斉木先輩が来てから1時間が経ち、私は綾小路先輩と同じテーブルに属していたクラスメイトにタブレットを返す。
「ごめんね、せっかく貸してもらったのに」
「うん、いいよ気にしなくて」
謝りながら返すも、クラスメイトは笑顔で許してくれる。
「仕方ないよ。斉木先輩が止めてきたんでしょ? あの人オールA+なんだし、ポイントのためとはいえ、何の罪もない先輩を退学にさせる方がおかしいんだしさ。これが正解なんだよ」
「そう、だね……」
クラスメイトからの正論に、私はとりあえずは頷きを返した。
今から30分ほど前、斉木先輩と宇都宮くん、八神くんが戦闘になる前、私はグループの子達に伝達をした。
私のところに斉木先輩が現れた、今回の作戦が筒抜けになってしまったため、腕のある男子は彼からタブレットを取り上げるのに協力して欲しいと。
「……悪い、椿。斉木先輩が止めるってんなら俺らはこの話降りさせてもらう」
「え?」
「ごめん、うちらも」
「僕らもやめておくよ」
そうすると、返ってきた答えは拒否のものばかりだった。
どういうことかと尋ねれば、昨日までの間に斉木先輩と高円寺先輩のグループに食料を貰った子達が多く、恩を仇で返すことはできないと言う。
加えて、下位に沈まないようにアドバイスも貰ったため、今から頑張れば下位5組からは脱せられるのではないかと言う子もいた。
トランシーバーの電源をオフにして私はこの状況を作り出した元凶を見るために後ろを振り返った。
見れば八神くんと宇都宮くんが精一杯、石を投げているが斉木先輩は木の上で『これか? これか? これか? これもいいな』と鏡の前でダンスを踊るピエロのように華麗な動きで躱していた。
「く、クソ……!」
「完全に舐められてますね……」
宇都宮くんが苛立ちを隠せずに舌打ち混じりに言い、八神くんも苛立ちを隠せていない表情で言葉を零す。
そして、私と目が合った斉木先輩はタブレットを掲げる。
『お前たちが降伏の意志を見せなければ、僕はこの作戦を破壊し尽くすだけだ』
斉木先輩がそう言うと、宇都宮くんが何故か狼狽えたような表情を見せたかと思えば、何か言葉をぐっと飲み込む。
「……椿」
意を決したように私を呼ぶ宇都宮くんに、私は彼の考えを察すると頷いた。
「いいの?」
「ここまで完璧に防がれたのであれば仕方がない。それにお前の言う通り、俺たちの状況の方が悪いようだしな」
そもそもの話、斉木先輩は私たちを止めるのならあのタブレットを持って教職員のいるところに行けばいい。
それなのに気付いていなかった私たちに声をかけてきたのは、傲慢や驕りではない。
私たちがここでいなくなると1年生のほとんどのグループが下位に沈む可能性を考慮し、早く試験に復帰させるためではないだろうか。
このまま抵抗して、仮に斉木先輩からタブレットを取り上げることができたとしても、斉木先輩の介入で1年生たちの士気は低い。
もしかすると、綾小路先輩を追い詰めるどころか逃がす選択をするグループが出てくるかもしれない。
ここからこちらの雲行きが良くなることはないだろう。
宇都宮くんも同じ考えなのなら、私の取る手は1つしかないが、念の為確認をしておく。
「斉木先輩、私たちが綾小路先輩を退学にさせる試験から手を引けば、その動画は先生たちに提出しない……都合のいい話があるの?」
『あるよ』
陽気にこちら側のOKしてくれた斉木先輩は私にトランシーバーで作戦の中止と今後の試験の動き方を考えるように言ってくる。
今から試験に復帰し、グループの合体を行っていけば、1年生のグループが下位5組に残る可能性はグンと落ちる。
「本当にそんなのでいいの? 斉木先輩には何のメリットもないように思えるけど」
『損得だけで生きていたら僕はここにはいない』
返ってきた言葉の意味が分からずどういうことか考えてみるが、私はそもそも斉木先輩のことを全然知らない。
せいぜい、コーヒーゼリーが好きな全能力カンスト男と言ったところだろうか。
この学校に残る意味やいる意味は綾小路先輩を退学させれば特になかったんだけど、彼という人間を知ってみるのも面白いかもしれない。
「分かった。何とかやってみるよ」
私が頷くと、斉木先輩も頷きを返してくれる。
動画のデータは明日の試験終了前に必ず消すことを約束して、斉木先輩は高円寺先輩と合流するためか、方向を変えて木から木へと移って飛んでいく。
その姿を見て宇都宮くんが感嘆したように呟いた。
「猿というより立体機動だな……」
「立体機動?」
「いや、なんでもない」
尋ねた私に宇都宮くんは小さく首を振る。
なんでもないならいいかと私は自分のではないタブレットを手に取る。
「とりあえず、1年が退学しないで済むように動かしていかないとね」
「言うのは簡単だが……できるのか?」
「やらなきゃダメなんだよ。じゃないと今回の作戦に付き合ってもらったみんなに申し訳ないしね」
「宝泉はどうする? あいつは勝手に動きそうだが」
「私の見立てだと斉木先輩に1回シメられてるし、さっきの無線を聞いてれば綾小路先輩に手を出すのはやめるんじゃない?」
知能のいいゴリラなら、1度負けた相手になんの策もなく挑むことはしないだろう。
ただどんな策があっても斉木先輩には通じなさそうだけど。
そう思わせるだけの凄みが彼にはあった。
「まあ宝泉くんが勝手に斉木先輩か綾小路先輩に挑んでリタイアしようが退学しようが私にはもう関係ないからいいよ」
「それもそうだな」
