歴史改変能力者は世界の裏を日本に生やしたい 作:無異常世界
しばらく後。
「これ、一個で奥へ入れちゃ駄目なやつです」
荷を押していた若い作業員が止まった。
「何でです?」
搬送班の班長は、台車ではなく受領票を見ていた。
現在の欄には、一点。
その下に綴じられた古い写しには、二点。
品名は一致していない。
番号も途中で変わっている。
同じ物かどうかも、班長には分からない。
それでも、紙の端には手書きの注意が残っていた。
二点履歴あり。
数量不一致時、単独搬出しない。
照会まで現状保持。
「前の引き継ぎです」
班長が言った。
「理由は?」
「知らない」
若い作業員が顔を上げた。
「知らないんですか」
「知らない。だから勝手に消してない」
「でも、今日これ入れないと、ここ塞がりますよ」
その通りだった。
受け入れ口に置いたままにできる荷ではない。
後ろには、次の搬入が待っている。
通路を塞げば、別の仕事まで止まる。
班長は受領票をもう一度見た。
「もう一個、来てないか確認して」
「伝票は一個です」
「古い方は二個だろ」
「古い方が間違ってたら?」
「それも確認する」
若い作業員は少し不満そうだったが、端末を持って戻っていった。
班長は台車の取っ手へ手をかけたまま、動かさなかった。
品名より、今日どこへ置くかの方が重要だった。
それが何なのかは知らない。
知らなくても、自分が動かした荷がどこへ行ったかは、自分の仕事だった。
* * *
電話を三本回したところで、話が急に増えた。
一つ目は、運送会社。
今日の積み込み記録は一点。
二つ目は、前の保管先。
出した記録も一点。
三つ目だけ、答えが違った。
『その番号、ちょっと待ってください』
電話の向こうで、紙をめくる音がした。
班長は受話器を肩に挟み、若い作業員が持ってきた画面を見る。
今日の荷は一個。
前の保管先からも一個。
それなのに、さらに古い履歴では、二点で受けたことがある。
『ありますね』
「何がです?」
『同じ番号じゃないです。ただ、前番号の参照先に二点記載があります』
「同じ物?」
『そこまでは分かりません』
「もう一個は?」
『所在不明です』
班長は黙った。
若い作業員が横から口だけ動かした。
また分からない?
班長は頷いた。
「じゃあ、今の一個は動かさない方がいい?」
『こちらからは決められません。照会先を一つ回します』
「今日中?」
『分かりません』
「こっちは今日動かしたいんですけど」
『それも伝えます』
電話が切れた。
若い作業員が言った。
「結局、誰も分かってないじゃないですか」
「そうだな」
「じゃあ、俺らで決めていい?」
班長は少し考えた。
「荷捌きのことはな」
「中身は?」
「中身は知らない人に聞く」
「知らない人?」
「俺よりは知ってる人」
若い作業員が笑った。
「今の言い方、ずるくないですか」
「仕事はだいたいそうだよ」
* * *
来たのは二人だった。
一人は、現場へ入る仕事をしているという女。
もう一人は、古い保管記録を見られる男。
二人とも、その荷の持ち主ではない。
女は最初に台車を見た。
男は最初に紙を見た。
班長は、その違いだけで少し安心した。
全員が同じところを見るよりはいい。
「ここから動かしてません」
班長が言う。
女が確認する。
「到着してから一度も?」
「そこまでは言えません」
女が顔を上げた。
「どこまで動かした?」
「トラックから降ろして、受け入れ位置まで。そこから奥へは入れてない」
「経路は?」
「普通です」
「普通って?」
班長は少しだけ眉を寄せた。
若い作業員が先に答える。
「搬入口からまっすぐ。途中で一回曲がって、ここです」
女はそちらを見る。
「何か変だった?」
「何も」
「戻った感じは?」
「戻った?」
若い作業員が聞き返した。
古い記録を見ていた男が、紙から目を離さずに言った。
「その質問は、今はそれでいい」
班長は男を見る。
「今は?」
「この荷が何か、まだこっちも確定できてません」
「じゃあ、あなたも知らない?」
「全部は」
若い作業員が、班長を見た。
班長は笑わなかった。
さっき自分が言ったのと、だいたい同じだった。
男は古い写しを二枚並べた。
「こっちには二点。こっちは一点。さらに古い記録だと、二つ一緒に写ってる写真があるらしい」
「らしい?」
「写真そのものは、俺の権限では今ここに出せない」
「便利ですね、その言葉」
若い作業員が言った。
男は少しだけ笑った。
「便利じゃない。面倒だから残ってる」
女が台車の周りを一周した。
触らない。
持ち上げない。
札だけを見る。
