遅せぇんだよ!
ってことで少し遅れました
高度育成高等学校の生徒たちの休みに欠かせない存在であるケヤキモールは、冬休みということもあって多くの生徒が訪れていた。
クリスマスイブともなれば仕方のない事なのだろうが、やはり人が多い。
様々な商業施設があり、さらには派手な装飾もあったりするが5秒もすれば施設内に使われている柱などが見えてくる。
「おーい、斉木!」
遊びに来ている客の間から渡辺がこちらへとやって来る。
「悪いな、せっかくの休みなのに」
そう思うなら安易に誘うものじゃないと思うが。
渡辺はクラスでは目立たないわけじゃないし、友人が少ないわけでもないから、頼めば僕じゃなくても手を貸してくれるクラスメイトはいるはずだ。
ただ、網倉さんが好きで、彼女と同じ空間にいて、話す機会を増やしたいというのは親しい友人ほど言いにくいのかもしれない。
それにこういう場所は最初の1回目のハードルが高いと言うし、入会してしまえば渡辺も1人で行けるようになるだろう。
「今は無料体験やってるらしくてさ。それにクリスマスだから高タンパクのカロリーバーってやつが貰えるんだってよ」
それはあまり興味がないな。
ケヤキモールには色々と施設があるが、2階にあるこのトレーニングジムには足を踏み入れたことがない。
踏み入れる理由もなければ、踏み入れたところでマシンを使って身体を鍛えるということもないしな。
「受付で学生証を提示したら細かな記入を省いて無料体験が簡単にできるんだってよ」
『詳しいな』
事前に調べてきたのはいいことだ。
おかげでスムーズに入ることができる。
無料体験登録が済むと、男性のトレーナーが更衣室へと案内してくれ、ロッカーの使い方や着替え、シャワー室などの説明をしてくれる。
それらが終わると着替えるように求められる。
ジムには荷物を持ち込まなくても手ぶらで通えるらしく、トレーニングウェアがレンタルできるようになっていた。
しかし、僕は一応学校のジャージを持ってきていたため、それに袖を通す。
渡辺は持ってきていないため、私服を脱いでレンタルウェアを着ていた。
「学校の外でも着るんだなそれ」
中学のジャージはパジャマや家着にしがちじゃないか?
貧乏症というわけではないが、せっかくもらったり買ったものだから着れるうちは着ておいた方がいいと母さんが言っていたが、家や親で違いが出るのかもしれない。
そして、着替えを終えると僕たちは奥のトレーニングルームへと向かう。
クリスマスイブの昼前から身体を鍛える暇人と言っていいのか、チラホラと男子や女子、さらには大人の姿もある。
その大人は2年Bクラス担任の真嶋先生で体育教師でもないのに筋肉質な身体にはウェアが似合っている。
「お、真嶋先生だ。ここの会員なんだな」
意外そうに呟く渡辺は挨拶しとくかと聞いてきたが、別にいいんじゃないかと答える。
あちらも休みだろうし、休みの日まで生徒と関わろうとは思わないだろう。
真嶋先生なら歓迎はしそうではあるが、僕が歓迎されたくはない。
そう思っているとトレーナーの男性が口を開く。
「では、早速トレーニングといきましょうか。どこか鍛えたい部位や目的としていることなどはありますか?」
「え? えーっと……」
好きな人が通っているという理由が主である渡辺はトレーナーからの質問に言葉を濁す。
普通に体力作りと言えば済むと思うが、それに僕も巻き込まれるのはごめんだ。
やることは決めてきているため、分からないことがあればまた聞かせてもらうことにして、トレーナーからは離れてもらった。
「いいのか? 器材とかの使い方、俺わかんねぇんだけど」
『体力作りならウエイトトレーニングよりはランニングと水泳主体でいいだろ』
「まぁたしかに(それなら別に説明されなくてもわかる、かも)」
渡辺の本来の目的を果たすなら変にトレーニングをするよりはひたむきに努力を重ねている姿を見せる方が効果的かもしれないしな。
そう思ってランニングマシンに向かうと使っている生徒や客はいなかったため、渡辺と隣合わせで使うことにする。
「俺、こういうの使うの初めてだよ。斉木は?」
母さんが昔セールスに売りつけられたもので試しに使ったことくらいだろうか。
僕には必要のないものすぎたが。
ただこのジムにあるタッチパネルでも、リモコンでも操作できるというものではなかったが。
これならザ・ランごっこができるが後ろは窓ガラスではなく通路があり、その先にウエイトマシンが並んでいる。
ジムにも客にも迷惑がかかるし、第一やったとしても特に面白くはないな。
