なお、楠雄とメスガキとはまだ未遭遇。
1年生と2年生がペアを組んで筆記試験に挑む特別試験、パートナー筆記試験が始まってから6日が経ち、7日目となる日曜日。
金曜日には全体の過半数がパートナーを決め終えており、特に2年Aクラスは一之瀬さんの奮闘もあり、あとはテスト本番に向けて勉強を重ねていくだけとなっていた。
他クラスの動向とやらは聞く気がなくても否が応に入ってきてしまうものだ。
葛城と坂柳さんのBクラスは学力の高い生徒が多いことを活かし、学力が低くテストに不安の残る1年生を中心にペアを組みつつ、クラスの勝利も見据えて1年AクラスやBクラスの学力B以上の生徒と葛城や坂柳さん、橋本といった学力が高水準の生徒と組むように手配している。
初めは龍園のクラスのようにポイントによるマネーゲームでの懐柔を戸塚が提案したが、意外にもその作戦を切り捨てたのは坂柳さんだった。
「2000万という多額のポイントで生徒を救済してもらったクラスが、マネーゲームをしていては周りからの心象が悪い。(ポイントを提供してくれた楠雄くんや一之瀬さんは気にしないかもしれませんが、全員が全員、あの2人のように善人というわけではありませんからね)そうは思いませんか?」
善人じゃねぇ、不良に膝カックンしたんでな。
クラス内投票が終わってから角が取れた坂柳さんは葛城と上手く協力しつつクラス運営ができているようだ。
あとはこれで僕のことを放っておいてくれれば言うことはないんだがな。
龍園の方は前述の通り、学力が高く、プライベートポイントを求めている生徒との交渉を進めていたが……他3クラスがポイントなしでのペア成立をしているのを見て方針を変えて行った。
ポイントを払わないとペアを組まないと言う生徒を言葉巧みに誘導して、1年生が提示した額より遥か下で契約した者もいれば、逆にポイントを払わせるということもあった。
直接危害を加えたり、怪我をさせたりということはしていなかったので特に手は出さなかったが、それでも僕の介入を気にしてか2年Cクラスの生徒を張り付かせていたりもした。
僕の存在が龍園にある程度ブレーキとして作用しているのなら、クラスにとっても周りにとっても、いいことなのかもしれない。
2年Dクラスの方は未だに宝泉と交渉は平行線を辿っているようだが、七瀬が今日までに宝泉を堀北さんの前に連れてくると約束していた。
その時間は今日の夜で、人目がつかないようにカラオケボックスで行われる。
話し合いの行方がどうなるかは定かではないが、宝泉がやろうとしている綾小路に差し迫った脅威と、僕に対する異常な敵意への対処はしておかなければならない。
前者に関しては綾小路自身が肉を切って骨を断つことで解決に持っていこうとしているため、手出しする必要はないと考えている。
それに付随して宝泉が僕から綾小路へと興味を移してくれればいいが、それは流石に高望みが過ぎるだろう。
とりあえず、何があってもいいように僕もカラオケで待機しておこうと綾小路たちの待ち合わせ時間よりも少し早くカラオケに入った。
部屋はどこでも良く、1人だったため手狭な部屋に通される。
約束の時間は21時だが、先に着いておきたいという堀北さんは綾小路と須藤との待ち合わせを20時30分に設定していた。
それならば、20時に入っておけば彼らの目に留まることはないと少し先に来た。
カラオケといえば、学生から大人、おじいちゃんおばあちゃんにも人気の娯楽施設だ。
ストレス発散に歌ったり、友人との歓談を楽しんだりする事に使われる施設だが、僕にとってはもう1つ大きな意味を持っている。
それはカラオケで提供されるデザートメニューである。
店舗によってメニューは違ってくるが、チェーン店であればだいたい同じものが食べられる。
しかし、政府管理下で運営されているケヤキモールのカラオケは、既存のチェーン店のカラオケメニューではなく独自の開発がなされており、オリジナルのメニューが豊富に取り揃えられているのだ。
