早速本編です
綾小路視点です
新たな特別試験が発表された日の昼休み、オレはクラスメイトの堀北鈴音に呼び出されて廊下に足を運んでいた。
「教室で話す事でもないし、ここからなら誰か来てもわかるわ」
長かった黒髪を切り落とし、今はショートボブになった堀北だが、性格や態度は1年前とあまり変わらない。
兄貴の背中を追うことをやめただけであって、堀北鈴音は堀北鈴音なことに変わりはないということか。
「それで話ってなんだ」
呼び出した理由は薄々気づいているが、敢えてオレは堀北に問いかける。
「春休みに言ったことを覚えているかしら。今度の特別試験、相当難易度が高いテストになることは茶柱先生が言っていた。学力の低い生徒たちにとっては苦であっても、私とあなたが勝負するにはうってつけだと思わない?」
オレと堀北は春休み中に、一つだけ約束を交わしていたことがある。
筆記試験の1科目で、どちらが高い点数を取れるかという勝負をすること。
オレが勝てば今後もオレの好きなようにさせてもらうこと。
堀北が勝てばオレが1年間隠し通してきた実力をクラスのために惜しみ無く使うこと。
学力Aの評価を持つ生徒でも1科目で90点以上取ることは難しいと明言されていた。
それだけの高難易度であれば、下手に満点同士で引き分けという展開にもならないだろうという判断か。
「不服はないわよね?」
「もちろんだ」
下手に引き延ばしても得はないし、次の筆記試験で決着をつけることに異論はないため承諾する。
その後、今回の試験に堀北がどう挑んでいくかという話を聞く。
うちのクラスには須藤や池を初めとした学力Eに分類される生徒は4人、学力Dの生徒も含めると全部で12人とクラスの3分の1程。
対して、ペアにできる1年生には学力B以上の生徒は合計で54人とそれなりにいる。
これらの優等生をオレたちDクラスがどれだけ仲間に引き入れられるかでクラスの勝敗と退学者の有無が大きく変わってくる。
「坂柳さんと葛城くん、龍園くん、それにオールA+の斉木くんのいる一之瀬さんも、各クラス一斉に動き出すはずよ」
各クラスのリーダーたちの動きは気になるところではあるが、何よりもまずは学力の低いクラスメイト達を優先的に助けて上位と組ませることだろう。
それには堀北も同意なのか、堀北は優先して須藤のペアを作っておくべきと言う。
入学当初は確かに素行も含めて問題のある男だったが、今ではかなり改善されているように見える。
しかし、須藤の性格や外見、さらには今朝部活動で新しく入ってきた部員に高圧的な態度を取っているという点を踏まえてらしい。
「できることなら学力B-以上の1年生と組ませたいの。早速動きたいの、協力してもらえる?」
今回の試験で、月城が差し向けてくるホワイトルーム生に退学させられるという不安要素は消失している。
ホワイトルーム生が如何に巧妙にその匂いや佇まいを隠していたとしても、学力までは隠せているだろうか。
月城がどこまで運営側に手を出せているか分からないが、ホワイトルームからわざわざオレを退学させるために連れてきて入学させたのであればスペックは低くないはず。
まぁこれらはあくまで希望的観測であるため、月城がDやE評価を付けさせている可能性もある。
その生徒にテストまで勉強している素振りなく、テストが全く解けなかったと0点を取られてしまうと、意図的に点数を下げたと判断されずにオレも巻き添えで退学になるというケースも存在している。
オレは少なくても学力C評価以上の生徒と組めなければ、完全に安心できる状況にない。
堀北に協力しながらの方がペア探しもしやすいだろう。
けれど、わざわざそんなことをしなくても1年間培ってきたオレのコミュニケーション能力ならと、希望を抱いていると携帯に動きがあった。
OAAアプリ内に用意されている全体チャットに、2年Aクラスのリーダーである一之瀬が体育館で1年生と2年生の交流会を行うという内容のメッセージだった。
「さすが一之瀬さんね。自分達だけではなく、全体のことを考えた行動を取るなんて」
どれだけの参加者が集まるかは不明瞭だが、一之瀬のOAAを見れば男子生徒の集まりはいいかもしれない。