軽くストレッチをしてからマシンの上に上がり直して、タッチパネルを操作していると見知った声が届く。
「帆波ちゃん、本当にいいの? せっかくのクリスマスなのに(斉木くんとデートとかしたらいいのに……)」
「ううん、大丈夫だよ。昼間は暇だったし(楠雄くんも冬休みの初日はゆっくりしたいだろうから声をかけるのは明日でいいし)」
渡辺のお目当てと僕に逆プロポーズしたことを小橋さんたちに明かした一之瀬さんが来ていた。
そういえば夏休み明けくらいに入ったみたいなことを聞いた気がする。
運動音痴を解消するためだったか。
クラスのことや生徒会の仕事もやりつつ週に1、2回は通えているようだ。
「これってランニングマシンって言うのか? ルームランナーって言うのか?」
意中の人が来ているとも知らずに渡辺が走りながら聞いてくる。
伝わればどちらでもよくないかと思いつつ、適当に流していると2人がトレーニングルームに入ってくる。
「クリスマスイブだけど、意外と人がい……ん? (あれって、斉木くんと渡辺くん??)」
「どうしたの麻子ちゃ……んっ!? (な、なんで楠雄くんと渡辺くんが!?)」
そんなに驚くことか?
このジムは高育にいる生徒や大人なら誰でも使えるのだし、僕と渡辺がいてもおかしなことは何もない。
来るならさっさと来て渡辺の目的を果たさせてやって欲しいと思っていると網倉さんは急に自分の身なりを気にし始めた。
「このウェア、結構身体のラインでちゃうし……クラスメイトに見られるの恥ずかしいかもね」
「そうかな? 渡辺くんは分かんないけど楠雄くんは別に見ないと思うよ」
「(流石、学年一人気のある女の子から逆プロポーズされても保留にできる男だなぁ)スポーツジムだし、今更気にしてもしょうがないね」
「うんうん。ちょっと声掛けに行こうよ(もしかしたらそのまま遊びに行けるかもだし)」
そう言って2人はこちらにやって来ると僕と渡辺に声をかけてきた。
「こんにちは、渡辺くん、楠雄くん」
「い、一之瀬!? (それに網倉も!?)」
トレーニングウェア姿の一之瀬さんと網倉さんに声をかけられた渡辺は声を裏返らせるほどに動揺していた。
「あはは、びっくりさせちゃった? ごめんね」
「い、いや、そんなことないぜ……(まさか初日から会えるなんて! なんという僥倖! 生き恥を晒した甲斐があったというもの!)」
今日の渡辺のどこに生き恥があったのかはさておき、たしかに体験入会の日に網倉さんの存在を確認できたことは大きい。
もし、今日網倉さんを見かけなければ、渡辺が網倉さんを見かけるまで帰れま10が始まる可能性があったからな。
2人と話すために渡辺がルームランナーを止めたため、僕もそれに合わせて降りる。
「(2人が入会してたって話は聞かないし、今日が初めてかな)2人も入会しにし来たの?」
「まぁ、そんなところだな(てか、なんで俺ばっかり話してんだ? 一之瀬となら斉木が話した方がいいんじゃ)」
チラチラと僕の方を見て助けを求めてくる渡辺だが、僕が答える前に答えてるお前が悪い。
そんな目を渡辺に向けていると網倉さんが口を開く。
「2人はなんでジムに? (渡辺くんはともかく、体育祭とか見てたら斉木くんは別に鍛えなくても良さそうだけど……)」
僕は渡辺の付き添いだからな。
とりあえず、変に思われないように渡辺が体力をつけたいが1人で行くのは心細いと言うから仕方なくやむを終えずどうしてもと言うからついてきたと言う。
「そう、なんだー(斉木くんなんだかんだで優しいし、渡辺くんが泣きついたんだろうな)」
網倉さんの脳内では小学五年生の男の子が青いタヌキみたいになった僕に泣きつく姿が想像されていた。
大体あっているため特に否定はしないし、あくまでイメージに言及することも出来ない。
「斉木くんがジムって違和感すごいね(それにジャージも学校のやつだし、運動してるイメージはないし、人が集まる場所は嫌いそうだし)」
服装に関しては用意されていることを知らなかったからだが、こちらの方が着慣れているからな。
そして、網倉さんが抱いているイメージに関しては概ね合っている。
だから、渡辺のことはさっさと引き渡して僕は失礼させていただきたい所存だ。
そんな渡辺だが、僕と網倉さんが話しているのを見て羨ましそうに見てくる。
(な、なんで斉木の方が網倉と話してるんだ……)
お前が話さないからだろ。
一緒にトレーニングしないかくらい言えないのか。
体験時間も限られているし、僕は渡辺を引き渡すべく2人がいつもやっているメニューについて尋ねる。
