とある科学の令和冷戦   作:大体三恵

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交渉編
ええ!? 私が代表?


 日本側から示された交渉場所は、東京湾に停泊させた船の上だった。

 

「こちらへいきなり上がらないのね」

 

学舎の園(ここ)は男子禁制よぉ、御坂さん」

 

 私は食蜂にたしなめられた。

 非常時なんだから、男子禁制とか解除すればいいのに、って言い返したかったけど、会議にならぶ他の生徒に配慮して口をつぐむ。

 おぼえてなさいよ、って睨むだけ睨んだが、視線で笑われた。よし、あとで電撃だ。

 

 とりあえず──。

 現状、どちらの領域とも言い切れない海の上で、まず顔を合わせたいということらしい。

 

「となれば、私こそ代表にふさわしいだろう」

 

 レザこと、レザネリエ=サディス=ダイヤラインは、胸へ手を当てて堂々と言い切った。

 貴族である責任感というより、個人的な理由が感じられる。

 

 場所は、常盤台中学の会議室。

 

 窓の外では、初めての交渉に使う機材や書類を抱えた生徒たちが、廊下を慌ただしく行き来している。

 

 机の上には日本側との短いやり取りを記録した紙、船の位置を示す海図、園内の人員配置表が広げられていた。

 

「私は学舎の園の存続を事前に見据え、備蓄、発電、上下水道、廃棄物処理、非常時の統制まで準備していたのは私だ。実務能力、責任感、立場。どれを考慮しても――」

 

「インフラの要も要のあんたが、一時とはいえ学舎の園を離れるとかどうなのぉ?」

 

 食蜂操祈が、レザ先輩の演説を横から切った。

 ディベート大会では敵なしだったレザの口が止まる。

 

「……短時間だ」

 

「その短時間に、発電か給水か食料配給で異常が起きたらぁ?」

 

「代行者は定めてある」

 

「全部の判断を代行できるのぉ?」

 

「それは……」

 

 レザ先輩は机の上の配置表へ視線を落とした。

 

 発電設備、水処理施設、温室、備蓄倉庫、各校の寮。今の学舎の園は、表面上こそ平静を保っている。

 でも、それらが動いているのは、最初から非常事態に備えていたレザが、各施設をつなぎ直し、担当する生徒や残っていた職員へ指示を出し続けているからだ。

 レザ先輩は準備はしていたけど、こんな状況は想定していない。

 私も協力したけど、突貫工事だった。

 協力した私も、全体を理解していない。

 スパゲッティコードみたいな接続書類の全体像を理解しているのは、レザ先輩だけ。

 

 本人は認めたくないみたいだけど、今のレザは偉いとか偉くないとかいう話ではなく、下手に動かせない基幹部品に近い。

 

「代表というのは、いちばん偉そうな人間を連れていけばいいものではないわぁ」

 

 食蜂は頬杖をついたまま続けた。

 

「残った側が崩れたら意味がないでしょう?」

 

「……承知している」

 

 レザ先輩は苦々しく答えた。

 それから、言い訳を重ねる代わりに背筋を伸ばす。

 

「私は残る。交渉中も園内の運営を統括しよう」

 

「最初からそうしてちょうだぁい」

 

「君に言われると、なぜこれほど腹が立つのだろうな」

 

「寝不足なんじゃなぁい」

 

 二人が睨み合う。

 非常事態になっても、この調子だけは変わらない。

 仲が悪いというより、生き方の悪いところが重なりあってる。

 私は、食蜂と考え方の悪いところが重なり合ってる。 

 

 私は資料へ視線を戻した。

 

「それで、結局誰が行くのよ」

 

「園内に残っている教員から一人。生徒側から御坂さんと白井さん」

 

 食蜂が、最初から決まっていたみたいに言った。他校生徒まで同意すると頷いてる。

 

「ちょっと待って。なんで私なの」

 

「むしろ、あなた以外に誰がいるのよぉ」

 

「代表なんて、もっとそういうのが得意な人がいるでしょ」

 

 あんたでしょ、って目で主張して睨んだら、食蜂は肩をすくめた。

 

「私を出せと言いたいのねぇ」

 

「心を読めるんだから、交渉では一番有利じゃない。そうでしょ?」

 

「有利すぎるから駄目なのよ。わからないのぉ」

 

 むかつく返事だった。

 食蜂は机に置かれた、日本側の手書きの文章を指で軽く叩いた。

 