2年Aクラスの人間は確実に出てくるから、その場でパートナーが成立する事も大いに考えられる。
さすがと褒めつつも堀北の表情にはちょっとした焦りのようなものが見て取れた。
もしかすると、堀北も似たような戦略を思い描いていたのかもしれない。
「どうした? 特別試験はまだ始まったばかりだろ」
「そう、そうね」
まず私たちがやることは決まったと、堀北は放課後の交流会に参加することを決める。
そしていつの間にか、オレが協力することになっていたが、ついていくだけならそれほどのことではないと了承する。
一之瀬のクラスは信頼で協力関係を勝ち取り、葛城も似たような戦略だろうが坂柳がどう絡んでくるかが分からない。
龍園は確実にプライベートポイントによる懐柔を視野に入れているだろう。
資金力では上位クラスに勝てないDクラスは対等な協力関係を結んでいくしかない。
放課後に須藤も連れて一之瀬の開いた交流会を覗いてみたり、その場に参加していなかった1年Dクラスの教室に行ったりしたが収穫はゼロ。
教室の中はもぬけの殻で、人っ子1人見当たらなかった。
交流会にも顔を出さなかった40人の生徒は、透明人間になったかのように姿を消したかのようだった。
「思っているよりも厄介なクラスかもしれないわね」
他クラスが本格的に動き出す前に、堀北は早々に手を打つ必要がある。
出だしは一之瀬が完全に有利ではあるが、勝負は明日から。
オレたちのスタートは1年Dクラスに接触するところからになる。
特別試験が始まったこの日、全部で22組のパートナーが決定したが、意外にもその中に斉木の名前はなかった。
1年生との交流会に参加しているということもなければ、独自に動いている気配もない。
翌日、朝練のなかった須藤と共に登校していると、オレたちの前を歩く斉木の姿を見つけた。
「オールA+の男って見るとなんだか近寄り難いな」
「そうか?」
斉木が近寄り難い雰囲気を放っているのは今に始まったことじゃないが。
(そうなのか)
そう感じているのは新入生たちも一緒なのかびっくりするくらい誰も斉木に声をかけようとしない。
いや、斉木の周りにいるにはいるのだが、誰1人として声をかけようとしない。
遠巻きに斉木の姿を確認したり、ヒソヒソと何か囁き合っていたり、近づこうとしては躊躇って立ち止まり、そのまま通り過ぎていくという新入生が多かった。
「あれが斉木楠雄先輩……」
「OAAでは生徒会長を超える高育最強の生徒……」
「1人で1クラス分の戦力があるってよ」
「私たちみたいなのじゃ絶対パートナーになってくれないよね……」
どうやら行き過ぎた評価と近寄り難い雰囲気が災いしてパートナー決めは難航しているらしかった。
同級生で知り合いのオレや櫛田、堀北などであれば、斉木の能力は認められる点も多いが、何も知らない1年生からすれば雲の上の存在に見えるのかもしれない。
それにオールA+となると、尚更。
学力A+であることを考えれば、学力に不安のある生徒や、報酬のプライベートポイントを求めて学力の高い生徒が近づくと思っていたが、学力が高くともそう上手くいく話ではないようだ。
そんな朝から数時間が経過し、昼休みの終盤のことだった。
食事を終えて、教室で午後の授業をゆっくり待とうかという時にクラスメイトの宮本が廊下から教室の扉を開けると叫んだ。
「お、おい、1年生が何人かこっちに来てるぞ!」
今回は池じゃないのか。
特別試験は1年生と2年生が協力し合うことで成り立つものだから、1年生がこちらにやって来ることは取り立てて騒ぐことではないと思っていると平田が教えてくれる。
「上級生のフロアに来るのには、相当な勇気がいるんだよ。僕たちが3年生のフロアに行こうと思ったらそれなりに気は遣うでしょ?」
「なるほど……」
親しい間柄の先輩がいれば話は別だが、1年生が何人か来ているということは部活の先輩に声をかけに来たとかそういう話ではない。
平田や堀北、須藤が様子を見に行こうと立ち上がり、廊下に出たのを見てオレもそれについて行く。
教室から出て最初に目に飛び込んできたのは1人の大柄は男だった。
身長は須藤と同じくらいであり、その体躯で2年生のフロアの真ん中を堂々と歩く姿が非常に印象的だった。
