新規の生徒会役員の確保は難航していた。
そもそも意欲的な生徒は一之瀬さんや葛城のように早い段階で生徒会入りを希望しているものだ。
3年生の引退に伴い生徒会役員が入れ替わるというタイミングでも現れないとなれば、生徒会役員という立場に興味のある者は居ないということなのだろう。
そんなことを考えながら坂柳さんの故意的な待ち伏せ、一之瀬さんと櫛田さんの偶然を装った待ち伏せを躱して通学路を歩く。
3人とも偶には本当の偶然というものに任せてみるのも悪くないと思うぞ。
それなら僕にも避けようがない。
災難体質であるきらいのある僕ではあるが、神のいたずらや偶然という僕にもどうしようもないこと以外なら僕は回避できるからな。
「あ、斉木先輩、おはようございます」
だから、こういう通学路でたまたま出会った後輩との会話というものは避けようがない。
通学路にも監視カメラはあるし、登校中の生徒の目もある。
瞬間移動や透明化をするほどの事ではないが、やはりどこからか見られているというのはあまり心地よいものではない。
そう言いつつも僕は見たくもないのにみんなの身体の外から中身まで丸見えなので、周りのみんなの方が心地よい気分はしないだろう。
「(どうしたんでしょう、私の事じっと見て……)あの? どうかしましたか、斉木先輩?」
じっと見るつもりはなかったが、目線を向けるところが声をかけてきた七瀬の額くらいしかなかったせいでそこしか見ていなかった。
頭突きの強そうな頭蓋骨をしている七瀬にリアクションを取ると七瀬はぺこりと頭を下げてくる。
「修学旅行に行かれる前にお会いして以来ですね。どうでしたか? 修学旅行は」
そういえば、下校中に天沢と一緒にいて少し話をしたんだったな。
どんな話をしたのかと思い返しつつも、まずは七瀬の質問に答えてやるかと修学旅行の思い出を振り返るが、一之瀬さんからの告白が強烈すぎる。
お風呂が気持ちよかった以外の記憶がないな。
「お風呂? 旅館のですか? それはいいですね、私も温泉好きなので」
それはいい趣味をしてらっしゃる。
他にはそうだ、北海道味噌バターコーンラーメンを食べたな。
あとは牧場にも行った。
思い出せば結構あるものだと思いつつ、修学旅行前にどんな会話を七瀬としたか思い返してみる。
確か、天沢が変わりつつあることや、他の1年生にも変化が見られるという話だったか。
その時に些細なことでも可能な限り相談してください的なことを言われた気がするな。お言葉に甘える訳では無いが、興味があるか聞いてみるかと一之瀬さんが天沢に言っていた条件なども合わせて伝えてやる。
「生徒会メンバーの募集ですか(そういえば南雲会長の代は今月でみんな引退するんでしたね)」
3年生は南雲と桐山以外は既に引退していて、その南雲たちも今週には引退手続きを終わらせて受験や就職活動を控えた3年生となる。
「それを何故斉木先輩が? 生徒会ではないですよね?」
南雲に厄介事を押し付けられたと話して、誰かいいのはいないかと尋ねると七瀬は「そうですね……」と顎に手を添える。
「条件は学力B以上の生徒で1、2年生から1人ずつ、ですよね」
そう言われているが別に必要ない気もするな。
2年生の3人は優秀であの3人だけでも生徒会を回すことは可能だろう。
それに下には八神と阿賀といった頼りになる1年生もいるらしい。
僕と一之瀬さんをくっつけようとする南雲のつまらないお節介に付き合う理由は特にないのだ。
「でしたら、私、立候補したいです!」
七瀬は鼻息を鳴らして前のめりにそう言ってくる。
南雲の出した条件は全てクリアしているし、人格面も大きな問題はない。
目的達成のために倫理観が欠如する部分は一之瀬さんと葛城に矯正してもらった方がいいだろうし、七瀬の成長にも繋がるだろう。
そして何より入会の条件に僕が入っていないのがいい。
実にいいッ!
『わかった。僕から一之瀬さんには入会の打診があったことを伝えておこう』
「ありがとうございますっ!」
一之瀬さんは七瀬のことをよく知らないため、OAAを確認してからの判断になるだろう。
他の役員も概ね問題ないだろうが、宝泉との1件があって七瀬に対して不審感があるかもしれない堀北さんが何か言ってくる可能性はある。
ただ、後日ちゃんと謝罪をしているし、一之瀬さんが許可すれば問題はない。
「えっと、私は放課後までどうしていればいいでしょうか!?」
普通に授業を受けていればいいんじゃないか?