その中でも僕のお気に入りはグランドチョコレートパフェ。
580ポイントという低価格ながらもバニラソフトクリームの下には多種多様なフルーツとクッキーやコーンフレークといったトッピング、そして最下層にはバニラアイス。
さらにそれらを彩り、味を引き立てるチョコレートソースがかかっているという極上のパフェなのだ。
甘党である僕にとってこのパフェは外せない。
オレンジジュースと共に注文すると、僕はカラオケのリモコンを操作する。
歌うつもりはないが何もないというのは寂しいからな、歌詞なしにして好きな曲のMVやアニメ映像を流すためだ。
最近のカラオケは本人映像や、MV、アニメ映像付きのものも多い。
以前までは歌手やバンドの新曲などは登録まで時間が空くことがあったが、最近はその期間が短くなってきた。
春アニメのオープニングもアニメサイズではあるが収録されているし、おそらく最終話の少しあとくらいにフルバージョンやエンディングも追加されていくはずだ。
そんなこんなでグランドチョコレートパフェを食べながら、カラオケ映像を見ていると予定通り20時30分に堀北さん、須藤、綾小路がやって来た。
部屋は僕の部屋の2つ隣だ。
日曜日の夜ということもあり、間の部屋には誰もいないためテレパシーは拾いやすい。
「ところでよ、待ち合わせは9時だよな? 少し早すぎるんじゃねぇのか?」
「いいのよ。先に着いておきたかったから」
夜の9時のことを21時っていうのは1日が24時間であることに起因しているという話は置いておくとして、精神的余裕を持つため、宝泉が罠を仕掛けてくるなどの可能性を考慮して早めに来た堀北さんには気の緩みはない。
須藤の方は相手は所詮1年、しかも僕に膝カックンで倒されたのを見たこともあり、やや舐め腐っている雰囲気があった。
先にドリンクを頼み、フードメニューを頼んで、七瀬たちが来るまで歌うのかと思えば、カラオケを楽しんでいた演出に留めて無駄な体力は使わない方針にしたようだ。
「カラオケに来たのに歌わねぇのかよ……」
歌うだけがカラオケの全てじゃないからな。
最近ではオフ会とかHDMIケーブルが繋げる機器を持って行って、ゲームをする場としても人気があるし、会議なんかで使われることがある。
堀北さんたちの入った部屋は5人で使うことをつたえていたこともあり、僕の部屋と違ってそこそこの広さがあり、テーブルや椅子の数も僕の部屋よりも多い。
人数を多く想定してある分、1人あたりのスペースも大きく、カラオケという目的だけなら満足できる部屋だろう。
それから約束の時間になると七瀬と宝泉もカラオケにやって来た。
「先輩、お待たせしました」
「どけよ七瀬」
七瀬の後ろから声をかけ、強引に七瀬の歩を進めさせた宝泉に堀北さんは言う。
「予定通りに来たのね。てっきり大幅に遅れると思っていたわ」
「俺は行くと決めたら時間を守るタチなんだよ」
ちょっと遅れただけで難癖つけようとしてくる連中が気に入らないと、約束の時間にちょっと遅れてただけで難癖つけてきそうなやつが言っているのを聞きつつ話の行く末を見守る。
「それで? 七瀬の話じゃ俺のクラスに協力してもらいたいってことだったな」
俺のクラスという割には支配するのにまだ少しかかっている様子だったが。
途中まではかなり上手くいっていたが2年生のフロアに来るべきじゃなかったな。
対等な交渉を続けようとする堀北さんに対して、宝泉は強気な姿勢を崩さない。
プロテクトポイントのことを使って話を優位に進めようとするも、そもそもの話の着地点が違う宝泉には意味がない。
結局、話し合いは宝泉が堀北さんに水をかけたところで決裂し、堀北さんが部屋を出る。
(思ったより濡れなかったわね)
(思ったより濡れてねぇな)
(思っていたより濡れていないな……それよりも、だ。斉木に連絡しておくか)
宝泉は堀北さんの顔を狙って水をかけていたが、春になったとはいえまだ肌寒いからな。
