とある科学の令和冷戦   作:大体三恵

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第一回 日園会談

「御坂さん。ひとつだけ、くれぐれもお願いしますけれどぉ」

 

 出発直前、船上の日本政府代表団と対面するため、外周部へ向かおうとしていた御坂美琴を、食蜂操祈が呼び止めた。

 

 食蜂自身は交渉には参加しないと決まった。

 能力の内容が外部へ知られていない現状で、心理掌握の能力者が政府首脳と同席するのは危険すぎる。

 それが表向きの理由だ。

 

 思惑としては、「後で能力について知った日本政府が、初手で心を読んできた」と思われないためだ。

 使ってはいけない。ではない。

 使ったと思われてはいけない。でもない。

 

 使っていたのでは? と、疑われたら最後というわけである。

 

 そんな理由で、交渉の初回には出せない危険度の高い食蜂が、その他もろもろで危険度の高い美琴に釘をさす。

 

「途中で、『報道の方も入れていいんじゃない?』などと、気軽に許可しないでくださいねぇ」

 

「言うわけないでしょ、そんなこと」

 

「言いますぅ。あなた自覚ないのかしらぁ?」

 

「なんでそこまで断言するのよ」

 

「御坂さんは隠し事をしていると思われるのが苦手ですし、相手が困っていると、すぐに自分の方から譲ってしまうでしょう?」 

 

「そんなこと――」

 

「ございますの。お姉様にはそういうところが」

 

 横に控えていた黒子が、即座に肯定し、美琴は不満で二人を交互に睨んだ。

 

「だいたい、ちょっと撮られるくらいなら別に――」

 

「ほら」

 

「まだ許可してないでしょ!」

 

 食蜂は、やれやれと肩をすくめた。

 

「カメラが一台入れば、そこで撮られた映像はニュースでは済みませんのよ。御坂さんの目線、白井さんの立ち位置、先生の言葉の選び方まで、各国の情報機関と軍部が何度でも見返します」

 

「……分かってるわよ」

 

「本当に?」

 

「黙ってればいいんでしょ、黙ってれば」

 

「ええ。珍しく、それが最善よぉ」

 

「ムカつくわね、あんた」

 

 美琴が吐き捨てると、食蜂は満足そうに微笑んだ。

 その少し後ろでは、今回の臨時代表となった常盤台中学の教頭が、会談用にまとめられた書類へ目を通している。

 昨夜までなら、首相と会うことになったと聞いただけで青ざめていたはずの人だった。

 

 それが今は、妙に落ち着いている。

 

 緊張が一周して腹が据わったのだろうと、美琴はその時点では考えていた。

 

+ + + + + + + + +

 

 日本政府が用意した船は、学舎の園の外縁から目視できる距離で停止していた。

 真下ではなく、死角に入らないけど、距離は近い。

 

 白井黒子は双眼鏡で甲板を確認したあと、政府側から指定された着地点を見定めた。

 

「距離は十分範囲内。あとは波を考慮して少し高めに設定いたしますの」

 

 三角法で許可を測らなくても、黒子は自分のテレポート限界距離まで手に触れるように理解できる。

 

「それでは、先に先生をお連れします。お姉様は少々お待ちくださいませ」

 

「黒子、一回で行けないの?」

 

「ご存知でしょうが重量制限というものがございますの。お姉様がもう少々慎ましい体格であれば、あるいは」

 

「どこ見て言ってんのよ。手荷物の書類の重さでしょ!」

 

「では、失礼いたします」 

 

 教頭の腕へ手を添えた黒子の姿が、空気へ溶けるように消えた。

 

 次の瞬間、眼下。

 

 船上で待機していた警護官たちの中央へ、何の前触れもなく二人の人間が出現した。

 黒子はまだ教頭の肩に手を添えている。なにかあったとき、すぐに帰るためだ。

 

 甲板で声が上がり、警護官が一斉に動き、何人かが上着の内側へ手を入れる。

 

 教頭は顔を引きつらせ、黒子は気にした様子もなく周囲を見回した。

 

「指定された位置はこちらで間違いありませんわね?」

 

「──っ!」 

 