そういえばこいつの担任はあのドMか。
宝泉を弄って遊んでいるらしいが七瀬は何もされていないのだろうか。
「いえ、私は特に何も。宝泉くんは最近は斉木先輩の女装にときめいたことをネタにされていますね(どこで知ったのかは知りませんが。肩に栗子命と入れるか悩んでいましたし、いじられても仕方が無いかもしれません)」
可哀想な宝泉。
今までしてきたことを考えれば、因果応報とまでは言わないが回り回ってきたものがあるのかもしれない。
力でも、謀略でもどうにもならない担任にあたった不幸を呪うしかないな。
「でも、空助先生が宝泉くんをイジるおかげでDクラスは独裁体制でなくなり、ある程度のまとまりを見せていますし、悪いことではないので私たちは気にしていません」
気にしてやれよそこは。
まぁ、七瀬や他の生徒に迷惑をかけていないのであれば別に構わないか。
ひとまず、一之瀬さんから承諾があり次第連絡するために連絡先を交換する。
「どんな形でも連絡先が増えるのは嬉しいですね(それも校内一の実力を持つ先輩のはなんだか特別な気がします)」
そんな大したものじゃないと思うがな。
しないとは思うが変に拡散しないでくれと頼んでおくと七瀬は敬礼して「はいっ!」と応じてくれる。
「それでは、連絡お待ちしています!」
元気だなと1年生の教室のある方へと向かっていく七瀬を見送り、僕もまた教室に向かうことにする。
そして、一之瀬さんが来てから七瀬が生徒会に入りたいと言っていたことを話すと彼女は嬉しそうに頷く。
「そうなんだ! うん、OKだよ! (楠雄くんの紹介なら悪い子じゃないだろうし!)」
そう言って一之瀬さんが承諾してくれたのですぐさまメールを送ってやる。
すると、今日の放課後に挨拶に行きたいというメールが返ってきたため、一之瀬さんにそれを伝える。
「真面目だね。わかった。櫛田さんも了承してくれたからこれでクリアだね」
どうやら僕を待ち伏せてる者同士で話がまとまっていたのか、1、2年生から1人ずつというミッションをクリアできたらしい。
良かった良かった。
これで僕は用済みだなと読んでいた本に目を落とす。
(七瀬翼くんか……どんな子なんだろ。ちょっと調べてみようかな……OAAで見れるし)
名前だけだとどちらかよく分からないから仕方ないが一之瀬さんは七瀬が男だと勘違いしたままOAAで七瀬のことを検索する。
(……あれ? 七瀬翼……ちゃん? 女の子なんだ……あれ? この子、夏休みに確か楠雄くんに挨拶して来てたよね……へぇ……女の子か……ふーん……)
な、なんだ?
僕の方をちらちらと見て、何か言いたそうな顔をしているが……。
「(天沢さんのこともあるし、もしかしたら……)楠雄くんはこの七瀬さんって子のこと、よく知ってたりするの?」
いきなり何だと思いつつも、よく知っているわけではないと言う。
話したことも片手で足りるほどしかない。
一之瀬さんの心配するような、天沢のように僕を揶揄ってくるような人間とは程遠いと伝える。
「そうなんだ(心配し過ぎかな。あんまり重いと思われるのも嫌だし聞かない方がいいかもなんだけど……やっぱり気になっちゃうなぁ……いやダメダメ……楠雄くんが尊敬している私のままで……よし!)うん。別に悪い子じゃないみたいだし、大丈夫だよね……多分」
そう言って不安そうに彼女は自分の胸を撫でているが……なんなのだろうか。
「斉木くんと帆波ちゃんって何かあったのかな?」
「やはりそう思うか夢ちゃん」
「……それはどういうキャラなの千尋ちゃん(そういうのはシバータの管轄だと思うんだけど)」
僕と一之瀬さんの不穏な空気は教室内にも伝播しており、不思議に思った小橋さんの呟きにすぐさま白波さんが反応する。
「修学旅行のあとから変なんだよね、あの2人……帆波ちゃんに聞いても何にもないよ〜って可愛さが不変どころか上昇傾向なこと以外は分かってないんだけど」
「昨日の笑顔はすごかったもんね。斉木といる時は上機嫌だし、あんなもんな気がするけど」
「でも修学旅行で同じ班だったし何かあったのかもね」
網倉さんも加わってヒソヒソと話しているが、まだ一之瀬さんが僕に告白したという真実にはたどり着いていないようだ。
そのまま永遠に真実に到達することはない状態を維持して欲しい。
「とりあえず放課後に会って話してみるよ。紹介してくれてありがとね」
百聞は一見にしかずと思ったのか一之瀬さんは携帯をしまって七瀬の話を打ち切った。
それを機に小橋さんたちも「気のせいかな?」と僕たちへの注視を打ち切る。
いずれはバレることなのかもしれないが特別試験を前に露見して騒ぎになるのは避けたい。
特別試験があろうとなかろうと露見して欲しくはないが、一之瀬さんの成長ぶりが過剰すぎるためバレるのも時間の問題かもしれない。
###
特別試験に向けた勉強会が開始される中、僕はと言えば相変わらず多人数での勉強会が不得手という生徒の相手をしていた。
と言っても2年も同じクラスにいればそんな人間はかなり減ってきているのと、勉強面では結果を残したいという生徒が増えたこともあり、僕のところを訪れた生徒は今のところ1人もいない。