 ――たべものは ありますか。

 

 ――みずは ありますか。

 

 日本側が最初に送ってきた言葉だ。

 

 私たちは建物の窓明かりを使って、足りている、ありがとう、と返した。

 

 たったそれだけのやり取りだったけど、少なくとも、いきなり攻撃し合う相手ではないことは分かった。

 

「何も知らない相手が、最初から自分の心を覗いていたと後で分かったらどう思う?」

 

「それは……気持ち悪いでしょうね」

 

「でしょう?」

 

 食蜂は珍しく、冗談めかさずに頷いた。

 

「私が交渉の席について、相手の考えを読んだとする。こちらとしては安全確認のつもりでも、向こうには通じないわぁ。初めて会った時から、黙って頭の中へ入り込んでいた。そう思われる」

 

「最初に能力を説明して、許可を取れば?」

 

「許可すると思う?」

 

 私は少し考えた。

 自分が逆の立場なら嫌だ。

 相手がどれほど善意を主張しても、会ったばかりの人間に頭の中を全部見せたいとは思わない。

 

「思わないわね」

 

「ましてや相手は、私たちが何者かも知らない。初手で仁義を切らなければ、後からどれだけ説明しても遅いのよぉ」

 

 食蜂の能力は、交渉が始まってから問題が起きた時には役に立つ。

 嘘を見抜くこともできるから、敵意や恐怖の原因を探ることもできる。

 

 でも、最初から使えば、交渉相手ではなく、支配対象として扱ったことになる。

 

「だから、私は今回は残る。使ったかもしれないとも、あとで思わせない。」

 

 食蜂は宣言した。それは正しいことって、私でも理解できた。

 

「裏から通信と情報整理を担当するわぁ。必要になったら、その時点で能力の扱いを考える」

 

「私が機械を探るのはいいの?」

 

「いいとは言ってないでしょう?」

 

「言ってないんだ」

 

「あなたも、勝手に通信機器や船の制御系へ入り込んだら不義理よぉ」

 

 食蜂は指を一本立てた。

 

「ただ、人間の心よりはまし。機械は、覗かれて気持ち悪いとは思わないもの」

 

「故障させるなよ」

 

 レザ先輩が横から言った。

 

「しないわよ」

 

「華央国まで飛び、ミサイルの内部を読み取り、核兵器を破壊した者の発言としては信用しづらいな」

 

「あれは緊急事態だったでしょうが!」

 

「今回も緊急事態だ」

 

「だからこそ、やらないよう気をつけるのよ!」

 

 言い返してから、私はため息をついた。

 結局、食蜂が行けない以上、機械や電波をその場で確認できる人間は私になる。

 日本側が何かを隠しているかどうかではない。

 

 通訳機器が正常に動いているかとか、通信が妨害されていないか。それに船内に危険な装置があるかも確認したい。

 

 そういうものを調べるなら、確かに私が適任だった。

 

「それだけじゃないけれどねぇ」

 

 食蜂が、私の考えを見透かしたように言った。

 

「何よ」

 

「御坂さんは、今いる生徒の中では一番の存在でしょう?」

 

「勝手に決めないで」

 

「学年でも学校でもなく、能力者としてよぉ」

 

 超能力者(レベル5)。学園都市第三位。

 

 今はその順位に、どれほど意味があるのか分からない。

 それでも、学舎の園の生徒たちにとって、御坂美琴という名前が持つ意味は小さくない。

 つまり内向けの言い分として、私の肩書きが効くって食蜂は言っている。

 

 核ミサイルを止めて帰ってきた三人の一人。外から見れば、私が生徒側の代表として出ることには、分かりやすい意味がある。

 

「相手も、代表に相応する人物を出してくるでしょう」

 

 レザ先輩が説明してくれる。

 

「こちらも、単なる連絡係ではない者を送る必要がある。君が望むかどうかとは別に、御坂美琴という名前は既に学舎の園を代表する看板の一つだ」

 

「重いことを簡単に言わないでよ」

 

「重いから君に頼んでいる」

 

 さきほどまで行きたがっていたレザ先輩に、真顔で言われると反論しづらい。

 

「黒子はどういう意図で?」

 

「緊急脱出要員よぉ」

 

 食蜂が答えた。

 

「何か起きたら、あなたと教師を連れて船から離脱する。加えて、白井さんはジャッジメント。治安維持側の人間として説明できる」

 

「アンチスキルは?」

 

