三介殿のなさる事だから(諦め)   作:数寄にあらず

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2.戦国一の不覚人

 

 

 第六天魔王・織田信長は子だくさんである。どれくらい励んだかというと、出自を確認できるだけで27人、氏名不詳と養女も加えれば36人に届く。その中でもっとも有名な子息といえば、以下の3人が挙げられるだろう。

 

 織田信忠。

 織田信孝。

 織田信雄。

 

 信忠は長男である。偉大過ぎる父の影に隠れがちだが、父の存命中に後継者として指名され、梟雄・松永久秀の討伐、さらには信玄亡き後の甲斐・信濃を平定した武功を誇る。これといった悪名や醜聞もなく、戦国大名の二代目として申し分のない実力の持ち主だった。彼が何事もなく存命していれば、日ノ本の歴史は変わっていたかもしれない。

 

 本能寺の変によって父・信長が倒れ、信忠もまた二条の新御所にて自害。後継者を失った織田家は跡目争いで大きく揺れた。長男不在なら次男が継ぐのは当然の習わしである……が、ここで長年のいざこざが爆発した。

 

 信孝・信雄の次男三男問題である。

 

 実はこのふたり、腹違いの同年同月生まれなのだが、信孝が20日早くに生まれている。本来なら出産してすぐに信長へ知らせるところがそうはならず、後に生まれた信雄側が先に報告した事から、信雄が次男・信孝が三男という扱いになった。

 

 何故そうなったかといえば、ふたりの家格に原因がある。信雄の母が信忠も生んだ正室の生駒氏なのに対して、信孝の母は弱小の土豪の坂氏だったため、側室が正室に配慮した結果だというのが通説である。

 

 どう考えても放置すべき問題ではなかった。後になるほど甚大な被害をもたらす時限爆弾である。『信長が意図的に兄弟間の競争意識を持たせるために仕向けたのだ』と疑われるのも当然といえよう。

 

 父親の思惑はさておき、これが信孝に終生ついてまわるコンプレックスになった。偉大な父と、尊敬すべき長兄。その次に並ぶのは自分以外にない。決してあのような愚弟が選ばれてなるものか。運命のいたずらで兄になっただけの凡愚が栄光に預かれるなど、断じてあってはならない。たとえ死ぬにしても、それだけは御免こうむる。

 

 20年間熟成された火種は盛大に噴き上がった。織田家、ひいては戦国の世に多大な影響を与えるであろう大評定、いわゆる清須会議において、信孝は大いに訴える。自分こそが織田家当主にふさわしい、父と兄が為せなかった天下統一の覇業を止めてはならぬ、織田家の覇道に変わりはない───。

 

 信孝としては、信長・信忠が主導してきた織田家の戦略がこれ以上停滞するのを避けるために洩らした言葉に過ぎなかった。ましてやこれが致命傷になるとは夢にも思うまい。少なくともその日、清須に集まった有力武将達の中でひとり、日輪の輝きを放つ男に進むべき道を示したのは間違いなかった。

 

「変わりはない、ですか。この日ノ本の在り様を変えてみせた大殿を継ぐ者としては、いささか似つかわしくないお言葉にございますなぁ。そうではありませぬか、お歴々の皆様」

「猿? 貴様、何をいって───」

 

 会議は一変した。信孝の演説が途切れた瞬間、仇敵・明智光秀を討伐した忠臣である羽柴秀吉が盛大に柏手をポンと打つや、締め切っていた襖が開け放たれ、小姓にうやうやしく抱かれたひとりの赤子が姿を見せる。

 

 その御子こそが織田信忠の嫡男・三法師。信長の正式な孫であり、信孝・信雄よりも序列は高い。年齢の問題こそあれ、有力な補佐が付けば解決できる分、不和を抱えた兄弟よりも盤石といえよう。

 

 小姓から無力な赤子を受け取った秀吉が、主なき上座に腰を下ろして宣言する。

 

「御一同! この御方こそ織田家の新当主、三法師様であられまする! 頭が高い!!」

 

 かくして織田家の正当なる後継者が決まり、次期当主の座から脱落した信孝は呆然とした様子で領地へと帰っていった。翌年、信孝は柴田勝家と組んで秀吉に戦いを挑むが敗北し、居城に籠もる。忌み嫌った兄弟である信雄によって城を落とされ、最期には切腹。25歳の若さであったという。

 

 父と兄を失い、因縁の相手を滅ぼして生き残ったのは、織田信雄。

 

 『戦国一の不覚人』と呼ばれる男であった。

 

 

 

 

「ところで殿、清須の会議では何か発言したのですか?」

「おれか? 評定の前に秀吉から献上された酒が美味くてな。ぐうぐう寝てた」

「邪魔にならないよう潰されたわけですな。太閤様の手際は抜かりなし、と」

 

 

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