歴史改変能力者は世界の裏を日本に生やしたい   作:無異常世界

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第十六話

甲高い音が出た瞬間、牧田廉は送りを止めた。

 

刃が材料から離れる。

旋盤の回転はそのまま続いている。

細長い材料の表面には、さっきまでなかった細かな筋が残っていた。

 

「また出たな」

 

横から覗き込んだ先輩が言う。

 

牧田は返事をせず、刃物台の位置を見た。

材料を見る。

固定を見る。

床へ落ちた切りくずを靴先で避ける。

 

「刃、替えるか?」

 

「その前に、もう一回いいですか」

 

「普通に?」

 

牧田は少し迷った。

 

「最初は普通に」

 

先輩が笑う。

 

「最初は、な」

 

機械を止める。

材料を確かめる。

刃先も見る。

緩みがないか触って回る。

 

見たところ、壊れているわけではない。

ただ、この材料をこの形まで細くしていくと、切削中に振れが出やすい。

何度か条件を変えた。

そのたび少し良くなり、別のところでまた鳴った。

 

牧田は機械を起こした。

 

回転音が戻る。

刃を当てる。

 

最初は滑らかだった。

少し進む。

 

また、細い震えが音へ混じった。

 

キィ、と高くなる。

 

「出た」

 

先輩が言う。

 

牧田は送りを止めた。

 

「今度、触ります」

 

「回すぞ」

 

「はい」

 

一度、手袋を外した。

袖口を見る。

回っている部分から距離を取る。

 

触るのは材料でも、刃物でもない。

旋盤の固定された側面だった。

 

掌を置く。

 

最初に来るのは、普通の振動だった。

機械が回っている。

床もわずかに震えている。

掌の下で、金属が細かく繰り返している。

 

牧田はそこへ意識を向けた。

 

消す、という感じではない。

止めるのとも違う。

 

ばらばらに指へ入ってくる細かな揺れの山を、低くしていく。

 

機械は回ったままだった。

 

そのことが、いつ見ても少し変だった。

 

回転は落ちない。

刃は動く。

材料も回る。

 

なのに、掌の下から伝わる細かな震えだけが薄くなる。

 

「いける」

 

先輩の声がした。

 

送りが入る。

 

さっきまで甲高く鳴っていたところを刃が通る。

 

音が出ない。

正確には、機械の音は出ている。

モーターも回っている。

切削音もある。

 

ただ、耳に刺さっていた細い鳴きだけが弱くなった。

 

牧田は掌を離さない。

 

材料の表面に、さっきのような細かい筋が増えていかない。

 

先輩が横から覗き込む。

 

「やっぱり違うな」

 

「まだ終わってないです」

 

「分かってる」

 

刃が抜ける。

 

「離すぞ」

 

「はい」

 

先輩が送りを戻す。

牧田は掌を離した。

 

その瞬間、機械の細かな震えが指先へ戻ってきた。

 

同じ機械だった。

同じように回っている。

 

牧田は手を一度開き、閉じた。

 

「止める」

 

先輩が機械を止める。

 

回転が落ちきるのを待ってから、二人で加工面を見た。

 

先輩が指でなぞる。

 

「ここからだな」

 

牧田も見る。

 

能力を使ったところから、見た目でも分かるくらい表面が変わっていた。

 

「使えるな」

 

先輩が言った。

 

牧田は少し笑った。

 

「前から言ってるじゃないですか」

 

「使えるのと、仕事で使うのは別だろ」

 

「もう使ってますけど」

 

「だから言ってる」

 

先輩は加工した材料を持ち上げた。

 

「これなら次も試せる」

 

その言い方が、牧田は好きだった。

 

すごい。

不思議だ。

怖い。

 

そういう言葉より、次も試せる、の方がよかった。

 

使えるなら使う。

使えないなら別の方法を考える。

 

機械の仕事は、だいたいそうだった。

 

自分の手だけが、そこから外れる理由もなかった。

 

* * *

 

昼まで、牧田は能力を使わなかった。

 

別の材料を測る。

バリを取る。

油を足す。

先輩に寸法を見せて、やり直しを言われる。

 

「ここ、甘い」

 

「入ってますよ」

 

「入ってるかどうかじゃない。次の工程で困る」

 

「じゃあ取り直します」

 

「最初からそう言え」

 

能力とは何の関係もなかった。

 

やり直している間、隣の機械では別の男が普通に品物を削っている。

奥では金属を切る音が続いていた。

油と鉄の匂いがする。

 

