、タブレット落としたままだ」
誰かに見られても大丈夫なように、普段の櫛田桔梗の口調に戻してから答えた。
雨の中、さっきいたところに戻ってタブレットを拾うと動画は天沢が止めていたのか、私と天沢が揉めているところは入っていなかった。
まぁそれが入ってると斉木が天沢ボコってるところの音声も入ってたし、この方が良かったかもしれない。
斉木と天沢のいるところに戻ると、斉木が天沢の手当をしているところだった。
「あれ? 思ったより大丈夫そうだね」
鼻血が出ていた鼻や殴られた跡とかはほとんど見られないどころか、そんなこと無かったかのような顔になっていた。
『櫛田さんの方は大丈夫か?』
「私?」
斉木にハグしたらマシになったとは言いにくいので「思ったよりは平気っ!」と答えておく。
ちょっと声が上擦った気がするけど……それよりも気になるのはジャージの土汚れ。
まぁこの雨だし、どこかでコケたとか言えば済むとは思うけど。
グループからも抜け出して、コケて戻ってくるなんてかっこ悪いことこの上ないけど八神の作戦に乗った私が悪いし仕方ない。
たださっきある程度叩いたこともあってか、ジャージの汚れはかなりマシになっていた。
けど、7日も変えてないしなと思っていると斉木が首を傾げるも、「なんでもない」と私が言うと頷く。
『とりあえず、櫛田さんはグループに合流した方がいい。これ以上雨が強くなったら戻るに戻れなくなる』
「それはそうだけど……」
そう言いつつ私は斉木の下に転がっている天沢を見下ろす。
「天沢さんはどうするの?」
『近くに七瀬がいる。引き渡して対処してもらう』
「そう……じゃあ遠慮なくさそうさせてもらうけど……変なことしちゃダメだよ?」
『するか』
呆れるように言った斉木は、手で私を払う。
まぁしないのは分かってるけど、一応ね。
『多分、櫛田さんのグループはE6辺りのはずだ』
「うん、じゃあそこ目指して行ってみるね」
あらかじめGPSサーチで探してくれていたのか、斉木くんが教えてくれる。
「またね、斉木くん。本当にありがとう」
私が言うと斉木は手を上げて応えてくれる。
その姿を見て、八神に嵌められてちょっとは良かったかなと思いつつ、私は来た道を戻りながらグループへと戻った。
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試験管ベビー。
今はそんな呼び方はしないけど。
確か体外受精児なんて呼び方になったらしい。
あたしはその体外受精児として産まれた人間。
それ以外のことは何も知らない。
両親の顔すら知らない。
今どこで何をしているのか、どうしてあたしをホワイトルームに入れたのか。
何も知らないけれど、あたしには興味がない。
ただそんなあたしに物心ついた時に教えられたのは両親が極めて優秀な人間だったってこと。
天才になる素養を持って産まれてきた恵まれた子供だったということは、ホワイトルームの存在は相反する。
施設の最終目標は全ての人間を等しく優秀に育て上げることで、初めから優秀なあたしはその理念に当てはまらない。
ホワイトルームの理念は、人間の限界は遺伝で決まる訳じゃなく、環境で決まることの証明を目指している。
あの部屋において、あたしの存在は実験の1つでしかない。
あたしはあの部屋の理念だとか目的にも興味がなかった。
ただあそこだけがあたしの拠り所だったから仕方なく目の色を殺して淡々と物事をこなしていた。
こんな世界に閉じ込められて一生を送るのは嫌だと思っていたある日、ホワイトルームの中でも飛び抜けた成績を収めていた綾小路清隆の存在を知った。
もちろん初めて聞いた時は半信半疑だったけど、あたしが血のにじむような努力をして出したスコアより全部上回っていたのを知って、綾小路先輩を退学させるためにこの学校に来て、実際に見て、話して……彼は特別なんだってわかった。
けど、その先輩のかっこいいところを2人の凡人……いや、片方は凡人だと思い込んでいた。
斉木楠雄。
高度育成高等学校で最高評価を付けられている生徒で、綾小路先輩の同級生。
あの高校のレベルを知れば、最高評価なんて綾小路先輩の足元にも及ばない。
そう思っていた。
地味で、櫛田先輩にいいところを見せるために調子乗ってるんだと思っていたら、あの態度が強さに裏付けられたものだと知った。
あたしができたのはパンチ1発だけ。
対して相手からは何されたか分からない攻撃で気絶させられた……ホワイトルームで同期の中では2番目の成績だった私が。
私が女だから負けたとかじゃない。
多分、肉体のスペックからして違うんだと思う。
すっごく強いんだなぁ……こんなのがホワイトルームの外にいるなんて。
確実に今まで会ってきた誰よりも強い。
だから櫛田先輩も付き合ってるのかな。
『目が覚めているならさっさと起きてくれないか?』
そんなことを考えていると、斉木先輩が声をかけてきた。
「……どれくらい気絶してました?」
『15分くらい』
目を開けるとあたしの下には寝袋が敷いてあって、タオルケット代わりに斉木先輩のジャージがかかっていた。
「あたし、負けちゃったんですね」
負けるなら綾小路先輩か拓也くらいだと思ってたんだけどなぁ。
まさかこんな地味な人に負けるなんて。
「櫛田先輩は?」
『下山させた』
櫛田先輩があたしをあの場に止めてたのは斉木先輩を呼ぶため?