「学舎の園には常駐していない」

 

 レザ先輩が資料をめくった。

 

「装備品を保管した詰め所はある。しかし、教員側の警備要員が常に詰めている施設ではない。昨夜の時点では無人だった」

 

「じゃあ、装備だけ?」

 

「防護服、盾、拘束具、通信機材、その他の対能力者装備が残っている。現在、封印中。だが、それを扱うアンチスキルはいない」

 

 私は思わず額へ手を当てた。

 考えてみれば、学舎の園は学校が集まった区画だ。

 警備設備はあっても、外の都市区画のようにアンチスキルの部隊が常駐しているわけではない。

 

 教師そのものも少なかった。

 異変が起きたのは夜間で、授業と業務を終えた教師の多くは、学舎の園の外へ帰宅していた。

 

 ここへ取り残されたのは、宿直や部活動、寮関係の用事で残っていた一部だけだ。

 

「交渉へ出す教師を一人選ぶだけでも、かなり厳しい」

 

 レザ先輩が、教師の名簿を見せて言う。

 生徒の名簿にくらべてはるかに薄い。

 

「園内の管理、各校との連絡、保護者対応を想定した名簿整理。残った教員には既に仕事が集中している」

 

「保護者対応って、今できるの?」

 

「できない。だが、生徒の名簿と家族情報は整理しておく必要がある」

 

 その言葉に、少しだけ空気が冷えた。

 外部とのネットワークはつながらない。電話すらも通じない。

 私たちが知っている学園都市そのものが、この世界に存在しているかさえ分からない。

 

 それでも教師たちは、いつか連絡がついた時のために、誰がここにいて、誰がいないのかを確認している。

 

「店舗の方はどうなっているの」

 

 私は話を変えた。

 

「ほぼ開店休業状態だ」

 

 レザ先輩が答えた。この人に情報集まりすぎてない?

 やっぱり、先輩は動かせない。

 

「従業員の多くも夜間は帰宅していた。二十四時間営業の店舗や、閉店作業中だった者が少数残っている程度だ」

 

「コンビニも?」

 

「店舗に一人というところが多い。現在は各校の管理下で商品を封印し、必要物資のみ記録を取って配給している」

 

「レストランや喫茶店はぁ?」

 

 食蜂が尋ねる。あれはお気に入りの紅茶を気にしている顔だ。

 

「一部を除いて調理人がいない。設備は動くが、大半は営業はできない」

 

「随分寂しい街になったものねぇ」

 

 食蜂は残念そうに言った。

 昨日までは、放課後になれば制服姿の生徒で混み合っていた店が、今は照明だけを点けて閉まっている。

 商品も、食材も、什器もある。

 

 働く人だけがいない。

 街の形をしているのに、学校と寮以外の部分が眠っているみたいだった。

 

「ただ、人的資源が全くないわけではない」

 

 レザが別の資料を出した。

 

「メイド教育を専門とする学校の生徒たちが、交渉団の補助を申し出ている」

 

「申し出ている、という程度かしらぁ」

 

 食蜂が窓の外を見る。

 つられて視線を向けると、廊下の向こうを、メイド服姿の生徒たちが列を作って通り過ぎていった。

 

 一人は銀盆をもち、一人は書類鞄を運び、一人は湯気の立つティーポットを持っている。

 

 さらに後ろでは、白い手袋をした生徒が、他の生徒の襟元を直している。

 

「……何してるの、あれ」

 

「国際舞台へ出る準備だそうだ」

 

 レザ先輩が、メイドの卵たちを頼もしいと見守る目で答えてくれた。

 

「まだ連れていくと決まってないわよね」

 

「交渉が軌道に乗った後、随行補助として参加させる案は出ている」

 

 正式な外交官ではないけれど、交渉を支える仕事はいくらでもある。

 そして、そういう役割なら、彼女たちは専門家だった。

 

「本人たちは、世界初の国際外交接遇だと認識している。朝から礼法、国旗、席次、給仕手順について独自に研究を始めた。なんとも頼もしい話ではないか」

 

「相手の国旗も席次も分かってないけど」

 

「それゆえ、あらゆる場合へ対応できるよう準備するそうだ」

 

 廊下の向こうから声が聞こえる。

 

「紅茶だけでは文化的配慮に欠けます!」

 

「緑茶、コーヒー、白湯まで用意を!」

 

「食物アレルギーの確認手順は!」

 

