歴史改変能力者は世界の裏を日本に生やしたい 作:無異常世界
田代修平が瀬尾和枝の話を聞き終えた時、待合にはまだ三人残っていた。
朝から腹を壊した男。
咳の抜けない老人。
昨日、木箱を落として足の甲を腫らした女。
田代は和枝と澄江を診察室の隅へ座らせたまま、先にその三人を診た。
澄江は最初、それが少し意外だった。
和枝は昨日のうちに、田代へ話せるだけのことを話すと言っていた。
人に触ると、身体の中の変なところが分かる。
そんな話を聞いたら、大人はもっと驚くと思っていた。
すぐに何度も確かめたがるか。
嘘をつくなと怒るか。
どちらかだと思っていた。
けれど田代は、咳をする老人の背中へ聴診器を当て、息を吸わせ、吐かせた。
足を腫らした女には靴を脱がせ、どこを押すと痛むかを聞いた。
薬包紙を折りながら、家でどうしていたかを確かめる。
いつもと同じだった。
少なくとも、澄江の目にはそう見えた。
最後の患者が出ていってから、田代は戸を半分閉めた。
「待たせたな」
「学校があります」
和枝が言う。
「遅れて行くとは伝えてありますけど」
「なら、長くはやらん」
田代は机へ戻り、昨日の話をもう一度最初から聞いた。
朝、転んだ子の腕。
文子の指。
文子とぶつかった時に入ってきた感覚。
家で和枝の手に触れた時のこと。
澄江が話すたび、田代は途中で言葉を足さなかった。
「熱かった、というのは皮膚が熱かったのか」
「違う」
「見えたのか」
「見えてない」
「形は」
「丸い時もあった。でも、丸く見えたんじゃなくて……そこだけそういう感じがした」
「そういう感じ、でいい。分からんところを綺麗に言うな」
澄江は少しだけ眉を寄せた。
「綺麗に言ってない」
「なら、そのままでいい」
田代は紙へ書いた。
位置。
熱。
硬さ。
重さに似た違和感。
見えるわけではない。
病名は分からない。
触れた後に残ることがある。
何度か続くと気持ちが悪くなる。
そこまで書いて、鉛筆を置いた。
「次に、お前の方を診る」
澄江が顔を上げる。
「私?」
「人の身体が分かる話より先に、お前の身体に何か起きてないかを見る」
田代は丸椅子を少し離して置いた。
「触る時は先に言う。嫌なら言え」
澄江は和枝を見た。
和枝は頷くだけだった。
田代は体温を測った。
脈を取る前にも、手首へ触れると言った。
目を見る。
喉を見る。
両腕を前へ伸ばさせる。
指を曲げさせる。
歩かせる。
頭痛はない。
吐き気もない。
耳鳴りもない。
昨夜は途中で何度か起きたが、朝には残っていた感覚のほとんどが消えていた。
「今、俺が触ったところから何か入ったか」
「分からない」
「分からない?」
「先生の手が触ったのは分かる。でも、昨日みたいなのはない」
「自分の身体は」
澄江は首を振る。
「何も分からない」
田代はそれも書いた。
和枝が覗き込む。
「身体は悪くないんですか」
「今見た範囲で、すぐ寝かせなきゃならんものはない」
「じゃあ病気じゃない?」
「そこまでは言ってない」
和枝が口を閉じた。
田代は紙の上を鉛筆の先で軽く叩いた。
「ないと分かったものと、まだ見つかってないものは別だ」
澄江は昨日の夜を思い出した。
和枝も同じことを言っていた。
まだ分からない。
田代は、その言葉を嫌がらなかった。
* * *
「確かめるなら、知らないものをいきなり探させるのは後だ」
田代は古い紙を二枚出した。
一枚には澄江の名前。
もう一枚には、何も書かれていない。
「まず、後で確かめられるものからやる」
和枝の顔が固くなる。
「患者さんには触らせませんよ」
「そのつもりはない」
田代は即答した。
「今ここにいる三人だけだ」
「先生も?」
「俺も」
澄江は自分の手を見た。
朝から誰にも触っていない。
文子も約束を守ってくれた。
家を出る前、和枝が帯を直した時も、服の上からだった。
「嫌ならやらなくていいぞ」
田代が言う。
澄江はすぐには頷かなかった。
「何回?」
