試験8日目の朝には昨日、滝のように降っていた大雨が嘘のように消え去り、一昨日までのような雲ひとつない青空を取り戻していた。
ただし、森の奥では日差しが差し込まないため、悪くなった足場が元に戻るにはもうしばらくかかる。
「にしても、昨日はよく休めたな」
食糧問題は残っているが、昨日は雨だったこともありテントの中で過ごすことになった。
天沢のバックパックの中に入っていた食糧のおかげで久しぶりに高校生が1日に必要とするカロリーを摂取できたことも大きい。
テントを片付け、出発の準備を整えると七瀬と天沢も全てを片付け終えて、パックを背負ってこちらに近づいてきた。
「準備OKです」
「んじゃ、昨日話した通り最初の指定エリアまでご一緒ってことで」
声に出さずに頷いて応えると、3人で歩き出した。
体力が回復したこともあってか、天沢は以前の調子を取り戻していた。
七瀬はそれが鬱陶しかったのか、やや不満げではあったが。
D3からE3に到着し、全員が1点を獲得したところで七瀬が口を開いた。
「先輩、ここでいったんお別れですね」
「お前たちは宝泉とは合流せずに指定エリアを追い、課題をクリアする……でいいんだよな?」
「はい、そのつもりです」
七瀬と天沢がグループとして合流したのは2日目以来。
天沢がどうして七瀬と行動を共にすることにしたのか。
その理由は未だに不明ではあるが、十中八九あの男……というとオレの父親のことのように聞こえるかもしれないが、今回指しているのはアンテナヘアピンのメガネの男の方だ。
天沢が櫛田と斉木の間で何かあったことは間違いないが、その詳細はオフレコ……話すことが出来ないと言われている。
気にはなるが、本人に話す気がないのであれば無理に聞くことはしない。
「1年生の中には先輩を退学させようと動いている方々がいます。不穏な動きがあれば、綾小路先輩の元に駆けつけますので」
そう意気込む七瀬だが、オレとしては空回りして変に敵を作られる方が怖い。
その敵がオレの敵にならないことを祈りたい。
2人に無理はしないようにと伝えると、七瀬がタブレットを見つつ、天沢はその隣を歩きながらオレの元から離れていく。
2人の背中が森の中に消えていくのを見届けてからタブレットを取り出し、周辺の課題の有無を確認する。
近くに課題はなく、歩いて15分のところに課題はあるものの、発生してから20分が経過している。
参加できるグループの数を加味しても、参加は現実的では無いと判断して無理せずに休息を取った。
次の指定エリアが発表されると直ぐに行動を開始する。
移動をしながら課題をチェックし、方向性を定めて、限られた1日の中でできることをやっていく。
そうして午後4時前になり、オレは参加していた課題を終え、その場を立ち去ろうとした時、特別試験初日に別れて以来初めて、堀北の姿を見かけた。
「初日以来ね」
「そうだな」
堀北な少し驚いた顔を見せたものの、特に疲れが色濃く見えるというようなことはなかった。
立ち話するほど無駄なものはなく、方角が同じであるため情報共有も兼ねて移動を共にする。
「思ったより元気そうだな。見たところまだ単独みたいだが」
「そうよ。色々と苦労は多いけれど、1人だと気楽な面も多いわ」
1人なら誰かに気を遣ったり、ペースを合わせる必要はない。
ここまで下位に一度も名を連ねたこともないあたり、順調に得点を重ねているのだろう。
それにしても、疲れが見えないのは不思議だと見ていると堀北が怪訝な顔をする。
「私が元気にしているのがそんなに不思議?」
オレは去年の夏休みに風邪をひいた堀北を見ているからか、夏休み特別試験で終始元気な堀北に違和感を覚えているのかもしれない。
ただそれを口にすると不機嫌になるのは目に見えている。
「何か変わったことはあった?」
「変わったこと?」
問われて真っ先に思い浮かぶのは天沢のバックパックと、中に詰まっていた3人分の食糧と水だが、これを言うと天沢と七瀬と一緒にいた経緯について話す必要が出てくる。
「ああ……そういえば斉木と高円寺とは会ったか?」
「会ったけれど、それがどうかしたの?」
「いや、順調……どころか初日から勢いを止めることなく得点を重ねているからな。指定エリア付近以外の課題にも顔を出しているようだし、堀北も1度くらいは見かけたんじゃないかと思ってな」
「一昨日と今日も見たわよ。今日は課題で斉木くんがトランプタワーを作っていたわ」
この森の中で?
