歴史改変能力者は世界の裏を日本に生やしたい   作:無異常世界

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第三十四話

二〇〇五年。

 

最初に止められたのは、読み取り機だった。

 

紙を入れようとした久世航平の手を、小寺文哉が横から押さえた。

 

「それは駄目」

 

「何でですか」

 

「折り目がある」

 

「見れば分かります」

 

「分かるなら、そのまま入れない」

 

久世は手を止めた。

 

机の上には、古い記録が何十枚も積まれている。

 

薄い紙。

厚い紙。

複写。

写真。

途中から別の紙を貼り足したもの。

 

今回の仕事は、それらを電子化することだった。

 

検索できるようにする。

複製を作る。

原本が傷んでも、何が書かれていたかは残す。

 

久世には、その方が安全に思えた。

 

少なくとも、紙一枚しかないよりは。

 

「折り目も画像に残りますよ」

 

「画像にはな」

 

小寺が言う。

 

「この折り目が、最初からあったのか。後で箱へ入れる時についたのか。隣の紙と一緒に折られてたのか。そこまでは画像だけじゃ分からん」

 

「そこまで必要ですか」

 

「必要になる紙もある」

 

「全部じゃなくて?」

 

「全部じゃない」

 

即答だった。

 

久世は少し笑った。

 

「それ、一番システムにしにくいやつですね」

 

「だから呼んだ」

 

小寺は紙を持ち上げた。

 

中央に、二つの小さな印が描かれている。

 

正確な形を写した図には見えない。

二つあることだけを示したような、簡単な線だった。

 

その横に、古い字で短い記録がある。

 

人数。

灯り。

角。

戻り。

 

久世は読んだ。

 

「これ、避難手順ですか」

 

「そう書いてある?」

 

「書いてません」

 

「じゃあ、まだそうしない」

 

「相変わらず厳しいな」

 

「お前が緩い」

 

久世は紙を机へ戻した。

 

その下から、別の一枚が出てくる。

 

今度は物品の受け渡し記録だった。

 

二点。

受領。

返却。

 

ただし、品名の欄が読みにくい。

 

同じ物を指しているのか。

別の物なのか。

 

久世は画面を見た。

 

入力欄には、品名を一つ入れる場所がある。

 

「仮名を付けます?」

 

「付けたら、それが後で本名みたいになるぞ」

 

「じゃあ原文のまま」

 

「読めるのか」

 

「半分くらい」

 

「半分を全部にするな」

 

「分かってます」

 

久世は、品名欄へ文字を入れなかった。

 

代わりに、原文画像への参照だけを付けた。

 

未判読。

二点記載あり。

 

それだけにした。

 

* * *

 

昼前、今西晴香が入力結果を見に来た。

 

画面を二回見てから言った。

 

「これ、検索できませんよ」

 

久世は椅子を回した。

 

「できます」

 

「品名、空欄です」

 

「箱番号で」

 

「箱番号を知らない人が探すんです」

 

「年代で」

 

「年代も曖昧」

 

「所蔵先」

 

「所蔵先が変わったら?」

 

小寺が少し遠くで笑った。

 

久世が振り向く。

 

「楽しそうですね」

 

「俺は最初から言ってる」

 

「紙が偉いって話?」

 

今西が聞く。

 

「紙が偉いんじゃない。この紙がここにあったことも情報だって話」

 

「それを検索できるようにするのがこっちの仕事です」

 

「できるならやってくれ」

 

二人が久世を見る。

 

「何で俺が真ん中なんですか」

 

今西が画面へ手を伸ばした。

 

「この『二点記載あり』、何の二点ですか」

 

「分からない」

 

「図の二つと同じ?」

 

「分からない」

 

「別の紙にある二点と同じ?」

 

「分からない」

 

「じゃあ、検索語どうするんです」

 

久世は黙った。

 

今西が続ける。

 

「『帰路』『戻り』『印』『札』『二点』。全部付けたら見つかる。でも、全部同じ物だって登録したようにも見える」

 

「検索用の語と、確定した品名を分ける」

 

「画面で分かるようにしてください」

 

「色を変える?」

 

「色だけはやめてください。印刷したら消える」

 

「じゃあ欄を分ける」

 

「最初からそうしてください」

 

久世は新しい項目を作った。

 

原文表記。

検索補助語。

関係候補。

確定状態。

 