「まだ決めてない」
「決めてないの?」
「お前がどのくらいで嫌になるか分からんからな。だから一回ずつ決める」
それなら、昨日よりましだった。
何人も並ばされるわけではない。
終わりがなくなるわけでもない。
澄江は頷いた。
「一回なら」
「よし」
最初は和枝だった。
田代は和枝に何か小声で聞き、澄江には聞こえないよう紙へ書いた。
「何書いたの」
「後で見せる」
「ずるい」
「お前が先に読んだら比べる意味がない」
和枝が右手と左手を机の下へ下ろした。
田代は布を一枚渡す。
両手の先が見えないようにする。
大げさな仕掛けではなかった。
澄江はそれでも少し緊張した。
「どっちでもいい。手首の辺りへ一度だけ触れろ」
「一度だけ?」
「まずはな」
澄江は左へ触れた。
皮膚の温かさ。
それだけ。
少し待つ。
昨日のような、内側から押し返してくる変な感覚はない。
「何もない」
田代は書く。
次に右。
指が手首へ触れた瞬間は同じだった。
けれど、少し遅れて重い感じが戻ってきた。
親指の付け根から、手首の内側。
昨夜、家で触れた時と似ている。
その奥に、もう一つ。
もっと細い熱がある。
手首ではない。
指の方。
「昨日のもある」
「昨日の?」
「叔母さんのここ。重いやつ」
澄江は自分の親指の付け根から手首をなぞった。
「それと、先に細く熱いところ」
「どの辺だ」
「真ん中の指。先の方」
和枝が布を外す。
右手の中指に、小さな赤い点があった。
田代が目を寄せる。
「針か」
「昨夜です」
「手首の方は」
和枝は右手を握って、少し回した。
「朝もまだ重いです。昨日よりはましですけど」
「澄江は針を見たか」
「見てない」
澄江が言う。
「でも叔母さん、いつも縫ってる」
田代が顔を上げた。
「そうだな」
澄江は少し驚いた。
当たったのに、喜ばない。
「当たってるでしょう」
「位置は合ってる」
「じゃあ」
「和枝さんが針仕事をするのを、お前は知ってる」
「でも、どの指かは知らない」
「それも書く」
田代は紙へ短く書き足した。
事前に針仕事を知っていた。
前夜に本人の手首の重さを一度経験済み。
同部位の違和感は翌朝も本人の自覚と一致。
傷の位置は事前に見ていない。
接触後の申告と針創の位置は一致。
「嘘だって思ってるの?」
「まだそんな話をしてない」
田代は鉛筆を置いた。
「お前が本当だと思って言ってることと、その感じが何なのかは別だ」
澄江は反論しかけた。
けれど田代は続ける。
「逆も同じだ。俺が今うまく確かめられなかったからって、お前が嘘をついたことにはならん」
それで、澄江は口を閉じた。
昨日から一番怖かったところを、先に言われた気がした。
* * *
二回目は田代だった。
「まだやるか」
「やる」
「気持ち悪くなったら、その時点で終わりだ」
田代は右足を少し前へ出した。
ズボンの裾は下ろしたまま。
「足首なら触れるか」
「うん」
澄江はしゃがんだ。
田代の右足首へ触れる。
最初は何もなかった。
そこから少し待つ。
重い。
右の脛の前側。
足首より上。
広くはない。
熱いというより、押し潰したような鈍い感じが重なっている。
「ここじゃない」
澄江は足首から少し上を指した。
「もっと上。前の方」
「どんな感じだ」
「重い。少し熱い。丸くない」
「どのくらい」
澄江は指で幅を作った。
田代はそこで裾を上げた。
薄く赤くなった場所がある。
和枝が息を吐いた。
「それ、どうしたんです」
「今朝、薬箱を運んだ時に診察台へぶつけた」
「澄江は知りません」
「知りようがないな」
田代は自分で押した。
少し顔をしかめる。
「痛む」
澄江は立ち上がった。
今度こそ。
そう思った。
「先生」
「位置はだいたい合ってる」
「だいたい?」
「俺が痛い範囲と、お前が示した範囲が完全に同じかは分からん」
「でもあるでしょう」
「ある」
田代は今度も、それ以上の言葉を足さなかった。
奇跡とも。
能力とも。
本物とも。
