いよいよ大詰めとなった体育祭はグラウンドや体育館問わずにどこもかしこも異様な盛り上がりを見せている。
5種目を終えて暇を持て余した生徒たちが興味のある競技や知り合いの出ている競技を見てはグラウンドでも体育館でも歓声が起こる。
去年の体育祭もそうだったがこの学校は閉鎖的空間であるためか、このような開放感のある行事にはとても前のめりな傾向にあるらしい。
午後2時を過ぎて次のバレーボールのために体育館へと歩いている途中、学年やクラスの途中経過を表示している電光掲示板の前を通る。
「あ、2年生はDクラスが1位なんだ(そういえば龍園くんのクラスは男子は斉木くんと柴田くんを避けて出場してるし、女子も私や帆波ちゃん、小野寺さんとかは避けてるから1位は取りやすいもんね)」
櫛田さんの言うように2年生の1位は現時点では龍園率いる2年Dクラスになっている。
2位の2年Aクラスとは10点差ではあり、3位の2年Bクラスも葛城と坂柳さんの策が上手くいっているのか16点差と十分逆転可能な範囲だ。
そして残る2年Cクラスだが、綾小路と高円寺が2位や3位が多く、主戦力の須藤の結果も振るわないため、最下位の位置にいる。
ただ、Cクラスも残りの2時間弱で得点を重ね続ければ逆転の可能性は大いにある。
「どこも20点差にはなってないから、残りのチーム競技とか次第ではどうなるか分からないね」
それはそうなんだが、チーム競技では勝利したチームメンバーに得点が付与される。
次のバレーボールでいえば、Aクラスは僕1人なので5点しか入らないが、Cクラスは高円寺、須藤、綾小路と3人いるため合計で15点も入ることになる。
本来なら等しく点数が割り分けられるチーム競技では他クラスの生徒で埋めるよりも、自クラスで埋めたいと考える。
しかしそんなことは知ったことでは無いと言わんばかりに橋本の集めたメンバーは4クラス混合のチームになっていた。
「じゃ、頑張ってね……って、頑張りすぎて相手が宝泉くんみたいなことになったら可哀想だから程々にね」
櫛田さんはそう言って生徒向けの観客席の方へと向かっていく。
他の生徒も試合開始が近づくにつれて徐々に観客席へと移動していく。
「斉木、さっきのテニス大活躍だったらしいな(宝泉を斉木がホームランしたって聞いたが……)」
体育館に着くと先程まで卓球に出場していた橋本が声をかけてくる。
同じクラスの人間から聞いたのか、あるいは優秀な諜報員でもいるのか僕のテニスでの暴れっぷりは聞き及んでいるようだった。
高円寺と龍園も来ており、2人は特に話すこともなく自分の世界に入っている。
あとは綾小路と須藤か。
テニスで一緒だったから連れてきても良かったが、櫛田さんがくっついていたから2人とも遠慮してたんだよな。
橋本も同じことを思ったのか、首を傾げる。
「一緒に来なかったのか? ……ってああ(櫛田と来たのか)」
観客席で一之瀬さんや坂柳さんと合流している櫛田さんを見つけたのか橋本は納得の声を漏らすとそれ以上は聞いてくることはなかった。
試合開始前になってようやく綾小路がやって来るが隣にも後ろにも須藤の姿はない。
「悪い、須藤のことなんだが」
どうやら二人三脚、テニスと立て続けに堀北さんと組んだ綾小路に不信感を募らせ、せっかく声をかけてもらったところ悪いけどパスとキャンセルして他の競技に出ることにしたらしい。
「彼女持ちが鈴音とイチャコラしてたからヤキモチか。はっ、迷惑な話だな」
「いや、須藤の気持ちの方が正しい気がするけどな(ネトラレとは言わねぇけど、堀北のことが好きな須藤としてはいい気はしないだろ)」
綾小路の話を聞いて鼻で笑った龍園に橋本が須藤を庇うように言う。
高円寺はどうでもいいらしく、試合前に髪のセットの確認をしていた。
「ククッ、軽井沢にも文句言われるんじゃねぇのか? モテ男は大変だなぁ? な? 斉木さんよぉ」
なんで僕に振る。
軽井沢さんも体育祭で勝つ重要性は分かっているだろうし、綾小路がしっかり説明していれば理解をしてくれるんじゃないかと思うが、龍園が僕に話を振ったせいで僕にも飛び火してくる。
「オレは斉木に比べたら大したことないと思うが(坂柳に一之瀬と櫛田は確定として、ひよりも斉木には気があるんじゃないかと思うが)」
『軽井沢さん。佐倉さん。長谷部さん。佐藤さん。あとは松下さん』
