歴史改変能力者は世界の裏を日本に生やしたい   作:無異常世界

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第二十三話

数日後、店の男は朝から荷札を三枚書き直していた。

 

上へ持っていくはずだった箱が、まだ店の隅に残っている。

余り谷の奥へ入る前に沢筋を見る。

数や位置が合わなければ戻る。

その紙は、今日も荷札板の裏に挟まっていた。

 

決まりができたから仕事が楽になったわけではない。

昨日まで上で受け取っていた荷を下へ回せば、誰かが余分に運ぶ。

時間もかかる。

代金を誰が持つかで揉める。

 

店の男が三枚目を書き終えたところで、入口から声がした。

 

「ここ、変な荷も見るって聞いたんだが」

 

顔を上げる。

見慣れない男が立っていた。

肩には大きな風呂敷包みを掛けている。

 

「誰から聞いた」

「峠の向こうで荷をやってる奴」

「誰だよ」

 

男が名前を言った。

店の男は少しだけ考えた。

顔は浮かぶ。

何度か荷を回したこともある。

 

「で、何を持ってきた」

「布」

「見れば分かる」

「ただの布じゃない」

 

男は店先の台へ包みを置いた。

中から出てきたのは、くすんだ灰色の厚い布だった。

古い。

端は毛羽立っている。

一角には、別の布を当てて縫い直した跡がある。

 

店の男は触らなかった。

 

「何する物だ」

「荷を軽くする」

「持ってきたお前の口が?」

「布が」

 

店の男は男の顔を見る。

男は笑わない。

 

「売りたいのか」

「そのつもりで来た」

「じゃあ先に見せろ」

 

「何を」

「軽くなるところ」

 

男は少し肩をすくめた。

 

「疑うなあ」

「知らん物に金払うんだから当たり前だろ」

 

店の奥から、金具の入った木箱を一つ出した。

片手で持てない重さではない。

けれど、持ち上げれば腕にきちんと重さがくる。

 

「これでいいか」

「俺が試したのは物だけだ。木箱とか、道具とか」

「じゃあこれで」

 

男が灰色の布を広げた。

木箱を中央へ置き、四方から包む。

結び方は、普通の風呂敷と大して変わらなかった。

 

「持て」

 

店の男は眉を寄せた。

 

「お前が持てよ」

「俺がやったら、最初から軽い箱だったって言うだろ」

 

それはそうだった。

 

店の男は包みの両側へ手を掛けた。

持ち上げる。

 

一度、下ろした。

 

男を見る。

 

「何だ」

「もう一回」

 

持ち上げる。

 

さっきと同じ木箱だった。

金具も抜いていない。

持ち上げる前に、中身を自分で見た。

 

それなのに、腕へ来る負担が明らかに小さい。

 

空の箱ほどではない。

何も持っていない感覚にもならない。

けれど、さっき両手へ乗った重さの一部が、どこかへ抜けたように軽い。

 

店の男は包みを台へ戻した。

結び目をほどく。

布を外す。

 

同じ箱を持つ。

 

重い。

 

「……もう一回包め」

 

男が笑った。

 

「疑うなあ」

「今度は疑ってない。確かめてる」

 

また包む。

持つ。

軽い。

 

外す。

持つ。

重い。

 

三度目の途中で、店の前に相良拓真が立っていることに気づいた。

いつ来たのか分からなかった。

 

「何してる」

 

店の男が聞くと、拓真は灰色の布を見たまま答えた。

 

「見てました」

「それは分かる」

「それ、本物ですか」

 

持ってきた男が言う。

 

「本物って何の本物だ」

 

拓真は少し詰まった。

 

「……本当に、荷が軽くなる布」

「なら今のところ本物だな」

 

店の男は木箱を拓真へ押した。

 

「持て」

「いいんですか」

「お前も持った方が、俺が気のせいじゃないって分かる」

 

拓真はまず布を外した箱を持った。

少し顔が下がる。

 

「重いですね」

「金具入ってるからな」

 

布で包む。

もう一度持つ。

 

拓真の顔が変わった。

 

「……軽い」

「だろ」

「いや、これ」

 

持ち上げたまま、少し上下させる。

店の男がすぐに止めた。

 

「落とすなよ」

「あ、すみません」

 

拓真は箱を置いた。

それでも布から目を離さない。

 

「こういうの、もうあるんですね」

「俺は今初めて見た」

 

店の男が答えると、拓真は一瞬だけ黙った。

 

「そうですよね」

 

なぜか、その方が嬉しそうだった。

 

* * *

 