言わない。
ただ紙へ書く。
事前情報なし。
視認困難。
本人自覚あり。
位置おおむね一致。
澄江は、その書き方が少し気に入らなかった。
もっと驚いてほしいわけではない。
でも、何かすごいことが起きているはずなのに、田代の紙の上では四行になった。
「先生、怖くないの」
田代が顔を上げる。
「何が」
「私の手」
「今のところ、お前の手に噛まれてない」
「そうじゃなくて」
和枝が吹き出しかけて、口を押さえた。
田代は少し考えた。
「分からんものは怖いこともある」
「じゃあ何で普通なの」
「普通にはしてない。紙が一枚増えた」
澄江は机の上を見た。
確かに増えていた。
「それだけ?」
「今はな」
田代は紙を揃えた。
「分からんものを、分からんまま置いておくには、書いて残さないと勝手に分かったことになる」
その言い方は、澄江には少し難しかった。
でも。
嘘だと決めるのとも、何でも分かる手だと決めるのとも違うことだけは分かった。
* * *
三回目をやるかどうかで、田代は少し迷った。
澄江はまだ平気だと言った。
和枝は顔を見た。
「本当に?」
「まだ大丈夫」
手の中には、和枝の指先の細い熱と、田代の脛の重さが残っている。
混ざってはいない。
昨日ほど気持ち悪くもない。
だから澄江は、もう一度だけならと思った。
田代は左の足首を出した。
「今度は、俺には痛いところも傷も思い当たらん」
「じゃあ何もない?」
「それを先に決めるな」
澄江は足首へ触れた。
何もない。
そう思った。
離そうとした時だった。
遠いところから、細い冷たさが引っかかった。
胸。
左側。
足首とは全然違う場所。
昨日、文子へ強く掴まれた時に感じたものに少し似ている。
「待って」
田代は動かなかった。
「どこだ」
「胸」
「どっち」
「左」
澄江は自分の胸の横へ手を置いた。
「ここより少し中。細くて、冷たい」
田代は黙った。
「痛い?」
「いや」
「苦しい?」
「ない」
田代は足を引き、聴診器を取った。
自分では胸へ当てにくい。
和枝に持たせるわけにもいかず、しばらく脈を取り、深く息を吸い、吐いた。
顔色も変わらない。
息苦しさもない。
「先生、ある?」
「今の診察じゃ、対応するものは見つからん」
澄江の手が強張った。
「じゃあ外れた?」
「そうかもしれん」
「でも、今感じた」
「それも書く」
「何もなかったって?」
「お前は冷たいところを感じた。俺は今の診察ではそれに当たるものを確認できなかった。二つとも書く」
「どっちが本当なの」
「今は決められん」
澄江は田代を見た。
田代は困っているようには見えなかった。
分からないことが出たのに。
最初から、それが出るかもしれないと思っていたようだった。
「でも、一個外れたら全部違うかもしれないじゃん」
「そうだな」
あっさり言われて、澄江は腹が立った。
「先生、信じてない」
「信じるかどうかで診察する気はない」
「じゃあ何でやったの」
田代は紙を持ち上げた。
「分からんからだ」
澄江は黙った。
「当たったものだけ集めたら、何でも当たるように見える。外れたものだけ集めたら、何でも嘘に見える。だから両方残す」
田代はそこで一度言葉を切った。
「分からん。だから測る」
澄江は、その言葉を聞いて少しだけ力が抜けた。
分からない。
昨日から自分が何度も使った言葉だった。
大人に言うと、怒られると思っていた。
もっとちゃんと説明しろと言われると思っていた。
田代は違った。
分からないなら、そこから先を増やせばいいと思っている。
「もう一回やる?」
澄江が聞いた。
「やらん」
「何で」
「顔色が落ちた」
「まだできる」
「できるのと、続けていいのは別だ」
田代は立ち上がった。
「今日はここまで」
澄江は不満だった。
本当に疲れているか、自分ではまだ分からない。
けれど立ち上がった時、右手の中で二つの感覚が重なった。
和枝の指。
田代の脛。
その奥に、さっきの冷たさまで薄く残る。
