三介殿のなさる事だから(諦め) 作:数寄にあらず
「父上なのに女っておかしくないか?」
「あなたは何をいっているのですか?」
数百年後にはSNSで炎上しそうな疑問をド直球でぶつけてくる主に向かって、滝川雄利は真顔で質問を返した。この御曹司に仕えてはや半年、関係各位への挨拶回り兼主の突飛な思い付きから行われたイタズラの謝罪行脚をすでに三周こなしている。出会いの時点では雀の涙ほど存在していた遠慮は完全に消滅しており、ツーカーの仲であった。
うーむ、うーむ、と茶筅丸が唸る。
「おかしいとは思っていたのだ。なあ雄利よ」
「はっ」
「人というものは、男と女からしか子が生まれないのは自然の摂理だろう?」
「左様ですな」
もっともらしく頷きを返す。そこまで知らなかったらどうしようかと思っていたので、雄利はこっそり安堵した。
では、と茶筅丸が続ける。
「女である父上は、どうやっておれ達をこさえたのだ?」
「……」
雄利が無言になるのも構わず、純粋な疑問に悩む少年は首をかしげた。
「おかしい。絶対におかしい。だって父上は女だろう? いまは男にも女にも見える容貌だが、年始参りで視た父上は明らかに女だった。つまり、父上は女だ。しかし、おれや兄弟の母もまた女なのだ。男と女からしか子は生まれないのに、どうして女と女の間からおれや兄弟は生まれたのだ?
いや待て。おれが母だと思っていた母が実は男で、父だと思っていた父上が実は女であったのか? となれば、実際におれを生んだのは、おれが母だと思っていたが実は父であった男ではなく、おれが父だと思っていたが実は母であった女であったという事になる。なんだこのややこしさは。まあいいか。
そうなるとだ、おれと長兄の母だが実はそうでなかった男だけでなく、三七丸やほかの家でも同じと考えていいだろう。だがそんな事があるか? こんな面白、じゃなかった面妖極まりない事態になっているのに、家中の誰も気にしないとかありえるのか? まともなのはおれだけか!
わからん。本当にわからん。わからんのはおれがたわけているからか。誰もがおれをたわけだという。おれもおれの事をほんのちょっとだけたわけだと思っていなくもない。しかし、たわけのおれがおかしいと思う疑問を、誰も気にしないで当たり前のように受け入れている。それこそがおかしいのではないか? おかしいのはおれではなく、世の中なのではないか?
答えはどこだ。どこに答えがあるのだ。ああ、おれには何もわからぬ。この目が映した光景は真実か? それともまがいものか? あるいは胡蝶の見る夢なのか? もはやそれすらもわからぬ。ああ、父よ! もしくは母かもしれぬ者よ! どうか答えたまえ、このおれを蝕む世界に光をもたらしたまえ! ああ、脳が! わが脳に閉じた目が開────
「ふん!」
「ぐえっ」
途中から色彩を失っていた茶筅丸の目が妖しく光り出したところで、雄利によるゲンコツが脳天に炸裂した。火花が散るような衝撃で現実に帰還した茶筅丸が、きょろきょろと周囲を見回してから、不思議そうに雄利を見る。目の光は元に戻っていた。
「……さっきまでの記憶がない。雄利よ、おれは何かいっていたか? たしか父上について考えをめぐらせた気がするのだが。あと、ものすごく頭が痛いのだが」
「いえ、何も。おそらく木登りで落ちたのでしょう。水で冷やすのが良いかと」
「そうか……何か忘れているような、忘れたままにしておいた方が幸せのような……ううむ、クラクラしてきた。雄利、おぶってくれ。堺から送ってきた金平糖でも食べよう」
雄利におんぶされて屋敷へと戻る茶筅丸。この日以降、彼がつかの間だけ繋がったかもしれない外なる神と再び繋がる事は二度となかった。あるいはその度に忠実な部下によってキャンセルされたのだろう。ともあれ、元服前の平穏な一日が今日も過ぎていくのだった。
信雄のヒミツ①
実は、一日に一度SAN値(正気度)チェックイベントが発生している。
雄利のヒミツ①
実は、主君に対してのみ成功率100%の精神分析(こぶし)が使える。