廊下で立ち話をしていたり、通りがかったりした2年生達が端に避けるほどにそいつの威圧感はすごかった。
その後ろを歩く女生徒と合わせて2人は1年Dクラス。
昨日、堀北が接触を図った生徒たちだ。
2人の様子からこれが単にパートナーを求めての行動ではないと気づいた堀北が、立ち塞がるように男子生徒の前に出た。
須藤もボディーガードのように堀北についていく。
2人の1年生は堀北と須藤の対面して、目の前の2人ではなく遠目で見ていたオレと目が合った。
奇妙な違和感を覚えていると、すぐに視線は外れて堀北へと移っていく。
「なんだコイツらは?」
「少し待ってください……出ました」
男に尋ねられて、すぐさまOAAで堀北と須藤のことを探し出した女子生徒が携帯の画面を見せる。
「2年Dクラス、堀北鈴音。学力はA-か。悪くはないな。で、男の方は?」
「同じ2年Dクラスで、名前は須藤健。学力は……」
「ハッ、言わなくていいぜ」
須藤のデータを見て、バカにするように笑う男に、女子生徒は窘めることなく自己紹介をする。
「申し遅れました、私は1年Dクラスの七瀬と申します。こちらは同じくDクラスの……」
「宝泉だ」
互いに苗字を名乗ってくる。
どちらも自ら名乗った通り、正真正銘1年Dクラスの生徒だ。
昨日会うことができなかった目的のDクラスの生徒が突然姿を見せたことは驚きだっただろうが、堀北にしてみればラッキーでもありアンラッキーでもある。
他クラスの目もある中で、露骨に1年Dクラスに対して交渉を始める訳にもいかないからだ。
「1年生にしては、随分と思い切ったことをしたのね。その度胸は買ってあげるわ」
「あ? 何が度胸は買うだ、偉そうだなオイ」
「偉そうだな、じゃねぇだよ。生意気な態度取ってんじゃねぇぞ1年坊主」
堀北の言葉に突っかかった宝泉に、須藤が割り込むようにして間に入る。
須藤とはほぼ身長が同じだが、宝泉の方が一回り体格が大きいため、須藤が小さく見える。
「学力通りのバカみたいだな」
「なんだと!?」
「まぁ丁度いいか。どうせこっちにもDクラスしか溢れてこないだろうからな」
須藤の言葉を無視し、頭を掻きながらそう言った宝泉に堀北は訝しげに尋ねた。
「それはどういう意味かしら」
「お前らDクラスは落ちこぼれ集団。俺たちDクラスが指名してやらなきゃまともなペアも組めないようなバカで無能なお前らに手を貸してやるよ。あとはわかるだろ?」
まるで試すようなことを言う宝泉に堀北は淡々と返す。
「つまりはあなた達は私たちと組みたいということかしら。随分と上から目線な言い方ね」
「あぁ? 組ませてくれって頼む立場はそっちだろ? わざわざ出向いてやったんだぜ、こっちは?」
堀北は不快感を露にし、宝泉はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる。
「おら、さっさと組ませてくださいって、手をついて頭を下げてみろよ」
「何か勘違いしているようね、私たちはどちらも対等な立場よ」
「対等だァ? ふざけたこと抜かすのはそっちのバカだけにしとけよ」
「あなたも同じDクラス、私たちと何も変わらないわ」
そう言う堀北だが、1年生と2年生とではペナルティが異なる。
宝泉はその点を突いてきた。
「テストで手を抜けば退学になるが、時間切れまでパートナーを見つけることができないことで受けるペナルティは別だ。それで困るのはお前ら2年生だけだよなぁ?」
テストまでにパートナーを見つけることが出来なければランダムなパートナーが選出され、さらには総合点が5パーセントマイナスされることになる。
ペアとの合計点が501点に届かなければ退学になる2年生の方がペナルティによって受けるダメージが大きい。
「そ、そんなのありかよ!」
信じられないと須藤が堀北に確認を求める眼差しを向ける。
「それで首を絞めることになるのは同じじゃないかしら。入学したばかりなのに損をするつもり?」
2年生に比べれば宝泉たち1年生が受けるペナルティは3ヶ月プライベートポイントが振り込まれないだけ。
七瀬曰く、最大でも24万ポイントと致命的な問題にはならないらしい。
にしても、24万ポイントか。
今年の1年生は800クラスポイントスタートなのか?