今日の話であるなら、雨上がりで風もあるし、室内とは異なりトランプタワーを作るのは至難の業だろう。
しかもジメッとした暑さで集中力は精細さを欠くはず。
「1分もかかっていなかったんじゃないかしら。一緒に参加していた3年生たちは2段目で精一杯だったようだけど」
「……流石だな」
いつもの無表情で落ち着いてトランプタワーを作っている姿が容易に想像できてしまう。
「そういえば、斉木くんに声をかけられたわ」
「斉木から?」
珍しい……と思ったが、斉木は割と堀北を気にかけているような気もする。
それこそ去年の夏休みに堀北が体調を崩していると気づいて水と薬を渡してきたり、水筒が手にハマった時も堀北が助けを求めるのではと察して部屋まで行こうと進言してきた。
とはいえ、夏休み以降はそうでもなかったような気もしてきた。
「『課題で1位になりすぎて食糧と水が余っているかいらないか? 貰わなければバックパックに入れる』と言われたわ」
あまり似てはいないが特徴は捉えたモノマネを堀北がしているという事実に驚きつつ、オレは頷いた。
いると言えば手渡しで、いらないと言えば無理やりバックパックに入れてくる。
どちらにしても得にはなるが……。
「初めは嫌味かと思ったけれど、恐らくは親切心……と思いたいわね。もちろん、無駄な荷物を減らしたいという意図もあったのでしょうけど」
「一之瀬さんのクラスはみんなああなのかしら」とボヤく堀北に、オレは昨日の天沢のバックパックを届けてくれた妖怪はやはり斉木だったと結論づける。
確かにあのグループであれば、他人に食料や水分を分け与えられる余裕は十分にあるからな。
「それにしても、この8日間無人島を歩き回っていて痛感したのは、想像よりもずっと多くのグループがトランシーバーを所持していたことね」
「間違いないね」
斉木からされたことのある返しをすると、堀北は先程のオレを見つけた時よりもさらに驚いたようにギョッとした表情を浮かべるが「気のせいよね……?」と咳払いをする。
「統率が取れていて、かつポイントに余裕のある上位クラスは特に持っている印象だったわ。遠距離で情報を交換し合えるツールは使い方次第じゃ高いポイントを支払う価値は十分にあるわね」
「だが、宝の持ち腐れになる可能性もある」
「それは、そうね」
オレはタブレットを取り出して、新しい課題が出ていないかを確認すると、近くに参加するだけで食料が貰えるリスクや手間のない課題が出現する。
しかも受け付けているグループ数は15とかなり多いが、貰える得点の方は参加賞の1点のみ。
課題はリスクとリターンをしっかり伴っている傾向にある。
この課題は食料難に陥っているグループを救済するためのものであるため、仕方がない。
「食料の残りに余裕を持たせたいからこの課題に寄っていこうと思うんだが、堀北はどうする?」
「私も同意見よ」
少しルートを変更すれば済む話ではあるが、参加するための競争率は高いと思いきやそうでもなかった。
オレも堀北も歩くペースを上げて課題地点に急いでいたが、3年生は急いでいる様子が見られたものの、1年生の方はそうでもなかった。
周囲がライバルと察知しても反応は変わらない。
手に入ればいいやくらいの気軽さが伝わってくる。
「そういえば、1年生が言っていたけれど、食料と水に困った1年生に食料と水を分け与えているあしながおじさんがいるそうよ」
「……そのおじさんはメガネとヘアピンをしているんじゃないのか?」
「正解よ、よくわかったわね」
道理で1年生たちが慌てていないわけだ。
オレたちも急ぎはするものの、無駄な体力を使おうとしない姿勢は同じ。
この後、難なく課題に間に合ったオレたちは、そこで久しぶりに会ったクラスメイトたちと暫し会話をしていくことにした。
急いで指定エリアに向かったところで、着順報酬を貰うことはできないと判断し、時間ギリギリまで情報を共有しあった方がこの後の戦いに生きてくることもあるだろう。
一応、あしながおじさんのことを聞いてみると、食料に余裕のない2年生の方にも分け与えているようだった。