店の男は、すぐには値段の話をしなかった。

 

布を広げる。

表。

裏。

端。

縫い目。

 

当て布のある角で指が止まる。

 

「ここ、直してあるな」

「破れたからな」

「直しても同じか」

 

持ってきた男が少し間を置いた。

 

「そこは弱い」

 

店の男は顔を上げた。

 

「先に言え」

「聞かなかっただろ」

「軽くなる布って言っただろ」

「軽くはなる」

「全部同じに?」

「そこは弱いって今言った」

 

店の男は舌打ちした。

 

拓真が布の継ぎ目を見る。

 

「どう弱いんですか」

「使えば分かる」

「それを今から見るんだよ」

 

店の男は奥から、細長い木箱を出した。

さっきより長い。

中には工具が入っている。

 

灰色の布を床へ広げる。

修理された角が、木箱の片側へ掛かるように包んだ。

 

「これで持つ」

 

持ってきた男が言った。

 

「気をつけろ」

「何に」

「片っぽ残る感じがする」

「だから先に言えって言ってるだろ」

 

店の男は両手を掛けた。

ゆっくり持ち上げる。

 

最初の箱とは違った。

 

右側は軽い。

左側だけが、元の重さを引きずるように下へ残る。

 

予想より大きく箱が傾いた。

 

「うわ」

 

拓真が手を出した。

店の男も慌てて戻す。

木箱の角が台へ当たり、大きな音がした。

 

「危ねえな!」

 

持ってきた男が言い返す。

 

「だから気をつけろって」

「持つ前に言え!」

「言っただろ!」

「店に入る前にだよ!」

 

二人で睨み合う。

 

拓真が箱の蓋を確かめた。

外れてはいない。

 

店の男は息を吐いた。

 

さっきまで、ただ欲しいと思っていた。

坂道で荷を上げる人間なら、誰でも欲しがる。

上の道が怪しい余り谷なら、なおさらだ。

 

だが、片側だけ効き方が違うなら話が変わる。

知らずに担げば、荷を落とす。

斜面なら人も巻き込む。

 

「もう一回」

 

拓真が聞いた。

 

「やるんですか」

「やる。今度は最初から分かって持つ」

 

同じ箱。

同じ包み方。

 

今度は、修理された側へ重さが残ることを分かった上で持つ。

ゆっくり上げる。

 

傾く。

だが、支えられる。

 

下ろす。

 

布の向きを反対にする。

また包む。

 

持ち上げると、今度は反対側が残った。

 

店の男は無言で下ろした。

 

「布の直した所だな」

 

持ってきた男が頷く。

 

「だから言ったろ」

「遅い」

 

店の男は荷札の端切れを一枚取り、鉛筆で書いた。

 

継ぎあり。

そこだけ効き弱い。

 

「何してる」

「忘れないように」

「買うのか」

「まだ決めてない」

 

拓真が、さっきの灰色の布と紙を交互に見ていた。

 

「その紙も付けるんですか」

「買ったらな」

「布に?」

「貸す時に一緒に言う」

 

「貸す?」

 

持ってきた男が先に反応した。

 

店の男は当然のように答えた。

 

「こんなの毎日使う奴ばっかりじゃないだろ。必要な日に借りる奴はいる」

 

ちょうどその時、材木を扱う男が店へ入ってきた。

 

「何を借りるって?」

 

店の男は嫌な顔をした。

 

「お前、耳だけいいな」

「商売の話は聞こえる」

 

灰色の布を見る。

 

「何だそれ」

「荷が軽くなる」

「また始まった」

「俺が言ってるんじゃない」

 

材木を扱う男は笑いながら、さっきの木箱を持った。

次に包んだものを持つ。

笑いが消えた。

 

「……これ貸すのか」

「買えばな」

「山で使える?」

「物なら軽くはなる」

 

店の男はすぐ付け足した。

 

「ただし、ここ」

 

修理された角を指す。

 

「ここは効きが弱い。片側に掛けると荷が傾く」

「じゃあ真ん中に掛けなきゃいい?」

「知らん。今見たのはこの箱だけだ」

「材木は?」

「まだ試してない」

 

材木を扱う男は、布を見つめた。

 

「試そう」

「何でお前が決める」

「使うかもしれないから」

 

持ってきた男が口を挟む。

 

「買う話が先だ」

「売れる物かどうか見る話が先だろ」

 

店の男が返した。

 

* * *

 

その日の午前中だけで、灰色の布は何度も包み直された。

 

金具の箱。

石を入れた木箱。

農具をまとめた束。

空の木箱。

最後に、店の脇に積んであった短い材木の束。

 