「今日、ここを空けないと困るんですよね」
班長は頷く。
「次が来る」
「このまま置くのも危ない?」
「危ないっていうより、仕事にならない」
「別の仮置きは」
「一つあります」
班長は奥を指した。
「そこまでの経路は?」
「短いです」
「誰が一番知ってる?」
女が聞いた。
男は答えなかった。
班長が答えた。
「俺です」
女はすぐ頷いた。
「じゃあ、経路はそっちで決めてください」
班長は少し意外だった。
「あなたたちが決めるんじゃないんですか」
「荷の方はこっちで止めます。建物の使い方まで、今日来た私が知ってるふりはしません」
男も紙を持ったまま言った。
「俺はもっと知らない」
若い作業員が小声で言った。
「何しに来たんですか」
男は聞こえたらしい。
「昔の紙を読むため」
「それだけ?」
「それだけで呼ばれた」
班長は、少しだけ口元を上げた。
「じゃあ、役には立ちそうですね」
* * *
仮置きまでの経路を確認した。
搬入口。
短い直線。
曲がり角。
もう一つの通路。
その先に仮置き場所がある。
普段なら、台車を押して終わる距離だった。
女は言った。
「一人、ここに残せます?」
曲がり角だった。
班長が聞く。
「何のため?」
「戻る場所を一つ残したい」
「目印なら札置きますけど」
「人で」
班長の手が止まった。
古い記録を持ってきた男も顔を上げた。
「何かあった?」
女が聞く。
男は紙を一枚めくった。
「ある。理由は書いてない」
「何て」
「角に一人残す。灯りを落とさない。人数を数える」
班長は、机の上の自分たちの注意票を見る。
そこにも似たことがあった。
搬送経路の照明を途中で切らない。
確認役を先に動かさない。
作業員の所在が合わない時は前進しない。
「これ」
班長が自分たちの紙を見せた。
女が読む。
男も覗く。
「どこから来たんです?」
男が聞いた。
「知りません」
「作った人は」
「今の紙は何回も直してる。最初が誰かまでは分からない」
「何の事故で増えたかは?」
「戻ってきた、って話は聞いたことがあります」
女の目が止まった。
「どこへ?」
「同じ場所」
若い作業員が口を挟む。
「俺、それただの搬送ミスだと思ってました」
班長もそう思っていた。
同じ通路を回って、同じ場所へ戻った。
それだけなら、方向を間違えたのかもしれない。
誰かが作業順を取り違えたのかもしれない。
だから注意票には、怪異も異常も書いていない。
書いてあるのは、戻ったら止めることだけだった。
女が言う。
「この紙、今も使ってる?」
「使ってます」
「理由が分からなくても?」
「理由が分からない注意、別にこれだけじゃないですよ」
班長は答えた。
「昔の事故で増えたやつなんて、そんなもんです」
男が、古い紙と新しい注意票を並べた。
同じ文章ではない。
同じ順番でもない。
片方にしかない項目もある。
それでも、灯り。
角。
人数。
戻った時に続けない。
そこだけは重なっていた。
男は何か言いかけた。
女が先に言う。
「同じ由来だって決めないで」
男は口を閉じた。
「分かってる」
班長は二人を見た。
「そこ、あなたたちも言われるんですね」
今度は女が少し笑った。
「よく言われます」
* * *
結局、動かすことになった。
受け入れ口へ次の車が来る。
今の場所に置いたままでは、別の荷まで詰まる。
ただし、いつものようには運ばない。
班長が順番を決めた。
若い作業員が台車を押す。
班長が一つ目の角に残る。
女がその先を確認する。
古い記録の男は搬入口から動かない。
「俺、そこなんですか」
男が言った。
「紙読む人が途中で迷ったら困るでしょう」
班長が返す。
「正しい」
女も言った。
男は不満そうに紙を持ち直した。
搬入口の照明は落とさない。
途中の扉も閉めない。
普段なら必要のないことだった。
若い作業員が台車を押す。
車輪が床を鳴らす。
最初の角まで来る。
「ここ」
班長が言う。
「俺、残る」
「了解」
女が先を見る。
「次、見える?」
「見えます」
若い作業員が答える。
「何が?」
「仮置きの前の扉」
「そのまま」
進む。
班長には、二人の背中が見える。
一つ目の角を越えた。
女の声がする。
「人数」
「二人」
若い作業員。
「こっち一人」
班長。
搬入口から男が言う。
「一人」
何だこれ、と班長は思った。
声には出さなかった。
決めたからやる。
仕事では、それで十分なこともある。
二人がさらに進む。
台車の音が小さくなる。
少しして。
また大きくなった。
班長は顔を上げた。
戻ってくるのが早い。
「何かあった?」
