歴史改変能力者は世界の裏を日本に生やしたい 作:無異常世界
班長が最初におかしいと思ったのは、音ではなかった。
音は、むしろ昨日より良かった。
旋盤は回っている。
細長い材料へ刃が入る。
牧田廉は手袋を外し、回転部から離れた固定側へ右の掌を置いていた。
昨日と同じだ。
掌が触れて少しすると、機械へ混じっていた細かな震えが薄くなる。
耳へ刺さる高い鳴きも弱くなる。
回転は落ちない。
刃も止まらない。
材料はそのまま削れていく。
「やっぱり効くな」
先輩が加工面を見ながら言った。
牧田は少し得意そうに答えた。
「昨日から効いてますよ」
「昨日より静かじゃないか?」
「条件も少し変えてますから」
班長は返事をしなかった。
静かだった。
加工面も、見たところ悪くない。
だからこそ、さっき測った数字が気になった。
一本目を外す。
回転が完全に止まってから、先輩が寸法を取る。
「入ってる」
牧田が言う。
「もう一回」
班長が言った。
先輩が測り直す。
「入ってるよ」
「昨日の紙」
班長は前日の記録を持ってこさせた。
並べる。
規格から外れてはいない。
けれど、昨日より少しだけ片側へ寄っている。
その前に加工した一本も、同じ方向へ寄っていた。
「これ、嫌だな」
班長が言う。
牧田が覗き込んだ。
「でも入ってるでしょう」
「入ってる」
「じゃあ次もいけますよ」
「回すな」
牧田の顔が上がった。
「何でですか」
「もう一回見る」
「どこを」
「機械を」
「俺の手は平気です」
班長は牧田を見た。
「今日は手の話してない」
「でも、ちゃんと効いてます」
「分かってる」
「だったら」
班長は加工した品を指で叩いた。
「効いてるから止める」
牧田が黙った。
先輩も班長を見る。
「どういうことですか」
牧田が聞いた。
班長は旋盤へ顎を向けた。
「昨日より静かだ」
「はい」
「昨日より仕上がりも悪くない」
「なら」
「なのに、寸法は同じ方へ動いてる」
班長は言った。
「お前が震えを抑えてる間、俺らが今まで見てた悪くなる前触れまで一緒に小さくなってるかもしれん」
牧田は自分の掌を見た。
「前触れ?」
「音。揺れ。手で触った感じ。そういうのだよ」
「でも俺、壊してないですよ」
声が少し強くなった。
班長はすぐに答えた。
「誰もそう言ってない」
牧田は口を閉じた。
「お前の手が壊すんじゃない。元から悪くなってるところがあっても、お前が上手く抑えたら分かりにくくなるって話だ」
先輩が機械を見る。
「静かだから、大丈夫だと思う?」
「そういうこと」
班長は停止した旋盤の前へ回った。
「今日はここまで。開けて見る」
牧田はまだ納得していない顔をしていた。
「一本も駄目になってないのに?」
「駄目になってから止めるなら、責任者いらんだろ」
それで話は終わった。
* * *
機械の電源を落とす。
回転が完全に止まっていることを確かめる。
カバーを外す。
見えるところから確認する。
牧田は横へ立ったが、手は出さなかった。
班長がそう言ったからではない。
今は、自分の能力で何かを確かめる場面ではないと分かったからだった。
先輩が固定を見て、班長が別の場所を手で確かめる。
すぐには何も見つからなかった。
「ほら」
牧田が言いかける。
班長が手を上げた。
「まだ」
測る。
位置を変える。
もう一度測る。
さっき加工した品も並べる。
しばらくして、先輩が低い声を出した。
「班長」
「何だ」
「ここ、昨日こんなだったか?」
班長が寄る。
固定側の一部に、ごくわずかな遊びがある。
目で見ただけでは分かりにくい。
手で揺すっても、最初は気のせいに思えるくらいだった。
別の位置でも確かめる。
測定具を当てる。
同じだった。
「出てるな」
先輩が言った。
牧田も覗き込む。
「これが原因ですか」
班長は首を振った。
「まだ分からん」
「でも悪い?」
「昨日と同じじゃないのは分かった」
原因が全部分からなくても、回していい理由にはならない。
班長は整備を呼ぶことにした。
牧田が機械から離れる。
少しして、言った。
「俺が触ってなかったら、もっと早く分かったんですか」