「ん……? ちょっと待ってくれ(愛里と佐藤はまぁわかるが波瑠加と松下? どういうことだ)」
いや、観客席にいるなと思っただけだ。
堀北さんは別の種目に出ているからいないが、綾小路に対する好感度は82と高めだから友情にしろ恋愛的にしろ興味以上の対象ではある。
一応は何かしらの身に覚えはあるらしい綾小路は焦ったように口を開く。
「それを言うなら一之瀬や櫛田たちも」
『そんなことより6人目はどうするんだ真太郎』
「言わせてくれないのかよ……」
やってることは涼太なのになんか大輝みたいになっている綾小路を放ってテツヤの枠をどうするかと真太郎こと橋本に尋ねてみる。
「え? 俺が緑間枠なの? (メガネなんだから斉木じゃないのか? てかバレーなんだから普通出すならハイキューだろ……)……ま、5人でもこのチームなら勝てそうだけどなぁ(結局出場条件は6人になってるし、1人必要なんだが)」
特にクラスや人選にこだわりがないのなら観客席にいるやつでまだ10種目に届いていないやつに声をかけたらいいんじゃないか。
「じゃあ葛城でいいか?」
『いいぞ。すぐに呼ぼう』
「即答かよ(なんか斉木の葛城への好感度高くねぇか?)」
当たり前だろ。
お前や龍園、高円寺みたいに邪な気持ちのない聖人だぞ。
「えーっと、龍園たちも葛城でいいか?」
「あぁ、好きにしろよ(アルベルトや石崎たちはグラウンド競技に出させているからこっちには来れないしな。それに他の奴らも10種目出終わってる頃だ)」
「誰でも構わないさ」
綾小路も無言で頷き、橋本は観客席の隅で最後の競技をどうしたものかと悩んでいた葛城へと声をかけに行き、了承を得られたため、この場に連れてきた。
「話は聞いた。俺で良ければ手を貸す……と言いたいが、立っているだけでも事足りそうだな」
「まぁ俺らはボール拾いメインでいこうぜ(上げたら高円寺と龍園、綾小路あたりがキメてくれるだろ)」
『任務了解』
これで参加できるかも危ぶまれていたバレーのメンバーが無事6人揃ったわけだ。
僕は突然の申し出を受け入れてくれた葛城へと感謝の握手を申し出る。
『よろしくなテツヤ』
「ん? (俺は康平なんだが……)まぁよろしく頼む(少しでも恩が返せるのであれば俺としても喜ばしいしな)」
僕の差し出した右手を取ってくれた葛城と握手を交わしているとそれを傍目で見ていた龍園が呟く。
「6人目とは言え、葛城は黒子と真逆だろ(特に頭が目立ってしょうがねぇ)」
「さっきから斉木は何を言ってるんだ?」
「どうやら楠雄もやる気十分のようだねぇ(私は何になるのかな?)」
分からんと首を捻る綾小路とヘアースタイルの確認を終えた高円寺も会話に加わってくる。
バレーボールに優勝することが出来れば10点を獲得することができる。
リーダーである龍園や葛城としては必ず取っておきたい競技だが、2人とも負けることは想定していないらしく、どのチームが決勝戦に上がってくるかを予想し合っていた。
そんな中、1年生のチームが騒いでいるのが見えた。
「い、嫌ですよ! 僕、バレーボールなんてやったことありませんし!」
「頼む八神、お前が出てくれれば棄権しなくて済むんだよ!」
「それなら宇都宮くんに頼めばいいでしょう!?」
どうやら1年生チームも急にメンバーが不足したらしく、その代役に八神が駆り出されそうになっているところだった。
確かに技術を抜きにした運動能力なら宇都宮の方が八神より1歩出ているが、綾小路よりは劣るもののホワイトルームで鍛えた観察能力と学習能力のある八神ならば決勝戦に進む頃にはそれなりの実力になっていそうなものだが。
しかし、八神の提案は既に意味を成しておらず、チームメイトには宇都宮の姿があった。
「もう頼まれてる。高橋の代わりに。お前はK.O.された宝泉の代わりだ」
「うっ……! (何やられてるんだよ宝泉のやつ……!)」
「波多野の事を本当に反省しているのなら参加してくれ」
「……わかりましたよ(クソ、斉木楠雄のいる種目には出たくないってのに……おまけに綾小路までいるじゃないか……!)」
1年生の方も八神が参加することが決まり、1回戦が無事行われることになってしまう。
八神が参加しなければ不戦勝になったんだがな。
他に参加しているチームで知っているのは南雲率いる3年生チームと三木谷率いる3年生のBからDクラスの運動自慢を集めた、無人島サバイバル試験で見た覚えのある連中ばかりだった。