「白井黒子ですの。先ほど連絡した、学舎の園側の代表者ですわ」

 

 騒然とする甲板の奥で、男性が片手を上げた。

 黒子とあまり身長がかわらない小柄な老齢の男性だ。

 おそらく代表、たぶん連絡にあった首相だ。

 

 小柄な老齢の男性の指示で、警護官たちの動きが止まる。

 

 黒子はその様子を確認すると、

 

「では、もうお一人、おりますので少々お待ちを」

 

 と言い残し、黒子は再び消える。

 

 甲板に、さらに大きなどよめきが走った。

 

 わずか二秒。 

 

 黒子は美琴の腕を取った状態で、まったく同じ場所へ戻ってきた。

 

「何よ。ずいぶん騒がしいわね」

 

 美琴は周囲を見回し、ようやく警護官たちの緊張に気づいた。

 

「ああ、そっか。いきなりだったわね」

 

「失礼、あの、今のは……」

 

 小柄な老齢男性の横に控えていた男性が、慎重に言葉を選んだ。

 

「瞬間移動、という理解でよろしいのでしょうか」 

 

「空間移動、テレポートですの」

 

 黒子が胸を張って、細かい訂正を行なった。

 

「自身、および接触している物体を、指定した座標へ転移させる能力ですわ」 

 

 説明を終えても、黒子は美琴の腕を離さなかった。

 それどころか、その手を下へ滑らせ、美琴の左手を握る。

 

「ちょっと、黒子?」

 

「緊急時、即座にお姉様をお連れできるようにしておりますの」

 

 黒子は小声で答えた。

 いつものような浮ついた声ではない。

 

 体こそ美琴の肩へ触れそうなほど寄せているが、頬ずりもしなければ、腕へ胸を押しつけてくることもない。ただ手を握り、周囲へ視線を巡らせている。

 

 この船の上には、知らない大人たちがいる。銃を持った警護官もいる。

 彼らの後ろには、この世界の日本政府がいる。

 銃くらいならともかく、黒子だって学舎の園の代表として、こんな状況では不安なのかもしれない。

 美琴はそう考え、手を振り払わなかった。

 

「白井さんは、学園都市の能力開発を受けた生徒です」

 

 黒子の説明に、教頭が名前を添えて補足した。

 

「能力開発は、あちらでは通常の教育課程に組み込まれています。全生徒が検査と訓練を受け、それぞれの能力に応じた評価を――」 

 

「先生、その辺は、あとでもいいんじゃないですか」

 

 美琴が小声で止めた。

 

「そうですか?」

 

 教頭は不思議そうに答えた。

 教師としてというより、こうした場所に慣れていないからこそ普段の調子が出てしまったようだった。

 

 日本側代表の三人は表情をほとんど変えなかった。

 

 変えられなかったと言うべきか……。

 

+ + + + + + + + +

 

 船内の会談室では、冒頭の挨拶のみ政府の公式撮影班が記録した。

 

 まず首相が名乗り、教頭が学舎の園側の臨時代表として応じる。

 美琴と黒子も、それぞれ氏名と所属を述べた。

 

 その間も、黒子は美琴のすぐ横に立っていた。

 

 握られた左手は、正面から見れば二人の体の陰に隠れる。それでも撮影する角度によっては、指を絡めることなく、しかし確かに手を取り合っている様子が映ったはずだ。

 黒子がいつになくおとなしいので、美琴も注意しなかった。

 

 形式的な映像の収録が終わると、カメラと撮影担当者は退出した。 

 

 扉が閉まり、ようやく、本当の話が始まる。

 

「最初に申し上げます」

 

 小柄でシワが笑顔のような分下首相は、机の上で両手を組んだ。

 

「皆さんに、ここから退去するよう求めるつもりはありません。また、どこか別の場所へ行けるのかと尋ねるつもりもありません」

 

 教頭が、わずかに姿勢を正した。

 

「現在、皆さんがあの場所にいる。それを前提として話をします」

 

 声に威圧はなかった。

 温和というより、笑顔がしわと一緒に張り付いているような首相である。

 

 美琴では表情は読めない。

 

 相手が何者なのか分からないからこそ、余計な強さを見せないよう努めているのだろうと美琴は理解した。

 

