とある科学の令和冷戦   作:大体三恵

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一部、学舎の園の設定、とある魔術の経緯など、都合に合わせて変更しています。
とある世界のパラレルととらえてください。

ごく初期のみ、情報をマスクするため御坂美琴の一人称となってますが、物語後半は三人称ばかりになります。


深夜に触れ合えば

 

 学園都市は夏休みを迎えていた。

 その夏休み最初の土曜日。

 

 お嬢様が集う学舎の園は慎ましく、その日を迎えていた。

 学園都市内部に作られた男子禁制の淑女の街。

 だからといって、常盤台の寮が静かになるわけではない。

 

 むしろ普段より騒がしい。

 

 授業がないぶん、生徒たちは朝から好き勝手に出歩くし、寮の廊下には誰かの笑い声が響く。休暇中だけ許可される外泊や来客も増える。

 

 そして今夜、私たちの部屋には佐天さんと初春さんが泊まりに来ていた。

 

「御坂さん、御坂さん! これ見てください! 学舎の園限定の夏スイーツ特集!」

 

 佐天さんが雑誌を片手に、私ににじり寄ってページを指さす。

 

「まだ食べる気なの? 今日、お昼のあと、食べ歩きしたよね?」

 

「甘いものは別腹です!」

 

「佐天さん、それ今日三回目ですよ」

 

「初春だってさっきクッキー食べてたじゃん」

 

「私は一枚だけです」

 

「一枚でもクッキー! 半分でもクッキー!」

 

 私はベッドに腰掛けたまま、呆れて三人を見回した。

 少し前まで、常盤台の学生寮の一部棟は学舎の園の外にあった。

 

 けれど数年前、警備と通学環境の見直しを理由に、寮の建物そのものが園内へ移転した。

 私たちがいるのは、その時に建てられた新しい寮だ。

 

 まだ新築の匂いが完全には抜けていない。

 

 壁紙と木材と、床に塗られた樹脂の匂い。

 部屋の設備は整っているし、以前よりずっと広い。空調も効くし、窓も大きい。

 

 ただし、ベッドは二つしかない。

 つまり、ここで騒ぐのは……。

 

「ですから、わたくしとお姉様が一つのベッドを使用し、佐天さんと初春さんがもう一つを使えば、すべて丸く収まりますの」

 

 黒子が、さも当然のように言った。

 

「ねえ、黒子。それのどこが丸く収まるのよ」

 

「普段から使用しているベッドを、普段から使用している者同士で使うだけですの」

 

「普段は別々でしょうが!」

 

「お姉様ぁ!」

 

 黒子が飛びついてくる。

 

 私はその額を片手で押し返した。

 

「ちょっと、暑い! 離れなさい! こら、黒子!」

 

「冷房は適温でしてよ、お姉様っ!」

 

「そういう問題じゃない!」

 

「では、初春と私が床で寝ますよ」

 

 佐天さんがあっさり提案した。

 

「さすがに悪いわよ。……離れなさい、黒子」

 

「じゃあ、御坂さんと白井さんが床で」

 

「どうして私まで床なのよ」

 

「お二人ならくっついて寝られるでしょうし」

 

「佐天さん!」

 

 初春さんが顔を赤くして止める。

 何がおかしいのか、佐天さんは笑い転げていた。

 

 そのあとも、四人でトランプをしたり、買ってきた菓子を食べたり、夏休みに行きたい場所を話し合ったりした。

 

 途中で黒子が妙なパジャマを取り出してので没収し、佐天さんがその写真を撮ろうとして追い回され、初春さんが笑いすぎて息ができなくなった。

 

 そうして消灯時間を大幅に過ぎたころ、私たちはようやく寝ることになった。

 

 結局、ベッドの割り振りは黒子の主張どおりになった。

 

「どうして、いつこうなったのよ……」

 

「運命ですの」

 