僕たちの1回戦の相手は三木谷チームであり、僕と高円寺に向かって睨んでくる三木谷たちを高円寺、龍園、綾小路のスリートップで難なく一蹴し、さらに準決勝となる2回戦も勝利して決勝戦へと駒を進める。
「本当にボールを上に上げるだけで良かったな」
「だな」
葛城と橋本が感慨深げに呟き、僕らは決勝戦の相手となるのが南雲か宇都宮のチームかを見るため横のコートへと目をやった。
試合の主導権を握っているのは南雲であるが、1年生も負けておらず宇都宮と八神を中心に点を取り返す。
特に八神は(斉木や綾小路に負けるのはいいけど、生徒会長ごときなら)と以前の調子を取り戻し、他の選手の動きを観察し目に見えて上達し始めていた。
(流石はホワイトルーム生、と言ったところか)
(しかしあれでも斉木楠雄どころか綾小路清隆には届かない。悲しいことだ)
綾小路の父親の刺客として送り込まれてきた教官2人が八神の動きを見ながら心の中で批評をしている。
1回戦では相手チームにあまり目立つような存在がいなかったため、八神の動きはこれといってなかったようだが、この試合での動きを見る限り、同世代と比べればかなりのポテンシャルを持っていることが分かる。
それでも教官と呼ばれる2人からの八神への評価が低いのはやはりホワイトルームの最高傑作との比較が頭にあるのだろう。
(ホワイトルーム最高傑作は間違いなく綾小路清隆のはず。しかしあの斉木楠雄もまた高校生、いや人間としては常軌を逸している)
(天然で40近い歳になってもイチャイチャしている夫婦から生まれ、綾小路清隆すら超越した能力を持っているなどと認めたくはないが、しかし事実であることに変わりはない)
お前らの思考はどうでもいいんだ。
父さんや母さん、僕の知り合いに手を出さなければそのまま帰らせてやるから何もしないでおくんだなと心ばかりの忠告をしてやると、ついに3年生と1年生の得点差が縮まる。
「やるじゃねぇか八神……(まさか八神も実力者の1人なんてな……ははは、本当に俺は生まれる年を間違えたんだな……)」
「南雲会長には及びませんよ(実際、良くやっているとは思う。チームメイトに恵まれていれば僕らにも勝てたかもしれない)」
結果、八神が上げた絶妙なトスを宇都宮が南雲では取れない場所へとスパイクで敵陣へと撃ち放ち、1年生チームが勝利を決める。
「はぁ、はぁ……っ、くそ……(なんてザマだ。斉木や高円寺たちのところに辿り着けないなんて……堀北先輩たちなら……)」
項垂れて地面に倒れ込む南雲に対し、チームメイトやギャラリーからは惜しみない賞賛が贈られていた。
この学校の生徒にとって南雲という人物は敬うべき存在であるようで、例え負けてしまったとしてもその存在は大きいらしい。
僕もまたあいつの健闘を讃えて拍手を送ってやる。
(ちっ、あいつはほんとに……! 開会の挨拶でも斉木は拍手、してくれたんだよな……はぁ、ほんと、嫌な後輩でいてくれればな……)
息を整えて立ち上がった南雲は周りからの拍手や歓声に感謝するように頭を下げると観客席へと歩いていく。
その姿を見ていたのは僕だけではなく、生徒会役員の葛城も一緒だった。
「南雲会長の方が個としてはバレーの実力はあったはずだが、やはりチームメイトの差というやつか」
葛城の呟きに頷きを返しつつ、それはそれだと次へと切り替える。
テニスの時のようにバレーでも体育祭では通常とは異なるルールが適用されている。
サーブにローテーションがなく、任意の選手が打てることや、10点先制もしくは10分以内に得点の多いチームの勝利となる。
もし時間切れで同点の場合は、追い付かれた方がサーブ権を持って1点先取の延長戦となる。
しかし、このルールは必要なかったのかあれだけ南雲率いる3年生チームと接戦を繰り広げた1年生チームは僕たち2年生チームに一方的に蹂躙され、開始3分で決着がついた。
あまりの試合に勝った僕たちへの拍手はなく、3分間頑張った1年生たちへと拍手が送られていく。
「だから言ったんですよ! 勝てるわけないって! (相手はホワイトルームの最高傑作に、それを超える悪魔なんだよ! 宇都宮のバーカ! バーカ!)」
「まさかここまでコテンパンにやられるとはな……(斉木先輩だけじゃない、2年生にはあれだけの怪物がいるのか……)」