班長は道具を置いた。
「分からん」
「でも、音は出たでしょう」
「出たかもしれん」
「じゃあ俺、邪魔したことになるんですか」
班長は牧田を見る。
「何でそうなる」
「だって、分かりにくくしたんでしょう」
「お前が触ったから加工できたのも本当だ」
「でも」
「だから使い方の話してるんだよ」
班長は少し面倒そうに頭を掻いた。
「刃物だって、よく切れるから使う。よく切れるから、指まで切れる。だから使うな、にはならんだろ」
牧田は黙った。
「お前の手が効く。それはもう分かってる」
班長は機械を指す。
「効くものが一つ増えたなら、見なきゃいけないところも一つ増える。それだけだ」
牧田はしばらく機械を見た。
「それだけって言うには、面倒じゃないですか」
「仕事はだいたい面倒だ」
横で先輩が笑った。
「昨日も似たようなこと言ってたな」
「俺は言ってません」
「顔に書いてあった」
牧田は嫌そうな顔をした。
それで少しだけ空気が戻った。
* * *
午後、その旋盤は使わなかった。
牧田は別の持ち場へ回った。
能力も使わない。
普通に材料を測り、削り、片づける。
途中、止まっている旋盤が視界へ入るたびに気になった。
自分のせいではないと言われた。
それでも、気持ちよくはない。
能力が使えるようになってから、牧田は機械の音が変わる瞬間を何度も見てきた。
自分が触れる。
震えが薄くなる。
鳴きが消える。
加工が続けられる。
分かりやすかった。
自分が役に立っていると、手の下で分かる。
その同じ変化が、悪くなっている機械まで静かに見せるかもしれない。
そこだけは、あまり考えたことがなかった。
終業前、班長が昨日の紙を持ってきた。
何度も消して書き直した、あの紙だった。
《本人が拒否した場合、能力使用を行わない》
《本人が希望しても、現場判断で作業停止あり》
《異常時は使用前に通常確認。使用後も原因確認を省略しない》
その下へ、班長が一行書いた。
牧田が読む。
《能力使用中の静音・振動減少だけで正常と判断しない》
「長くないですか」
「じゃあ短くしろ」
「俺が?」
「文句言っただろ」
牧田は鉛筆を受け取った。
少し考える。
《静かでも機械は別に見る》
先輩が吹き出した。
「雑だな」
「意味は同じでしょう」
班長も紙を見る。
「工場の中だけなら、こっちの方が分かるな」
「本当にそれでいいんですか」
「今は立派な規程作ってるんじゃない」
班長は別の紙を持ってきた。
今日の寸法の記録だった。
「能力を使ったかどうかとは別に、こっちはこっちで残す」
「前から測ってるでしょう」
「前から測ってる。だから今日止められた」
班長は言った。
「問題は、静かになった方を見て、こっちを軽く見始めることだ」
牧田は今日の数字を見る。
規格には入っていた。
それでも、同じ方向へ少しずつ寄っていた。
もし班長が「能力が効いているから」で流していたら、次も回していたかもしれない。
自分ならどうしただろう、と考える。
たぶん回した。
「……これから毎回、全部測るんですか」
「今までも必要なものは測ってる」
「もっと増やす?」
「何でも増やしゃいいって話じゃない」
班長は紙へ指を置いた。
「お前の手で見えにくくなるものを、別のやり方で見る」
「音が当てにならないなら?」
「寸法を見る。熱を見る。ガタを見る。何を見るかは機械と仕事で変える」
「俺の手で全部消えるわけじゃないですけど」
「知ってる」
「回転も止まりません」
「知ってる」
「壊れたところも直らない」
班長は牧田を見た。
「それ、最初から分かってるなら助かる」
牧田は少し笑った。
「俺だって何でも直せるとは言ってませんよ」
「周りが勝手にそう思うかもしれんだろ」
その言葉で、牧田は笑うのをやめた。
自分が言わなくても。
静かになる。
仕上がりが良くなる。
仕事が続く。
それを何度も見れば、機械が良くなったと思う人間は出るかもしれない。
能力がある本人だけが気をつければ済む話ではない。
「じゃあ、これも書きます?」
牧田が聞いた。
「何を」