入力欄が増えた。

 

小寺が覗く。

 

「また増えたな」

 

「紙のせいです」

 

「人のせいだろ」

 

「紙を書いた人?」

 

「今、増やした人」

 

今西が笑った。

 

久世は笑わずに保存した。

 

画面の中で、二つの古い記録が初めて同時に検索へ引っかかった。

 

同じ物だとは、まだ書いていない。

 

それでも、別々の箱にある二枚を、一人の人間が続けて見つけられるようになった。

 

久世は少し満足した。

 

その五分後に、問題が出た。

 

三件目が見つかった。

 

* * *

 

三件目は、別の保管先の記録だった。

 

画面に全文は出ない。

 

出たのは、古い登録番号と、短い概要だけ。

 

《搬送・帰路関連》

 

それから、照会先。

 

今西が言った。

 

「見られないんですか」

 

「権限が違う」

 

「同じ案件っぽいのに?」

 

「っぽいだけだから、余計に」

 

久世は照会先へ電話した。

 

相手は、最初から協力的ではなかった。

 

『番号、もう一回』

 

久世が読む。

 

『そっち、何を持ってる』

 

「六〇年代の現場記録らしい紙と、二点の受け渡し記録です」

 

『らしい?』

 

「年代の確定に使った根拠が弱いので」

 

『何が知りたい』

 

「そちらの記録が、同じ二点を扱っているかどうか」

 

『全文は出せない』

 

「必要なところだけでいいです」

 

『画像も無理』

 

「じゃあ、そちらで確認して、答えられる範囲を」

 

少し待たされた。

 

保留音はなかった。

 

遠くで紙をめくる音だけが聞こえた。

 

やがて相手が戻る。

 

『二つ一緒に写ってる写真はある』

 

久世の手が止まった。

 

「同じ物か分かります?」

 

『分からん。形は似てる』

 

「元の登録番号は」

 

『片方にしか残ってない』

 

「片方?」

 

『写真は二つ。台帳は一つ。そういうこと』

 

「もう一つは?」

 

『分からん』

 

「移送記録は」

 

『ある。でも途中が抜けてる』

 

「こちらへ抜粋を送れます?」

 

『何に使う』

 

「同じものとして統合するためじゃなくて、同じ可能性がある記録として相互参照を付けます」

 

電話の向こうが黙った。

 

『相互参照だけ?』

 

「そちらの原本はそちら。閲覧権限もそちら。こっちは、記録があることと照会先だけ持つ」

 

『なら、抜粋は出す』

 

「ありがとうございます」

 

『ただし、こっちの箱番号をそのまま全員に見せるな』

 

「理由は?」

 

『同じ箱に別件の個人記録が入ってる』

 

久世はメモした。

 

「分かりました」

 

電話を切る。

 

今西が聞いた。

 

「面倒ですね」

 

「面倒です」

 

「一個のデータベースに全部入れたら早いのに」

 

「早いです」

 

「やらない?」

 

久世は、さっき作った項目を見る。

 

原文。

検索補助語。

関係候補。

確定状態。

照会先。

 

「全部入れたら、今の人が見られるものまで、別の人も見られるようになる」

 

「権限で切れば」

 

「切れる」

 

「じゃあ」

 

「でも、その権限を誰が持つかを一個のところで決めることになる」

 

今西は少し考えた。

 

「それが嫌?」

 

「それだけじゃない」

 

久世は、机の紙を指した。

 

「こっちが間違って、この二つを同じ物だって確定したら?」

 

「全員が同じ間違いを見る」

 

「そう」

 

小寺が言った。

 

「紙なら、間違いが別々に残る」

 

久世はそちらを見る。

 

「それは長所みたいに言わないでください」

 

「長所の時もある」

 

「検索する側は困るんですよ」

 

「だから、お前がいるんだろ」

 

またそれだった。

 

久世は椅子へ深く座った。

 

全部を集めれば、探すのは楽になる。

 

同じ名前。

同じ番号。

同じ分類。

同じ画面。

 

けれど、今扱っているものは、最初から同じ名前では残っていない。

 

同じ物かどうかも、まだ確定していない。

 

同じ権限で見せていい資料でもない。

 

一つに集めることで、初めて失われる違いもあった。

 

「じゃあ」

 

今西が言った。

 