返事はない。
車輪の音だけが近づく。
そして、二人が見えた。
班長は最初、普通に戻ってきたのだと思った。
けれど、向きが違った。
二人は、さっき消えた通路からではなく、班長の背後側から出てきた。
搬入口へ続く側。
若い作業員が台車を押したまま止まる。
女も止まった。
男が搬入口から声を上げる。
「何でそっちから来る」
若い作業員が振り向いた。
それから、前を見る。
もう一度振り向く。
「……は?」
班長は動かなかった。
自分が立っている角。
壁の補修跡。
開けたままの扉。
全部、さっきと同じだった。
「どこ曲がった?」
班長が聞く。
「一回です」
若い作業員が答える。
「一回曲がって、まっすぐ」
「引き返した?」
「してない」
女が言った。
「止める」
班長は、ほとんど同時に言った。
「台車動かすな」
若い作業員の手が取っ手から離れた。
女が班長を見る。
班長は、自分たちの注意票を思い出していた。
戻った時は、同じ経路をもう一度試さない。
理由は知らない。
今までは、そんなことが本当に起きると思っていなかった。
それでも、書いてあった。
「全員、いる?」
班長が言う。
「いる」
「います」
搬入口からも返る。
「いる」
四人。
数は合った。
それだけで、班長は少しだけ息を吐いた。
若い作業員はまだ、通路を見ている。
「俺、間違えてないですよね」
班長は答えなかった。
女が言った。
「今は決めなくていい」
「でも」
「間違えたかどうかを確かめるために、もう一回行かない」
班長が頷いた。
「それ、うちの紙にもある」
若い作業員が班長を見る。
「本当に?」
「戻ったら再試行しない」
「何で書いてあるんですか」
「今、少し分かっただろ」
言ってから、班長は自分でも変な言い方だと思った。
分かったわけではない。
何が起きたのかは、何も分かっていない。
ただ、止める理由だけは、前より分かった。
* * *
台車は、その場から動かさなかった。
次の搬入は、別の場所へ回した。
班長は謝った。
相手は不満そうだった。
それでも、理由を全部話す必要はなかった。
経路確認中。
荷扱い保留。
それで仕事上は通じた。
若い作業員は、さっきの通路へ行きたがらなかった。
誰も笑わなかった。
女は床と扉を見た。
男は古い紙を見た。
班長は、到着記録を見た。
それぞれ見ているものが違った。
最初に口を開いたのは班長だった。
「もう一個、探した方がいいんですよね」
男が答える。
「可能性は高くなった。でも、同じ対だとはまだ言えない」
「今のが起きても?」
「今のが、この荷のせいだって確定してない」
若い作業員が少し苛立った。
「じゃあ何なら確定なんですか」
男は答えかけた。
女が先に班長へ聞いた。
「今日の入荷、別の置き場へ回ることあります?」
「あります」
「伝票が一個でも?」
班長は考えた。
「親票が一個で、中が分かれることはある」
「今の荷で?」
「分からない。けど、荷札の貼り替えがあれば別」
男が顔を上げた。
「古い記録にも、番号が途中で分かれた可能性がある」
班長はそちらを見る。
「それ、先に言ってください」
「今の荷札の話は、俺には分からない」
班長は一瞬黙った。
それから頷いた。
「じゃあ、そこは俺が見ます」
若い作業員も端末を取った。
「今日の別便、全部見ます?」
「全部じゃなくていい。積み地と受け時間が近いのから」
「品名違ったら?」
「品名だけで切らない」
男が少し笑った。
班長は見た。
「何です?」
「いや」
「言ってください」
「こっちの仕事みたいなこと言うなと思って」
「荷物の探し方です」
「そうだな」
* * *
見つかったのは、同じ品名ではなかった。
別の受け入れ先へ回される予定の保管品。
外装も少し違う。
現在の番号も違う。
それでも、古い照会番号の末尾が一部だけ重なった。
それだけなら偶然かもしれない。
班長は、現物を持ってこさせなかった。
先に紙だけを持ってこさせた。
男が二枚を並べる。
「これ、前番号の枝分かれと合うかもしれない」
「かもしれない?」
「そこまで」
女が聞く。
「二つで扱われた記録は?」
男は古い抜粋へ指を置いた。
「ある」
「単独の記録は」
「後の時代にはある。ただ、その時に安全だったかは分からない」
「危険だった記録は?」
「通路が同じ地点へ戻ったものが一件。二点回収、って続いてる」
若い作業員の顔から、少し血の気が引いた。
「それ、さっきの」
「似てる」
男は言った。
「同じとはまだ言わない」
「まだ言わないんですか」
「言ったら、次から全部それで説明するだろ」
