自分のことがたまにわからなくなる。
高校を出て、お給料のいい会社に入ってお母さんと妹に普通の生活をさせてあげたい。
そう思って私は高度育成高等学校に入学した。
ここなら入学費も3年間の学費もいらなくて、入学してから知ったけどAクラスで卒業できたら希望の就職先に入ることができる。
私はAクラスで卒業するために、過去の罪から逃れるようにクラスのリーダーになった。
万引きという犯罪を犯した私のことをここにいる人たちは誰も知らない。
だから、ここでなら変われると思った。
Bクラスから始まった私の生活は、とても楽しかった。
みんないい人で優しくて、私みたいな頼りないリーダーでも一生懸命支えてくれた。
クラスのみんなは私にとって、とても大切。
麻子ちゃんも、夢ちゃんも、千尋ちゃんも、紗代ちゃんも、神崎くんや柴田くん、浜口くんや渡辺くん……クラスのみんなは私にとってかけがえのない存在だ。
けど、1人だけその中でも明確に、違う感情を持ってしまっている人がいる。
卒業するまで、就職してからも生活と仕事が安定するまでは恋愛しないでおこうって決めていたのに、1人の男の子のことを好きになっていた。
無表情でボーッとしてるように見えて、いつも周りのことを気にかけてて、頭が良いのにとぼけたり抜けてるとこもあって、運動神経もとってもいいのに目立ちたくないから平均値にこだわってたり……ちょっと……ううん、すごく変わってる人。
でも、私はそんな変わってる人に何度も助けてもらった。
最初は変わってるけど頼れるクラスメイトだと思ってた。
それも昨年の体育祭が終わってから、私の中で斉木楠雄くんに対する見方とか、思い抱く感情が変わっていった。
体育祭の最後のリレーで、みんなから2位で繋いでもらったバトンを持っていた私は走り出してすぐにコケてしまった。
膝は痛くて、左足の靴が脱げて靴下になっていたけど、私はせめてこのバトンを、渋々という形でアンカーを引き受けてくれた彼に渡さないといけなかった。
結果はどうなってもいい。
その時は絶対に斉木くんに繋ぐんだ、絶対に、このバトンだけは、とすぐに立ち上がって走り出した。
せっかく2番目に受け取ったバトンも、どんどんと追い抜かれていって、それでもこのバトンだけは繋がないといけないと私は彼へとバトンを手渡した。
『あとは任せろ』
その時、彼が向けてくれた顔は今でも覚えている。
遠ざかっていく背中はすぐに小さくなっていったけど、彼は言葉通り私のミスを帳消しどころか、1位の南雲会長を抜きさって1位になった。
それからだった。
朝のホームルーム前とか、授業中とか、自然と彼のことを目で追うようになったのは。
授業をちゃんと聞いてるのかと思えば、時々寄り目になったり、腕を組んで何か考えたり。
ずっと見てた。
彼が告白されてるところを見たこともあったけど、その時に『誰とも付き合う気は無い』って断ってるのを聞いて、安心した。
けれど、彼の周りには可愛かったり、魅力的な女の子が多い。
桔梗ちゃんやひよりちゃんにクラスメイトの姫野ちゃんも彼に少なからず好意を抱いてると思う。
有栖ちゃんに至っては好きだって言っていた。
でも、私は……この好意を伝えて彼との関係が終わってしまうのが怖くて、だからいつも通り、仲のいいクラスメイトとして振舞って……それなのに付き合ってるみたいにお出かけして、お話して。
『今回の体育祭でも昨年と同じように櫛田さんと椎名さんの練習を見ることになるかもしれない』
「…………うん、別にいいよ! 去年もやってたならいいんじゃないかな?」
言われた時はいいなーとか、羨ましいなとか、思う暇もなかった。
無意識的に楠雄くんの前ではいつもの一之瀬帆波を演じようとしてしまったのかもしれない。
なんでそんなことするの? とか、クラスのためにならないよねなんて、私も他のクラスの子の悩みを聞いたり、勉強を見たこともあるから言える立場じゃない。
付き合ってもいないのに彼が他の女の子に勉強や運動を教えていたりすることに嫉妬し自分が嫌いになりそうになって……でも手を差し伸べちゃうところが彼らしいと感じて、どうでもよくなってしまう。
私は救えるならどんな人でも手を伸ばして助けたいと思っていたけど、そんなことはできないと知った。
私が助けられるのは私の助けを待ってる人と、誰でもいいから助けてと手を差し出している人だけ。
でも、彼は、楠雄くんはやれやれって言いながらどんな人でも助けちゃう。
あんなすごい人と付き合おうだなんて思い上がりもいいところだ。
けど、それでも、やっぱり私は楠雄くんが好きだ。
だからまずは彼の隣に立てるように、支えられるようになろうって思った。
そのためには体育祭で頑張らないと。
桔梗ちゃんやひよりちゃんに負けないくらいに。
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体育祭の詳細な説明が終わってから1日が経った。
星之宮先生の言うように昨日の夜の10時には種目への事前登録が可能になっており、南雲に指定された学年混合男女別200m走、バスケシュート対決、綱引きの3種目にエントリーした。
エントリーした名前の一覧には高円寺と南雲の名前もあり、朝になるとそこに綾小路の名前も増えていた。
どうやらあいつも僕と勝負してみたいらしく、僕ら3人の名前を見て、他の生徒たちが怒涛のキャンセルラッシュをしたにも関わらず、あいつだけが3種目に平然と居座っている。
男女二人三脚にも登録し、一之瀬さんとのペアを確定させ、あとは1種目だけとなった。
球技は苦手であるが、シュートを打つだけであれば問題ないと判断してバスケシュート対決は受けたが、他の球技は遠慮したいところだ。
PKはキーパーごとネットに突き刺すならまだしも身体に風穴ドライブをしてしまったらシャレにならない。
テニスも少しでも加減を間違えたらナックルサーブや波動球などでK.O.ということにもなりかねない。
テニスにK.O.なんてないだろって?