「俺の手は修理じゃない、って」
班長は少し考えた。
「今は書かん」
「何で」
「この紙、長くしたら誰も読まん」
先輩がまた笑った。
「それはそう」
「必要なところだけ書く。あとは仕事で覚える」
牧田は鉛筆を置いた。
立派な名前はない。
能力使用手順、と上に大きく書かれているわけでもない。
昨日作った紙へ、一行増えただけだった。
けれど、昨日までとは意味が違った。
能力を使えるか。
使いたいか。
機械を回していいか。
そこへもう一つ、能力が効いている時に、何を別に見なければならないかが入った。
* * *
翌日、整備を終えた旋盤がもう一度回された。
最初から牧田は触らなかった。
班長がそう決めた。
「まず普通に回す」
「また最初からですか」
「昨日と機械が同じじゃないんだから当たり前だろ」
「直したんでしょう」
「直したから確かめるんだよ」
先輩が横から言った。
「お前、昨日から同じところで引っかかるな」
「言い方が毎回逆なんですよ」
「仕事ってそういうもんだ」
「それ便利ですね」
班長が睨む。
牧田は口を閉じた。
機械が回る。
最初の加工は、昨日より落ち着いていた。
止める。
寸法を見る。
固定を見る。
異常はない。
二本目。
細いところへ入ると、前からあった鳴きが少し出た。
昨日のような嫌なずれ方ではない。
班長は先輩と確認する。
条件を変える。
まだ残る。
そこで初めて、班長が牧田を見た。
「牧田」
牧田は返事をする。
「はい」
「使うか」
昨日なら、止められたことを思い出して少し嫌な気分になったかもしれない。
今日は違った。
「使います」
「こっちも回す。昨日の紙どおり」
「はい」
牧田は手袋を外した。
袖口を見る。
回転部から距離を取る。
固定側へ掌を置く。
細かな振動が来る。
意識を向ける。
掌の下で、震えが低くなる。
高い鳴きが薄くなる。
機械は回り続ける。
刃が進む。
昨日と同じように、本当に効いた。
そこは何も変わっていない。
先輩が加工面を見る。
班長は、音だけを聞いていなかった。
途中で目盛りを見る。
送りを見る。
決めた位置で止める。
牧田が手を離す。
機械を停止する。
回転が落ちきるまで待つ。
品物を外す。
測る。
昨日のような寄り方はない。
固定側も見る。
異常は出ていない。
「よし」
班長が言った。
牧田は少し息を吐いた。
先輩が加工面を見せる。
「こっちもいい」
能力を使ったから、機械を見なくてよくなったわけではない。
機械を普通に見たから、能力を使わなくなったわけでもない。
両方やった。
それで品物が一本できた。
班長が次の材料を指す。
「次も同じでいく」
牧田が聞いた。
「普通に見て、駄目なら俺?」
班長は首を振った。
「違う」
昨日書き足した紙を指で叩く。
「普通に見る。必要ならお前も使う。使ってる間も普通に見る」
牧田は紙を見る。
「面倒ですね」
「仕事だ」
先輩が笑う。
牧田も笑った。
それから、もう一度手袋をはめた。
自分の手は、今日も機械を変えられる。
だから、その手だけでは見えなくなるものを、別の人間が別のやり方で見る。
誰かが能力を信用しないからではない。
本当に効くと分かったから、その先まで仕事にした。
班長が次の材料を受け取る。
牧田は持ち場へ戻った。
機械はまた回り始めた。
ここまででちゃんと面白いですか?
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面白い寄りの面白い
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面白い寄りの面白くない
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どちらでもない
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面白くない寄りの面白い
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面白くない寄りの面白くない