若い作業員は返事をしなかった。
班長には、その意味が少し分かった。
事故が一つ起きる。
理由が一つ付く。
次から、似た事故まで全部同じ理由になる。
そうすると、違う原因を見落とす。
普通の仕事でも起こる。
ただ今回、その普通の注意が向いている先が普通ではなかった。
「もう一個の方」
班長が言った。
「今いる場所から動かさないでください」
若い作業員が端末へ伝える。
女が班長を見る。
「こっちと同じ判断?」
「数量が合うまで動かさない。理由は同じです」
「異常だから?」
「数量不一致だから」
女は少しだけ笑った。
「それでいい」
* * *
その日のうちに、二つを同じ場所へ集めることはしなかった。
一度、単独で動かして通路が戻った。
次は二つ揃えれば安全だろう、と試す理由にはならなかった。
代わりに、古い記録と現在の搬送条件を照らした。
どこまでなら重なるか。
どこから先が分からないか。
男が読めるものを読む。
女が異常現場の中止条件へ置き換える。
班長が、この建物で実行できる形へ直す。
若い作業員が、実際にその言い方で動けるか確認する。
「『角を保持』って何です?」
若い作業員が聞いた。
男が答える。
「古い紙の言葉」
「今は?」
班長が言った。
「曲がり角の確認役を、勝手に次へ動かさない」
「それなら分かる」
女が聞く。
「『帰路固定』は?」
男が紙を見る。
「説明が欠けてる」
「じゃあ使わない」
「言葉ごと?」
「意味が分からない指示は、現場では使えない」
班長が言う。
「でも、戻ったら止める、は使える」
「それは残す」
女が答えた。
男は古い紙に鉛筆を入れなかった。
別の用紙へ、対応だけを書いた。
古い言葉は古い言葉のまま。
今使う言葉は、今の仕事の言葉で。
同じものとして塗りつぶさない。
それでも、使えるところは使う。
* * *
翌日。
二つの保管品を扱うために、人が増えた。
昨日とは別の作業員も入った。
全員へ、世界の裏側を説明するようなことはしなかった。
説明しても、今日の搬送には要らない。
班長が言った。
「今日は二つを別々に先へ出さない」
「何で?」
新しく入った作業員が聞く。
「数量履歴が二点で残ってるから」
「今は番号違いますよね」
「それも確認中。だから勝手に一個ずつ進めない」
「了解」
それで通じた。
女は別の位置で、照明と人の配置を確認していた。
昨日の若い作業員が、自分から角の位置に立つ。
班長が聞く。
「そこ嫌じゃない?」
「昨日よりは」
「昨日より?」
「今日は、俺だけ何も知らないわけじゃないんで」
「俺も知らないこと多いぞ」
「そういう意味じゃないです」
少し間があった。
「止める場所が分かってる」
若い作業員は言った。
班長は頷いた。
二つの荷は、離したまま同時に動かした。
距離も配置も、古い記録通りなのかは分からない。
だから、成功条件とは呼ばない。
人を残す。
灯りを残す。
角ごとに人数を確認する。
片方だけを先へ送らない。
何か一つでも合わなくなれば、その場で止める。
最初の直線。
問題なし。
一つ目の角。
人数が合う。
先の扉も見える。
進む。
昨日、二人が戻ってきた地点へ近づく。
若い作業員の声が少し硬くなった。
「見えてます」
「何が」
班長が聞く。
「次の扉」
女が確認する。
「昨日と同じ?」
「同じ」
「決めつけない。見えてるものだけ」
「扉。壁。通路」
「人数」
声が返る。
一人。
二人。
三人。
それぞれの位置から返る。
荷を押す二人も返す。
数が合う。
進む。
車輪の音が遠ざかった。
昨日のように、別の側から戻ってくる音はしなかった。
しばらくして、奥から連絡が来る。
「仮置き、到着」
誰も声を上げなかった。
班長は最初に聞いた。
「二つとも?」
「二つとも」
「人数」
返事が来る。
合っている。
女が言った。
「そこで終わり。今日は先へ進めない」
新しく入った作業員が聞く。
「もう一回やらないんですか」
班長が答えた。
「一回通れたからって、遊ばない」
女がこちらを見た。
「それも手順にある?」
「そこまではない」
「じゃあ誰が決めた」
「今」
班長は言った。
「昨日戻ってきたんだから、今日は一回で十分です」
女は頷いた。
古い記録の男は、少し離れたところで新しい記録を書いていた。
成功。
とは書かなかった。
限定経路。
二点同時搬送。
退出・配置確認。
反復試験なし。
その横へ、現在の班長が決めた中止条件が付いた。
昔の手順を復元したわけではない。
今日の人間が、今日の条件で使える形を作っただけだった。