そう疑問に思っていると、あまりの宝泉の態度に須藤の我慢が効かなくなってきたのだろう。
手は出さないが、威圧を強める形で堀北の前に立つ。
そんな須藤に宝泉は迷うことなくガンを飛ばす。
「やる気か?」
「あんま調子に乗ってんじゃねぇぞ」
一触即発という空気に堀北が諌めるように言う。
「冷静さを失わないで須藤くん。この学校のことは、よく分かっているはずよね?」
1年生はまだ知らないだろうが、廊下は当然学校の監視下にある。
監視カメラは常に作動しており、問題が起きれば映像は掘り起こされる。
「わかってんよ……」
繰り返し諭されたことで、須藤はやや苛立ちながらも身を引いた。
堀北の言葉が届き、彼女に視線を向けていた僅かな間、宝泉の大きな手が須藤の胸を押した。
「うおっ!? ……お?」
その瞬間、バランスを崩した須藤はそのまま尻もちをつくように床に手をついた。
「なんだデカイのはタッパだけか。軽く触っただけなんだがな」
嘲笑うように宝泉は鼻で笑う。
周囲にいる2年生が、宝泉に驚愕の表情を浮かべる。
だが宝泉はそんな視線を浴びても微塵も気にしていない。
「須藤くん!」
「っ、テメェ!」
挑発に耐えきれず飛びかかろうとするが、それよりも早く、この悶着を見ていた男子生徒が飛び込んでくる。
「何やってんだ!」
2年Cクラスの石崎が同学年である須藤が邪険に扱われる姿を見て、我慢ならなくなったようだ。
不良カテゴリに入り、喧嘩っ早い男ではあるが、情にも熱い男だ。
「次から次にゴキブリみたいに湧いて来やがったぜ。この調子なら来るかもな?」
「宝泉くんはここに話し合いに来たんじゃないんですか? 力を見せつけるために来たのであれば私は帰ります」
「暴力だ? こっちは糸を払うくらいの気持ちで触っただけだぜ。悪かったなぁ、す、ど、う」
吐き捨てるように、明らかに見下した態度で上級生を呼び捨てにした宝泉に石崎が前に出る。
「バカにすんのも大概にしろよ、おい!」
胸ぐらを掴むつもりで石崎は腕を伸ばし、宝泉はそれを見て僅かに口角を上げるが、その腕はまた別の声で止められる。
「死にたくなきゃやめとけ、石崎」
同じようにギャラリーとして見物していたのか龍園が石崎を止める。
「な、なんで止めるんですか!?」
「あんたが止めるなんてどういうつもり?」
龍園の言葉に驚いたのは一緒にいた伊吹も同じだった。
この手の揉め事には龍園は歓迎する方だと思っていたが、相手が宝泉と見てやめるように指示したように見えた。
龍園は石崎に戻ってくるように指で呼び寄せると、今度は自分が宝泉に近づいていく。
「今度はお前が俺の相手か? そこの須藤ってバカより弱そうだなぁ」
「ハッ、喧嘩の強さを見た目で判断してるとあとで痛い目を見るぜ、宝泉。にしても、こんな所で会えるとはな」
どうやら龍園は宝泉のことを知っているらしい。
「し、知ってるやつなんですか、龍園さん」
「龍園だと?」
名前を聞いた途端、宝泉の表情が愉快そうなものへと変わっていく。
「おいおい、なんだよ。まさかの巡り合わせだな。お前の噂は窪谷須の次に嫌ってほど聞いたぜ、龍園」
「人の名前を覚えておくだけの知能はあるみたいだな」
どうやら2人は、この学校に来る前から知っているらしいが姿を見たのは今日が初めてらしいな。
にしても、窪谷須っていうのは誰だ?