負けはしているが彼らも2位を獲得したため、5点を得ることはできた。
八神と宇都宮以外はそのことに安堵していた。
一方で大人気なく全力で勝った2年生チームはというと、途中龍園の悪ふざけでトスをされた僕がスパイクしようとして力加減をミスり、ボールを破裂させるというアクシデントがあったため、微妙な空気が流れていた。
「このバカ力が(あれで1年共がビビったんだろ)」
自分からやらせておいて化け物を見るような目で見てくる龍園に、綾小路と高円寺はどうやって破裂させるんだと交換されて出てきた新品のバレーボールを叩いているが、多分割れないぞ。
その時はボールが古かったんだと言ったが係員に「いや、新品を下ろしたんだけど」と言われそうになり、とても申し訳ないが口を封じさせてもらった。
ほんの数秒喋れなくなってもらい、審判に声をかけさせて試合を再開させることでその話題はなかったこととした。
高円寺や龍園はハイタッチをしようとする橋本を無視し、次の大縄への準備のためコートから出ていく。
綾小路はぎこちなく手を挙げるも、それに橋本が気づかないものだから頭を掻いて誤魔化す。
葛城は10種目を終えたため、観戦組に混じるらしい。
「今回は誘ってくれて感謝する。最後の競技も頑張ってくれ(と言っても必要のないエールかもしれないがな)」
そう言って僕と橋本に感謝を述べた葛城はギャラリーにいた戸塚や葛城を慕うメンバーたちと合流する。
それを見届けた橋本はこちらへと振り向く。
「俺らも行くか」
やっと次で終わりか。
大縄跳びも体育館で行われるため移動の必要はなく、バレーのコートが片付けられるのを待つのみとなる。
別のコートや体育館の外からも歓声やら盛り上がる様子が耳に届くが、1番生徒が集まっているのはこの体育館だった。
たかが大縄跳びに何を見るものがあるのだろうかと考えていると、女子たちが合流してくる。
「楠雄くん、本日はよろしくお願いしますね」
ぺこりと一礼してくる坂柳さんに僕も一応小さく頭を下げておく。
体調の方はどうかと聞いてやれば、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「この時間のために万全を期して来たので問題ありません。今日の私は12回心臓が止まっても死にませんよ」
自信満々に言い放つ坂柳さんに心配して損したかもしれないと僕は背を向ける。
大縄跳びのルールは簡単なもので制限時間内の最高跳躍回数を競うだけである。
参加者全員が最初から一度に縄の中に入って跳び、制限時間である3分間跳び続ける。
縄に引っかかるなどして失敗した場合、その場で終了となるため、1度の失敗も許されない競技となっている。
特に必要な技術などはなく、体力と集中力さえあればほぼ誰でも参加できるためか、参加団体は8組とそこそこ多い。
グループ内の人数は縄を回す人間を除いて最低8人で最高16人まで参加可能で1クラスで生徒を固めて勝利することができれば一気に逆転出来る可能性の高い種目故だろう。
「にしてもこれだけのメンバーが集まるなんてことはそうそうねぇよな(去年なら絶対見れなかった光景だぜ)」
「確かに、去年は紅組、白組に別れてたし、騎馬戦とか棒倒しとか体育祭って感じの種目ばっかりだったもんね」
橋本の呟きに櫛田さんも同調する。
他の奴らも思うことは同じなのかクラスの垣根を越えて集まったメンバーの顔を見やる。
最初は自分の将来のためにAクラスを目指していたり、過去を乗り越えようと捨て去ろうと前に進もうとしつつも呪縛に囚われていたり、Aクラスなどどうでも良く自分の力を磨いたりそれなりに過ごせたらいいなと思っていたりと。
未だに主義主張の異なる奴らではあるがこうして大縄跳びで1位になるために集まったというのは想像も予想もつかなかっただろう。
「龍園くんが縄を回してる姿を見たら石崎くんたち驚きますね」
「アイツらには別の競技に出るように言ってある。見ることはできねぇよ」
椎名さんが見上げながら言うも対策済みだと穏やかな龍園に、観客席から龍園と椎名さんを呼ぶ声が届く。
「龍園さーん! 椎名ー! 1位取ったぜー!」
「ちょっと石崎、声が大きいって」
「ん? いいだろ別に。斉木も頑張れよー!」
西野さんが諌めるも石崎は気にせずに龍園と椎名さん、そして僕にまでエールを送ってくる。
