高円寺や橋本、龍園と別れた僕はその足でデッキに向かった。
船のデッキとは別に種族船のようなカードで構成されたカードゲーム用語ということではなく、船体にある床や甲板のことを指す。
大海原を進む船から見える景色は地球の海ー! という感じがしてグゥレイト! なんだそうだ。
ラーメンを食べた後なので口臭やら気にする事はあるかもしれないが、僕は超能力者なので問題がない。
口臭を戻す超能力なんてものもある。
わけではないため、トイレに寄って口を濯いでおき、ブレスケアを飲んでおく。
ここまでする必要性は無いかもしれないが、エチケットというのは大事だろう。
階段を上がりの前へと向かうと今日僕に声をかけてきた椎名さんはすでについており、本を読みながら待っているようだった。
「あ、斉木くん。こんにちは」
僕に気づいた椎名さんは軽く手を振ってくる。
待たせたかと聞けば、椎名さんは小さく首を振った。
「いいえ。お昼ご飯を思ったより早く食べ終えてしまったので」
『そうか』
椎名さんと会うのは試験前以来となる。
大体17日ぶりくらいらしい。
試験中も僕と高円寺の移動エリアと被ることがなかった。
そのため、椎名さんには他の大半の生徒のようなお礼がしたいという話はないのだが、オススメしたい本があるということなので渡すがてら少し話がしたいと申し出を受けた。
特に断る理由もなかったので了承すると、昼食時を少し過ぎて僅かに静かになったデッキに集まることになった。
「1位おめでとうございます。1年生とのペア試験も合わせて2連続1位ですね(高円寺くんも個人では1位でしたが、斉木くんはペアの石上くんと合わせての1位ですから、本当にすごいです)」
言われてみればそうだな。
特に目的だったわけでもないし、意識していたわけじゃないため、言われるまで気付かなかったな。
椎名さんの結果は知らないが、下位10組に名を連ねていたこともないし、特に危なげはなかったのだろう。
「斉木くんはどうでした? 今回の試験」
どうと聞かれてもな……危険視していた虫は対策していたお陰で一切会わずに済んだが、代わりに虫のように思考の読めなくなった空助が来たからな。
それに今回の試験、司馬や八神が言っていたようなエージェントや諜報員というわけでもないのに、ホワイトルーム生への粛清や1年生の綾小路潰しの阻止、あとは3年生は話の流れのようなものだが、全て併せると色々とやっていた。
『シンプルに疲れたな』
「そうですね。貴重な体験ではありましたけど……来年もあるのでしょうか」
『あるんじゃないか。この学校、夏に無人島に行かせるのが通例みたいだからな』
南雲や堀北元会長も毎年のように行っていたらしいしな。
もしかすると、卒業して初めての夏は「今年は無人島に行かなくていいのか……」と寂しさを感じることになるかもしれない。
「来年は今年みたいに長期の試験でなければいいのですが……」
普通の運動とは違って、サバイバル生活の伴う無人島試験は椎名さんにとっては憂鬱らしく、あまり良い表情はしていない。
読書家である彼女にとって読書できる環境を提供してくれるのであればまだ違ったのだろう。
『そういえば試験中に綾小路には会えたみたいだな』
「はい、10日目か11日目辺りでしたね」
聞いたのは綾小路本人からではなく、途中で椎名さんの班と合流した石崎からだが。
試験が終わって船に戻ってすぐに石崎は僕に声をかけてきたが、「お前と高円寺すげぇな!」「俺も頑張ったから20位くらいには入ってるといいんだけどな!」「そういや、斉木とは試験中には会わなかったな! 綾小路とは会ったけど、椎名とお前と仲良いらしいから一応歓迎しといたぜ!」と試験終わりとは思えない元気さだった。
あの快活さと悪く言えばバカなところが龍園の下についていける理由なのかもしれない。
「斉木くんとも会えれば、3人で本の話ができたかもしれませんね」
試験中でも本の話をしていたのかこの子は。
本当に本の虫という言葉が合う子だと思わされるな。
「すみません、本題から逸れてしまいましたね」
椎名さんはそう言うと紙袋を差し出してきた。
「私のお気に入りの本なのですが、斉木くんのお眼鏡に叶えばいいと思って」
『……これは何かのお礼とかか?』
「そういうつもりはありません。私が読んで欲しいと思っただけです。無名の作者ですから斉木くんも知らない方ですよ(今も昔も)」
どこか可笑しそうに言う椎名さんに違和感を覚えつつも、僕は本を取り出すと作者名を見る。
かみないつし、全てひらがなのペンネームというのは別に珍しくはないが、著者の名前は確かに有名ではない。
図書館にも置かれていた記憶もないが、僕はこの作者を知っていた。
「もしかして、読んだことが……?」
『いや、これは初めて読むな』
ジャンルは推理小説で、椎名さんが勧めるということは以前読んだ本のように僕も楽しめる展開が待っているのだろう。
しかし、椎名さんは僕の言葉が引っかかったのか、恐る恐るという感じで聞いてきた。
「これは、ということは……この作者の他の著書を読んだことが?」
『ああ』
古本屋の100円コーナーに置かれていたから、大衆は読んでおらずネタバレの心配がないと思って読んでみたが、なかなかいい本だった。
セオリー通りの展開かと思えば、小さな伏線をいくつか用意して、中盤から終盤にかけて見事に回収して、予想もしていなかった事実へと辿りついていた。
「そう、ですか(斉木くんがお父さんの本を……)どの本か教えて貰ってもいいですか?」
椎名さんのお父さん?