 反論したかったが、もう眠かった。

 もう一つのベッドでは、佐天さんと初春さんが横になっている。

 

 二人とも、さっきまで騒いでいたくせに、布団に入ると急に静かになった。

 

「御坂さん、おやすみなさい」

 

「おやすみなさいです」

 

「ええ、おやすみ」

 

「お姉様、おやすみなさいませ」

 

「はいはい」

 

 照明を落とし、部屋が暗くなる。

 窓の外には、学舎の園の夜景が見えていた。

 あ、カーテン閉め忘れた。

 ほのかな街の明かりで、佐天さんと初春さんの寝顔が見える。

 ──ま、いっか。

 

 街灯。寮の向こうに並ぶ洋風の建物。

 全部、いつもと同じだった。

 

 黒子は最初こそ大人しく横になっていたけれど、十分もしないうちに少しずつこちらへ寄ってきた。

 

「あのさぁ、狭いんだけど」

 

「これはただの寝返りですの」

 

「その寝返り、ずいぶん正確に私へ近づいてくるわね」

 

「偶然ですわ」

 

「ちょ、こら! 腕を回すな」

 

「これも偶然ですの」

 

「んなわけあるか」

 

 小声で言い合いながら、私は黒子の手を外そうとした。

 

 けれど、向こうのベッドから佐天さんの寝息が聞こえてくる。

 初春さんももう眠っているらしい。

 これ以上騒げば起こしてしまう。

 

「しょうがないわね、今日だけだからね」

 

「はい、お姉様」

 

 黒子が嬉しそうに答える。

 

「変なことしたら電撃だから」

 

「その電撃も愛の証として――」

 

「寝ろ」

 

「はいですのぉ」

 

 しばらくすると、黒子の呼吸がゆっくりになった。

 あれだけ必死に近づいてきたのに、もう本当に眠ったらしい。

 

 私は天井を眺めた。

 黒子の腕は、私の腰に回ったままだ。

 普段なら振りほどくところだけど、今夜は妙に疲れていた。

 

 それに、誰かの体温が近くにあるのは、思ったほど嫌ではなかった。

 黒子の髪が頬に触れる。

 少しくすぐったい。

 私は身体の向きを変え、その拍子に黒子と向き合うような格好になる。

 

 眠っている黒子は、普段の騒がしさが嘘みたいに静かだった。

 こうしていると、普通にかわいい後輩なのに……。

 

 まあ起きた途端に全部台無しになるけれど。

 

 私も目を閉じる。

 いつの間にか、こちらからも黒子の背中へ腕を回していた。

 眠るための姿勢を直しただけ。

 

 そういうことにしておく。

 

 と、その時だった。

 

 感覚が、広がった。

 

「……え?」

 

 私は目を開けた。

 最初は、眠りに落ちる直前の錯覚だと思った。

 自分の身体の境界が曖昧になるような、変な感覚。

 

 腕や脚だけじゃない。

 

 部屋の壁に床。そこまではまだわかる。

 

 廊下から、建物の中に通っている電線。

 

 寮の外にある街灯から学舎の園の地下を走る配電設備。

 

 それらが全部、一度に意識へ流れ込んできた。

 

 普段から、電気の流れは感じ取れる。

 意識して探れば、ある程度離れた場所の電気設備だって分かる。

 

 でも、これは違う。

 探る必要がない。

 最初から全部が、私の手の届くところにある感覚──。

 

 いや、手が届く範囲そのものが、広がっている。

 

「なによ、これ……」

 

 黒子を抱いていた腕に、わずかに力が入る。

 

 その瞬間、感覚がさらに膨らんだ。

 

 園内のあちこちにある機器の作動。

 

 近いところで冷房に照明。

 

 ちょっと離れて防犯設備。

 

 寮の外で、静かに通過していく電動車両。

 

 無数の電気信号が、暗闇の中で星みたいに瞬いている。

 