「まず確認したいのは、何か不足しているものがあるか、です」

 

 首相は続ける。

 

「食料、水、医薬品、燃料、生活用品は足りていると伺いました。こちらが気が付かないなにか必要なものがあれば、可能な限り用意します。ほかにも要求があれば聞かせてください」

 

 教頭は、手元の資料を一度確認した。

 

「お気遣いに感謝します。ただ、近々に生活が維持できなくなる状況ではありません」 

 

「備蓄があるのですね?」

 

 内閣官房副長官が尋ねた。

 

「はい。学校、寮、店舗、それぞれに一定量があります。また、園内には水と空気、廃棄物の循環処理設備があります。食料についても備蓄のほか、施設内生産が一部可能です」

 

 官房副長官の表情が、ある単語で固まった。

 

「水と空気の循環設備、ですか。廃棄物も」

 

「学舎の園は、外部から一時的に遮断されても運営を継続できるよう設計されています」

 

 教頭は、さも学校に非常用発電機があると説明するような調子で答えた。

 

「現在の位置を維持している浮揚設備も自動運転しています。レーザーを利用した浮揚・姿勢制御機構だと説明を受けていますが、私自身は工学の専門ではありませんので、詳しい原理までは」

 

「浮揚設備が……」

 

 外務大臣は、なにかの言葉を続けようとしたが、声が出なかった。 

 

「つまり、現在の状態は偶然ではなく、設備によって維持されていると」

 

「そう認識しています」

 

 美琴は、教頭の横顔を見た。

 そこまで言う必要があっただろうか。

 だが教頭は、何を警戒されているのか理解していない。日本政府が求めているのは生徒たちの生活状況であり、学校側はそれに誠実に答えるべきだと考えている。

 

 相手が一つ聞けば、二つ答える。

 

「園内には、どれほどの方がいるのでしょう」

 

「まだ正確な集計は終わっていませんが、三千人に満たない規模になる見込みです」

 

「三千人ですか。構成は?」

 

「大半が生徒です。中学生、高校生年代の女子が中心です」

 

「成人の方はどれほど?」

 

 この質問に、教頭が答える前に黒子が小さく反応した。

 

 生徒以外の総数が少ないことを美琴と黒子は知っている。

 日本政府からの質問で聞くと、状況の重さが違って聞こえる。

 美琴は無意識に、右手を机の下へ下ろした。

 黒子に握られている左手の上へ、自分の右手を重ねる。

 

 触れてから、自分が何をしたのかに気づいた。

 だが、今さら引っ込めるのも不自然だった。

 

 黒子が一瞬だけ美琴を見た。

 

 普段なら、手を添えたその瞬間、 奇声を上げてもおかしくない。

 しかし黒子は何も言わず、ただ少しだけ美琴の肩へ体重を預けた。

 

 その重みがあると、美琴も落ち着いた。

 

 落ち着いた二人の様子を確認してから、教頭が答える。

 

「教師と職員がいます。ただ、異変が夜間に起きたため、学舎の園外へ帰宅していた者が多く、現在園内に残っている成人は、総数からしてごく少数です」

 

 首相の表情が、初めてわずかに動いた。

 美琴と黒子の反応に気がついていたのだろう。

 

「生徒が3千人規模で、成人は少数と。小さな町ほどですね。では医療施設はありますか?」

 

「学校の保健室、園内の外来診療設備、研究施設付属の医療区画があります。専門的な処置ができる設備も一部あります」

 

「研究施設もあるのですね」

 

「生徒の能力開発に必要ですから」 

 

 教頭は当然のように答え、会談室が冷たく静まり返った。

 

 美琴は額へ手を当てたくなった。

 

 空間移動を見せた直後に、全生徒が能力開発を受けていると説明し、そのための研究施設まであると付け加えた。

 日本側から見れば、三千人規模の少女が暮らす閉鎖都市に、未知の能力を開発する研究設備がそろっていることになる。

 

「能力開発は、特別な少数の生徒だけが受けるものではないのですか? 同意はなされているのですか?」

 

 外務大臣が、ここで流してはいけないと確認した。

 

