歴史改変能力者は世界の裏を日本に生やしたい 作:無異常世界
拓真はリュックを背負った。
玄関を出て、鍵をかける。
いつもなら、それだけの動作だった。
今日は違う。
ポケットの中にはスマートフォンがある。
財布も、家の鍵もある。
背中には、必要最低限だけを入れたリュック。
全部、これから確かめるためのものだった。
家から少し離れた河川敷まで歩く。
夜になりきる前の空はまだ明るい。
川沿いの道には、ときどき犬を連れた人や自転車が通った。
拓真はすぐには始めなかった。
水際から離れる。
車道からも離れる。
段差が少なく、周囲に人がいない場所を探す。
もし移動した先に人がいたら。
もし壁や柵と重なったら。
能力が何をするのか分からない以上、そういう可能性は一つでも減らしたかった。
しばらく待つ。
犬を連れた人が遠ざかる。
自転車も通り過ぎる。
拓真は河川敷を見回した。
少し離れたところに、何もない開けた場所が二つある。
一つを最初の位置に決めた。
スマートフォンを取り出す。
通信を切る。
自動で何かが同期されたら、持ち込んだ物の違いを確かめにくくなる。
メモを開いた。
『河川敷』
『試験前』
『この時点では一人』
そこまで入力し、周囲が分かるように写真を撮った。
今、自分は一人。
それを残す。
次に、もう一つの開けた場所まで歩いた。
振り返る。
さっきまで立っていた位置が見える。
誰もいない。
拓真はメモへ一行足した。
『ここから少し前へ移動する』
今度は向きを変えて写真を撮る。
この記録は、今ここにいる自分のスマートフォンにしかない。
もし本当に過去へ行けるなら。
過去にいる自分の端末には、まだ存在していないはずだった。
拓真は画面を閉じた。
息を吐く。
怖い。
第二話で何度考えても、その感覚だけは消えなかった。
けれど。
それ以上に、見たかった。
拓真は能力を使った。
目の前が暗くなるわけでもなかった。
身体が強く引かれるわけでもない。
ただ。
一瞬前までそこにあった景色の並びが、わずかに違っていた。
風の音は同じだった。
川も同じ方向へ流れている。
夕方の空も変わらない。
なのに。
さっき通り過ぎたはずの自転車が、遠くからこちらへ近づいてきていた。
拓真は息を止めた。
視線を横へ動かす。
最初に決めた場所。
そこに、人がいた。
リュックを背負っている。
スマートフォンを持っている。
見慣れた服。
見慣れた立ち方。
見慣れているはずなのに、自分で見ることだけはない顔。
「……は?」
向こうの拓真が言った。
こちらも、たぶん同じ顔をしていた。
「たぶん、成功した」
「成功したって」
向こうの視線が拓真の顔から、服、リュック、手元へ順番に動く。
「お前」
「俺」
「……俺?」
「たぶん」
「たぶんって何だよ」
「こっちも初めてなんだから知らん」
二人とも動かなかった。
少し距離を取ったまま、互いを見る。
笑えない。
けれど、目を逸らすこともできなかった。
拓真は、自分の顔を鏡以外で初めて見ていた。
映像ですらない。
目の前に立っている。
呼吸している。
こっちと同じように戸惑っている。
それだけで、頭の奥が熱くなった。
「そっち、スマホ」
拓真が言った。
「ああ」
「メモ開いて」
向こうの拓真がスマートフォンを操作する。
こちらも同じ画面を開いた。
二人で見せ合う。
『河川敷』
『試験前』
『この時点では一人』
そこまでは同じだった。
向こうの端末には、それしかない。
こちらには。
『ここから少し前へ移動する』
その一行が追加されている。
写真も違った。
最初に撮った写真は、両方にある。
次の場所から撮った写真は、こちらにしかない。
向こうの拓真が黙る。
拓真も黙った。
見間違いではない。
記憶だけの話でもない。
二台ある。
同じ端末が。
片方には、向こうにとってまだ撮っていない写真が残っている。
「鍵」
向こうが言った。
拓真はポケットから家の鍵を出した。
向こうも出す。
同じ形の鍵が二つ。
「……あるな」
「ある」
「財布も?」
「たぶん」
「そこまで全部出す?」
「いや、いい」
二人とも同じタイミングで鍵を戻した。
その動きまで似ていることが、妙に気持ち悪かった。
拓真はメモへ記録する。
『自分が二人いる』
『スマートフォンも二台ある』
『後から作った記録は持ち込んだ側だけにある』
『鍵も二つある』
指が止まった。
続けて、
『世界が分岐した』
と打つ。
少し考えて消した。
『過去が上書きされた』
それも消す。
『元の未来が消えた』
そこまで入力して、また消した。
分からない。
目の前にあるのは、結果だけだ。
どういう仕組みなのかは見えていない。
拓真は最後に一行だけ残した。
『仕組みは不明』
「それで」
向こうの拓真が言った。
「次、待つんだろ」
「ああ」