どれが今触っているものでもない。
急に気持ち悪くなった。
澄江は椅子へ座り直した。
田代はそれを見ても「ほら」とは言わなかった。
コップへ水を注ぎ、机の端へ置く。
手渡さない。
澄江は自分で取った。
水の冷たさだけが手にある。
それが分かって、少し安心した。
* * *
休んでいる間、田代は次の患者を診た。
澄江に触れさせなかった。
待合にいた男が腹を押さえて入ってきても。
咳をする子どもが母親に連れられてきても。
田代はいつも通り聞き、見て、触って、薬を出した。
澄江は診察室の隅からそれを見ていた。
自分なら何か分かるかもしれない。
一瞬だけ思う。
男のお腹のどこか。
子どもの胸のどこか。
触れば、昨日のようなものがあるかもしれない。
でも。
田代は頼まなかった。
澄江も言わなかった。
患者が帰ってから、田代は聞いた。
「学校はどうする」
「行く」
「本当に?」
和枝が先に聞く。
「文子と約束した」
「なら、少し休んでから行け」
田代は和枝へ向いた。
「今日は人を診る遊びはさせるな」
「遊びにはさせません」
「頼まれてもだ」
和枝は少しだけ迷った。
その迷いを、田代は見逃さなかった。
「助かるかもしれない人がいたら、って顔だな」
「……そう思わない方がおかしいでしょう」
「俺も思う」
田代は言った。
「だから先に決める。触ってから、助けられそうだから使おう、にするな」
「でも本当に具合の悪い人がいたら」
「その時に俺へ連れてこい。必要なら考える。澄江が嫌ならやらん」
澄江が二人を見る。
「私がいいって言ったら?」
「それだけでも決めん」
「何で」
「子どもがいいと言ったら何でもやらせていいわけじゃない」
澄江はまたむっとした。
「子ども扱い」
「子どもだろ」
「十歳」
「知ってる」
和枝が笑った。
「学校へ行けるくらい元気なら、そこで喧嘩してきな」
「しない」
「昨日したでしょう」
「今日はしない」
それならいい、と和枝が言う。
診察室の中で、ようやく昨日までの話が少し戻ってきた。
学校。
文子。
遅刻。
いつもの一日。
澄江は水を飲み終えた。
立ち上がる。
「先生」
「何だ」
「さっきの外れたやつ」
「胸の冷たさか」
「消す?」
田代は机の紙を見た。
「消さん」
「何もなかったのに?」
「確認できなかった、って残す」
それを聞いて、澄江は初めて少し笑った。
「変なの」
「お前に言われたくない」
今度は和枝がはっきり笑った。
* * *
澄江を学校へ送ったあと、和枝はいったん家へ戻った。
田代の診療所には、昼を過ぎても人が来た。
切り傷。
熱。
薬の相談。
腹痛。
その合間に、田代は朝の紙を何度も開いた。
瀬尾澄江。
発熱なし。
意識に明らかな異常なし。
目、耳、四肢の動きに大きな異常なし。
他者への接触後、身体内部の異常を位置・熱・硬さ・違和感として訴える。
和枝の右手。
前夜と同様、親指付け根から手首の重さを申告。本人の自覚と一致。
右中指に針創あり。
針創の位置一致。
事前に裁縫作業を知っていた可能性あり。
田代の右脛。
打撲あり。
視認前、事前情報なし。
位置おおむね一致。
田代の左胸部。
冷感の申告あり。
通常診察上、対応する所見を確認できず。
続けて使った後、複数の感覚が残るとの訴え。
顔色低下。
休息後に軽快。
そこまで一つの流れで書いて、田代は止まった。
気に入らなかった。
澄江が感じたこと。
自分が診て確かめたこと。
二つが同じ行に並ぶと、どこからが何なのか分かりにくい。
澄江が「熱い」と言っただけで、そこに医学的な炎症があると読めてしまう。
逆に、病名へ結びつかなかったものを診断欄から外せば、最初から何もなかったようになる。
どちらも違う。
田代は新しい紙を出した。
定規を当てる。
縦に一本、線を引いた。
左へ書く。
通常診察・診断。
右で一度、鉛筆が止まった。
能力。
そう書くには早すぎる。
奇跡。
論外だった。
異常感覚。
