これが今月最後の投稿になります。
来月もよろしくお願いたします
ジムを出て、一之瀬さんとクリスマス限定のケーキセットとやらを堪能してから、一之瀬さんは「残念だけど用事があるから一旦分かれよっか」と言って店の前で離れることになった。
残念だと普通に言うようになったのもそうだが、一旦と言ってこの後再合流する可能性を示唆する点も強かすぎる。
用事というのが櫛田さんと買い物らしいが、一緒に来るかと尋ねられなかったのは幸運だったな。
ただ、10分くらいで店を出るつもりが一之瀬さんが色々勧めてくるから45分も長居してしまった。
クリスマス限定メニュー以外にも食べてしまい、チキンとケーキを昼に食してしまうとは僕らしくないミスだ。
しかし、美味しかったし良かったとして認めよう。
さて、この先どうするかだが、渡辺の方はスポーツジムへの入会を決めたらしく網倉さんに本会員の手続きを手伝ってもらい、そのまま食事に行くようだ。
やれやれ、あれなら僕が行かなくても上手くいったんじゃないのだろうか。
僕としてはケヤキモールに残る理由はないのだが、せっかくここまで出てきたのだから何かしらはして帰りたい。
エスカレーターで1階に降りてレンタルショップへと足を運ぶ。
ここでは映像や音楽のDVD、CDを借りることができる。
映画やアニメ、ドラマ、時代劇とあまり広くない店内にしてはよく揃えている方だと思う。
高育でも外部と同じく、許可制ではあるもののサブスクリプションサービス、いわゆる月額制の配信サービスで映像や音楽コンテンツをいつでも自由に観たり聴いたりすることができるため、レンタルショップの需要は低くなりつつある。
しかし、大人の事情というやつで配信されていないドラマが観たい、CDが聴きたいという時にはこの場に足を運ぶことになる。
ここの店員はその点をしっかり把握しているからか配信されていない作品についてはキチンと揃えており、また配信はされているものの追加で課金しなければ観られないような作品も取り扱っている。
まさに痒いところには手が届くとはこのことというラインナップだ。
かと言って、僕は四六時中他人の考えていることが無差別に届くという呪いをかけられているため、つい最近まで話題だった作品などは観ることができない。
呪いのせいもあり、僕は生涯リアタイ派であるためこういったショップを利用することは多くはない。
よっぽど暇な時に旧作コーナーの隅の隅に置かれているようなB級以下の作品の中から選ばなきゃいけない。
僕がよく利用する近くのレンタルビデオ店があるのだが、そこは店長が大の映画好きであるため品揃えはかなりいいのだが、その分店員や客が……いやこの話は今はいいか。
この学校には歩く映画辞典のような僕でも恐れるような化け物はいないため特に気にする事はないのだが、今のところ特に何か観たいという気分では無いため探検が主になる。
(あぁ、この曲……スッゴクいい……! 傷ついた心に染み渡る……!!)
クリスマスだっていうのにレンタルショップに来るような変わり者は僕以外にもいるらしく、その女性は試聴向けのヘッドフォンで失恋ソングを聴いていた。
聞き覚えのある声と見覚えのある小柄は姿を見て僕は退店を決意した。
同じクラスの白波さんはあまり話すことは無いが、一之瀬さんに好意を抱いており、そして一之瀬さんに好意を抱かれている僕に対して敵意を持っている。
そんな白波さんがいた。
白波さんは曲を聴くことに集中しているため、話しかけたり、肩を叩いたりしなければ僕に気付くことはないだろう。
(……ん? 帆波ちゃんの匂い……!?)
しかし、白波さんは恐ろしい嗅覚で、1時間ほどしか一緒にいなかったにも関わらず僕の衣服についていたのであろう一之瀬さんの匂いを感じ取り、こちらへと振り向いてきた。
「あ……!? (斉木くん!? なんでここに……? それになんで帆波ちゃんの匂いが……?)」
驚いているようだが、僕の方が驚きである。
耳からヘッドフォンを外して僕の方を見てくる白波さんに、僕は一礼して離れようとする。
「ま、待って!」
これ以上この場に留まる理由のなかった僕に白波さんは追いかけてくる。
とはいえ、引っ込み思案な彼女は付かず離れずの距離で立ち止まる。
(ど、どうしよ……なんで帆波ちゃんの逆プロポーズとかいう羨ましすぎるシチュエーションを体感した挙句卒業式まで保留してるの? とか帆波ちゃんのことつよつよメンタルにしてくれたのは嬉しいけど強かすぎて勝てんぜ私がってなってるのはどうしてくれるのとか言いたいけど……あと、なんで帆波ちゃんの匂いが……?)