二人とも分かっている。
今回の試験で、一番確かめたかったことの一つ。
こちらの拓真が能力を使った元の時刻。
そこまで待つ。
向こうの拓真は何もしない。
能力も使わない。
ただ、その場にいる。
拓真も隣には寄らず、少し離れた位置で待った。
川の音。
草が擦れる音。
遠くの車。
さっき近づいてきた自転車が通り過ぎていく。
時間だけが進む。
何も起きない。
向こうの拓真は消えない。
突然どこかへ飛ぶこともない。
こちらの拓真も消えない。
到着がなかったことになる様子もない。
しばらくして、向こうが口を開いた。
「……過ぎたよな」
「たぶん」
「俺、何もしてない」
「見れば分かる」
「勝手には飛ばない」
「少なくとも今は」
拓真は答えた。
断定できるのは、そこまでだった。
同じ条件なら必ずそうなるのか。
別の時代でもそうなのか。
何度繰り返しても同じなのか。
そんなことは分からない。
けれど。
今回の自分が、未来側で一度やった移動。
それが、過去に残った自分へ自動でやり直されることはなかった。
そして。
それでも、ここへ来た自分は残っている。
拓真は目の前の自分を見る。
向こうもこちらを見ていた。
「これ」
向こうが言った。
「もう、元のままじゃないよな」
拓真は返事をしなかった。
返す必要がなかった。
自分が過去へ来た。
過去の自分と会った。
その自分は、元の自分と同じ行動を繰り返さなかった。
それでもこちらは消えなかった。
試験しただけだ。
ほんの少し前へ移動しただけ。
それだけで。
もう、起きたことが違う。
拓真はスマートフォンへ視線を落とした。
ただ観測して、終わったら元へ戻す。
そんな種類の試験ではない。
やれば。
やったことが残る。
「もう一回やる?」
向こうが聞いた。
「やらない」
拓真は即答した。
「だよな」
「一回で俺が二人。スマホも二台。鍵も二つだぞ」
「増やせば分かることもあるだろ」
「分からないものを増やすために、分からないことを増やすのは嫌だ」
向こうの拓真が少しだけ笑った。
「俺も同じこと言うと思う」
「俺だからな」
「気持ち悪いな、それ」
「こっちの台詞だ」
短く笑った。
笑ったあとで、二人とも黙る。
拓真はメモへ書き足した。
『近い過去への追加試験は止める』
ここまでで十分だった。
過去へ行ける。
自分がすでにいる時点へ行けば、二人になる。
持ち込んだ物も残る。
持ち込んだ側には、その時点より後で作った記録が残っている。
元の移動時刻になっても、残った自分が勝手に同じ移動をするわけではない。
そして。
試した時点で、過去はもう元と同じではない。
拓真は顔を上げた。
目の前には、まだ自分がいる。
偽物ではない。
動画でもない。
仕込みでもない。
調べれば調べるほど、普通の説明へ戻っていく類のものでもない。
自分でやった。
自分で見た。
自分で触れる距離にある。
胸の奥から、笑いそうになるほどの感覚が湧いた。
怖い。
本当に。
何が起きるのか分からない。
それでも。
嬉しかった。
ずっと見たかったものが、今ここにある。
潰れないやつが見たいから。
真吾へ言った自分の言葉を思い出した。
怖いかどうかは、その後だろ。
今が、その後だった。
「何笑ってんだよ」
向こうの拓真が言った。
「笑ってた?」
「ちょっと」
「お前もだろ」
「俺は引いてる」
「同じ顔で言うな」
拓真は息を吐いた。
川の向こうへ視線を向ける。
これで、最初の確認は終わった。
本当に過去へ行けるのか。
答えは出た。
行ける。
そして。
行くだけでは済まない。
「で」
もう一人の自分が言った。
「これからどうする?」
拓真は、すぐには答えなかった。
少し前までなら。
過去へ行けるなら、何ができるか。
そんなことばかり考えていた。
けれど今は。
何かをするということが、どういう意味なのか。
それを実物で見てしまった。
過去へ行けば。
そこで自分がしたことは、ただの見学では終わらない。
その後に残るものを変える。
戻せる保証もない。
消せる保証もない。
なかったことにできる保証もない。
拓真は、もう一人の自分を見る。
答えはまだ口にしなかった。
ただ。
次に過去へ行くなら。
今度は、試験ではない。
そのことだけは、もう分かっていた。
改稿前verだけ見て切られたら困るんですが、消した方が伸びると思いますかね?
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消した方が伸びる
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消さない方が伸びる
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どっちでも良い