「今回つながってる保管先だけ、検索の入口を共通にする?」

 

久世が見る。

 

「中身は?」

 

「持ってるところに置いたまま」

 

「画像も?」

 

「見せていい画像だけ。原本は原本の場所」

 

「照会先は」

 

「出す。でも、箱番号じゃなくて、その場所で通じる照会番号」

 

小寺が言う。

 

「箱が変わったら?」

 

「照会番号から先は、そっちで直してください」

 

「仕事を返してきたな」

 

「元からそっちの仕事です」

 

久世は画面へ向き直った。

 

「関係候補は?」

 

今西が答える。

 

「共通側では『候補がある』まで。何と何が同じかを確定するのは、原本を持ってる側同士で確認してから」

 

「確認できなかったら」

 

「できなかった、を残す」

 

小寺が頷いた。

 

「それならいい」

 

久世は少し嫌そうな顔をした。

 

「俺より先に合意しないでください」

 

「反対?」

 

「いや」

 

反対ではなかった。

 

むしろ、たぶんそれしかなかった。

 

* * *

 

午後、三件目の抜粋がファクスで届いた。

 

文字は少し潰れている。

 

画像の端も切れていた。

 

電子化の仕事をしているのに、届いたのは紙だった。

 

今西が受信紙を持ってくる。

 

「現代化しましたね」

 

「してる途中です」

 

「ファクスで?」

 

「届く方が先」

 

小寺が笑った。

 

「昔の現場みたいなこと言うな」

 

「何ですか、それ」

 

「名前より戻る方が先、とか」

 

「知りませんよ」

 

久世は受信紙を机へ置いた。

 

読めるところから見る。

 

日付。

場所。

人員。

運搬物。

 

その途中に、妙な一文があった。

 

東側から出した手押しの運搬物が、別の出口を通った後、元と同じ荷捌き側へ戻った。

 

久世は一度読み直した。

 

「これ、誤記じゃないんですよね」

 

小寺が紙を受け取る。

 

「原本を見てないから、俺は言えん」

 

「電話の人は?」

 

「原本にそう書いてあるとは言ってた」

 

今西が覗き込む。

 

「普通に読んだら、道を間違えたって話ですけど」

 

「普通なら」

 

久世は次を見る。

 

同じ記録の下に、照明保持。

人数確認。

角の確認。

 

それから、二点回収。

 

名称はない。

 

何を二点回収したのかも、抜粋だけでは分からない。

 

ただ、二つだったことは残っている。

 

久世は画面の二件へ、三件目をつないだ。

 

確定ではない。

 

《関連候補》

 

一つ目。

六〇年代の現場記録。

二つの印の図。

 

二つ目。

二点の受け渡し記録。

 

三つ目。

別保管先の搬送記録。

写真に二点。

台帳上は一件。

 

「これで検索したら?」

 

今西が聞く。

 

久世は試した。

 

検索語。

 

戻り。

運搬。

二点。

 

三件出た。

 

「おお」

 

小寺が少しだけ感心した声を出す。

 

久世は一件目を開いた。

 

画像が出る。

 

二件目。

 

画像が出る。

 

三件目。

 

《詳細は所蔵先へ照会》

 

今西が笑った。

 

「急に弱い」

 

「弱くない」

 

「検索したのに見られない」

 

「検索したから、どこに聞けばいいか分かった」

 

「電話するんですか」

 

「必要なら」

 

「ネットワークなのに」

 

「人もネットワークです」

 

小寺が言った。

 

「それは俺の台詞にしてくれ」

 

「何でですか」

 

「若いのが言うと格好つけてるみたいだ」

 

今西が吹き出した。

 

久世も笑った。

 

画面は、全部を見せてくれなかった。

 

それでよかった。

 

少なくとも、今は。

 

* * *

 

その日の作業は、そこで終わらなかった。

 

検索語を増やしすぎると、今度は関係のない資料まで大量に出た。

 

「戻る」と書いてあるだけの出張記録。

 

「二点」と書かれた備品表。

 

普通の避難訓練。

 

倉庫の返却伝票。

 

今西が検索結果を見て言った。

 

「こっちの資料、だいぶ普通ですね」

 

「普通の記録に混ざってるから困るんです」

 

「全部それっぽい言葉に置き換えます?」

 

「やめて」

 

久世と小寺が同時に言った。

 

今西が二人を見る。

 