そんな雰囲気でもなかったけど、この人がたまたま来ただけなのかな。
「で、あたしのことどうするんですか?」
退学? リタイア?
なんにせよ学年には結構なダメージかもね。
グループは七瀬ちゃんと宝泉くんが残ってるけど、1位は無理かな……って斉木先輩に殴られた顔に触れるけど気絶している間に痛みは取れたのか全然痛くない。
なんか疲れも取れてる気がする。
顔を触っていると、斉木先輩が私のことは七瀬ちゃんに任せるって言う。
「それでいいんですか? あたし結構めちゃくちゃしましたけど」
『櫛田さんも僕に任せると言っていたし…………言ってたか? 言ってないな』
「自問自答やめてくれます〜?」
今後櫛田さんに関わらないことと誰かを傷つけなければ何もしないと斉木先輩は言うけど、あたしの立場的にそうもいかないんだよね。
綾小路先輩を退学させるために送り込まれたわけだし、やることやらないとまたあのつまんない部屋に送還されちゃうし。
『忠告はした。2度はない』
「は〜い……」
バレないように上手くやればいいんだろうけど、この先輩の目を掻い潜ってなんかしても、さっきみたいに詰めのところで全然めちゃくちゃにされそう。
おじさん達に何か言われない限りは暫くは大人しくしとこ。
「じゃあ七瀬ちゃんのところに行ってきま〜す。斉木先輩は来る?」
『僕が行くと君といる理由の説明が必要になるからな。行かない』
「じゃあお互いさっきのことはオフレコってことで」
あたしが言うと斉木先輩は頷く。
強くなり始めた雨足と濃くなり始めた霧を見つつ、ちょっと寝たおかげで身体は元気になったし、視界は悪いけど綾小路先輩のところには行けそうだなと伸びをする。
「じゃあ、また会いましょうね〜斉木せ、ん、ぱ、い」
強い男の人は好きだけど、それは綾小路先輩だけ。
斉木先輩は頭もいいし、体も強いみたいだけど総合的には綾小路先輩に劣るはず。
劣ってて欲しいと思う。
じゃないとあたしや拓也、それこそ綾小路先輩があそこで生まれ育ってきた意味がなくなるから。
技術面は綾小路先輩と拓也の方が上だとは思う。
けど、時間を止められたみたいな理不尽なスピードの攻撃は教官にされたことないし、拓也がするのも見たことがない。
「綾小路先輩とどっちが強いんだろう……」
既に気配の無くなった木陰を見ながらあたしはそう呟いていたのに気付いて、いけないいけないとここに来た目的を果たすために森の中に入っていった。
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「参ったなぁ」
7日目1度目の指定エリアを目指すべき午前7時過ぎの、今にも降り出しそうな曇りの空の下で私は使えなくなった腕時計に視線を落としながら呟いた。
それに同じグループの柴田くんが覗き込んでくる。
「やっぱり壊れてたのか?」
「うん」
顔を洗いに行く時に川辺で転んで石にぶつけた時かなと、時計以外の機能が死んでしまった腕時計を見る。
腕時計にエラーがある状態では指定エリアにせよ、課題にせよ得点は追加されない。
とりあえずスタート地点に戻って交換してもらうしかない。
幸いにして今の地点からなら2時間ほど歩けば戻ることができる。
でもGPSが使えない状態で戻るのは危険だけど、柴田くんは「戻るしかないっしょ」と言ってくれる。
でも、次の指定エリアはスタート地点の港とは真逆の方向。
貴重な到着、着順ボーナスを逃すことになってしまう。
けど、グループの橋本くん、神室さん、二宮さんは嫌がることなく、スタート地点に戻るべきと言ってくれる。
2日前に楠雄くんと高円寺くんが意図的に最大人数を解放する課題を避けてくれたおかげで、挑戦し1位になって橋本くんのグループと合流して6人になったばかりなのに。