「私たち? 私は基本的には体操してからルームランナーで走ってるけど……」
「私は楠雄くんから渡されたメニューをコツコツとって感じかな」
網倉さんは渡辺と同じく体力作り。
一之瀬さんは僕が体育祭の時に渡したメニューをこなしているらしい。
それだと渡辺は網倉さんに引き渡す方が合理的か。
僕の方は他の器材やらプールも見ておきたいところだ。
いざと言う時のテレポート先として下見をしておきたい。
水深やカメラの位置によっては上手く使えるかもしれない。
そう思って離脱しようとすると「そうだ」と一之瀬さんが手を叩く。
「せっかくだし、4人で一緒にやってみようよ。楠雄くんと渡辺くんは体験なんだし、その方がいいと思わない?」
「そ、そうだな! (いきなり2人きりにされても困るしな。斉木がいてくれた方が……)」
「(帆波ちゃんは斉木くんと2人きりじゃなくていいのかな……? けど、それで渡辺くんと2人きりにされても困るし……)うん、私もいいよ」
賛成多数で僕の逃げ道はなくなった。
僕の人生はいつもこんなものだ。
2人もルームランナーに乗って、それぞれに合ったモードで走り始める。
渡辺と僕も先程はジョグ程度だったため、少し設定を変える。
と言っても、僕は走る気はないため歩きに変えるだけだが。
「楠雄くん、マイペースだね」
見ていた一之瀬さんがクスリと笑うと、それからはしばらくルームランナーに乗って黙々とトレーニングが始まる。
初めは網倉さんと走ることに緊張していた渡辺も徐々に慣れてきたのか、設定していた30分を無理なく走り切った。
「くーっ……! 疲れたぁ! (2人はいつもこんなのやってんのか? すげぇなぁ……)」
動いたのは普段の体育の授業以来である渡辺は膝を着いて息をしながら、水分補給をすると言ってこの場から離れる。
「あ、じゃあ私も(少しは2人きりにしないとだよね)」
じゃあ僕もと歩き出そうとして、「あとで一緒に行こうよ」と一之瀬さんに手首を掴まれたため、僕はその場に留まることになる。
2人が向かったのはロッカー室横の給水所なので、渡辺としても網倉さんと話すチャンスであるため、それを邪魔するのは野暮か。
渡辺が問題なく話せるかは知らないが。
手を離して、こちらへと笑顔を向けてきているのであろう一之瀬さんと向かい合うと、近い距離でジッと僕を見上げてくる。
「楠雄くんは今日は予定とかなかったの?」
あるにはあるがそれは夜だからな。
それに僕にはクリスマスイブだからどうするということもない。
「夜? 誰かとなにかするの?」
そういうわけじゃない。
夜はチキンとケーキが待っているからな。
「そっか。あ、じゃあ、その、もし良かったら」
一之瀬さんが何か言いかけた時、ジム内の空気が変わる。
器具と向き合っていた生徒や客の視線が一気にある人物へと集まる。
(高円寺だ……)
(すげぇ筋肉。ギリシャの彫刻みたいだ)
(洗練された筋肉と、柔軟さを併せ持つ……)
一際注目を集めている高円寺は彼らの視線など気にせずにトレーニングを始めようとするが「ん?」と有象無象と感じていた視線の中に知っているものがあると感じ取ったらしい。
怖い。
「おや、楠雄じゃないか! 君がこんなところに来るとは」
ギュルんとこちらへと振り向いてきた高円寺は手を広げながら向かってくる。
「えっ? 楠雄……? 斉木か? 斉木ってあの?」
「体育祭で高円寺を足蹴にしてた?」
近くにいた男子たちが口々に呟きながら僕らの方を見てくる。
そんな視線や注目など気にしない高円寺は僕の前に立つと見下ろすように声をかけてくる。
「どうだいこれから私と共に高め合うウエイトトレーニングを」
『遠慮しておこう』
僕は高円寺と違って注目を浴びることは避けたいのだ。
それに渡辺も網倉さんと今のところは上手く話せているようだし、僕の役目はもう終わりで良さそうだ。
「いつもすごい人気だよね、高円寺くん」
「ふふ、そうだろうとも。私ほどの人間ともなれば当然のことさ」
一之瀬さんに煽てられて気分が良くなったのか高円寺は手近にあるダンベルを持ち上げる。
動きに無駄はなく、高円寺は全身の筋肉、血管、骨の髄に至るまで使い尽くしダンベルを持ち上げる。
その姿に周りからは驚嘆と賞賛の声が上がるが僕はスタスタと歩いてその場から遠ざかるのみだ。
「あ、斉木」
帰る時にはロッカー室を通る手前、渡辺と網倉さんに遭遇してしまうが、まぁあとはお若い2人で仲良くという感じだ。
「あれ? 帆波ちゃんももう帰る……んだね。うん」
はい?