また課題の出没頻度も高く、同じ課題になったら1位は諦めようという思考に至るらしい。
須藤のような負けず嫌いかつ、斉木と高円寺に闘志を燃やす者はその限りでもないようだが。
オレも同じ課題に参加することになったら2位狙いで落ち着かせることにしようと思って、指定エリアに向かった。
上位10位との差は2点と僅かなものになった。
明日も理想の順位をキープしつつ、上が崩れることがあれば最終日に下克上も狙いたいが、入れても6位が限界だろう。
指定エリアがスタート地点の方に向かうことに期待して眠りについた。
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後半戦が始まり、南雲の立てた作戦が機能しつつある中、南雲グループは250点と予定よりは大きく数字を伸ばせていた。
試験が10日目に突入し、残りの4日で300点越えが視野に入って来ている。
大グループになれる課題もクリアし、増員カードも使って7人グループになっている南雲グループは、指定エリアへ時間内に到着さえすれば7点を確実に確保出来る。
にも関わらず、高円寺と斉木のグループは既に300点を越え堂々の1位。
試験が始まってから今日まで一切ペースを落とすことなく、破竹の勢いで得点を獲得している。
「桐山、どうなってんだ? 本来なら後半戦が始まった頃には独走状態に入ってるはずだろ。それがどうしてこんなことになってる」
俺と同じく3年Bクラスの三木谷がタブレットを見せながら話しかけてくるが、そんなことは百も承知だ。
上位陣の得点が公開された4日目に高円寺のグループが1位になっていたことに、多少は驚いた。
だが、あの時点では俺は焦りのようなものは全くなかった。
2人グループであるため、すぐに限界が来ると思っていた。
いくら学力や身体能力が高くても、14日間もある無人島サバイバルで、ずっと同じペースで動けるはずがないと。
だが、あの2人はそんな固定観念をぶち壊すように1回目の1着での着順報酬を1年生に譲って以降は全て1位での到達。
さらには指定エリア周辺どころか参加できるところであれば課題から課題へと飛び移って得点を重ねていた。
「南雲もお前のとこも下手したら2位と3位、いや下から他の2年生グループが追いかけていることを考えれば、サポートしてる俺らの評価はガタ落ちだぜ」
俺たちのグループは総得点が184点。
高円寺のグループを追跡し、同じ課題を受けるもアイツらに勝てずに少しずつ得点を落とした結果、当初の予定よりも少ない。
高円寺への評価は学力もそれなり、身体能力は高そうだったが、目立った成績もなく、実家が金持ちというだけの変人というのが生徒全体が持っていたイメージだ。
それが3学年合同で行われた混合試験以降、突如として変わり始めた。
高円寺が評価されてこなかった最大の原因は物事に対する真摯さを持ち合わせていなかったことだと俺は分析していた。
生徒が本来あるべき姿と逆を行き、試験に対しても最初から放棄するような姿勢が強かった。
「斉木楠雄との出会いがあいつを変えたんだ。ただの変人だった高円寺を、俺たち3年生の脅威になる生徒に」
斉木楠雄もまた入学当初は目立たない普通の生徒だった。
それも体育祭で本気を出し、南雲や堀北先輩を追い抜かす走りを見せて以降、非凡な生徒であるという評価がついていく。
同級生の中では誰も敵わなかった南雲を3度も負かした怪物。
それを驕ることもなく、自身の実力をひけらかすことなく静かに学校生活を送ってきたが、今思えば無用な争いを避けるための行動だったのだと分かる。
高円寺はその斉木に興味を示し、自らの自由を捨てるきっかけとなった。
「あの2人の恐ろしさは疲れがないと言わんばかりのスタミナとどんな課題でも1位を取れてしまう能力の高さだ」
たった2人の下級生に、俺たち3年生が手も足も出ない。
ここまでくると俺としては手を考えざるを得ない。
