とある科学の令和冷戦   作:大体三恵

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第二回 日園会談 1

 第二回会談の出席者名簿を見たとき、内閣官房副長官は、前回より人数が増えたことには驚かなかった。

 

 学舎の園には2,919人がいて、生徒だけでも2,643人もいる。

 

 一夜のうちに各校と各施設の人数を集計し、物資、設備、医療、警備、対外交渉について担当を分け始めたという。交渉が具体的になれば、説明する人間が増えるのは当然だった。

 

 問題は、事前に送られた名簿へ添えられた説明だった。

 

・食蜂操祈

 常盤台中学二年。精神系能力者。交渉補助。

 

・初春飾利

 柵川中学一年。外部通信網との接続を担当。

 

・佐天涙子

 柵川中学一年。国外放送および沿岸部との通信を行った当事者。

 

 最後の一行だけ、説明の意図が少し違う。

 

「この佐天涙子という生徒が、例のアメリカ人DJと話したのだな?」

 

「現在までに判明している範囲では、そのようです」

 

 首相官邸の会議室で、外務大臣が尋ね、資料から目線を離さず担当官が答えた。

 

「そうか。会話はアメリカ側へ渡っていると考えるべきだろう。そして同じ生徒が、昨夜、日本の沿岸部へ光を送ったわけだな」

 

「災害用投光器を用いたモールス通信だそうです。無許可の電波通信を禁じられたため、光通信へ切り替えたとの説明になっています」

 

 担当官は感情を殺して読み上げ、聞いた副長官は額へ手を当てそうになった。

 

「結果として、その光を見た民間人や報道機関が応答しました。その中に、通信規格を送信した者がいたようです」

 

「モールス信号で? 伝わるのか、通信企画が?」

 

「すぐに伝わったそうです。接続開始に必要な最小限の仕様です。その後、学舎の園側が試験通信を行い、現在は隔離した端末一台に限って、日本国内のネットワークへ接続しているとのことです」

 

 みなが渋い顔で、こちらで渡す準備していた資料に目を落とす。

 日本政府は、学舎の園へ外部情報をどう渡すか検討していた。

 各国の軍事的反応をどこまで説明し、国内世論をどこまで見せるか。

 

 不用意に恐怖を与えず、それでいて危険を過小評価させないため、情報の提示順序まで決めようとしていた。

 

 その間に、少女たちは自分たちでインターネットへつないだ。

 しかも発端は、音楽のリクエストだった。

 

「つまり、やらかした生徒と、やってくれた生徒が来るわけですね」

 

 分下竹流首相が資料を見ながらそう表現した。

 

「そのようになります。意図は事情説明でしょう」

 

 担当官の返答は慎重である。

 まさか中学生のやらかしを叱ってくれとか、こいつが犯人ですと差し出してくるわけではないだろうが……、違う世界からきたのだから、何か別の意図がありそうではっきりいえない。

 

「佐天涙子さんが通信の発端を作り、初春飾利さんが安全な接続を確立しました。この件は本人たちから、聞きましょう」

 

 後回しのような分下の判断に異論は出なかった。

 残った一人については、異論以前の問題があった。

 

「もう一つ、課題があります、総理。……食蜂操祈という生徒の能力ですが」

 

 国家安全保障局の職員が資料を開いた。

 

「学舎の園側から、事前に概要が伝えられています。人間の精神状態、感情、記憶、認識などへ干渉できるとされています」

 

 あきらかに部屋の空気が変わった。

 前の二人も問題児、という意味で手を焼きそうだったが、今度の生徒はそういう領域ではない。

 

「記憶にも? 干渉ということは、読めるだけでなく、ほかに何かできると?」

 

「はい。本人の能力条件や限界については、詳細開示を拒否しています。ただし、精神への介入、行動の誘導、記憶の操作、一定の思考や記憶情報の読み取りが可能であると」

 

「心を読めるだけでも危険だ! まずいぞ!」

 

 外務省から来ていた一人が、思わず声を上げた。

 分下首相が、ゆっくりそちらを向いた。

 

「何がまずい」

 

 声をあげた男の顔が固まった。

 

「いえ……その、交渉上です。交渉上、非常にまずいという意味です」

 

「ほかに、読まれるとまずいことでも考えていたのか」

 

「ありません」

 

 この即答に疑問を抱きながら、副長官は視線を資料へ落とした。

 笑ってはいけない。非常に笑えない議題だった。

 