少しだけ手を貸してやった。
とはいえ完全に濡れていないのは不自然だから拭けば取れる程度にしておいたが。
【綾小路清隆:今、カラオケを出た。恐らく寮の裏手に誘い込まれるはずだ。来てくれると助かるが、無理にとは言わない。ただ、来てくれなかったら金曜日に言ったお手製コーヒーゼリーはないと思ってくれ】
僕は予め綾小路から今日の件について相談を受けていた。
もし、宝泉が暴力に訴える交渉に出た場合、須藤と堀北さんで対処できなかったら綾小路は自身の左手を怪我させてでも宝泉を止めるつもりでいる。
その事については話さなかったが、宝泉から手を出してきたという証拠が欲しいと、僕に録画してほしいという依頼だった。
1年生の寮ならワン切り、2年生なら2回コール音を鳴らし、3年生なら3回というふうにどの学年の寮かを知らせる合図のメールも確認し、了解とだけ返す。
そうしていると、堀北さんたちが出て話す七瀬と宝泉の声が聞こえる。
「(宝泉くん、わざと外したんでしょうか?)いいんですか宝泉くん」
「(くそ、なんだここのコップ、バカみたいに重かった気がするが……)向こうが交渉のテーブルから降りたんだ。こっちから歩み寄ることじゃねぇよ(それにしても……ようやく外に出やがったか)」
最後の意見は宝泉と同意だな。
3人が会計し、更に宝泉と七瀬が支払いをした後に、5人の気配が消えたところで僕も支払いをすませる。
これでお開きというわけではなく、本番はここからである。
寮は違えど、場所はほぼ同じで、帰り道は必然的に5人は文句言うことなく並木道を歩いている。
その後ろをまた僕が歩いているが、須藤は宝泉ばかりに目が言っているため僕のことには気づいていない。
望んだ状況になったことで宝泉はおかしそうに堀北さんに声をかける。
「待てよ」
「待つ必要はないでしょう。もう話は終わったのよ」
突き放す対応しかしない堀北さんだが、宝泉が下がることはない。
「お前の言った通りだ堀北。俺はあの日、2年Dクラスに会うために出向いたのさ。この学校でDクラスってのが最下層なクラスってのはすぐに分かったからな。他の3クラスに舐められた扱いをされるくらいなら、同じDクラス同士で手を組むのが一番手っ取り早い」
「だから?」
「だから? じゃねえよ、お前、本当に交渉決裂でいいのか? 俺とお前は似た者同士……同じようなことを考えていたリーダーってことなんだぜ?」
「あなたが私たちに法外なプライベートポイントの要求をし続ける限り、それが変わることはないわ」
「なら、このままランダムになってペナルティを受ける覚悟で特別試験をやるつもりか?」
「そうね。必要ならペナルティを受ける覚悟を持つつもりよ」
長いな……。
テレポートで先回りしてもいいんだが、監視カメラを完全に躱しての帰宅は不自然に映るからな。
それにあの5人がいる位置がガッツリ監視カメラに映る場所のため、5人を追い抜いて寮に戻ると学校側に不審に思われかねない。
(仕方ねぇか。まぁいい、200万、300万を惜しんで地獄を見るのを選んだのはアイツらってことだ。この試験はついで、本命はあっちだからな)
宝泉も堀北さんがポイントを払う気がないと理解したのか、実力行使に出るために完全に対等な協力関係を認めることを示唆しつつ、人目につかない場所へと行くことを提案する。
「ここじゃ人目につく可能性もあるからな、場所を変えさせろよ」
「だとしても寮の中には連れていけないわよ」
「安心しろ。寮の裏手でもなんでもいい。少しの時間があればな」
提案を拒否したり、宝泉有利な条件ばかり出したかと思えば、また話を聞くという姿勢を見せる宝泉を不気味に思いつつも、堀北さんは宝泉の提案を受け入れる。
「いいわ。あなたに10分あげる」
「こっちだ」
そうして、5人は去年堀北元会長たちが使っていた寮、今は1年生たちが使っている寮へと歩いていく。
そして、寮の正面から回り込んで裏手側へと場所を移す。