石崎の隣には山田や小宮、金田といった龍園と近しい男子が揃っている。
伊吹さんがいないのは他の競技に出ているからのようだ。
「ちっ、あいつら……」
「ほら、2人とも手を振ってあげませんか?」
舌打ちする龍園に、椎名さんは石崎たちに手を振り返そうと提案してくるが、僕も龍園も乗り気では無い。
すると、椎名さんは僕と龍園の手首を掴んでくる。
「えいっ」
「あ?」
『ん?』
掴んだ手を上に持ち上げると石崎たちの方へと向かってぶらんぶらんと振る。
それを強引に振りほどくことはできるが、これから大縄跳びに出るというのにトラブルになることは避けたいと僕は甘んじて受け入れる。
龍園も同じく「やれやれだな」とため息をつきながら受け入れていた。
「ふふっ、それ斉木くんみたいですね」
「あ? どこがだよ。やれやれくらい誰でも言うだろ」
もういいだろと手を離すように言った龍園の手を自由にした椎名さんだが、僕の手首は握られたままであった。
「あ、えっと……ごめんなさい」
『いや、構わないが』
どことなく借り物競争の後から様子のおかしい椎名さんではあるが、特に身体に異常があるというわけでもない。
単に恥ずかしくなったのだろうと思って返事をすると櫛田さんから湿度の高い視線を受ける。
「斉木くん? (こいつまたなんかやったか?)」
なんかってなんだ。
今日は僕史上最高に体育祭に真面目に取り組んでいるぞ。
しかし、首を傾げてくるだけで心の言葉は口にしてない櫛田さんに何か言い返すのも変なのですぐに目を逸らす。
その先には佐倉さんや軽井沢さんといった綾小路を応援に来たメンバーがいた。
「き、清隆くん頑張って……あ、あと斉木くんも……」
「清隆ー! ここではちゃんと1位取りなさいよー!」
幸村や三宅、平田、長谷部さんや佐藤さん、松下さんも手を振ったり、綾小路へとエールを飛ばしている。
それを茶化すように龍園が綾小路に声をかけた。
「なんか言ってやれよ人気者……いや、モテ男」
「手を振り返すだけじゃダメなのか?」
『セクシーサンキューと返すのが最近の流行りらしいぞ』
「そうなのか?」
真偽のわからない綾小路はセクシーサンキューをどうやるのかを橋本に尋ねてその通りにCクラスのメンバーたちに返す。
「何やってるの清隆……(てかあの濃いメンツによく居れるわね清隆のやつ)」
「はは……斉木くんと龍園くんになにか吹き込まれたみたいだね……(いいなぁ……僕も混ざってみたかったな)」
「おい、なんか呆れられてるんだが?」
渋い顔をするCクラスのメンバーを見て正解ではなかったと察した綾小路が抗議をしてくるが、僕と龍園は知らぬ存ぜぬで橋本に押し付けておく。
Cクラスだけでなく、10種目を終えて体育館にやって来ているA、Bクラスの生徒も一之瀬さん、姫野さん、橋本と坂柳さんへと声援を向ける。
そしてスタッフから声をかけられ、競技の準備に入る。
縄の横に立つと、僕に身を預けようと坂柳さんが身を寄せてくる。
それに一之瀬さんが唇を尖らせる。
「楠雄くん変なとこ触っちゃダメだよ」
「あらあら帆波さん。私に変なところなんてありませんよ? 楠雄くんにならむしろ……」
持ち上げようとしたところで危ない発言をしてきた坂柳さんをどうしたものかと悩んでいると後ろで櫛田さんと高円寺が喋っていた。
「ねぇ高円寺くん。斉木くんの代わりに坂柳さんのこと抱っこできない? (あの調子に乗ったロリガキなんとかしてよ)」
「ハハハ! 愚問だねぇ」
「できるの?」
「ノーと言わせてもらうよ(その方が面白そうなのでねぇ。それにいくらスウィートガールの重さでも3分間跳び続けるのは楽では無さそうだからねぇ)」
他人事だからと気楽そうな高円寺は屈伸や伸びのストレッチをして準備へと戻る。
そして僕は「うふっ」と瞼周りの筋肉の動きからしてウインクをしているらしい坂柳さんに『やれやれ』と言いながら右手で肩を持ち、左手で膝の下に腕を入れて持ち上げてやる。
「きゃー! くーちゃんが!」
「お、お、女の子をお姫様抱っこ!?」
やかましいうっとおしいぞ。
まぁ事情を知っている2年生以外は似たような反応ではある。
「えっ? 斉木先輩って一之瀬先輩と付き合ってるんじゃないの?」
「はぁ? 櫛田先輩でしょ? 何言ってんの?」
「あれ? でも借り物競争であそこの水色の髪の人のことお姫様抱っこしてたけど……」
(え? どういうこと?)