「うん! ごめんね、麻子ちゃん。せっかく会えたのに」
「いいよいいよ全然。気にしないで(なんか私と渡辺くん邪魔になりそうだし)」
そんなことはない。
むしろ、一之瀬さんを引き止めろ。
それはもう強く強く引き止めて欲しい。
というか、この子さっき今日はゆっくりさせてあげる的なことを言っていたのは嘘だったのか?
「じゃ、楠雄くん、着替えたら待ってるからね(やったー! 楠雄くんとデート、楠雄くんとデート)」
音符でもついてそうな調子で女子更衣室に消えていく一之瀬さんを見ながら、君ちょっと走って高円寺のウエイトトレーニング見ただけになってるけどいいのか? と心配になってしまう。
せっかくのクリスマスイブで…………あぁ、そうか。
クリスマスイブか。
今日という日に固執する理由はないが、女子としてはそうでもないのか。
僕としては365日のうちの1日であることには変わりないため否定させてもらうが。
そういえば去年のクリスマスイブはクラス会だったな。
まぁあれに比べれば一之瀬さんと2人で食事くらい……
「えっ!? 斉木って一之瀬から逆プロポーズされたの!?」
「あれ? 斉木くんから聞いてないの?」
「聞いてないって! え? じゃあこれからもしかして(夜景の見えるホテルでディナーをして……)」
「もしかするかも! (そのまま2人で……!)」
「わぁー!!」
「キャー!」
ねぇよ。
夜景の見えるホテルどこにあるんだよ。
仮に見えても海とケヤキモールか校舎しか見えない。
というか、あの2人案外いいパートナーになれるんじゃないか。
僕と一之瀬さんが絡んでいる事柄に関してはだが。
そんなことよりさっさと着替えて離脱しよう。
というか、あの逆プロポーズの話が広がるのは避けたい。
特にうちのカプ厨の権化の担任と、あとは櫛田さんとか坂柳さんに伝わると余計に話がおかしくなりそうだ。
なんとかしなければ……! そう思って僕はこれ以上噂が広がらないようにと信憑性を持たせないためにも一之瀬さんとの食事とやらを早々に終わらせる決意を固める。
「じゃ、今日限定のケーキセットあるお店行こっか」
ケーキセットを食べてからなんとかせねば……!
今のところ知ってるの 網倉 小橋 安藤 白波 渡辺(NEW!)
気づきかけ 柴田 浜口 星之宮
元Bクラスのみに抜粋しましたが、櫛田、坂柳も(ん……?)とはなってます。
他クラスだと橋本は知ってます
一之瀬から「告白したけど卒業式の日に改めて返事してくれるって」というのは聞いた
高円寺はウエイトトレーニング後に消えたくーちゃんとそれを追いかける一之瀬を見て確信した
(ン〜、Goodなクリスマスイブを過ごしたまえ)
真嶋先生の恋は置いてけぼり(くーちゃんには関係ないからね)
空助出てこないけど何してんの?▶︎冬休み入る前までは普通に先生やってわ冬休み入ってからは坂柳家で変なロボット? アンドロイドみたいなのを作ってる。
坂柳パパ(なんだかすごく楠雄くんに似ているような……)
また次回