それでも、その中には、昔から残ったものが混じっていた。
* * *
作業が終わったあと。
古い記録の男が、班長へ一枚の紙を見せた。
「名前、聞きます?」
「何の」
「これに近い物の」
班長は少し考えた。
「分かってるんですか」
「古い呼び方が一つある」
「今の二つが本当にそれかは?」
「未確認」
「じゃあ、今はいらないです」
男は意外そうな顔をした。
「気にならない?」
「気になりますよ」
班長は答えた。
「でも、名前を知ったら、次の人が名前で判断するでしょう」
男が黙った。
「うちで必要なのは、二点の履歴があるものを一個だけ勝手に出さないこと。道が変なら止まること。人が合わなければ進まないことです」
「名前は?」
「それを知ってる人が使えばいい」
女が横から言った。
「でも、記録には残して」
班長が見る。
「どっちです」
「現場の紙には要らない。照会できる先には要る」
男が頷いた。
「それなら分ける」
班長は少し笑った。
「昨日から、みんな分けるの好きですね」
男も笑った。
「混ぜると後で困るからな」
そして、別の記録へだけ、その呼び方を書いた。
折返し標。
班長の作業票には書かなかった。
* * *
数日後。
搬送班の注意票が一枚増えた。
増えたといっても、大きな規則ではない。
数量履歴が食い違う荷を、確認前に分けて進めない。
経路上で同じ地点へ戻ったと判断した場合、再試行せず作業を止める。
確認役と人数を揃えてから再開判断をする。
それだけだった。
若い作業員が読んで言った。
「昨日のやつ、そのままですね」
「昨日のやつを、次の人が使える言葉にした」
「本当の理由、書かないんですか」
班長はペンを置いた。
「本当の理由、分かった?」
若い作業員は黙った。
通路が戻った。
二つ揃えた時は戻らなかった。
古い記録にも似たことがあった。
そこまでは見た。
なぜ起きるのか。
どこまで同じ条件なのか。
あの二つが、本当に昔の記録と同じ物なのか。
まだ分からない。
「じゃあ、書けないですね」
「書けるところだけ書く」
「前の人もそうした?」
「知らない」
「またそれ」
「でも残ってただろ」
班長は古い注意票を指した。
誰が最初に書いたか分からない。
途中で何度も直されている。
怪異の名前もない。
裏側の組織名もない。
それでも、昨日、止まる時には役に立った。
* * *
さらにしばらく後。
班長が休みの日に、似た注意の付いた荷が入った。
昨日までとは別の作業員が受けた。
受領票を見る。
一点。
古い参照欄を見る。
二点履歴あり。
作業員は台車を奥へ押そうとして、止めた。
横にいた者が聞く。
「どうした」
「これ、先に数量確認です」
「一個しかないぞ」
「だからです」
「何か危ないの?」
作業員は注意票を見た。
そこには、危険の正体は書いていない。
「分かりません」
「分からないのに止めるの?」
「止めるって書いてあるんで」
電話を取る。
照会番号を読む。
別の場所の誰かが、さらに別の場所へつなぐ。
その作業員は、折返し標という言葉を知らなかった。
四灯返しという言葉も知らなかった。
何十年前に、似た通路で誰が戻れなくなりかけたのかも知らない。
自分が昨日と同じ種類の世界へ触れていることさえ、まだ知らない。
それでも、台車は止まっていた。
灯りは消されなかった。
人数を確認する人は、自分の位置を離れなかった。
知らないことは、知らないまま残っている。
その全部を知らなければ守れないわけではなかった。
昔の理由が欠けても、止め方だけが仕事の形で残ることがある。
世界の裏側を知らない人間の手の中にも、本物に対して正しい動作が残る。
それは秘密が消えたからではない。
誰かが、分からなかったことまで分かったふりをせず、使えた部分だけを次の人間へ渡したからだった。
ここまででちゃんと面白いですか?
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面白い寄りの面白い
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面白い寄りの面白くない
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どちらでもない
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面白くない寄りの面白い
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面白くない寄りの面白くない