言わなくても全部僕に伝わりはしたが、白波さんも逆プロポーズのことを知っているとなるとクラスの女子の大半には知れ渡っていると見てもいいだろう。
そして2番目に関しては僕には分からない。
一之瀬さんの自己肯定感がアルティメットになっているのは母さんと父さんが体育祭で過剰に可愛いと言ったことと、僕が一之瀬さんを嫌いになることはないだとか、尊敬していると言ってしまったのが原因のようだが、悪い事をした覚えは無いため白波さんが勝てないのは知ったことでは無い。
「あの、今から、その……時間、あるよね? (時間ない人がクリスマスイブにレンタルショップに来るわけないし)」
予定はあるけど早く着いたからここで時間を潰しているという可能性もあると思うが。
僕のことはあまり好きではないはずだが、聞きたいことは聞いておきたいのか白波さんから誘いを受ける。
ここで逃げることは容易いが有耶無耶にして白波さんが3学期以降に怨嗟響めく白波千尋になることは避けたい。
仕方ないため了承すると店から出ることを提案される。
レンタルショップ内は僕たち以外に客はいないが、DVDやCDとは無関係な話を続けて居座るというのはあまり良くない。
かと言って目立つところや人目のつくところは避けたいと言う無茶に僕はケヤキモール内の非常階段へと移動する。
ケヤキモールはエスカレーターやエレベーターを使用してのフロア移動が主になるため、非常階段を使う人間は多くはない。
例え使う人間がいても、テレパシーで近づく人間の気配は拾えるため白波さんがしたいという高育コソコソ話が露見する恐れはない。
「えっと、斉木くんからなんで帆波ちゃんの匂いがするの……?」
それは僕も聞きたいが、おそらく一之瀬さんと先程まで一緒にいたからだろうか。
ジムでたまたま会ってその後クリスマス限定のケーキセットを食べに誘われたという話をすると白波さんは納得したように頷いた。
(夢ちゃんが言ってたやつかな……みんな帆波ちゃんにやたらとスイーツ情報与えると思ったらこういうことだったのか)
そんなことが裏で行われていたのか。
女子のネットワークは大抵クラスや他の生徒の悪口やら陰口のイメージであったが、一之瀬さんの周りはその手の話題を聞かない。
ただ、僕と一之瀬さんをくっつけるために小橋さんがスイーツ情報ブローカーのようなことをしていると思わなかったな。
そう思っていると、白波さんは恐る恐るという感じで本題に入ろうとする。
「斉木くんは……その、ほ、帆波ちゃんのことどう思ってるの……?」
ただの同級生だな。
あとは隣の席の女子生徒。
「嘘だっ!」
怒りに満ちた顔で否定してくる白波さんは僕が一之瀬さんに関わった時に見せる形相で牙を剥く。
「ただの同級生だと思っているなら、逆プロポーズは普通断るものでしょ? しかも気持ちが変わるかもしれないから卒業式に告白してくれたらまた返事をするなんて……そんなの、そんなの……ずるいよ!」
ずるいかどうかは置いておいて、以前の僕なら卒業式に改めて告白してくれということは言わずに断っていただろう。
白波さんが僕に対してここまで激情を見せるのは、白波さんが一之瀬さんのことが好きすぎるからである。
入学して日が浅かった頃から、単なる友達とは違う、同性の一之瀬さんに対して恋心を抱いていた。
一之瀬さんからは友達として仲良くしていこうと実質的には振られていると白波さん本人は考えているようで、そのこともあって一之瀬さんから真っ直ぐな好意を向けられる僕が妬ましいのであろう。
『僕は恋愛する気がないという話は』
「……聞いたけど……その、それなら帆波ちゃんからの告白は断るんじゃないの……? 傷つけたくないって気持ちなら……分かる、けど」
傷つけたくないからというのもありはするが、保留という選択肢も時として人を傷つける。