いい笑顔で即座に頷いた宇都宮くんに苦笑しつつ、そういえばうるさくて鬱陶しいのが静かだなと周囲を見渡す。
「どうした?」
「いや、八神くんまたどこか行ったの?」
「……あいつの単独行動は今に始まったことじゃない」
呆れたように肩を竦める宇都宮くんに、彼も苦労しているんだなと少し同情してしまった。
それにしても、今回の作戦は私1人でやる方がずっと上手くやれたと心のどこかで思っていた。
懸賞金がかかっている話も独り歩きしているようだし、綾小路先輩よりも先に斉木先輩が動いていたことも気になる。
何より1年生の仲間を信じることができていない以上、この計画には無茶があったということだろう。
「八神くん、これ以上何かしようとしているならやめた方がいいと思うけどなぁ……」
「ん? 何か言ったか椿」
考えを整理するためにぽつりと呟いてしまった言葉は少し前を歩いていた宇都宮くんには聞き取れなかったらしい。
私は「なんでもない」と言って、試験に復帰するため、タブレットを貸してくれたクラスメイトに届けるために歩き出した。
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試験はとうとう最終日を迎えた。
オレは昨日、高円寺と分かれた後は遠い遠い指定エリアを目指しつつ、道中の課題をこなし、E3エリアにテントを設営して13日目を終えた。
昨日の食事やベッドの心地が良すぎたせいであまり疲れが取れた感じはないが、それも今日までの辛抱と考えれば問題はない。
……ミノとカルビ、ハラミももう少し食べておくべきだったなと思いつつ、本日最初の指定エリアが解禁される午前7時を待つ。
今のオレの総得点は142点とセーフティラインである105点を上回っている。
不穏な動きを見せていた1年生たちも、何故か動きを見せることなく終わり、警戒して使用した得点は勿体なかった。
ただ10位に入っていたオレも、高円寺・斉木グループの得点に追いつこうと躍起になる南雲、桐山グループといった3年生グループの追い上げによって12位になっていた。
ただこれも12日目の夜の順位。
この最終日は雨で流れた日の補填として、獲得出来る得点が2倍になるため、下克上を十分に狙うことができる。
午前7時になって解禁された指定エリアはH3と山があるためありがたい位置とは言い難いが、こればかりは予想できるものでもないため仕方がない。
ここから最短で向かったとしても2時間近くはかかるため、すぐさま出発する。
指定エリアを目指しながら課題を確認していると、昨日まで至る所で出現していた課題も今日に限っては1から3の島北部に位置するエリアには全く出現していなかった。
逆に中央と南の5から10、さらに詳しく言えばAからEまでの間に多くの課題が集中している。
これはシンプルに試験最終日であるため、スタート地点に戻ることを誘導しているのだろう。
素早く指定エリアを踏んで課題に挑むのが賢い手だ。
1着は取れなかったが無事に指定エリアを踏み、その後は再び課題に挑んでいく。次にオレに示された本日2回目の移動先はI2という無人島の北東の果てだった。
「一之瀬の言う通りだったな……」
月城と司馬がオレを葬る場所、つまりオレの墓場に選ばれたということになる。
試験終了の午後3時を迎えたあとは基本的に歩いてスタート地点に戻ることになるのだが、場合によっては巡回する船で生徒を随時回収するプランもあるそうだ。
近場だとJ6まで午後5時に巡回船が来てくれるらしい。
しかし、オレを迎えに来る船は港に向かってくれるか怪しいな。
「司馬は斉木が殺ると言っていたが……」
司馬が斉木かあるいは一之瀬や斉木と親しい誰かに何かをして虎の尾を踏んだのは確実だが……月城と戦いながらでもいいから司馬がどう粛清されるか見たい気持ちがある。
司馬は月城が招集した刺客であることから確実にオレに対抗しうるだけの戦闘能力はあるはずだが、オレは迷うことなく斉木が勝つことを確信している。
ただ宝泉の時のように上手くはいかないかもしれないし、逆に淡々と処理していくのかもしれない。
どちらもありうるとオレは僅かに心を高揚させてI2に向かっていく。
一之瀬からもたらされた情報がなければ、オレは島の南側に課題が集中している試験環境は変わらないのに、指定エリアは最北東というなんてついてないんだと落胆していたことだろう。
今日、朝から誰一人として他の生徒とすれ違ったり、そもそも見かけたりということがないのも不気味に思いつつも、そういうこともあるだろうとスルーしていたかもしれない。
「この辺りにしておくか」
I2とI3の境界線付近には岩場があり、その近くには膝より高い茂みもあった。
ここから何が待っているか不明瞭な以上、背中の荷物は邪魔になるため、背負っていたバックパックを降ろして茂みへと隠す。
タブレットも含め全て置いていくのは、海沿いまで戻ってくれば迷わずこの岩場まで戻って来ることが出来ると思ったからだ。
恐らくオレと同じテーブルのグループたちは、全く違う指定エリアが示されているはずだ。
それならオレの周囲に人の気配がなかった点も頷ける。
ここでオレが月城たちの用意した場所へと向かわない選択を選べば、月城は容赦なく一之瀬のクラスに手を出す。
それが返って1人の男の逆鱗に触れたわけだが、もしかするとそれすらもアイツらの狙いなのかもしれない。
ホワイトルームを運営していき、結果を出していく上で斉木楠雄という天然の天才……天災か?