ここは一際暗く、静かでありゴミ出し以外で通ることはない。
綾小路から着信が来て出ると、宣言通りワン切りされる。
「それじゃあ再開しましょうか。こちらの出す条件は何も変わらないわ。それでいいのよね?」
「そうだな……」
考える仕草を見せたようで、その実何も考えていない宝泉は、予め言うと決めていた言葉を言うために右手の人差し指、中指、薬指を立てる。
「300万。お前らが俺に貢げば今すぐにバカどもを救済してやる」
さっきは200万で、さらに上乗せの300万か。
将来はぼったくりバーの店長だろうか。宝泉の提案には、言葉を発せない僕はもちろん、宝泉の目の前にいた全員が黙り込むしかなかった。
「(決裂した交渉を戻すためじゃなく、更にポイントの上乗せ? もはや常識が通じる相手じゃないわね……交渉をしようとしている私がバカみたいじゃない)あなた何を言っているの?」
堀北さんは繰り返しため息をつくと宝泉に真意を問うが常識の通じない宝泉は堀北さんをコケにするように言う。
「わかんねーのか? 300万。それさえ払えば組んでやるって言ってんだ」
「お前、ふざけんなよ。こっちは1ポイントも出さねーってさっきから言ってるだろ!」
「ふざけてねぇよ。だからこうして、もう一度交渉の場を作ってやったんじゃねえか」
堀北さんや七瀬に作ってもらった交渉の場を、あたかも自分が演出したかのように言う宝泉に、堀北さんはとうとう交渉の余地はないと諦観の姿勢を見せるを
「耳を貸そうとした私の判断ミスね」
そして、この場所に来てしまったこともミスだと堀北さんは悟ったらしい。
「待てよ。帰れると思ってるのか?」
「人目につかないこの場所なら、あなたお得意の暴力行為が通じるとでも?」
「少なくとも、お前らを半殺しにするくらいは出来るんだぜ?」
「斉木くんの膝カックンで膝をついた人にできるのかしら……」
まさか本気で物理的な手段に打って出るとは思っていない堀北さんは宝泉がこの学校に来てから1番気にしていることを口にする。
それを合図にするように、傍に立つ七瀬が堀北さんから顔を背けた。
(すみません、堀北先輩、須藤先輩。でもこれも全て、綾小路清隆を退学させるためです)
(殺す!)
堀北さんが踏み抜いた地雷が起動し、宝泉の身体が動く。
携帯のカメラを動画モードにして撮影を試みるが……暗いから勝手にライトがつくな。
これ……どうすればいいんだ……?
「鈴音!!」
そうしている間に須藤が叫んで、堀北さんのところに駆け寄ると腕を引く。
直前まで堀北さんが立っていた場所を宝泉の鋭い蹴りが駆け抜ける。
そして、逃がさないとばかりに宝泉の巨躯が堀北さんへと詰めようとして、七瀬が僕の携帯のカメラの光に気づく。
「(カメラのライト!?)待ってください宝泉くん! 茂みに誰かいます!」
「なに?」
消し方が分からなかった。
流石にカメラの明暗を超能力でどうにかするのは……できなくは無いが僕が発光することになってしまうから、余計に目立ってしまうな。
「なんだお前ら、こうなることを読んで仲間を呼んでたのか? 出て来いよ!」
やれやれ、仕方ないな……。
僕は手を挙げて抵抗はしないという意志を見せて5人の前に出た。
すると、僕がいるとは思わなかった堀北さんと須藤、七瀬は驚きの表情を見せる。
「斉木くん!?」
「斉木、なんでそこに」
「斉木先輩……(まさか綾小路先輩が……?)」
驚く3人に対して、宿敵というほどの間柄になった覚えは無いが、宝泉からすれば僕が来たことで彼が望んでいた状況へと一変した。
「ククッ、クククッ、くハハハッ! マジかよ! 最高だぜ! まさか、お前が出てくるとはな! ハハッ!」
思惑外の存在であるはずの僕を見て愉快そうに笑う宝泉は、顔とお腹を抑えて大喜びだ。
しかし、関係者ではない僕が、暴力行為を辞さない姿勢を見せている宝泉の前に来てしまったことは堀北さんには想定外だった。
「斉木くん、どうして……」