そんな奴いたかと昨日OAAを閲覧した記憶を頼りに思い出してみるが、そんな苗字のやつはいなかった気がする。
「しかしあの噂の龍園がこんな貧弱そうな身体してやがったとは……意外だぜ」
「お前の方は思っていた通り脳みそまで筋肉で出来てそうだな」
話を聞いている限りでは出身地が近く、共に不良として名を馳せていたようだが、巡り合わせが悪かったのか良かったのか2人は今日まで会うことはなかった。
「俺はてっきり尻尾を巻いて逃げたんだとばかり思っていたぜ。そうじゃないって言うんなら、今からここで白黒つけてやってもいいんだぜ?」
「やめとくぜ。見返りもないのにゴリラと殺り合うのは不毛だ」
喧嘩を売られたにも関わらず、龍園はその申し出を断った。
監視カメラの下で喧嘩などすれば、龍園のクラスポイントは大きく減ることになるし、宝泉という生意気な下級生を躾けるために使う時間も労力もないんだろう。
「そんなにヤバいんですか、あいつ。ガタイは須藤よりもデカいですけど……」
「ガタイだけが全てじゃねぇよ。お前も知ってるだろ」
龍園は石崎の言葉に少し笑って返すと指示を出した。
「引き上げるぞ」
「あんた、1年に舐められたままでいいわけ?」
龍園なら場所を変えてでも喧嘩を買うくらいはすると思っていたのであろう伊吹が言うと、龍園は静かに返す。
「決着なんざ、いつでもつけられるが……そろそろあいつが来る」
「あいつ?」
首を傾げる伊吹に、ここで終わらせておけばいいものを、宝泉は歩き出して離れていた龍園との距離を詰める。
「そっちの女もお前の兵隊か?」
「まぁ、そんなところだ」
それがどうしたと龍園は興味なさげに返す。
しかし、龍園の兵隊扱いが気に入らなかった伊吹が嫌そうな顔をする。
「はぁ? 誰が? 勝手にあんたの兵隊にしないで」
「女でも兵隊に使うんだな龍園は」
「お前こそ、随分と可愛げのある兵隊連れてるじゃねぇか」
似たような形で、宝泉も七瀬という生徒を横につけているが、彼女は宝泉の部下とか兵隊とかでは無いらしい。
「こいつは兵隊じゃねぇよ。そんなことよりも、遊ぼうぜ龍園」
「やらねぇよ。言葉もわかんねぇのか単細胞が」
挑発されても、龍園はそれに乗る気はないのか……いや早くこの場を離れたいという苛立ちからか、吐き捨てるように宝泉を蔑む。
「そうかよ、だったら……兵隊の1人傷つけりゃその気になるか?」
食いついてこない龍園が面白くないと感じたのか、宝泉の太く力強い手が伊吹へと伸びる。
それを伊吹は軽く払おうとしたが、その腕は素早く、力強く伊吹の首を直に掴みあげた。
「がっ!?」
危険なシグナルが脳波から送られてきたのか、伊吹は慌ててその腕を引き剥がそうとするが、不敵に笑ったままの宝泉の腕は鋼鉄のようでビクともしない。
振り返った龍園は持ち上げられた伊吹の姿を見て、彼女が手足を駆使して逃れようとしているのを見るが、宝泉はビクともしない。
「ハハッ、抜けてみろよ。それか、そこで見てるお前ら全員でかかってきてもいいぜ」
怖いもの知らずというよりは絶対的な自信が顔を覗かせている。
恐らくは地元では負け知らずだったんだろう。
龍園は「やれやれ」と肩を竦めて、視線の先に宝泉と伊吹以外の何かを捉えたのかため息をついた。
「宝泉、悪いことは言わねぇよ。さっさと伊吹を下ろせ」
「あ? 下ろして欲しけりゃ向かってこいよ。生憎と単細胞だから言葉じゃ分からなくてなぁ」
「……忠告はしたぜ、俺は」
騒ぎを起こせば学校も嗅ぎつけてくる状況下でも、唯一縛られずに動けるはずの龍園は呆れたままポケットに手を入れたまま伊吹を見上げる。