「ごめんね、絶対に3回目には間に合うように戻って来るからっ」
「んじゃ、俺は一之瀬をギリギリまで送っていくよ」
「柴田くん、ごめんね。付き合わせる形になって」
「こういうトラブルは仕方ないことだ……って楠雄も言うだろうしな。気にすんなよ」
楠雄くんと話すことが多いからか、妙に上手い楠雄くんのモノマネをする柴田くんに笑みが零れてしまう。
「楠雄に比べたら頼りないかもだけどさ、困ったら助け合い、だろ?」
「うん、そうだね」
それから私と柴田くんは1時間ほどで川沿いのE9エリアまでやって来た。
浜辺が見えるここからならスタート地点が射程圏に入る。
あとはこのまま西に突き進めば、港の方に出ることができる。
「柴田くんは、このまま次の指定エリアを目指してもらえるかな? ここからなら迷わずに港に入れるし」
「いや、でも、昼間って言っても今日は曇りだし、これから雨も……」
「上位陣に追いつくには1点だって無駄にできないと思うんだ。それに雨が降ってきたら私たち2人とも合流出来なくなるかも」
それが1番最悪の結果じゃないかと言うと、柴田くんは「やれやれ」とため息をつく。
「わかった。けど無茶はしないでくれよ? 雨が降ってきたら無理せず止むまで待っててもいいから」
「うん、絶対に無茶はしない。怪我しちゃったら笑えないもんね」
そう約束して、私は柴田くんと別れて森に足を踏み入れた。
雨を凌ぐためか、指定エリアになっていないのか、このエリアには誰もおらず、誰の姿を見ることがなく進んでいく。
万が一の時は誰かに聞けばいいと思っていたけど、考えが甘かったなぁと後悔する。
それから10分ほど森の中を進むと、どんどん視界が更に悪くなってきて、雲が更に厚くなってきたことが原因であることは明白だった。
「なんか、やることなすこと悪手って感じ……?」
自嘲気味に笑いつつ、それでも前に進むしかない。
間違いなくあと数100メートルほど進めば、港があるはず。
それから更に20分ほど歩いたところで、私は見通しの甘さに足を止めていた。
道を間違えていなければ、もう完全に港に着いている頃。
元来た道に戻っても迷わない保証はない。
どこへ、どこへ行けばと思っていた時に微かに前の方から音が聞こえたけど、それが野生動物の可能性も考慮して、私は正体を確認するべく音の方向へと向かった。
すると、見えてきたのは理事長代理の月城さんと確か1年Dクラスの担任の司馬先生だった。
あの2人なら港の場所も知っているはずだと思って、足を止める。
けど、今は特別試験の最中だし、道に迷ったからといって教えてくれるだろうかと考える。
月城理事長代理は生徒同士のいざこざには極力介入しないと言っていたし、個人的な問題には対応してくれないかも。
それなら2人を追って港か、わかりやすい場所に出る方が安全かもと思って、気付かれないように後をつけることにした。
「臨機応変に動けるかの確認をお願いしていましたが、どうなりましたか?」
「問題なさそうです。ただ、気になることが」
2人は何か会話しながら歩いていて、何の話かよく分からないし、試験のことならカンニングみたいになると思ってあまり聞かないようにしていた。
「斉木楠雄のGPS反応が不安定……夜になると消えるようでして」
ところが、思わぬ名前が出てきたことで私はさらに強く息を潜めた。
「ふむ、彼はトリックスター……予想外の動きをすることが多いですからねぇ。それに綾小路くんとも仲がいい。もしかすると、横槍を入れられるかもしれませんねぇ」
「最終日にI2とは異なるエリアになるように調整しましょうか?」
「いえ、最終日にはランダムエリアは発動しないことになっています。下手に動くと返って面倒かもしれません」
綾小路くん?