まぁテニスの王子様は連載終わってしまったし、ここしばらくはコラボばかりでゲームは出してないから知らくても仕方ないか。
まぁ無難にシャトルランや障害物競走にでも出るか、当日公開される競技に適当に出るかだな。
そう考えていると(いたいた)と須藤の声が届き、顔をあげる。
「よう。ちょっと時間あるか?」
珍しいなと思いつつ、教室に行くまででいいならと返事をすると須藤は頷く。
「お前、今度の体育祭で高円寺と勝負するんだってな」
高円寺が言ったというよりは誰かから聞いたという口ぶりだ。
恐らくは堀北さん経由だろう。
彼女なら高円寺が今回の体育祭にどう取り組むかを気にして昨日の説明の後に問いかけていたに違いない。
「俺とも勝負してくれねぇか?」
どいつもこいつも勝負勝負って、この学校の体育祭はいつからデュエルキングダムになったんだ?
個人戦に重きを置いた大会になるのであれば想定できたことではあるが、こうも勝負を挑まれるとは。
このままいくと高円寺以外にもチャレンジャーが現れる可能性は十分に高い。
「勝負してくれたら……そうだな、ラーメン奢るぜ。トッピングとサイドメニューもつけていいからよ(この前食ってたし、それにたまに柴田と行ってるのを見かけるしな。好きなんだろラーメン)」
嫌いじゃないが……自ら足を運んで食べるほどでは無い。
誘われたら行きはするが。
『僕が勝負を受けたら……ラーメンを奢ってくれるのか?』
「ああ、約束するぜ。勝負と引き換えのギブアンドテイクってやつだ」
『だが断る』
「なにッ!!」
この斉木楠雄の最も好きな事のひとつは交換条件を出せば僕が勝負に乗ってくると思っているやつに「NO」と断ってやる事だ。
いや、別に好きではないんだが。
しかし、何でもかんでもOKと言う訳にはいかない。
それに南雲たちとの種目の兼ね合いもある。
須藤が何に出るつもりなのかは知らないが、タイムスケジュールが被るのは御免を蒙る。
「た、確かにな……でも大丈夫だぜ、お前が出る3種目とは時間も被ってねぇし、場所も近いからよ!」
『は?』
は?
「じゃあ、障害物競走と借り物競争だから、よろしく頼むぜ!」
言うことを済ませると須藤は上機嫌に自分の教室へと入っていく。
2種目も……?
南雲たちからの3種目と二人三脚で1種目に、須藤ので合計6種目か。
当初の予定よりは多いが、仕方ないか。
一応、タイムスケジュールを確認してやったがバスケのシュート対決以外は全てグラウンドでやる種目のため、移動の時間などはあまり考慮しなくて良さそうだ。
そう考えていると今度は教室前で誰かを待っている橋本の姿を見かけた。
「おはよう、斉木。ちょっといいか?」
なんだお前も勝負か?