作者の名前の文字を入れ替えると椎名かつみになりはするが。
……出版社はまさか終焉社とかじゃないよなと僕の父親と関わりがあったりしないよなと確認しておくが、そんなことはなかった。
タイトルは残念ながら覚えていなかったので、覚えている内容を伝えると椎名さんは思い至ったのか目を丸くしていた。
「その内容ならかみないつしのもので間違いありませんね。(いつ頃読まれたのでしょうか……いえ、そこまで聞くのは……でも……)もし良ければ感想を聞かせていただいてもよろしいですか?」
『構わないが、思い出しながらだから少し長くなるぞ』
「むしろドンと来いってやつです」
自分の父親の本が、本好き……それも知り合いからどう思われているのか知りたいのであろう椎名さんは真剣な表情だった。
僕は古本屋で手に入れたことは伏せて、椎名さんのお父さんが書いた本の感想を口にする。
「なるほど……最後の意外な真犯人設定が斉木くん的にはヒットしたんですね」
『まあ結局あれだけの証拠と論理があってなお騙されたのは癪だが、それでも納得させられる形で繋がるのは嫌いじゃない』
「(斉木くんの嫌いじゃないは好きみたいなものですよね)ふふっ、私も好きな作品なのでそう言ってもらえて自分のことのように嬉しいです」
龍園達にも言われたが、そんなに嫌いじゃないとか言っているだろうか。
やれやれと嫌いじゃないさえ言ってれば僕のフリができるんじゃないかと考えてみるが、ルパンや黒羽快斗でもやらないなと頭を振る。
「実は今渡したこれも同じシリーズなんですよ」
『そうなのか』
「ええ。二作目になります。探偵役が引き続き登場して、相棒役も少しずつ成長していくんです」
『相棒役……前作でいうと高校生だった子か?』
「はい! よく覚えてますね。やっぱり斉木くんはこういう細かい描写まで拾ってくれるから話していて楽しいです」
彼女はそう言って再び僕の方へ本を差し出した。
受け取ると、表紙に淡い色合いの森が描かれている。前作も似たモチーフだった気がする。
「ぜひ読んでみてください。それでまた感想を聞かせてもらえたら……嬉しいです」
『もちろんだ』
僕は表紙を撫でるように触れながら答えた。
彼女の父親がどれほどの作家なのか正確には知らない。
それでも作品に込められた静かな熱量は確かだった。
今のところ椎名さんがこの本のネタバレをしてくる気配は無いし、今日の残りの時間はこれを読んで過ごすか
『楽しく読まさせてもらう』
「はい。ご期待に添えるかは分かりませんが」
デッキのパラソルの下とはいえ、本が焼けてしまうかもしれないためすぐさま紙袋へと戻す。
椎名さんの用件も終わったため、2人でデッキから出る。
すると、まぁ来るとは思っていたが本当に来るとはと僕は目の前からカツカツと杖を鳴らして歩いてくる女の子に顔を顰めた。
「あら、また会いましたね。楠雄くん(山村さんの言う通りでしたね。まさか本当に椎名さんと会っているとは)椎名さんもごきげんよう」
本人は偶然を装っているが、坂柳さんがここに来たのは必然だ。
僕は今3人……というか3種類の人間に動きを監視されている。
1つ目は桐山配下の3年生たち。
それぞれ持ち場や時間を決めて僕の行動を監視している。
特に手を出してきたり、声をかけたりということはないので無視している。
2つ目が何故か天沢に尾行られていた。
彼女も露骨に接触してくることは無いが、屋外であれば僕が視界に入るところにいるようになった。
そして、3つ目の勢力が坂柳さんの下で諜報員をやっている山村さんだった。
彼女は存在感のなさから尾行役として神室さん以上に買われている。
だが、それも他人の思考が読める僕には意味の無いことだ。
「えっと、ごきげんよう? 坂柳さん」
「ええ、どうも。1年生の時の学年末の特別試験以来ですね」
「そんなになりますか? 気付きませんでした」
「それは椎名さんが気にしていないからでしょう」
それだけ坂柳さんが気にしているという証明でもある。
あの日は中々に酷かったな。