けれど、一之瀬さんが高校の間は、いや学生の間は恋愛しないという縛りを解いたのなら、僕にも、もしかしたら、恋愛をしてもいいと思える日が来るかもしれないと思ったのだ。
「(……ずるい、けど、帆波ちゃんを傷つけたくないっていうか、大切に思っているのは何となくわかるし、斉木くんと一緒にいる時の方が帆波ちゃん楽しそうで嬉しそうで……)はぁ、もう、いいよ……私は帆波ちゃんが、その、誰を好きになってもいいと思ってる。けど、不誠実な人と付き合うのは黙って見てられない……その点、斉木くんは……(櫛田さんとか坂柳さんとかと噂はあるけど、誰とも付き合ってないし、一定の距離感ていうか、帆波ちゃんにしても斉木くんからは近づいてないし……)」
白波さんは渋々といった様子で僕のことを認める、というか一之瀬さんの想い人の僕が不誠実な人間で無いことは確かであるという諦めを含んだものだ。
「これから、その、帆波ちゃんとはどうするの?」
一之瀬さんは今の様子だと熱烈にアタックしてくるかもしれないが、僕はいつもと変わりない対応をするだけだ。
そのため、卒業式までの間に一之瀬さんが他の誰かを好きになるのならそれはそれで構わないし、僕がその相手のままということならちゃんと結論を出す。
僕よりはるかに一之瀬さんを幸せにすることができる人が現れるなら、全力で応援してあげよう。
「斉木くん……その言い方はさぁ……(斉木くんより帆波ちゃんを幸せにできる人なんているのかな……いや、ここは私がって言いたいんだけど……斉木くんには私も助けられたことあるし……帆波ちゃんを見てると私以上に助けられたことがあるんだろうなってわかるし……)」
白波さんからは呆れたような視線を向けられる。
「まぁ、斉木くんがそのつもりなら私はこれ以上何も言わないけど……(私にとってはライバル的な存在だし、2人には上手くいって欲しくはないのが本音だけど、それで帆波ちゃんが悲しそうになる姿は見たくないし、余計なこと言って帆波ちゃんに嫌われたくないし)ごめんね、なんか、すごく言い過ぎちゃって……」
『謝ることは無い。それだけ君が一之瀬さんのことを大切に思っているということなんだろう』
「(なんでそんなことすんなり言えるんだろう)……そういうところだよ斉木くん」
何が?
「そういえば……斉木くん、櫛田さんとか坂柳さんとも噂あるけど……他の人に告白されても保留にするの?」
どうだろうな。
櫛田さんには付き合う気は無いと言われているし、坂柳さんからは好き好きアピールはされているが告白は受けていないしな。
もしされたらやんわりと断ると思うが、2人もまた一之瀬さんのような熱量を持っているなら……と、ありもしない仮定を考えたところでと思っていると脳に激しい痛みのようなものが走る。
[私は楠雄くんのことが好きです。いえ、愛しているという言葉だけで足りません。楠雄くんが望むなら……私は……]
「だ、大丈夫? 斉木くん? (すっごい怖い顔してるけど……)」
いやなんでもない。
ただ僕の寮の部屋で今にも服を脱ぎ出しそうにしながら告白してくる坂柳さんという予知が見えただけだ。
白波さんには関係の無いことだろう。
しかし、いつの予知だ……?
大抵は今日にある出来事のはずだが、予知夢ではないため今日という断定が出来ない。
カーテンを締め切っていたから夜であるとは思うのだが、今日の夜は僕は実家にいるはずだし……。
「ほ、本当に大丈夫?」
『大丈夫だ。別人格が出そうになっただけだ』
「そ、そうなんだ……(斉木くんって二重人格なんだ……)」
こんな冗談を素直に信じないでくれ。
しかし厄介なことになりそうだな。
白波さんと分かれたら坂柳さんの動向を調べるとするか。
今ここで千里眼を使って寄り目になるとさらに心配される恐れがあるからな。
「えっと、私が八つ当たりみたいなことして、不満ばっかり言ったから怒ってるってわけじゃないんだよね?」
そんなことされたか?
