換気のためなのか校舎の廊下の窓はいくつか開け放たれていて、窓の外から入ってくる秋風が校舎を吹き抜けていくのを感じながら私は図書室へ向かいます。
昼休みが始まって20分ほどということもあり、まだ昼食の生徒の方が多く、人気のない廊下を少し早歩きで進みます。
昼休みの図書室はいつも以上に閑散としていて、広い空間に対して滞在している生徒は数える程しかいません。
特に最近は文化祭の準備期間ということもあってか、ここに顔を出すのは私くらい。
私のクラスの文化祭の出し物のメインは和装メイド喫茶です。
まずは給仕や接客の方を打診して、トレーで食事を運ぶ練習をしてみましたが、龍園くんに「ここはドジっ子カフェじゃねぇ」とクビにされてしまいました。
人と対話するのは得意ではありませんし、動き回るのも不得手なので仕方ありませんが、和菓子作りならと立候補してみました。
「本格的すぎる」
「味も見た目も悪くないが材料費が予算を超える。クソメガネにでも食わせてろ」
そう散々言われて料理係もクビになってしまい、結局は会計専門に落ち着きました。
お金の計算はできるので構わないのですが、何か新しいことをやってみたいという気持ちに身体がついてこないのは無念です。
「給仕の方もクソメガネに教えてもらったらどうだ? 案外手とり足とり教えてくれるかもしれねぇぞ」
そう揶揄うような笑みを浮かべながら言ってきた龍園くんの脛を蹴って、私は図書室にやって来ました。
ここは本当に落ち着きます。
本に囲まれていて、穏やかな気持ちになれる。
文化祭のこともあって長く居れるわけではありませんが、それでも少しでも本に触れられる時間を大切にしたい。
放課後は教室の手伝いもありますし。
今日はどんな本を読みましょうかと本棚の前に立ち、司書の先生のおすすめコーナーが更新されているのを見て近付いてみます。
普段はミステリーを多く嗜みますが、たまには違うジャンルの本を読んでみてもいいかもしれないとタイトルが気になった本を手に取ってみます。
タイトルとあらすじだけでは何とも言えませんが、おすすめされる本であれば面白いのでしょうとそれを手に取ってみます。
少し読んでみると、メガネをかけた地味な男の子がクラスで1軍と呼ばれる女の子を助けてあげて、そこから徐々に関わりが増えていく……というものでした。
メガネの男の子と1軍の女子と見て、私が思い浮かべたのは斉木くんと櫛田さんのことでした。
2年生どころか学校中でも櫛田さんが斉木くんに告白したという噂になっています。
学年どころか校内トップの実力を持つ斉木くんと、校内でも人気があって女性の私から見ても可愛い櫛田さんはとてもお似合いなように感じます。
石崎くんの話ではテニスで抱き合ったりしていたようですし。
お姫様抱っこされたくらいで舞い上がっていた私が愚かに感じるほど、2人は仲が良いみたいで……帆波さんとも仲がいいようですし……斉木くんが石崎くんのような下心があるとは思えませんが、石崎くんの言っていたことは本当なのかもしれません。
「男ってのはおっぱいが好きなんだよ!!」
それを思い出して自分のものに目を落としてみますが、あまり自信はありません。
ちなみに山田くんはお尻派というあまり知りたくない情報を知ってしまいましたが……。
ただ、斉木くんは他人の容姿には興味がないようですし考えるだけ無駄かもしれません。
体育祭やこの前中間テストでも少し面倒を見てもらい、去年の体育祭の時にも感じたことですが、斉木くんはどこか人が努力してそれが花を開くのを嬉しそうに……いえ、どこか羨ましく思っているような顔をしていたように思います。
この学校の大抵の生徒は彼のことを全知全能でなんでもできる方だと思っていますが、実は意外に不器用だったりしますし、それになんでもできるわけじゃなくて、自分にはない想像力やインスピレーションを持つ作家や演出家の作る作品に惹かれて読書や映画鑑賞などが趣味になったのではないかという気がしています。
あくまで推測であって確かめたことはありません。
ただ斉木くんもまた普通の男の子であって、学校の皆さんが思うような完璧な人間ではないと私は思って……思いたいだけなのかもしれません。
そう考えるようになったのも私が斉木くんのことをよく見てしまうようになったからで、知り合った頃には本の話ができる初めての友人くらいの認識でした。
それが最近ではそうも思えず、彼に惹かれている自分に気付いてしまいました。
身体が触れ合うと心がザワついたり、彼が他の女性と仲睦まじくしているのを見ると目を逸らしたくなる。
そんな今まで他人に抱いたことのない気持ちに戸惑ってしまいます。
読んでいたはずの本のページが止まっていることを思い出し、再び読もうとして図書室に人が増えていることに気づきます。
「珍しいな、本を読んだまま固まってるなんて」
「っ!? あ、綾小路くん……こんにちは」
私は平静を装ってそう言うと綾小路くんもまた会釈を返してくれます。