何も包まない時。

布で包んだ時。

修理された角を外した時。

修理された角を荷へ掛けた時。

 

同じ人間が持つ。

別の人間も持つ。

一度だけで決めない。

 

原因は誰にも分からなかった。

布の何が荷を軽くしているのか。

なぜ古い部分は働き、縫い直した部分だけ弱いのか。

 

それでも、分からないことと、何も確かめられないことは違った。

 

布で包めば、荷を運ぶ負担は確かに減る。

外せば戻る。

同じ荷で何度か繰り返しても、同じ方向の違いが出る。

そして、修理された箇所を掛けると、その場所だけ効き方が揃わない。

 

材木を扱う男は、短い束を下ろしてすぐ言った。

 

「これ、上で使いたい」

 

店の男は答えなかった。

持ってきた男を見る。

 

「で、いくらだ」

 

男が値を言った。

 

店の男は鼻で笑った。

 

「帰れ」

「おい」

「新品みたいな値段言うな」

「同じ物、そこらで買えるのか」

「買えないからって壊れた所が直るわけじゃない」

 

男が布を引き寄せる。

 

「じゃあいい」

「待て」

 

今度は店の男が止めた。

 

「値段下げろ」

「さっき帰れって言っただろ」

「帰る前に下げろ」

 

材木を扱う男が笑う。

 

「買う気満々じゃねえか」

「お前は黙ってろ」

 

しばらく、布ではなく金の話になった。

 

何に使えるか。

どこまで壊れているか。

もし破れが広がったらどうするか。

同じ物がまた手に入るのか。

誰も分からない。

 

店の男は、分からないものまで値段へ入れようとする男から、分かっている危険の分だけ引いた。

 

最後に、持ってきた男が言った。

 

「継ぎのこと、黙って貸せば分からんだろ」

 

店の男は顔を上げた。

 

「一回はな」

「だったら」

「落として怪我したら二回目がなくなる」

 

「怪我しなくても?」

 

「後で知ったら、次から俺の荷まで疑われる」

 

男は少し黙った。

 

店の男は続けた。

 

「変な物ほど、そこ誤魔化したら終わりだろ」

 

それが正しい理屈かは分からない。

法律が決めたわけでもない。

誰か偉い人間から教わったわけでもない。

 

ただ、この店ではそうするつもりだった。

 

値段が決まった。

 

男が布を台へ置く。

店の男が現金を数える。

 

灰色の古い布と、普通の金が、同じ台の上で交換された。

 

拓真はその瞬間をじっと見ていた。

 

「何だよ」

 

店の男が聞く。

 

「いや」

「またそれか」

「売れたなと思って」

「俺が買ったんだよ」

「本物に金を払ったんですよね」

 

店の男は灰色の布を見る。

 

「使えるからな」

 

それだけ言って、金を渡した。

 

拓真は笑った。

 

* * *

 

昼を過ぎて、もう一人、布を持ってきた。

 

今度は青かった。

さっきの話をどこかで聞いたらしい。

 

「同じやつだ」

 

男はそう言った。

 

店の男は、午前中より早く聞いた。

 

「誰から来た」

「知り合い」

「誰だよ」

「そこまで言う必要あるか」

「ある」

 

男は少し不機嫌になった。

 

「物を見れば分かるだろ」

「じゃあ見る」

 

同じ金具の箱を出した。

 

包む。

持つ。

 

重い。

 

「巻き方が悪い」

 

男が言った。

 

やり直す。

持つ。

 

重い。

 

「今日は調子が悪い」

「布に調子があるのか」

「こういう物はあるだろ」

「俺は知らん」

 

材木を扱う男も持った。

拓真も持った。

 

誰が持っても、違いが分からない。

 

男は途中から、箱が悪いと言い始めた。

次には、金属と相性が悪いと言った。

 

店の男は石の箱を出した。

変わらない。

 

「じゃあ木だ」

「さっき何でもって言っただろ」

「何でもとは言ってない」

 

言った言わないになりかけたところで、店の男は布を台へ戻した。

 

「買わん」

 

男の顔が変わる。

 

「本物だぞ」

「そうかもしれん」

「じゃあ何で」

「俺には確かめられない」

 

「さっき別のは買ったんだろ」

 

「さっきのは、同じ荷で付けたり外したりして変わった。継ぎの所が弱いのも何度やっても出た。持ってきた奴が誰の話で来たかも分かった」

 

青い布の男が黙る。

 

「お前のは?」

 

「本物だ」

 

「それ以外を聞いてる」

 