「学園都市では、すべての生徒が能力開発を受けます。能力開発は保護者の同意の元で、お子さんをお預かりし、育成と教育を行っています」

 

「全員が、何らかの能力を持って……いると?」

 

「結果には個人差があります。白井さんのような高位能力者は少数ですし、明確な現象を発生させられない生徒もいます」

 

「無能力レベルゼロと分類されてますわね」

 

 水を向けられたので、黒子が生徒の立場から補足説明した。

 

「能力がないという意味ではなく、機器によって測定可能な結果を出せない者を指しますの」

 

「測定可能な結果? つまり現象が確認されない場合もあるのですね?」

 

 官房副長官が、その言葉も書き留めた。

 美琴は、机の下で黒子の靴を軽く蹴った。

 

 黒子が「なぜですの」という顔を向ける。

 だが、もう遅かった。

 

「皆さんは、保護を必要としているのでしょうか」

 首相が尋ねた。空気を読んで、話題を変えたようにも見えた。

 

 声は穏やかだったが、質問そのものは重い。

 

「日本政府としては、園内の大半が未成年者であり、成人の管理者が不足している状況を看過できません」

 

 教頭は、そこで初めて少し眉を寄せた。

 

「保護、という言葉の意味によります」

 

 美琴は無意識に教頭を見る。

 

「あれ? 先生……」

 

 美琴から、小さく声が出た。

 教頭は構わず続ける。その横顔は、なぜか頼もしく思える面立ちだ。

 

「我々は学園都市において、相当の自治を認められていました。学舎の園も、各学校と生徒組織によって運営されてきました。その体制は今後も尊重されるべきです」

 

「自治ですか。もしかして学生自治が、かなり拡大されていると?」

 

「はい。外部から一方的に管理者や警備組織を送り込まれることは望みません」

 

 美琴は首を傾げた。

 この教頭は、こんなにはっきり言う人だっただろうか。

 

 常盤台では厳格な方だったが、行政や学園都市上層部に対しては、まず根回しと相談を重視する人物だったはずだ。

 少なくとも首相へ向かって、初対面から自治権を要求するようなタイプではないはずだ。

 

「日本側としても、直ちに皆さんの生活へ介入するつもりはありません」

 

 分下首相は理解を示す方向の発言をする。

 

「ただし、保護と統治は同じものではありません。医療や物資の支援については、自治の問題と分けて考えていただきたい」

 

「支援を受けることが、日本政府への帰属や統治権の承認を意味しないのであれば、受け入れを検討できます」 

 

 教頭は即答した。

 美琴はさらなる違和感を抱く。

 

 間を空けず、外務大臣が提案する。

 

「その点については、文言を慎重に検討する必要があります。日本政府が日本国内に存在する地域へ支援を行いながら、その地域に対する権限を一切認めないというのは――」

 

「日本国内であること自体、まだ双方で確認されていません」 

 

 教頭が遮った。

 美琴は目を瞬いた。

 これには外務大臣も、一瞬だけ言葉を止めた。

 

「学舎の園が存在していた世界と、この世界が同一でない可能性があります。したがって、現在地が地理的に日本の領域と重なっていることだけを理由に、我々が直ちに日本政府の統治下へ入ったとは判断できません」

 

 教師の主張としては、筋が通っている。

 通っているが、言い方があまりにも強い。

 

「先生、ずいぶん言いますね……」

 

 美琴が小声で言った。

 

「生徒の安全に関わることですから」

 

 教頭は前を向いたまま、メガネを直しつつ答えた。

 その目には迷いがない。

 まあ、そうだけど……と美琴は引き下がった。

 

「園内への軍、警察、行政機関の立ち入りは、事前の合意を条件とします。生徒を園外へ移送する場合も、本人と学校側の同意を必要とします。能力測定、医学検査、事情聴取を一方的に行うことは認められません」

 

 教頭に気押されることなく、官房副長官が尋ねる。

 

「緊急時、たとえば火災や大規模な負傷者が発生した場合も、消防や医療班の立ち入りには事前合意が必要ですか?」

 

「緊急時については別途手順を定めます」

 

「誰に連絡すれば、その合意を得られますか」

 

 この質問に、教頭は一拍置いた。

 