それも、最初から異常だと決めている。
田代は少し考えてから書いた。
接触時所見。
左には、体温、脈、診察で確認した傷や痛み、対応する所見の有無。
右には、澄江が触れる前に知っていたこと、触れた場所、感じたこと、後から一致したもの、一致しなかったもの、疲れ方。
同じ紙の上に置く。
でも、同じ欄には入れない。
田代は朝の記録を移し直した。
途中で、右の欄へ一行加える。
本人が拒否した場合は中止。
さらに少し考える。
使用する理由を接触前に決める。
書いたところで、診察室の戸が開いた。
和枝だった。
「澄江は」
「学校へ行きました。文子ちゃんが待ってました」
「そうか」
和枝が机の紙を見る。
「増えましたね」
「増やした」
「先生」
「何だ」
「あれ、本当に何なんでしょう」
田代は紙から目を上げなかった。
「まだ分からん」
「朝の二つが合っても?」
「一つは知っていた可能性がある。一つはかなり合った。一つは確かめられなかった」
「それでも、普通じゃないでしょう」
「普通かどうかを先に決めても、診るものは増えん」
和枝は黙った。
「じゃあ、どうするんです」
田代は二つに分けた紙を指した。
「次も同じように残す」
「いつまで?」
「分かるまで、とは言わん。分からないままでも役に立つ形が見つかるかもしれん」
和枝が右の欄を読む。
接触時所見。
「病気を当てる欄じゃないんですね」
「病名は医者が診る」
「でも、澄江が先に見つけることはある」
「あるかもしれん」
「その時は?」
「診る場所が一つ増える」
田代はようやく顔を上げた。
「それで十分すごいだろ」
和枝は少し驚いた顔をした。
田代が初めて、朝の出来事へそういう言葉を使ったからだった。
「先生、驚いてたんですか」
「当たり前だ」
「全然見えませんでした」
「驚いたからって診察をやめる理由にはならん」
和枝はしばらく紙を見ていた。
それから、小さく息を吐いた。
「この紙、他の人にも見せるんですか」
「勝手には見せん」
「澄江の名前も?」
「診察の記録だから書く。外へ話すかは別だ」
「近所には」
「俺から言う理由はない」
和枝の肩から、少しだけ力が抜けた。
「ありがとうございます」
「礼を言うのはまだ早い」
「何でです」
「次に俺が頼みすぎるかもしれん」
和枝が田代を見る。
田代は冗談ではなかった。
「今日だって、二つ合った時に、次の患者へ触らせたら何が分かるか考えた」
「……先生も?」
「医者だからな。役に立つものが目の前にあれば使いたくなる」
田代は右の欄の一番下を指した。
本人が拒否した場合は中止。
使用する理由を接触前に決める。
「だから俺のためにも書いとく」
和枝は少しだけ笑った。
「先生が忘れないために?」
「人間は都合のいい時に忘れる」
診察室の外で、戸を叩く音がした。
田代は紙を診察票へ挟んだ。
「はい」
次の患者を呼ぶ。
和枝は横へ退いた。
朝まで、この診療所に存在しなかった欄が一つ増えていた。
それだけだった。
病名が増えたわけではない。
医学が別のものへ置き換わったわけでもない。
澄江の手が何なのか、まだ誰も説明できない。
ただ。
触れた時にだけ現れる、今までなかった情報を。
なかったことにも。
何でも分かるものにもせず。
次に比べられる形で残す場所ができた。
田代は新しい患者の前へ座った。
「今日はどうした」
いつもの診察が始まる。
机の中には、いつもの診察票と一緒に、二つへ分けられた紙が残った。
本物が一つ生まれた翌日。
この町では、それを見るための欄も一つ生まれていた。
改稿前verだけ見て切られたら困るんですが、消した方が伸びると思いますかね?
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消した方が伸びる
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消さない方が伸びる
-
どっちでも良い