 それが全部見える。もう、見えすぎてた。

 自分の力が、突然何倍にも伸びたような――。

 

「お姉様?」

 

 黒子が目を覚ました。

 

「どうかなさいましたの?」

 

「分からない。なんか、変な感じがして」

 

「変な感じ、ですの?」

 

「こう、能力が……広がったみたいな、違う……そう、違うのが違う」

 

 言葉にすると、ますますおかしかった。

 能力が広がるなんて感覚は、今まで一度も経験したことがない。

 

 能力の精度とか出力が上がったというのとも違う。これは何段階も経験している。

 

 出力が上がったというより、自分の能力が届く範囲が、急に世界の方へ開いたような。

 黒子の身体を離そうとする。

 

 その瞬間だった。

 

「うわあああああっ!」

 

 向こうのベッドから、佐天さんが飛び起きた。

 

「わ、な、なんですか!?」

 

 初春さんも跳ね起きる。

 

「佐天さん!? どうしたの?」

 

 私は反射的に上体を起こした。

 佐天さんはベッドの上で、自分の両手を見つめていた。

 目を見開き、口を半分開けている。

 

「どうしたのよ」

 

「わ、私……」

 

「悪い夢でも見ましたか?」

 

 初春さんが心配そうに覗き込み、佐天さんは、ゆっくり顔を上げた。

 

「私……能力に目覚めた」

 

 部屋が静まり返った。

 

「能力に目覚めました」

 

 佐天さんはもう一度言った。

 

「私、能力に目覚めました」

 

 さらに言った。

 

「寝ぼけてるんじゃありませんの?」

 

「寝ぼけてません! 信じて、白井さん!」

 

「佐天さん、落ち着いてください」

 

「落ち着いてるよ! すっごく落ち着いてる!」

 

「落ち着いている人はそんなに叫びません」

 

「だって本当にできたんだって!」

 

 佐天さんが布団を跳ねのけた。

 

「風が動いたの! 私がこう、手を動かしたら!」

 

「風?」

 

「エアロハンド……みたいな感じ!」

 

 私と黒子は顔を見合わせた。

 初春さんは、まだ状況を飲み込めていない。

 

「とりあえず、ここで試すのはやめとうか」

 

 私はベッドから降りた。黒子もしたがって降りる。

 

「本当に能力が発現したなら、部屋の中で使うのは危ないわ」

 

「じゃあ外で試しましょう!」

 

「今、真夜中ですけど」

 

「中庭なら誰もいません!」

 

「寮監に見つかったら、能力以前の問題で死にますの。ぐげって」

 

 黒子の言葉に、四人とも一瞬黙った。

 けれど、結局は確かめないわけにいかなかった。

 佐天さんが能力に目覚めのなら、寝て朝を待つなんて無理だ。

 

 私たちは急いで着替えた。

 

 さすがに制服では目立つので、全員、動きやすい私服にする。

 寮の廊下は静かだった。

 

 ただし、完全に静かというわけではない。

 

 どこか遠くで扉が開く音がした。

 話し声も聞こえる。

 

「他にも起きている人がいるみたいですね」

 

 初春さんが囁く。

 

「さっき、少し揺れたとか?」

 

「そうですの? 私は気づきませんでしたの」

 

 わかってる。

 揺れではない。

 少なくとも、私が感じたのはもっと別の何かだ。

 

 寮を抜け、中庭へ出ると夏の夜気が肌に触れた。

 

「じゃあ、さっそくやってみます」

 

 佐天さんが緊張した顔で右手を構える。

 

「無理はしないでよ」

 

「はい」

 

「狙うのは、あそこの植え込みの葉っぱくらいにしておきなさい」

 

「分かりました」

 

 佐天さんが息を吸った。

 右手を振る。

 

 次の瞬間、あまりにも簡単に風が吹いた。

 そよ風なんてものじゃない。

 中庭の植え込みが大きくしなり、落ち葉と小枝がまとめて舞い上がった。

 