堀北さんはそう呟いてすぐに、僕の登場に声を出すことも驚くこともなかった綾小路へと目を向ける。
「まさか、あなたが呼んだの?」
「……ああ(まさかあんなバレ方をするとは思わなかったが……)宝泉が手を出してきた時、交渉の材料になるかもしれないと動画の撮影を頼んでいた」
正直に綾小路が僕を呼び出したことを認めたことで、堀北さんは綾小路を責める視線を向ける。
しかし、再び動き出した宝泉を見て須藤が口を開く。
「鈴音!」
「何を……っ!?」
本気で仕掛けて来た宝泉はまたも堀北さんを狙う。
それは僕や綾小路、須藤に、俺は女でも容赦しないと伝えるためのものだ。
現に堀北さんが受けていれば打撲になっていたであろう威力の拳が須藤のクロスした腕にのしかかる。
「ぐっ!」
「どうした!? そんなもんかよ!」
「上等だ! 鈴音に手をあげるやつは容赦しねぇ!」
本当に愉しそうに笑う宝泉は須藤に対して攻撃を仕掛け、好きな人が傷つけられそうになったこともあり、須藤もそれに応じる。
「なにを、なにを考えているの……!」
本気で始まってしまった喧嘩に、堀北さんは動揺を隠せずに言う。
門限を過ぎているのもあるが、こんなことがバレれば、停学……最悪の場合は退学になる。
僕はと言うと要チェックや! と携帯で撮影するために携帯を構えようとしてそれを七瀬に阻まれる。
綾小路も同じくだ。
今まで堀北さんと信頼関係を築いてきた七瀬の行動しては信じられないと声をあげる堀北さんに、七瀬が言う。
「堀北先輩、この学校は昨年度とは少し異なる事情があるのではないのでしょうか」
「は……? (何を言っているの、この子は? なんで、そんな冷めた目で……!)」
「先輩たちが去年までのことをよく熟知しているように、私たち1年生は今の状態を先輩たちよりも理解しています」
「どういうこと……?」
「私たち1年生の代表者数名は、生徒会室に呼び出され南雲生徒会長から直々に説明を受けました。今年からこの学校はより実力主義にしていくため、自由な形を作っていくと」
七瀬が思い浮かべている代表者の中には僕も知る1年生の顔があった。
Aクラスの男子はわからないがBからDまでは僕に対して何らかのアクションを起こしてきたりしたやつらだ。
八神は知らん。
「(そんなことが……?)喧嘩が自由な形だとでも言うつもり?」
「そうは言いません。ですが宝泉くんが確認した限りでは、多少の喧嘩は学生にはつきもの、去年のように厳しい審判を下すことはないと南雲会長は約束していました」
堀北さんの兄である堀北元会長とは違い、南雲は喧嘩に対して寛容的な考え方を持っている……というよりは月城の思惑も入っているのだろう。
これまでの生徒会は生徒同士の揉め事の仲裁役として働いていたが、学校側が喧嘩をある程度容認するということが本当であれば、問題行動にはなりにくい。
堀北と七瀬の会話が進む中で、宝泉対須藤は優劣が決していた。
性格と気性故に敵を作りやすかった須藤は多くの喧嘩をこなしてきたのだろうが、恵まれた身体能力と体格で、敵などほぼいなかったことは彼の心を読んでいてもわかる。
しかし、宝泉は喧嘩の中で生きてきた。
経験の差もあるが、1年という歳の差を感じさせない巨体と剛腕、見た目に似つかわしくない俊敏な動きは、龍園が警戒するに値する。
多分、体格で優れる山田アルベルトや技巧のある堀北元会長でも宝泉に勝つことは難しいだろうな。
「こんなことをしても誰も得をしないでしょう!」
一方的にやられる須藤を見て堀北さんが声を荒らげ、ビクビクと怯えて見ているフリをしている僕と綾小路を見る。
(斉木くんのは不意打ちの攻撃だし、綾小路くんは足が速いだけ……)
頼りない男ども認識されてしまった僕たちから視線を外した堀北さんの前には未だ喧嘩を繰り広げる宝泉と須藤の姿がある。
「おい須藤、堀北の顔を見てみろよ。お前を情けないって残念そうな顔で見てるぜ」
(なっ……!)