「学舎の園側は、会談中に食蜂操祈さんが能力を使用しないことを約束しています。また、日本側が拒否するならば会談に参加せず、能力の使用条件である視界内にも入らよう学舎の園にこもると。さらに日本側から彼女に条件を付すことにも同意しています」

 

 一部の官僚は、視界内ならば距離はどこまでなのか気になったが、今はそれどころではなく、開示してくれるわけもないだろうと押し黙る。

 

「約束したという判断そのものを、操作されている可能性はありませんか?」

 

「現場では確認する手段はありません」

 

 はっきりと官僚から言われ、室内に再び沈黙が落ちる。

 副長官は、前日の会談を思い返した。

 当初は緊張しきっていた教師が、途中から思い切った要求を口にするようになっていた。

 

 学舎の園側の安全だけならば、当然であり毅然とした態度も理解できる。

 

 日本政府による一方的な立ち入りの拒否。

 生徒たちを兵器や研究対象として扱わないという保証。

 当時は、教師自身が覚悟を決めたのだと思っていた。

 

 日本側は彼女が会談の途中で、覚悟を決めて生徒を守ると目覚めた瞬間、彼女の目が輝いたのだと分析した。

 だが、その背中を押した者がいた可能性がある。

 

「能力を持っているという理由だけで、話し合いから排除はできません。ただし、使わないという約束はしてもらいます。こちらも参加者全員へ能力の概要を伝える。それでいいでしょう。……怖いですが隠したまま連れてこられるより、先に説明してくれた方がよほど怖くないです」

 

 分下は名簿を閉じた。

 

「それに、能力を使わなければ交渉できないというなら、最初から申し出たりはしないだろう。それに初手でそのような人物を会談に出さなかった。これだけで信用に値します」

 

 首相はそう断言したが、副長官は必ずしもそうとは限らないと思った。

 

 だが、首相の判断にも一理あった。

 少なくても、最強のカードをいきなり出すことなく、最強のカードを隠さなかった。

 

 信じることは危険だが、信じないことだけを態度として示せば、相手もこちらを信じない。

 信頼する必要はないが、信用できて信用するべきところは信用すべきだ。

 

 学舎の園との交渉では、その境界を歩くしかなかった。

 

+ + + + + + + + +

 

 昨日と同じ船上で、何もない空間から白井黒子が一人で姿を現した。

 波の高さを想定しているのか、50センチメートルほどの高さに現れ、ストッ……と静かにつま先から着地した。

 

 わずかに動いている船の運動エネルギーをもらい、少女の身体が少し揺らいだ。

 

 その動きから、SFに詳しい警護官の一人は、テレポート時に慣性も消している可能性を考えた。

 

「本日は、わたくしが先にお伺いしました」

 

 前日より顔色がよく、緊張した様子がない。

 十分に眠らされたらしい。

 黒子は、日本側の出席者と荷物を確認すると、淡々と移動手順を説明した。

 

「連絡は受けておりますが、口頭にて再度確認いたします。我が校、常盤台中学2年、食蜂操祈との対面での会談を、各種条件を受け入れ、ご了承いただけましたか?」

 

 堂々としているというより、育ちが良いのだろう。白井黒子は伏せ目がちにして、年長者に敬意を表し、とても整然とした言葉使いをしている。

 

 しかし、その言葉の意味が戦慄の走るものだった。

 

 心を読み、精神を書き換え、支配する能力を持つものと、交渉を行う覚悟はあるのかと彼女は聞いている。

 

「はい。そちらが誠意を持って、決して無闇な能力の行使をなさらないと信じております」

 

 首相が毅然と答えると、白井黒子は短いスカートの裾をもってステーシーで答えた。

 

「受けたまりましたの。では、少々お待ちください」

 

 そこまではおしゃまな少女と会話をしただけのようで、日常的な光景だった。

 直後、空間に干渉する耳慣れない音と共に、おしゃまな少女の姿が消え去った。

 

 一拍おいて、白井黒子が一人の少女を連れて姿を現した。

 白井黒子と同じ制服を着て、落ち着いた笑みを浮かべた蜂蜜のような少女だった。

 

 腰まで流れる髪は大きく波打ち、重たげなのに海風で柔らかく揺れる。

 精神的にも、女性として肉体的にも自信が溢れたその立ち振る舞いは、古い物語に出てくる女王のようだった。

 一言でいえば、中学生ばなれした美少女だが、それは彼女を構成する小さな要素にすぎない。

 

