ノルドはあきらめない   作:桜の木の下の住人

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北辺の大学校

「コレは由々しき事態です」

 

 レッドウィンター連邦学園と校区の境を面した北の果て、凍土と深緑のフィヨルドに佇む前時代的な木造校舎、澄んだ柔らかな陽の光が差し込むその生徒会執務室の最奥に置かれた無垢材の豪奢なデスクの向こうから鈴のように澄んだ声が響いた。

 革製の年季の入ったチェアに腰を下ろしている痩身の青白い少女が眉間に跡が残りそうなほどの皺を寄せていた。デスクに肘をつき口元で組まれている腕でその表情は伺えない。

 

「年々減少する生徒数と厳しさを増す校区の環境の変動に対処するため、地理的に地域の中心に位置していたノルン気象大学校を母体に周囲の各校と合併し昨年度から総合大学校として再出発した我が校ですが。私たちの置かれた状況はあまりにも厳しいと言わざるを得ません」

 

 執務室に呼び出され彼女の前に直立している私に一瞬ちらっと視線を投げかけ少女、"ノルン総合大学校生徒会長"『丹山(にいやま)ナノハ』は言葉を続ける。

 

「もともと体力に乏しい辺境校の寄り合い世帯です。各校の持ち寄った資金や人材では諸々の問題を解決するには到底足りず、未だ統合された新校舎は建設の目処すら立たずに各々の学科が元の校舎に散らばって活動している始末」

 

 深く寄せられていたナノハの眉がへにゃりと下がる。

 

「予算を統合し再分配した結果、存続が危ぶまれていた旧学校…学科の延命には成功しましたがリソースを減じられた分野の生徒からは不満が出ています」

 

 私たちが置かれている現状の再確認が終わったナノハの顔が伏せられる。

 

「このままでは………禍根だけを残してこの学校は空中分解してしまうかもしれない…」

 

 吐き出された空中分解という言葉が彼女の肩と共に震えていた。

 重苦しい空気が生徒会執務室に漂う。彼女の背負っているその細い身体には不釣り合いなほど重い責任が見えるかのようだった。

 

「近く、D.U地区の連邦生徒会本部に資金援助と環境問題解決の助力を請う使者を派遣します。貴女にはその護衛を担って頂きたいのです。ノルン総合大学校保安隊第一特車隊隊長『國ノ十(くにのじゅう)アイ』さん」

 

 組まれていた手を膝元に下ろし泣きそうな顔を上げたナノハに縋るような目で見つめられ私は居心地が悪くなりコホンと咳払いをひとつ。

 姿勢を正し少しラフな敬礼をして私は命令を受け取った。

 

「保安隊第一特車隊隊長國ノ十アイ、謹んで拝命いたします」

 

 一旦言葉を区切り出来るだけお気楽な顔を作るよう意識して私はナノハに笑いかけた。

 

「大丈夫だって先輩、またすぐにオーロラを眺めながらマスを釣って過ごせる毎日が送れるようになるさ」

 

 私が言うとナノハは困ったように、もしくは少し寂しそうに笑う。

 

「ふふ、そうですね。私はもう部長ではありませんが天体観測部のみんなでまたフィールドワークができたら嬉しいです」

 

 難題塗れの学校の行く末に絶望し卒業していった先代の生徒会から半ば強引に指名され三年生に進級すると同時に生徒会長の座に据えられたナノハは目に見えて無理に無理を重ねていた。

 あまりにも方向性の違いすぎる旧各校の折衷を行い会計と乏しい予算をやりくりする。

 誰もが納得する答えなどあるわけが無くて針のむしろの毎日だ。

 論文を書き、成果を学会で発表していればよかった日々が懐かしいと彼女は言う。

 生粋の研究者でありその日の天気と共に生きる彼女は本来ならば生徒会長などという足枷に囚われてはいけない人なのだ。

 

 中学時代から付き合いがあった身としてはなんとか助けになりたいが政治や金勘定に疎い私には出来ることがあまりにも少ない。

 だから今回ナノハに頼られたことは嬉しい。本人の心労を思えば素直に喜べないがこの機会を逃す気にはなれなかった。

 

「使者にはサチをお願いしています。貴女には戦車を1輌出していただきたい」

「戦車を?ここから幾つかの学区を通過してキヴォトスの中心に差し向けるのは色々言われないか?」

 

 爆弾や銃が一般的なキヴォトスであっても戦車のような大型兵器を動さなくてはならないシチュエーションは限られる。

 ましてや他校の地域に装甲戦力を持ち出すことはデリケートな問題を招くことにもなりかねない。

 しかし私の懸念をナノハは否定する。

 

「現在キヴォトスの中心地は連邦生徒会会長の失踪に伴った政情不安により治安が加速度的に悪化しています。ブラックマーケットやその他裏ルートから反社会グループに装甲車輌を含む重火器が流れヴァルキューレ警察学校だけでは治安を保てていない状況です。そんな中軽装備の使節団を向かわせ万が一重傷を負い交渉が不可能になるようなことがあれば……うぅ」

 

 最悪の未来を想像して鳩尾を抑えたナノハに私は慌ててこれ以上の追求を避けた。

 

「分かった分かった、全力を尽くすよナノハ先輩。大丈夫サチは私が守るから」

「ありがとうございます。貴女にそう言って貰えるといくらか安心できます」

 

 今は席を外している狸顔に瓶底眼鏡を掛けた猫背の会計を防衛することを誓うとナノハはくれぐれもと念を押す。

 