龍園の作戦とは言え、読書で培った語彙力と龍園や石崎から吹き込まれたのであろう挑発の言葉やカウンターなどを身につけた椎名さんは軽々と坂柳さんの思考を吹き飛ばしていた。
「まぁ私も気にしていませんが」
「……気にしていないのにそんな話をしたんですか?」
「はい?」
言いずらそうにしつつも、天然な椎名さんから返ってきた言葉に坂柳さんは首を傾げる。
「そもそも、坂柳さんは私と斉木くんが一緒にいるから声をかけてこられたんですよね? 私1人の時なら声はかけませんでしたよね?」
「そんなことはありませんよ? 椎名さんとも話したいことはありましたから」
「じゃあその話を今聞かせて貰ってもいいですか?」
なんだか椎名さんが強気な気がするのは気のせいだろうか。
「……ええ、いいでしょう。1年生とのペアで挑んだ学力試験の際、椎名さんは数学と英語のみ高い点数を取っていましたね」
「確かに難しいと言われていたあの試験で96点は高いかもしれませんが……斉木くんや高円寺くんに比べれば大したことはありません」
「いえ、大したものですよ。2教科だけではありますが、どちらも私よりも2点も高い点数を取っていたのですから」
ぜひその理由をご教授いただきたいと思っていたのですと坂柳さんが言うと、椎名さんは僕の方をちらりと見てから口を開いた。
「斉木くんから少し指導していただける機会があったので、そのおかげかもしれません」
「ひょ?」
学年末試験が終わってからもう時期半年が経つのにまだ椎名さんのバトルフェイズは終了していなかったらしい。
天然な椎名さんにマウントを取られたことに驚いた坂柳さんは間抜けな声を上げている。
「そうなんですか?」と僕に聞いてくるので頷いて返す。
『ほんの少し、遊戯王のモンスターで言えばクリボーの攻撃力くらいは教えた』
「(わ、わかりません……クリボーというのはスーパーマリオの敵ではないのですか?)そ、そうですか……椎名さんが勝つには楠雄くんの力が必要ですよね……」
「勝つも何も……私と坂柳さんは勝負していたのでしょうか……?」
そもそも勝負の席にも着いていなかったらしい。
「ふ、ふふ……相変わらず人をイラつかせるのがお上手ですね……」
「そ、そうでしょうか……?」
椎名さんは上目遣いで僕に聞いてくるが、坂柳さんは学年末試験のこともあってやや神経過敏になっているのだろう。
そのうち収まるだろうと椎名さんに首を振っておく。
「ところで、先程は何の話をされていたんですか?」
坂柳さんは話題を変えるように切り替えてくる。
これ以上話が長引くのは面倒であるため、端的に椎名さんがおすすめする本を借りたことを伝える。
「そうですか(本を貸し借りする関係というのは本当のようですね)」
そう言って僕は椎名さんから受け取った本を見せる。
すると、坂柳さんはこの本に見覚えがあったのか僅かに目を見開いた。
「おや? それはかみないつし氏の著書ですね」
「し、知ってるんですか!?」
「え、えぇ……そちらの本はまだですが、こちらに入学する前に処女作(と3作目あたり)を読んだことがありますが……(急に食いついてきましたね)」
やや引き気味で返事をする坂柳さんに、椎名さんは興奮気味に頷いた。
確かにこんなに感情豊かに反応をする椎名さんは珍しいかもしれない。
「ええ、処女作が刊行されたころからずっと好きなんです(知って下さってる方がいるなんて……嬉しいです……!)」
その後、かみないつしの好きなところ、シリーズの面白さなどを聞かれてもいないのに説明しだす椎名さんに坂柳さんは「ああ、えっと、あの」と慌てふためいていたが、やがて落ち着いてきたのか大きく息を吐いた。
「ええ、とてもよくわかりましたから」
「本当ですか?」
首を傾げる椎名さんに、坂柳さんはやや苦笑いを浮かべながら頷く。
坂柳さんと椎名さんの歪になっていた関係を少しでも良くするにはいい機会ではないかと僕は尋ねた。
『坂柳さんはこの作者の書く小説をどう思ったんだ?』