横槍ってなんのことだろうと会話に耳を傾けるも、風が吹いたりしてところどころ聞こえなくなる。
綾小路くんを追い込むだとか、ホワイトルームだとか……。
「邪魔をするようなら楠雄くんにも退学してもらいましょう。彼は先生に歯向かった空助くんの弟ですしね」
退学?
楠雄くんが?
話の内容をもう少し詳しく聞き取るために無意識に保つべき距離を見失い距離を詰めていると、音を立てたつもりはないのに理事長代理の細い目が私へと向けられた気がした。
不味いと直感が働いた私は、一目散に背中を向けて駆け出した。
運動音痴だけど足の速さには自信があるから、バックパックさえなければ逃げ切れると思っていた。
でも、足元を見ずに走っていたことが災いして私はこけてしまい、司馬先生に追いつかれてしまう。
「お前は2年Aクラスの一之瀬帆波だな」
「はい……そう、です……」
少し遅れて私のバックパックを拾った月城理事長代理もやって来て、どうしてここにいるのかを聞かれて、私は素直に腕時計が故障してしまったことを話す。
「なるほどそれで周囲にGPS反応がなかったわけか」
司馬先生は納得すると、月城理事長代理から何を聞いたかを聞かれる。
何も聞いていない。
私はそう言ったが、月城さんは常に最悪を想定して行動するためには私を信じることが出来ないと言う。
「もし誰かに他言したら、2年Aクラスだけが所属するグループを1つリタイアさせることにしましょう」
「っ……!?」
「もちろん、救済のプライベートポイントを持たない方々を狙いますから」
それは強制的な退学。
そんなことできるはずがと思うが、目の前にいるのは理事長代理。
不正の理由を作ることはルールを管理する側からすれば造作もない。
司馬先生は私を排除するべきと言うが、月城さんは港の位置を私に伝えると早く離れるように言ってくる。
「貴方が守るべきは他クラスの邪魔な強敵ではなくクラスメイト。それを忘れないように心がけてくださいね」
私は会釈して、月城さんの言う通りの方角に向けて走り出した。
最後に言われた言葉は、綾小路くんの事じゃなくて自分のクラスメイトを気にしろということ。
そんなことは分かっている。
でも、綾小路くんが退学させられる。
それを知ったら楠雄くんはどうするか。
そんなこと決まっている。
彼なら、絶対綾小路くんを助ける……!
でも、楠雄くんが綾小路くんに関わったら、楠雄くんが退学させられるかもしれない。
どうすればいいかわかんない。
けど、私は腕時計を交換してもらったら、GPSサーチをすることを決めて港までの150メートルを全速力で駆け抜けていった。
3巻終わり!GG!
櫛田と天沢の怪我はくーちゃんが治してます
一之瀬の部分がかなり巻きなのは書くつもり無かったけどいるところだけならと思ったから
原作で過激な発言の多い司馬先生のセリフはかなり切ってますが、処理とか記憶が無くなるまで痛めつけてとかはちゃんと言われてます
誰かに知られたら『処理していいんだよな?』『記憶が無くなるまで!殴るのを!やめない!』とか言われてうずまきになったりピカソみたいな顔になるかもしれない。
七瀬と綾小路の戦いは原作通り進行
くーちゃんはすぐさま高円寺のところに帰還後、雨の中100メートル走をさせられた模様
あとくーちゃんが櫛田と八神の話を聞いたのは椿から
八神は余計なことがこれで2度目(波多野のことはくーちゃんに関係ないから除外)なので『次はない』の対象に入ってほろびのカウンターが1になった!状態
ではまた次回……とは言いつつ昨日今日頑張ったから短めの投稿するか最悪しないぜ!
おやおやすみす