ただし、勉強以外での相談というものは受けてしまったが。
「な、なあ斉木。ちょっといいか」
放課後の教室は勉強会に使用するが、帰ってしまうと分からないところがあるクラスメイトへの対応が出来ない……ことは無いが、校内にいた方がいいだろうと図書室にいると渡辺が恐る恐るという様子でやって来た。
手にはノートと教科書を持っているがどうやら勉強を教えて欲しいというわけではないらしく、別件の頼み事があるらしかった。
「斉木って一之瀬と仲良いだろ? その、なんだ、えーっと……(うぅ、クラスメイトに好きな相手のこと話すのはなんか難しいな……)」
あぁ、網倉さんのことか。
割とハッキリと思ったことは言うタイプと思っていたが恋愛事になるとそうでもないようだ。
「網倉のことで、聞いて欲しいことが、あるんだけど……」
もじもじと普段の渡辺らしからぬ様子で話すため、少し気持ち悪いと思ってしまうがまぁいいかと続きを促す。
「あいつにさ……その……好きな男子とかいるのか、とか……一之瀬って網倉の親友みたいな、斉木でいう神崎と柴田みたいなもんだろ? だから、その知ってるんじゃないかって……」
僕は神崎と柴田の好きな人を知ってはいるが、親友だから知っているわけじゃないぞ。
とはいえ、2人とも今はいないに等しいが。
ただ2人に恋慕する女子生徒の存在は知っているがわざわざ言うことでもない。
一之瀬さんも知っているだろうが、本人の居ないところで話すのは親友としては気が引けるはずだ。
『知っていても教えてくれるとは限らないし、僕が聞くと面倒なことになる』
「うっ、それは確かに……(楠雄くんって麻子ちゃんのこと好きなの? っていう誤解を生みかねないな……朝の時みたいに……)」
そんな誤解を生んでいた様子はなかったが。
面倒なことというのは網倉さんの好きな人を聞いてしまうと、交換条件とかで僕の好きなタイプとかを教えてと言われそうなんでな。
芯があって、ブレない人間性があれば求めることはないとしか言えない。
退屈だよ楠雄くんとぶっ飛ばされることはないだろうが、何故か面倒ごとの種になるという確信だけがあるのだ。
『本人に直接聞いたらいいじゃないか』
「それが出来たら苦労はしねぇよ……」
肩を落として渡辺は項垂れる。
ただでさえ、話をするのにも勇気を振り絞っているのにそんなこと聞けるわけないだろと唇を尖らせる。
そんな自分が好きな人など聞ける訳もなく、仮に聞いて自分以外の名前が出たらショックで立ち直れないと言う。
『網倉さんのどこが好きなんだ?』
「……それ、ここで聞くのかよ」
ここで話したのは渡辺の方だ。
それに奥の方の座席は勉強会よりもゆったりとしたソファ席であるため読書に向いており、特別試験を控える2年生でここに来る生徒はそう多くはない。
「その、ルックスも好みなんだけど、最近はほら、なんつーかな……元々優しかったんだけど、一之瀬の影響かそれが底上げされたっつぅか……」
よく分からんがとりあえず好きということか。
好きな相手を聞き出す相手にクラスメイトを選ぶのはどうかと思うが、そういう積極性はあまり嫌いではない。
「斉木なら、あんまり言いふらしたりしないし、好きな相手がいるって話は聞かないしな(逆はめちゃくちゃ聞くけど……)だから網倉の好きな相手を探る役目としては適任ってわけだ」
そうだろうか。
網倉さんは誰にも相談などはせずに異性と付き合うタイプには見えないから仲のいい一之瀬さんになら必ず相談しているはずだと渡辺は確信している。
どこから湧いてくるのかはわからないがその考えは正解しており、現に網倉さんは一之瀬さんに過去に好きな人がいたことを話している。
それも中学時代の話で、この高校で新たな恋を見つけるか悩んでいるそうだ。
見つけようと思って見つけられるのかは疑問ではあるが、一応は渡辺にもチャンスは残されている。
見つけようとしている恋に渡辺が滑り込めれば渡辺の望む未来が手に入るかもしれない。
「んじゃ、頼むぜ。いるいないに関わらず聞き出せたら銘店フェアで買ったスイーツ持っていくからよ」
『仕方ないな』
そこまで言われたらやってやるか。
クラスメイトにそう頼むことは勇気のいることだっただろうし、その熱意に応じてやるのもやぶさかではない。
カステラも気になっていたしな。
その後は少しでも特別試験の結果に貢献できるようにと、そしてそれで網倉さんにアピールできるようにと意気込む渡辺の勉強を見てやった。
網倉のことは聞かずに聞いたことにして伝えるつもりらしい。
超能力者だからできること。
元Bって意外とクラス内恋愛(片思い)多めだったりして面白いね。なにが?
スポーツジムの話は別にくーちゃん行く理由ないなってことでカット
行っても高円寺に絡まれて、ランニングマシンでザ・ランごっこして怒られる話くらいしか思いつかなかった(ザ・ランについては岸辺露伴は動かないを参照)
あとは特別試験の回やったらこの巻は終わりかもしれない
い、一之瀬さんとくーちゃんの甘酸っぱいスポーツジムデートは!?
そんなものうちにはないよ……
てことでまた次回