三介殿のなさる事だから(諦め) 作:数寄にあらず
後世でそんな不名誉極まりないあだ名を付けられるとは露知らず、少年は親譲りの整った顔を曲者に近づけて、納得したように頷いた。
「なんだお前、見かけない顔だと思ったら伊勢の者か。さては北畠だな? うちはいま、長きに渡る斎藤との決戦で気が立っているというのに、よく入り込めたものだ。お前のような輩を忍びというのだったか?」
ようやく熱湯危機一髪から回復した曲者こと滝川雄利が、火傷でヒリヒリする舌に苦労しながら首を横に振る。
「あちちち……いやいや、違いまする。それがし、忍術の手ほどきこそ受けましたが、北畠に仕えているわけではありませぬ。あの東海道一の弓取り・今川義元を討った織田の家中、ひとつこの目で見てやろうと思った次第にて」
嘘ではない。事実、滝川雄利は伊勢の国司・北畠家の庶流である木造家の生まれであり、れっきとした武士階級の出自だった。幼少期に武士には向かぬとして出家させられた上、源浄院主玄という僧名まで与えられたのだが、あまりの退屈に寺を飛び出して自由気ままな旅暮らしの身である。
「ほう? 結構な腕だと思ったが、主無しとは……ああ、言われてみればそうだ。お前の顔には必死さがない。せいぜい物見遊山のそれだ。前に忍び込んできた賊ときたら、見つかった瞬間に干し大根のように萎びた顔になったからな。あれに比べれば、お前の顔はまんじゅうのように丸い。うむ、まんまるだな!」
ぷく~っと口を膨らませてみせる。十人並みに整った顔で惜しげもなく変顔を披露してみせる様子は、およそ大名の子息からは程遠かった。
「丸いのは否定しませんが、まんじゅうに例えられるのは心外ですなぁ。せめて満月といっていただきたい」
「白昼堂々と忍び込んできた上に大層な要求をする奴だな! 図々しい事この上ない! だが面白いぞ、おれが許す!」
命を狙いにきたのかもしれない曲者相手に大口を開けて笑う茶筅丸も脳天気だが、見るからに身分の高い貴人相手に軽口を叩いてのける雄利もまたクソ度胸の塊である。似た者同士な凸凹コンビであった。
この後、御曹司にまったく物怖じしない雄利を気に入った茶筅丸が自分に仕えるように命じ、底の抜けた壷のような上司に興味が湧いた雄利が応じたため、ふたりは名実ともに主従となる。その付き合いは思いのほか長く、戦国の世が終わりを迎えたさらに先まで続く事になるとは、当の本人達でさえ知るよしもなかった。
「あの時はよく拙者の隠れ身を見破りましたな。それなりに自信はあったのですが(気配遮断:B)」
「生まれつき目が良いからな。物の価値がわかる男とは、おれのためにある言葉よ。わかったらもっと敬え(芸術審美・狂:B-)」
「……物売りにしょっちゅう騙される人が?」
「損はしておらんからいいのだ!」