いつから前にいたのかは分かりませんが、私が固まっていたことを知っているのであれば数秒ということはないでしょう。
「この本を読んでいたら考えることがありまして」
「そうなのか? タイトルは……」
変に誤魔化して墓穴を掘るよりはいいと思って素直に物思いに耽っていた理由を話すと、綾小路くんは私が読んでいる本を見つめてきます。
「君に恋なんて……」
タイトルを読み上げられて私は即座に本を隠すと綾小路くんは不思議そうな顔をしてきます。
「それって確か恋愛小説だよな」
「そう、みたいですね。司書さんのおすすめコーナーにあったので、たまにはいいんじゃないかなと思いまして」
「なるほど」
あまり納得のいっていない様子ではありますが綾小路くんはそれ以上追及してくることはありませんでした。
綾小路くんも司書さんのおすすめコーナーを見に行き、そこで1冊本を持ってくると席に着きました。
こうして綾小路くんと同じ空間で本を読むことは珍しくありません。
彼はこの図書室の常連客とも言える存在で私と同じくミステリーの類が好きな方です。
知識も豊富ですし、本を読み終えたあとの感想や意見も合うため貴重な読書仲間の1人としてとても仲良くさせていただいています。
読書仲間はもう1人、斉木くんがいるのですが、綾小路くんほど頻度が高いわけではなく、彼は3日か4日に1度立ち寄っては新しく入ってきた本を借りていきます。
この前来たのは2日前なのでそろそろかと思いましたが今日は来ない日のようです。
放課後に来たとしても、放課後は私の時間が取れないので会うことは出来なさそうです。
会いたいのであれば自分から足を向ければいいのですが、その勇気は私にはありません。
「また止まっているな」
「えっ?」
綾小路くんにそう言われて、私はまたもや手が止まっていたことを指摘されます。
「……もしかして悩み事とかあるのか?」
「いえ、そういうわけではないんです」
またもや同じ失態をおかすと、流石に綾小路くんも不審に思ったようでそう声をかけてくれます。
いつも通りに戻ろうとして、結局上手くいかなかったせいで余計に心配させてしまったようです。
「俺には話しにくい内容なのか?」
「そういうわけではないんですが……」
自分が斉木くんに対して恋焦がれているだなんてことについて悩んでいると言えるわけもなく、私はそう伝えようとして、綾小路くんに恋人ができたことを思い出します。
「綾小路くんは軽井沢さんと付き合っているんでしたよね?」
「ん? まぁ、そうだな」
「それは、どちらから告白したかなど……馴れ初めというやつはあるのでしょうか?」
話しにくかったり、言いたくなければ結構ですのでと言うと綾小路くんは首を振ります。
「いや、問題ない。馴れ初めというと、関わりが生まれた時のことだよな。俺と恵は同じクラスだったがほとんど話すことはなかった。けど、話すようになったのは1年生の時の船上試験で同じグループになったからだな」
そこから関わりを持って、今年の春休みに綾小路くんの方から告白したのだと言います。
「綾小路くんは軽井沢さんのどのような点に好意を持ったのですか?」
「そうだな、オレにはない明るさやポジティブさとか喜怒哀楽がハッキリしてるところとかだな」
「なるほど」
軽井沢さんはギャルと呼ばれる明るく派手な人柄ということは私も聞いています。
綾小路くんが惹かれたのは軽井沢さんの外見ではなく属性ということなのでしょうか。
自分には無いものを他人に求めるというのはよくある話ですが、私は別に斉木くんに何かを求めたいわけではありませんし。
「どうしてそんなことを聞くんだ?」
「いえ、恋愛小説を読んでいて、世の中の恋人というのはどういう出会いをして、どう付き合うのかと気になってしまって」
それらしい理由を述べると「確かにそれならオレはちょうどいいサンプルだな」と頷いてくれる。
「すみません、そんなつもりは……」
「構わない。オレの経験でひよりの見識が広まるなら安いものだ」
そう言ってもらえて嬉しい気持ちもありますが、同時に少し気になることが出てきました。
「そういえば、軽井沢さんは綾小路くんが他の異性と親しくするのは許してくれるタイプなのですか?」
「いや……あまりいい顔はしないと思うな」
綾小路くんは1年生の頃のペーパーシャッフル試験で退学を回避するために勉強会をするためのグループを作ったと聞きます。
そこには2人の女性がいたはず。
カフェテリアやケヤキモールで遊ぶ姿が見られていたそうですが、軽井沢さんと付き合い始めてからはそのような姿は見られなくなったとも耳にしています。
これが綾小路くんが恋人ができたから節度を守った付き合い方に移行したか、軽井沢さんが嫌がったのか。
珍しく教室で食事をしていた龍園くんと橋本くんが話していたのを覚えています。
「ありゃ軽井沢が嫉妬したんじゃないか? 私の清隆を取らないで〜! って」
「気色悪い言い方すんなよ。普通に綾小路が女ができたから捨てたってオチだろ」