1年生たちからのどういうこと? という視線が突き刺さってくる。
それを聞いた母さんが訝しむように見ている。
3年生も呆れているのか南雲が唖然としていた。
「はぁ、あいつは……」
「いいじゃん。斉木くんらしくてさ。坂柳ちゃんも嬉しそうだし」
「そうだな。あれでこそ斉木楠雄だ」
後方支援彼女面している朝比奈さんや鬼龍院さんたちの声も届いてはいるが聞かなかったことにする。
そしてようやく全てのグループの準備が整い、数を数える審判たちが各グループにつき、大縄跳びがスタートする。
龍園と綾小路が縄を回し、地面につく直前に僕たちは跳び上がる。
「あいつどんな体幹してんだよ」
「坂柳ちゃんって軽そうだけど……(少なくても40~50kgはあるよな)」
坂柳さんを抱えたまま難なく跳ぶ僕を見て観客や他のグループは驚いているようだが、特に気にする事はない。
むしろ気にするべきはその抱えられている坂柳さんである。
(3分間楠雄くんの顔が見放題……良かった……退学しなくて……)
させておけば良かったか?
まぁこれも3分の辛抱ではあるのだが、他のグループと跳んでる回数が同じである場合はコケるまでのサドンデスが始まってしまうため、僕らにとっては地獄だが坂柳さんにとっては至福の時間になってしまうようだ。
3分という時間は短いようで実際に跳んでみると長いものであり、1分で98回も跳んでいる。
2グループが脱落し残るは4グループだが、30秒ほどで1グループが消え、2分が経つ頃にはこのグループと南雲率いる3Aへの逆転勝利を狙う桐山グループのみが残っていた。
しかし回数で見ればこちらの方が僅かに上である。
そのためこのまま終われば僕らの勝ちになる。
(く、くそ! なんで女1人抱えて平然としてるんだ!)
大して重くないからな。
まぁ椎名さんや一之瀬さんも重いとは感じなかったが。
そして3分が経つと笛が鳴り、一旦回数の確認を行う。
すると、僕たちの方が桐山グループよりも5回多かったため、1位は僕たちのグループになった。
「よっしゃああああ!!」
「勝った! 勝ったよ! 姫野ちゃん!」
「ちょっ、抱きつくなぁ!」
感情の起伏が激しい橋本と一之瀬さんが最初に喜びを露わにして、一之瀬さんの近くにいた姫野さんが巻き込まれてしまう。
椎名さんも綾小路とハイタッチしたり、高円寺と龍園も勝利の余韻に浸っていた。
僕は坂柳さんを下ろし、その坂柳さんはこちらに歩いてきた櫛田さんと手を叩く。
やっと終わったと一息つくと、一之瀬さんや椎名さんが集まってくる。
「お疲れ様楠雄くん」
「お疲れ様でした、身体は大丈夫ですか?」
肉体的には問題ないが、精神的には疲れたな。
「ありがとう楠雄。今回の体育祭、心から楽しめたよ」
「私からもありがとうございます。まさかこんな形で出られるとは思いませんでした」
高円寺と坂柳さんからお礼を言われるが気にするなと僕はその感謝を振り払い閉会式に出るためグラウンドへと向かう。
「……斉木らしいな」
「斉木くんは感謝されたくてしてるわけじゃありませんからね」
「損な生き方をしてやがるな」
僕に続いて綾小路と龍園、椎名さんも歩いてくる。
さらに一之瀬さんと姫野さん、坂柳さんを連れた櫛田さんと橋本たちもやって来る。
これじゃ僕がこいつらを率いてるみたいに見えかねないな。
やれやれ。
こうして去年に引き続き疲れに疲れた体育祭は終わりを迎えるのだった。
体育祭おーわり
バレーはメンツ的に負ける要素なかったのでダイジェストで
大縄も同様