反撃返しだと意気込んでいた須藤に、宝泉はそう言って堀北さんの方を指さす。
戦いの中での、宝泉のそんな無防備な行為に須藤は堀北さんからそんな目で見られているとは知らず、振り返ってしまう。
もちろん、堀北さんはそんな顔をしていない。
須藤を心配し、言葉の届かない宝泉をどうやって止めるべきか悩んで見つめていただけだ。
しかし、須藤の気の緩みを宝泉は見逃さない。
(馬鹿め……!)
(しまった……!?)
終わりだな。
宝泉の罠だと気づいた須藤はすぐさま、目の前の敵へと振り向くとも、視界に入ったのは凶悪に笑った宝泉の顔。
須藤はそれを見ることなく頬に強烈な一撃を叩き込まれるはずだった。
僕はその前に七瀬に取られていた携帯を取り上げ、それをそのまま宝泉へと投げつける。
「っつ!?」
恐らくそのまま投げれば時速170キロは出てしまうため、かなり手加減して投げたがそれでも148キロの鉄塊が飛んでくれば宝泉も本能的に仰け反る。
避けてくれなきゃ宝泉の腕が……! になるところだった。
「ちっ! また不意打ちかよ、斉木楠雄!」
不意打ちしようとしていたやつがよく言うな。
須藤の堀北さんへのラブパワーみたいなもので勝ってくれるかと期待したが、観察眼に優れる綾小路の前で超能力による援護は不自然に映る。
それにこのまま一方的な暴力を受けて、テストも控えているのに怪我をして年下に負けてしまい、勉強に集中できない、ということになるのも可哀想だ。
「斉木(いいのか?)」
宝泉にいたぶられる須藤を見ながら、宝泉の目的を考え、喧嘩の果てに望むものがなんなのかを思案していた綾小路はその答えが出ていない。
おそらくは、宝泉がナイフを取り出すまでは確証を得られないだろう。
その間に須藤はさらに痛めつけられるかもしれないし、堀北さん、さらにはクラスメイトであるはずの七瀬にも危害を加える危険性が今の宝泉にはある。
『なら、君がやるか?』
「(やってもいいが……宝泉の真意がわからない。天沢と何をしたのかが、まだ)いや……」
「次はてめぇか? 斉木楠雄」
綾小路と話していると待ってたぜと獰猛な笑みを浮かべている宝泉に、僕は『やれやれ』と宝泉に1歩近づく。
それを見て僕の隣まで後退してきた須藤と堀北さんが声を荒らげた。
「やめとけ斉木! こいつは……! (正面からじゃお前には……!)」
「そうよ! いくらあなたでも!」
楠雄に無理なら全人類無理でしょと父さんやあいつなら言うだろうな。
久しぶりに運動してみたかったし、柴田のせいでちょっとドラゴンボール脳なんだ。
さて、宝泉は僕のウォーミングアップに付き合ってくれるかな。
今回は次回予告にあるような会話パートはなしです。
代わりに宝泉くんのコメントを置いておきます
「ウォーミングアップでお終いにしてやるぜ」
綾小路(斉木の携帯大丈夫か……?)
楠雄《クラスメイトの心配をしてやれ》
前回天沢との接点作るために綾小路と勉強してたら天沢が来て〜みたいなこと書きましたが、
①綾小路の部屋で勉強しても周りには伝わらない
②この日は彼女の軽井沢と勉強
③仮に外でやると天沢とのエンカウントが発生しない
などの点から(あ、無理だわ)と早々に諦めさせていただきました。
やっぱり燃堂みたいに思いつきで書いてもダメだね。
なお、後で考えたのは椎名交えて図書室で3人で勉強してて、楠雄が問題の内容を予知で見てしまい『難しいというのならこういうのも出るのでは』と測度論とべルーグ積分という高校から逸脱した問題を3人でやる。
椎名も数学は満点近くを取ってしまい、「斉木と悪ふざけで解いた問題が出た」という方便ができた綾小路が満点を取る……みたいな展開でしたが無理があるやろということでやめました
悪ふざけでも解くなってなりそうなのでね。
では宣言通り次回で2年生編1巻は終わるはずです
また次回