 風は一方向へ収束し、そのまま数メートル先の低木を激しく揺らす。

 

 初春さんの裾がめくれそうになり、慌てて押さえた。

 

「きゃあ!」

 

 風が止む。

 四人で、揺れ続ける植え込みをじっと見つめた。

 

「これは……本物ね」

 

 私は呟いた。

 偶然の風ではない。

 佐天さんの手の動きに合わせて、明確にちゃんとはっきり、確かに空気が動いた。

 

 しかも弱くない。

 制御は荒いけれど、出力だけなら強能力(レベル3)程度はある。

 

強能力(レベル3)くらいはありそうですの」

 

 黒子も同じ判断をしたらしい。

 

「いきなり、ですか?」

 

 初春さんが目を丸くする。

 

「能力開発を受けていないわけではありませんが……それでも、昨日まではレベルゼロだったんですよ?」

 

「そっかー、私の時代が来ちゃったかー」

 

 佐天さんが腰に手を当て、得意げに笑う。

 

「ついに来ましたよ。学園都市が私に追いつく日が! あははははーっ」

 

「調子に乗るのが早いですよ、佐天さん」

 

 初春さんが冷静に言った。だが声はうわずってる。

 親友の能力に驚いている。

 

「まさか、またレベルアッパーではありませんの?」

 

 黒子が険しい顔になる。

 

「違いますったら!」

 

 佐天さんが即座に否定した。

 

「今回は何も聴いてないし、変なものも使ってません!」

 

「本当ですの?」

 

「本当です!」

 

「なら、どうして突然」

 

「分かりませんけど、とにかく能力者になったんです!」

 

 佐天さんはポケットから携帯端末を取り出した。

 

「よし、この勇姿をさっそくネットにアップ──」

 

 画面を操作するが、数秒後、佐天さんの笑顔が止まった。

 

「…………あれぇ?」

 

「どうしましたの?」

 

「繋がらないよ、ネット」

 

「回線が混雑しているのでは?」

 

「アンテナは立ってるのに」

 

 初春さんも自分の端末を確認する。

 

「本当です。外部回線に接続できません」

 

「寮の無線は?」

 

「そちらも外へ出られないみたいです」

 

「あー、うん。そんな感じする」

 

 私は周囲を見回した。

 さっきから、寮の窓に明かりが増えている。

 中庭へ出てくる生徒もいた。

 別の校舎の方でも、人が集まり始めている。

 

「何かあったのかしら」

 

 黒子が言うとその時、どこか遠くで悲鳴が上がった。

 続いて、別の声でも悲鳴があがる。

 

「海!」

「海が見える!」

 

 誰かが叫んでいた。海って、なにかの能力?

 

「外が海になってる!」

 

「何を言っていますの?」

 

 黒子が眉をひそめる。

 私たちは中庭を出て、園内の大通りへ向かった。

 同じように外へ出てきた生徒たちが、あちこちから一方向へ走っていく。

 

 学舎の園の外周に建てられた、高い建物や展望スペースになっているところへ向かっているらしい。

 学舎の園の壁の向こうを見るために。

 途中で教師たちが声を張り上げていた。

 

「走らないでください!」

 

「まだ状況は確認中です!」

 

「建物内へ戻りなさい!」

 

「危険な行動は慎んでください!」

 

 けれど、生徒たちは止まらない。

 私たちも人の流れに押されながら、外周近くの建物へ入った。

 

 階段を上がる。

 屋上へ続く扉の前では、教師が必死に生徒を押し戻そうとしていた。

 でも夜ということもあって、先生たちは少ない。押し留めることなんてできない。

 

「屋上へ出てはいけません!」

 

「でも先生、外が!」

 

「現在確認しています! 落ち着いてください!」

 

 人垣の隙間から、窓の外が見えた。

 