「そこは合うんですね」

 

久世は検索結果を一つずつ除外した。

 

普通の記録を消すのではない。

 

超常らしい語だけを特別扱いして、何でもそこへ寄せるのでもない。

 

元の記録が何のために作られたかを残す。

 

作業記録なら作業記録。

搬送なら搬送。

受け渡しなら受け渡し。

 

その上に、後から探すための入口だけを足す。

 

小寺が、古い箱から別の紙を出した。

 

「これも見てみろ」

 

久世が受け取る。

 

同じ頃の記録。

 

ただし、今までの三件とは違う場所だった。

 

隅に、二つの印。

 

その横に、片方だけ別の番号が書かれている。

 

「何ですか、これ」

 

「知らん」

 

「また?」

 

「知ってたら呼ばん」

 

久世は紙を光へかざした。

 

裏から、薄く別の書き込みが透けている。

 

消された番号。

 

今西が顔を近づける。

 

「修正前?」

 

「たぶん」

 

小寺が言う。

 

「たぶんを入力するなら、たぶんのまま入れろ」

 

「分かってます」

 

久世は、消された番号を読める範囲だけ入力した。

 

一部判読。

旧番号の可能性。

 

検索すると、別の保管先が一件出た。

 

今度は電話番号すら表示されない。

 

《照会経路あり》

 

それだけだった。

 

「何これ」

 

今西が言う。

 

「こっちから直接問い合わせる権限がない」

 

「じゃあどうするんですか」

 

久世は表示された内部連絡先を見る。

 

人の名前ではなく、紹介元だけが出ている。

 

「知ってる人に聞く」

 

「また人」

 

「また人」

 

「データベース、負けてません?」

 

「勝負してない」

 

久世は電話を取った。

 

その日、四件目の原本を見ることはできなかった。

 

照会は、別の人を経由することになった。

 

返事は翌週になった。

 

そこには、最初の紙より少しだけ多いことしか書かれていなかった。

 

二つで保管されていた時期がある。

 

後に保管番号が分かれた可能性がある。

 

どちらがどちらかは確定できない。

 

片方の現在所在は不明。

 

久世は画面を見たまま言った。

 

「増えたの、分からないことですね」

 

小寺が答える。

 

「前より正確になった」

 

「それ、前にも誰か言ってそうだな」

 

「知らん」

 

久世は四件を統合しなかった。

 

一つの物品名も付けなかった。

 

四つの記録を四つのまま残し、その間に線だけを引いた。

 

確定。

推定。

未確認。

照会不能。

 

線の種類を分けた。

 

画面上では、きれいな一つの歴史にはならなかった。

 

その方が正しかった。

 

* * *

 

数週間後。

 

別の場所から、検索の使い方について電話が来た。

 

『帰路の反復と、運搬物で探したいんですけど』

 

久世は受話器を肩で挟んだ。

 

「何を確認したいです?」

 

『似た物が入ってきたんです。由来が合ってるかだけ』

 

「現物名は?」

 

『呼び方が三つあります』

 

久世は少し笑った。

 

「それなら、名前で一つにしないでください」

 

『じゃあ何で』

 

「今持ってる記録の年代、入手元、前の保管先。あと、二つ一組だった形跡があるか」

 

相手が紙をめくる。

 

『二つ一組……』

 

少しして。

 

『あります。古い受領票に二点って』

 

久世の手が止まった。

 

「今は?」

 

『一つです』

 

久世は答えなかった。

 

まだ、それだけで危険とは決められない。

 

同じ物だとも決まっていない。

 

電話の向こうが聞く。

 

『何かあります?』

 

「あります。ただ、こっちから中身全部は出せません」

 

『困るな』

 

「必要な照会先はつなげます」

 

『すぐ?』

 

「すぐじゃないかもしれない」

 

『データベースなんでしょう』

 

「はい」

 

『便利になったんじゃないんですか』

 

久世は画面を見る。

 

四つの記録。

四つの所蔵先。

いくつかの線。

 

一つだけ、すぐに渡せる情報があった。

 

過去の記録では、二点で扱われていた可能性がある。

 

単独の現物を、その場で試さない。

 

ただし、その理由と成立条件は未確認。

 

これは、由来そのものを全部教えなくても、安全側へ倒すために渡せる情報だった。

 

久世は言った。

 