「国家元首級接遇を基準にします!」

 

 ものすごく張り切っていた。

 いや、張り切って不安を打ち払ってるのか……。

 

「初回からあれを連れていったら、日本側が引くわねぇ」

 

 食蜂が呟いた。

 

「私もそう思う」

 

「だから最初は三人なのだよ、御坂美琴。教員一名。御坂美琴。白井黒子。必要最低限の人数で船へ向かう」

 

「船との連絡はどうするの?」

 

「口囃子早鳥をバックアップへ置くわぁ。あの子なら、御坂さん相手でも通信を維持できる。船上のあなたたちと、こちらの指揮所をつなぐ役にするのよ」

 

「食蜂派閥の子よね……」

 

「私の代わりに耳を置いておくの。余計なことを考えないでねぇ。心を読むわけではないから」

 

「分かってるわよ」

 

 口囃子が中継に入れば、通常の無線が妨害された時でも、最低限の連絡は保てる。

 船から緊急脱出した後も、学舎の園へ状況を伝えられる。

 私は改めて、机の上の紙を眺めた。

 

 国家の代表とか交渉とか。

 今まで、そんな言葉はニュースや授業の中にしかなかった。

 

 私は学園都市で事件を止めたことはあるし、研究施設へ乗り込んで施設を破壊したこともある。

 兵器と戦ったこともある。

 

 でも、それは全部、相手が何者なのかをある程度知っている世界での話だった。

 今度はまるで違う。

 

 相手は日本という国。

 こっちは知ってるというより、知ってるような気がする日本。

 さらに向こうから見れば、私たちの方こそ、空から突然現れた正体不明の集団だ。

 

「交渉で、何を話せばいいのかしら」

 

 思わず漏らすと、食蜂がこちらを見た。

 

「分からないことを、分からないと言えばいいのよぉ」

 

「それでいいの?」

 

「嘘を作るよりはねぇ」

 

「我々がどこから来たのか。なぜここへ現れたのか。どうすれば帰れるのか。その全てについて、現在は明確な答えがない。分からないものを分かったように説明すれば、後で必ず矛盾する。頼むぞ、御坂美琴」

 

「でもさ、それって弱く見られない?」

 

「分からないことを認めるのと、無力であることは同じではない」

 

 レザ先輩はまっすぐ私を見た。

 

「君は既に、彼らが無視できないだけのものを見せている」

 

「ああ、そういえばそうね」

 

 A.A.A.とか黒子のテレポートとか。それらを思い出して、胃が重くなる。

 

「見せるつもりで見せたわけじゃないんだけど」

 

「相手も承知しているだろう。少なくとも日本は、最初に武器ではなく食料を差し出した」

 

「こちらも、最初から全部を疑ってかかる必要はないわぁ、御坂さん。ただし、信じ切る必要もない。だから御坂さんが機械を見て、白井さんが逃げ道を確保して、先生が大人として話をまとめる」

 

「あなたはここから口を出すんでしょ」

 

「当然でしょ?」

 

「レザ先輩も」

 

「園内を維持することが、私の役割だ」

 

 全員の役目が決まった。

 

 私は腕時計を見る。

 日本側と約束した時刻まで、もうあまり余裕がない。

 船へ降りる方法は黒子がいるから問題ない。

 

 服装とか持っていく資料。

 黒子との緊急時の合図。

 口囃子先輩との通信確認。

 

 やることはいくつも残っている。

 それでも、さっきまでよりは少しだけ腹が決まっていた。

 

「じゃあ、行くわね。覚悟完了よ」

 

 私は椅子を引いた。

 立ち上がると、食蜂とレザ先輩が同時にこちらを見る。

 

 学舎の園代表なんて言葉は、まだ私には大きすぎる。

 でも、誰かが行かなければならない。

 日本側は、私たちに食事が足りているかと聞いてくれた。ちょっと嬉しかった。

 敵か、味方か、じゃなくて、お腹のことを聞いてきた。

 夕方、家へ帰った時にママがまず投げかけてくる声が聞こえてきたほどだ。

 今度はこちらが、自分たちは何者なのかを、分かる範囲で話す番だ。

 

「そろそろ、代表として行かなくちゃ」

 

 口に出した途端、逃げ道がなくなった気がした。

 私は机の上の資料を抱え、交渉へ出る準備のため、会議室の扉へ向かった。

 




レザの一人称なんだっけ?
余?
電書って開くの面倒くさい。
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