 海だった。

 学舎の園の外に、海が広がっている。

 

 街がない。街がないから道路もない。

 隣接していたはずの学区も、ビル群も、街灯もない。

 

 暗い海面が、月明かりを反射している。

 

「嘘……」

 

 初春さんの声が震えた。

 

「ここ、学園都市の中ですよね?」

 

「そのはずですの」

 

 黒子も窓へ近づく。

 

「まさか、周囲一帯が水没したとでも?」

 

「だったら、もっと揺れたり壊れたりしてるはずよ。それにここはだいぶ内陸ですわよ」

 

 私は窓枠に手をついた。

 下を見る。

 

 海面は、ずっと下にあった。

 

 学舎の園の地面と同じ高さではない。

 

 私たちは海に囲まれているのではない。

 

 海の上にいる。

 

「浮いてる……」

 

 誰かが言った。

 その言葉が、周囲へ伝わっていく。

 

「学舎の園が浮いてる」

 

「島になってるの?」

 

「どういうこと? どうなってるのですか?」

 

「外はどこ?」

 

「学園都市は? どこにいったの?」

 

 ざわめきが膨らむ。

 教師たちは何度も落ち着くよう呼びかけていた。

 

「現在、警備部門と連絡を取っています!」

 

「安全確認が終わるまで建物内へ戻ってください!」

 

「根拠のない情報を広めないように!」

 

 けれど、その教師たち自身が青ざめている。

 誰も説明できない。

 外部回線は繋がらない。

 

 周囲は海。

 

 学舎の園は、島のようになって空中に浮いている。

 

 そして、佐天さんは突然能力に目覚めていた。

 私自身の能力にも、何かがおかしなことが起きている。

 

「御坂さん」

 

 初春さんが不安そうに私を見る。

 

「佐天さんの能力とか、これと……全部関係しているんでしょうか」

 

「分からない。でも、偶然とは思えない」

 

 能力の変化と周囲の異変。

 通信の断絶は、裏付けのようだ。

 

 何かが起きたはず。

 学舎の園全体を巻き込む、途方もなく大きな何か。

 

 その時、頭に一人の顔が浮かんだ。

 

 食蜂操祈。

 

 気に入らない。

 

 できれば頼りたくない。

 

 でも、こういう時に情報を集め、状況を把握する能力なら、あいつ以上の適任は少ない。

 

 それに妹達を巡る事件を、一緒に解決してくれた。

 あの時以来、以前ほど単純に敵だとは思っていない。

 腹は立つけど、ものすごく腹は立つけど。

 

「私、食蜂のところへ行く。この状況なら、あいつも動いてるはずよ」

 

「わたくしも参りますの」

 

 黒子が即座に言う。

 

「駄目。佐天さんと初春さんについてて」

 

「しかし、お姉様」

 

「佐天さんの能力が安定してるとは限らない。黒子がいた方がいい」

 

「でしたら、せめて──」

 

「すぐ戻る」

 

 そう言って、私は人混みを抜けた。

 食蜂がいるとすれば、派閥の生徒たちが集まりやすい施設か、常盤台の校舎。

 私は能力で周囲の電子機器を探る。

 

 やはり感覚が広い、広すぎる。

 

 園内の監視カメラや端末の位置が、地図を広げるみたいに頭へ入ってくる。

 その中に、不自然に統制された人の動きがあった。

 大勢の生徒が、一箇所へ集まっている。

 

「見つけた!」

 

 私は走った。電磁浮遊と緊急回避に近い立体機動もした。

 常盤台の校舎近く──中庭に面した回廊で、食蜂は派閥の生徒たちに囲まれていた。

 

 なぜか夜中だというのに、髪も服も整っている。

 どうしてこいつは、こういう時まで妙に完成されているのか。

 

「食蜂!」

 

 私が呼ぶと、食蜂が振り返った。

 

「あらぁ、御坂さん」

 