このまま放置すれば確実に1位を取られてしまう。
後輩に負けるというだけでも問題なのに、2人グループに3年生全体で支援している南雲グループが負けるというのは末代までの恥になる。
倒さなければならない相手として早急な対策が必要だ。
2人の疲弊を待つことには期待できないし、他の2年生グループの脱落も待っていられない。
俺の頭にひとつの作戦が生まれた。
「三木谷、ここからは徹底的に高円寺を潰す」
「潰す? どうやって?」
「フリーグループを使う」
南雲が用意したBクラスからDクラブまで各クラス5グループずつ選出した3人1組からなるグループのことで、南雲の手足となって活動するのがフリーグループだ。
合計15グループ存在し、3人グループのうち2人が指示に従い、1人はペナルティを踏まないように指定エリアを追う役を与えられている。
1つのグループにつき、自由に動ける生徒が2人。
俺は15のうちの6グループを預かっているため合計12人、俺と三木谷も含めれば14人使うことができる。
「全員? マジで言ってんのか? 相手は2人だろ?」
「危機感が足りないぞ三木谷。明日からの2日間であの2人を封じ込める。7人グループの南雲と2人グループの高円寺では、推力を失った時のダメージは天と地ほどの差がある」
それに南雲自身も斉木を警戒している。堀北先輩、南雲と2人の生徒会長が認めた男。
恐らくはあいつもどこかのタイミングで斉木に勝負を仕掛けるはず。
だがそれでは遅い。
南雲よりも早く勝負をかけて、アイツらを失速させる。
「じゃあ、6グループに高円寺たちを任せて俺たちは得点を集めるってことでいいよな?」
「いや、高円寺と斉木を封じ込める指揮は直接俺が取る」
俺がそう言うと三木谷は自分にやらせろと言ってくる。
現状3位の俺のグループが高円寺たちの躍進阻止に動けば得点に影響してくる。
「俺にとっては今回が勝負どころなんだよ。勝ち上がりを決めたお前と違って、南雲の評価を稼がないといけないんだ。任せてくれよ」
そっちが本音か。
ただ、俺もフリーグループを6つ使って失敗となればかなりの痛手になる。
手柄をあせる三木谷は食い下がってくるが、高円寺たちを止められるのは俺か南雲くらいだ。
いくら個の力が優れていても三木谷のグループと俺のグループの動ける人間も含めた18人の上級生に囲まれれば、あいつらでも為す術はないだろう。
三木谷は納得がいかないだろうが、3年生が勝つためには必要なことだ。
下級生を止めるために、俺は6つのグループを率いて夕方に移動を始めた。
全ては3年生が勝つため。
俺がAクラスで卒業するために。
「慎重にやるぞ。相手を最大の敵……堀北先輩と南雲が手を組んでると認識しろ」
「そんな大袈裟な……」
三木谷は高円寺はともかく、斉木の恐ろしさを知らない。
何も知らないはずなのに全てを知っていたかのように、南雲の作戦が始まる前に終わらせる頭脳と、上級生を簡単に追い越す脚力を持っている。
OAAの評価も南雲を超えるオールA+。
三木谷は過大評価だと言うため、やはりこいつに任せなくてよかったと息を吐く。
やるからには息の根を止めるつもりでやらなければならない。
中途半端にやれば、俺たちが他の下級生グループに食われる立場に急落することだってあるからな。
三木谷「桐山、やるんだな!?今、ここで!」
桐山「ああ!勝負は今!ここで決める!」
妖怪ヘアピンメガネあしながおじさんに勝てるかな?
『誰が妖怪だ』
七瀬と天沢は綾小路と別れたあとちゃんと試験に取り組んでる模様
宝泉?知らんと言いたいが9日目に七瀬、天沢と合流して綾小路方位作戦の話をしてる
天沢は斉木との事もあるのと、綾小路がどう対処するのか見たいから不参加で口外もしない
七瀬は普通に言いに行く(原作通り)
綾小路の変なネタは今回と今後全て妖怪の仕込みです
軽井沢さんは関係ない
というかそんな話もしなさそう
あと堀北と斉木の話してる時ちょくちょく笑ってる
正解よ、よくわかったわねのあとは堀北も笑ってる
今回はこの辺で!