一之瀬さんを思う白波さんの思考としては妥当ではあるし、煮え切らない態度を見せていると思われる僕にも原因がある。
入学してからずっと一之瀬さんに対して特別な感情を抱き続けている白波さんなら、僕のような存在に嫌悪感を抱き、無意識的に強い言葉を使っても仕方がない。
『気にするな。それより君は一之瀬さんにどんなことがあっても味方であってやってくれ』
「なにそれ、そんなの当たり前だよ……それを言うなら斉木くんだって、帆波ちゃんの敵になっちゃダメだよ。もし、そんなことになったら……」
そこで言葉を切った白波さんは僕を睨んできた。
「私は全勢力をかけて斉木くんを潰しにかかるから」
白波さんは普段は恥ずかしがり屋で大人しい性格ではあるが、一之瀬さんを貶したり馬鹿にしたりするような人間がいたら、誰であろうと反論する勇気は持っている。
「私は帆波ちゃんのためなら何だって出来るから……」
これは脅しなどではない。
白波さんの本心からの言葉であり、愛は時として人を狂わせる。
今の白波さんにとって一之瀬さんは好きな人や親友という括りを超えた特別な存在なのだろう。
それは僕に対して嫉妬の感情を強く抱くようになるし、もし僕が一之瀬さんを裏切るような真似をすれば、今の言葉のように彼女は本気で復讐をしてくるだろう。
そんなことにはならないと思うが、留意しておこう。
僕だって、ああいう善人が日の目を見て幸せになるべきだという気持ちくらいはある。
「斉木くんも、帆波ちゃんのこと守ってあげてよ? (ちょっと複雑だけど……私じゃ帆波ちゃんを守れないし……)」
一之瀬さんは僕に守られるような弱い人ではないが、暴力というものにはまだ耐えられる人間ではない。
そういう手合いの人間が来れば、できる限りの応対はしよう。
そんな僕の答えを聞いて、白波さんは安心したように笑ってくれた。
「……うん、ありがと。あ、でも結婚はその、しちゃダメだから。付き合うのは……その、ギリギリ……(それもうっ! ダメ! じゃ、ないっけど! 私の前ではイチャイチャしないでくれれば……っ! でも! 帆波ちゃんが幸せそうなところも見たいっ! そうしたいっ!)」
結婚云々は僕が言い出したことのせいなのだが、それはバレていないようで一之瀬さんから提案したという認識のようだ。
この誤解は解いた方がいいのか悩ましいが……まぁ変に解くよりはいいか。
「あ、一応、言っておくけど……その、別に、斉木くんのことが嫌いとか、そういう訳じゃないから……」
好感度メーターで見たら59はあるからそれくらいは分かっている。
全てわかっている僕に対して、そうとは分からない白波さんが弁明してくるが、聞いていたら日が暮れると思い、僕はバイトの時間だとその場から逃走した。
くーちゃん『逃げるんだよ〜!』
一之瀬さんと櫛田さんは2人でくーちゃんへのクリスマスプレゼント買いに行ってます。
坂柳さんのビジョンは……一体……。
9.5巻は原作だと坂柳さんの告白回でもあるのでこの予知は必定。
ほぼ告白したみたいになってるけど実際はしてないから仕方ないね。
一之瀬四天王
小橋夢▶︎一斉派会長 2人をくっつけるためならなんでもするが、度が過ぎるとくーちゃんから疎まれて一之瀬から距離を取られる可能性があるため手加減はしてる。原作よりよく喋る。
網倉麻子▶︎一斉派というわけではないが、一之瀬がくーちゃんのこと好きなのは知ってるため応援してる。修学旅行以降一之瀬からちょいちょいピンクな相談をされるようになってちょっと困ってるが、純粋に恋愛でしてる一之瀬を羨ましく思ってる。5年間片思いの相手がいるが、自分も新しい恋をしようと決心した。
白波千尋▶︎一之瀬大好きクラブ、一之瀬帆波の幸せを祈る会など様々な派閥に属する一之瀬帆波の信奉者。一之瀬のためならなんでもする覚悟がある。くーちゃんと一之瀬がくっつくことは許し難いと共に、帆波ちゃんの幸せを願うなら……と葛藤している。なお、一之瀬に他の男が邪な気持ちを持って近づこうものならブチ切れるため結局は一斉派なのかもしれない。
安藤紗代▶︎一斉派でくーちゃんとは船内試験で一緒になった。度胸もあり、能力もあって、なんだかんだ優しいためかなり評価値は高い。帆波ちゃんが好きになるのも納得と思っている。シバータが好きで、シバータとくーちゃんが仲良くドラゴンボールの話をしているのを見て少しジェラシーを感じている。
てことでまた次回