 緊急事態だというのに、いつもの薄い笑みを浮かべている。

 

「そんなに慌ててどうしたのぉ? まさか不安になって、私のところへ泣きつきに来たとか?」

 

「誰が泣きつくか!」

 

「じゃあ、夜這い?」

 

「な……どうしてそうなるのよ!」

 

「御坂さん、声が大きいわよぉ。皆さん不安がっているのだから、もう少し品位ある行動力を心掛けていただける?」

 

「その言い方がいちいち腹立つのよ!」

 

 周囲の生徒たちが、私たちを見ている。

 こんなことをしている場合じゃないのは分かっている。

 分かっているけど、こいつの顔を見ると反射的に言い返してしまう。

 

「あんた、外の状況、どこまで分かってる?」

 

「質問する態度ではないわねぇ」

 

「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

 

「だからこそ、冷静さが必要なのだけれど」

 

「だったらもったいぶらずに話しなさいよ!」

 

「御坂さんに命令される筋合いはないわぁ」

 

「この――!」

 

 私は食蜂の腕を掴んだ。

 食蜂も私の手首を掴み返す。

 

「離しなさい」

 

「あんたが先に情報を出しなさい」

 

「人に頼み事をする態度から学び直したら?」

 

「あんたこそ!」

 

 食蜂が腕を引き、私は踏み込む。

 互いに体勢を崩し、そのまま回廊の壁際へもつれ込んだ。

 

「ちょ、御坂さん!」

 

「逃げるな!」

 

「逃げてないわよぉ!」

 

「じゃあ押すな!」

 

「あなたが引っ張っているのでしょう!」

 

 肩がぶつかり、腕が絡む。

 食蜂の派閥員たちははらはらして立ち尽くして……るのよね、あれ?

 とにかく近づいてくる様子はない。

 食蜂が私の腰を押し返し、私はその身体を支えるために背中へ腕を回す。

 

 ほとんど組み合うような格好だった。

 

「お二人とも……」

 

 派閥の生徒の一人が、困った声を出す。

 でも私も食蜂も止まらない。

 

「いい加減にしなさいよ!」

 

「それはこちらの台詞よぉ!」

 

 さらに力を入れた、その瞬間。

 抵抗する食蜂と、私の追及する何かが重なった。

 

「え?」

 

 さっき黒子と抱き合っていた時と同じ。

 いや、それよりも強い。だけど軽い。

 

 自分の感覚が、他人の感覚と接続するような奇妙な感触。

 

 食蜂の手が私の腕に触れている。

 私の腕は、食蜂の背中に回っている。

 その接触部分から、何かが流れ込んでくる。

 

 電気ではない。精神でもない。

 もっと大きくて、重いものだ。

 

 私と食蜂の能力が、互いを境界にして、外側へ広がろうとしている。

 

 食蜂も気づいたらしい。

 金色の瞳が見開かれる。

 

「御坂さん……あなた、今」

 

「あんたも感じた?」

 

 私たちは同時に動きを止めた。

 危ない、離れた方がいい。

 直感的にそう思った。

 

 何が起きるか分からない。

 

 私は食蜂の身体から腕を外そうとする。

 

 食蜂も私の手首を放そうとした。

 

 接触が切れる、その寸前。

 空気が震え、背後で重い金属音が響く。

 

 派閥の生徒たちが悲鳴を上げた。

 

 私は食蜂を庇うように振り返った。

 

 何もなかったはずの回廊の外。

 

 そこに、巨大な機械の塊が現れていた。

 

 複数の砲身に、偏った装甲。

 翼のように展開する機構。

 

 それを見間違えるはずがない。

 

「A.A.A.……?」

 

 私の声が、夜の校舎に落ちた。

 




最終回書き終わって、おまけとIFをかきおえ、連載のため読み直したら最初は一人称だったんだ……状態。
いつから、俺は……ずっと三人称で……
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