「スパッツか」
「え……? って、龍園さん、見てる場合っすか! 早く助けないと!」
呑気に伊吹のスカートを見ている龍園に釣られた石崎だったが、すぐさま正気に戻る。
龍園が伊吹を痛めつけられていても平静でいられる理由は何故かと、オレは先程龍園が見ていた視線の先を見て納得した。
その男は音もなく、宝泉の背後に立った。
「え……っ」
「いつの間に……?」
当然そこまで来れば宝泉の近くにいた七瀬も呆然と見ていた堀北も気づく。
それは石崎や須藤も同じだった。
「まさか龍園さん……あいつが来るのを……」
「斉木……!」
石崎の呟きに龍園は嫌そうに「待ってたとかじゃねぇよ。そろそろだと思っただけだ」と返す。
一方の宝泉は周りの反応で気づいたのだろうが、一手遅かった。
『対不良用膝カックン』
「あぁッ!?」
綺麗に、ストンと、宝泉の膝が曲がり、情けない声を上げて体制が崩れる。
それと共に持ち上げられていた伊吹は咳き込みながら床に座り込む。
着地が上手くいったのか、ふんわりとした落ち方をしたのか、伊吹はあまり痛そうな素振りはなかった。
「ゲホッ、ゲホッ……ったく……なんな……? え……っ?」
伊吹は解放されたことよりも、自分の首を掴んで持ち上げた巨体の男がまるで紙切れのように、地面に膝を突いたことに唖然とする。
そして、宝泉をそんな状態にした斉木はと言うと何事も無かったかのように背を向ける。
「ククッ、不意打ちとはいえ地元じゃ相当有名だった宝泉がここまで無様に倒れるとはな……」
「撮ってる場合っすか!? 伊吹、大丈夫か!?」
先程まで威勢の良かった宝泉が地面に膝を突くのを見て、龍園は笑いながら写真を撮り、石崎が伊吹に心配そうに声をかける。
龍園や石崎の声が耳に入ったのか、宝泉は痛みに耐えながら去ろうとする斉木へと目を向けた宝泉は口を開く。
「ピンクの髪に、アンテナみたいなヘアピン、色つきメガネ……」
「はい、間違いありません。それに先輩方の何人かが言っていました。斉木、と」
補足するように七瀬が言うと、宝泉は立ち上がり、すぐさま斉木へと近づく。
「会いたかったぜ、オールA+の男、斉木楠雄……! この学校最強なんだってな!」
声をかけられても振り返ることなく歩く斉木へと手を伸ばした宝泉を、伊吹のように振り払うことなく、見もせずに避けた斉木は迷惑そうに顔を向ける。
『違う僕は山田だ。斉木じゃない』
「その外見的特徴で人違いはないと思います。……あの、あとなんですかその眼鏡は」
ヘアピンとピンクの髪はどうしようもないが、色つきメガネの方だけ1000PPマンのものに変えて偽名を名乗るも七瀬から冷静なツッコミが飛ぶ。
その間にも宝泉が斉木に掴みかかろうとするが、斉木は上半身だけを動かして華麗に避けていた。
「くそっ! ふざけやがって!」
「宝泉くんやめてください」
須藤や龍園、石崎と伊吹らには余裕の表情だった宝泉が全力で攻撃しているように見える。
それでも掠りもせず、それどころか1mmたりとも近づけない。
「何か言ったか?」
同じクラスメイトの七瀬に声をかけられ、その動きを止めた宝泉は苛立ちを隠すことなく睨みつける。
「先輩たちは先程から監視カメラの様子を気にされています。この状況から察するに、ここで暴れることに何の得もないと私は判断しました」
「ンな事わかってんだよ!」
生徒が監視カメラで行動制限されていることはわかっていたと言うが、だとすれば宝泉が取った一連の行動は不可解でしかない。
このまま斉木にやられっぱなしではプライドが傷つくと思ったのか、忠告を無視して喧嘩を再開しようとする宝泉に七瀬は一層言葉を強めた。