 分下首相は気圧された。

 今でこそ政府首班である分下だが、まだ一介の国会議員として他国の国家元首と会った時を思い出す。

 彼女は支配者だ。

 美少女だという前に、支配者というイメージがひしひしと伝わってくる。

 法的に国家元首とも記されておらず、首班と任命もされておらず、領主や君主と継承していないが、支配者としてすでに支配者として完成されている。

 

 出迎えた日本の政府関係者は、みなそのように思った。と、同時、すでに精神を操作されたのではと疑った。

 

「はじめましてぇ。冷戦継続(コールドキーパー)の日本国のみなさぁん」

     

+ + + + + + + + +

 

 日本国が用意した船内の会談室に、学舎の園側の参加者が揃った。

 

 前回も出席した代表教師と御坂美琴に白井黒子の三名。

 

 そのほかに三人の少女がいる。

 

 食蜂操祈。能力の説明を受けているため、笑顔さえ意味ありげに見えてしまう。

 佐天涙子。隣の少女に抱きついている。

 初春飾利。佐天涙子に抱きつかれ、困っている。…………あの頭の花飾りはなんだろう?

 

 四人の生徒があまりに印象的であるため、残る二人があまりに普通の少女に見える。

 実際、普通の中学生なのだろう。

 …………あの花飾りはなんだろう?

 

「本日は、こちらからお願いした条件を受け入れていただき、ありがとうございます」

 

 副長官が、花飾りに気を取られながら発言した。

 

「我々代表、日本国政府関係者、警護官、自衛官にたいして精神、記憶、認識に対する能力を使用しない。それでよろしいですね」

 

「ええ、もちろんですわぁ」

 

 食蜂は微笑んだ。

 軽い応答に驚く。余裕があるというより、思惑があるように思えてしまう。

 

「信頼していただけないのは残念ですけれどぉ、能力の性質を考えれば当然の警戒だと思います」

 

 副長官は彼女の目を見る。

 信頼してよい。彼女は少なくても悪意や邪気があるタイプではない。──そう思い込まされるように信じるならば、だが。

 

 直後、その感覚自体を疑った。

 

 まだ何も始まっていないのに、ひどく疲れる相手だった。

 

「一つだけ確認させてください。能力を使わずとも、あなたは交渉へ参加でき、またあなたの発言は学舎の園の代表として記されて問題がないのですね?」

 

 分下首相が確認した。

 食蜂の笑みが、ほんの少しだけ変わった。

 

「もちろんですわぁ」

 

「でしたら、能力を持っていることだけを理由に、発言を軽く扱うつもりはありません」

 

「それはどうも」

 

 食蜂は、前より自然な笑みを浮かべた。

 警戒が解けたわけではない。

 だが、少なくとも分下に対する印象は悪くないらしい。

 

 副長官はそう判断した。

 

 問題は、その隣の少女である。

 

「ういはる〜〜」

 

 佐天涙子と説明された少女が、初春飾利の腕へ両腕で抱きついていた。……あの花飾りはなんだろう?

 顔の半分を初春の肩へ隠し、日本側をちらちら見ている。

 

「佐天さん、座りにくいです」

 

「だって、みんな私を見てる〜」

 

「当事者なので仕方ありません」

 

「ういはる〜〜〜」

 

「伸ばしても駄目です」

 

 初春は困った顔をしているが、佐天を引き剥がそうとはしなかった。

 むしろ、佐天が落ち着くよう、その手へ自分の手を重ねている。

 その佐天の反対側には美琴が座っていた。

 ……これは逃げ道を塞いでいるのではないだろうか?

 

「私、これ、完全に被疑者の配置ですよ!」

 

「被疑者ではありません。参考人ですよ、佐天さん」

 

 初春が笑顔のまま言った。……あの花飾りはなんだろう?

 花飾りに日本側が気を取られていると、食蜂操祈がわざとらしい咳をして注目を誘う。

 

「こほん。佐天さん、初春さん、会談を始めてもよろしいかしらぁ?」

 

「すみません」

 

 佐天は初春へ抱きついたまま頭を下げた。

 初春も佐天に釣られて頭を下げる。

 …………あの花飾りはなんだろう?

 




あの花飾りはなんなんなん?
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