「言い方悪いな。せめて一途になったとか身を固めたとか言ってやれよ」
高円寺くんと斉木くんもいましたが興味がなかったのか、2人でゴールデンウィーク中にどんなスイーツを食べるかという話をしていましたが。
たまには和菓子の気分と言っていたのでおすすめの和菓子を紹介させていただきましたが、あの時は喜んでいただけたようで良かったです。
その事を思い出していると綾小路くんとの話に戻ります。
私とこうして話しているのは大丈夫なのかと尋ねれば、綾小路くんはすぐに頷きます。
「いや、ひよりのことは問題ない。読書仲間ということは伝えているし、こうして図書室で会うことは許してもらっている」
「そうなんですか?」
まぁ図書室は色んな人が来ますし、私を避けていたら綾小路くんの足が図書室から遠ざかってしまいますしね。
それに貴重な読書仲間が失われるのは私も嫌ですし。
「それなら良かったです」
「あぁ」
そんな話をしていると昼休みの終わりが近付いてくる。
「そろそろ戻りましょうか」
「そうだな」
「すみません、本を読む時間を奪ってしまって」
「気にするな。さっきも言ったがひよりの見識を広げられたなら喜ばしいことだ」
綾小路くんから恋人のお話を聞けたことは今後何かしら意味を持つことになるかもしれません。
この世に意味の無いことなんてないのですから。
「ありがとうございます」
そうお礼を言って2人で図書室を出ます。
文化祭まで残り僅かな日数ではありますが、これが終われば修学旅行がやってきます。
橋本くんたちの話によれば満場一致試験においてどのクラスも北海道へと投票したことが分かっているので、試験の結果をしっかりと反映するのであれば北海道になるでしょう。
学校側がどんな日程にするかは定かではありませんが、少しでも楽しいものになればいいなと願わざるを得ません。
出来ればスキーなどはしたくありませんが、最近は少し運動もできるようになってきましたし、それに、もしかしたら斉木くんが教えてくれるかもしれませんし。
「やっと笑顔になったな」
「えっ?」
綾小路くんに言われて、私が今笑っていることに気付きました。
「何か楽しいことでもあったのか?」
「いえ……」
つい妄想をしてしまったことを謝罪しながら私は頭の中で妄想を膨らませてしまいました。
「気が早いですが、修学旅行のことを考えていました」
「確かに少し早いな。文化祭の方はどうなんだ?」
「はい、龍園くんが張り切っているおかげでもうほとんど完成していて……あとは練習を重ねて当日に臨むだけという感じです」
「そうか」
そんな他愛もない話をしながら私たちはそれぞれの教室へと戻りました。
戻ってきた私を教室を出る前に脛を蹴ったことを怒っているのか、龍園くんは一瞥してきて少し眉を顰めますが、特に何か言うことはなく視線を戻して木下さんや西野さんへの指示出しに戻ります。
昼休み中も文化祭のために頑張っているようです。
最近の龍園くんは誰かを傷つけたり陥れるといった悪いことはせずに、学校のルール内で自分にできる最大範囲のことをやっているという感じです。
その結果が体育祭での1位に結びついたのかもしれません。
斉木くんや橋本くんと仲良くなった影響が出ているのでしょうか。
龍園くんが斉木くん達とご飯を食べに行ったという話を石崎くんや伊吹さんから聞く度に少し羨ましくもありますが、龍園くんの心の成長に繋がっているのならと思うようにしています。
そういえば斉木くんの広背筋がどうとか言っていたことありますが、あれは一体なんだったのでしょうか。
ひよりの心情が書いた特典SSが読みたい!
乙骨先輩、特典SSを集めた本を作ってくれ、必要だろ。
(あの感じだとクソメガネには会ってねぇな)という顔。
龍園はくーちゃんがいないとこだとクソメガネとかヘアピンなどくーちゃんの外見的特徴で言いますが本人の前で斉木呼びになります。
特に意味は無いとのことですが、クラスメイトの前でくーちゃんと仲がいいと思われたくないからではとひよりは分析していたり。
綾小路(やけにオレと恵のことを聞いてきたが……もしかして嫉妬しているのか……?)
次で文化祭前日になります
何話で終わるかにゃ
ひよりんがくーちゃんと同じクラスの場合▶︎ほぼずっと一緒なので恋人というよりは相棒(燃堂じゃねぇよ)というポジション
ただやってることは恋人に近いので龍園や石崎、伊吹から「いやお前らもう付き合えよ」と思われる。
くーちゃんはひよりを大切にするし、ひよりもくーちゃんのことを気遣い敬い大切にするので特にすれ違いや喧嘩もしない。
2人で図書室にいたり、映画館行ったり、互いの部屋でドラマみたり感想言い合ったりしてそのままご飯食べたりする程度の仲らしい。
このルートだと龍園の影に完全に隠れることもあってくーちゃんの強さが露見しないので平穏そのもの。
他クラスの問題にも退学が絡まない限りは介入しないし、なるべく自クラス優先。