あれは見過ごすことの出来ない存在だろう。
斉木の兄貴もまた同じくホワイトルームの存在を否定する者と思われるが、月城と司馬が彼の来訪を認知している素振りはない。
斉木空助の乗っていたメカや彼が設計し、組立指示をしたのであろう小屋や、その中身、鬼ごっこの報酬として用意されたグランピングといい、どれもこれも見たことがないものばかりだった。
おそらくは斉木とは別ベクトルの天才であることは短時間の接触でもよくわかった。
あんな兄の相手を10年近くしていれば、弟の方も嫌でもあんな多彩かつ化け物じみたスペックになったことに納得がいく。
オレの16年……今年で17年か。
それをあの2人が否定しているとまでは言わないが、少なくともホワイトルームという環境下ではあの2人のような怪物は現れなかったことは断言出来る。
20年近い歳月をかけて出来た成功作がオレのような駄作では、ホワイトルームの限界も見えている。
「あの男が見たらなんて言うかな」
見る気も起きないか、見ることもしないか。
なんにせよ、オレがあの場所に戻る理由は消失した。
オレは斉木楠雄を見ている方が成長出来るし、楽しいこともいっぱいあると実感している。
誰かとご飯を食べたりは綾小路グループと呼ばれるメンバーとしてきたし、風呂も去年の林間学校で入ったし、同じ屋根の下で寝るのも同じく林間学校でした。
けれども、一昨日のような楽しさはなかったと断言出来る。
そういえば、斉木は司馬を殺ると言っていたが先に着いているのだろうか。
まぁなんにせよ、月城の問題を片付ければ、オレの道は開けてくる。
オレは淀みなく、月城たちの待つであろう場所へと進んでいった。
宇都宮くんが言葉を飲み込んだのは「あ、悪魔たん……」だったか「いやそのままやっとその気になったかとか喋ってたな……」と自分の中で納得できたから
ふざけた踊りと真面目な雰囲気でそんなことを言うので斉木の目的が綾小路退学試験の妨害ではなく、自分たちの役目を果たすようにと言いに来たと察して抵抗をやめた。
賢い!
0巻、ネタバレサイトとかnoteで読みましたがDVDの特典にしていい内容じゃねぇだろってのが読み終わったあとの感想でしたね。
椿ちゃんは本当にみんなの考察通りなのか不明瞭なので匂わせ程度に留めておきます。
匂ってる?桜のいい匂いがするくらいかな?
椿さんはこの後1年生が退学せずに済むようにというよりは最低限のダメージで済むように策を巡らせて頑張ります。
頑張れ!
八神くんは一体どこへ……?
くーちゃんが連れ去ったとかではないです
宝泉くんはくーちゃんが妨害していると知っても「綾小路1人なんだろ!?俺ならやれるぜ!」と午前9時くらいに綾小路を捉えようとしていましたが、通りすがりに『学習しろ』と謎の襲撃にあって気絶させられていました
リタイアはしてません
くーちゃんは13日目は、椿たちを降伏させた後は高円寺と合流して指定エリア踏んで課題やって、通りすがりに粛清して、あとはいつも通りでした
何となくくーちゃんがくーちゃんではなく、栗子で入学してたらどうなってたかを考えていたけど、スイーツ大好き完全無欠虫嫌いクール女とかいう爆盛りの最強であることには変わりなかった
このifも書けたら書きたいが、いいから本編だ!
指が折れてもいい……書けなくなってもいい……やっとつかんだチャンスなんだ……!
あとifはifで新しくまとめるかも考えているが、考えているということは考えているだけなんですね
次回でラストと言いたいが2話くらいありそう
明日は日付変わったタイミングじゃないかも!
みんなオラに可能な限り元気ィ分けてくれ!
またな!
ifとかおまけを別で隔離
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別枠(別作品として)で投稿して欲しい
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1年生編の時みたいにして欲しい
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どちらでもいい
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本編進めて