「……現在、園内の意思決定体制を再編しています。暫定的には学校連絡会と、生徒側の代表組織が窓口になります」

 

「その生徒側代表に、御坂さんと白井さんも含まれるのでしょうか」

 

「場合によります」

 

「場合による、というのは」

 

「扱う問題によって、適切な生徒が異なります」

 

 この後出しできる広い定義は──。

 食蜂の顔が、美琴の脳裏をよぎった。

 いや、まだ決めつけるには早い。

 

 あの女なら、もっと露骨に自分の都合のいい形へ話を運ぶ。教師に自治を主張させるくらいは考えそうだが、それだけで能力を使ったとは限らない。 

 

 会談はその後も、穏やかな口調のまま続いた。

 

 日本側は繰り返し尋ねた。

 何か足りないものはないか。電力はいつまで保つのか。

 外部との連絡を希望する者はいないのか。

 

 対して教頭は、聞かれるたびに答えた。

 園内の寮について。学校ごとの人数差について。

 風紀委員が暫定的に治安維持へ当たっていること。

 

 治安維持を行う組織が常駐しておらず、装備品を保管した詰め所しかないこと。 

 

 教師が不足していること。

 

 店舗従業員の多くも不在で、店を開けられないこと。

 

 その一方で、水、空気、電力、廃棄物処理の循環系が動いていること。

 

 質問へ答えること自体は間違っていない。

 だが答えるたびに、日本側の手元へ、学舎の園という都市の輪郭が積み上がっていった。

 教頭は、相手が生徒を助けようとしている日本政府だと信じているので隠さない。

 

 美琴は次第に、別の意味で落ち着かなくなってきた。

 

「報道についてですが」

 

 外務大臣が話題を変えた。

 

「現在、国内外の報道機関が現地へ集まっています。完全な情報遮断は、かえって憶測を招きます」

 

「園内への立ち入りを求めているのですか」

 

「現時点では、日本国も認めない方針です」

 

 外務大臣は、用意していた案を説明した。

 会談室内に報道関係者は入れない。

 冒頭部分のみ政府の公式撮影を行い、その映像も学舎の園側の確認を経て公開する。

 

 一般の報道陣は港湾の指定区域までとし、会談地点や学舎の園へ接近させない。

 

 会談後は日本政府が記者会見を行う。 

 

「ただ、将来的には限定的な取材を認めた方が、皆さんにとっても──」

 

「別に、報道の人も少しくらいなら──」

 

 言いかけたところで、美琴は止まった。

 出発前の食蜂の顔が浮かぶ。

 

 ──言いますぅ。

 

 あの得意げな声まで、はっきり再生された。

 くやしいので美琴は口を閉じた。

 

「……何でもない」 

 

 教頭が代わりに答えた。

 

「園内の生徒を、本人の同意なく撮影することは認めません。公開する映像と情報は、双方の合意によって決定してください」

 

「政府側のみが編集権を持たないことを求める、と」

 

「はい」

 

「報道機関による独自取材については、政府が完全に制御できるものではありません」

 

「制御できないことと、許可することは別です」

 

 その言葉に、美琴は顔を上げた。

 教頭はさらに続けた。

 

「善意があることと、権限があることも別問題です。支援を申し出ていただけることには感謝します。しかし、それを理由に我々の同意を省略することは認められません」

 

 美琴の中で、最後の欠片がはまった。

 この言い回し。この、相手が反論しにくい原則を先に置いて、要求を通すやり方。

 

 教師本人の価値観を使いながら、普段なら働くはずの遠慮だけをきれいに取り除いている。

 美琴は、机の下で拳を握った。

 

 ──食蜂操祈ぃ〜! やったなー!

 

 今すぐ席を蹴って戻り、あの女の頬を引っ張ってやりたい。

 だが、この場で口にするわけにはいかなかった。

 

 教師が操られていると暴露すれば、この会談での発言すべてが疑われる。

 何より、食蜂の能力を日本政府へ教えることになる。

 しかも腹立たしいことに、教頭が並べている要求そのものは、美琴にも反対できないものばかりだった。

 

 結局、美琴は黙って座っているしかなかった。

 

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