負けたら持ち金の半分置いてけよ? とパキパキと指を鳴らすと、橋本は怯えたように後ずさる。
「おいおい、俺はトレーナーじゃないっての! (機嫌悪いな!? コーヒーゼリーでも食べ損なったのか!?)」
今日の朝はフルーツヨーグルトだった。
で、話ってなんだ2文字で済ませろよ。
「ムリ」
このまま顔の横で手を閉じて開いて「ム、リ」と続けられていたらぶん殴っていたな。
「体育祭のことなんだけどさ、団体競技の中に男子だけでチーム組んでバレーかバスケができるみたいなんだ。それに高円寺と龍園を誘って出ないか?」
アイツらにチームプレイなんてできるはずがないだろう。
猿に九九と百ます計算を教えて解かせる方が現実的だ。
「いや別にチームプレイしなくても勝てるだろ……トスはあげてやるし、そしたら高円寺か龍園が決めるだろ」
僕はいるだけでいいのかと尋ねれば「それでいいぜ」と指で丸を作る。
だがバスケにしろバレーにしろ人数が足りないだろう。
「そこは1人心当たりがあるから心配すんな(綾小路とか誘ったら乗ってくれると思うんだよな。個人的に)」
乗ってくるだろうな。
何が羨ましいと感じるのか知らないが、僕が高円寺や橋本、龍園といるのをじーっと見てるからなあいつ。
「負けることは無いだろうけどよ、体育祭の後はパーッと飯でも行こうぜ。デザートが美味い店見つけておくから」
まぁそれなら……と、そいつら全員の了承が得られた場合かつ僕のスケジュールに支障を来さないならという条件で出てやると伝えると橋本は去っていく。
これで最悪7種目か。
優勝する気がないから、参加費にあたるポイントが減るのはどうでもいいが、この勢いだと10種目出ることになるんじゃないだろうか。
まさかなと思いつつ、冷や汗を浮かべていると「さーいきくん」と今日の夜から練習を見ることになった櫛田さんが声をかけてきた。
「おはよっ、朝から人気者だね」
皮肉かそれは?
声をかけてきたということは櫛田さんも何か用事……なんだろうな。
「斉木くんってテニスって得意かな? 得意だよね? ジャンプ好きなんだし」
ジャンプが好きならジャンプ作品で題材になっているスポーツ全部得意説みたいな即座にボツになりそうな説を持ち込むのはやめよう。
ラグビーやバスケ、テニス、バレーや相撲とかは嫌いでは無いが、野球漫画はサンデーの方が好きだし、サッカーはコロコロの方がいいし、ボクシングとかはやはりチャンピオンだろう。
「あ、卓球でもいいよ。斉木くんピンポン好きだし」
ピンポンはジャンプじゃないぞ。
テニスも卓球も手加減しにくいから苦手なんだよな。
それにその2つは競技時間が長いからな。
僕のタイムスケジュールを加味するとかなり難しいな。
「そっか……ちなみに今のところ何に出るつもりなの?」
先程橋本から言われた競技も含めて7種目を伝えると、櫛田さんは携帯を取り出す。
「大丈夫そうだよ、卓球もテニスも午後からだし、バレーまでには間に合うんじゃないかな?」
なんでそんなに僕との競技にこだわるんだこの子は。
そもそもクラスが違うから組むメリットはないだろうと思っていると櫛田さんはずいっと身体を近づけてくる。
「私が斉木くんと組みたいと思ってる理由、言っちゃってもいいの? (……ってこれ、結構恥ずかしいな……)」
恥ずかしいならやるな。
周りの目もあるため、僕の方から1歩離れてやると櫛田さんはコホンと咳払いをする。
「堀北さんは1位を狙うだろうからさ、私も負けないようにって考えたらポイントの多い特殊競技に出るのがいいと思ったんだ。堀北さんはほとんど個人種目で出ると思うし」
建前なのか本音なのかはイマイチピンと来ないが、体育祭で櫛田さんなりに頑張ろうと考えた結果によるものらしい。
『テニスなら』
「うん! ありがとう! 終わったらで……(っと、危ない危ない)ご飯奢るから……じゃあ登録よろしくね!」
これで8種目か……。
ん? なんかしれっとデートの約束もさせられた気がするが……気のせいだよな。
ご飯を奢るって言い直してたし、大丈夫だろうと考えることにする。
しかし、現状のスケジュールもかなりタイトなものになってきたし、これ以上種目を増やすのは無理だな。
そう思っていたが坂柳さんに頼まれた1種目が午前の最後なので間に合うとなり、高円寺が「レッドヘアボーイと2種目なるなら私ともしてくれたまえ」と1種目追加してきたせいで結局僕は10種目出る羽目になった。
おのれ南雲雅。
他クラスとの生徒ともペア組めるのかわかんないけど、まぁ組めそうだから組ませた。
くーちゃん包囲網の出来上がり。
あとなんでみんな僕がやろうとしたことを予想して的中させるのか。
イミワカンナイ!
綾小路「とりあえず斉木がエントリーしてる個人種目には出よう」
堀北(その気になってくれたら主力になりうる2人のモチベーションが他クラスの男子というのはなんなのかしら……やる気があるのはいいのだけれど……どこか腑に落ちないわね)
なおテニスに出ることによって須藤との勝負が増えている
あと1話書いたら体育祭本番に入る予定です
ちぇけら