去年はクラスの絆を描いたので今年はくーちゃんが培ってきた人間関係が書けたらなーと……ってど1年次の体育祭も書いたの今年やんけ
1年次みたいなココロオドル展開はありませんでしたが、書きたいことは書けたしよしとしよう。
モテモテくーちゃんを見たママ▶︎体育祭終了後帰宅してすぐにくーちゃんへの尋問を開始。誰とも付き合ってないし、くーちゃん自身が誰とも付き合う気がないことを公言していると聞いて一旦は不問にした。なお1人でも泣かせたらくーちゃんのみ晩御飯のメニューが減る(空助がいる間は何かあれば聞くとのこと。何も無ければ聞いたりはしない)
なお、櫛田さんと一之瀬さんは泣かせてたりする。
坂柳は悶えさせてる。
「みんないい子だからこれからも仲良くするのよ」
『ウス』
「あと事情は聞いたけど無闇矢鱈にお姫様抱っこなんてしちゃめっ!」
『ウス』
「他に帆波ちゃんや桔梗ちゃんに気を持たせるようなことはしてない?」
『……ウス?(多分?思い当たることがないな)』
「そう?ならいいけど……(くーちゃんたまに天然だから心配だわ)」
モテモテくーちゃんを見たパパ▶︎(まぁ僕も楠雄くらいの時はモテたし?羨ましくねぇーし?)とのこと。
昼休み後の空助▶︎仕事するフリしてロボットに撮らせてたくーちゃんのデータ取ってた。そしたらお姫様抱っことかとか二人三脚とか斉木ゾーンとか出てきて笑ってた。
星之宮先生▶︎斉木くん……一之瀬さんとは遊びだっ……いやちゃんと二人三脚してる……しかも甘酸っぱい感じがするわ!えっ!?櫛田さんも斉木くんのこと!?サエちゃんめ……!(関係ない)
体育祭の結果
1位 2年D 2位 2年A 3位 2年C 4位 2年Bでした
Dは本編の言及通り、他クラスでも強力な高円寺、綾小路、須藤が楠雄に群がってるのでそこを避けて出場。女子も堀北や櫛田、小野寺を避けてた。
Aクラスとも被らないように事前に一之瀬と神崎に話を持ちかけて避けるようにしてた。
一之瀬が話を受けたのは「最近の龍園くんなら裏切らないし大丈夫かなーって」とのこと。
Aはくーちゃん以外がやることやってた。
ただ団体競技にはあまり出なかったのと出てもDと組んだのでDより得点が少なくなってる
Cは上位陣が軒並みくーちゃんに挑んで返り討ちにあってはいたけど2位3位獲ってたからこの順位。女子の方は堀北と櫛田が指揮してた。男子は平田。それでも運動能力高い組が使えないので苦戦した
Bは葛城と坂柳が頑張ったが2点差で3位を逃した
元々苦手な運動系の行事だから仕方ないと思いつつリーダー2人は楽しかったしヨシ!
他のメンツは不満があるかと言われれば、こうなることも予想できていたので受け入れている。
個人MVP
男子 楠雄が1位 高円寺と綾小路は同率2位
女子 櫛田1位(テニスで勝ってるのと大縄の1位) 小野寺2位 一之瀬が3位
こんなもんかな
次回から文化祭編かな
また書け次第書きます
ではでは
綾小路の好感度 92
ひよりの好感度 99▶︎140(体育祭終了時点)140……150……180……!?(ボンッ!)
お姫様抱っこされてドキドキしたのが止まらないのと、坂柳がお姫様抱っこされてるの見ていい気がしなかったので、それらを統合して自分がくーちゃんに対して好意を抱いていることを自覚した。
くーちゃんとは図書室とかで会うので会う度に好きになっていくが、それを悟られまいと本に没頭するため奥底の思考が読みづらく、くーちゃんは好感度メーターを出現させないと確認できない。