「装備や細かい交戦規定は一任します。ただ主砲など大規模な破壊を招く兵器の使用は控えていただくとありがたいです」

「うん。胃に優しい戦闘を心がけるよ」

「ふふふ、よろしくお願いしますね。アイちゃん、どうかご無事に」

「ああ、もちろん」

 

 一瞬だけ重責を担う前の面影を覗かせてナノハと私は微笑みを返す。

 

 

 友よ盟友よ私を信じた人よ。あなたは私が必ず支えてみせる。

 

 心の中で改めて決意する。

 やるべきことは山積みだ。在校生を纏め、資金を集めてこの学校を残すこと。

 彼女1人では到底背負いきれない課題だ。皆が一丸となって事に当たらなければならない。

 

 この辺境を守るにはあまりにもか細い彼女を、彼女が守りたいものを守ってみせる。

 

 ナノハに見えないように私は拳を握った。

 

 その後に続いた細かい話し合いが終わり執務室から出ると廊下に差し込む光はオレンジ色に変わっていた。細かい調整に思いのほか時間を食っていたようだ。執務室前のガンラックから4インチ仕様M1917リボルバーを収めたチェストホルスターを拾い制服の上に着け直す。

 

 

 つかつかとタンカーブーツを鳴らしながら場所を移し、ここは第一特殊車両隊格納庫。私の持ち場でもあるそこに4輌の小さな戦車が停め置かれ仕事の時を待っていた。

 見た人に漫画の中に登場するデフォルメされたマスコットの様な印象を抱かせる避弾経始を意識した丸っこい装甲の塊。

 

 ノルン総合大学校主力戦車『チャーフィー軽戦車』。

 軽く素早く小さな可愛いやつだ。

 本来は5人乗りだが防衛科と技術科が研究していた自動装填装置や無線機の進化で車長・砲手・操縦手の3人いれば不自由なく運用が可能。

 小さな車体と軽い重量で鬱蒼とした森林地帯でも高い機動力を発揮する。

 ノルン総合大学校ではこのチャーフィーを主力に防衛科の保有していたシャーマン中戦車と技術科の38t軽戦車の小隊を都度編成して運用している。

 

 駐車されていたチャーフィー軽戦車の内の1輌、隊長車であり愛車でもある第一特車隊1号車に歩み寄り私は車体正面に描かれたノルン総合大学校のシンボルマークを撫でる。

 

 ヴァイキングの盾とヘルメット。

 

 私たちこの地方の人間の象徴。

 魂の形。

 

「頑張ろうね、相棒」

 

 冷たい装甲板を愛おしくひと撫ですると私の思考も冷えていく。投入する人員と携行する装備品、護衛中の行動、到着後の振る舞いなどの計画を組み立てていく。

 

 夜が更けるまで私は思考の底に居続けた。

 

 

 

 それから幾度かの夜が明け、使節である生徒会会計『大川サチ』やナノハ、私と他の護衛の戦車クルーとの打ち合わせが終わり出発の時が来た。

 

「頼みましたよ皆さん。無事に帰ってきてください。そして良い報告を待っています」

「ああ、サチは私たちに任せてくれ」

「はい必ず援助を取り付けてきます」

 

 私と瓶底眼鏡の向こうに決意のこもった瞳を隠したサチが力強く頷きナノハに答える。

 

「みんな行こう、乗車!」

 

 チャーフィーとその前に待機していたクルー2人に向き直り私は出発を告げる。

 慣れた様子でハッチの中に滑り込んでいくクルーに続き私もチャーフィーの砲塔、車長用ハッチに身を沈める。

 

 戦闘要員ではなく喧嘩慣れもしていないサチは学校の現状をまとめたレポートとナノハからの嘆願書を収めたブリーフケースを持ち学校の公用車でノルン校区駅まで向かいD.U.の駅で連邦生徒会からの迎えの車で本部ビルに移動する手筈になっている。

 私たちは同じくハイランダー鉄道学園の運営する列車でキヴォトスの行政の中心D.U.連邦生徒会本部へ行き中央からの支援を取り付ける彼女の道中を守ることが今回の任務だ。

 

 

ナノハに見送られノルン総合大学校旧気象大学校校舎を出発したサチと私たちは鉄道駅の貨物ターミナルから車両輸送用の貨車にチャーフィーを積載しサチは客車で、私たち戦車クルーは不意の遭遇戦に備えて戦車内で待機する。車掌のハイランダー生徒曰く連邦生徒会長失踪後はハイジャックや列車強盗も増えているそうだ。

 道中気を抜ける瞬間はないかもしれない。

 

 緊張が顔に出ていたの車長席のすぐ前にある砲手席から同行する2人の部下の内の1人、チャーフィーの砲手である五月雨アヤコが私の方を不安な顔で振り返っていた。

 

「隊長ちゃんだいじょうぶ?飴ちゃんいる?」

「ううん今はいいよありがとう」

「きっとうまくいくよ。連邦生徒会の役員は各校から選ばれたエリートだから、私たちが思いつかないようなアイデアと方法で助けてくれるかも」

「だと、良いんだけどね…」

 

 不安は拭えないが私が悩んでいても仕方がない。揺れる列車は関係なく進んでいく。私は車長席に座ったまま目を閉じホルスターから抜いたM1917を撫でる。ゆっくりとハンマーから銃身まで手袋越しに繰り返す。落ち着きたいときの私のルーチンだ。今は神経と感覚を休ませよう。

 

 

 

 この時の私はキヴォトスの外から来たたった1人の大人が全てを変えていくなんて想像もしていなかった。

 これからの波乱も変化も何も予感できていなかったのだ。

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