「はい。私はこの方の本は2作ほど読みましたが、一般的な推理小説のテンプレートを崩しすぎている。推理小説というのはある程度王道が出来上がっていますし、それを守りつつ独創性を加えていくものだと私は思うのですが、かみないつし氏に関してはそれを壊してでも読者を楽しませようという気概を感じます」
かなり褒めているな。
それはつまり、独創性という枠を超えて新しいジャンルを作り上げるほどのアイディアや創造性を持っているということだろう。
「そんなに褒めてくれるとは思いませんでした(ありがとうございます……お父さん。ちゃんと認められているんですね)」
「……どうしましたか? 椎名さん」
「いえ、何でもありません」
目尻に滲む涙を袖で拭った椎名さんに坂柳さんは首を傾げるが、僕に聞けば分かるだろうと表面上は「そうですか」と納得する。
「坂柳さんもよろしければこちらの本を読んでください。これは1作目の続編になっているので、面白いと感じてもらえるはずです」
「……私もお2人の仲間に入れていただけるんですか?」
「もちろんです。いいですよね、斉木くん?」
まぁ僕には断る理由はない。
静かに頷いて『僕が読み終わったら連絡しよう』と伝えると、椎名さんだけでなく坂柳さんも嬉しそうに微笑んだ。
なんだか、仲良くなれるきっかけを作ってあげられたみたいだな……と思ったりもしたが、2人が仲良く本を読んでいたり、本の話をしていても想像はできても実際に見ることは少ないだろう。
自分から絡んでおいて、椎名さんの純粋さに恥ずかしくなったのか、坂柳さんは杖をつきながら立ち去っていった。
去っていく坂柳さんの背中を見送る椎名さんがふと呟いた。
「なんだか坂柳さんって不思議な方ですよね」
かなり言葉を選んだのだろうな。
『そうだな』
「あと斉木くんも変わった方ですよね」
どうだろうな。
さっきいた4人の中でなら1番まともな自信はあるが。
周りからはどう思われているかは別の話だ。
僕が変な人物かどうかは置いておくとして、坂柳さんはミステリアスな雰囲気を纏ってはいるが根は普通の女の子なのだ。
自分より頭の悪い人間を見下す悪癖は取れているため、去年の彼女よりは幾分かマシになっているだろう。
「ふふ、やっぱり斉木くんといると退屈しないです」
『そうか?』
「はい。なんだか面白い人ばかり出会いますから」
椎名さんは楽しそうに微笑むと、再び僕の方を見た。
「またこうやってお話ができたら嬉しいです」
『ご期待に添えるかはわからないぞ』
数分前に言われた言葉を返してやると、椎名さんは少し唇を尖らせた。
「……からかってます?」
『そんなつもりは無い』
「ほんとですか?」
『ほんとほんと』
「2回繰り返すと、その言葉は嘘らしいですよ」
ごめんごめんなどと繰り返したりすると言葉の価値が下がるというやつだろうか。
不貞腐れたように言う椎名さんに僕は『やれやれ』と肩を竦める。
すると、椎名さんは少し早歩きで僕の前に立つ。
「もし、悪いと思うなら、またお話に付き合ってくださいね」
永遠と本のネタバレを聞かされるわけではないのなら、それくらいお易い御用だ。
僕は『はいはい』と繰り返したくなるを抑えつつ『わかった』とその申し出を受け入れた。
椎名さんはくーちゃんとの時間を邪魔されたことに無意識的にイラついて強気になっちゃったぞ!可愛いね。
山村さんとの話したいんだけど原作未読にはネタバレ……って4.5巻まで来ててネタバレもクソもないか
割と3年生編とか2年生編の末の方の原作の展開とか書いてる人多いし
俺は悪くねぇ!
天沢ちゃんは友達いなくて暇なのと、幼なじみが塞ぎ込んでるので「綾小路先輩より強い?斉木先輩どんな人なのかなー」って感覚で暇つぶししてる。
天沢自身、くーちゃん周りに危害加えなければアタシに何もしないのでは?とわかったのもある。
桐山の部下たち(斉木のやつ、いっつも誰かといるな……)
明日はダブルエージェントになった野崎さんを見守るので投稿ないかもです
ではまた次回