返事がない。

 

店の男は布を押し返した。

 

「偽物だとは言わん。俺が本物の値段を出せる物じゃない」

 

男はしばらく粘った。

だが、店の男が箱をもう一度出そうとすると、布を畳んで帰った。

 

拓真が入口の外まで見送る。

 

「偽物だったんですかね」

 

「知らん」

 

店の男は荷札を書きながら答えた。

 

「本当に今日は駄目だっただけかもしれんし、使い方が別なのかもしれん」

「じゃあ、買わなくていいんですか」

「分からん物を全部買ってたら店が潰れる」

 

拓真は少し考えた。

 

「分からなくても、買える物と買えない物がある」

「そういうこと」

 

店の男は鉛筆を置いた。

 

「何回やっても同じことが起きる。どこから来たか、少なくとも一個前までは追える。危ない所が分かってるなら先に言う」

 

指を三本立てた。

 

「今はそれくらいだな」

 

「名前あるんですか、それ」

 

「何の」

 

「そういう、見るやり方」

 

「ない」

 

即答だった。

 

拓真は、なぜかまた嬉しそうにした。

 

「ない方がいいのか?」

 

「今は」

 

「変な奴だな」

 

* * *

 

夕方、店の男は帳面を一冊開いた。

 

特別な帳面ではない。

普段、誰から何を預かり、どこへ回したかを書くためのものだった。

 

その空いている欄へ、今日の布のことを書いた。

 

持ってきた男。

紹介元。

試した荷。

包む前と後で違いあり。

継ぎあり。

継ぎ部分は効き方が揃わない。

貸す時は先に言う。

 

書き終えてから、少し考える。

 

値段も付け足した。

 

帳面を閉じようとすると、材木を扱う男が手を伸ばした。

 

「明日、借りるならいくらだ」

 

「もう使うのか」

「上じゃない。下の坂で試す」

 

「継ぎの所を荷に掛けるなよ」

「分かってる」

「分かってても落としたらお前のせいな」

「貸したお前のせいだろ」

「じゃあ貸さない」

「待て待て」

 

また金の話になった。

 

買った値段。

壊れるかもしれない分。

誰かが一日使う間、店では使えない分。

 

どれが正しい計算か、誰も知らない。

結局、二人が納得するところで止まった。

 

店の男は荷札の端へ、さっきより大きく書いた。

 

継ぎあり。

片寄せるな。

 

「これも持ってけ」

 

「いらんだろ」

 

「いる」

 

「覚えてる」

 

「お前が覚えてても、途中で別の奴が持つかもしれん」

 

材木を扱う男は少し嫌そうな顔をしたが、紙を受け取った。

布と一緒に畳む。

 

店の男は、その様子を見てから帳面へ一行足した。

 

貸出。

注意済み。

 

そこへ、店先から若い声がした。

 

「ちょっと見てほしい物があるんだけど」

 

顔を上げる。

 

見覚えのある若い男が、小さな包みを両手で持っていた。

数日前、上へ行く前に沢を見ろと言われていた男だった。

 

「今度は何だ」

 

「俺もまだ分からない」

 

「何する物だ」

 

「それも分からない」

 

店の男は額へ手を当てた。

 

「何なら分かるんだよ」

 

「持ってきた人なら分かる」

 

「誰だ」

 

若い男が答える。

 

店の男は、その名前を帳面の端へ書いた。

 

「じゃあ、そこから聞く」

 

若い男が包みを台へ置く。

 

店の棚の下には、さっきまで誰の物でもなかった灰色の布が畳んである。

その横には、継ぎあり、と書いた紙が挟まっていた。

 

朝まで、店で扱う変なものは、山の奥へ入るか入らないかという話だった。

 

今は違う。

 

欲しい人間がいる。

売りたい人間がいる。

疑う人間がいる。

試してから金を出す人間がいる。

危ない所を黙っていれば、次の商売がなくなると考える人間がいる。

 

誰も、異常物品の市場を作ろうとは言っていなかった。

そんな名前すら、まだない。

 

それでも明日、灰色の布は金を払って借りられ、坂道で荷を運ぶために使われる。

その結果が良ければ、また誰かが借りに来る。

悪ければ、帳面にもう一行増える。

 

店の男は若い男の包みを見た。

 

「開ける前に、最初から話せ」

 

「長いよ」

 

「金が欲しいなら話せ」

 

若い男は諦めたように座った。

 

店の男は新しい紙を一枚取った。

 

昨日、山のことで増えた紙とは別の紙だった。

 

今度は、物と金と信用のために増える紙だった。

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