牧田は測り直し、今度は何も言われなかった。

 

それで終わりだった。

 

昼になると、機械が順に止まった。

急に静かになると、耳の奥だけがまだ工場の音を覚えているように感じる。

 

牧田は手を洗った。

爪の間に入った黒い汚れは、全部は落ちない。

 

休憩場所へ行くと、さっきの先輩が先に座っていた。

 

「お前、あれやってる時だけ職人みたいな顔するな」

 

「普段も職人です」

 

「まだ半人前だろ」

 

「それとこれとは別です」

 

「何が別なんだよ」

 

牧田は弁当の包みを開く。

 

「手が変なのと、仕事覚えてる途中なのが」

 

先輩が一瞬黙った。

 

それから笑った。

 

「自分で変って言うのか」

 

「変でしょう」

 

「便利だけどな」

 

「便利です」

 

そこは否定しなかった。

 

最初の頃は、自分でも何が起きているのか分からなかった。

機械へ触れると、うるさかった震えが弱くなる。

手を離せば戻る。

違う物ではうまくいかない時もある。

同じ物でも、どこへ触るかで感じ方が違う。

 

何度か確かめて、少なくとも偶然ではないところまでは来た。

 

だから、使えるところでは使っている。

 

「なあ」

 

先輩が箸を止めた。

 

「それ、家でもやるのか」

 

「何にです」

 

「ガタガタいう戸とか」

 

「やりませんよ」

 

「もったいない」

 

「戸を直した方が早いでしょう」

 

「夢がないな」

 

「工場の人に言われたくないです」

 

二人で笑った。

 

休憩が終わって少しした頃、別の機械から低いがたつきが聞こえた。

 

近くにいた男が牧田を見る。

 

「これも手でやるか?」

 

「止めてください」

 

「手は?」

 

「先に見ます」

 

機械が止まる。

 

牧田は音の出ていた側へ回った。

カバーを押す。

少し動く。

 

工具を借りる。

締める。

もう一度、手で揺すってみる。

 

「回してください」

 

機械が動く。

 

さっきの音は消えていた。

 

男が笑う。

 

「今日は普通の手か」

 

「締めれば直るものに、わざわざ使わないですよ」

 

「便利な方だけ使えよ」

 

「だから便利な方を使ってます」

 

牧田は工具を返した。

 

変な力があるからといって、全部をそれで済ませる必要はない。

逆に、それでしか簡単にできないことまで遠回りする必要もない。

 

牧田の中では、もうその二つは矛盾していなかった。

 

少し離れたところでは、別の話をしている声がする。

昨日の野球。

子どもの熱。

借りた金を返せ。

帰りに何を買う。

 

牧田の手の話は、それで終わった。

 

それも、牧田は気に入っていた。

 

* * *

 

午後、班長が作業台の横で牧田を呼んだ。

 

「さっきの品、もう一本やる」

 

牧田は返事をする。

 

「俺が触る前提ですか」

 

「まず普通にやる」

 

「駄目なら?」

 

「お前に触ってもらう」

 

「分かりました」

 

「ただし、勝手に始めるなよ」

 

「してないですよ」

 

「この前した」

 

牧田は黙った。

 

班長が見る。

 

「したな」

 

「……一回だけです」

 

「一回あれば言う」

 

「分かってます」

 

「本当に?」

 

「それ、最近みんな言いますね」

 

班長は笑わなかった。

 

「言われるようなことするからだ」

 

牧田は口を閉じた。

 

怒られている理由は分かる。

 

能力を使えることと、何に使っていいかは同じではない。

 

ただ、それでも使うなとは言われなかった。

 

そこが重要だった。

 

班長が品物を指す。

 

「普通のやり方でいけるなら、それでいく。お前の手が要るなら使う。最初から手だけ当てて終わりにはしない」

 

「はい」

 

「あと、触る場所は回るところから離せ」

 

「そこは分かってます」

 

「分かってても言う」

 

「はい」

 

牧田は短く答えた。

 

説教は好きではない。

 

けれど、言っていることは嫌いではなかった。

 

自分の手を使うことだけが特別扱いされて、機械の仕事まで別物になるのは違う。

 

能力があるから寸法を見なくていいわけではない。

刃を替えなくていいわけでもない。

掃除をしなくていいわけでもない。

 

逆に、普通のやり方だけで足りない時に、使える手をわざわざ縛る理由もない。

 