「便利になったから、全部見せる必要はないんです」

 

相手が黙る。

 

「今は試さないでください。保管状態を変えずに、持ってきた経路を残してください。照会先を回します」

 

『分かりました』

 

「記録、捨てないでください」

 

言ってから、久世は少し止まった。

 

どこかで聞いたような言い方だった。

 

実際に聞いた覚えはない。

 

ただ、古い紙の中には何度も似た考えが残っていた。

 

物より先に人を数える。

名前より先に戻れるようにする。

分からないなら、分からないまま残す。

 

その全部が同じ系統から来たわけではない。

 

同じ人間が決めたわけでもない。

 

それでも、別々の現場で必要だったものは、別々の形で残っていた。

 

電話を切る。

 

今西が隣から聞いた。

 

「何でした?」

 

「一つしかない物が来たって」

 

「さっきの?」

 

「同じかは未確認」

 

「じゃあ、また照会?」

 

「また照会」

 

「終わらないですね」

 

「終わらせない方がいい仕事もある」

 

「それ、小寺さんみたいになってきましたよ」

 

久世は嫌そうな顔をした。

 

「やめてください」

 

少し離れた棚から、小寺の声がした。

 

「聞こえてるぞ」

 

今西が笑った。

 

* * *

 

その年の終わりまでに、検索の入口は少しずつ増えた。

 

全部の資料が入ったわけではない。

 

むしろ、入らない資料の方が多かった。

 

ある場所は画像まで見せる。

 

ある場所は概要だけ。

 

ある場所は、記録が存在することしか出さない。

 

古い人脈を通さなければ照会できないところも残った。

 

紙しかないものもある。

 

電子化した後も、原本を捨てないものもある。

 

同じ出来事が、別の言葉で登録されたままのこともある。

 

久世は、それを欠陥として全部潰さなかった。

 

検索できる入口。

原本の所在。

誰が持ってきたかという来歴。

誰が見てよいかという権限。

危険回避のため先に渡す情報。

 

それぞれを分けた。

 

一か所が壊れても、全部が消えないようにした。

 

一か所が間違えても、全部が同じ間違いへ揃わないようにした。

 

今西は、入力規則の例外欄を何度も増やした。

 

小寺は、紙の箱を減らす話になるたびに嫌な顔をした。

 

久世は、その両方に文句を言いながら、バックアップを取った。

 

ある日の夕方。

 

今西が帰り支度をしながら聞いた。

 

「結局、あの二つ、何だったんですか」

 

久世は画面を見た。

 

最初に見つけた二つの印。

 

別の箱の二点記録。

 

別地域の写真。

 

分かれた可能性のある番号。

 

「分かりません」

 

「何か名前、付いた?」

 

「付けてない」

 

「じゃあ検索しづらいまま?」

 

「前よりは探せます」

 

「現物は?」

 

「片方らしい物が一件。もう片方は不明」

 

「対だったかも未確定?」

 

「未確定」

 

今西は鞄を持った。

 

「何も決まってないですね」

 

「線は残った」

 

「格好つけてます?」

 

「仕事です」

 

「はいはい」

 

今西は先に部屋を出た。

 

久世は最後に保存状態を確認した。

 

原本は、元の箱にある。

 

画像は、許可された場所にある。

 

共通の検索画面には、全部はない。

 

あるのは、記録が存在すること。

どこへ照会すればいいか。

何と関係する可能性があるか。

どこまでが確定していないか。

 

それだけだった。

 

それだけで、二十年前なら別々の棚で終わっていた紙が、今は互いの存在を知らないまま消えることはなくなった。

 

一方で、一つの画面を開いた人間が、裏側の全てを見渡せるようにもならなかった。

 

久世は画面を閉じた。

 

暗くなった机の上に、古い箱が残る。

 

その中には、まだ名前の定まらない二つの来歴がある。

 

片方がどこへ行ったのか。

本当に同じ対だったのか。

何をすると危険なのか。

 

分からないことは残っている。

 

けれど、分からないまま切れていた線には、次に辿るための入口ができた。

 

紙は紙の場所に残る。

 

人は人を通して照会する。

 

機械は、その間を少しだけ早くする。

 

秘密の世界は、全部を一つへ集めることで現代になったのではなかった。

 

別々のまま残す方法まで作れたことで、ようやく次の時代へ渡り始めていた。

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