「分かっているならなおさらです。これ以上無駄なことをするようでしたら、こちらにも考えがあります」
この場でアレを周知させるという抽象的な言葉を発した七瀬に、宝泉は動きを止める。
そして斉木に憤怒の顔を向け、仕方なさそうに舌打ちすると元来た道をへと戻っていく。
「目的は果たした。……帰ってやるよ」
「はい、それが賢明です」
このまま続けても宝泉の攻撃は斉木に当たらない。
時間と労力の無駄でしかないため、七瀬は頷く。
宝泉は消化不良という顔で自らの手をポケットにしまい、背を向けた。
最後に宝泉は堀北へと顔を向けるも何も言わずに立ち去り、七瀬が頭を下げてこの場は何とか治まる。
そして顔を上げた七瀬は去り際にもう一度オレの目を見てきた。
このフロアに現れて最初に目があった時の目は何かを知りたがっているような探る眼差しだ。
「助かったぜ斉木! ありがとな」
『気にしなくていい』
宝泉の手から伊吹を解放した斉木に石崎が礼を告げるも、斉木は気にしないように言うとそそくさと教室に入っていく。
一触即発の状況から一転して、嵐のように去っていく斉木にこの場に残っていた生徒たちが安堵の息を漏らす。
「龍園くん、あなた斉木くんが現れると知っていたの?」
「クク、さぁな」
堀北の問いかけにはぐらかして答えた龍園は伊吹と石崎を引き連れて教室に戻っていく。
おそらく、堀北の予想は当たっている。
斉木がこの廊下を通る時間を把握していた龍園は、斉木なら最小限の騒ぎで宝泉を止めると分かっていたからリスクを冒して自分が出ることはしなかったのだ。
にしても、対不良用膝カックンってなんだ……?
この後、櫛田と堀北の同じ中学の後輩だという八神や、廊下で何があったのかを教室にいた波瑠加たちに説明し怒涛の昼休みは終わりを告げた。
石崎「なんで龍園さんは斉木が来るって知ってたんすか」
龍園「だから自分で考えろって言ってるだろ。何度も言わせるな」
椎名「おや?廊下での騒ぎは終わったんですか?」
伊吹「あれ?椎名知ってるんだ。でもいなかったよね?」
椎名「はい、斉木くんと図書室で本を読んでいた帰りに廊下が騒がしかったのですが、私は先に帰っていていいと言われたので先に戻らせていただきました」
伊吹「あぁ、今日は図書室から戻ってくる日だからあのタイミングで廊下を通るって分かってたわけね」
石崎「そうなんすか!?すごいっすね龍園さん!」
龍園「さぁ、どうだかな(毎度毎度笑顔でひよりが教室から出ていくのを見てりゃ、流石にわかるぜ)」
対不良用膝カックン▶︎龍園や須藤といった不良にダメージを与えることなく無力化するために開発した技。
視界に捉えるまで気配を消して音もなく膝カックンしてくるため、タイマンでは誰も防げない。
てことで初の被害者の宝泉くんでした
くーちゃんはテレパシーで面倒事が起きてると知りながらも、龍園に止める気ないし、虫の知らせで先生呼ぼうにも綾小路が出てこないか見てるのが司城先生だけで出てこないしでやれやれと言いながら現場に馳せ参じた。
椎名との読書頻度は多くはありませんが少なくもない
綾小路が呼ばれてない理由?呼ばれてないんじゃなくていつでもいいですよと言われてるから綾小路が適当に行ってるだけ。
楠雄は何日毎にと決めていってるので、椎名がそれ把握してその日は楽しそうに行く▶︎龍園が見る▶︎ああ今日斉木が来るのかと把握するって感じ
めちゃくちゃ文字数多い疲れたもおおんな割に全然進んでない!
まあ書きたかったことは書けたからええか