牧田にとっては、それだけだった。

 

二本目の加工が始まる。

 

最初は普通に削った。

条件を少し変えた。

 

それでも、途中から細い鳴きが混じる。

 

班長が顎を上げる。

 

「牧田」

 

「はい」

 

「入れ」

 

たったそれだけだった。

 

牧田は手袋を外す。

 

固定側へ掌を置く。

 

震えが来る。

 

押さえる。

 

音が変わる。

 

今度は、先輩だけではない。

班長も加工面を見ていた。

 

牧田は見られていることより、掌の下へ意識を向けた。

 

細かな振動が弱まる。

 

回転は続く。

刃が進む。

金属が削れる。

 

自分が何かを止めているのに、仕事の方は止まらない。

 

そこが面白かった。

 

最初にこれへ気づいた時から、その感覚だけは変わらない。

 

「いい」

 

班長が言う。

 

「そのまま」

 

牧田は掌を置いたままにする。

 

刃が抜ける。

 

「離せ」

 

離す。

 

「止めるぞ」

 

機械が止まる。

 

加工面を確認する。

 

班長はしばらく見ていた。

 

それから先輩へ言った。

 

「次から、こいつがいる時にこの品を回す」

 

牧田が顔を上げた。

 

「俺がいる時?」

 

「嫌か」

 

「嫌じゃないですけど」

 

「じゃあ何だ」

 

牧田は少し考えた。

 

「それ、俺の持ち場に入るんですか」

 

班長が眉を上げる。

 

「仕事なんだから入るだろ」

 

「ならいいです」

 

「何を気にしてる」

 

「手伝いってことにされると嫌なんで」

 

先輩が横から笑った。

 

「細かいな」

 

「細かくないです」

 

牧田は加工した品物を見た。

 

「俺がいないと困る仕事なら、俺の仕事でしょう」

 

班長は一度、牧田を見た。

 

「分かったから片づけろ」

 

「はい」

 

話はそれで終わった。

 

牧田は少しだけ機嫌よく、切りくずを集めた。

 

* * *

 

その日の後半、知らない男が工場へ来た。

 

現場の人間ではないことは、見れば分かった。

服が違う。

立つ場所も分かっていない。

班長に止められて、床の線の外へ戻されている。

 

「そこ入らない」

 

「すみません」

 

素直に下がる。

 

それから、また機械を見ている。

 

牧田は最初、取引先の人間かと思った。

 

けれど、変だった。

 

品物より、機械より、人の手を見ている。

 

特に、牧田の手を。

 

視線が合う。

 

男は気まずそうに逸らした。

 

また見る。

 

牧田はとうとう言った。

 

「何ですか」

 

男が少し驚く。

 

「いや」

 

「さっきから見てるでしょう」

 

「見てました」

 

否定しなかった。

 

「何の人ですか」

 

「見学みたいなものです」

 

「曖昧ですね」

 

「自分でもそう思います」

 

班長が遠くから声を飛ばす。

 

「牧田、そいつは話通ってる」

 

「誰とです」

 

「こっちで通ってる。お前は仕事しろ」

 

それ以上は教えないらしい。

 

牧田は肩をすくめた。

 

「じゃあ線の中に入らないでください」

 

「はい」

 

「回ってる時に近づかない」

 

「はい」

 

「触らない」

 

「分かりました」

 

男は妙に真面目に答えた。

 

牧田は作業へ戻る。

 

ちょうど、午前と同じ種類の品をもう一度回すところだった。

 

普通に始める。

 

鳴きが出る。

 

先輩が言う。

 

「牧田」

 

「はい」

 

手袋を外す。

固定側へ手を置く。

 

音が薄くなる。

 

知らない男が、線の外で息を止めたのが分かった。

 

牧田は少しだけ腹が立った。

 

見世物ではない。

 

けれど、作業中にそちらを見る気もない。

 

最後まで削る。

 

離す。

止める。

確認する。

 

先輩が品を持って行く。

 

牧田は手袋を戻した。

 

男がまだ見ている。

 

「そんなに珍しいですか」

 

「珍しいです」

 

即答だった。

 

「そうですか」

 

「でも、それだけじゃなくて」

 

「何です」

 

男は少し言葉を選んだ。

 

「普通に仕事になってるんだなって」

 

牧田は眉を寄せた。

 

「普通に仕事してましたけど」

 

「そうなんですよ」

 

「何がですか」

 

「そこが、すごいなって」

 

話が噛み合っていない。

 

牧田は班長の方を見る。

 

助ける気はないらしい。

 

男は続けた。

 

「すみません。変な言い方した」

 

「だいぶ変です」

 

「あなたにとっては、これ、どういうものなんですか」

 

牧田はまた眉を寄せた。

 

「どういうって」

 

「能力が」

 

その言葉だけは、小さかった。

 

周りへ聞かせないためだと分かる。

 

牧田も声を落とす。

 

「手で触ると、振動が弱くなる」

 

「それは見れば分かります」

 

「じゃあ何を聞いてるんです」

 

「……好きですか」

 

牧田は思わず笑った。

 

「何ですか、その聞き方」

 

「嫌いとか、困ってるとか、仕事にしたくないとか。逆に、便利だから使いたいとか」

 

「一個じゃ駄目なんですか」

 

「え?」

 

「便利ですよ。仕事でも使えます。変なのは面倒です。見られるのも面倒です」

 

男が黙る。

 

牧田は自分の掌を見る。

 

「でも、使えるのに使わない理由もないでしょう」

 

「……そうですね」

 

「機械が静かになるなら、その間にちゃんと削れる。だったら使います」

 

「仕事だから?」

 

「仕事だからです」

 

牧田はそこで少し考えた。

 

「というか、仕事じゃなくても便利なら使うと思いますけど」

 

男が笑った。

 

「それでいいのか」

 

「何がです」

 

「いや。こっちの話です」

 

また曖昧になった。

 

牧田は呆れた。

 

「名前、聞いていいですか」

 

男は一瞬だけ止まった。

 

「相良です。相良拓真」

 

「相良さん」

 

「はい」

 

「俺の手を見るためだけに来たんですか」

 

拓真は答えるまで少し間があった。

 

「それもあります」

 

「他は?」

 

「ここで、どう使われてるかを見たかった」

 

「だから仕事になってるのが嬉しい?」

 

「はい」

 

今度は迷わなかった。

 

牧田には、やはりよく分からなかった。

 

自分が仕事をして、知らない男が喜ぶ。

 

普通なら気味が悪い。

 

実際、少し気味が悪い。

 

ただ、拓真の顔は、牧田の手そのものより、その手を呼んだ班長や、加工した品物や、作業台の方まで見ていた。

 

珍しいものだけ見に来た顔とも少し違った。

 

「じゃあ、見たでしょう」

 

牧田が言う。

 

「見ました」

 

「もう帰ります?」

 

「邪魔なら」

 

「線の外にいるなら別に」

 

「じゃあ、もう少し」

 

「班長に聞いてください」

 

「はい」

 

拓真は本当に班長のところへ聞きに行った。

 

牧田は少し笑った。

 

変な男だった。

 

けれど、勝手に機械へ近づかないところだけは悪くなかった。

 

* * *

 

終業前、牧田は翌日の作業を確認した。

 

紙には、いつものように品物と機械と担当が書かれている。

 

自分の名前もあった。

 

午前は普通の加工。

午後は、今日と同じ細長い品。

 

能力、とはどこにも書かれていない。

 

書く必要もなかった。

 

班長は、牧田がいれば必要な時に呼ぶつもりなのだろう。

先輩も、今日と同じならまず普通にやって、鳴けば声をかける。

 

それで仕事は回る。

 

牧田は紙から目を離した。

 

拓真はまだ工場の端で何かを見ていた。

 

「相良さん」

 

呼ぶと、すぐ振り向く。

 

「何ですか」

 

牧田は翌日の紙を指した。

 

「明日もありますよ」

 

拓真が近づきかけ、床の線の前で止まった。

 

「何が?」

 

「仕事」

 

牧田は言った。

 

「俺の」

 

拓真は紙を見る。

 

それから、笑った。

 

牧田には、やっぱりそこまで嬉しそうにする理由は分からなかった。

 

分からないまま、自分の工具を片づける。

 

明日も機械は回る。

 

普通に削れるものは、普通に削る。

 

鳴くなら、原因を見る。

条件を変える。

それでも自分の手が使えるなら、使う。

 

それはもう、誰かに見つけてもらうための異常ではなかった。

 

牧田廉の明日の仕事の中に、最初から入っていた。

 

改稿前verだけ見て切られたら困るんですが、消した方が伸びると思いますかね?

  • 消した方が伸びる
  • 消さない方が伸びる
  • どっちでも良い
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